片側のアンカーが外れ、巨体タートラガンがわずかに傾いだ。
地面を抉るような鈍い音とともに、砂煙がゆっくりと舞い上がる。
(……いまだ)
白夜は息を整え、デバイスの照準カーソルを足元へ滑らせる。
タートラガンの左脚――アンカーが抜けた部分。重心の支えを失い、そこにわずかな“隙”が生まれていた。
「足元、崩す……!」
引き金を押す。
スティングレイが低く唸り、擲弾モードのチャージランプが点灯。
弾頭に青白い光が集まり、次の瞬間――
ドン、ドン、ドンッ!
3発のグレネードが放物線を描き、巨体の影に吸い込まれる。
『白銀、攻めたぁッ!! 足元へ直接グレネードだ!!』
実況が叫ぶのと同時に、地面が爆ぜる。
ズガァァァン――!!
――振動がアリーナ全体を貫いた。
傾いたタートラガンの巨体が、ゆっくり、しかし確実に倒れていく。金属同士がぶつかり合う甲高い音と、砂塵を巻き上げる衝撃波。観客席の最前列の子どもが思わず身をすくめるほどの轟音だった。
『タートラガンが……揺れている!? 倒れるのか!? いや、踏みとどまるか――ッ!?』
実況の叫びがスピーカーを震わせ、全観客が息を詰める。
烈火は歯を食いしばり、両腕のハードキャノンを地面に突き刺して耐えようとする。
「――まだだッ!! 俺のタートルは、沈まねぇ!!」
砲塔の制御リミッターを解除し、残る推力をすべて脚部補助スラスターへと回す。地面に深くめり込んだアンカーが、悲鳴のような金属音を上げながら再び起き上がろうとする――
だが、その瞬間。
「あと少しだ!」
脚部の銀青スラスターが眩く光り、ハクロが地面を蹴った。
砂塵を巻き上げながら、弾丸のように一直線。
脚の鉤爪が地面をえぐり、回転力を加えながら宙を舞う。
烈火が叫ぶ。
「おいおいおい、マジかよ……! この俺のタートルを、ひっくり返す気かッ!?」
白夜の声が響いた。
「もらったッ!!」
烈火が反応する。
「チャージ・バースト、撃て――ッ!!」
倒れかけた体勢から無理やり砲身を持ち上げ、真上へと光を放つ。
しかし、狙いがずれた。ハクロはそれを読んでいたのだ。
「上からじゃない――下からだッ!」
瞬間、ハクロは地面すれすれを滑り込み、巨体の下へ潜り込んだ。
擲弾モードに切り替えたスティングレイを、亀有の脚部アンカーと腹部装甲の接合部へ叩き込む。
その瞬間――
タートラガンの巨体が、ゆっくりと、しかし確実に――ぐらりと傾いた。
烈火のデバイスに赤い警告が乱舞する。
「脚部固定解除ッ!? ――くそっ、安定しろぉ!!」
だが、もう遅い。
ハクロが残る力を脚部に集中させた。
鉤爪を開き、ルナランナーの補助スラスターを全開にする。
ハクロの体が回転し、ドリルのようにねじ込む軌道でタートラガンの側面へと体当たりをかけた。
金属の摩擦音。油圧の破裂音。地面にのしかかる巨体の影。
ドォンッ――という重低音がアリーナ全体に響く。
『うおおおおおっ!! ひっくり返ったぁぁ!! タートラガン、まさかの転倒!!』
実況の絶叫と同時に、観客席から怒涛の歓声が巻き起こる。
「うおおおおおッ!!」「白夜ーーッ!!」「ハクローーー!!!」
地面を滑るようにして倒れ込むタートラガン。
その巨体の下から、背部の砲塔が砂を巻き上げて爆発的な火花を散らす。
シェルが地面に激突した反動で、機体の腹部が完全に露出した。
白夜の視界に、亀のように仰向けになったタートラガンの装甲内部が映る。
ケーブル、熱源コア、関節駆動部――防御の要である“殻”の裏側。
(――今しかない!)
白夜はスラスターを全開。
脚部の鉤爪が地面を蹴り、ハクロが一直線に跳ぶ。
背部ジェットの白炎が尾を引き、夜空を突くように輝いた。
「これでおわりだ!!」
スティングレイの銃口が腹部へ向けられ、光が収束する。
タートラガンの両腕が上空に砲口を向ける。
「やってみろよ、白銀!」
――眩い閃光が夜を裂いた。
公園全体が青と橙の光に飲み込まれ、アリーナの観客たちは思わず目を覆う。
爆風。金属の悲鳴。
タートラガンの腹部を直撃したスティングレイの光弾が、内部構造を貫き、腹面装甲を裏から弾き飛ばした。
鉄と砂の匂いが混ざり、熱風がアリーナを包む。
『こ、これはッ!? 白夜のハクロ――決めにきたぁぁぁ!!』
実況の声が震える。
白夜の機体《ハクロ》は、応射してくる爆煙の中をすり抜けるように飛び出した。
背部ジェットの白炎が残光を描き、砂煙の上で翼のように広がる。
空気を切る音と共に、ハクロは姿勢を低くしながらいまだに仰向けに倒れているタートラガンの上に着地。
その脚部――新たに換装された《ルナランナー Type.FG》が青白く輝き、機体全体に力が集束していく。
スラスターの唸りは、もはや悲鳴にも似た音量。
白夜はデバイスを握りしめ、最後の指示を送る。
「ハクロ――跳べッ!!」
地を蹴る瞬間、脚先の鉤爪が火花を散らし、タートラガンのシェルをえぐる。
そのまま爆発的な跳躍――
ハクロの機体が宙を舞い、白銀の残光を引いて反転する。
「僕の勝ちだ」
スティングレイの銃口が再び閃光を放つ。
空中からの急襲、近距離での照準。
照準カーソルがコア部へと吸い込まれるように収束――そして発射。
轟音。
タートラガンの内部で連鎖的に爆発が起こる。
青い光が内部から漏れ、背中の砲塔が一斉に弾け飛んだ。
「ははッ……やりやがったな、白銀ぇ……!!」
烈火の声が通信に割り込む。
だがそれは、敗北を悔いるものではなく、戦士としての笑いだった。
巨体が地面に沈む。
砂煙がゆっくりと晴れ、光を反射する白と黒の機体――ハクロが静かに立っていた。
背後では、タートラガンが完全に沈黙している。
『勝負ありッ!! タートラガン――機体停止確認ッ!!』
『勝者、白銀白夜ぁぁぁぁぁ!!!』
アナウンスの声が響いた瞬間、観客席が爆発した。
歓声、拍手、悲鳴――音が混ざり合い、ひとつの渦となる。
「すっげぇぇぇぇぇ!!!」
「空の王子、マジで亀ひっくり返した!!!」
「軽量機で重戦級を倒すとか……反則だろ!!」
熱狂の中、白夜はゴーグルを外し、深く息を吐く。
(……やった)
画面の向こうでは、倒れたタートラガンが転送されていく様子が見える。
台から烈火がゆっくりと近づいてくる。
彼は肩で息をしながらも、笑っていた。
「……白銀。あの一撃、マジで腹にきたわ」
「先輩硬すぎですよ。腹ぶちぬくところでした」
「いや、いい。最高の戦いだった」
烈火はそう言って、拳を軽く突き出した。
白夜も笑って拳を合わせる。
その瞬間、観客席が再び歓声に包まれた。
『これぞ学院戦技大会の真骨頂! 空の王子、白銀白夜――準決勝進出ッ!!』
照明がハクロの背に集まる。
白と黒の機体が、舞い上がる砂塵の中で静かに光を放っていた。
*
ベンチに腰を下ろした瞬間、ようやく体の芯がほぐれていくのを感じた。
試合の緊張とアドレナリンの残滓が、まだ手のひらに残っている。
缶のお茶をプシュッと開けて一口。喉を通る冷たさが心地いい。
手帳を取り出し、学院公式アプリの「試合速報」を開く。
トーナメント表が自動更新され、結果が並んでいた。
早川礼人(勝)
東雲セイラ(負)
加瀬宗介(負)
曳馬タクト(勝)
白銀白夜(勝)
亀有烈火(負)
天ヶ瀬リン(負)
久我レオン(勝)
そして、その下に新たな対戦表。
準決勝 第1試合
早川礼人 vs 曳馬タクト
準決勝 第2試合
白銀白夜 vs 久我レオン
(……ベスト4か。もう、ここまで来たんだな)
手帳を閉じながら、思わず深く息を吐く。
(目標にもう手が届く。あと二試合。あとは……勝ち切るだけだ)
勝利の高揚感と、明日への緊張がないまぜになって胸の奥がざわつく。
周囲はすでに日が落ち、アリーナの照明が遠くで淡く光っている。
昼の熱気が嘘みたいに、今は静かだった。
ラボの方角を振り返る。
「……テッペイ、頼んだぞ」
拳を合わせたときの彼の笑顔を思い出す。
エイドロンを支えるのは、戦場に立つオペレーターだけじゃない。
今回限りとは言え螺子川ラボの仲間たちもまた、背中を押してくれるチームの一員だ。
缶を傾けて残りを飲み干そうとした、その時。
――影が差した。
「白夜くん、やっと見つけた」
耳に届いた声に、思わず顔を上げる。
夕暮れの街灯の下、薄桃色のワンピースの裾が揺れていた。
髪も同じく淡い桜色――桃香だ。
(……久しぶりに感じるな)
「探したんだ。大会中、ずっと会えなかったから」
「……悪かったな。少し、一人で整理してた」
「みたいだね。……隣、いい?」
桃香は小さく笑い、僕の隣に腰を下ろした。
その距離、ほんの数十センチ。
けれど、胸の鼓動がやけに大きく感じられる。
沈黙の中、木々を揺らす夜風が心地よく通り抜けた。
屋外照明の淡い光が、彼女の髪をきらめかせる。
「見てたよ、試合」
「……そっか」
「すごかった。あのタートラガンっていうの、まるで動く砲台みたいだったのに。白夜くん、ほんとに倒しちゃうんだもん」
桃香の声は柔らかいけれど、そこにほんの少しの驚きと――ほかに別の感情も混じっているような気がした。
「うん。でも、あんな強敵を倒したのは運もあったよ」
「違うよ」
彼女は小さく首を振る。
少し視線を落として言葉を続けた。
「白夜君はすごいね。どんどん進んで。一人でもちゃんとまっすぐ歩けてる」
「……そう見えたか?」
「うん。だから、私が邪魔しちゃダメなんだろうなって」
その言葉は、まるで胸の奥をそっと突かれるようだった。
「桃香……?」
「あ、あれ? こんなこと言うつもりじゃなかったんだけど!」
彼女は慌てて手を振る。
だが、声は震えていて、唇がかすかに噛みしめられていた。
「なんか、勝手に寂しくなっちゃって……。
白夜くん、どんどん遠くに行っちゃう気がして」
目元に光るものが見えた。
桃香の瞳から、涙が一粒こぼれ落ちる。
「ち、違うの。泣くつもりなんてなくて……!
今日は、“明日も頑張ってね”って、それだけ言いに来たのに……!」
顔を両手で覆って泣き出す桃香。
その肩が小さく震えていて、どうしていいかわからなかった。
「……桃香」
僕はそっと手を伸ばし、背中に触れた。
とん、とん、と、落ち着かせるように優しく叩く。
彼女の髪から、シャンプーの甘い香りがかすかに漂う。
距離が近い。
呼吸の音が混ざり合って、鼓動のリズムさえ重なった気がした。
「ごめんね……」
涙混じりの声で、桃香が呟く。
そして――そのまま、僕の胸元に顔を埋めてきた。
柔らかい温もりが伝わる。
冷たい夜気の中で、その温度だけが異様に鮮明だった。
僕は一瞬だけ迷ったけど、何も言わず、彼女の背に手を回した。
言葉よりも、そっと寄り添うことしかできなかった。
*
(……これ、どういう状況なんだ?)
――涙の理由を考えながらも、胸の奥がざわついていた。
桃香の体温が、こんなにも近い。
背中越しに伝わる小さな震えと、嗚咽のリズムが僕の心拍と同調していく。
(……あ、良いにおいする。暖かくなってきたからちょっと布が足りてませんよ。ちょっと待て、落ち着け。泣いている女の子にそんな感情はダメだ。いや?いいのか?)
思考が軽くパニックを起こす。
だが、彼女を突き放すこともできず、僕はただその場で受け止めるしかなかった。
桃香の肩が小刻みに上下する。
「……ごめんね、白夜くん。私、変だよね」
「びっくりしたけど、大丈夫だよ。気にしなくていいよ」
そう言うと、桃香は小さく首を振った。
「ちがうの。ほんとは……おめでとうって言いたかっただけなのに」
声が震えて、途切れ途切れになる。
「すごいなって、かっこいいなって……でも、どんどん遠くに行っちゃう気がして」
多分――桃香は僕のことを好きなんだ。
でも、僕が戦いにのめり込んで、届かない場所に行こうとしている。
その背中を見て、置いていかれるような気がして泣いてる。
そんな気がした。
根拠はないけど、なんとなくそう感じた。
「……桃香」
「うん?」
「僕、欲張りなんだ」
彼女が目を瞬かせる。
「欲張り?」
僕は少し照れくさく笑って、肩に軽く手を添えた。
桃香が驚いたように顔を上げ、潤んだ瞳がこちらを見つめる。
その瞳の中に、自分の姿が映っていた。
「エイドロンでもっと強くなりたいし、勉強もちゃんとしたい。
BPも稼いで、パーツもいっぱい集めたい。
友達とも遊びたいし、……あと、可愛い女の子ともたくさん仲良くなりたいんだ」
少し冗談めかして言うと、桃香の目がぱちくりと動いた。
「……私も?」
「もちろん。桃香は飛び切り可愛いからね。王子である僕が――囲っておくのさ」
言葉にした瞬間、思ったよりも距離が近いことに気づく。
桃香の頬が、ほんのりと染まった。
「囲われちゃうの?」
小さく笑う声が、夜風の中で柔らかく響く。
「うん。だから明日勝つんだ。
“王子”って呼ばれても恥ずかしくないように、ちゃんと結果を残す」
彼女は少し目を伏せ、それから顔を上げた。
桃香は頬を赤らめ、ほんの少し震える声で。
けれど確かに言った。
「……じゃあ、ちゃんと私を囲ってくれるなら、応援します」
「じゃあ、応援してくれ。勝つから」
「……!」
風が通り抜ける。
桜色の髪がふわりと揺れ、頬に触れた。
指先に当たるその柔らかさが、どうしようもなく現実的だった。
「バカだなぁ……そんなこと言われたら、また泣いちゃうじゃん」
「じゃあ、泣くのは決勝が終わってからにしてよ」
「ふふっ……ずるい」
桃香は笑いながら、袖で涙をぬぐった。
その笑顔は春の日差しみたいに優しくて、見ているだけで胸の奥が温かくなる。
沈黙が落ちた。
夜のアリーナの照明がゆっくりと落ちていき、遠くの街灯だけが淡く光る。
まるで、二人だけの時間が切り取られたみたいだった。
「ねぇ、白夜くん」
「ん?」
「明日、勝ってね。……絶対に」
「もちろん」
「そしたら――またここで、お祝いしよう」
その言葉に、桃香は小さく頷いた。
夜風が吹き抜け、二人の間を通り過ぎる。街灯の光が淡く揺れ、桃香の髪がふわりと舞った。
次の瞬間――桃香が一歩、近づいた。
彼女の瞳が、まっすぐに僕を見つめる。
「約束……だよ」
ふわり。
その声と同時に、桃香の顔が近づいた。
頬に、柔らかいものが触れる。
一瞬、世界が止まった気がした。
唇ではなく、ほんの軽く、頬に触れるだけのキス。
でも、その温もりがやけに鮮明で、心臓の鼓動が耳の奥で跳ねた。
「っ……!?」
言葉が、喉の奥で詰まる。
桃香は、まるで照れ隠しをするように笑って――小走りでその場を離れた。
「それじゃ、また明日ね!」
振り返りざまに手を振り、街角の灯りの中へと消えていく。
桜色の髪が、夜の闇に溶けるように遠ざかっていった。
僕はただ、そこに立ち尽くしていた。
頬に残る温もりが、まるで火照りのように離れない。
(……なんだよ、あれ)
指で頬を触れてみるけど、余計に意識してしまうだけだ。
夜空を見上げる。
風が少し冷たくなっていたけど、不思議と心はあたたかかった。
明日――絶対に勝つ。