午後、アリーナ観客席。
僕とクラスメイト数人で影野さんの試合を見守っている。
「次のカードは——1年3組、影野 この江」
審判が告げると同時に、鮮やかな紫と紅で彩られた機体が光柱から姿を現す。
そのフォルムは和装を思わせるデザイン。肩から腰にかけての外装は振袖のように広がり、裾部分が艶やかにひらめいている。頭部には花飾りを模したセンサー。右手には長大な薙刀。まるで古典絵巻から抜け出したかのようだ。
(おいおい……またクセの強い企業のやつ来たな。和風ロボットを全部“艶やかお姉さん”にしたって噂の《ヒノモトインダストリー》。狂気と変態性が紙一重の会社だ)
対する相手はEID-NGT《ナイトアイ》。全身銀色の鎧に剣と盾を備えた、王道中の王道スタイルだ。
(おお、これぞ“正義の騎士”って感じ。……ちゃんと戦闘用で揃えてる対戦だ)
——ブザー。試合開始。
「カグヤ、距離を取って」影野さんの声が震えつつも届く。
振袖型機体は大きく下がり、長い薙刀を横薙ぎに振り抜く。しなやかなモーションが残像を描き、ナイトアイのシールドに火花が散る。
「受け止めろ!反撃だ!」対戦相手の叫びと共に、ナイトアイが盾で押し返し剣を振り下ろす。
しかし《ナデシコ》は袂を翻しながら回避。その瞬間——。
ドンッ!
振袖の内側からショットガンの砲口が覗き、轟音と共に至近距離の弾幕がナイトアイの装甲を叩いた。
観客席がざわつく。
「今の隠し武器?!」「和装にショットガンはロマンじゃん!」
ナイトアイは一瞬よろめいたが、まだ立っている。シールドを構えなおし、重い足取りで迫ってくる。正攻法と奇抜さのぶつかり合い。
「……影野さん、結構やるな」僕は思わず呟いた。
普段は地味で控えめな印象の彼女が、指揮者のように堂々と声を飛ばしている。
「もう一撃、カグヤ!」
彼女の声に応えるように、薙刀の刃が青白く光を帯びる。突進してきたナイトアイの胴を薙ぎ払い、その反動で再びショットガンを叩き込む。
セーフティフィールドが閃光を放ち、審判が勝敗を告げる。
「勝者——影野 この江!」
観客席が拍手で湧く。
影野さんはオロオロと立ち上がり、観客席に向かって軽く頭を下げた。
「やったね、影野さん!」と僕も声をかける。
影野さんは観客席に小さく手を振ってきた。顔は赤いけど、どこか誇らしげだ。
僕は苦笑しつつも頷いた。
(なるほど、見た目はおしとやか。中身は火力ゴリ押し。……影野さんもそういう性格なのかな?)
その視線の先で、白と紅の《ナデシコ》は振袖を翻し、静かに退場していった。
*
影野さんが戻ってくる。
クラスメイトたちも「すごいじゃん!」「あんな武器隠してたのか!」と盛り上がっている。
影野さんも小さくありがとうと言って微笑んでる。
かわいい、きゅんとしてしまった。
普段おどおどしてる子がはにかんでるところ凄く良いよね。
こう父性っていうのかな、滾るよね。
おっと、次は黄土君の番だったかな。
次の試合が始まろうとしていた。
「次のカード、1年3組・黄土 貴志!」
「対するは1年5組・真柴 亮!」
場内がざわつく。どちらもリサイクルや廉価パーツを寄せ集めて組んだ“間に合わせ”のエイドロンだった。
フレームこそ同じ標準型だが、外装は左右で色が違ったり、武装もどちらかの腕しか付いていなかったりと、どう見ても格安セット。観客席からも「安っぽいな……」「今の時期の1年はここからだよなー」「でも、ここからどう戦うかが腕の見せ所だろ」と半ば呆れつつも興味を持っている声が飛ぶ。
ブザーが鳴り、試合開始。
「行けっ!突っ込め!」
黄土君の声に反応し、スタンダードがぎこちなく前進する。右腕には古びた実体剣、左腕は丸腰。脚部はバランスが悪く、踏み込むたびに関節から鈍い音が鳴る。
「受け流せ!」
対戦相手も叫び、盾で斬撃を受け止める。ギギギ……!と安物同士の摩擦音が会場に響く。
金属音、砂埃、ギシギシと鳴る関節。観客席の空気は「頑張れ!」よりも「壊れないか?」のほうに近い。
「よし!腕を狙え、切り込め!」
「下がるな!前に出ろ!」
最初はいい勝負だった。どちらも拮抗していて。
「おい下がれ、距離取れ!いや、やっぱり前だ!突っ込めぇ!」
黄土君の矢継ぎ早の指示に、機体が迷うように動く。動きはどんどんぎこちなくなり、観客席からも「おいおい、指示多すぎだろ……」と失笑が漏れる。
対する真柴の機体は左腕に安物のシールド、右手に小口径のマシンガン。こちらも見劣りはするが、戦法は単純で分かりやすい。距離をとって撃つ。削る。盾で耐える。
「黄土君、もっとシンプルに……!」
思わず声をかけそうになるが、飲み込んだ。これは彼の戦いだ。
「避けろ!前進!切り払え!ジャンプしろ!まだ行ける!?」
黄土君の叫びに、スタンダードの排熱ゲージがみるみる上昇していく。
モニターに〈HEAT 98%〉の警告が点滅。
「くそっ、まだ……まだ動ける!」
次の瞬間、〈OVER HEAT〉の赤文字が点灯。
スタンダードの全身が蒸気を噴き出し、その場で膝をつく。関節はロックし、冷却システムが強制稼働。観客席も「うわ、やったな……」「熱くなっちゃったな―」「昨日おれもやったわ」と苦笑混じりの声。
その隙を逃す相手ではない。真柴のスタンダードが突進し、シールドで弾き飛ばすと、至近距離からマシンガンを連射。セーフティフィールドが赤く点滅し、黄土君の機体はあえなく撃沈。
「勝者、真柴!」
審判の声が響き、フィールドに沈む黄土君のエイドロン。
黄土君は呆然と立ち尽くし、握り締めた拳が震えていた。
「……俺、やりすぎたんだな」
小さく呟くその声は観客席までは届かない。
真柴が勝ち誇るでもなく、汗を拭いながら「悪かったな」と呟いて握手を求めると、黄土君も悔しそうに、それでも手を伸ばした。
観客席からは拍手。
泥臭い、けれど真剣な試合だった。
僕は遠くからそれを見つめながら思う。
(焦りすぎたな、黄土君。けど——負け方から学ぶこともある。次はもっと強くなるはずだ)
試合を終えた彼の肩を叩いてやろうと、僕は観客席を立ち上がった。
客席から降り、バトルフィールドの裏通路。
照明は少し暗めで、汗とオイルの匂いが混ざっている。
薄暗い廊下の奥、出入り口から出てきた黄土君は肩を落とし、足取りも重かった。
握りしめているコアの外殻は汗で光り、その指は小刻みに震えている。
負けの悔しさと、自分への苛立ち。ああ、これは声をかけてやらなきゃいけないなと確信した。
「黄土君、お疲れ。ナイスファイト」
肩を軽く叩くと、彼は驚いたように顔を上げる。
彼は顔を上げ、弱々しく笑った。
「……白夜、俺、負けちゃったよ」
声には悔しさがにじんでいる。
「俺が焦っちゃったから、焔丸も昨日はもっと戦えてたんだ」
「焔丸って、コアの名前?」
「うん。まだ全然名前負けしてるけど……レベルも上がってないしさ」
僕は少し笑って返した。
「これからだよ。僕が言えることじゃないけど、皆イチから作り上げていくんだろ?」
黄土は唇を噛んで、視線を落とす。
「……でもさ、白夜は違うだろ。最初からかっこいい機体揃えてて。俺のなんか、動くたびにギシギシ鳴って恥ずかしいよ」
——やばい、だいぶ後ろ向きだ。フォローを探していると——
「影野さんだって……家の中古品かと思ったら、ナデシコシリーズで。しかもカッコいいし……。その影野さんに、俺が負けたとこ見られたんだ」
(。´・ω・)ん?
「影野さん、試合の前に俺に“頑張って”って言ってくれたのにさ。……惨めだよ」
黄土は悔しそうに拳を握る。
(え、これって……そういうこと?? え?まってまって昨日はじめましてだよね?)
恐る恐る切り込む。
「黄土君……つかぬことを聞くけど。もしかして影野さんのこと、そういう感じ?」
「なっ!? なんで分かったの!? 俺が影野さんのこと好きだってこと?!」
先ほどまでの沈んだ雰囲気が嘘のように、彼は慌てて顔を赤くして叫んだ。
(全部自白してるやん。こっちが濁した言葉全部言うやん)
思わず関西弁になってしまう。
「えっと、いつから? 入学前から知り合いだったり?」
「白夜も昨日一緒だったじゃん。初めましてだよ」
……え? 高校生って初めましてで恋するんだっけ?
僕の中の社会人脳が混乱している。
「女の子に“頑張って”って言われたの、初めてだったからさっ」
へへっと照れ臭そうに笑う黄土。
念のため言うが、もう彼の顔には先ほどまでの悔しさは欠片も残っていなかった。
二日でこれ。……まぁ、一目惚れってやつもあるもんな。
「……黄土君、応援するよ」
僕は今日一番の爽やかな笑みを浮かべて言った。
「ありがとう、白夜! あ、俺のことも貴志でいいよ!」
僕は肩をすくめて笑った。
「分かったよ、貴志」
——まあ、これも友情ってやつだよな。いや青春か?
どっちでもいいや。
*
その後もクラスメイトたちの試合を、みんなでワイワイ応援した。
観客席に並んで座ると、自然と声を掛け合える距離感になっていく。
僕の横には影野 この江さんが座っていて、淡い桜色の唇をきゅっと結んで試合を見つめている。
一方、黄土——いや、貴志はというと、負けた同士で集まって反省会をしているらしい。本人いわく「焔丸を強くするにはデータが必要だから!」とのこと。……まぁ頑張ってくれ。
「影野さん、強かったね」
少し驚いたように振り向いて、ほんのり頬を赤らめながら「ありがと、応援聞こえてたよ」と答えてくれる。小柄な体格に似合う、愛らしい声。その一言で周囲の喧騒が一瞬やわらいだ気がした。
「もうそろそろ、白夜くんの出番?」
「おっと、そうだね。ありがと、行ってくるよ」
「頑張って」
軽く手を握るような仕草をして送り出してくれる。
観客席を離れる時には、他のクラスメイトたちも応援を飛ばしてくる。
「頑張れー!」「かっこいいとこ見せろー!」
……そして混じる一言。
「マザコンー!」
思わずつまずきそうになった。誰だ、いま言ったのは。出てこい。
観客席を見回すと、みんなケラケラ笑っている。
覚えてろよと
僕が心の中でツッコミを入れているうちに、バトルフィールドの扉が開く。
*
対戦相手の機体は、見るからに寄せ集めで組み上げたばかり。塗装もまだら、動きも固い。
(ああ……これはもう、今日の僕の前座ってやつだな)
開始のブザー。
「飛ぶぞ、ハクロ」
〈了解、マスター〉
白黒の機体が一閃、相手が武器を構えるより先に上空を制し、ビームの光が走る。
「うわぁああぁぁ!」
対戦相手の悲鳴が響いたのは、ほんの十数秒後だった。
ブザーが鳴り響く。勝者、白銀 白夜。
観客席に向かって、軽く手を振ってフィールドを後にする。
クールに去るのさ!
ワイワイと盛り上がるクラスメイトの中、ほんの隅っこで——
地味めな女子生徒が、誰にも届かない声で淡い桜色の唇を震わした。
「……かっこいい」
それが僕の耳に届くことはなかったが、青春は往々にしてそんな小さな伏線を撒き散らすものだ。
機体名 :ナデシコ
型式番号:EID-NDC01
コア :カグヤ
部位 :
頭(NDC-H01 振袖型頭部ユニット)
/右(NDC-RARM 薙刀アームユニット)
/左(NDC-LARM 振袖ショットガン内蔵ユニット)
/脚(NDC-LG01 和装スカート型脚部ユニット)
/背(NDC-BP01 装飾羽織型安定ブースター)
主要数値:全高 188cm/重量 240kg/稼働 18分/COOL 5s/HEAT 62%
コアスキル :
《艶斬(えんざん)》——薙刀の一撃で相手の攻撃モーションを強制キャンセルする。
《袖隠(そでがくし)》——振袖内部に収納されたショットガンを不意打ちとして使用可能。
備考 :
和装文化を「艶やかお姉さん」系ロボットに全振りするという変態企業《ヒノモトインダストリー》製。
実戦性能はネタ扱いされがちだが、意外と堅実な構造と火力を持ち、熟練者が使うと化ける機体。
公式売り文句:「美しく、可憐に、そして大胆に——これぞヒノモトの魂!」
【挿絵表示】