ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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59話

 昼休憩のアナウンスが響くと、アリーナの熱狂がゆっくりと静まり始めた。

 午前中の準決勝を終えた会場は、少しだけ“祭りの余韻”を残している。

 売店の前には行列ができ、ジュースのキャップを開ける音や笑い声がそこかしこに散っていた。

 

 莉音たちは前列の席を確保したまま、紙袋を抱えて戻ってくる。

「ほら、タコ焼き残ってたよ!」

「えっ、うそ!? もう売り切れてたと思ったのに!」

 みゆが飛び跳ね、元気が「おい俺の分は!?」と慌てて覗き込む。

 

「アンタさっき二つ食べたでしょ!」

 莉音の突っ込みに、この江が呆れたように笑う。

 その横でみゆがケラケラと笑いながら、「食べすぎだよー」と肩を叩いた。

 

 ――午前中、礼人と白夜の試合を応援していたときとは違い、みんなの顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。

 

「それにしても、白夜くん……ほんとすごかったね」

 この江が紙コップを両手で包みながらぽつりと呟く。

 

「うん。あの金ピカ王様みたいな先輩を、本当に倒しちゃうなんてさ」

 莉音が頬を紅潮させながら、まだ興奮したままジュースを揺らす。

 

「“空の王子”って実況でも呼ばれてたしね」

 みゆが笑いながら言うと、元気が腕を組んでうなずいた。

「いやぁ、アイツほんとすげぇよな。最初に同じクラスになったとき、“イケメンマザコン”とか言われてたのによ?

 今やもう一年のヒーローだぜ。あれでノリもいいし……完璧超人だな、クソッ!」

 

「はくたんの唯一の欠点は~」

 莉音が唇を尖らせて言う。

「――あーしに惚れないとこだね」

 

 みゆが吹き出し、この江が「それは欠点じゃないと思う……」と小声でフォローする。

 

「でも、ちゃんと努力してたから」

 この江がそっと空を見上げた。

「授業でも、放課後でも、ずっと機体の調整してたし……。努力が、やっと形になったんだね」

 

 その言葉に、みんなが静かになる。

 彼が積み上げてきた日々を、全員が知っていた。

 

 しばしの沈黙のあと――みゆが立ち上がり、突然拳を突き上げる。

「よっし! 私たちも置いてかれないように頑張るぞー! おーー!!」

 

 突如としてテンションの高い掛け声。

 周囲がぽかんとする中、元気がツッコむ。

「はずいわ!」

 

「ぉぉー……」

 この江が小さく拳を上げる。少し照れくさそうに。

 

「しょうがないなぁ」と莉音が笑いながら続く。

「おー!」

 

「マジかよ、今回だけだぞ」と元気が頭をかき、

 結局、自分が一番大きな声で叫んだ。

「せーのっ! やってやるぞ!! おぉぉぉぉーッ!!」

 

 どっと笑いが起こる。

「耳キーンてなる」「ガチじゃん」「男の子の声って大きいね」

 みゆ、莉音、この江がそれぞれつぶやきながら笑い合う。

 

「って、やれよ!!」

 元気のツッコミが、観客席に響いた。

 

 

 

 *

 

 

 

 少し離れた席では、桃香と七海が並んで座っていた。

 観客たちのざわめきの中で、二人の声は小さく、穏やかだった。

 

「……白夜くん、すごいね」

 桃香は胸の前で両手を組み、試合を思い返すようにぽつりと呟く。

 その横で、七海は軽く頬杖をつきながら、まぶしそうにフィールドを見下ろした。

 

「うん。ほんと、空を飛ぶみたいだった。

 ……あっという間に、みんなの“上”に行っちゃったね」

 

 その言葉には、どこか悔しさがにじんでいた。

 七海は自分も同じ舞台を目指すプレイヤーだ。

 彼女にとって白夜の勝利は誇らしくもあり、少しだけ遠くなった存在でもある。

 

 桃香はそんな七海を横目で見ながら、小さく笑う。

「うん。でも……なんか、嬉しいの。

 ちゃんと届いたんだなって思うの」

 

「届いた?」

 七海が眉を上げる。

「……まだ、秘密」

 桃香はそっと目を伏せ、唇を噛んだ。

 胸の奥がふわりと熱くなる。

 昨日、あのベンチで交わした“約束”が、心の奥でやさしく光っていた。

 

 七海は頬を膨らませて、桃香の肩を軽くぶつける。

「なによそれー、めっちゃ意味深じゃん! 白夜と何かあったの? 言いなさいよー!」

 

「いくらななちゃんでも言わないよ! まだ秘密!」

 桃香は慌てて手を振るが、頬がみるみる赤くなっていく。

 ――昨日の最後にした“あのキス”を思い出した瞬間、顔が一気に熱を帯びた。

 

「なに?! 本当に何かあったの!? ちょ、ちょっと、顔真っ赤だし!」

 七海が肩をつかんで軽く揺らす。

 

「や、やめてぇぇっ!」

 桃香は声を上げて笑いながら抵抗するが、七海の好奇心は止まらない。

 

「すごい恋する乙女みたいな顔してるけど!? え、もしかして告白とか――」

「ち、違うのっ! ……たぶん」

「“たぶん”って何!?!?」

 

 二人のやり取りを聞いて、近くに座っていた観客が思わず振り向く。

 桃香は慌てて手を振って「なんでもありませんっ!」と叫ぶと、

 七海と顔を見合わせて吹き出した。

 

「も~、恥ずかしいじゃん……」

「恥ずかしいのはこっちだよ!」

「えへへ……でも、ありがとね」

「なにが?」

「……聞いてくれて」

 小さく呟いた桃香の笑顔は、どこか誇らしげだった。

 

 そのとき、スピーカーから軽快なアナウンスが響く。

『午後の部、まもなく開始します! このあと第3試合――3位決定戦、早川礼人vs久我レオン!!』

 

 

 

 

 *

 

 

 

 観客席のざわめきが再び波のように広がっていく。

 莉音たちは紙コップを手にしたまま顔を見合わせ、目を輝かせた。

 

「うわ、これもすごいカードじゃん!」

 みゆが興奮気味に身を乗り出す。

 アナウンスの言葉をまだ引きずるように、フィールド上の空気に目を向けている。

 

「金ぴか王様と礼人かー。どっちの方が強いんだろな!」

 元気が腕を組みながら、まるで実況解説者みたいな口調で言う。く

「タイプが真逆だからな。目立つ金ぴか先輩と、陰に潜む礼人……これは面白ぇぞ」

 

「礼人くん、勝ってほしいな」

 この江が小さく呟いた声は、喧騒の中でも柔らかく響いた。

 莉音も頷きながら、「だね」と息を漏らす。

 

「勝てば表彰台の1位と3位はいつメンじゃんね」と莉音

「うわ、それ熱すぎでしょ!」

 みゆが両手を上げて跳ねるように笑い、元気も「だな!」と拳を突き上げた。

 

 客席のあちこちで同じような会話が交錯する。

「礼人、頑張れ!」「次はリベンジ戦だろ!」「レオン様の覇気また見れるぞ!」――

 歓声が重なり、アリーナの空気がまた熱を帯びていく。

 

 莉音たちの視線の先、再び照明が落ち、

 巨大スクリーンに“第3試合・3位決定戦”の文字が浮かび上がった。

 

 風が流れ、太鼓のような鼓動が胸に響く。

 この江が小さく息を飲み、莉音が手すりを掴む。

 みゆは「いけー、礼人ーっ!」と叫び、元気が「気合い入れろよー!」と続けた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――アリーナの中心、再び“戦いの幕”が上がった。

 昼下がりの陽光が照明に混ざり、工場ステージの金属壁を淡く照らしている。

 夜の工場フィールド。

 巨大なコンベアライン、クレーンの残骸、錆びた鉄骨。

 そのすべてが、まるで礼人の《シャドウエッジ》のために用意されたような舞台――のはずだった。

 

 莉音は、椅子の背にもたれながら、目の前の試合を呆然と見つめていた。

 目の前で繰り広げられていた“金と影”の戦い――それは美しくも残酷だった。

 

 最初は、いけると思っていた。

 あの金ぴかの先輩、さっきははくたんにも負けてたし、

 礼人なら、影を使って翻弄できるって。

 

 莉音は最初、そう思っていた。

「これなら礼人が有利じゃん」と、口の中で小さく呟いた。

 このステージは光が少なく、入り組んだ構造。

 闇を操る《シャドウエッジ》にとって、理想的な地形。

 

 煙突の影、鉄骨の影、クレーンの下――すべてが礼人の武器になるはずだった。

 

 一方のレオガルドは、あの巨大な体で動き回るには狭すぎる――

 誰もがそう思っていた。

 

 けれど、試合が始まるとすぐに、その空気は変わった。

 

 

 シャドウエッジが夜闇に溶け、音もなく滑るように動く。

「かっこいい……!」と誰かが呟くほどに、完璧な立ち上がりだった。

 

 けれど、あの咆哮が響いた瞬間――すべてが変わった。

 

『――《ロア・インパルス》!!』

 

 咆哮が響いた瞬間、工場全体が震えた。

 まるで空気そのものが押し寄せるような衝撃。

 機械の残骸が吹き飛び、梁が軋み、視界の隙間から光が差し込む。

 

「なに……これ、まるで爆発みたいじゃん!」

 みゆが目を見開く。

 莉音も、胸の奥がざわめいた。

 レオガルドの咆哮はただのスキルじゃない。

“舞台そのもの”を支配していくような、圧倒的な力だった。

 

 影が散る。

 隠れる場所が消えていく。

 金色の覇気が工場の屋根をなめ、煙突の影さえ飲み込んでいった。

 

「……嘘、これじゃ礼人くんの得意フィールドが……!」

 この江の声が震える。

 元気は黙って腕を組み、悔しそうに歯を食いしばった。

 

 黄金の炎が広がり、レオガルドがその中心で立っていた。

《キング・オブ・ブレイズ》――

 あの“王の領域”が、また広がる。

 空間そのものが金に染まり、

 そこに立つだけで、影が存在できなくなっていく。

 

 熱気が空気を歪ませ、視界が揺らぐ。

 シャドウエッジは隠れることも逃げることもできず、

 フィールドのどこにいても、その圧に焼かれるように動きが鈍る。

 

「礼人くん……!」

 この江は無意識に立ち上がっていた。

 拳を握る手が汗で滑る。

 

 礼人はそれでも――あの冷静な目で反撃を狙っていた。

 何度も、何度も突撃を仕掛ける。

 影の刃が金色の装甲を斬り裂こうとするが、

 火花を散らすたびに、王の覇気にかき消されていく。

 その度、礼人の動きがほんのわずかに遅れていった。

 

「負けんなぁぁ!!」「がんばれ礼人!」

 元気とみゆが声を張り上げる。

 でも、届かない。

 あの金色の嵐の中では、どんな声も、どんな想いも届かない。

 

「礼人くん……頑張って……!」

 この江が小さく祈るように手を握りしめる。

 その声が届くことはないけれど、それでも言わずにはいられなかった。

 

 けれど、決定的な瞬間は一瞬だった。

 黄金のマントが閃き、

 ガルドクローが影を切り裂いた。

 

 シャドウエッジの脚部が崩れ、礼人の機体が膝をつく。

『勝者――久我レオン!!』

 

 照明が戻ったとき、礼人の機体は静かに沈黙していた。

 歓声が巻き起こる。だが、莉音たちの席の周りは静かだった。

 

 みゆが肩を落とし、元気は唇を噛みしめる。

「……マジかよ……」

 この江は両手を胸に当てたまま、悲しそうな顔をしていた。

「礼人くん……」

 

 

 莉音は胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。

 

 ――あーしも、ショックを受けてる。

 でも、それ以上に思う。

(はくたん、大丈夫かな……)

 

 

 さっきまで輝いてた舞台。

 そこに立つ白夜の姿を思い浮かべる。

 

 莉音は静かに拳を握った。

(次は、決勝。はくたん……お願い、勝って)

 観客席の熱気の中で、

 小さな決意だけが、確かに燃えていた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――決勝戦、前奏。

 

 アリーナの照明が一度、完全に落ちた。

 静寂。観客の息が止まる。

 

 そして、夜の海のような青い光が、ゆっくりと地平線から立ち上がる。

 ステージ名――《セレスティアル・サンクチュアリ》。

 古代の空中神殿を再現した特別ステージ。

 崩れかけた円形の石柱群、宙に浮かぶ透明な足場、下には果てしない雲海。

 光の粒が舞い、まるで星々が地上に降りてきたように輝いている。

 

 黄金の光が雲の切れ間を貫き、青白い光が反射する。

 まるで“天と地の境界”――決勝にふさわしい、神話の戦場。

 

 アナウンスが響く。

『これより――学院戦技大会、決勝戦を開始します!』

 

 歓声が、雲の上にまで届いた。

「白銀白夜ぁぁ!!」「タクト先輩ぃぃ!!」

 観客席の声が交錯する。

 

 フィールド中央に、二つの光柱が降り注ぐ。

 白と紺。

 片や空の王子《ハクロ》。

 片や星の楽師《アルテリオン》。

 

 先に姿を現したのは、曳馬タクト。

 風を受けて長髪がなびき、指先には細身の指揮棒。

 その立ち姿はまるで舞台に立つ指揮者。

 

「――今日の舞台は、完璧だ」

 彼は静かに呟き、指揮棒を一度、天へ掲げる。

 風が鳴る。雲海が揺れる。

 それはまるで、観客全員を前にした“指揮者のタクト”のようだった。

 

「空を舞う神殿。

 崩れゆく柱、星屑の風。

 そこに僕の楽団が集う……――」

 

 通信越しに、静かに響く声。

 低く、伸びやかで、どこか詩のようだった。

 

「――さあ、奏でよう。

 第一楽章《黎明》、弓は星を纏い、空を穿つ。

 聴衆は神々、観客は風。

 僕の矢が空を裂くとき、この舞台は完璧になる。」

 

 指揮棒が軽く空を切る。

 それに呼応するように、アルテリオンの四脚が大地を踏みしめた。

 金属音がリズムを刻む。

 背部のアストラルウィングが展開し、風が螺旋を描く。

 

「僕の演奏を、邪魔しないでくれよ……“空の王子”。

 君の拍手は、フィナーレの後に取っておこう。」

 

 白夜はゴーグルを下げながら、苦笑した。

「ポエマーかと思ったら、完全に指揮者ですか」

 

「詩も音も同じだよ。

 そして――戦いもまた、ひとつの芸術だ。」

 

『準決勝を制した一年生――白銀白夜!

 そして迎え撃つは二年、曳馬タクト《アルテリオン》!

 決勝戦――空中神殿《セレスティアル・サンクチュアリ》にて、今、開幕!!』

 

 空気が震える。

 その瞬間、アリーナ全体が“舞台”に変わった。

 

 実況の声が響き渡る。

 だが、その熱狂の中心にいる二人の世界は、静寂に包まれていた。

 

 タクトが口を開く。

 その声は、まるで詩を歌うように響く。

 

「弓は風を、心は星を。

 そして矢は、空を裂いて詩となる。

 今日ここで奏でるのは――

 勝敗ではなく、芸術の極致。」

 

 黄金の風が弧を描き、白と紺の光が交差する。

 観客席の喧騒が遠ざかり、まるで音楽の前奏のような静寂が訪れた。

 

「――奏でよう、白銀白夜。

 この空を、君の旋律で染められるならば。」

 

 白夜は軽く笑う。

「……まるでコンサートみたいですね」

 

 タクトは一瞬だけ目を細め、微笑を返す。

「違うさ。これは“戦場という舞台”に捧ぐレクイエムだよ。

 さあ――僕の一射を、最後まで聴いてくれ。」

 

 タクトが指揮棒を振り上げる。

 ハクロのスラスターが白光を放つ。

 

『決勝戦――開始!!』

 

 指揮棒が振り下ろされる。

 風が鳴り、アルテリオンの弓が光を放つ。

 夜空の神殿に、最初の“音”が響いた。

 

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