逆転正義   作:さんふー

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第2話 逆転の手術室(その4 法廷2日目)

5月8日 8:48 地方裁判所 ロビー

 

「・・・お待たせしました! 証拠品、持ってきましたよ!」

 

「あぁ、ありがとうレイちゃん!」

 

「もう、大事な証拠品、全部、検察局に忘れてくるなんて・・・道比木さん、大丈夫ですか?」

 

「ち、違うんだよ、レイちゃん!

本当は、義門府刑事が持ってくるはずで・・・・・」

 

そう、証拠品は義門府刑事が持って来てくれるはずだった。

 

昨日、鱒井医師との面会のあと、僕はレイちゃんと別れ、検察局に戻った。

 

そして、刑事と、今日の裁判についての最終打ち合わせを行った。

 

その時、刑事が自分でもう一度証拠を調べたいと言ったので、僕は証拠品は検察局に残し、刑事に今日、裁判所まで持って来てもらうことにした。

 

なのに、刑事は証拠品を持ってこなかった。

 

・・・というか、刑事自身もまだ裁判所に来ていない。

 

いくら待っても来ないことに焦りを感じ始めたころ、偶然、レイちゃんを見つけたので、おつかいを頼んだわけだ。

 

さてと、証拠品は全部そろっているかな?

 

解剖記録に、鑑識の捜査結果・・・

 

刃崎医師がくれた、平院さんのカルテ・・・

 

刑事が撮影した、口紅つきのメスの写真・・・

 

あと、役に立つかどうかは分からないけど・・・

 

『医師のタブー100選』と、真田さんがくれた、事件関係者の集合写真・・・

 

義門府刑事がくれた、ここ数週間の手術に関する資料・・・

 

うん、全部そろっている。

 

「ハテな??? なんで、目覚まし時計が狂ってたんだぁ?

僕が設定を間違ったか? いや、そんなはずはない・・・はずだけど・・・

もしかしたら・・・・・ハテなぁ??? 何が悪かったんだぁ?」

 

この、疑問感が漂うセリフは・・・

 

「あ、義門府刑事、おはようございます!」

 

レイちゃんは、裁判所に駆け込んできたその男に、爽やかに挨拶を交わした。

 

だが、僕はそう爽やかに挨拶をかわす気にはならなかった。

 

「おはよう、義門府刑事。

君のせいで、あやうく今日の裁判、証拠なしで戦うことになりそうだったんだけど・・・」

 

「い、いや、聞いてくれよ、検事! この目覚まし時計がだね、7時に確かにセットしたのに、8時に鳴ったんだよ! おかしいだろ? この目覚ましが悪いんだよ!」

 

そういって突き出された刑事の目覚まし時計は、目覚ましタイマーの針が8時を指していた。

 

単純に、刑事がセットし間違えただけの話だ。

 

だが、これから事件に関して散々争わなければならないので、そんな小さなことに異議を立てる気が起きなかった。

 

「はいはい・・・目覚まし時計のせいだね・・・。

ところで、刑事。 裁判前にこれだけは聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「え? 何? もしかして、遅刻したから、減給でもいいかってこと!?

『来月の給与査定を楽しみにしていたまえ!』って、やつ!?」

 

「ち、違うよ・・・。

昨日の打ち合わせの時にも話したけどさ、鱒井医師は代々続く医師家系で、鱒井医師もその流れに逆らえずに医師になった。

だから、同じような境遇にありながら、医師ではない道を選べた平院さんに対する嫉妬心が、今回の事件の動機じゃないかって言ったよね?

でも、正直、本当にそれが動機なのかなって思う部分も若干あって・・・」

 

「あぁ、なんだ! そのことか!

まぁ、人の気持ちは、その人自身しか本当のことはわからないからね。

もしかしたら、違うかもしれない。 でも、その可能性が高いから、検察側としては、それを主張していく。

そういう、結論だったんじゃないっけ?」

 

「うん、そうだよ。 だから、その可能性をより高めるために聞きたいんだけどさ・・・

義門府刑事は、なんで警察官になったの?」

 

「え? そりゃ、困っている人を助けたり・・・今回みたいに事件を解決したり・・・まぁ、世の中の人を幸せにしたいからかな?

・・・あ! 道比木検事が聞きたいのはそういうことじゃないか。

僕も、鱒井医師と同じように、父さんが警察官だったから、警察官以外に選ぶ道がなかったんじゃないかって聞きたいんだね?

そりゃ、違うよ。 父さんは、別に、僕に警察官になれなんて一度も言わなかった。

さっき言ったみたいに、僕には僕の思いがあって警察官になったのさ。

結果たまたま、親子で同じ職業になったってだけだよ。」

 

「そ、そうか・・・。」

 

確かに、僕も父さんは教師だったけど、だからといって教師になったわけでもないからな。

 

鱒井医師も本当に、医師になりたくなかったのなら、ならないこともできたのではないかな。

 

「・・・曽口弁護士、道比木検事、裁判のお時間です。 入廷願います。」

 

「あっ、そろそろ行かなくちゃ。 ありがとう、刑事。」

 

刑事に背を向け、法廷の入口へ足を向けたとき・・・

 

「・・・でも、影響が全くなかったわけじゃないよ。

言葉にはあらわれなくても、やっぱり、父親が刑事なら、自分も刑事にならなきゃって意識は芽生えるよ。 僕も、警察官になった本当の理由は、そっちだったのかもしれないな。」

 

「え・・・」

 

刑事の発言の真意を聞きたかったが、その前に、係官に扉を閉められてしまった。

 

 

 

9:00 地方裁判所 第6法廷

 

「それでは、これより、平院修吾殺害事件に関する裁判2日目を開廷いたします。

弁護側、検察側、準備はよろしいですかな?」

 

「マスクよし! 手袋よし! 消毒よし! うむ、弁護側、準備完了だ。」

 

あの人、何の準備をしたんだ?

 

「検察側も準備完了しています。」

 

「うむ、よろしい。 では、審理の方を・・・」

 

「・・・が、問題があります。」

 

「???」

 

「なんで、君がここにいるんだよ、レイちゃん?」

 

「え? だって、私たち、昨日一緒に捜査した仲じゃないですか。

私が、道比木さんの横でサポートするのは、助手として当然の役目です!」

 

「いや、待ってよ。 君は大学生だろ?

検視のことは100歩譲って認めるとして、法に関しては全くの素人だろ?

そんな子が助手だなんて言って、法廷に立つのは認められないよ。」

 

「それは、オカシイですよ、道比木さん!

私の調査によればですね・・・

ハッタリで一世を風靡したN弁護士の助手、霊媒師のMちゃん!

天啓の大音声O弁護士の助手、魔術師のMちゃん!

ひらひらがチャームポイントM検事の助手、大泥棒のMちゃん!

みんな法に関係ないのに、法廷に立ってますよ! どうなんですか、道比木さん?」

 

「それなら、君はダメだ。 君が挙げた助手はみんなMちゃん! 君はRちゃんじゃないか!」

 

「く、くぅぅ・・・それはぁ、そうだけどぉ・・・・・」

 

「な、なんなのですか? 開始早々、検察側は言い争いになっているようですが・・・」

 

「道比木検事、私が昨日言ったこと、もう忘れてしまったのかい?

言っただろ? 私は、無駄な時間が大っ嫌いだと!

そんな小娘がいようがいまいが、審理には関係ない。

好きにさせればいいだろう。 そうではないですか、裁判長?」

 

「え、えぇ・・・まぁ、曽口弁護士がいいというなら、私は構いませんが・・・

じゃあ、そういうことで頼みますよ、道比木検事。」

 

「え・・・あ、はい。」

 

なんだよ、レイちゃんが法廷に立つこと、認められちゃったよ。

 

なんだか納得できないなあ。 嫌味の1つでも言ってやりたい。

 

そう思い、レイちゃんの方を向くと・・・

 

いつの間にか、レイちゃんはさっきとは全く違う、真剣な表情をしていた。

 

「・・・道比木さん、あそこの弁護士、ソクチ・・・って言うんですか?」

 

「えっ・・・そうだけど・・・」

 

「そうですか。」

 

「えっ? 何かあるの?」

 

「いえ、絶対勝ちましょうね、この裁判!

まぁ、私が助手と正式に認められましたから、大丈夫ですよね!」

 

と思ったら、今度はまた、さっきの調子にもどっている。

 

一体、何なんだよ。

 

9:03 審理再開

 

「では、まずは、昨日の審理の内容を振り返りましょう。

昨日の裁判では、鱒井拓海が犯人であるとの検察側の主張に対し、弁護側は、刃崎英利を真犯人として告発いたしました。

審理の結果、刃崎氏の無実は証明されたものの、彼の行動には疑問の余地も残り、また、被告人である鱒井拓海が犯人であることも、無実であることも立証されなかったため、本日に審理が続行となったわけです。

さて、双方には、再捜査を命じたわけですが、結果はいかがだったでしょうか?」

 

「検察側は、被告人が犯人であるとの主張を変える意思はありません。

再捜査の結果、いくつかの証拠が新たに発見されましたが、その証拠も被告人の犯行を裏付けています。」

 

「なるほど。 では、その証拠品については、後ほど受理しましょう。

弁護側はいかがでしょうか?」

 

「弁護側も昨日と同じ主張です。 被告人の無実を主張します。

昨日は、誤って刃崎医師を告発してしまいましたが、有力な情報を持つ証人を得ました。

今日は、それについて証言したいと思います。」

 

何!? 有力な情報を持つ証人だって???

 

「ほう、なるほど。 では、弁護側にも後ほど、証言の機会を与えましょう。

・・・ですが、その前に、1日遅れましたが、検察側より解剖記録が提出されていますので、そちらを陳述 していただきたいと思います。 お願いします、道比木検事。」

 

「はい。

解剖記録によりますと、被害者の死亡推定時刻は5月6日の13:00~14:00。

死因は中毒死です。 死因の詳細としては、体内に混入した毒性物質により、アレルギー反応が引き起こされたことが原因と判明しています。」

 

「なるほど。 ということは、やはり、昨日、弁護側から提出されたメスに付着していた毒物が死因に関係していたということですか?」

 

「いえ、あのメスについては、血液反応が出なかったことから、被害者の身体には触れていないことが、昨日の審理ですでに判明しています。 よって、死因とは関係ありません。

また、こちらの鑑識の捜査記録も提出しようと思うのですが、これによると、メスに付着していた毒物は『ソクイックα』と判明しています。

対して、被害者の死因となった毒物に関しては、未だに特定できていません。

ですから、別の物質であると思われます。」

 

「なるほど。 そうなのですか。 とりあえず、そちらの鑑識記録も受理しておきましょう。

・・・となると、結局、被害者はどのようにして殺害されたことになるのでしょう?」

 

「昨日の裁判でも、何度も話に挙がったように、事件の発生した手術室で行われたことは、麻酔と開腹の2つの行為のみ。

開腹が殺害に関係ないと証明された今、残る殺害方法は1つです。

昨日の審理では、話が脇道にそれましたが、被害者を死に至らしめた毒物は麻酔薬に混入されていた。

検察側が、最初から主張しているとおりです。」

 

「なるほど。 解剖記録が提出されたことで、検察側の主張には真実性が増したようですね。

弁護側はどうお考えでしょうか? 曽口弁護士?」

 

「ふっ、さすがは生粋の検事。 ロジックの構築はお手の物のようだね。

話の筋は通っている。 だが、2日続けて同じことを言わせないでほしいな。

・・・君の主張には、医学的コンキョはあるのかい?」

 

「えっ・・・」

 

「答えは聞かずとも決まっている。 ・・・NO!だ。

君は今、被害者の死因となった毒物については特定できていないと言ったね?

毒物の特定もできていないのに、麻酔薬に毒物が混入していたなどと主張するのは、いささか強引ではないかな? まさに、医学的コンキョが伴ってない状態だ。

他の法廷ではどうなのか知らないが、私が弁護人を務めるこの法廷においては、そのあたりをきちんと説明してもらわなければ、君の主張は認めがたいな。」

 

「くっ・・・じゃあ、曽口弁護士には、麻酔薬の中に入っていた物質が何か分かるというんですか?」

 

「当然さ。 『スーパースヤミン』だ。」

 

「そ、そんなのわかってますよ! それは、麻酔薬自体の成分でしょ?

問題は、その中に混入していた物質ですよ!」

 

「中に混入? そんな物質ないさ。

あの麻酔用の注射器に入っていた物質は、麻酔薬『スーパースヤミン』のみ!

検察側が提出した鑑識記録には、“特定できていない”とか書いてあるようだけど、それは違うね。

君らだってちゃんと特定できているじゃないか。 注射器の中身はスーパースヤミンだということを。

そして他には、何の成分も検出されなかったことを。

つまり、注射器の中身は100%スーパースヤミンだった。

これが結論であり、医学的コンキョというものだよ。」

 

な・・・に? 特定できていないのではなく、そもそも何もなかったってことか?

 

そんな馬鹿な話、あるわけがない!

 

「それなら、どうして被害者は亡くなったんですか?

メスの毒物は関係なかった。 麻酔薬には、毒物は混入していなかった。

それなら、なぜ・・・・・」

 

「言っただろう? 弁護側には有力な情報を持つ証人がいると・・・

彼女に証言をしてもらう。 それで、全てに納得がいくはずだよ。」

 

彼女? もしかして・・・!?

 

証言台の前にたったのは、僕らが共犯者と疑ったあの人物だった。

 

9:10 石野香織の証言 ~鱒井のためなんかじゃ、ないんだからねっ!!!~

 

「それでは、証人・・・氏名と職業をお願いします。」

 

「石野香織。 追田クリニックの看護師よ。」

 

やはり、石野看護師だ。

 

しかし、なぜ? 弁護側の証人ということは、鱒井医師が犯人ではないと認めることになる。

 

一昨日は散々、鱒井医師が犯人だと言いまくっていたのに・・・

 

「しかし、弁護側の準備書面 によりますと、あなたが証言しようとしていることは、あなたにとって不利益な内容のようですね。

あなたがどう語るのかは存じ上げませんが、仮にあなたに不利益な内容であっても、自らの口から発した以上は、証拠とされます。 それでもいいのですか?」

 

「えぇ、構わないわ。」

 

不利益? どういうことだろう?

 

だが、石野看護師は凛としていた。

 

何か思惑でもあるのだろうか? 僕は不安が募ってきた。

 

「よろしい。 では、証言を始めてください。」

 

「・・・実は、今回の事件は、私が真犯人なのよ。」

 

「えっ? えぇぇぇぇ!!!」

 

彼女の発した最初の一言で、法廷内は騒然となった。

 

不利益って、まさかの自白ぅ!?

 

「静粛に! 静粛にィ!!!

言ったでしょう。 彼女の証言は彼女にとって不利益な内容なのです。

それでも、彼女は証言しようというのです。 静かにお聞きください!」

 

裁判長の言葉で、なんとか法廷内は静まった。

 

「証人、続きをどうぞ。」

 

「私、被害者のことが大っ嫌いでね。 大した重症でもないのに、毎日のように病院に通ってきて、特に必要のない手術ばかり依頼して・・・ホントにイライラしてたの。

私は、あんな患者の面倒をみるために看護師になったんじゃないってのよ!

もっと、本当につらそうにしている人だからこそ、助けたいって思えるわけでしょ。

それなのに、あの患者は・・・・・

大体、私は、そもそも看護師になんかなりたくなかったのよ!

なのに、親が看護師になれってうるさくて・・・看護学校行くなら金を出してやるけど、そうじゃないなら自分で何とかしろって・・・」

 

石野さんまでも、鱒井医師と同じような境遇だったのか・・・

 

って、待てよ? 

 

この証言、なんか聞き覚えがあると思ったら、昨日、五河医師・・・の真似をしたおじいさんから聞いた、鱒井医師についての話と同じ内容じゃないか?

 

なんでだろう?

 

「要は、私はそういう、あの被害者が許せなかったってことよ!

これが動機となり、私は今回の殺害計画を立てた。

犯行現場は、今回の手術室に決めたわ。

手術室なら、医療ミスに見せかけて、殺害できると考えてね。 凶器として用意したのはメスよ。

昨日は、検事さんから逃げちゃったけど、結局、曽口弁護士には打ち明けたのだから、白状するわ。

昨日の裁判で一番問題になっていた毒付きのメス・・・あれを用意したのは私よ。

手術室内ではばれると思って、手術前に外で密かに毒物を塗りつけていたの。

指紋はきれいにふき取ったけど、まさか、口紅のあとを残しちゃったとはね・・・

そして、そのメスで被害者を開腹すれば、毒が体内に回り、死亡するという算段よ。

刃崎医師を利用しようとしたのは悪いと思ってる。 でも、私自身がメスを握れば、不審に思われるからね。 

せめてもの救いとして、毒は遅行性のものにして、刃崎医師には濡れ衣がかからないようにしたつもりなんだけど・・・結局、犯人呼ばわりされちゃったわね。

・・・でも、昨日の裁判で明らかなとおり、刃崎医師は私が用意したメスを使わなかったのよ。」

 

「ですから、やはり、被害者を死に至らしめた毒物は麻酔薬に混入していて、犯人は鱒井医師だという話でしょう?

あなたがなぜ、このタイミングで自白をしたのかわかりませんが、あなたが殺人計画を立てていようがいまいが、メスが使われていない以上あなたは犯人になりえない!」

 

「・・・ちょ、ちょっと、検事さん。 私、まだ話し終わってないんだけど・・・。

・・・というか、ここまではまだ、前置きなんだけど・・・・・」

 

ま、前置き!? こんなに長々しゃべって前置き!?

 

「道比木検事、証言の邪魔をしないように!」

 

「は、はい。 すいません。 続きをどうぞ。」

 

「そう、メスは使われなかった。 だから、被害者は亡くなるはずがない。

ここまでの話を聞けば、そう思うわよね? でも、実際、被害者は亡くなっている。

それは、私の用意した第2の凶器が使われたからよ。

まさか、あんなことになってメスが使われないとは思わなかったけど、最悪の事態を想定して、別にも凶器を用意していたの。 それが、毒物を入れた麻酔用の注射器よ。」

 

・・・ってことはやっぱり!

 

・・・ん? いや、となれば弁護側に不利な証言だ。 彼女が弁護側の証人になるはずがない。

 

「あら、検事さん、混乱しているようね?

そう、私は毒物を注射器に入れたつもりだった。 

だから、昨日までは、この殺害計画についてばれないようにしていた。

鱒井が犯人だと言いまくっていたのも、私が犯人だと気付かれないようにするため。

あいつになら濡れ衣着せたって、ちっとも心は痛まないからね。

でも、解剖記録ができて、それを曽口弁護士に見せられて気づいたのよ。

注射器に入っていたのは、『スーパースヤミン』・・・私は毒物を入れたつもりだったけど、結局はいつもの麻酔薬を入れていたってことにね。

つまり、私は、殺人計画を立てたという意味では、殺人未遂の罪で有罪でしょうね。

でも、実際に殺してはいない。 私も、刃崎医師も・・・そして、悔しいけど、鱒井もね。

私の証言は以上よ。」

 

やっと終わりか・・・。 この証言、法廷史上最長の証言なんじゃないかな?

 

(3ページにもまたがる証言、読むほうもご苦労様でしたm(_ _)m)

 

でも、この証言から導かれる結論って・・・

 

「曽口弁護士、弁護側の主張というのはまさか!?」

 

「その顔・・・道比木検事も気付いてくれたようだね。

そう、今回の事件・・・いや、事件と思われていた今回の出来事は事件ではない!

偶然、起こってしまった事故なのだよ! それが、弁護側の主張です!」

 

「な、なんですと!? 根本から、我々は認識を誤っていたということですか!」

 

「そういうことになります。

まぁ、あの手術室で凶器となり得た、メスと注射器が凶器でなかったと判明した以上、今の彼女の証言は、必要不可欠というわけではなかったが、メスに付着した彼女の口紅の件の疑問を残したくなかったので、証言させたまでです。

・・・確か、解剖記録によると、被害者は『毒物によるアレルギー反応で死亡』となっていたね?

この“毒物”について、検察側は、麻酔薬に混入されていたものだという認識だったが、弁護側の見解としては、被害者はアレルギー物質を口にしてしまったのだと考える。

つまり、被害者は誤って口にした何らかのアレルギー物質によって、アナフィラキシーショック を起こし、死亡してしまったのだ。

被害者の手術の開始時刻が13:00。 被害者のもとに昼食が運ばれたのが12:00だったと把握している。 1時間の間であれば、アナフィラキシーショックが起きたと考えても不思議ではない。

今朝、追田クリニックに立ち寄り、病院関係者に、被害者が亡くなった日の昼食のメニューと、その中に被害者のアレルギー物質が含まれていなかったかを確認してもらってきたよ。

時間がかかるから、後で裁判所まで届けると言われ、今現在は手元に確かな証拠はないが、おそらく私の考えが合っているはずだよ。」

 

「なるほど。 不注意による事故でしたか・・・。

うむ。 驚きましたが、殺人事件と考えるより、そのほうが筋が通るようですな。」

 

あ・・・あなふ・・・あなへら・・・しょっく??? なんだ、ソレ???

 

曽口弁護士が言っていることはよく分からないが、僕にもちゃんとわかることがある。

 

それは、今の僕の状況はまずいということだ。

 

ここで、事故だという弁護士の主張が認められてしまったらおしまいだ!

 

・・・と、とりあえず、尋問だ! 尋問でなんとか、突破口を見出すんだ!

 

「裁判長! 検察側は尋問を・・・」

 

「あぁ、いいよ。」

 

「へ?」

 

答えたのは、曽口弁護士だった。 なんで?

 

「どうせ、病院からの報告があるまで暇だからさ。 暇つぶしに、やりなよ尋問。

まぁ、私の嫌いな“無駄な時間”になるだろうが、今回だけは許してやるよ。

最後の悪あがきをしてみたまえよ。 いいですよね、裁判長?」

 

うわー。 完全にナメられてる・・・。

 

「まぁ、いいでしょう。 何もせずに待っているより、意味のない尋問でも聞いていた方が気晴らしになるでしょう。」

 

さ、裁判長まで、そんなこと言わないでよぉ~(涙)

 

9:32 検察側尋問 ~鱒井のためなんかじゃ、ないんだからねっ!!!~に対して

 

「・・・・・・・・・・・・・・」

 

「ちょ、ちょっと、道比木さん! 大丈夫ですか?

言葉失わないで下さいよっ! あんな相手の言葉にくじけちゃダメですよ!」

 

「い、いや・・・まぁ、それもあるんだけどさ・・・

石野さんの証言、長くてどこから攻めればいいのかわからなくて・・・

というか、証言内容も忘れかけてるし・・・」

 

「あっ! なぁんだ! そんなことですか!」

 

「えっ? そんなことって・・・」

 

「大丈夫ですよ! そんな時こそ、このレイちゃんにおまかせです!

昨日は見せそびれちゃったけど・・・七つ道具その6・・・

最新版ノートパソコン『Madors8』ですっ!!!」

 

「はい? ただのパソコンですけど・・・(Madorsなら僕も持ってるし・・・7だけど・・・。)」

 

「もぅ! 別にパソコン自体を自慢してるんじゃないですよ!

大事なのは中身ですよ! な・か・み!!!」

 

そう言うと、レイちゃんは、パソコンのディスプレイを僕の方へ向けた。

 

そこに書き連ねられた文章を目にし、僕は感動した。

 

「これは・・・今の石野さんの証言!?」

 

「そうです。 私、今の証言、全部打ち込んでおいたんです。」

 

「さ、さすがだよ、レイちゃん! これで、証言内容を思い出せる!」

 

「ようやく、私のありがたみを分かってくれたみたいですね。

私は、道比木さんの横に立つ限り、いつでも証言内容は記録しておきますから、気になったら法廷記録で確認してくださいね!」

 

「・・・あれ? でも、ところどころ、赤い文字の部分があるけど・・・これは何?」

 

「ふっふっふ・・・気づきましたね? これこそが私の能力の見せ所ですよ。

昨日、私が、人の表情を読み取れることは話しましたよね?

(道比木さんは、勝手に“みやぶる”とか名づけてましたけど・・・)

実は、この赤い文字の部分、私が自分で赤文字にしたんですけど、この部分の証言は、発言している内容と証人の表情がムジュンしているんですよ!」

 

「えっ? 僕は何も不自然に感じなかったけど・・・」

 

「だから、言ったでしょ! 私は表情の些細な変化を読み取っているんです。

証人も馬鹿じゃない。 あからさまに本心を表情には表しませんよ。

でも、本心は表情筋の微妙な変化によって、無意識に表れるものなんです。

表情筋は意識的に動かすことができる部分もありますが、感情によって自然に動く無意識的な部分もあるんです。 私が読み取っているのは後者のほうです。」

 

「なるほど・・・。」

 

「そして、今、道比木さんが気づいてくれたように、私がムジュンを感じた部分は赤字にして道比木さんにも分かるようにしておきました。

(ちなみに、この赤字が見れるのは、法廷記録内の証言のみ。 私たちだけの情報ですからね。)

そして、その赤字が、尋問で問い詰めるべきポイントです。 

これがわかっていれば、いちいち全ての証言をゆさぶる必要はないはずです。

ただし、私ができるのは、表情からムジュンを見つけることまで。

ムジュンの理由や原因を突き止めるのは、道比木さんの役目です。」

 

「ありがとう、レイちゃん。 これなら、なんとか突破口を見いだせそうだよ!

・・・それでは、尋問を始めます。」

 

「おっ、やっと始まるのか。

“検察側尋問”とタイトルつけておきながら、44行も内輪で話しているとは、いかがなものかな?」

 

曽口弁護士がイライラし始めている。 ちょっと、まずいな・・・。

 

「す、すみません。 ここからはテキパキと進めますから!

えーと・・・」

 

まず、最初の赤い文字は・・・・・これか!

 

「石野さん、あなたは先ほどの証言で、『刃崎医師を利用しようとしたのは悪いと思ってる。』とおっしゃいましたね?」

 

「えぇ、言ったわ。 刃崎医師は私の殺害計画とは何の関係もなかったからね。

それが、なにかしら?」

 

「石野さん、本当に悪いと思っていましたか?」

 

「ど、どういうことよ!? な、何が言いたいのよ!!」

 

「あなたは、この証言をしたとき、口元が微かに上を向いていました。

まるで、ほくそ笑むかのようにね! 僕は確かに見ましたよ!」

 

・・・正確には、僕ではなくレイちゃんが見たんだけど、それを説明するのは面倒だから、僕とが見たことにしておいた。

 

ありがたいことに、レイちゃんは赤字の脇に、表情がどうムジュンしていたのかまで記してくれていた。

 

だから、あたかも僕が見たかのように発言できるのだ。

 

本当にありがとう、レイちゃん!

 

「・・・普通、罪悪感を抱いているときに、こんな表情になりますかね? なりませんよ!

あなたは本当は、刃崎医師に悪いなどとは思っていなかった。

むしろ、刃崎医師に濡れ衣を着せられればいいとでも思っていたのではないですか?」

 

「はぁ? 何を言い出すのよ! そんなこと証拠がどこにあるのよ?」

 

「証拠なら、ありますよ。 ここに、こんな資料があります。

これは、過去数週間にわたる、手術記録です。 

これを見ると、些細ではありますがこの期間内に、非常に手術ミスが多発していることが分かります。

そして、ミスが起こった手術に共通していることは、全て、執刀医が刃崎医師なのです!

実際、刃崎医師も『最近、意図的に何者かが、手術器具に細工をして、手術を失敗させようとしている気配がしていた。』と発言しています。 裁判長、ここに証言書があるので、提出します。」

 

「うむ、受理いたしましょう。

・・・ほう、確かにそのような発言をしたと書かれていますね。

ん? 『執刀に使ったメスは、私が密かにポケットに入れて持ち込んだものだ。』ですと!?

なるほど! 手術を失敗させようという気配に気づいていたから、失敗させまいとして自分でメスを用意していたというわけですか!

やり方は、いかがなものかと思いますが、これで昨日の審理での、メスの疑問は解消されたわけですか!」

 

「何が疑問の解消よ! 何も解消されちゃいないわ!

いい? 私が殺そうと思っていたのは平院さんなのよ! 恨みがあったのは平院さんなの!

さっき、あの患者が許せなかったと証言したじゃない!」

 

おっ、これから言おうとしていたことに話題を変えてくれるとは、都合がいい。

 

「えぇ、そうですよね。 あなたはそう証言しました。 口ではね・・・

しかし、そこにも疑問が残るのですよ。」

 

「はぁ?」

 

「石野さん、あなたは先ほどこう証言しました。

『被害者のことが大っ嫌い』 『大した重症でもないのに、毎日のように病院に通ってきて』 『特に必要のない手術ばかり依頼して・・・ホントにイライラしてたの。』

『私は、あんな患者の面倒をみるために看護師になったんじゃないってのよ!』・・・と。

これが本当であれば、これは全て、あなたが過去に経験した出来事から感じたことですよね?」

 

「本当であれば・・・じゃなくて、本当なのよ!」

 

「いえ、違いますね。

・・・人は、過去のことを語るとき、その記憶を思い出すために、無意識的に視線が左斜め上を向くんです。(逆に、未来のことを想像するときは右斜め上です。)

しかし、過去の出来事であるはずの、平院さんへの恨みについて話すとき、あなたの視線はまっすぐ

一点を見つめ、微動だにしませんでした。」

 

もちろん、これもレイちゃんの赤い文字に従ったまでだ。

 

しかし、動きがない方が不自然な場合もあるとは驚きだ。

 

「つまり、あなたには、平院さんに恨みを感じるような過去の記憶は持っていない。

平院さんを殺害する動機はなかったというわけですよ!」

 

「あー、もう! さっきから、私の証言に文句ばっかり言って・・・

私は、恥を忍んで、自分が殺害計画を立てたという罪を自白してるのよ。

ねちねち攻めないで、言いたいことは簡潔に言いなさいよ!」

 

「えぇ、では、僕の結論を述べましょう。

あなたは殺害計画を立てた。 それは勇気をもって、自白したくらいですから本当でしょう。

しかし、計画を立てたのは、平院さんを殺したかったからではない。

刃崎医師に汚名を着せたかったからです!

平院さんのカルテを見ればわかることですが、あなたが平院さんの手術の担当になったことは、今回を除き一度もありません。 そんな相手に殺意を抱くとは、到底思えません。

対して、刃崎医師が執刀した手術では、手術ミスが立て続けに起こっている。

ここから導かれる結論は1つ・・・あなたが恨みを抱いていたのは、刃崎医師なのです!

殺す人物は、平院さんでも他の誰かでも関係なかったんですよ!」

 

「ぐぐぐ・・・・・」

 

「待ちたまえ、道比木検事!

確かに、私は最後の悪あがきとして、君に尋問の機会を与えたが、

何を問い詰めてもいいというわけじゃないだろう?」

 

「え?」

 

「石野さんの証言で大事なことは、彼女の殺害計画は失敗した。 しかし、被害者は亡くなった。

つまり、被害者は殺害されたのではなく、事故死だったということだろう?

ならば、検察側である君が、尋問で証明すべきことは、事故死ではなかったということではないのかい?

・・・それなのに君は、平院さんに恨みはなかっただの、本当に恨みを抱いていたのは刃崎医師に対してだのと・・・

そんなこと、証明して何の意味があるんだい? 論点が全くずれているじゃないか。」

 

「た、確かに・・・」

 

「まぁ、いい。 じきに、追田クリニックから報告があれば、すぐに結論は出るさ。

そこで思い知るがいいよ。 今の尋問はまさに、悪あがきだったとね。」

 

くぅ~、曽口弁護士、昨日にもまして嫌味な言い方するなぁ・・・

 

9:45 弁護側証拠調べ ~被害者のアレルギーについて~

 

「・・・裁判中ながら、失礼します!」

 

その時、法廷の入口の扉が開き、男が中に入ってきた。

 

「おや、係官ですね? どうしました?」

 

「はっ! 先ほど、追田クリニックの関係者の方が訪れ、こちらを弁護人に渡してほしいと頼まれましたので、持って参りました。」

 

「そうですか。 ご苦労様です。」

 

係官は弁護人席に歩み寄り、資料を曽口弁護士に渡した。

 

「ほら、言っていたそばから来たじゃないか。 さて、これで真相は明らかになるはずだ。

・・・ふむふむ、これが事件当日の昼食のメニューだね。

そして、肝心の被害者のアレルギーは・・・えーっと・・・・・

係官、被害者のアレルギーに関する資料はどれだい?」

 

「そ、それが・・・被害者のアレルギーに関しては、被害者のカルテに記載されていたようなのですが・・・

どうやら、そのカルテが行方不明らしくて・・・・・」

 

「は、はぁ??? どういうことだよ、係官!!」

 

「わ、私に聞かれても知りませんよ! とにかく、被害者のアレルギーについては不明だそうです。」

 

「くぅ・・・ここまで来て、最後の重要な情報が不明確なままになってしまうとは・・・

このままでは、無罪判決を勝ち取るところまではまだ、たどり着けない。」

 

計算が狂ったのか、曽口弁護士は頭を抱え始めた。

 

カルテがあればいいみたいだけど・・・カルテってもしかして、今、僕が持っているこれか?

 

「弁護士さん、カルテならここにありますよ!」

 

「何!? 本当かい?」

 

「はい。 これですよね? 平院さんのカルテです。」

 

そう言うと、レイちゃんは、カルテを曽口弁護士に手渡してしまった。

 

「なんだ。 道比木検事、君が持っていたのか。 いや、よかった。 これで私の推理が正しいと証明できる。」

 

あーあ。 曽口弁護士が自信を取り戻しちゃったよ。

 

「ちょっと、レイちゃん! なんで、カルテ、曽口弁護士に渡しちゃうんだよ!」

 

「あるのに隠すなんて、卑怯ですよ! ここは正々堂々戦うべきです!」

 

「そりゃ、そうだけどさ・・・」

 

「さて、これで、今度こそ結論が・・・・・」

 

そこまで言ったところで、曽口弁護士の動きが止まった。

 

「どうしました、曽口弁護士?

結局のところ、被害者にアレルギーはあったのですか?」

 

「ない。」

 

「えっ?」

 

「被害者に食物アレルギーはなかったようだ。」

 

囁くような声ではあったが、曽口弁護士は確かにそう言った。

 

僕はこの瞬間を逃すまいと、即座に口を開いた。

 

「ということは、やはり、事故死ではなかったということですね?

僕の主張が・・・」

 

「黙りたまえ! 断じてそれはあり得ない!

アレルギー反応・・・アナフィラキシーショック・・・いや、そんなはずはない!

君の主張を認めるわけにはいかないんだよ!」

 

「ちょっと、曽口弁護士、どうしたんですか? 急に大声出しちゃって・・・

だって、食物アレルギーなかったんでしょ? それなら、やっぱり事故死説は間違っていたってことですよね?」

 

「道比木さん、今、彼に何を言っても無駄ですよ。 彼、あのカルテを見てかなり動揺しています。」

 

「そんなの僕だってわかるよ。 自分の推理が外れて、食物アレルギーがなかったことに動揺してるんでしょ?」

 

「いや、それは違うと思います。」

 

「えっ?」

 

「昨日の裁判、彼は、刃崎医師を真犯人として告発したものの、無実が証明され、自分の作り上げた無罪へのシナリオを崩されたわけですよね?

でも、確か、『無実を証明するカードを1枚失ったに過ぎない。』とか言ったらしいですね?

つまり、彼は自分の作戦を一度や二度狂わされても、動じないということです。

しかし、今の彼は明らかに動揺している。 私の鍛えた眼で見ずとも明白です。

ということは、あのカルテ・・・食物アレルギー以外に、弁護側に不利なこと・・・つまり、道比木さんに有利なことが書いてあったんじゃないですか?」

 

何!? そうなのか?

 

「曽口弁護士、そのカルテ返してください!」

 

「え? い・・・いや、まだ返せないよ。 ほら、まだ調べ中だから・・・」

 

「食物アレルギーがないってことは分かったんですよね?

それは検察側の証拠です。 知りたいことはもうわかったんだから、返してください!」

 

「うむ。 異議を認めます。

弁護側は、その証拠品を速やかに、検察側に返却するように!」

 

曽口弁護士は、しぶしぶカルテを返してくれた。

 

そして、中を開いた僕は、曽口弁護士が動揺していたる理由が何となくわかった気がした。

 

確かに、被害者の平院さんには食物アレルギーはなかった。

 

だが、アレルギーとしていくつかの物質名が記載されていた。

 

これって、もしかして・・・

 

「レイちゃん。 そのパソコン、ネットは繋がってるかな?」

 

「もちろんですよ! Madors8を馬鹿にしないでくださいね!!」

 

「だったら、調べてほしいんだ・・・これについて・・・」

 

「これ・・・ですか? よく分からないですけど、調べてみます。」

 

レイちゃんはまだ気づいていないようだ。

 

だが、僕にはもう、鱒井医師を有罪にする一本の道筋が見えた気がする。

 

僕の頭の中に、今まで見た文字や、聞いた言葉が蘇る。

 

“死因:中毒死”  “体内に混入した毒性物質が、アレルギー反応を引き起こし、心肺停止に至った”

 

“被害者はアレルギー物質を口にしてしまった”

 

“被害者は誤って口にした何らかのアレルギー物質によって、アナフィラキシーショックを起こし、死亡してしまったのだ。”

 

“被害者に食物アレルギーはなかったようだ。”

 

“アレルギー反応・・・アナフィラキシーショック・・・いや、そんなはずはない!

君の主張を認めるわけにはいかないんだよ!“

 

「あっ、出ました! 結果は、これみたいですけど・・・」

 

ディスプレイに表示されたものを見て、僕の推理は確信に変わった。

 

9:52 検察側、新たな主張 ~殺害方法について~

 

「曽口弁護士、ありがとうございます。

あなたの主張をヒントに、僕は今回の事件の真相がはっきりとわかりましたよ。」

 

「ほう、そうか。 とうとう、鱒井くんが犯人ではなかったと認めてくれるのかい?」

 

平静を装おうとしているのだろうが、曽口弁護士の口調からは焦りが感じられた。

 

おそらく、僕がたどり着いた結論と同じ結論に、曽口弁護士も至ったのだろう。

 

「いえ、そうではありませんよ。 僕はあくまで、今回の件は殺人事件であり、そして、犯人は鱒井医師だったと主張します。

しかし、今までの僕の考えには、1つ間違いがありました。

それは、鱒井医師は麻酔薬に混入させた毒物によって、被害者を殺害したと考えていたこと。

ですが、その考えは、曽口弁護士・・・あなたによって不可能だったと立証されてしまった。

さらに、あなたはこれは事故死だ・・・被害者はアレルギー反応によって偶然死亡してしまったのだと主張しましたね? 

その通り! 解剖記録にも、確かに被害者はアレルギー反応によって死亡したと記載されています。

しかし、被害者には食物アレルギーはなかった。 ならば、何がアレルギー反応を引き起こしたのか?

その答えが、ここにあります!」

 

 

僕は、思いっきり、平院さんのカルテを突きつけた。

 

「このカルテのアレルギーの欄に、こう書かれています。

『スヤミン系の鎮静物質』とね。」

 

「はっ! またも医学的コンキョのないことを!

何だね? 麻酔薬はスーパースヤミンという名称だから、その“スヤミン系”に含まれるというのかい?

根拠もないくせに、適当なことを言うんじゃないよ!」

 

「曽口弁護士、とぼけるのは止めてください。 元医師のあなたならわかっているはずです。

それに、根拠ならちゃんとありますよ。 レイちゃんに調べてもらいましたから。」

 

「はい。 調べましたよ!

えーと・・・スヤミン系の鎮静物質に含まれるのは・・・

睡眠導入剤『オヤスヤミンZ』、精神安定剤『スヤスヤミンX』、鎮痛剤『スヤミンβ』、解熱剤『スヤミンΩ』

・・・それから、麻酔薬『スーパースヤミン』だそうです。」

 

「ぐぬぬ。 そこまで気づいてしまうとは・・・」

 

「つまり、注射器の中身が普通の麻酔薬であっても、鱒井医師は被害者を殺害することが可能だった。

そして、解剖記録に、アレルギー反応によって死亡と記載されている以上、実際に鱒井医師はこの方法で、被害者を殺害したと考えられるのです!」

 

「待ちたまえ! 確かに、その通りだ。 認めるよ。

被害者にとって、スーパースヤミンは危険な毒物であった。

そして、実際、被害者はスーパースヤミンによるアナフィラキシーショックで死亡したのだろう。

だが、だからと言って、鱒井くんが犯人だったとは認められないよ!

私は、あくまで事故死を主張する!

考えてみたまえ。 スーパースヤミンは、現在、医療現場では一番普及している麻酔薬だ。

効き目が早く、持続性が長く、副作用もない。 三拍子がそろった素晴らしい麻酔薬なんだよ。

今回の被害者のように、この麻酔薬を使用して支障をきたす患者の方が珍しい。

つまり、鱒井くんは、彼がこの麻酔薬にアレルギーを持っていたことに気付けなかったんだ。

医師としての責任問題にはなり兼ねないが、殺意はなかったということだよ。

それであれば、やはり、事故死と言う方が妥当だと思うが?」

 

「なるほど。 そう来ますか。

残念ですが、鱒井医師が被害者のアレルギーについて気付いていなかったはずがないんですよ。」

 

「何!?」

 

「こちらをご覧ください。 先ほどの、被害者のカルテです。

ここには、被害者が今までに受けた手術のデータも記載されています。

そして、その担当医も全て書いてある。

見てください! 被害者の手術の麻酔は、全て鱒井医師が担当していたんです。

そして、事件以前の手術は、何のトラブルもなく成功している。

これはつまり、一番使いやすい麻酔薬『スーパースヤミン』を使わず、あえて別の麻酔薬を使用したということですよね?

それはなぜか? 鱒井医師は被害者のアレルギーについて知っていたからです。

だから、手術を成功させるために、別の麻酔薬を使用してきた。

逆に言えば、今回の手術では、被害者を殺害する意思があったから、スーパースヤミンを使ったと考えられるんですよ!」

 

「な、なんとっ!!!

く・・・くそぉ・・・もう、何も反論できないのか?

あり得ない・・・アリエナイジャナイカ・・・・・

オカシイ! この私が? 元医師の私が? こんな若造に打ち負かされるのか???」

 

 

その時、誰かの声が法廷内に響いた。

 

せっかくの僕の見せ場を邪魔するのは、一体誰だ?

 

「曽口弁護士、何があっても俺を守ってくれるんじゃなかったんですか?

何を弱気になっているんです? 言ったでしょ? 俺は無実だって・・・

そして、曽口弁護士はそれを証明してくれるって言いましたよね?」

 

声の主は、被告人の鱒井医師だった。

 

「だが・・・しかし、ここまで証拠がそろってしまっては、もはや・・・」

 

そこまで、曽口弁護士が言ったところで、鱒井医師の表情が急変した。

 

「なんだ。 結局、あんたもそういう人だったのか・・・。

勝算がなけりゃ、あっさり見捨てる。 まぁ、弁護士なんて、そんなもんか。」

 

「い、いや・・・私は、そんなつもりは・・・」

 

「いいよ、もう。 

どっちにしろ、そこの検事にさんざん言われて、俺ももう、黙っているの我慢ならなくなってきたし・・・

曽口弁護士が証明してくれないって言うなら、自分で証明するさ。

裁判長、俺に証言の機会を与えてください。 検事の主張を崩して、俺は無実だと認めさせてやる!」

 

「わかりました。 いいでしょう。 それでは、被告人は証言台の前へ。」

 

10:03 被告人:鱒井拓海の証言 ~検事の主張は大間違い!~

 

証言台の前に立った鱒井医師は、にらみつけるようにこちらを窺っている。

 

いよいよ、直接対決か。

 

これから、彼が何を証言するのかは分からないが、ここを崩せれば、判決は目前だろう。

 

なんとか、突破口を見出さねば!

 

「では、証言をどうぞ。」

 

「・・・これから、俺が話すことは、証言と言うより、さっきの検事の主張に対する反論です。

本当は、曽口弁護士がする役目だろうけど、あの通り意気消沈しているから、俺が自分でします。

まず、検事さん・・・あなたはさっき、今回被害者を死に至らしめたものは、スーパースヤミンだと言いましたね?

そして、俺はスーパースヤミンが、被害者にとってアレルギー物質だと知りながら、スーパースヤミンで麻酔を行なった。 だから、俺には殺意があり、俺が犯人だという主張でしたね?

俺が、被害者のアレルギーについて知っていた・・・そのことについては認めますよ。

あなたの言う通り、被害者のアレルギーについて知っていたからこそ、それまでの手術では、別の麻酔薬を使用してきた。 もちろん、手術を成功させるためにね。

ですが、今回の手術で、俺が被害者を殺すためにスーパースヤミンを使ったぁ?

残念ながら、それは、あり得ないんですよ!

なぜなら、手術に必要な道具は全部、看護師が準備することになっている。 もちろん麻酔薬もね。

だから、今回の手術でも麻酔薬を用意したのは看護師・・・あの嫌味ったらしい石野が用意したんですよ!

俺は確かに、別の麻酔薬を用意するように書いた書面を石野に渡した。

嘘だと思うなら、病院内を探してみればいい。 ちゃんと保管されているはずだ。

だが、実際に用意されていたのはスーパースヤミンだった。

さぁ、検事さん・・・考えられる結論は何だい? 医学的コンキョのある答えは何だい?www

石野が中身を入れ替えた・・・だろ?

さっき、あいつ自身が証言してたじゃないか! 自分が真犯人ですって!

失敗してたとか何とか、言い訳してたが、あんなの嘘だろ。

嫌味ったらしい上に、ほら吹きとは、本当にたちが悪い女だぜ!

奴は、最初から、スーパースヤミンが毒物になると知ってたのさ。

そして、その毒物を用意できたのは俺じゃなく、石野だ。 さぁ、これでもまだ、反論がありますか?」

 

ぐぐぐ・・・・・まさか、こんな反論をしてくるとは。

 

悔しいが、筋が通っている。 

 

いくら、スーパースヤミンが被害者を死に至らしめた毒物だと証明できても、それを鱒井医師が用意したと証明できなければ意味がない。

 

どうしたらいいんだ?

 

「道比木さん、大丈夫ですか? 眉間にしわが寄ってますけど・・・」

 

「あっ、ごめん。 レイちゃん。」

 

「もしかして、また反論を失っちゃってます?」

 

「あぁ。 悔しいけど、鱒井医師の証言は筋が通っている。

あれが本当なら、彼は犯人ではあり得ない。」

 

「何言ってるんですか、道比木さん! あんな証言、本当なわけないじゃないですか!

ほら、見てください! 今回も、証言と表情のムジュン、ばっちり記録しておきましたから!」

そう言うと、レイちゃんはパソコンの画面をこちらに向けてきた。

 

ワープロソフトに打ち込まれた文章のところどころに赤い文字がある。

 

画面の都合上、途中からしか画面内に収まっていないが、今の証言内容らしい。

 

証言の後半部分だな。

 

“ですが、今回の手術で、俺が被害者を殺すためにスーパースヤミンを使ったぁ?

残念ながら、それは、あり得ないんですよ!

なぜなら、手術に必要な道具は全部、看護師が準備することになっている。 もちろん麻酔薬もね。

だから、今回の手術でも麻酔薬を用意したのは看護師・・・あの嫌味ったらしい石野が用意したんですよ!

俺は確かに、別の麻酔薬を用意するように書いた書面を石野に渡した。

嘘だと思うなら、病院内を探してみればいい。 ちゃんと保管されているはずだ。

だが、実際に用意されていたのはスーパースヤミンだった。

さぁ、検事さん・・・考えられる結論は何だい? 医学的コンキョのある答えは何だい?www

石野が中身を入れ替えた・・・だろ?

さっき、あいつ自身が証言してたじゃないか! 自分が真犯人ですって!

失敗してたとか何とか、言い訳してたが、あんなの嘘だろ。

嫌味ったらしい上に、ほら吹きとは、本当にたちが悪い女だぜ!

奴は、最初から、スーパースヤミンが毒物になると知ってたのさ。

そして、その毒物を用意できたのは俺じゃなく、石野だ。 さぁ、これでもまだ、反論がありますか?“

 

「どうです? ちゃんと、赤い文字があるでしょ?」

 

「確かにあるけど・・・なんか、証言の大事な部分には関係ないよね、コレ?

鱒井医師の石野さんに対する、単なる悪口の部分じゃないか・・・。」

 

「ふふふ・・・確かに、これだけ見ると、そう思いますよね。

でも、実は面白いことがあるんですよ!」

 

そう言うと、レイちゃんは、一旦パソコンを自分の方へ向け直し、再び僕の方へ向けた。

 

今度見せられた文章は、さっきとは別のものだった。

 

 

 

 

“あら、検事さん、混乱しているようね?

そう、私は毒物を注射器に入れたつもりだった。 

だから、昨日までは、この殺害計画についてばれないようにしていた。

鱒井が犯人だと言いまくっていたのも、私が犯人だと気付かれないようにするため。

あいつになら濡れ衣着せたって、ちっとも心は痛まないからね。

でも、解剖記録ができて、それを曽口弁護士に見せられて気づいたのよ。

注射器に入っていたのは、『スーパースヤミン』・・・私は毒物を入れたつもりだったけど、結局はいつもの麻酔薬を入れていたってことにね。

つまり、私は、殺人計画を立てたという意味では、殺人未遂の罪で有罪でしょうね。

でも、実際に殺してはいない。 私も、刃崎医師も・・・そして、悔しいけど、鱒井もね。 私の証言は以上よ。“

 

「これは・・・石野さんの証言の最後の部分?」

 

「そうですよ。」

 

「さっきはよく見ていなかったけど、こんなところにも赤い文字、あったんだ。

・・・って、ここも石野さんの鱒井医師に対する悪口じゃないか!」

 

「そう、その通りです!」

 

「え? 何が?」

 

「鱒井医師の証言と、石野さんの証言・・・2人とも、お互いの悪口を証言内で言っていて、さらに、その部分で表情がムジュンしている。 これが2人の証言の共通点なんですよ。

この赤い文字の部分の内容を発言するとき、2人とも口元が下に下がっていました。

まるで、その発言をすることに罪悪感を抱き、ためらっているようにね。

つまり、この悪口は本心ではない! むしろ、本心とは真逆の内容だと思われます。」

 

「本心と真逆って・・・まさか!? 2人は実は仲が良かったってこと?」

 

「しっ! 大きな声出したら、弁護側に手の内を読まれちゃいますよ!」

 

「あっ、ごめん。・・・でも、なんでそんなことを?」

 

「理由を考えるのは、道比木さんの役目です。 でも、私にも、何となく分かる気がします。

道比木さん、今回の事件、石野さんの存在が重要なんじゃありませんでしたっけ?」

 

「石野さんの存在???

・・・あっ! そうだった! 思い出したよ!!!

僕らは、石野さんが共犯者だったと主張するつもりだったじゃないか!」

 

なるほど・・・そういうことか!

 

だったら、今の鱒井医師の証言にも突破口はある。

 

「ありがとう、レイちゃん! 君のおかげで、まだ戦えそうだ!」

 

「そうですか。 なら、よかった!」

 

10:14 検察側尋問 ~検事の主張は大間違い~に対して

 

「検事さん、さっきからずっと、何やら話し合ってるみたいですけど、結局、結論は変わらないですよ。

俺は、犯人ではない! いい加減、認めたらどうです?」

 

「いいえ、認めません。 僕には、あなたが犯人となり得た方法に気付いていますから!」

 

「ほう・・・一体、どういう方法を使ったというんですか?」

 

「あなたには、共犯者がいたんですよ・・・石野香織さんという、共犯者がね!

それならば、今の証言を聞いてもなお、あなたは犯人になり得る!」

 

「・・・ぷっ・・・はははっ!

何を言い出すかと思ったら・・・石野が俺の共犯者だってぇ?

ふざけるなよ! あんな奴となんて、死んでも協力したくねぇよ!

検事さんだって見たでしょ? 俺と石野が言い争ってるのを。」

 

「そう、表面上では、あなた方はとても不仲に見える。

ですが、僕には、あなたたちが実は仲が良かったと証明できるのですよ。

今の証言を尋問し、それを明らかにします。 裁判長、検察側に尋問の機会を与えてください。」

 

「分かりました。 検察側は、尋問をどうぞ。」

 

「・・・では、被告人。 まず、確認しますが、あなたは、石野看護師とは仲が悪かったと言うのですね?

共犯を依頼するなど、もってのほかの人物だったと・・・。」

 

「あぁ、そのとおりですよ。

さっきも言った通り、あんな奴とは死んでも協力したくないね!」

 

「そうですか。 そう言う割には、先ほどの証言でおかしな点があったのですが?」

 

「・・・?」

 

「先ほど、あなたは、『嫌味ったらしい石野』『嫌味ったらしい上に、ほら吹きとは、本当にたちが悪い女だぜ!』というように、石野看護師に対する悪口のような発言をしましたね?」

 

「えぇ、しました。 法廷で悪口言っちゃいけなかったですか?」

 

「いえ、別にそれは構いません。

しかし、この発言をするときの、あなたの表情がおかしかったのです。

あなたはこの発言をするとき、口元が下に下がっていた・・・まるで、発言内容に罪悪感を抱いているように・・・」

 

「罪悪感? そんなもの抱くかよ! 石野だって、俺を嫌ってたんだ! 

そんな奴に悪口言うのに、罪悪感なんてないですよ。」

 

「石野さんもあなたを嫌っていた? 本当にそうでしょうか?

・・・裁判長、先ほどの石野看護師の証言記録はありますか?」

 

「えぇ、ここに。」

 

僕は、裁判長から証言記録を受け取った。

 

「実は、石野さんも彼女の証言の中で、被告人に対する悪口のような発言をしています。

この証言記録によれば、『あいつになら濡れ衣着せたって、ちっとも心は痛まないからね。』

というところですね。

確かにこれだけ見れば、被告人・・・あなたの言う通り、石野さんもあなたを嫌っていたように感じますね。

しかし、ここで面白いことに気付くのですよ。

過去のことなので、記憶違いと言われればそれまでですが、この発言をするとき、なんと、石野さんも罪悪感を抱くように、口元が下がっていたのですよ。 あなたと同じようにね!

つまり、石野さんは本当はあなたのことを嫌っていなかったし、同じように、あなたも石野さんのことを嫌ってはいなかった。 そうではないのですか?

いや、それだけじゃない。 本当は、あなたたちは仲が良かったんだ。

だからこそ、悪口を言うことに心が痛み、その罪悪感が表情として現れたんです!」

 

「ふっ・・・さっきから聞いてりゃ、よくそんな適当なことが言えますね。

心理学の真似事でもしているつもりかもしれないが、くだらない!

表情が発言とムジュンしている? 俺が罪悪感を抱いていた?

そして、俺が本当は石野と仲が良かっただって? はぁ? ふざけるなよ!

そんなエセ心理学で、俺らの仲を決められたら、たまったもんじゃないですよ!

あんたの主張、認めさせたいなら、はっきりした証拠を示してもらわなきゃいけませんよ。」

 

もちろん、証拠ならあるさ。

 

「ふっ・・・さっきから聞いてりゃ、よくそんな適当なことが言えますね。

心理学の真似事でもしているつもりかもしれないが、くだらない!

表情が発言とムジュンしている? 俺が罪悪感を抱いていた?

そして、俺が本当は石野と仲が良かっただって? はぁ? ふざけるなよ!

そんなエセ心理学で、俺らの仲を決められたら、たまったもんじゃないですよ!

あんたの主張、認めさせたいなら、はっきりした証拠を示してもらわなきゃいけませんよ。」

 

レイちゃんが記録しておいてくれた、今の発言が赤い字で染まっている。

 

赤い字の傍には、“動揺”と書かれている。

 

この部分の発言で、動揺していたという意味だろう。

 

やっぱり、2人が本当は仲が良かったという僕の指摘は合っていたようだ。

 

だが、このことを証拠として示したところで、鱒井医師は認めないだろう。

 

でも、大丈夫。 これよりも明確に、確実に、鱒井医師に事実を認めさせる証拠品が他にある。

 

まさか、これが証拠品として役立つとは思わなかったけど・・・

 

 

 

「証拠なら、ちゃんとありますよ。 これが、あなたと石野看護師の仲について証明できる証拠です!」

 

「ん? 何だそれは? 写真・・・・・・あっ!?」

 

僕が突きつけたのは1枚の写真だった。

 

そこに写っているものが何かに気付いた途端、鱒井医師の表情が変わった。

 

「これは、昨日、真田研修医から頂いた写真です。 

今回の事件が起こった手術前に、手術の担当医全員で撮られた写真だそうですね?

真ん中に刃崎医師。 その左隣に五河医師。 右隣には真田研修医が並んでいます。

そして、大事なのはその後ろです。

彼ら3人の後ろには、あなたと石野看護師が並んでいる! しかも、“笑顔で”です!」

 

「ふ・・・なんだ、そんなことかよ。 それが証拠かよ! 焦って損したぜ・・・。

それは、手術の成功と、真田の研修修了前祝いを兼ねて撮った写真だ。

そんなめでたい写真に仏頂面で写れるかよ。 写れないだろ?

それはカメラ向けられた手前、笑顔見せただけで、ポジションが隣になったのも偶然だ。

そんなことで、仲が良かっただなんて、証明になってないですよ!」

 

鱒井医師の表情から安堵感が窺がえた。

 

どうやら彼は、僕が“あのこと”には気づいていないと思っているみたいだな。

 

なめるなよ。 僕だってちゃんと気づいているさ。 これでとどめだ!

 

「被告人、僕の話はまだ終わっちゃいませんよ。

まさか、僕もこれくらいで、あなたと石野看護師の仲が良かったなんて言い切るつもりはありませんよ。

注目すべきは、ここです。 裁判長、写真の後ろの2人の手元をご覧ください。 どうなっていますか?」

 

「うーむ・・・老眼ではっきりとは見えませんが、どうやら手を繋いでいるようですな。」

 

「そう、その通り!

刃崎医師の頭の部分で隠れているので、正確には、手を繋いでいるかどうかは分かりませんが、2人の手の位置関係からして、明らかに2人の手は密着しています。

・・・被告人、プライベートなことなので、あなたたちがどこまで親密な関係だったのかまでは問いません。

しかし、この写真を見る限り、少なくとも、あなたたち2人は、互いを忌み嫌うような関係ではなかったはずです! 違いますか?」

 

「う・・・ううう・・・・・うおぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!

な、なんで、バレちまうんだよぉ!!!」

 

「その通りのようですね。 では、やはり、あなたが・・・・・」

 

 

せっかく調子が出てきたところだったのに、またもや誰かに話を遮られてしまった。

 

一体、今度は誰だ?

 

「鱒井くん、ありがとう。 君が時間を稼いでおいてくれたおかげで、私も気持ちに整理がついた。

ここからは、私に任せてくれ!」

 

曽口弁護士だった。

 

さっきまでの意気消沈した様子はどこへやら・・・目の前の曽口弁護士は堂々としていた。

 

10:27 弁護側反論 ~2人の仲と共犯の関連性~

 

「道比木検事、少し確認したいんだけど、君の証明したいことは何だったかな?」

 

「石野看護師が被告人の共犯者であったということです。

それならば、被告人に、犯行が可能だったことになりますから。

・・・そして、石野看護師が共犯者であったことを証明するために、前提として、被告人と石野看護師は実は仲が良かったことを証明していたわけです。」

 

「なるほど。 だから、君は今、2人の仲について尋問し、見事、2人は仲が良かったと証明したわけだ。

だが、それが本当に前提になっているのかい?」

 

「えっ?」

 

「君は今、2人は仲が良かったと証明した。 鱒井くんもそれについては、もう反論する意思はないようだし、私としても認めるよ。

だが、それで分かることは何だい?

あくまで、2人は共犯となり得る可能性は備えていたというだけの話じゃないかな?

今の証明は、石野看護師が共犯だったという証明には直結しないよ。

君は共犯にこだわりたいようだけど、もっと単純に考えればいい。

石野看護師が麻酔薬を用意した。 それならば、石野看護師が真犯人だ。

それだけの話じゃないかい?

または事故死でもいい。 石野看護師は間違ってスーパースヤミンを用意してしまった。

カルテによると、確か、彼女が被害者の手術を担当したのは、今回が初めてだったそうじゃないか。

被害者のアレルギーについて知らなかったに違いない。

いつも通りに、一番使いやすいスーパースヤミンを用意してしまったんだよ。

どちらも、彼女が共犯者だなどと主張するよりも、よほど筋が通っていないかい?

それでもなお、共犯説を唱えたいなら、唱えればいい。

但し、明確に説明ができないのなら、鱒井くんは犯人にはなり得ない。 つまり、無罪だ。

そして、おそらく、明確な説明などできない。

さぁ、決めたまえ! 潔く負けを認めるか? それとも、往生際悪く粘ってから負けを認めるか?」

 

曽口弁護士は、まるで名推理をして見せたかのような満足げな表情だ。

 

だが、残念ですね、曽口弁護士・・・僕にはもう、真相は全て見えているんだ。

 

次が、最後の反撃だ。

 

これでこの事件、僕の勝利を決定的なものにして見せる!

 

10:31 検察側再反論 ~最後の反撃~

 

「曽口弁護士、せっかく調子が出てきたところですいません。

ですが、僕にはもう答えが見えているんです。

ただし、その答えはあなたの選択肢にはない・・・僕は、明確な説明によって、石野さんが共犯者だったこと、そして、被告人が主犯であったということを証明します!」

 

「私に、すまないとは・・・ずいぶん自信があるようだね。

いいだろう。 だが、君には“勝つ”という結果は用意されていないと思うけどね。」

 

「それはどうでしょうか? 僕にはもう、証明の道筋が立っているのですが・・・」

 

「!?」

 

曽口弁護士は、僕の発言をハッタリだと思っていたらしい。

 

挑発しても、動揺を見せない僕に、逆に自分自身が動揺してしまったようだ。

 

「まずは、その前段階として、曽口弁護士の主張を崩させてもらいますよ。

あなたは、①石野看護師の用意ミスによる事故死だ、または、②石野看護師が真犯人だ、と主張しましたね? どちらにせよ、被告人は無罪であると・・・。

しかし、これらはどちらもあり得ない!

①に関しては、先ほどの被告人の証言が証拠になります。 被告人は先ほど、こう言いました。

『俺は確かに、別の麻酔薬を用意するように書いた書面を石野に渡した。』と。

つまり、例え、石野看護師が被害者のアレルギーについて知らなくても、この書面に従いさえすれば、間違うことなどあり得ない。 そうでしょう?」

 

「ぐっ・・・そんなことを言っていたのか!

さっきは混乱していて、話半分しか聞いていなかったからな・・・だが、②の方はあり得るだろう?」

 

「いえ、あり得ませんよ。

こちらは、石野看護師の証言に僕がした尋問が証拠になります。

彼女は殺害計画を立てました。 しかし、彼女の目的は被害者を殺害することではなく、刃崎医師に汚名を着せることだった。 そう証明しましたよね?

あの時は論点がずれているとの指摘を受けましたが、その事実がある限り、ただ被害者が亡くなるだけでは意味がない。 被害者が亡くなり、なおかつ、刃崎医師に殺害の疑いをかける必要があったのです。

それならば、麻酔薬に細工を施す必要はない。 いや、むしろ、そんなことをして死因があやふやになれば、刃崎医師に疑いの目が向きにくくなり、不都合なはずです。」

 

「道比木検事、君こそ、石野看護師の証言をよく思い出したまえ。

彼女はこうも言っていなかったかい?

『私の用意した第2の凶器が使われたからよ。

まさか、あんなことになってメスが使われないとは思わなかったけど、最悪の事態を想定して、別にも凶器を用意していたの。』とね。

自らの口から、そう言っているんだよ。 確かに君の言い分も一理ある。

だが、被害者が亡くならなければ、そもそも事件でないのだから、刃崎医師に疑いがかかる可能性は

ゼロだ。 少しの可能性にも賭け、第2の凶器としてスーパースヤミンを用意したんだ。

そう、だから、鱒井くんの書面には従わなかったわけだよ。」

 

「曽口弁護士、少し勘違いをしていませんか?

石野看護師は、被害者を担当するのは、今回の手術が初めてだったのです。

被害者のアレルギーについて知らなかったに違いない・・・弁護士自身も先ほど、そうおっしゃられましたよね?

ですから、本当に、石野看護師が、麻酔薬を第2の凶器として用意していたの言うのなら、その中身はスーパースヤミンなどではなく、別の毒物にしたはずです。

しかし、注射器の中からは毒物反応は出ていません。

つまり、石野看護師は第2の凶器など用意していなかったのですよ!」

 

「な、なんと!?」

 

「しかし、実際、鱒井医師が別の麻酔薬を依頼したにも関わらず、石野看護師が用意した麻酔薬はスーパースヤミンだった。

考えられる理由はもう、1つしかないんじゃないですか?

そう・・・石野看護師は、鱒井医師の共犯者であり、手術前に鱒井医師に事件の概要を聞いていたからこそ、表面上では書面を用意し、鱒井医師に犯行は不可能だったように見せかけ、実際は、石野看護師が鱒井医師のためにスーパースヤミンを用意することが出来たんです!」

 

「道比木検事、話が飛躍しすぎだ!

私の主張が否定されたところまでは認めよう。

だが、だからと言って、いきなり石野看護師が共犯者だったというのは、勝手に君が進めたい方向に無理やり論を進めてはいないかい?」

 

「なるほど。 では、話を変えましょう。

曽口弁護士、今回、鱒井医師が被告人として起訴されたわけですが、彼の殺害動機としてどういったことが挙げられているかはご存知ですか?」

 

「あぁ。 昨日、君の相棒の刑事から聞いたよ。

自分と同じような医師家系に生まれながら、その流れに逆らって人生を選択できた被害者と、流れに逆らえず、止む無く医師になった自分を比べ嫉妬心が募っていた上、その自分をあざ笑うかのように毎日通院してくる被害者に恨みが生じたから・・・と聞いたよ。

まぁ、私は鱒井くんの無実を信じているから、そんなこじつけのような動機など信じてはいないが。」

 

「そうですか。 実は、僕もその動機に疑問が残っているのですよ。」

 

「はぁ? 何を言っているんだ、君は?

この動機を理由に鱒井くんを起訴したのは君じゃないか!

・・・なるほど。 道比木検事、やっぱり諦めるんだね?

動機が不十分だった。 鱒井くんは犯人ではないと。 時間はかかったが、とうとう認めるか。

それなら、裁判長、検察側は降参の姿勢を見せているので・・・」

 

「待ってください、曽口弁護士! そんなことは言っていません!

動機としてはあり得る内容です。 しかし、本当にこれが動機ならば、不自然なことがあるのです。」

 

「・・・?」

 

「いいですか? カルテを見れば明らかですが、被告人は、3年前に被害者が通院を始めて以来、ずっと被害者の手術を担当しているのです。

しかも、その手術は、2か月に1度のペースで行われていた。

被告人が犯行に及ぶチャンスは、何度もあったはずです。

しかし、実際、事件が起こったのは3年もたった今回です。」

 

「ならば、話は簡単だ。 鱒井くんは確かに被害者に対して恨みを抱いていた。

しかし、彼は我慢強く、その狂気をコントロールできていたんだ。

だから、3年間、何度チャンスがあろうとも、殺害には及ばなかった。

裏を返せばそれは、今回も鱒井くんは犯人ではないという証明じゃないか!

ふふふ・・・道比木検事よ、君自身が鱒井くんの無実を証明しちゃったじゃないか!」

 

「いえ、そうではありません。

曽口弁護士は今、被告人は犯行に及ばなかったと言いました。

ですが、それは違います。

被告人は、今回までは、犯行に及べなかったんです!

しかし、今回、犯行に及べる条件がそろった。 だから、犯行に及んだんですよ!」

 

「・・・? なんだか、急に話が抽象的になってきたが・・・

誤魔化さないで、ちゃんと説明してくれないかな?」

 

「えぇ、ここで先ほどの話に戻るんですよ。 共犯者の話にね。

被告人は、麻酔医です。 ですから、手術中に触れられるものは麻酔薬とそれが入った注射器のみ。

つまり、手術中に犯行を行おうとしたら、この2つを使うしかありません。

そして、これらを使って可能な犯行方法は、麻酔薬に毒物を仕込むこと。

今回の被害者の場合は、麻酔薬スーパースヤミンも毒物となり得るので好都合でしたね。

ですから、被告人が犯行に及ぶ場合、スーパースヤミンを使うのが一番の得策です。

しかし、被告人にはそれが出来なかった。

なぜなら、麻酔を用意するのは看護師であり、被告人自身は書面によって依頼するしかない。

その相手が、アレルギーについて知らなければ、誤魔化すこともできたかもしれませんが、残念ながらそうではなかったようです。

このカルテに記載された、担当看護師の名前・・・今回を除き、全ての手術の担当看護師が、

日江井 翔子(ひえい しょうこ)と言う人物になっています。

最初からの担当看護師ならば、当然、被害者のアレルギーについて知っている。

ここで、被告人が書面にスーパースヤミンと書いたところで、間違いを指摘され、スーパースヤミンを手にすることはできない。 つまり、被告人にはこれまで犯行が不可能だったわけです。」

 

自分の主張に集中していて、気付かなかったが、ふと見ると、曽口弁護士の顔色が悪くなっていた。

 

おそらく、これから僕が言いたいことを予測したのだろう。

 

なら、話が早い。

「曽口弁護士もそろそろお気づきでしょう? 

被告人が犯行に及ぶには、看護師に共犯者になってもらう必要があったのです!

そして、その好条件が、今回初めてそろった。

それが、手術担当メンバーに、看護師:石野香織と執刀医:刃崎英利が指名されたことです!

被告人は、被害者に恨みがあり、被害者を殺害したかった。 その方法は何でもよかった。

石野看護師は、刃崎医師に恨みがあり、刃崎医師に汚名を着せたかった。 そのための標的は誰でもよかった。

2人の意思が合致し、今回の事件は起こったのです。

おそらく、石野看護師の証言はあながち間違ってはいなかったのでしょう。

元々、凶器として用意したのは、毒付きのメスだった。 しかし、用心深い刃崎医師のことを考え、第2の凶器として、スーパースヤミンを用意しておいた。

結果、予想通り、用心深い刃崎医師はメスを使わず、殺害にはスーパースヤミンが使用された。

これが事件の真相でしょう。

つまり、犯人は、検察側が当初より主張しているとおり、鱒井拓海・・・及び、石野香織と考えます。

いかがでしょうか、曽口弁護士?」

 

「く・・・くくくくくく・・・・・

くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・おっおおおぉえぇぇ!!!」

 

「こ、こら、弁護人! 何をしているのですか!?」

 

・・・・・。 曽口弁護士、嘔吐・・・した?

 

「だ、大丈夫だ。 これは、胃液だよ! 何も感染するウィルスや菌は拡散していない!」

 

そういう問題じゃないと思うけど・・・。

 

「すまない、失態を見せてしまったな・・・だが、私はまだ・・・・・」

 

「もう、いいですよ。」

 

その時、全てを覚悟したような、優しい声で口を開いたのは鱒井医師だった。

 

「もう、いいです。 これ以上は無理です。

俺が悪かったんです。 ちょっとした嫉妬心だったのに・・・あいつに話持ちかけられて、つい・・・」

 

「ちょ、ちょっと、何言ってんのよ! 私はまだ、諦めてないわよ!」

 

傍聴席から立ち上がり、そう叫んだのは、石野さんだ。

 

「今回のことは、私もあなたも幸せになれるって・・・・・」

 

「こんなの、幸せじゃない! 人を不幸にしてまでつかみ取ったものなんて、本当の幸せじゃないよ。

お前や、曽口弁護士が、俺を助けるために必死になってくれたから、俺も自分が正しいと訴え続けていたけど、心の底ではわかってたよ。 俺が・・・いや、俺たちが間違っていたって。

そうだろ、香織?」

 

「・・・た、拓海・・・。 ・・・うん、そうだね。」

 

香織・・・拓海・・・やっぱり、彼らは親密な関係だったようだ。

 

10:45 判決へ

 

「裁判長さん、最後に、もう一度、発言させてください。」

 

「わかりました。 いいでしょう。」

 

「ありがとうございます。 ・・・ほら、香織も来て!」

 

鱒井医師に促され、石野さんが傍聴席から出てくる。

 

2人が、証言台の前に並んだ。

 

「曽口弁護士、ごめんなさい。 でも、俺、もう自白します。

俺が・・・俺たちが、今回の事件の犯人で間違いありません。

犯行方法は、さっき検事さんが証明したとおりです。 あそこまで、見破られるとは驚きでした。

動機は、大体、さっきの話のとおりですが・・・・・

まぁ、早い話が、俺の嫉妬心です。

自分と他人を比べたって意味はないのに、同じような境遇ってだけで、俺は平院さんと自分自身を比較してました。 最初は、医師でない道を選べた彼が羨ましいなぁと思っていて・・・

でも、何回も顔を合わすたびに、自由奔放に暮らしていて、おまけに、重症でもないのに通院してくる彼が疎ましくなってきて・・・その感情が次第にエスカレートしてきて、気付いたら恨みに変わっていました。

そんな時に、香織から今回の件を持ち込まれたんです。

刃崎医師に汚名を着せたいから手伝ってくれ・・・平院さんの手術なら、拓海にも利益があるでしょ?

って。

・・・こんなところで言うことじゃないかもしれませんけど、僕ら付き合っているんです。」

 

その瞬間、石野さんの顔が赤らめた。

 

「結婚を前提に付き合っていたんですけど、香織の親御さんは結婚相手に厳しくて・・・

その・・・将来有望な、刃崎医師の息子さんとの結婚を望んでいたらしいんです。

だから・・・・・」

 

なかなか説明しづらい部分なのか、鱒井医師は口ごもる。

 

すると、今度は、代わりに石野さんが口を開いた。

 

「だから、刃崎医師の名声を失墜させればいいと思ったのよ!

刃崎医師の評判が下がれば、当然、息子への風当たりも悪くなる。

そうなれば、まさか、私の親もそんな人間と結婚しろなんて言わないと思ったの。

もちろん、私が最低なことはわかってる。

でも、私は拓海を愛していた。 絶対に拓海と結婚したかった。

だから・・・そうするしか、思いつかなかったのよ。」

 

「俺としても、そうすれば、香織と結婚できるというなら・・・しかも、平院さんへの恨みを同時に晴らせるというなら、これほど好都合なことはない。 あの時の俺はそう考えてしまったんだ。

本当に俺は馬鹿だった。 何にも、他の人の気持ちなんて考えてなかったんだ。

・・・もう、言い訳はしません。 俺が・・・俺と香織が、全て悪かったんです。 そうだよな?」

 

「はい、私たちが悪かったんです。」

 

「・・・どうやら、これ以上の議論の余地はないようですね。 弁護側、何かご意見は?」

 

「・・・ありません。」

 

「そうですか。 検察側は?」

 

ありません。・・・と言おうとしたが、最後に一つだけ、気になっていることが残っていた。

 

「1つだけ、質問したいのですが、よろしいでしょうか?」

 

「おや、何か質問があるのですか? まぁ、いいでしょう。 どうぞ。」

 

「では、石野さん。 あなたは先ほど、被告人を愛していると言いましたが、そこまでの気持ちを抱いていながら、なぜ、被告人を嫌うような態度を取り続けていたのですか?

そこだけが、まだ解決されていなかったので・・・」

 

「あぁ・・・あれはね・・・そうすれば、拓海に無罪判決が出るんじゃないかと思って・・・」

 

「え?」

 

「いくら結婚のためとはいえ、私の計画に拓海を巻き込んだことには、罪悪感を抱いてたの。

だから、せめて、拓海だけでも無罪になるようにって思って・・・

やってることを見れば、真逆に見えるかもしれないけど、私が拓海のことを犯人呼ばわりして、拓海が捕まれば、弁護士を呼べるじゃない。

どんな被告人でも、必ず無罪に導く、ツンツン頭で、青いスーツがトレードマークの伝説の弁護士がいるって噂を聞いていたから、その人に拓海の弁護の依頼をしようと思ったの。

まぁ結局は、その人、最近転職したみたいで、依頼できなかったから、曽口弁護士に依頼したんだけど・・・」

 

なるほど。 そういうことだったのか。

 

好きな人を守るためなら、少しの間、鬼になることも厭わない。

 

石野さんの鱒井医師に対する思いは本物なんだろうな。

 

「道比木検事、それでよろしいですか?」

 

「えぇ。 裁判長、大丈夫です。」

 

「うむ。 では、判決といきましょうか。

またもや、魚を名字に持つ方ですが・・・・・致し方ありませんな。

それでは、被告人、鱒井拓海に判決を言い渡します。

 

有罪!

 

並びに、石野香織も、

 

有罪!

・・・本日の審理はこれまで! 閉廷いたします!」

 

2日間に渡る、長かった裁判はこうして幕を閉じた。

 

11:02 地方裁判所 ロビー

 

「ふう~、やっと終わった!」

 

「お疲れ様です、道比木さん!

この前、私を助けてくれたみたいに、今回も何とか、勝てましたね!」

 

「うん、ありがとうレイちゃん!(何とか・・・ってのは気になるけど・・・。)

レイちゃんの能力にも助けられたからね。 君がいてくれてよかったよ。」

 

「でしょ? 寝坊して、証拠品持ってくるのまで忘れる義門府刑事なんかより、よっぽど私の方が頼りになったでしょ!」

 

「・・・まぁ、そうかもね。 ・・・って、あれ? その刑事はどこだ?

裁判の結果を報告しようかと思ってるんだけど・・・」

 

「あ! あれじゃないですか?」

 

レイちゃんの指さす方向に、ソファに座り、頭を抱え込んでいる男がいた。

 

「ハテなぁ~? なんでだぁ~??」

 

あのお決まりの台詞は、義門府刑事に間違いない。

 

「やあ、刑事! 裁判無事終わったよ。 なんとか、有罪判決を勝ち取れたよ!」

 

「あ、道比木検事・・・そうか、よかったね。

・・・いや、そんなことはどうでもいいんだよ! 僕は今、もっと大事なことで悩んでいるんだ!」

 

ど、どうでもいいって・・・裁判の結果以上に大事なことってなんだよ?

 

「道比木検事、君は今日の裁判前、僕にこう問いかけたね。

『君はなんで警察官になったのか?』ってさ。 僕はずっとそれについて考えていた。

自分が人を救いたいと思っていたからなのか? それとも、親父が警察官だから、そうするしかないと思って警察官になったのか? ずっと考えていた。 どっちが、僕の本心なのかを!

でも、答えがどっちなのか、わからないんだよぉ~!!!」

 

「ずっとって・・・まさか、裁判の間ずっと・・・2時間近くもそんなことで悩んでいたの?」

 

「え? あ! もう、そんなに時間が経っていたのか!

・・・でも、そんなことって言うなよ! 僕には真剣な問題なんだよ!」

 

「は、はぁ・・・」

 

端正な顔立ちの義門府刑事は、見た目からしても、エリートという印象を受けるが、

 

こんな小さな・・・言っちゃ悪いが、どうでもいいことで真剣に悩むとは、あながちハテナ刑事という愛称も間違ってはいないなと感じ始めてきた。

 

「そんなの、どっちでもいいじゃないですか!」

 

レイちゃんも僕と同じように感じていたのか、刑事に向かってそう言った。

 

・・・が、その意味合いは僕とは違ったようだ。

 

「どっちでも、いいんですよ。 刑事は刑事なんですから。

警察官になったのが、自分の意思なのか、お父さんの影響なのかなんて関係ない。

必死に考え、いろいろ分析し、時間がかかって、途中あやふやなことも言うけど、最後には正しい答えを出す。 そんな、素晴らしい刑事が義門府刑事でしょう?

今回だって、義門府刑事の力があったからこそ、道比木さんは有罪判決を勝ち取れたんですから!

過去の理由なんて関係ないんですよ! 大事なのは今です!」

 

「大事なのは今・・・か。 そうだよな。 僕は今、みんなの幸せを守るために刑事をやっている。

それでいいんだね!」

 

刑事の中で気持ちの整理がついたらしい。 刑事の表情が急に明るくなった。

 

「よし、じゃあ僕は、今回の事件の後処理しなきゃだから、そろそろ検察局に戻るよ。

じゃあね、レイちゃん!」

 

「あ・・・待ってください、道比木さん! 一つ、確認したいことが・・・」

 

「ん、何?」

 

「今回の裁判の相手の弁護士・・・確か、名前がソクチって言いましたよね?

もしかして・・・お医者さんじゃあ・・・」

 

「あぁ、元医師みたいだよ。 昨日の裁判で本人が言ってた。

確か裁判長も知ってたみたいだったなぁ。 レイちゃんも知ってるってことは、曽口弁護士ってそんなに有名な医者だったの?」

 

「いや・・・そこまでは、よく分かりませんけど・・・

わかりました。 ありがとうございます。 じゃあ、私も帰りますね。 さよなら!」

 

「あ・・・うん。 じゃあね!」

 

今の質問は何だったんだろう? まぁ、レイちゃんは納得してたみたいだし、いいか。

 

それより、早く後処理をしなくちゃ!

 

「よし、じゃあ、検察局へ戻ろうか! 行くよ、ハテナ刑事!」

 

「あ、うん・・・って、ハテナ刑事ぃ!?

ちょっと、検事までその呼び方するのは勘弁してよぉ~!!」

 

「だって、義門府刑事って、呼びにくいし・・・変換しにくいし・・・

ハテなぁ~、ハテなぁ~・・・って言ってるんだから、いいでしょ!」

 

「そ、そんな! 真面目な道比木検事にもハテナ刑事って呼ばれたらどうすりゃいいんだぁ!

ハテなぁ~~~!!!」

 

裁判所に、刑事の名台詞がこだました。

 

この時の僕は、愉快な気持ちで、この台詞を聞いていた。

 

しかし、のちに僕がこの台詞を吐く日が来ようとは・・・

 

そして、あのような究極の選択を迫られる日が来ようとは・・・

 

この時の僕は知る由もなかった。

 

今思い返せば、あの変死体事件の時・・・

 

あの時に前兆に気づいていれば、あんな事態にはならなかったのかもしれない。

 

第2話 逆転の手術室  完

 


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