ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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70話

 「そろそろお前らも帰れよー」

 藤堂室長の声が響く。

 

 リンカーを見ると、すでに19時近い。

 

「白銀君、夕食にどうぞ」

 アストレアさんが、白地に金のリボンがついた紙袋を手渡してきた。

 

「ありがとうございます」

 受け取って中をのぞくと、二つのランチボックスが入っている。

 

「……二つ?」

 

「紫乃君のも一緒に入れています。容器は使い捨てなので、返却は結構ですよ」

 にこやかに微笑むアストレアさん。

 その笑顔の奥には、どこか“面白がっている”ような色があった。

 

「それにしても……あ、毎日は作りませんよ?」

 とウィンク。

 その拍子に、短めのミニスカートがふわりと揺れた。

 変形着物の布地は桜の花弁を模した刺繍入りで、スリットの間から伸びる脚がまぶしいほど白い。

 

(いまだにエイドロンって信じられないよ)

 

 

 扉のほうを振り返ると、紫乃先輩がもじもじと立っていた。

 髪で顔を隠しながら、ちらちらとこちらをうかがっている。

 おそらく――僕を待っている。

 

「白銀君、男の子なんですから送ってあげてください」

 アストレアさんが、意味ありげな笑みで言う。

 

「いや、まぁ……わかりましたけど」

 軽くため息をつきながら返事をして、扉へ向かう。

 

「気を付けて帰れよー!」

 室長の声が後ろから飛んできた。

 そのあと小さく、「青春ですね」「俺にはそんなのなかったけどなっ」と声が聞こえた気がする。

 

 

(無視、無視。早く送って帰ろう)

「じゃあ紫乃先輩、送っていきますよ」と声をかけて扉を開ける。

 

 扉を開けると、紫乃先輩が小さな声で――

 

「うふふ……キラキライケメン……うちのこと絶対好きじゃん……」

 

 (ん?)

 

「え、なにか言いました?」

 

「ん、だ、だい、だいじょうぶ。かえる」

 たどたどしい言葉で、僕の後ろにぴったりとついてくる。

 

 

 *

 

 

 

 廊下を抜けて夜風に出る。

 ラボの照明が背中に遠ざかっていく。

 

 しばらく歩いて、ふと気付いた。

 

(……あれ? 先輩の家って、どの辺なんだ?)

 

「紫乃先輩の家ってどの辺ですか?」

 

「ん」

 小さく指を差す。

 

「……あれ?」

 

 その先には、僕の新居――あのマンションが見える。

 背の高いガラス張りの建物。昼間の陽を反射するそれが、夕暮れには橙色に染まっていた。

 

(まさか、な)

 同じマンション、なんて偶然あるわけ――

 

 そう思いつつ歩き出す。僕の帰り道でもあるし。

 

 途中、なんとか会話を繋ごうと話題を振る。

「紫乃先輩って、ラボにはいつから来てるんですか?」

「……1年の終わりくらい」

「へぇ、結構前からなんですね。普段もよく来てるんですか?」

「週に……2回……くらい」

 

 ぽつり、ぽつりと返ってくる短い言葉。

 でも、そのたびに先輩の声が少し柔らかくなるのが分かる。

 

 時々、聞き取れない小声でなにか言っている。

 

「……うちのこと知りたすぎだろ……」

(聞こえない)

 

「……この後輩くん、そんなにうちに魅了されたのか……」

(風の音か……?)

 

「……一緒に帰るなんて、もう結婚じゃん……」

(さっきより小さい声!? いや、絶対なんか言ってる!)

 

 僕が首をかしげながら振り向くと、紫乃先輩は一歩下がって髪をいじる。

「な、なに……」

「いえ、なんでも」

 

 なんだか変にドキドキしてしまって、視線を逸らす。

 

 夕暮れの風が、並んで歩く二人の間を抜けていった。

 街灯がひとつ、またひとつと点き始める。

 

 同じ方向に歩く二人――

 その行き先が、まさか本当に“同じ屋根の下”だったなんて、

 彼女がいま、頭の中で“ウェディングテーマ”が流れているなんて――。

 

 この時の僕はまだ知らなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 やっぱり――というか、なんとなくそんな気はしていた。

 

「……ここ」

 そう言って紫乃先輩が立ち止まったのは、よりにもよって、僕が住み始めたばかりのマンションの前だった。

 

(うそだろ……?)

 アストレアさんのあの意味ありげな笑み――まさか、これを知ってて言ってたのか。

 

「紫乃先輩、僕も……ここです」

 

「……ん?」

 一瞬、きょとんとした顔をした紫乃先輩は、

 その直後、漫画みたいに顔を真っ赤にして固まった。

 

「で、で、で、出会ったばかりだというのに……ぷ、プロポーズなのかっ!? え、まだ結納も両親への挨拶もすましてないのに!? そもそも学生結婚って良かったっけ!? 同棲は……その、ギリ……ギリ政府管轄内なのか!? くそぅ、クラスの陽キャの話をもっと盗み聞ぎしていれば! うち今日の下着可愛いやつだっけ!? やば…ああ、だめそんなとこ触っちゃっ!………!」

 

 

 一気に早口でまくし立てる。

 小声すぎて半分くらいしか聞き取れないが、内容の飛躍っぷりで頭が追いつかない。

 

(待って、思考のジェットコースターすぎる……)

 

「お、落ち着いてください! ただの偶然です。僕は土曜日からここで部屋を借りてるんです」

 

 そう言ってなだめると――

 

「……あ、そ」

 一瞬でトーンダウン。

 さっきまで沸騰していた顔がスッと真顔に戻る。

 

 そして僕の手に持っていたランチボックスを一つ、無言でスッと取ると、

「……ありがと」

 とだけ言って、足早にエレベーターへ向かった。

 

 残された僕は、ぽかんとその背中を見送る。

 

 エレベーターのドアが閉まり、上の階へと上がっていく表示灯が光る。

 電子音が「チン」と鳴るまでの数秒間――現実感がまるでない。

 

「……まさか、同じマンションとはな」

 

 思わず独り言が漏れた。

 いや、それよりアストレアさん。

 もしかして最初から分かっててこれを仕組んだのでは?

 

 廊下の静けさの中、誰もいないフロアで小さくため息をつく。

 冷房の風がゆるやかに吹き抜け、ランチボックスの香ばしい匂いが漂っていた。

 

「藤堂ラボには、やっぱり変人しかいないな……」

 

 そう呟きながら、エレベーターへ向かって歩き出した。

 エレベーターのドアに映る自分の顔が、どこか疲れて、それでも少し笑っているように見えた。

 

 

 

 *

 

 

 

 そんな出来事があっても、新しい朝はやってくる。

 

 ただ――変わったことがひとつある。

 いや、正確には二つ。

 

 今週のラボでのシミュレーター対戦相手が、紫乃先輩に固定されたこと。

 そしてもう一つは、その帰り道を、毎晩一緒に歩いて帰っていることだ。

 

 2日目も初日と同様で、何とか話題を探しては少しづつ会話していくだけでなんとなく気まずい空気があった。

 

 でも、3日、4日と経つうちに、紫乃先輩の方からも少しずつ反応が増えてきた。

「……スラスター制御、雑」とか

「…もっと」とか。

 

 たったそれだけの会話なのに、

 僕の中の“先輩像”が少しずつ変わっていくのが分かる。

 

 それでも――相変わらず声は小さい。

 何を言ったのか聞き取れないことも多い。正直何を考えてるかもわからない。

 

 それでも――、

(……仲良くなれてるのかもな)

 

 

 

 *

 

 

 

 金曜日には結構話せたと思う。

 いつもと同じようラボのシミュレーションルームに入ると。

「失礼します」

「……ん」

 

 紫乃先輩はいつも通り、髪の隙間から片目だけ覗かせて短く返す。

 それでも、返事が返ってくるだけ進歩だと思ってしまう自分がいる。

 

 シミュレーター室での対戦は、相変わらず激しかった。

 紫乃先輩の《ルミナメイジ》は、今日も眩しいほどに輝いていた。

 光の魔法陣が展開されるたびに、あの声が響く。

「――希望は、まだ消えてない!」

 バトルの間だけ、彼女は別人のように堂々としている。

 指先から発せられる魔力の軌跡も、まるでステージライトみたいに綺麗だった。

 

 戦闘が終わると、またあの静かな暗い紫乃先輩に戻る。

 

「……その、今日の……よかった」

「ありがとうございます」

 

「でも、スラスター、右寄り」

「えっ」

「バランス……悪くなる」

「……はい、気をつけます」

 

 短い言葉だけど、次の課題を出されたみたいに、心が引き締まる。

 

 ――その後。

 一緒にラボを出て、夕暮れの廊下を歩く。

 もう、この帰り道も金曜日ともなればすっかり慣れた。

 気まずさは多少あるけど。

 

 彼女の歩幅が小さいことも、

 信号待ちのときに袖を指でつまむ癖も、

 少しずつ、当たり前に感じてきている。

 

「……今日……ミス、少なかった」

「ほんとですか? やった」

「うん……うちの、ハートも……ドキドキした」

「え?」

「……な、なんでもない」

 

 髪の下から見える耳が、少し赤い。

 

 

(……これは予想外ですけど)

 

 思い返すと、アストレアさんのあの“意味深な笑み”。

 それを思うと、先輩のコミュニケーション能力を育てるための配役かこれは? 

 

 アストレアさんの掌で踊らされているような感覚が走る。

 考えすぎかと笑う。

 

 

 

 *

 

 

 

 学校では、以前と変わらず順調だ。

 ……いや、“順調すぎる”と言ってもいい。

 

 授業内容はハードだが、苦ではない。

 課題提出も、実技試験も、気づけば常に上位。

 リーグ戦も、もはや手応えを感じなくなっていた。

 

 みんなが「今日は勝った!」と歓声を上げる中で、

 僕だけはどこか冷めた目でその光景を見ている。

 羨ましさでも、傲慢でもなく――ただ、物足りない。

 

(……いつの間に、こんなに差がついたんだろう)

 

 リンカーを確認する。

《ハクロ》の総合レベル――90にそろそろ到達しそうだ。

 同級生の倍以上。

 単純な数値だけじゃない。

 

 今のハクロは、僕の意図を正確に読み取って以前よりもスムーズに動く。

 まるで一体化したみたいに。

 思考と反応の間にあった、“遅れ”が修正されていく。

 

 同級生と同じ機体を使っても今なら軽く勝てるんだろうなと実感できるくらい、僕とハクロのラグが薄くなっていく。

 

 遠距離型、近距離型、バランス型――

 毎日のように装備を変え、戦闘データを蓄積していく。

 変わらないのは、どの機体も“空戦特化”ということ。

 空を翔け、空で勝つ――それが僕のスタイル。

 

 だからこそ、思う。

 ――いずれ、“空の覇者”と呼ばれた御門先輩を越えたい。

 

 

 ふと、篠原先輩のことを思い出す。

 アストレアさんが言っていた。

「篠原君はめんどくさいからとリーグ戦をサボってしまう」って多分、得るものがないとまでは言わないけど、少ないからだからかな。

 

 今なら少しわかる。

“強くなる”ための戦いと、“勝つための戦い”は違う。

 リーグ戦は後者だ。

 

 僕にとって今必要なのは、勝ち星じゃない。

“実験”と“挑戦”――この二つだ。

 そして藤堂ラボは、そのための理想的な環境だった。

 

 

 

 土曜は桃香と学校の自習室で勉強した。

 彼女はノートを几帳面にまとめながら、わからないところを丁寧に聞いてくる。

「白夜くん、ここの公式ってどうやって導くの?」

「ここはね――」

 そうやって勉強するのが彼女との過ごし方だ。

 

「 夏休み入ったら、一緒にどこか行こうね」

 彼女のその言葉が、何よりの癒しだった。

 うん、こういう時間をちゃんと作らなきゃな――そう思う。

 なんだか穏やかで心地よかった。

 

 

 

 日曜はラボ。

 新しいコアの出力データを取り、スラスターの挙動を検証していたら、

 気づけば夕暮れになっていた。

 休日がこんなに短く感じるのは久しぶりだった。

 

 

 

 *

 

 

 そしてまた週が始まる月曜日。

 教室の窓から見える空は、夏の気配を帯びていた。

(もう7月か……)

 そんなことを思いながら午後の授業を終えると、

 僕はいつものように藤堂ラボへ向かった。

 

 今日からまた、篠原先輩とのシミュレーションが再開される。

 ラボの扉を開けると、

 冷たい空気と金属の匂いが混ざった、あの独特の空間が迎えてくれる。

 

「来たか、白銀」

 藤堂室長の声。

 その横ではアストレアさんが端末を操作しており、

 スクリーンには既に《ミラージュリザード》のコア波形が映し出されていた。

 

 篠原先輩は、相変わらずの黒マスクにゴーグル姿。

 表情は読めないし、言葉も少ない。

「よろしくお願いします」と声をかけても、小さく頷くだけだ。

(……まぁ、そういう人だよね)

 もう慣れた。いや、“ゴーグルマスク無口ショタ先輩”として、

 ある種キャラとして認識するようになっていた。

 

 シミュレーションが始まる。

 ステルス迷彩の展開タイミング、脚部の静音化、クローク展開の予兆。

 何度も戦ううちに、わずかな気配――熱源の揺らぎ、動作前のエネルギー脈動――を

 目でなく“感覚”で捉えられるようになってきた。

(……そこだ!)

 ビームライフルを放つ。

 だが、射線を読まれたのか、篠原先輩は瞬時に姿を消す。

 

 結果は惜敗。

 でも、以前のように何も見えず終わることはなかった。

 明確に“手応え”を掴めている。

 

「だいぶ動きが良くなってきたな」

 藤堂室長が笑う。

 アストレアさんも軽く頷いてデータを記録している。

 

 ……その後ろ。

 部屋の隅の椅子に腰掛け、黙って僕らの戦いを見つめる人影があった。

 

 紫乃先輩だ。

 

 戦わない日でも、なぜかラボにいる。

 いつも無表情で、誰に話しかけるでもなく、

 ただじっとシミュレーションのモニターを見つめている。

 

「見学ですか?」と一度聞いたことがあるけど、

「ん……気分」とだけ返ってきた。

 

 それきり会話もない。

 なのに、毎日17時ごろになると現れて、

 19時、僕が片付けを終えると同時に立ち上がる。

「……帰る」とだけ言って、当然のように一緒に歩き出す。

 

(いや、なんで?)

 

 断る理由もないけど、断りづらい。

 紫乃先輩は不思議な距離感で、まるで猫のようにこちらのペースを乱してくる。

 歩く速度を合わせてくるし、たまにこっちを見るけど、話しかけはしない。

 それでいて、エレベーターの前で別れるときには、

「……また明日」って小さく呟いて去っていく。

 

(いや、これ……なんか誤解されない?)

 

 頭をよぎるのは、桃香の顔だ。

 

 あの子は見かけによらず、観察眼が鋭い。

 小さな変化にも気づくタイプだ。

 

 

 とはいえ、紫乃先輩は純粋に見てるだけなのかもしれない。

 でも――ラボを出る19時が近づくたびに、

 見るからにウキウキしてくるその様子を見ると、

 どうにもツッコミづらい空気になる。

 

(……悪い人じゃないんだけどな)

 

 結局、何も言えずに並んで歩いて帰る日が続いた。

 彼女は歩幅が小さいから、自然と僕もゆっくりになる。

 そのたびに、

(あぁ、またこの感じ……)と思う。

 

 

 この江のことが頭をよぎった。

 あのときは、桃香のことを伝えるタイミングを間違えて、傷つけた。

 気づけば距離ができていた。

 

 同じように、今もまた――

 人との“間合い”を測りかねている気がする。

 

(……なんかもう、色々めんどくさいな。ハクロとエイドロンに集中できれば良いのに)

 

 そう苦笑しながら、僕はリンカーを開いた。

 桃香へのメッセージ欄を見つめる。

『今、ラボ終わった。今日も頑張ったよ』

 送信ボタンを押す。

 画面が光ると同時に、小さな安心が胸に広がった。

 

(大丈夫。僕はちゃんと、守るべきものをわかってる)

 

 今回は失敗しないように。

 そう自分に言い聞かせながら、なにもしないという選択肢を消極的にとっていた。

 

 間違えないように。

 だれも傷つけないように。

 

 

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