昼休憩のアナウンスが響くと、アリーナの熱狂がゆっくりと静まり始めた。
午前中の準決勝を終えた会場は、少しだけ“祭りの余韻”を残している。
売店の前には行列ができ、ジュースのキャップを開ける音や笑い声がそこかしこに散っていた。
莉音たちは前列の席を確保したまま、紙袋を抱えて戻ってくる。
「ほら、タコ焼き残ってたよ!」
「えっ、うそ!? もう売り切れてたと思ったのに!」
みゆが飛び跳ね、元気が「おい俺の分は!?」と慌てて覗き込む。
「アンタさっき二つ食べたでしょ!」
莉音の突っ込みに、この江が呆れたように笑う。
その横でみゆがケラケラと笑いながら、「食べすぎだよー」と肩を叩いた。
――午前中、礼人と白夜の試合を応援していたときとは違い、みんなの顔には柔らかな笑みが浮かんでいた。
「それにしても、白夜くん……ほんとすごかったね」
この江が紙コップを両手で包みながらぽつりと呟く。
「うん。あの金ピカ王様みたいな先輩を、本当に倒しちゃうなんてさ」
莉音が頬を紅潮させながら、まだ興奮したままジュースを揺らす。
「“空の王子”って実況でも呼ばれてたしね」
みゆが笑いながら言うと、元気が腕を組んでうなずいた。
「いやぁ、アイツほんとすげぇよな。最初に同じクラスになったとき、“イケメンマザコン”とか言われてたのによ?
今やもう一年のヒーローだぜ。あれでノリもいいし……完璧超人だな、クソッ!」
「はくたんの唯一の欠点は~」
莉音が唇を尖らせて言う。
「――あーしに惚れないとこだね」
みゆが吹き出し、この江が「それは欠点じゃないと思う……」と小声でフォローする。
「でも、ちゃんと努力してたから」
この江がそっと空を見上げた。
「授業でも、放課後でも、ずっと機体の調整してたし……。努力が、やっと形になったんだね」
その言葉に、みんなが静かになる。
彼が積み上げてきた日々を、全員が知っていた。
しばしの沈黙のあと――みゆが立ち上がり、突然拳を突き上げる。
「よっし! 私たちも置いてかれないように頑張るぞー! おーー!!」
突如としてテンションの高い掛け声。
周囲がぽかんとする中、元気がツッコむ。
「はずいわ!」
「ぉぉー……」
この江が小さく拳を上げる。少し照れくさそうに。
「しょうがないなぁ」と莉音が笑いながら続く。
「おー!」
「マジかよ、今回だけだぞ」と元気が頭をかき、
結局、自分が一番大きな声で叫んだ。
「せーのっ! やってやるぞ!! おぉぉぉぉーッ!!」
どっと笑いが起こる。
「耳キーンてなる」「ガチじゃん」「男の子の声って大きいね」
みゆ、莉音、この江がそれぞれつぶやきながら笑い合う。
「って、やれよ!!」
元気のツッコミが、観客席に響いた。
*
少し離れた席では、桃香と七海が並んで座っていた。
観客たちのざわめきの中で、二人の声は小さく、穏やかだった。
「……白夜くん、すごいね」
桃香は胸の前で両手を組み、試合を思い返すようにぽつりと呟く。
その横で、七海は軽く頬杖をつきながら、まぶしそうにフィールドを見下ろした。
「うん。ほんと、空を飛ぶみたいだった。
……あっという間に、みんなの“上”に行っちゃったね」
その言葉には、どこか悔しさがにじんでいた。
七海は自分も同じ舞台を目指すプレイヤーだ。
彼女にとって白夜の勝利は誇らしくもあり、少しだけ遠くなった存在でもある。
桃香はそんな七海を横目で見ながら、小さく笑う。
「うん。でも……なんか、嬉しいの。
ちゃんと届いたんだなって思うの」
「届いた?」
七海が眉を上げる。
「……まだ、秘密」
桃香はそっと目を伏せ、唇を噛んだ。
胸の奥がふわりと熱くなる。
昨日、あのベンチで交わした“約束”が、心の奥でやさしく光っていた。
七海は頬を膨らませて、桃香の肩を軽くぶつける。
「なによそれー、めっちゃ意味深じゃん! 白夜と何かあったの? 言いなさいよー!」
「いくらななちゃんでも言わないよ! まだ秘密!」
桃香は慌てて手を振るが、頬がみるみる赤くなっていく。
――昨日の最後にした“あのキス”を思い出した瞬間、顔が一気に熱を帯びた。
「なに?! 本当に何かあったの!? ちょ、ちょっと、顔真っ赤だし!」
七海が肩をつかんで軽く揺らす。
「や、やめてぇぇっ!」
桃香は声を上げて笑いながら抵抗するが、七海の好奇心は止まらない。
「すごい恋する乙女みたいな顔してるけど!? え、もしかして告白とか――」
「ち、違うのっ! ……たぶん」
「“たぶん”って何!?!?」
二人のやり取りを聞いて、近くに座っていた観客が思わず振り向く。
桃香は慌てて手を振って「なんでもありませんっ!」と叫ぶと、
七海と顔を見合わせて吹き出した。
「も~、恥ずかしいじゃん……」
「恥ずかしいのはこっちだよ!」
「えへへ……でも、ありがとね」
「なにが?」
「……聞いてくれて」
小さく呟いた桃香の笑顔は、どこか誇らしげだった。
そのとき、スピーカーから軽快なアナウンスが響く。
『午後の部、まもなく開始します! このあと第3試合――3位決定戦、早川礼人vs久我レオン!!』
*
観客席のざわめきが再び波のように広がっていく。
莉音たちは紙コップを手にしたまま顔を見合わせ、目を輝かせた。
「うわ、これもすごいカードじゃん!」
みゆが興奮気味に身を乗り出す。
アナウンスの言葉をまだ引きずるように、フィールド上の空気に目を向けている。
「金ぴか王様と礼人かー。どっちの方が強いんだろな!」
元気が腕を組みながら、まるで実況解説者みたいな口調で言う。く
「タイプが真逆だからな。目立つ金ぴか先輩と、陰に潜む礼人……これは面白ぇぞ」
「礼人くん、勝ってほしいな」
この江が小さく呟いた声は、喧騒の中でも柔らかく響いた。
莉音も頷きながら、「だね」と息を漏らす。
「勝てば表彰台の1位と3位はいつメンじゃんね」と莉音
「うわ、それ熱すぎでしょ!」
みゆが両手を上げて跳ねるように笑い、元気も「だな!」と拳を突き上げた。
客席のあちこちで同じような会話が交錯する。
「礼人、頑張れ!」「次はリベンジ戦だろ!」「レオン様の覇気また見れるぞ!」――
歓声が重なり、アリーナの空気がまた熱を帯びていく。
莉音たちの視線の先、再び照明が落ち、
巨大スクリーンに“第3試合・3位決定戦”の文字が浮かび上がった。
風が流れ、太鼓のような鼓動が胸に響く。
この江が小さく息を飲み、莉音が手すりを掴む。
みゆは「いけー、礼人ーっ!」と叫び、元気が「気合い入れろよー!」と続けた。
*
――アリーナの中心、再び“戦いの幕”が上がった。
昼下がりの陽光が照明に混ざり、工場ステージの金属壁を淡く照らしている。
夜の工場フィールド。
巨大なコンベアライン、クレーンの残骸、錆びた鉄骨。
そのすべてが、まるで礼人の《シャドウエッジ》のために用意されたような舞台――のはずだった。
莉音は、椅子の背にもたれながら、目の前の試合を呆然と見つめていた。
目の前で繰り広げられていた“金と影”の戦い――それは美しくも残酷だった。
最初は、いけると思っていた。
あの金ぴかの先輩、さっきははくたんにも負けてたし、
礼人なら、影を使って翻弄できるって。
莉音は最初、そう思っていた。
「これなら礼人が有利じゃん」と、口の中で小さく呟いた。
このステージは光が少なく、入り組んだ構造。
闇を操る《シャドウエッジ》にとって、理想的な地形。
煙突の影、鉄骨の影、クレーンの下――すべてが礼人の武器になるはずだった。
一方のレオガルドは、あの巨大な体で動き回るには狭すぎる――
誰もがそう思っていた。
けれど、試合が始まるとすぐに、その空気は変わった。
シャドウエッジが夜闇に溶け、音もなく滑るように動く。
「かっこいい……!」と誰かが呟くほどに、完璧な立ち上がりだった。
けれど、あの咆哮が響いた瞬間――すべてが変わった。
『――《ロア・インパルス》!!』
咆哮が響いた瞬間、工場全体が震えた。
まるで空気そのものが押し寄せるような衝撃。
機械の残骸が吹き飛び、梁が軋み、視界の隙間から光が差し込む。
「なに……これ、まるで爆発みたいじゃん!」
みゆが目を見開く。
莉音も、胸の奥がざわめいた。
レオガルドの咆哮はただのスキルじゃない。
“舞台そのもの”を支配していくような、圧倒的な力だった。
影が散る。
隠れる場所が消えていく。
金色の覇気が工場の屋根をなめ、煙突の影さえ飲み込んでいった。
「……嘘、これじゃ礼人くんの得意フィールドが……!」
この江の声が震える。
元気は黙って腕を組み、悔しそうに歯を食いしばった。
黄金の炎が広がり、レオガルドがその中心で立っていた。
《キング・オブ・ブレイズ》――
あの“王の領域”が、また広がる。
空間そのものが金に染まり、
そこに立つだけで、影が存在できなくなっていく。
熱気が空気を歪ませ、視界が揺らぐ。
シャドウエッジは隠れることも逃げることもできず、
フィールドのどこにいても、その圧に焼かれるように動きが鈍る。
「礼人くん……!」
この江は無意識に立ち上がっていた。
拳を握る手が汗で滑る。
礼人はそれでも――あの冷静な目で反撃を狙っていた。
何度も、何度も突撃を仕掛ける。
影の刃が金色の装甲を斬り裂こうとするが、
火花を散らすたびに、王の覇気にかき消されていく。
その度、礼人の動きがほんのわずかに遅れていった。
「負けんなぁぁ!!」「がんばれ礼人!」
元気とみゆが声を張り上げる。
でも、届かない。
あの金色の嵐の中では、どんな声も、どんな想いも届かない。
「礼人くん……頑張って……!」
この江が小さく祈るように手を握りしめる。
その声が届くことはないけれど、それでも言わずにはいられなかった。
けれど、決定的な瞬間は一瞬だった。
黄金のマントが閃き、
ガルドクローが影を切り裂いた。
シャドウエッジの脚部が崩れ、礼人の機体が膝をつく。
『勝者――久我レオン!!』
照明が戻ったとき、礼人の機体は静かに沈黙していた。
歓声が巻き起こる。だが、莉音たちの席の周りは静かだった。
みゆが肩を落とし、元気は唇を噛みしめる。
「……マジかよ……」
この江は両手を胸に当てたまま、悲しそうな顔をしていた。
「礼人くん……」
莉音は胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚を覚えた。
――あーしも、ショックを受けてる。
でも、それ以上に思う。
(はくたん、大丈夫かな……)
さっきまで輝いてた舞台。
そこに立つ白夜の姿を思い浮かべる。
莉音は静かに拳を握った。
(次は、決勝。はくたん……お願い、勝って)
観客席の熱気の中で、
小さな決意だけが、確かに燃えていた。
*
――決勝戦、前奏。
アリーナの照明が一度、完全に落ちた。
静寂。観客の息が止まる。
そして、夜の海のような青い光が、ゆっくりと地平線から立ち上がる。
ステージ名――《セレスティアル・サンクチュアリ》。
古代の空中神殿を再現した特別ステージ。
崩れかけた円形の石柱群、宙に浮かぶ透明な足場、下には果てしない雲海。
光の粒が舞い、まるで星々が地上に降りてきたように輝いている。
黄金の光が雲の切れ間を貫き、青白い光が反射する。
まるで“天と地の境界”――決勝にふさわしい、神話の戦場。
アナウンスが響く。
『これより――学院戦技大会、決勝戦を開始します!』
歓声が、雲の上にまで届いた。
「白銀白夜ぁぁ!!」「タクト先輩ぃぃ!!」
観客席の声が交錯する。
フィールド中央に、二つの光柱が降り注ぐ。
白と紺。
片や空の王子《ハクロ》。
片や星の楽師《アルテリオン》。
先に姿を現したのは、曳馬タクト。
風を受けて長髪がなびき、指先には細身の指揮棒。
その立ち姿はまるで舞台に立つ指揮者。
「――今日の舞台は、完璧だ」
彼は静かに呟き、指揮棒を一度、天へ掲げる。
風が鳴る。雲海が揺れる。
それはまるで、観客全員を前にした“指揮者のタクト”のようだった。
「空を舞う神殿。
崩れゆく柱、星屑の風。
そこに僕の楽団が集う……――」
通信越しに、静かに響く声。
低く、伸びやかで、どこか詩のようだった。
「――さあ、奏でよう。
第一楽章《黎明》、弓は星を纏い、空を穿つ。
聴衆は神々、観客は風。
僕の矢が空を裂くとき、この舞台は完璧になる。」
指揮棒が軽く空を切る。
それに呼応するように、アルテリオンの四脚が大地を踏みしめた。
金属音がリズムを刻む。
背部のアストラルウィングが展開し、風が螺旋を描く。
「僕の演奏を、邪魔しないでくれよ……“空の王子”。
君の拍手は、フィナーレの後に取っておこう。」
白夜はゴーグルを下げながら、苦笑した。
「ポエマーかと思ったら、完全に指揮者ですか」
「詩も音も同じだよ。
そして――戦いもまた、ひとつの芸術だ。」
『準決勝を制した一年生――白銀白夜!
そして迎え撃つは二年、曳馬タクト《アルテリオン》!
決勝戦――空中神殿《セレスティアル・サンクチュアリ》にて、今、開幕!!』
空気が震える。
その瞬間、アリーナ全体が“舞台”に変わった。
実況の声が響き渡る。
だが、その熱狂の中心にいる二人の世界は、静寂に包まれていた。
タクトが口を開く。
その声は、まるで詩を歌うように響く。
「弓は風を、心は星を。
そして矢は、空を裂いて詩となる。
今日ここで奏でるのは――
勝敗ではなく、芸術の極致。」
黄金の風が弧を描き、白と紺の光が交差する。
観客席の喧騒が遠ざかり、まるで音楽の前奏のような静寂が訪れた。
「――奏でよう、白銀白夜。
この空を、君の旋律で染められるならば。」
白夜は軽く笑う。
「……まるでコンサートみたいですね」
タクトは一瞬だけ目を細め、微笑を返す。
「違うさ。これは“戦場という舞台”に捧ぐレクイエムだよ。
さあ――僕の一射を、最後まで聴いてくれ。」
タクトが指揮棒を振り上げる。
ハクロのスラスターが白光を放つ。
『決勝戦――開始!!』
指揮棒が振り下ろされる。
風が鳴り、アルテリオンの弓が光を放つ。
夜空の神殿に、最初の“音”が響いた。