放課後。
カップ戦優勝。
その報告を済ませるため、僕はひとり、研究棟の奥――藤堂ラボの前に立っていた。
(……久しぶりだな、この感じ)
藤堂ラボ。
御門先輩――僕が負けたこの学校でもトップリーグに所属する先輩が居るラボ。
認められていない学生が気軽に出入りできる場所じゃない。
ラボの扉が自動で開く。
中に広がるのは、整然した空間――
オフィスの様な受け付けがあって、その奥には
白い光に包まれた整然としたモニター群と、無数のエイドロンフレーム。
「……来たか、白銀」
静かな声。
それだけで、空気が張り詰める。
振り返った御門先輩は、整った横顔を見せた。
鋭い瞳は氷のように冷たく、それでいて透き通っている。
白夜は自然と背筋を伸ばした。
「お久しぶりです。御門先輩」
「しっかり実績は積んだようだな。……上出来だ」
淡々とした言葉。
けれでもしっかりとしたやさしさが籠っていた。
「ノービスからアドバンスリーグ帯の頂点。
出場した128名を1年で上回るとはな」
御門先輩は机に置かれたデータパッドを操作し、白夜の戦績ログを映し出す。
そこには、決勝戦までの全フレームが記録されていた。
「反応速度、戦術判断、機体制御。上出来だな。
課題のスティングレイも十分使いこなしている」
「ありがとうございます」
白夜が頭を下げる。
しかし、次の瞬間、御門先輩の声色がわずかに鋭くなる。
「だが、まだだ。白銀、まだ足りない。
勝ち筋を引き寄せたのは偶然と瞬発力――王の戦い方とは言えない」
白夜は息を飲む。
的確だった。
彼の言葉は、誉め言葉よりもずっと重く響いた。
「……はい、もっと上に、強くなりたいです。」
「そういうと思っていた」
御門先輩は少し口角を上げ短く頷く。
「白銀、ついてこい。ここがお前を高める場所だ」
そういって、颯爽と通路の奥に進みだす御門先輩。
白夜は拳を握った。
「はい!!」御門先輩について僕も進みだす。
「期待している。……だが、一つだけ覚えておけ」
御門先輩が背をむけたまま語る。
「才能や努力だけでは、届かない領域がある。
だが、届くと信じ走り続ける奴にしか、開かない扉がある。お前は開けるか」
短く、それだけを言い残し、御門先輩はラボの奥へと歩いていった。
(やっぱりストイックなんだよな)
――あの人の背中、やっぱり遠い。
でも、そこに手を伸ばせる場所まで来た。
それだけで、少し胸が熱くなる。
僕はもう一度、拳を握った。
「もちろんです、御門先輩。期待は裏切りませんよ」
僕の言葉に、御門先輩は小さく頷き、
「言葉ではなく、結果で示せ」
一歩、また一歩と藤堂室長のいる部屋へ向かって歩き出した――。
僕もまた、足を踏み出す。
(必ず追いついてみせる。あの完璧な背中に)
*
「――ここだ。今の時間にバトルオペレーター全員を揃えて貰った」
御門先輩の声が静かに響いた。
目の前にそびえるのは《関係者以外立入禁止》の表示が刻まれた、分厚い防音ドア。
重厚な金属の質感が、まるで要塞のような威圧感を放っている。
御門先輩は腕のバングルを端末にかざした。
電子音が鳴り、セキュリティロックが次々と解除されていく。
淡い光が走り、最後の認証音が鳴り響いた。
――藤堂ラボ。
学院の中でも、最も閉鎖的な研究区画。
誰もがその存在を知っていても、実際に足を踏み入れられる者はほんの一握り。
(……やっと、ここまで来た)
息を呑む。
緊張で喉が乾く。
僕が憧れてきた場所――御門先輩がいる頂点のラボ。
重低音を響かせながら扉が動き出す。
完全に開ききる前に、御門先輩は迷いなく中へと足を踏み入れた。
(やっぱり、せっかちなんだよな)
僕も小さく息を整え、「失礼します」と頭を下げて後に続く。
――その瞬間、空気が変わった。
中は思っていた以上に広く、白い床がどこまでも続いていた。
並んだ研究機器はどれも最新鋭。各所に組み上げ途中のエイドロン・フレームが固定され、幾重にも光を反射している。
だが、圧倒的な整然さの中に、奇妙な違和感があった。
部屋の中央――
無数のモニターとデータラインの間で、ひとり椅子にもたれ、ぐったりとした姿勢の男がいた。
「おーい、アストレアー。コーヒーどこいったー」
隣には、今日も完璧に美しいエイドロン――アストレアが立っていた。
長身に光沢のあるチャイナドレス。スリットが深く、歩くたびに裾が揺れる。
まるで人間離れした彫刻のような存在感。
けれど、その表情はどこか呆れ顔だった。
「コーヒーはさっき冷やしておいたでしょう。冷蔵ユニットの中です、創一」
「……あー、そうだったっけ? もう面倒くせぇなぁ」
御門先輩が一歩前へ出る。
背筋を伸ばし、いつもの凛とした声で言った。
(白夜と藤堂室長は会うのは2度目で、1度目にスティングレイを使って実績を作れという試験を出していました)
「室長、白銀白夜です。俺の後継候補として改めて推薦します」
空気が一瞬止まる。
僕は慌てて姿勢を正した。
「白銀白夜です! よろしくお願いいたします!」
……静寂。
誰も、何も言わない。
モニターの電子音だけが規則的に響いていた。
そんな沈黙を破ったのは、アストレアだった。
「まぁまぁ。あの時の少年ですね。合格おめでとうございます」
柔らかな声で微笑むと、室長の頬を指でツンツンと突く。
「ちゃんと試験を突破したんですから、認めてあげないといけませんよ、創一」
(見るのは、2度目だけど全然見慣れない。ほんとにエイドロンなのかよ。薄く肌が光ってるし、人とは思えないほど美形なんだけどさ)
彼女の肌はわずかに光沢を帯びている。
確かにエイドロンだ――けれど、あまりに“人間くさい”。
藤堂室長は髪をガシガシと掻きながら、ため息を吐いた。
「アストレア、なぁ……やっぱ蹴っていい? イケメンは御門だけで充分なんだよ」
「だめです。御門君以外、最近誰も外部試合に出ていないじゃないですか。
それに白銀君のおかげで《スティングレイ》の注文が山ほど入ってるんですよ?
有望株です、ちゃんと迎えましょう」
アストレアが指先を弾くと、宙にホログラムが展開された。
そこには膨大な注文データと、白夜の戦闘ログが映し出される。
スティングレイの成功が、すでに学内企業やスポンサーの目に留まっている証拠だった。
「……ったくよぉ、世の中は見た目と話題性ばっかりだな」
藤堂室長は天を仰ぎ、だらしなく椅子にもたれる。
「お前がもっと暗いやつなら俺も喜んで迎えたのによぉ。
知ってるか、アストレア! こいつ“空の王子”なんて呼ばれてんだぜ!?
俺なんて学生時代、変態としか呼ばれたことねぇつーの!!」
完全に八つ当たりだ。白夜は思わず苦笑いを堪える。
「室長、それくらいにしてください。入室許可書を出していただけますか」
御門先輩の声が一段冷たく響く。
その一言で、室内の空気が一瞬にして引き締まった。
藤堂室長は舌打ちしながら机を漁り、データチップを取り出して御門に放り投げた。
「ほらよ。ったく俺が室長だっつーのに、扱いが部下じゃねぇか……」
そして、何かを思い出したように部屋の隅を指差す。
そこには、これまで気づかなかった三人の男女が座っていた。
それぞれ無言で端末を睨み、ひとりは前髪で顔が隠れ、もうひとりは分厚いゴーグルを掛けている。
誰も目を合わせない。声も出さない。まるで空気のように存在を消していた。
「お前らのせいだぞ!」と藤堂が叫ぶ。
アストレアは苦笑して肩をすくめる。
「創一がスカウトした子たちです。才能はあるんですが、行動力がなくて……」
「行動力がない? そりゃお前、俺が集めたやつの時点でなぁ……」
「そういう自覚はあるんですね、創一」
「あるけど改善する気はねぇ!」
室長とアストレアの掛け合いが続く中、御門先輩はため息ひとつで場を収める。
その言葉に、藤堂がふてくされたように椅子にもたれる。
「……ここが、学院最高のラボだというのが信じられないだろう、白銀」
白夜は正直に頷いた。
「はい……正直、想像していたのと違います」
御門先輩は苦笑しつつ、短く言葉を続ける。
「だが、ここのメンバーはもちろん、生まれたエイドロンも、全てが“本物”だ。
混沌の中からしか革新は生まれない。――室長は、それを体現している」
藤堂がようやく顔を上げた。
その瞬間、だらけた表情の奥に、別人のような鋭い光が宿る。
「御門、お前……うまいこと言うじゃねぇか。
しょうがねぇ、白銀白夜。お前、今日から正式に藤堂ラボの一員だ。
死ぬほどこき使ってやるから、覚悟しとけ」
「は、はいっ!」
御門先輩が受け取ったチップを白夜に手渡す。
「デバイスに読み取らせておけ。それがこのラボの入室許可書だ」
藤堂はさらに引き出しから小さなバッジを取り出した。
「ほら、これも持ってけ。藤堂ラボ所属証明バッジだ。売り上げに貢献しろ。あと悪さすんなよ」
白夜が受け取ったバッジには、女神のような横顔が刻まれている。
どこかで見覚えのある意匠――そう、アストレアそっくりだ。
(あれ? これ絶対アストレアさんだよな……)
御門先輩が穏やかに補足する。
「胸元にでもつけておけ。ラボの一員としての誇りを忘れるな」
白夜は深く頷き、襟にそっと留める。
その小さな重みが、不思議と胸の奥で熱く感じられた。
「はぁーい、解散!」
藤堂が気の抜けた声で言い、端の三人は無言のまま席を立ち、出口へと消えていく。
残ったのは、御門先輩、藤堂室長、アストレア、そして白夜の四人。
藤堂は椅子を回しながら言った。
「御門と白銀は残れ。……少し話がある」
その声色には、先ほどまでの気怠さとは違う、妙な緊張が滲んでいた。
御門先輩が何も言わずに席を指し示した。
「白銀、座れ」
促されて腰を下ろすと、隣にいたアストレアさんが音もなく近づいてきた。
白磁のような指先がカップを持ち上げ、優雅な仕草で紅茶を注ぐ。
香り高い蒸気が立ちのぼり、緊張していた胸の奥を少しだけ和らげた。
「午後以降は紅茶がいいですよね」
そう言って彼女は一人ずつ丁寧にカップを配っていく。
機械のように正確で、それでいてどこか人間らしい温かさがある所作だった。
(……この人、やっぱり“人じゃない”のが信じられない)
席に着くと同時に、空気が変わった。
ぐだぐだしていた藤堂室長が、まるで別人のように姿勢を正す。
その目つきは、先ほどまでの気の抜けたものとは違っていた。
「スティングレイの実戦データ、見させてもらったぜ」
低い声が響いた瞬間、研究室全体の空気が一気に張り詰める。
御門先輩もわずかに眉を動かす。
藤堂室長の視線は鋭く、真っ直ぐこちらを射抜いていた。
「白銀。お前には、あれは向いてないな。そうだろ?」
「え?」思わず声が漏れる。「自分ではそんな風に思わなかったですけど……」
室長は椅子を軽く回しながら、ゆっくりと脚を組む。
「お前は御門とはタイプが全然違う。それは分かるか?」
「いえ、同じ空戦型の機体を使ってるし、そこまで違うとは……」
思わず隣の御門先輩を見る。
「御門先輩も空戦型ですよね?」
そう振られた御門先輩は、紅茶に口をつけ、少しだけ間を置いてから答えた。
「俺もたしかに空戦型だ。だが、もともとは地上戦仕様だった。
空戦型が発表されたのは三月。そこから適応したに過ぎない」
「そうだ。御門はもともと地上で高機動に動き、正確な射撃で相手を沈めるスタイルだった。
空戦型の開発が発表されて、即座に適応した。自分を変える能力があるやつだ。だが――お前は違う」
藤堂が唇の端を吊り上げ、テーブルを指で叩く。
白夜は息を呑む。
「だが、お前は違う。最初から空戦型で育ってきた。
つまり――空の感覚を“生まれつき”持ってるんだ」
その言葉に、白夜は思わず息をのむ。
「……自分では、そんなこと分かりませんでした」
「そうだろうな」
藤堂が不敵に笑う。
「お前は“普通にやって”空を掴んでる。
だから今の学生じゃ、お前より上手く飛べるやつはいねぇだろう。
だが逆に言えば――“まだ合う機体が存在しない”」
「合う……機体が、ない?」
呟いた白夜の言葉に、藤堂の目が鋭く光る。
まるで新しいおもちゃを見つけた少年のような危うい熱が宿っていた。
「そうだ。だから――俺が作ってやるよ。お前専用のエイドロンをな」
言葉には軽さがあるのに、背筋が震えるほどの迫力だった。
その笑みは“天才の狂気”そのもの。
「授業と試合が終わったら毎日来い。秋までに完成させる」
藤堂室長はにやりと笑い、立ち上がる。
「容赦しねぇからな」
「……ありがとうございます!」
白夜は思わずガバッと頭を下げた。胸の奥が高鳴る。
その時、御門先輩がデバイスを操作しながら尋ねた。
「白銀、コアのレベルは今いくつだ?」
「え? コアレベルですか?」
慌ててデバイスを起動し、ステータスを表示する。
青白い光が画面に浮かび上がる。
コア《ハクロ》
所有者:白銀 白夜
白黒のコア(白:36/黒:22)
合計値:58
「あ、けっこう上がってますね。……合計値、58です!」
御門先輩が画面を覗き込み、僅かに眉を上げた。
藤堂室長も、まじまじとこちらを見つめている。
「……たった三ヶ月で58?」
室長が低く呟いた。
その声には驚きと、ほんの少しの興奮が混ざっていた。
御門先輩はデバイスを操作しながら、室長に視線を向ける。
「室長、白銀のコア表示……少しおかしいです」
「おかしい?白銀、見せてみろ」
白夜は慌ててホログラム投影を有効化する。
机の上に青い立体映像が浮かび上がった。
「おいおいおいおい……」
藤堂がわなわなと震え、唇の端を釣り上げる。
「初めて見たぞ、これ。なんだよ、レベルが“二つ”あるじゃねぇか……!」