ホビーアニメ✕ロボット。これでわかるね   作:イェスコマ

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73話

 

――息が、苦しい。

 胸の上が、妙に重い。

 

(……なにこれ、金縛り?いや、違う)

 

 ゆっくり目を開けると、視界いっぱいに――桃香。

 彼女の髪が僕の首もとにかかって、ふわりと甘いシャンプーの香りが漂ってくる。

 そして僕の胸の上に、彼女がすっぽりと乗っかるように寝息を立てていた。

(…寝顔可愛い。…ってそう言うことじゃない!)

 

 昨夜、桃香は確かにベッドに行ったはずだ。

 なのに今、僕の胸の上。

 どういう経路でこうなった!?

 

 

 ガチャ、と寝室のドアノブが回る音がした。

「おはよー……」

 少し鼻にかかったような、眠たげな声。七海だ。

 昨日のしっかり者モードとは打って変わって、今は完全に寝起きモード。

 

「お、おはよう」僕は桃香を起こさないよう、息を止め、胸に抱きかかえたまま、ソファー越しに声をかける。

 

「桃香も起きてた?」 ソファーの背もたれ部分でちょうど影になって見えていないみたいだ。

 

「い、いや。寝てる。……七海、至急助けて」

 顔だけ引きつった笑みで、必死にSOSを送る。

 

「え?」と七海がソファーの方をのぞき込む。

 その瞬間、時が止まった。

 

 ソファーには、仰向けで寝ている僕と、僕の胸あたりに顔を乗せて僕を抱き枕の様にしてくっついて寝ている桃香。

 

 七海は額に手を当てて天を仰ぐ。

「……あー、もう。」

 完全に呆れ顔だ。

 

桃香の絡み合う素肌の太ももとかどうにかしてほしい。僕どうにかなる前に。

 

「私、先に顔洗ってくるわ」

 七海はため息混じりに言って、僕を見捨てるように洗面所へ消えていった。

 

 

 残された僕は、胸の上の小悪魔――いや、無自覚天使を見下ろす。

 桃香の頬がすこしだけ僕の胸にすり寄ってくる。

 その寝顔は、あまりにも幸せそうで、見ているこっちが壊れそうだ。

 

嬉しいんだけどさぁ、ドギマギしてそれどころじゃないんだよなぁ。

柔らかいし。すべすべしてるし。

 

 

 

 

 

 

 「桃香、桃香」

 開いている左手で彼女の肩をそっと揺する。

 

 ――むにゅ。

 

(……え?)

 揺らすたびに、僕の右腕を包む柔らかい感触が、むにゅむにゅと形を変える。

 いやいやいや、落ち着け白夜。思考を止めるな。今のは――偶然。たぶん偶然。

 

「……う、ぅぅうん」

 桃香の長いまつげがゆっくりと震え、目が開いていく。

 カーテンの隙間から差し込む朝日が頬を照らし、光の中で彼女はまるで天使みたいに――

 

(って、いや天使どころか、サキュバスなんですけど)

 眩しそうに目を細めながら、桃香が僕を見上げる。

「はくや、くん……おはよぅ……きちゃったぁ……」

 寝ぼけた声でそう言いながら、さらに腕をぎゅっと回してきた。

 

あぁあああ!!

僕の理性の枷が解き放たれようとしている。

もはや限界だ。

 

そこに、ドンっとリビングの扉が開き

「さっさと準備して朝ごはんにしましょう」と七海の声が響く。

 

 

七海は、今度は一切の表情を顔に出さず、ただ扉の前に立っていた。その背後には、湯気の代わりにコーヒーの香りが漂っている。

 

「……な、ななちゃ、ん?」 桃香は、ようやく七海の存在と、自分が今、白夜の胸の上で抱きついているという現実を認識したようだった。

 

顔は一瞬で茹でだこのように真っ赤になる。

 

「ひゃぁああああ!?」 桃香は小さな悲鳴を上げると、バネ仕掛けの人形のように僕から飛び退いた。 そして、その勢いのまま、バランスを崩してソファからドスンッと床に転げ落ちた。

 

「っつぅ……」 転げ落ちた桃香は、すぐに頭を抱えて唸り声を上げる。

 

「朝からうるさいわよ」 七海は冷めた視線を桃香に送り、

「邪魔したかな?」と、なぜか僕の顔を真っ赤にさせる一言を付け加えた。

そして、七海はテキパキと、床に散乱したタオルケットと、桃香のパジャマの肩から覗く素肌に視線を送る。

 

「とにかく、桃香は洗顔。白夜は着替え。五分後にリビング集合。以上」

 

有無を言わさぬ七海の号令で、熱を帯びた空気は一瞬で消え去り、リビングには朝の冷たい現実が戻ってきた。

 

(助かった……七海、君は僕の命の恩人だ……!)

僕は崩壊寸前だった理性を何とか拾い集めながら、中腰で着替えにむかった。

 

 

 

 

 

 着替えと歯磨きを終え、恐る恐るリビングに戻る。

 

 そこには――フローリングで正座している桃香。

 その目の前には腕を組んだ七海。

 どう見ても、説教中である。

 

 

「……男女で同衾するというのはもってのほか」

「はい……」

「付き合いたてで浮かれるのはわかるけど、慎みというものを持ちなさい」

「はい……」

「男女の問題に私は首を突っ込みたくないけど、節度は大事よ」

「はい……」

 七海の言葉が、まるで機関銃のように飛ぶ。

 桃香は背筋を伸ばして、完全に“反省モード”だ。

 

 

 僕はこっそりソファーの後ろを通ろうとした。――が、七海の鋭い視線が突き刺さる。

「白夜もよ」

「えっ、僕も!?」

 

「甘やかすから、こうなっちゃうんじゃない?」

冬の海を思わせるような冷たいまなざしで桃香を見る七海。

 

「せめて、私がいないときにしなさい」

「いや、そういう問題じゃなくない!?」

 

 七海はさらに腕を組み、神妙な顔でうなずく。

「まぁでも、感想くらいは聞かせてね」

 

「なんのだよ!」

「ほら、初めては痛いとか聞くじゃない?事前知識って大事でしょ」

 

「話の方向おかしくないか?!」

 

 完全に顔が真っ赤な僕の横で、桃香が元気よく手を挙げる。

「わかった!ちゃんと報告するね!」

「報告するなあああ!!」

 

 思わず全力でツッコむ。

 

 七海はそんな僕たちを見て、ふぅとため息をついた。

「ほんと、朝から騒がしいわね……」

「いや、主犯は七海だろ!」

 

 結局、朝からマンションの一室はドタバタ劇場と化した。

 けれど――

 桃香の照れ笑いと、七海の小さな微笑みを見て、

 なんだか今日も悪くない一日になりそうだと思った。

 

 

 

 

 

 朝食を済ませたあと、僕たちは午前中いっぱいを使ってしっかり勉強した。

 七海先生の監督のもと、桃香は昨日よりも真剣で、僕もつられて集中できた。

 リビングのテーブルにはノートとペンが並び、外の陽射しがカーテン越しにやわらかく差し込んでいる。

 

「お昼、どうする?」と僕が尋ねると、桃香が勢いよく顔を上げた。

「任せて! 今日は私が作る!」

 その目はまるで勝負を挑む戦士のように輝いている。

 

「そんなに気合い入れなくても……」と苦笑する僕に、

「だって白夜くんに手料理ふるまうチャンスだもん!」と無邪気な笑顔で返してきた。

 

 七海が「食材の量だけは抑えなさいよ」と言うのも聞かず、

 桃香は「大丈夫!作りに行くから!」と笑顔で言い切る。

 もう止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして数時間後――

 

 買い出しから戻った桃香は、キッチンに立っていた。

 手際よく包丁を動かし、フライパンを操るその姿に、

 思わず七海と顔を見合わせる。

「……本当に慣れてるね」

「うん、見てるだけでお腹空いてくる」

 

 そんなやり取りをしている間に、

 キッチンから香ばしい音と匂いが部屋いっぱいに広がっていく。

 肉が焼ける音。卵のふんわりとした香り。

 気づけば、テーブルの上にはハンバーグとオムライスが並んでいた。

 彩りまで完璧だ。

 

「じゃーん!できましたっ!」

 桃香が得意げに腰に手を当てる。

「すごい……もうレストランだな」

「いや、これ普通にお金取れるレベル」と七海。

 

 「いただきます」と声を合わせ、ナイフを入れる。

 ハンバーグからは、肉汁がじゅわっとあふれ出した。

 一口食べると、思わず言葉を失う。

「……うまい!」

「ほんと、柔らかい……」と七海も感心している。

 オムライスも、卵がふわふわでケチャップがしつこくない。

「すごいよ桃香。これ、ほんとに手作り?」

「えへへー、得意なんだー。リクエストしてくれたらなんでも作れるよ!」

「……じゃあ次はカレーかな」と僕が笑うと、

 桃香は「約束だよ!」と嬉しそうに指を立てた。

 

 七海はそんな二人を見て、呆れたように笑う。

「料理のほうが才能あるんじゃない?」

「じゃあ私、ななちゃんに料理教えてあげる!」

「……そうね、でも寮だとキッチンなんてないし」

「白夜君また来ていい?ななちゃんと一緒に」

「もちろん。料理作ってくれるなら大歓迎だよ」

 

 笑い声と、午後の光が混ざるような穏やかな空気。

 ピザもいいけど、やっぱりこういう昼食の方が、ずっと温かい気がした。

 

 

 

 

 

 

 昼食を食べ終えるころには、リビングにはゆるやかな眠気が漂っていた。

 ハンバーグの余韻と、陽射しの温かさ。

 時計を見ると、もう二時を過ぎている。

 

「そろそろ、午後の部、再開しますか」

 七海がペンを手に取りながら言うと、

 桃香は「はーい……」と、名残惜しそうに頬杖をつく。

 

「ちゃんと動かないと、期末テストまであと2週間生活が懸かってるんだから!」

「うぅ、ななちゃん先生、厳しい……」

 そんな他愛もないやり取りをしながら、再びノートを開いた。

 

 僕も気持ちを切り替えて、タブレットを立てる。

 窓の外ではセミの声が聞こえ始めていて、季節が夏に変わろうとしているのを感じた。

 

 集中しているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

 七海はさすがというか、要点を整理するのがうまい。

 桃香はノルまで時間はかかるけど集中するモードに入ると凄い。最後までしっかりやり切った。

 

「よし、今日のノルマは達成」

 七海が満足げにペンを置く。

「えらいね、桃香」

「うん!頑張ったー!」

 桃香は両手を上げて伸びをし、ソファに体を投げ出した。

 

 その様子に、僕も自然と笑みがこぼれる。

 勉強だけなのに、なんだか一日が充実していた。

 

「じゃあ、私はそろそろ帰るわ。夕方のうちに復習しておきたいし」

 七海が立ち上がり、鞄を手に取る。

「送っていこうか?」

「いい、ここから近いし」

「そっか。ありがとう、今日も助かった」

「いいのよ。……桃香、一緒に帰るよ」

 

 桃香は少しだけ間を置いて、僕の方を見た。

「また来てもいい?」

「もちろん」

 即答すると、桃香は安心したように笑って立ち上がった。

 

 エレベーターホールまで3人で歩く。

 夕暮れのオレンジ色の光が、廊下の床に長い影を伸ばしていた。

「またね、白夜」

「じゃあね、白夜くん」

 二人がエレベーターに乗り込み、扉が閉まりかけた――その瞬間。

 

 

 「っ!」

 桃香がエレベーターから勢いよく飛び出してきた。

「も、ももか!?」

 反射的に抱きとめる僕。

 

 次の瞬間、桃香の唇が僕の唇をふさいだ。

 

「へへっ、充電完了です」

 そう言って、少し照れたように笑う桃香。

 その笑顔が、夕焼けよりもまぶしかった。

 

 ――ピン、と軽い電子音が鳴る。

 振り返ると、再び開いたエレベーターの中に、七海の呆れ顔。

 

「……まったく、青春ね」

 肩をすくめるその表情には、どこかあたたかい色があった。

 

「またね、白夜くん!」

 桃香は元気に手を振り、七海と一緒にエレベーターの中へ消えていく。

 

 扉が閉まる直前、桃香がもう一度だけ振り返って笑った。

 その一瞬が、胸の奥に焼きついた。

 

 エレベーターの音が遠ざかり、

 静かな廊下に、夕暮れの光だけが残る。

 

(……やっぱり、桃香って反則だよな)

 

 そう呟きながら、ぬくもりを指先で確かめた。

 心臓の鼓動が、少しだけ速い。

 

 

 

 

 

 

――その瞬間を見ていた。

 

 エレベーターホールの少し離れた角。

 照明の届かない薄暗い廊下の端で、ひとりの女生徒が立ち尽くしていた。

 

 静かに、しかし確かに、その目は白夜を追っている。

 冷たい廊下の明かりが、わずかに彼女の髪を照らした。

 細く、長く、顔の大半を覆う紫の髪。その奥で光る、紫紺の瞳。

 

「……はぁ?」

 低く、掠れた声が漏れる。

 空気の温度が、すっと下がった気がした。

 

「誰、あの女……? うち、浮気とか……許せないんだけど」

 

 その声は感情を押し殺したように、

 けれど底の方で、確かな熱を帯びていた。

 

 紫乃雨音――藤堂ラボ所属、二年。

 戦えば“魔法少女”だが、

素顔は――完全に“闇”だ。

 

 廊下に響くのは、彼女の靴音と小さな独り言。

 

「はくや、ラボでも優しくしてたの、全部“うち”だけだったのに……」

「……あの女……笑ってた……しかも、キスとかして……?」

 

 

 ぽつ、ぽつ、と言葉が零れるたび、

 影がゆらりと歪み、彼女の背後に形を成していく。

 

 それは、まるで《ルミナメイジ》の幻影のようだった。

 リボンのように揺れる深い紫の光が、暗く滲んでいるような。

 しかしその輝きは“希望の光”ではなく――歪んだ執着の色。

 

「だいじょうぶ……うちが、わからせてあげるから……」

「“運命”って、そう簡単に壊れないんだよ?」

 

 彼女はポケットから小さな端末――リンカーを取り出す。

 そこには、白夜のEID登録データ。

 研究用に同期しただけの、たった5日間のアクセス履歴。

 

 けれど、それだけで紫乃には十分だった。

 

「――やっぱり、運命なんだ、繋がってるんだよ、はくや」

 ゆっくりと唇の端が持ち上がる。

 

 背後の光が、まるで心の闇に呼応するように脈打った。

 廊下の灯が一瞬、パチッと明滅する。

 

 ――その瞬間、彼女の姿は、闇の中へと消えた。

 

 残されたのは、廊下に落ちた影と、

 わずかに漂う、焦げたような電子ノイズの匂い。

 

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