ふう――と、肺の奥の熱を吐き出す。
胸の奥で鼓動がまだ荒い。
(強かった……本当に、強かった……!)
勝利の実感が遅れてやってくる。
照明が落ち始め、スタッフがアリーナに散っていく。
僕のハクロは転送ゲートに包まれて戻っていき、残ったのは焦げた地面と、まだ微かに漂うオゾンの匂い。
安心したのも束の間――
「白銀ッ!控室で待ってろよ!!」
鋭い声が響いた。
見ると、対面の台に立つ月野狼牙先輩がこちらを指差していた。
ライトの反射を受けて、シルバーブルーの髪が狼のように光る。
ウルフカットにピアス、黒のジャケットを肩に引っかけた姿――
どこか不良っぽいが、清潔感のある“上級生の風格”がある。
「は、はいっ!!」
思わず反射で返事をしてしまった。
……はいって言ったけど、これ、もしかして“説教”パターン?
(ヤバい、やっちまった? 一年のくせに生意気とか言われたりする? もしかして、ボコられるとか……?)
控室に戻ると、落ち着かない足が勝手に動く。
(ど、どうしよう……何か言われるのか? 怒ってたらどうしよう……)
ぐるぐると部屋の中を歩き回る。
機材のファンの音と、遠くから聞こえる観客の歓声だけが響く
そのとき――ガチャリ、と扉が開いた。
一瞬、身体がビクリと反応した。
「お、悪いな。待たせたか?」
入ってきた月野先輩は、思ったよりずっと穏やかな顔だった。
さっきの鋭い声の面影もない。
むしろ、試合後とは思えないほどの爽やかさ。
「い、いえ! 全然大丈夫です!」
僕は直立不動。反射的に敬語になる。
月野先輩は軽く笑いながら壁にもたれかかった。
「俺、アドバンスリーグでも上位なんだぜ? まさか一年坊に負けるとはな」
「そ、そんな……! 強かったです。本当に!」
素直な言葉が口をついて出た。
あの瞬発力、読みの鋭さ――勝てたのが信じられないほどだった。
「気を使うなって」
先輩は笑って肩をすくめた。
「まぁ、俺に勝ったんだ。優勝しろよ。……それとだな」
月野先輩は自嘲気味に笑いながら、手首のデバイスをいじり始めた。
「白銀、おまえのデバイス出してみろ」
ピピッ、とデバイスの操作音。
彼が僕の腕のデバイスを指差した。
「え? デバイス、ですか?」
「そうそう。ほら、貸せって」
言われるままに差し出すと、月野先輩は手慣れた動きで画面を操作した。
指先が数回タップを繰り返し、カチリと音が鳴る。
「……っと。よし」
僕のデバイスのリストに、見慣れない脚部パーツが追加されていた。
「これ……脚部パーツ?」
「餞別だ」
狼牙先輩はニッと笑った。
「一年で俺を倒したんだ。おまけぐらいはやらねぇとな」
「えっ……本当にいいんですか!?」
「さっきお前の脚、俺が壊しちまったろ? せめてもの詫びとおまけってやつだ」
そう言って、手をひらひらと振る。
データを開くと、そこには【ルナランナー脚部 - Type.FG】と記されていた。
滑空補助用スラスターに、瞬発用ブースター。
そして、脚先には鉤爪のような展開ユニットが付いている。
「機動性と瞬発力、それに掴み攻撃に強い。
お前の《ハクロ》にはピッタリだと思うぜ」
「……ありがとうございます!」
僕は頭を下げた。
胸の奥がじんと熱くなる。
「礼はいらねぇよ。どうせ次に当たる奴が、俺の仇を取るかもしれねぇしな」
そう言って笑う先輩の顔は、もう“対戦相手”ではなく、“戦友”のように見えた。
「気にすんな。……それと、白銀」
月野先輩は扉のほうに歩きながら、軽く振り返った。
「勝ち進め。ここで止まるな。
――お前みたいなやつがいると、リーグが面白くなる」
そう言って、軽く手を挙げて出ていった。
扉が閉まった後、僕は少しの間、動けなかった。
(……かっけぇな、先輩)
月野狼牙――
戦って、勝って、そして一つの目標になった。
それはともかく、僕も整備にいかないとな。
螺子川ラボに向かう途中、廊下には選手たちがすれ違いざまに声をかけてくる。
「さっきの試合見たぜ!」「白銀、マジでやばかったな!」
そのたびに、緊張が少しずつ抜けていく。
ラボの扉を開けると、工具の音と電子音が響いていた。
テッペイと整備科の先輩2人が待っていた。
「おっ、来たな白夜!」
テッペイが振り向き、破損したハクロの右脚を見て眉をひそめる。
「足どうすんだ? 2時間じゃ、同じパーツで再現は無理だぞ」
「これ、使えるかな?」
僕はポケットからデータデバイスを取り出し、ホログラムを投影する。
そこには《ルナランナー脚部 - Type.FG》のシルエットが浮かび上がった。
「おおおっ!?」
先輩たちが声をそろえる。
「……お前、どこでこんなん手に入れた?」
「こんな高出力脚部、リーグでも使ってるやつ滅多にいねぇぞ!」
「さっきの月野先輩から、もらったんです」
その一言で、整備室の空気が変わった。
「マジかよ」「やべぇな、太っ腹だな」
なんて、先輩同士で笑い合う声が響く。
テッペイは腕をまくりながら、「……いい脚部だ。バランス取るのが難しそうだが、上手くチューニングすればハクロの機動性が段違いになる」と真顔で言った。
「頼むテッペイ。二時間で……できるか?」
「任せとけって!」
テッペイが白い歯を見せる。
「こっちは試合中継も見ながら待ってたんだ。白夜が勝った瞬間、もう工具握ってたんだぜ」
「任せとけ!」
先輩のひとりが溶接用ゴーグルを装着し、整備台のハクロに向かう。
テッペイはすぐに工具を手に取り、設計図データを展開。
「白夜は試合見に行けよ。次の相手、調べとけ。情報戦も立派な戦いのうちだろ」
「助かる、テッペイ。それと先輩方も……本当にありがとうございます!」
「BP分はバッチリ整備しといてやるよ!」
「脚だけじゃねぇ、出力バランスも調整しておく!」
笑い声と機械音が混ざるラボを背に、僕はアリーナへと足を向けた。
*
アリーナに戻ると、熱気がまるで嵐のように押し寄せてきた。
観客のざわめきと機体の駆動音、金属が軋む音が混ざり合って、空気そのものが震えている。
スクリーンの中央では、最終試合――第八試合が始まっていた。
上級生同士の一騎打ち。
重厚な機体同士が正面からぶつかり合い、床を割る衝撃波がアリーナ全体を揺らす。
「すげぇな……」
通路を抜けながら、思わず立ち止まる。
光の弾幕が交差し、爆煙が広がり、破片が閃光に照らされて散っていく。
ただの勝負じゃない――将来を賭けたぶつかり合いだ。
このステージで戦うということの“重さ”を、肌で感じた。
(……これが上級生か)
アリーナの床が震える。鼓膜の奥で衝撃が響く。
先週の予選も盛り上がっていたが、今はまるで違う。
空気そのものが“覚悟”でできているみたいだ。
実況の声が響く。
『両者一歩も譲らない攻防だぁぁ! この勝負、どちらが勝ってもベスト8入り!』
その言葉に、観客の歓声が一段と高まる。
僕の胸も自然と高鳴っていた。
(ここに、僕も立ってるんだよな……)
そう思うと、さっきの戦いの余韻と緊張が、再び身体の奥からじわりと蘇ってくる。
ホロディスプレイを開くと、トーナメント表が更新されていく。
赤いラインが次々と光り、勝者たちの名前が刻まれていく。
残る枠は、あとひとつ。
ベスト8の席が、ほとんど埋まっていた。
スクリーンの端に映し出されたトーナメント表。
中央の赤いラインを境に、左右に分かれた戦力図。
右側の最上段に――《白銀白夜》。
左側の最上段には――《早川礼人》。
(礼人とは決勝で当たる……もし互いに勝ち進めれば、の話だけど)
喉が少し渇く。
フェングレイブとの戦いの余韻がまだ残っているのか、体の芯がじんわり熱い。
決勝トーナメントは午後の部から。
今日一日で準々決勝まで行われ、ベスト4が決まる予定だ。
準々決勝は昼休憩を挟んだ後の戦いになる。
僕は小さく息を吐く。
「はくたーんっ! こっちこっちー!」
甲高い声が響く。
観客席の上段、莉音が両手を大きく振っていた。
隣にはみゆとこの江、さらに礼人と元気の姿も見える。
自然と頬がゆるむ。
通路を抜け、彼らのいる列へと向かう。
途中、観客たちの間をすり抜けるたび、歓声と金属音が交互に耳を打つ。
「おつかれー! 見てたよ、あの狼先輩との試合!」
莉音が観客席の喧騒の中から身を乗り出して叫ぶ。
その顔は興奮で頬が赤く染まっていて、目が星みたいに輝いていた。
「めっちゃかっこよかった!」
「ありがとう。あの人、マジで強かったよ」
「だよね! 最後のぶつかり合いとかさ、鳥肌モンだった!」
みゆも両手を振り回しながら、まるで自分が戦っていたかのように熱く語る。
「でもよ、脚パーツの整備終わったのか?」
元気がペットボトルの水を飲みながら心配そうに聞いてきた。
試合の衝撃音がまだ遠くから響いていて、観客席の床がかすかに震えている。
「うん、なんとか。新しい脚部パーツを手に入れて、ラボの人たちが2時間で調整してくれるって」
「マジかよ、間に合うのかそれ!」
「足、直ったんだ?」
この江が少し身を乗り出して、心配そうに尋ねてくる。
「新しいパーツになった。……ちょっとしたアップグレードかな」
僕はデバイスのモニターを開き、ホログラムに映る脚部パーツのスペックを見せた。
光が反射して、薄く蒸気が上がるような演出が浮かび上がる。
「おっ、かっこいー! それ、さっきの狼先輩っぽい!」
莉音が指を鳴らすように言った。
「バレたか。月野先輩に“餞別”ってもらったんだ」
僕は少し得意げに笑う。
「うわっ、マジで!? おま、めっちゃ羨ましいじゃねぇか!」
元気が驚いた拍子にペットボトルを落としそうになり、慌ててキャップを締め直す。
礼人がちらりとこちらを見て、静かに笑った。
「やるじゃん、白夜。上級生からプレゼントなんて、簡単にもらえるもんじゃないぞ」
「……うん、あの人、いい先輩だった」
僕がそう言うと、礼人は少し目を細める。
「俺は次、勝てるか微妙だな。やっぱ上級生って、一年分の差がデカい。
機体の安定感も、パーツの質も……別格だよ」
「それなー。私、来年あそこまでドカンドカンできる気しないもん」
みゆがソフトドリンクのストローをくわえたまま、情けない声を出す。
「大丈夫。みゆちもちゃんと強くなってるよ」
この江が優しく微笑む。
「このち大好きー!」
みゆが勢いよく抱きつき、この江が真っ赤になりながら「あ、ぁん!」と慌てる。
莉音がそれを見て笑い転げた。
「いいじゃん、青春って感じ~!」
うん。可愛い子同士のイチャイチャは心が癒されるなぁ。
礼人が立ち上がり、スクリーンを見上げながら言う。
「ま、みゆは置いといて、俺も勝つ。……白夜、お前も負けるなよ」
その声は穏やかだったけど、底に熱があった。
闘志の色が隠しきれない、そんな声。
(礼人……そうだよな、決勝で戦いたいよな)
僕も立ち上がり、彼の目を見返す。
「おう。一年でも、ここまで行けるって見せてやろう」
「私をおいとかないでよっ!?」とみゆがこの江に抱き着きながら抗議している。
照明が一段階落ち、実況の声が響いた。
『第一回戦、最終試合――勝者、久我レオン!!』
観客席が爆発したように沸き立つ。
スクリーンには光のラインが走り、トーナメント表の最後の枠が埋まっていく。
「ベスト8……出揃ったな」
誰かが呟く。
スクリーンには、最終的なトーナメント表が再構成されていく。
8つの光が順に灯り、観客席のざわめきが広がった。
――ベスト8。
その文字が中央に浮かび上がり、ひときわ大きな歓声がアリーナ全体を包み込む。
残るのは新星達の精鋭。
スクリーンの中で、名前が赤く光を放つ。
早川礼人
東雲セイラ
加瀬宗介
曳馬タクト
白銀白夜
亀有烈火
天ヶ瀬リン
久我レオン
それぞれの名の横には、エイドロンのシルエットと戦績データが映し出される。
重量、稼働時間、スキルリスト、勝率――
数値の一つひとつが、これまでの戦いの証明だった。
「やばー……これ、全員化け物じゃん」
みゆがスクリーンを見上げながら呟く。
この江は隣で手を胸に当て、静かに息を呑んだ。
「その中に白夜君と礼人君がいるって、ほんとにすごいことだよね……」
「……いや、ここからが本番だよ」
僕は答える。
観客席の上方では、運営スタッフや審判団が動き始めていた。
次戦に備えてフィールドを再調整する音――
機材が動く低い唸りと、空調が空気を切り替える音が、やけに耳に残る。
午後から始まる準々決勝。
ここで勝ち残った4人が、明日――頂点を懸けて戦う。
その現実が、ようやく実感を伴って胸に落ちてきた。
莉音が僕の腕を軽く叩く。
「いよいよ、午後から準々決勝だね。緊張してる?」
彼女の声は弾んでいたが、どこか優しさが混じっていた。
「してないって言えば嘘になるけど……」
僕は笑って肩をすくめる。
「それより、楽しみのほうが大きいかも」
「ふふっ、いい顔してるじゃん」
莉音が僕の頬を指先でツンツンとつつく。
なにそれ、可愛い。
僕はもう一度トーナメント表を見上げる。
名前の並んだ赤いラインが、次の戦場を示していた。
準々決勝第3試合
白銀白夜 VS 亀有烈火