ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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65話

 夜風が緩やかにカフェのテラスを撫でていく。

 笑い声とグラスの音が混じり合い僕たちのテーブルの上では、煌めくライトが水面のように反射していた。

 

「で、白夜はどんなラボなんだよ?」

 礼人が、ポテトをひとつ摘んで口に放り込みながら尋ねる。

「まさか、ただの研究室じゃないだろ?」

 

「まぁ……一応、藤堂ラボってところだよ」

 白夜が答えると、空気が一瞬止まる。

 

「――は?」

「うっそ、あの? “御門先輩”がいるとこ?」

「マジかよ、それ、やばくね!?」

 

 みんなの声が一斉に上がる。

 周囲の客が一瞬こちらを見るほどの盛り上がり方だった。

 

「え、えっと……まぁ、たまたま御門先輩に推薦されて……」

 白夜は気恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 みゆが肘で礼人をつつく。

「聞いた? 推薦だって! やっぱ優勝しただけあるじゃん!」

「さすが白夜だなぁ。俺たちが遊んでる間も、ちゃんと努力してたんだな」

 元気の言葉には、少しの羨望と、少しの尊敬が混じっていた。

 

 莉音がアイスコーヒーを回しながら笑う。

「でも、ほんと凄いよねー。毎日色々やってたもんねー」

「そうそう、放課後も実習棟行ってたし」

 みゆがうなずきながら、ストローを噛む。

 

「努力が実を結んだってことだよな!」

 と元気がまとめる。

 

 白夜は笑いながらも、どこか遠い目をしていた。

(……努力って、どこまで続けたら“届く”んだろう)

 頭の片隅で、御門先輩の完璧な姿が浮かぶ。

 誰よりも強く、誰よりも速く、誰よりも冷静。

 その背中はまだ、あまりにも遠かった。

 

 

 

 *

 

 

 

「……なぁ白夜」

 礼人がストローを咥えたまま、視線を白夜に向けた。

 目の奥には、軽い笑みと、わずかな探るような光。

「カップ戦のあと、どこ行ってたんだよ」

 

 その一言で、白夜の胸が一瞬きゅっと締めつけられた。

 けれど、笑ってごまかすように息をつく。

「いやぁ、まぁ……色々あってさ」

 

「あーしも気になるー!」

 莉音が身を乗り出し、髪がふわりと揺れる。

「そうそう! 言えよ!」

 元気がケチャップのついた指で白夜を指差す。

 この江も心配そうにこちらを見て、みゆは落ち着かない様子で二人を見比べている。

 

 白夜は覚悟を決めるように、深く息を吐いた。

「……実は、桃香と付き合うことになった」

 

 その瞬間、テーブルの空気が凍った。

 静寂の中、氷が溶ける音だけが小さく響いた。

 

「……マジかよ?!」

 一拍置いて、元気が叫んだ。

「桃香って隣のクラスの佐倉だよな!? あの1年でトップクラスに可愛い!? 夢の存在じゃねーか!」

 

「可愛い彼女に、トップラボの専属って……チートかよ」

 礼人が苦笑いしながら肩をすくめる。

 

 莉音はグラスの中の氷を指でいじりながら、小さく呟く。

「あーし、なんか、そんな気してたんだよね」

 笑っているけれど、どこか痛々しい。

 

 この江は――何も言えなかった。

 瞳がわずかに揺れ、声にならない息を吐いて、唇が小さく震えている。

 それを見たみゆが、すぐに察したようにそっと背中に手を置いた。

 

「俺も彼女ほしい! 誰か紹介してくれよ!」 元気がわざと大げさに腕を組む。

 

 莉音がようやく顔を上げる。

「元気はまず“デリカシー”を学ぼーねー」

「お、俺そんなにデリカシーないか!?」

「黙ってればカッコいいのにねー」

 

 礼人がすかさず茶化す。

「いや、こんなデカいのが黙ってたら逆に怖ぇよ」

「それはそう」と僕も笑う。

「うるせぇ!」と元気がツッコみ、笑いが少し戻った。

 

 

 だけど、その笑いの輪の外で、この江は俯いたままだった。

「……い、いつから?」

 小さく、震える声。

 みゆの手が背中に残ったまま。

 

「昨日からだよ」

 白夜はその視線から逃げずに答えた。

 自分の言葉が刃のように響くのが分かった。

 

「そっかぁ……」

  この江は微笑もうとしたけれど、うまく形にならない。

「ごめんね、明日も早いし……帰るね」

 立ち上がった彼女の目尻には、かすかな光が滲んでいた。

 

 その背中を見送りながら、みゆが小さく溜息をついた。

「白夜も礼人もこの江の気持ち知ってるんでしょ。タイミング悪いよ」そう言って席を立とうとする。

 

「……ごめん」

 白夜は目を伏せた。

 

「俺、行ってくるよ」

 礼人が立ち上がり、短くそう言って足早に去っていく。

 その背中は、誰よりも真っ直ぐだった。

 

 残された空間に沈黙が残る。

「え、知ってた? 礼人、この江のこと……」

 と席を立ちかけたみゆは礼人の背中を指さし僕を見る。

 

「たぶんね。それとごめん、雰囲気悪くして」と謝る。

 

「白夜は悪くないんだけどさー。あぁー。このメンバーこれでバイバイは嫌だよ?」とみゆが困ったような笑みを僕に向ける。

 

 莉音がグラスをくるくると回しながら言う。

「あーしも、ちょっとショック受けてるんですけどー」

 軽口に聞こえたが、その笑顔はどこか寂しげだった。

 

「え? この江? 礼人? 白夜? どゆことだ!?」

 元気が混乱したように両手を振り回す。

「ややこしすぎてわかんねぇー!」

 

「……ごめんな」

 僕は小さな声でそう呟いた。

 

「はくたん、あーしじゃだめだった?」と莉音が先程まで礼人が座っていた席に移り肩を寄せてくる。

 

「ダメなんかじゃ、」

「じゃああーしにしろよー」と絡んでくる。

 

 みゆが「よしっ!」と両手を叩き、空気を変える。

「じゃあ改めて――ラボ加入記念と、りおちの失恋に!カンパーイ!」

 

「出来るかー!」莉音がツッコむ

 

 ライトアップされた木々の間を、気を取り直したかのように笑い声が駆け抜けた。

 

 

 

 *

 

 

 

 気づけば夜は更けていた。

 カフェの灯りが少しずつ落ち、通りには人影もまばらになっていく。

 

「そろそろ帰るか」

 元気がリンカーを確認しながら言う。

「明日も授業だしな」

 

「うん。……あの二人も、きっと話してるよ」

 みゆの言葉に、莉音が頷く。

「そうだねー。こういうのは時間が解決してくれるって」

 

 3人がそれぞれの帰り支度をしながら、笑い混じりに言葉を交わす。

 白夜はその姿を見つめていた。

 

(……みんなに助けられてるなぁ)

 

 白夜は小さく息を吐き、椅子から立ち上がった。

 

「……よし、帰ろう」

 彼はポケットの《A.I.C.リンカー》を握り、静かに寮へ歩き出した。

 

 

 

 *

 

 

 

 寮への帰り路

 夜風が肌を撫で、街灯の光が石畳にゆらゆらと影を落としていた。

 

「はくたん!」

 振り返ると、莉音が勢いよく走ってきて、そのまま白夜の背中にタックルした。

 不意打ちに身体が前のめりになる。

 

「わっ!? お、おい、危ないって!」

「へへー。あーしのこと、変に気を使わないでね?」

 満月みたいな笑顔。ネオンの光を浴びて、彼女のピアスがきらりと揺れる。

 

 その後ろから、みゆと元気も追いついてくる。

「ちょっとりおち! 夜道でタックルはないでしょ!」

「そうそう、俺でも危ないと思ったぞ……」

 元気が苦笑いしながら肩を叩く。

 

 みゆが両手を腰に当てて言う。

「白夜、今度ちゃんと彼女紹介してよね?」

「おい、俺にも紹介してくれ! あと女の子の友達もな!」

 元気がいつもの調子で乗っかる。

 

 

「こんなに可愛い子がいるのに?見る目ないよねぇー」

 みゆが呆れたように言いながらも笑う。

 

「お前らは違うだろ」と呆れたように元気は言う。

 

「ひどっ!」とみゆと莉音が同時に声を上げてケラケラ笑った。

 

 そんな何気ないやり取りが、さっきまでの重い空気をすっかり吹き飛ばしていく。

 

「……なんか、わかんねぇけどさ」

 不意に、元気が隣に並んで言った。

「漫画やアニメみたいにハーレムって訳にいかねぇんだからこういうこともあるだろ」

 

 普段は大雑把なくせに、たまに真っ直ぐなことを言う。

 その言葉が妙に心に響いた。

「……あぁ、そうだな。ありがと」

 白夜が笑うと、元気も歯を見せて笑い返した。

 

 その会話を耳にしていたのか、莉音がくるっと振り向く。

 満面の笑顔を浮かべながら、指をピッと立てて宣言した。

「はくたん、アリじゃんハーレム!“2番目”ならいつでもいくよ!」

 

「ダメだろ」 呆れながらも、思わず吹き出す。

「えー、残念ー!」と莉音が頬を膨らませ、みゆの方を向く。

「みゆー! 明日は女子だけで残念会ねー!」

「了解ー! カラオケだー!」

 二人は笑いながらハイタッチした。

 

 

 街の角を曲がる頃には、寮の灯りが見えてきた。

 その光を見て、白夜はふっと息を吐く。

 笑いながらも、胸の奥に少しだけ残る痛みがあった。

 この江の涙も、礼人の真っ直ぐな視線も、まだ心の中でくすぶっている。

 

(……完璧になんて、なれなくても)

(俺は、こうして笑ってくれる仲間がいる。それだけで充分だ)

 

「……ありがとな、ほんとに」

 ぽつりと呟いた白夜の声は、風に溶けていった。

 

 みゆが振り返り、柔らかく笑う。

「どういたしまして。次は“笑わせる番”だよ、白夜」

 莉音と元気も「おー!」と声を揃える。

 

 星空の下、4人の影が並んで歩く。

 その笑い声は小さく夜道に響き、まるで明日へと続く灯のように消えていった。

 

 

 

 *

 

 

 

 夜の寮はしんと静まり返っていた。

 廊下を照らす常夜灯が淡く反射し、壁に白夜の影を伸ばしている。

 

 部屋のドアを開けると、机に向かうテッペイの背中が見えた。

 ノートPCの光に照らされた横顔は真剣そのもので、ペンを動かす手が止まらない。

 

「ただいま」

「おう。おかえり」

 短い会話だけ交わし、白夜は足音を立てないようにシャワールームへ向かった。

 

 湯気に包まれながら、彼はぼんやりと天井を見上げる。

(……今日はいろいろあったな)

 

 笑い声、驚き、そして泣き顔。

 あのカフェでの空気が、まるで残り香のように心の中に漂っている。

(……あの空気、気まずかったな)

 

 胸の奥に沈んだのは、申し訳なさと、ほんの少しの寂しさだった。

 それでも、前に進むしかない。

 

 ――藤堂ラボへの正式加入。

 ――御門先輩の圧倒的な存在感。

 ――双相コアの謎。

 

 目指す場所が、彼らとは別の“場所”にある。

(……僕は変わらなきゃいけない)

 

 そう思うと、湯の音が妙に遠くに聞こえた。

 

 

 

 *

 

 

 

 シャワーを終えて髪を拭きながら部屋に戻ると、テッペイはまだノートを広げていた。

 資料の端には「コア干渉理論」と書かれたメモ。

 どうやら新しい構造解析の勉強をしているらしい。

 

 白夜は小さく笑い、邪魔しないようにタオルを肩にかけたままベッドに腰を下ろした。

(……このままじゃ、テッペイにも悪いな。夜遅くなることも多くなるし)

 ラボ通いが本格化すれば、帰りも遅くなる。

 そろそろ個人部屋を借りることも考えないと――

 そんなことを思っていると、ポケットの中で《A.I.C.リンカー》が震えた。

 

 

 

 画面に表示された名前は「桃香」。

 白夜の心臓が一瞬、跳ねる。

 

(……やっぱ、彼女の声聞くとホッとするな)

 通話ボタンを押し、部屋を抜け出して廊下に出る。

 

「もしもし?」

 声は、少し眠たげで、それでも柔らかい。

 彼女の声に、張り詰めていた胸の糸が少しだけ緩む。

 

「ごめん、遅くなった。みんなと打ち上げしてた」

 

「ううん、気にしないで。優勝したばっかりだもんね。

 私のクラスでも噂になってたよ」

 

「変な噂じゃないといいけど」

「変じゃないよ。ふふっ、“私の彼氏すごいんだぞー”って思ってた」

 

 その言葉に、思わず顔が熱くなる。

(……あぁ、やばい、可愛い)

 

「そうだ。友達に言ったんだ。桃香と付き合ったって」

「ほんと? うれしい!」

 少し間があって、桃香が言葉を継いだ。

「あのさ、今から少し会える?」

 

「うん。エレベーターのとこで待ってるよ」

「ありがとう。すぐ行くね」

 

 通信が切れた。

 胸の鼓動が、少し早くなる。

 

 

 エレベーターホールに出ると、向かいの廊下の向こうから人影が現れた。

 寝る前だったのだろう、桃香は薄手のルームウェア姿だった。

 寝る前だったんだろう。可愛らしい寝間着を着ている。白いワンピース地のパジャマ。少し長めの袖が手の甲にかかっていて、瑞々しい太ももがあらわになっている。

 小走りで近づいてくるたびに、彼女の髪がふわりと揺れ、ほのかにシャンプーの香りがした。

 

「こんばんは、白夜くん」

 小さく首を傾け、はにかむように笑う。

 

「こんばんは、桃香」

 自然と微笑みがこぼれる。

(……ほんとに、可愛いな)

 

 

 エレベーター脇のソファに並んで座る。

 夜の静けさが、二人の間に優しい空気を作っていた。

 

「桃香は寝る前?」

「うん。白夜くんもでしょ?」

 彼女の視線が、白夜のTシャツとハーフパンツに向けられる。

 

「帰ってすぐシャワー浴びたところ」

「ふふっ、そうなんだ」

 笑顔で頷く桃香。その目がまっすぐで、どこか嬉しそうだった。

 

「なんか楽しそうだね」

「うん。だって、白夜くんが彼氏で、今こうして会えてるんだもん」

 その一言が、まるで魔法みたいに胸に響いた。

 

(可愛すぎる。破壊力が高すぎる。警報鳴るレベル)

 

「でも、白夜くん……少し元気なさそう。何かあった?」

 

 一瞬だけ、息を止める。

 彼女には隠し事なんてできない。

 

「んー、元気はあるよ。ラボにも正式に入れたし」

「そっか! おめでとう! ずっと目標にしてたもんね!」

 

「ありがとう。それとさ……今日、みんなに言ったんだ。桃香と付き合ったって」

「うん、さっき言ってたね!」

 嬉しそうな顔を見せたあと、彼女は少し表情を和らげた。

「……でも、白夜くんの顔、ちょっと曇ってるね」

 

「うん。タイミング、ちょっと間違えたかも」

 

「この江ちゃんのこと?」

 その名前が出た瞬間、白夜はわずかに目を見開いた。

 

「……知ってたの?」

「うん。この前、少し話したの。白夜くんのこと、好きなんだろうなって。

 女の子って、そういうの敏感だから」

 

 

 桃香の声は優しくて、責めるような響きはなかった。

「でもね、白夜くんが悪いわけじゃないよ。

 私は、私を選んでくれて嬉しいから」

 

「……選ぶなんて、そんなのじゃないよ。ただ、桃香が好きだって思っただけ」

「ふふっ。……ありがとう。私も白夜くんのこと、好きだよ」

 

 その言葉に、白夜は小さく笑う。

 桃香の明るさは、どんな夜も少しだけあたたかくしてくれる。

 静かな沈黙が落ちる。

 視線が交わり、ほんの一瞬、時間が止まった。

 

 そして、ふたりの影が――重なった。

 

 唇が触れ合い、白夜は一瞬だけ息を呑む。

 心臓の音がうるさいほど響く。

 

「……エレベーターの前は危なくない?」

 赤くなった頬を両手で押さえながら、桃香が小さく笑った。

 照れ隠しの笑い方が、まるで春風みたいで。

 

「たしかに、ドキドキしたね」

 白夜も顔を逸らしながら、苦笑いで返す。

 お互いに目を合わせられず、けれどその空気が愛おしかった。

 

(――明日からまた頑張れる気がする)

 胸の奥の重りが少しだけ軽くなる。

 白夜は小さく息を吐いた。

 

「……そろそろ寝よっか」

「うん。また明日ね」

 

 桃香が立ち上がり、名残惜しそうに手を振る。

 その姿がエレベーターホールの光に包まれ、白夜は思わず見惚れた。

 

「ありがとう。おやすみ」

「おやすみ、白夜くん」

 

 ドアの向こうへと消える桃香の背中。

 それを見送ってから、白夜はそっと窓の外を見上げた。

 

 夜空に流れる星がひとつ、またひとつ。

 どれも遠く、届かない。

 

 それでも、彼は目を逸らさなかった。

 

(完璧には、なれなくても――)

(それでも、あの人の背中に少しでも近づけるように)

 

 ゆっくりと拳を握りしめる。

 その動きに合わせるように、廊下の照明が静かに明滅した。

 

 白夜の背中を照らす光は弱々しい。

 けれど、確かに前を照らしていた。

 

 *

 

 

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