12話くらいまで改稿する予定です。
桃香は僕と七海のやり取りにふふっと笑いながら、七海の肩にもたれかかる。
「ねぇ、こうしてると家族みたいじゃない?」
その声はあどけなくて、どこか安心しているようでもあった。
「……家族って言うなら、桃香が子どもになるけど?」
七海は半分呆れたように言いながらも、口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「それは困る!白夜くん浮気しちゃだめだよ!」と桃香が僕に言う。
その様子を見て、なんとなく“許してくれたんだな”と分かる。
*
泊まると決まってからの七海の行動は早かった。
まず「せっかくだし、夜ごはんはちゃんとしよう」と提案してくれて、
僕が「じゃあデリバリーでも頼もうか」と言うと、即座に桃香が「ピザ!」と元気よく手を挙げた。
結局、彼女の勢いに押される形でピザを注文することに。
その間、七海と桃香は「着替え買ってくる!」と言い残し、コンビニへ向かった。
二人の後ろ姿を見送りながら、僕は思わずため息をつく。
(……まぁ、悪くない。というか、なんか楽しいな)
二十分後、玄関のチャイムが鳴った。
同時に戻ってきた二人は、まるで遠足帰りの小学生のようにご機嫌だった。
「次からはちゃんと準備してくるね!」
「……いや、今回だけって言ったでしょ」
七海が呆れ顔でツッコミを入れる。
対して桃香は「えへへ」と笑ってごまかす。どう見ても次も泊まる気満々だ。
そのとき、インターホンが再び鳴った。
デリバリーピザ、到着。
箱を開けた瞬間、チーズの香りがぶわっと部屋いっぱいに広がる。
「うわー!おいしそうっ!」
桃香がすぐ手を伸ばしかけた瞬間――。
「待ちなさい」
七海が紙皿を構えてピタッと止めた。
(……七海がいてよかったな)
テーブルにはピザのほかに、サラダとジュースも並ぶ。
気づけば、ただの勉強会がちょっとしたパーティになっていた。
「白夜くん、ピザって何枚食べられる?」
「うーん、Mサイズなら一人でいけると思うけど?」
「おー!さすが男の子!」
桃香は嬉しそうにピースサイン。ハイテンションモードだ。
「次は私がなにか作るね!」
「桃香、料理できるの?」七海が珍しく素で驚く。
「ふふーん、得意なんだよ? カレーとか!」
「へぇー、楽しみにしてるよ。僕もカレー好きだし」
「意外。食べる専門かと思ってた」
「ななちゃんひどーい!」
笑い声が絶えない。
ピザを囲むこの光景が、なんだか夢みたいに穏やかだった。
桃香はピザを頬張りながら、ふと呟いた。
「ねぇ、こういうの……なんかいいね」
その声は、柔らかくてあたたかい。
僕も思わず頷く。
七海は紙コップを口に運びながら、ふっと笑った。
「まぁ、たまにはこういう息抜きも悪くないね。前もって言ってくれればもっと良かったけど」
「確かに」と僕も頷くと
「うっ、白夜くんまで」
「いーもん、今すっごい私幸せだし!」
そんなことを言って桃香は満面の笑みでピザを頬張る。
頬をふくらませながら笑うその顔が、どうしようもなく幸せそうで――
つられて僕も、つい笑ってしまった。
食事もひと段落して、次はお風呂。
……いや、普通に考えてこの流れ、大丈夫なのか?
(俺の理性、試されてない?)
*
食事を終えると、テーブルの上にはピザの箱と紙皿が積まれていた。
僕はそれを片付けながら、キッチンのシンクに立つ七海の背中を見ていた。
彼女は手際よく紙コップをまとめ、濡れた布巾でテーブルを拭いている。
その横では、桃香が「わたしも」と言いって七海と2人で手際よく片付けている。
「白夜くんは家主なんだし座ってていいよ」
「白夜のすることないしね」
と桃香と七海に言われおとなしくソファーから二人を眺める。
(そういえば自分の部屋、しかもキッチンで美少女が2人で家事やってるってすごいことだよな)
後片付けが終わると、自然とみんなの視線がバスルームの方に向いた。
部屋の奥には、広めのユニットバス。
アストレアさんが「このマンションは設備が充実していますよ」と言っていたのを思い出す。
湯船は十分に足を伸ばせる大きさで、照明の明るさまで調整できる仕様だ。
「じゃあ、お風呂貯めようか?」
「いいの?手間じゃない?」と七海が見てくるが、
「お湯を張るのも、浴槽の掃除もボタン一つ、なんだったら音声でやってくれるんだ、ここ」
「すっごーい!」と目を輝かせる桃香
「くっ、羨ましい。桃香じゃないけど私もまた来ようかな」と七海が真顔で悩み始める。
僕は、ボタンを押してお湯をためる。「十分くらいでたまると思うよ」と何気なく言うと、
桃香が元気よく手を挙げた。
「はい!ななちゃんと一緒に入ってくる!」
「え?」
七海の眉がぴくりと動く。
「久しぶりの湯舟だしゆっくりしたいんだけど」
「2人でゆっくりすれば良いの。いいでしょ?ね、白夜くん?」
「え、僕に聞くの?」
「女の子が1人ずつお風呂に入ると長くなるよー」
「……あ、ああ。まぁ浴槽も広いし2人でも……余裕じゃないかな?」
七海はため息をつきながらも、片手で額を押さえ「仕方ないな」と観念したように肩をすくめる。
その瞬間、桃香は小さくガッツポーズをして、楽しそうに脱衣所の方へ向かった。
「白夜、覗いたら殺すから」
七海は、扉の前で振り返り、冷たい目で僕を射抜いた。
「しません!」
「こういうのお約束でしょ?」
そう、ふふっと笑って七海も後を追うように扉の向こうへ消えていった。
脱衣所からは、しばらくして二人の笑い声と、水の音が聞こえてくる。
桃香の「ひろいね」という声と、七海の「ほんと、これなら2人でもゆっくりできそう」というどこか満足げな返し。
僕はソファに腰を下ろし、既に空になっている紙コップを手に取り、聞こえてくる音をシャットアウトしようと、必死に意識を集中していた。
(同級生の女子、しかも2人。しかも美少女が、自分の家で、裸になってお風呂に入っている。しかもこの後、一緒に寝るんだろ?)
(意識しないほうがおかしいだろ、こちとら健全な男子である!……いや、理性のある健全な男子、だ!)
意識しないようにすればするほど、耳がバスルームの情報を拾う。
「……ってことは、この公式を応用して」
「あ、なるほど!」
くそぅ、キャッキャウフフみたいな会話があると思ったら、本当に勉強の会話だと!?
どっちの胸が大きいとか、スタイルがどうとか、そういう会話はしないのか!?
そ、そうか!これはルッキズムのせい!?
外見的なことを言うと批判されてしまう現代社会の風潮のせいで、男子高校生のささやかな楽しみが奪われたのか!?絶対に許せない!
僕が壮大な概念に怒りを覚えていると、あっという間に二十分ほど経っていた。
いつの間にかお風呂を上がって脱衣所に居るようで声もはっきりと聞こえる。
「あれ、白夜くんいる?」
桃香の声だ。
(くっ!わけのわからない社会問題について考えすぎて、貴重なエピソードを聞き逃した気がする!)
コンコン、とノックする音が響いた。
「白夜ー!、タオルがないんだけど」と七海。
「え、タオル?出してなかったっけ?」
「1つしかなかったの。もう1枚持ってきてくれる?」
「お、おう、今持っていく!」
僕は慌ててクローゼットの奥から新品のバスタオルを引っ張り出し、脱衣所のドアへ急いだ。
ドアの前で一瞬立ち止まる。
(どう渡すのが正解だ?)
コンコン、とドア越しで
「開けて良いのかな?」と聞くと
「良い訳ないでしょ!」と七海と桃香が声を揃えて言う。
(ま、不味い。動揺しすぎた)
「少し開けるから渡して」と扉の隙間から、七海の湯気で少し赤らんだ細い腕が伸びてくる。
(ゴクリ、…いやゴクリじゃないよ僕!この腕の先を想像しちゃダメだ!)
「はい、どうぞ!」
僕は七海の手にタオルをつかませる。するとタオルが扉の中に吸い込まれていく。
(タオルのことを羨ましいと思ったのは人生で初だな)
「サンキュー。助かったわ」と七海。
「……で、白夜くんはそこから動かないの?」と、すぐ後ろから桃香の声がする。
「え?あ、いや、すぐ戻るよ」
「ふーん。私たちが着替えるの見たいのか、と思って」
桃香は冗談めかして言うが、その声のトーンはいつも通り、無邪気だ。
「そ、そ、そそんなわけないだろ!」
「白夜、動揺しすぎよ」と苦笑い気味の七海の声が聞こえる。
「ちょっと僕も風呂の準備してくる」そう言って立ち上がってリビングに向かう。
―――すると、
「ななちゃん、私にもタオル貸してー」
「あっ、ちょっと!桃香、危ないってば!」
七海の制止の声とともに、「カタン」と軽い音を立ててドアが少しだけ開いた。
「えっ」
一瞬の出来事。桃香がタオルか何かを掴もうとして、七海にぶつかったのだろう。
僕の振り返った瞬間視界に入ったのは、湯気と、そして――
「!?」
湯気の中に浮かんだ、桃香の、少し赤くなった顔と、その色白の肌を隠そうとする大きなバスタオル。バスタオルを掴んだところだったのだろう、全然隠しきれていないそれが、数秒間、僕の視界を占めた。
ドタンッ!
七海がすぐにドアを閉め切る音が響く。
「今の、見た?」
七海の声は冷静だが、動揺を隠しきれていないように聞こえた。
そして、ドア越しに、桃香の「やーん!」という小さな悲鳴が聞こえる。
(くそっ、僕は一体何を見たんだ!?)
(…桃香の顔はみた!くそう、僕の脳みそにはHDが内蔵されてないのか?!)
僕はその場から三歩、後ずさりする。 「……や、顔しか見てない!」「湯気とタオルで!」「見えなかったから!!」
沈黙が、のしかかった。 バスルームの扉の向こうからも、しばらく何の音も聞こえない。 七海は焦っている。桃香は恥ずかしがっている。そして僕は、ただただ心臓がうるさい。
「……」 「……」 誰からともなく、咳払いをする音がした。
数秒後、扉の向こうで七海が、「えーと、白夜」と、少しだけトーンを上げて、事務的な声を出した。 「 ええと、 何もないわ。大丈夫。何もなかったってことにしましょう」
桃香は、何も言わなかった。代わりに、小さな、 「うぅ……」 という唸り声が聞こえてくる。
「 お、おう。わかった 」 僕は、これ以上何も触れてはいけないと本能で悟り、ぎこちなく返事をした。
そして、ソファに座り直し、無理やりリンカーの画面を凝視した。まるで、今見た出来事を上書きしようとしているかのように。
(とにかく、なかったことにする)
*
それから十五分ほどして、二人が風呂から戻ってきた。
(よかった、さっきのこと気にしていないみたいだ)
七海は髪をタオルでまとめ、桃香は髪を下ろしたままドライヤーを持っている。
桃香は以前買って僕の部屋に置いていた淡いピンクのパジャマを、七海は先ほどコンビニで買ってきたダークグレーのラフなTシャツと短パン姿だ。
「どお? 似合う?」
桃香がくるりと一回転して見せる。
桃香は、あえてこの話題に触れることで、先ほどの出来事を一掃しようとしているようだった。
ショート丈のパンツから伸びる太ももが、湯上りの熱を持った肌のせいで眩しい。ピンクのパジャマが、桃香の可愛らしさを倍増させてる気がする。直視できない。
「……うん、似合ってる。すごく」
「ありがとっ!」
桃香が満足げに笑う横で、七海はタオルを外しながら「桃香だけ可愛いの持ってるのね」と小さくぼやいた。
「彼女の特権だよ」
「この前一緒に買いに行ったからね」と僕も苦笑いで返す。
そんな何気ないやり取りのあと、
「じゃあ。僕もお風呂入ってくるよ」
と着替えをもって脱衣所に入る。
桃香の前を通り過ぎるときに
僕の耳元に、そっと顔を寄せる。 「見たよね?」と、桃香が秘密を分かち合うように囁いた。
「え?!」と、僕は思わず飛び上がるほどぎょっとする。 しかし桃香は、意味ありげな笑顔で「行ってらっしゃい」と僕を脱衣所に示した。
「う、うん」と脱衣所にはいる。
ドアを開けると、熱がこもった湯気と、シャンプーの甘い匂いが、まだ濃密に残っていた。 ついさっきまで桃香と七海がここにいたんだということが、脱衣所の湿気と暖かさが如実に伝えてくる。
(やばい、濃度が高すぎる!なんか顔があついし、血流が下半身に集中して……沈まれ、静まれ、 鎮まれ!!! 僕の理性!)
シャワーを浴びていても先程の光景と桃香の言葉を思い返してしまう。
(見たけど、秘密にして、なかったことにするっていうことで良いんだよな?)
湯船に入ろうとするも自分のよこしまな考えで入ったらダメじゃないかと思ってしまう。
少しの葛藤のあと
いや、風呂くらい関係ないと自分を叱咤しゆっくりと足から入っていく。
(こ、ここに七海と桃香もさっきまで入っていたのか……)
――ふぅ。やっぱりお風呂って最高だ。
頭も体もすっきりして、気分まで軽くなる。
手早く髪を乾かして、Tシャツと短パンに着替え、脱衣所を出る。
「お待たせ」とリビングに戻ると、
ソファーには桃香と七海が並んでくつろいでいた。
七海がちょうど「言っとくけど、明日からまた勉強地獄だからね」と釘を刺している最中で、
「うぇぇ……」と桃香が情けない声を上げていた。
どうやら明日の予定を話していたらしい。
「二人はベッド使ってよ」
コップに水を入れながらそう言うと、
「白夜くんは?」と桃香が何気なく尋ねてくる。
「僕はソファーで大丈夫。ひとりくらい余裕で寝れるし」
七海も「私たちがソファーでもいいけど?」と気を使ってくれるが、
「女の子二人をソファーに寝かせて、僕がベッドって……気が引けるからさ」
そう返すと、七海が「……まぁ、そういうとこ真面目よね」と小さく笑った。
と、そこで桃香が、目をキラキラさせながら言った。
「じゃあ、三人でベッドは?」
「それはダメでしょ!」
僕と七海の声がぴったり重なる。
一瞬の沈黙のあと――ふふっと、三人とも笑った。
「女の子の横で寝るのは、緊張して眠れないよ」
「そうね、私も落ち着かないし」
七海が僕の言葉に合わせるように言う。
「しょうがないかぁ」
桃香は頬をふくらませて、あっさり引き下がる。
「じゃあ寝づらかったら、ベッドに来てね?」
その笑顔がまっすぐすぎて、冗談に聞こえないのが困る。
僕は咳払いをして、話題を切り替える。
「……そろそろ寝ようか。明日も朝から勉強会でしょ?」
「そうね。じゃあ、ベッドお借りします。おやすみ」
七海が先に立ち上がり、寝室の方へ向かう。
「白夜くん、おやすみ!」
桃香も手を振りながら、そのあとを追った。
リビングには、エアコンの音と、わずかな湯上がりの香りが残る。
電気を消して、ソファーに横になる。
タオルケットを肩まで引き上げると、じわりと一日の疲れが溶けていく。
(……なんか、悪くないな)
まぶたの裏で、二人の笑顔が浮かぶ。
静かな夜の中で、少しだけ胸があたたかくなった。
――こうして、思いがけない“同居初夜(仮)”は静かに幕を閉じた。