逆転正義   作:さんふー

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第3話 見捨てられた逆転(その1 捜査1日目)

8月3日 20:52 検察局 道比木の執務室

 

「…この事件のポイントは、遺体に顔がなかったこと…。

 そう、これは単なる猟奇的殺人などではなかったのです。

 犯人は、ある意図をもって、被害者を殺害後、その首から上を切断した。

 そうでしょう、玄間(くろま)さん?」

 

「な、なんだよっ!? 俺は犯人じゃねぇって!!

 一体、俺に涼子を殺すどんな動機があるっていうんだよ!」

 

「えぇ、あなたに涼子さんを殺す動機はありませんね。」

 

「ほら見ろ!探偵さんだって、認めるんじゃねぇかよ!」

 

「しかし、この遺体は、涼子さんではない。

 彼女の双子の妹、藍子さんなのですよ!」

 

「!?」

 

「涼子さんと藍子さんは、一卵性双生児…見た目もそうですが、それ以外にも多くの部分が類似していたようです。

 例えば、性格、嗜好品、趣味…そして、指紋!!

 藍子さんは、近頃、何もかもが姉と同じであることに煩わしさを感じ、顔の整形手術をしてしまった。

 だから、顔を残せば一発でバレる。しかし、指紋までは変えられない。

 顔さえ切断してしまえば、自分に疑いの目はむけられない。そう思ったのでしょうね?」

 

「くっ…まさか。ばれちまうとはな…」

 

「…あまり、日本の警察を…そして、この徳川家とシャーロック・ホームズの血を継ぐ、下岩 家信(しもいわ いえのぶ)を見くびらない方がいいですよ!」

 

「ひゅー!カッコいいねぇ!イエノブさん!!」

 

そう言ってテレビの前ではしゃいでいるのは、ハテナ刑事だ。

 

今巷で大流行(?)の推理ドラマ『名探偵将軍~下岩家信の事件簿~』とかいう番組だ。

 

僕は真面目に見てないから分からないけど、主人公の探偵が徳川家とシャーロック・ホームズのどちらともの子孫とかいう設定で、

 

途中で時代劇がかった演出があったり、登場人物の名前がやけに古風だったりと、推理ドラマなのか、時代劇なのかよくわからない作品だ。

 

「ちょっと!道比木くんも一緒に見ようよ!」

 

「悪いけど、僕は昨日の裁判の後処理で忙しいんだよ。

 …てか、なんで刑事が僕の執務室のテレビでドラマ観てるのさ?」

 

「え?

 だって、刑事課にはテレビなんてないし…」

 

だったら、家に帰って観たらいいのに…。

 

そもそも、そのテレビは、ドラマのためなんかじゃなくて、重大事件が発生した時に、

すぐにニュースの報道内容を確認できるようにって設置されたものなんだけどな…。

 

だが、ハテナ刑事はそんなことはお構いなしだ。

 

「いやー、僕も刑事になったからには、こういう“顔のない遺体”の事件とか扱ってみたいなぁ!」

 

「そんな不謹慎なこと言うなよ。本当に起きたらどうするのさ?

 ほら、僕ももう帰るから・・・ハテナ刑事も、帰った帰った!!」

 

 

8月4日 6:32 五九十川(ごくどうがわ)河川敷

 

そんなことを言っていたら、本当に起こってしまったから、笑えない。

 

ちょうど1時間くらい前の5:30、僕はケータイの着信音で目を覚ました。

 

ディスプレイに表示された名前は、ハテナ刑事だった。

 

電話に出るや否や、ハテナ刑事の興奮した声が聞こえてきた。

 

「道比木検事! 起こったよ! 

 僕の願い通り起こったよ!!」

 

「え? 起こったって何が???」

 

目覚めたばかりの僕は、まだ頭がはっきりしていなかった。

 

「事件だよ、事件!!

 ・・・“顔のない遺体”の事件だ!」

 

その言葉で、僕の頭は一瞬で覚醒した。

 

「えっ!? まさか・・・」

 

「とにかく来てくれ!

 事件現場は、人情公園の先にある五九十川の河川敷だ。」

 

そう言われて今、その事件現場にたどり着いたところだ。

 

なんか、ここへ来る途中、いかにもなお屋敷があったけど、

 

まさか今回の事件、あの筋の方々が関係なんてしてないよな?

 

「あ! 道比木検事来たね!

 朝早くから呼び出してすまない・・・。」

 

そう言いながら、僕に気付いたハテナ刑事が、向こうから近づいてきた。

 

「いや、それはいいけど。

 ・・・で、遺体っていうのは?」

 

「あぁ、これさ。」

 

刑事は、再び、元の場所に戻り、僕に指し示す。

 

目の前に横たわっていたのは、白いTシャツに、汚れた作業着のズボンといった格好の、男性と思われる遺体だった。

 

そして、その顔は焼けただれて、年齢はおろか、性別もわからないほどの状態になっていた。

 

ハテナ刑事の言うとおり、“顔のない遺体”だ。

 

「これはもしかして・・・」

 

「あぁ、どうやらこのダンボール小屋の延焼に巻き込まれたのが原因らしいね。」

 

そう、遺体のすぐ脇には、燃え尽きて黒焦げになった、段ボール製の小屋があったのだ。

 

「僕が通報を受けて来たときには、まだ遺体はこの小屋の中にあったんだけど、

 それじゃあ、遺体が確認できないから、引きずり出したんだ。

 まぁ、現場写真は撮っておいたから、大丈夫だよ。」

 

さすが、ハテナ刑事だ。 抜かりはない。

 

だが、顔のない遺体はさることながら、僕はその周りの光景にも圧倒されていた。

 

「ところで、ハテナ刑事。

 一体ここは何なんだ? この黒焦げの小屋もそうだけど、やけにダンボール小屋が多いけど・・・」

 

なんと、僕が今いるこの場所は、あたり一面、ダンボール小屋が至るとことに立っていたのだ。

 

「あぁ、そりゃ気になるよね。

 実は・・・」

 

「ここは見捨てられたモンらのたまり場さ。」

 

急に後ろから声をかけられ、反射的に無理向くと、

 

そこには、被害者と同じような格好をした男性が立っていた。

 

「あの・・・あなたは?」

 

「ふっ・・・名乗るほどのモンじゃない。

 ここの住人だ。」

 

「住人・・・?」

 

「ここにいるモンらは、俺も含めてみんな、何かしら問題を抱えて社会からつまはじきにされた不適合者さ。

 仕事もない、金もない、家族もない・・・いわゆる、ホームレスってやつだ。」

 

ホームレス!?

 

・・・なるほど。じゃあ、このたくさんのダンボール小屋は、そういうことだったのか!

 

「・・ったく! ただでさえ、肩身の狭い思いしてんのに、こんな事件が起こっちまうなんて、

 また“アイツ”からガミガミ言われちまうじゃねえかよ!」

 

明らかに不機嫌そうなこの男とこれ以上話を続けると面倒そうだな・・・。

 

そう思った僕は、再び、ハテナ刑事の方へ向き直った。

 

「ところで、刑事・・・この人が通報者なの?」

 

「あぁ、そうだよ。

 佐賀さん、申し訳ないですが、もう一度、検事に通報されたときのことをお話ししてくれませんか?」

 

「はぁ・・・アイツもそうだが、お役所ってのはホント型にはまってて面倒だな。」

 

「すみません。」

 

流れで謝ったが、今来たんだから、しょうがないじゃないか!

 

「・・・俺は佐賀 宋輔(さが そうすけ)(47)。

 さっきも言ったが、ここの住人さ。まぁ、ここにいる理由までは詮索しないでくれや。

 色々あって、仕事が見つかんなくてなぁ・・・。

 ちょうど1時間ちょい前だったと思うが、俺は焦げ臭いにおいがして目が覚めたんだ。

 ・・・で、匂いのする方へ近づいてみたら、この小屋が黒焦げになって、中で人が死んでるって有り様よ。

 面倒ごとには巻き込まれたくないと思ったが、俺が疑われるのも嫌だと思って通報したわけさ。」

 

「なるほど。では、本当についさっき気付いた感じなんですね。」

 

「あぁ、そうさ。

 刑事でも検事でもなんでもいいけどさ、さっさと解決してくれよな。」

 

そう言うと、佐賀と名乗ったその男は、自分から話しかけてきたにもかかわらず、

 

言いたいことだけ言うと、さっさと去って行こうとした。

 

・・・が、それを刑事が止める。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 佐賀さん!

 第一発見者であるあなたには、色々と聞きたいことが・・・」

 

「はぁ、面倒臭いなぁ・・・。

 あのさ、俺も好きでホームレスやってるわけじゃなくてね・・・仕事してちゃんと生活したいのよ。

 そのために仕事を探しに行かないといけないのさ。

 とりあえず、通報はしたんだから、あとはそちらで勝手にやってよ。」

 

「通報だけでなく、捜査に協力することも国民の義務です!」

 

「はぁ・・・また、“コクミンノギム”とか堅いこと言うし・・・」

 

「・・・それに、一緒に生活されていた方が被害者かもしれないのに、気にならないんですか?」

 

「・・・別に、俺らは一緒に生活してるわけじゃない。

 ただ、居場所がないモンらがここに集まっただけさ。」

 

本当にそうだろうか? 今、一瞬言いよどんだような・・・。

 

「見てのとおり、今回の被害者は、小屋が燃やされたせいで、顔も指紋もわからなくなっている。

 何かこの被害者が誰かに関する情報があれば教えてほしいんです。」

 

「・・・そんなこと言われても、刑事さんがわかんないなら、

 俺だってこんなグチャグチャな死体が誰かなんてわからないさ。

 まぁ、言えるとしたら、この燃えた小屋はタエちゃんが使ってたモンってことくらいだな。

 あとは、モンペ-さんかショータくんか、他にいるモンらに聞いてくれよ。

 まぁ、みんな、俺と同じでひねくれ者ばっかだけどさ。」

 

そう言うと、今度こそ、佐賀さんは去って行った。

 

「あの人、なかなかまともに相手はしてくれなそうだね。」

 

「まぁ、あの人自身、別に自分の問題を抱えてるんだ。

 あんまり他人事にかまっている暇は無いんだろうね。

 何とか僕らで、この遺体の正体と、事件の全容を明らかにしよう!」

 

念願かなっての“顔のない遺体”事件のせいか、ハテナ刑事はやけにやる気に満ちて見えた。

 

「・・・でも、どこから手を付けようか?

 遺体の正体?死因?犯人捜し?・・・というか、そもそも事件なんだろうか?」

 

「まぁ、遺体の正体も含めて、遺体の状態は検視官と鑑識の報告を待とう。

 道比木検事に連絡するのと同時に、彼らにも連絡したからもうすぐ到着するはずだよ。」

 

「・・・ということは、とりあえずは、情報集めかな?

 確か、佐賀さんが、何人か人の名前を言っていたね。」

 

「あぁ。確か・・・タエちゃん、モンペ-さん、ショータくん・・・だったかな?」

 

「そうそう! この小屋の主がタエちゃんって人だったよね?

 ・・・ということは、この遺体、もしかして女性!?」

 

「うーん、体格的にはあり得なそうだけど・・・

 まぁ、タエちゃんってのが、女性とも限らないからね。

 ・・・とりあえず、隣の小屋で話を聞いてみよう。 誰かいるみたいだし。」

 

 

6:45 ショータくん(?)の小屋前

 

「すいません。ちょっとお話しいいですか?」

 

「・・・・!?」

 

「あの、隣の小屋の件なんですが・・・」

 

「・・・・!?!?」

 

「何か心当たり・・・」

 

「!!!!!!!!!!!」

 

ドンッ!! ピシャっ!!!

 

おい? 何が起きたんだ???

 

いきなり突き飛ばされた上に、思いっきりダンボール製の扉を閉められたぞ。

 

「ハハハハ・・・そりゃそうなるわ。

 言ったろ? ひねくれ者ばっかだって。」

 

振り返ると、川で水を汲みながら、佐賀さんが笑っていた。

 

仕事探しに行ったんじゃなかったのかよ。

 

「そこは、ショータくんの小屋さ。

 彼は極度の対人恐怖症でね・・・いわゆる、“コミュ症”っていうのかな? それの激しいやつさ。

 それで、社会になじめなくて、30にもなって仕事もないままここにいるわけさ。」

 

さすが、訳ありな人たちが集まるだけあって、いろんな人がいるなぁ・・・。

 

「どれ、俺が呼んできてやるよ。

 おーい、ショータくんや。いるんだろ? 俺だ・・・ソウさんだよ。」

 

ソウさんて(笑)

 

さっきの僕らに対するのとは打って変わった対応に驚いた。

 

「そ・・・ソウさん?

 ほ・・・ほほほ・・・本当に・・・ソウさん???」

 

「あぁ、そうさ、ソウさんさwww」

 

「な・・・なんだ・・・び・・びっくりしたよ・・・。

 今・・・急に・・・へへへ・・変な人が・・・来た・・・ような・・・。」

 

「あぁ、確かに変な人が来たさ。 刑事と検事だとさ。

 ほら、さっき言ったけど、隣のタエちゃんの小屋が燃えちまっただろ?

 あれについて知ってることを話してほしいんだとさ。」

 

「し・・・知ってること???

 うーん・・・あるよう・・・な・・・」

 

「あるんですか! 何でもいいです! 教えてください!!!」

 

「!!!!・・・ひぇぇぇ!!!」

 

「こら、バカ! そんなことしたら、何も話してくれないさ。」

 

「すみません。」

 

勢いあまって、口を出してしまった。

 

てか、僕、なんでこんな短時間で佐賀さんに2回も謝ってるんだろう?

 

「ショータくん、何か知ってるのか?

 面倒そうだけどよ、ここの刑事さんたちが捜査に協力しろ・・・とかで、

 知ってることは教えてほしいんだとさ。」

 

「そ・・・そう・・・なの?

 変な人じゃ・・・ないん・・・だね?」

 

「あぁ、多分な。」

 

多分って言うなよ!

 

だが、佐賀さんの言葉に促されたのか、ダンボール小屋の扉を開けて、男が出てきた。

 

「けけけ・・・刑事さんたち・・・さっきは・・・ごめん・・・なさい。

 ぼぼ・・・くは、古美 将太(こみ しょうた)(30)。

 その・・・あの・・・こんな性格・・・だから、みんなと・・上手く・・・喋れなくて・・・

 仕事も・・・その・・・就けなくて・・・えっと・・・・

 僕は・・・うーんっと・・・・・」

 

佐賀さん以上に、この人と会話するのは面倒そうだな。

 

だが、ハテナ刑事は、僕とは正反対で、満面の笑みで古美さんに対応している。

 

「なるほど、古美さん・・・いや、ショータさんね。

 全然気にしてませんよ! 警察署には、もっと荒っぽい人もたくさん来ますから、慣れてますよ!

 ゆっくりでいいので、知ってることを教えてください!

 ・・・あ、ちなみに僕は、刑事課の義門府 孝志です。 

 ギモンフだから、ハテナ刑事って呼んでいいですよ!」

 

あんなに嫌がってた愛称の“ハテナ刑事”で呼んでいいって・・・

 

是が非でも、古美さんから情報を得たいんだな。

 

「あ、ありがとう・・・ハテナ・・・刑事。

 そ・・・その・・・僕は・・・ひ・・ひひ・・・ひひひ・・・」

 

「ひ? 火のことですか?」

 

「そう!・・・火を・・・誰かが・・・隣の小屋・・・タエさんの小屋・・・に・・つけるのを・・・

 見た・・・ような・・・気がする。」

 

「!!」

 

「それは本当ですか!」

 

「・・・わからない。夢かも・・・しれない。

 でも、真夜中に・・・急に外が明るくなって・・・怖かったけど・・・扉を開けてのぞいたら・・・

 誰かが・・・立っていて・・・小屋が・・・すごく・・・燃えていた。

 僕は・・・すぐに・・扉を閉めて・・・布団をかぶって・・・また寝た。」

 

「なるほど! 確かにこの燃え方は放火の可能性が高い! 

 それは何時ころでした? その人の特徴は何かありましたかね?」

 

「何時・・・だったろう? 僕・・・時計・・・もって・・・ない・・から。

 とにかく、周りは真っ暗・・・だった。

 真っ暗・・・だったから・・・・その人の・・・特徴も・・・わから・・ない。」

 

うーん、イマイチはっきりしない内容だなぁ・・・。

 

僕はいささか不満だったが、ハテナ刑事は満足顔だ。

 

「とりあえず、放火の可能性についての証拠ゲットだね。

 ショータさん、ありがとうございました!

 じゃあ次は・・・」

 

「いや、ちょっと待ってよ、ハテナ刑事!

 この人の話、鵜呑みにしていいの?」

 

「えっ? どういうこと?」

 

「確かに、状況から見たら放火だけどさ、今の古美さんの発言は、

 この小屋の状態見たらだれでも言えることでしょ?

 時間もわからない、放火したと思われる人の特徴もわからないじゃ、信用性が薄いよ。」

 

「ま、まぁ、確かに・・・。」

 

「それに、古美さんの小屋は、燃えた小屋の隣なんだよ。

 古美さんが犯人の可能性も・・・」

 

「おい、バカ! お前!!

 せっかく、ショータくんが勇気を出して話したのに、それはないだろうさ!」

 

すかさず、佐賀さんが割って入って来た。

 

だが、僕もひるまず続ける。

 

「もちろん、可能性に過ぎません。

 でも、この小屋が、燃えた小屋に一番近いんです。

 そもそも被害者が誰かわからないのが問題だけど、古美さんが犯人の可能性は・・・」

 

「いいや、断じてそれはない!!

 だって、ショータくんは、ドリーくんとは面識はなかったんだ。

 殺す動機なんてあるはずがない!!」

 

・・・ん? ドリーくん???

 

「あの、佐賀さん、すいません。

 ドリーくんって誰ですか?」

 

「し、しまったぁ!!」

 

僕には何が「しまったぁ!」なのか分からなかったが、ハテナ刑事はピンと来たようだ。

 

「もしかして、この遺体の正体が、そのドリーくんって人なんじゃないですか?」

 

「え? そうなの!?

 ・・・でも、佐賀さん、さっきは遺体の正体なんてわからないって・・・」

 

「あー、もう。面倒臭いなぁ・・・。

 確かに、さっきはそう言ったさ。実際、確信はないからね。

 だけど、その遺体が着てるTシャツと作業着・・・それはドリーくんが夜間の工事のバイトで使ってる

 モンだ。」

 

「ということは、ほぼ間違いないんですね。」

 

「あぁ、おそらくね。」

 

「よし! これは大きな前進だ!

 正式な決定は検視が終わってからだけど、とりあえずはそのドリーくんが被害者候補だね!」

 

被害者候補が見つかり、刑事は俄然やる気になった。

 

顔のない遺体事件というから身構えたけど、案外簡単に片付きそうだな。

 

「ちなみにそのドリーくんについて、詳しく教えてもらってもいいですか?」

 

「あぁ。・・・確か、本名は、金崎(かねさき) ドリー(28)。

 細かい事情は知らないが、日系の外国人で、出稼ぎで最近日本に来たらしいな。

 ただ、そういうモンらは大勢いるみたいで、定職に就けないからって、ここに居ついたんだったかな。

 まぁ、真面目でいい子だよ。 たまに日本語教えたりしてな・・・。」

 

「なんだ。佐賀さん、やっぱり、ここにいる人のこと気にかけてるんじゃないですか。」

 

「べ・・・別に・・・俺はその・・・に、日本語教えてくれ・・・って言われたから・・・

 その・・・断れなくて・・・・気にかけてるとか・・・そういうんじゃあ・・・・」

 

僕のからかいに、佐賀さんの口調がショータさんのようになったのが可笑しかった。

 

多分、佐賀さんは、不器用なだけなのだ。

 

本当は、今回の事件のことも、ここの住人のこともすごく気になっているのだ。

 

そうでなければ、わざわざ通報したり、面倒だと言いながら事件について話してくれたり、

 

ショータさんを呼んでくれたり、ドリーさんに日本語教えたりなんてしない。

 

そう思うと、さっきとは一転、僕は佐賀さんにすごく好感が持てた。

 

・・・さて、そんな物思いにふけっていた僕の隣で、ハテナ刑事は、しきりに手帳にメモしている。

 

「ふむふむ・・・今のところ分かったのは、

 ①燃えた小屋はタエさんのもの。(佐賀さん証言)

 ②燃えた原因は放火らしい。→犯人は不明。(ショータさん証言)

 ③被害者はドリーさんらしい。(佐賀さん証言)

 ・・・っと。

 うん、意外と情報が集まって来たね!」

 

「でも、被害者がドリーさんだとしたら、なんでタエさんの小屋の中にいたんだろう?

 ・・・というか、タエさんって誰ですか?」

 

「あぁ、タエさんってのは・・・」

 

「・・・チッ!また来やがったか!市役所がぁ!!!」

 

その時、河川敷の入り口の階段あたりから、怒号が聞こえた。

 

一体、何事だ!?

 

 

7:03 河川敷 階段前

 

「『また来やがったか!』とは、何事だ!

 君たちがこの河川敷を不法占拠しているのが悪いのだろう!

 ここは人情公園の一部なのだ。

戸亜留(とある)市民、皆が使う場であって、君らが自由に寝泊りしてよい場所ではないのだ!」

 

「またグダグダと無駄口叩きやがって!

 別に俺たちは、公園の利用者に迷惑かけてるわけじゃねーだろ!

 こんなさびれた河川敷、今時、どこのガキも遊びになんか来やしねーよ!!

 だから、俺たちが使ってるんだろ? 言っとくが、俺たちだって戸亜留市民だぜ?」

 

「無駄口だとぉ? 屁理屈を言っているのはそちらの方ではないか!

 君たちが不法占拠しているから、子供たちは怖がってこの河川敷に近づこうとしないのだ。

 君らがここを立ち退けば、みんなここで遊ぶのだよ。

 ・・・あぁ、昔は、ここで泳いだり、釣りをしたりする人がいるのが日常だったのに・・・」

 

「昔のことなんて知るかよ! 俺らは絶対立ち退かないからな!」

 

河川敷の入り口の階段の方に目をやると、ド派手なシャツを着た長髪のヤクザ風の男と、

 

銀縁眼鏡できっちりセットされた黒髪の男が、対峙して言い争っていた。

 

銀縁眼鏡のほうは、“市役所”と呼ばれていたことから察するに、ここ、戸亜留市の市役所職員だろう。

 

「ふっ・・・まぁ、いいだろう。

 そう意地を張っていられるのも今の内だ。」

 

「はぁ??? どういうことだよ?」

 

「ちょうど昨日の晩、“行政代執行”の許可が下りたのだよ。

 代執行の日時は明後日。

 明後日には、否が応でも、君たちにはここを立ち退いてもらうことになる。

 そのつもりで、覚悟しておくんだな。」

 

そう言うと、市役所職員は、半ば強引に、何かの書面をヤクザ風の男に押し付けて去って行った。

 

「チッ・・・市役所が・・・。」

 

「いやー、モンペ-さん。おはよー・・・そして、お疲れ様!

 こんな早くから来るなんて、市役所はホント何考えてるんだろうね?」

 

「あぁ、ソウさん。おーっす!

 ホント、迷惑なもんだ。おまけに今日はこんなもんまで押し付けて行きやがった。」

 

「なになに・・・ギョーセーダイシッコー???

 なんだか分からんが、またお役所の堅い手続きだろ?

 ・・・んなもんで、俺らが出ていくかって話さ。」

 

「そうだよな!」

 

そう言って、2人は大声で笑いだした。

 

だが、行政代執行となると、そう笑ってもいられない気がするんだけど・・・。

 

「あの・・・楽しそうなところ悪いんですけど、“行政代執行”の意味わかってます?」

 

「なんだよ、検事さん? 深刻そうな顔して。」

 

やっぱり知らなそうだ。

 

「行政代執行っていうのはですね、行政・・・つまり、今回では、市役所が、代わりに執行するってこと

 なので・・・」

 

「なんだ? あの市役所野郎が小便垂れるのか?

 そりゃ、愉快だwww」

 

ヤクザ男がすかさずボケる。

 

「違いますよ!

 代執行っていうのは、あなた達の建てたこの小屋をあなた達が自分で撤去しない限り、市役所が強制的に

 撤去するっていうことです。

 そして、あなたが今手にしているその書面は、代執行の許可証です。

 その許可証がある限り、あなた達は小屋を無理やり撤去されても文句は言えないんです。

 その執行日が明後日ということは、明後日には小屋は全部取り払われ、あなたたちは居場所を失って

 しまうということです。」

 

僕のその言葉を聞いた瞬間、さっきまで笑っていた2人の顔は固まった。

 

そして、すぐに2人の表情は怒りに変わった。

 

「あの野郎ぅ・・・そんなふざけたモン押し付けやがってぇ!!!

 だったら、俺らの居場所を他に用意しろってんだ!!!」

 

「そうだ、そうだ!

 俺も仕事が見つからなくて、どれだけ苦労してるのか、市役所は分からないのさ!

 ・・・って、あんた検事だろ? これ、裁判ものじゃないのか?

 市役所訴えてもいいよな? なぁ、訴えてくれよ!!」

 

いや、僕はそれよりも、目の前の変死体事件を先に起訴しないとなんだけどなぁ・・・。

 

「わ、わかりました。

 それだと多分、民事裁判になるので、あとで友人の弁護士紹介しますね。」

 

これ以上、2人の怒りがヒートアップしてはたまらないと思い、思わずそう言ったが・・・

 

友人の弁護士・・・うん、いるにはいるけど・・・

 

僕と同じで、今年デビューしたばかりだったよな・・・アイツ。

 

「そうか、助かるぜ!」

 

「ありがとよ、検事さん!」

 

予想以上に感謝され、なんか胸が痛い。

 

・・・まぁ、いいや。 とりあえずは変死体事件の捜査のつづきだ。

 

「ところで、そちらの方は・・・?」

 

「あぁ、モンペ-さん?

 ・・・モンペ-さん、この検事さんと刑事さん、タエちゃんの小屋が燃えた事件調べるんだってさ。

 自己紹介くらいしてあげてよ。」

 

「おぅ。 俺は、武市 紋平(むいち もんぺい)(42)だ。

 まぁ、こんな格好してっから、よく誤解されるけど、ヤクザ者じゃねーから安心しな。

 ただ、まっさらないい人間でもねーけどなw

 “ギャンブル依存症”つーかな? パチンコに、競馬、麻雀・・・あらゆる賭け事が好きでよ・・・

 まぁ上手くいくときは大金稼げるんだが、上手くいかねー時の方が多いもんだ。

 稼いだ金を一気に使い果たして、結局借金まみれの生活よw」

 

「なるほど。さっきみたいに門番役してるから、“門兵さん”かと思ったら、

 “紋平”っていうのが名前なんですね。」

 

「ハハッ! 門兵か! 検事さん、なかなか面白れーこと言うじゃねーか!

 確かに、俺の小屋は、階段の真ん前のこの小屋だし、さっきの市役所みたいな邪魔者を

 監視して追い出すことはしてるわなぁ。」

 

そう言いながら、モンペ-さんは、僕の背中をバシバシ叩いてきた。

 

痛い・・・。

 

「・・・で、何だっけ? タエミの小屋が燃えた件だっけ?」

 

「え? タエミ?」

 

「あぁ、そこの燃えた小屋の主の名前だ。

 又原 妙美(またはら たえみ)(36)。

 他の連中は、“タエちゃん”とか“タエさん”とか呼んでるが、アイツはそんなタマじゃねえよ笑

 なにせ、やるだけやられて、男に逃げられたってのに、自分ひとりで産んで育てるとか言って、

 ここへ駆け込んで来たんだ。肝がすわってらぁ。

 なのに、その後・・・」

 

「ちょ、ちょいちょい、モンペ-さんストップ!!

 その辺の事情はあんまり言うなって、いつもタエちゃんに言われれるじゃないのさ。」

 

「おぉ、わりぃな。つい口が滑りそうになっちまった。

 ・・・ところで、ソウさんよ。死体の正体は分かったのかよ?

 まさか、タエミじゃないだろうな?」

 

「いや、まだだね。まぁ、見たところ、女性には見えなかったけど・・・

 その辺は、検事さんたちが・・・」

 

たちまち、モンペ-さんの鋭いまなざしが僕とハテナ刑事にそそがれる。

 

「どうなんだ、検事さんよ?」

 

「すいません。これから調べようと思っていたところで・・・」

 

「ん? そうなのか!

 だったら、俺もいく! ほら、さっさと調べようぜ!」

 

「検視官が到着したら結果がわかる」・・・と言葉を続けようと思ったのだが、

 

モンペ-さんは、僕の言葉を聞き終わる前に、タエさんの小屋の方へ駆けて行ってしまった。

 

振り返ると、ソウさんが苦笑いをしていた。

 

 

7:19 又原妙美の小屋前

 

「おい! 検事さん、どういうことだよっ!」

 

モンペ-さんに追いつくと、僕は彼からいきなり怒鳴られた。

 

コワモテ・・・を明らかに超えたモンペ-さんに怒鳴られると、

 

何の理由がなくても謝りたくなってしまう。

 

「死体がねーじゃねぇか!」

 

言われて初めて気づいたが、なんと、先ほどまで小屋から半分はみ出していた遺体が、

 

影も形もなくなっていた。

 

・・・まさかっ!?

 

次の瞬間、僕の脳裏には最悪の事態が思い浮かんだ。

 

真犯人が証拠隠滅のために、遺体をどこかへ移動させたのか!?

 

僕らがここを離れたのは、せいぜい15分くらいだぞ。

 

しかも、そんなに距離が離れていたわけではなかった。

 

なのに、一体どうやって・・・

 

・・・が、僕の不安は、小屋の裏からぬっと現れた顔で打ち消された。

 

「あっ! 道比木さん! やっぱり来てたんですね!」

 

「君は・・・レイちゃん!

 ・・・ということは、もしや?」

 

「そう。今回も私が、この事件の特別検視官に任命されたんです。」

 

そう言って、彼女は、自慢げに一通の書面を見せた。

 

今回の事件の検視を、目の前の少女、七篠レイに任せる・・・という内容で、警察局長の印が押されている。

 

「まさか、僕の法廷デビューから3回連続で君と会うなんて・・・」

 

「これはもう運命ですね♡・・・なんちゃって笑」

 

満面の笑みでそんなことを言われると、冗談でも照れる。

 

「・・・ところで、七篠さん。遺体はどこだい?

 ここのお兄さんが『死体がない!』ってカンカンなんだけど・・・。」

 

「あぁ、ハテナ刑事。すいません。

 小屋の中だと見づらかったので、こっちの裏に移動させました。」

 

小屋の裏に回ると、さっきと同じ仰向けの体勢で、遺体が横たわっていた。

 

「なんだ、あるじゃねぇか。

 検事さん、怒鳴っちまって悪かったな。」

 

モンペ-さんは素直に謝った。 意外と根はいい人なのかな?

 

「・・・で、お嬢ちゃんよ。この死体は、一体誰なんだ?」

 

「うーん・・・誰かと言われると、正直、それを判断するのが一番難しいですよね。

 私もさっき初めてこの遺体を見て驚きましたけど、顔が完全に焼けただれちゃってるから・・・

 確実に言えることと言ったら、性別は男性ってことくらいですかね。」

 

「なんだよ。それじゃあ、ソウさんの推測と大して変わらねえじゃねぇかよ。」

 

また、モンペ-さんがいらだち始めそうになる。

 

「まぁ、とりあえず、女じゃねぇってことは、タエミの可能性はないわけだな。」

 

「それは確かですね。」

 

なるほど。 やはり、小屋の主であるタエさんは関係ないのか?

 

「七篠さん、何か他に、被害者を特定するための手がかりはないのかな?

 例えば、年齢とか・・・」

 

「年齢・・・ですか。

 体格的に、子供ということはあり得ないですけど、それ以外の判断はやっぱり顔がこう焼けただれていると、

 すぐには判断できないですね。

 例えば、筋肉ムキムキなおじいちゃんもいれば、虚弱体質な小柄のお兄さんもいるし・・・

 今のところは、成人男性ということしか・・・」

 

「んー、そうか。」

 

「もしかして、ハテナ刑事・・・さっきソウさんがいってた、ドリーくんと年齢が合うか確かめようとしたの?」

 

「あぁ、そうだね。

 彼は、28歳ってことだったから、ここでせめて20~30代とか言ってくれたらありがたかったんだけど、

 まぁ、そううまくはいかないね。」

 

「すみません。私が未熟なばかりに・・・。

 ・・・あっ、でも、今すぐには無理なだけで、時間をかければできるかもしれません。

 見たところ、歯はちゃんと残ってるし、DNA検査もすれば、特定は不可能じゃありません。」

 

「あ、そうなのかい?」

 

「えぇ、これでも一応、警察局長・・・ハテナ刑事のお父さんの許可をもらってるんですから、

 結果は出しますよ!(時間はかかるけど)

 死因も含めて判明したら、報告書にまとめてお渡しするので、また後で呼びに行きますね!」

 

「それなら、遺体については、七篠さんに任せよう。

 ・・・じゃあ、僕らは僕らで別の捜査を進めよう。

 モンペ-さん、あなたのお話も詳しく聞きたいので、とりあえず、あなたの小屋へ戻りましょうか。」

 

「お、おう。」

 

 

7:30 武市紋平の小屋

 

小屋の前まで戻ってくると、まだあの男がいた。

 

「あれ? ソウさん、まだいたんですか?」

 

「いや、その・・・よくよく考えたら、今日ハローワーク休みで、仕事探しできないのさ。

 だったら、事件も起きたわけだし、検事さんたちに協力しようかな・・・と思って。」

 

今日は、平日だし、ハローワークは普通にやってると思うけどな。

 

まぁ、捜査に協力してくれるのはとてもありがたいが。

 

「ソウさんもいるならちょうどいい。

 ソウさんとモンペ-さん、お二人ともに色々と確認したいことがあるので、この中でやりましょう。」

 

そう言って、ハテナ刑事は2人をモンペ-さんの小屋の中へ促す。

 

これ、普段は、モンペ-さんが1人で使ってる小屋なのに、大の大人が4人も入って大丈夫か?

 

案の定、小屋の中は身動きが取れないほど狭かった。

 

だが、そんなことはお構いなしに刑事は話を始める。

 

「さて、遺体については今、検視が行われているのでおいておくとして・・・

 お二人には、この河川敷のことについてお聞きしたいのですが・・・」

 

「河川敷のこと?」

 

「えぇ、見たところ、この河川敷には今、この小屋も含めて8つの小屋が建てられていますね。」

 

空気の入れ替えがてら、段ボール小屋の壁にくりぬかれた窓部分から外を見渡すと、

 

確かにこの小屋を含めて8つの小屋が建っていた。

 

河川敷の入り口の階段から五九十川までを結んだ線を中心として、

 

川に向かって、左側にこの小屋も含めて5つ、右側に3つだ。

 

「今、この河川敷で生活されているのは、この小屋の数と同じ・・・

 つまり、8名ということで合っていますか?」

 

「あぁ、そうだな。

 時々、野宿している奴もいるが、常にいるのは、俺らも含めて8人だ。」

 

「8人というと・・・

 ソウさん(佐賀宗輔さん)、モンペ-さん(武市紋平さん)・・・

 燃えた小屋の主のタエさん(又原妙美さん)

 その隣の小屋のショータさん(古美将太さん)

 被害者候補のドリーさん(金崎ドリーさん)

 ・・・あと3人は・・・?」

 

「後の3人は、タローさんと、トリベエさんと、テルさんだな。」

 

「タロー、トリベエ、テル・・・っと。

 ・・・本名と年齢、それから、ここにいる事情なんかも知ってる範囲で教えてもらってもいいですかね?」

 

「タローさんの本名は、伊江出 司太郎(いえで したろう)(52)。

 確か、リストラされたかなんかで、奥さんと離婚しちゃって、仕事も居場所もなくなってここへ来たようなこと を言ってたな。

 トリベエさんはそのままだけど、須里 鳥兵衛(すり とりべえ)(65)。

 最近はしてないみたいだけどね、スリの常習犯らしくって・・・。

 盗み癖が抜けなくて、何度も刑務所を出たり入ったり繰り返していたらしいよ。

 最後にテルさんは、永石 照夫(ながいし てるお)(75)。

 この人は、なぜここに居るのか、正直誰も知らないんだよなぁ・・・。

 おれとタローさんがちょうど同じころに、結構早い時期からここで生活し始めたんだけど、

 その時にはテルさんはもう住み慣れてる感じだったし、ここの一番の長老だね。

 まぁ、実際、最年長だし、本人が話さない限り、誰も聞き出せないのさ。」

 

「なるほど。ソウさん、ありがとうございます。

 ・・・で、その3人と・・・あと、タエさん、ドリーさんは、まだ見かけてないですけど、今はどちらに?」」

 

「それは、モンペ-さんのほうが知ってるんじゃないかな?

 彼のこの小屋は見てのとおり、河川敷の真ん前だからさ。

 割とみんな、出掛ける時とかモンペ-さんに声かけていくよね?」

 

「あぁ、そうだな。

 今、何してるかはわからねぇが、確か・・・

 タエミはいつもの仕事だろ・・・スナックの・・・。

 そんでもって、ドリーは、夜間の工事のバイトだ。

 それぞれ、昨日の夜9時ころに俺に声かけて出てったなぁ。

 あと、トリベエのじいさんは、おれに声はかけなかったが、夜の7時くらいに出てったなぁ。

 最近は夜の散歩だとかいって、しょっちゅう出ていくんだよな。

 タローさんは・・・あっ!そうそう。

 今日こそ、妻とよりを戻すとか言って意気込んで、大荷物抱えて、昨日の夕方頃出てったから、元の家にでも  行ったんじゃねぇのか?

 テルさんは、謎だ。そもそもここ1週間くらい、この河川敷で見てねぇな。」

 

「そのうち帰ってきた人は、いないんですか?」

 

「おれも四六時中、監視員みたいなことやってるわけじゃねぇからな。

 少なくとも、おれが昨日寝た12時の段階、今日、この事件の騒ぎでソウさんに起こされた時点では誰も帰ってき てなかった。

 今いるのは、おれとソウさんとショータだけだ。」

 

「なるほど。・・・となると、女性のタエさんは別として、

 他の4人は皆、被害者の可能性がありますね。」

 

「あれ、そうなのかい?

 ほら、さっき言ったけど、死体が着ていた服、あれはドリーくんの作業着さ。

 だから、ドリーくんが被害者なんじゃあ・・・」

 

「えぇ、その可能性が一番高いです。

 でも、他の4人も帰ってきていない以上、ただ帰ってきていないだけなのか、

 それとも帰ってきたところを殺されたのか、判別ができません。」

 

「確かに。ドリーくんやタエちゃんは夜の仕事だから、

 まぁ、朝になってから帰ってくることもたまにあったけど・・・

 トリベエさんは今まで朝には帰ってきて寝てたよな。

 タローさんだって、今までも、復縁に試みたことはあったけど、すぐに失敗して戻ってきてたし・・・

 テルさんに至っては、1週間も見てないし・・・みんな怪しい!!」

 

「何か彼らが恨まれる原因とかはなかったですかね?」

 

「恨まれるねぇ・・・そんなこといったら、みんな誰かしらから恨まれてんじゃねーの?

 タローさんは、離婚した嫁さんに恨まれて、帰ったところで殺されたかもしれねーし、

 ドリーは、そもそも日本人と上手く付き合えてなかったから、

 工事現場でのトラブルから・・・ってのはあり得る。

 トリベエのじいさんも今までに色んなモン盗んできたんだ。

 散歩の途中で、スリの被害者とばったり・・・なんてこともあるんじゃねーのか?

 テルさんは知らねーけどさ笑

 かく言うおれも、一度、傷害事件起こしちまって牢屋にぶち込まれてる。

 その時の被害者にはいまだに恨まれてるかもな。

 まぁ、ここに居るのはそんな問題者ばっかだ。誰にも恨まれない方がおかしいぜ。」

 

な、なるほど。

 

さっきから、僕は刑事とソウさん、モンペ-さんのやり取りを聞いているだけだが、

 

誰もが被害者としての要件を備えていて、聞けば聞くほど、わからなくなってきた。

 

やはり、残りの4人のうち誰かが帰ってこないことには、結論は出せないのだろうか。

 

そして、最後にとうとう帰ってこなかった者が被害者?

 

でも、それでは日が暮れてしまうかもしれない。

 

一体どうすれば?

 

「・・・が、犯人なら、わかる気がするぜ。」

 

「えっ?」

 

モンペ-さんのこの言葉には、思わず、僕と刑事の声が重なった。

 

「被害者が誰かはわからねぇが、犯人が誰かは分かるといったんだ。」

 

「被害者がわからないのに、犯人は分かるって・・・

 それじゃあ、動機は・・・?」

 

「殺されたのが誰でも、共通の動機を持つ奴がいるんだよ。

 

「それは一体?」

 

「・・・市役所だ。

 さっきも来ただろ? 眼鏡のスーツ男。あいつだよ。」

 

「あぁ、あの人! 名前は確か・・・」

 

先ほどの行政代執行の許可証に氏名が記載されていたのを思い出そうとするが、

 

なんだか変わった名字だったことしか思い出せない。

 

鮫谷 源(さめたに げん)(39)だ。

 地域活性課とかいう部署の人間らしくてな、この街を緑豊かで明るい街に・・・

 とか、口先ではきれいごと並べたてながら、俺らみたいな弱者は、その目標にそぐわないってんで

 排除しようとしていやがんるだ!

 昨日も今日も朝っぱらから来やがってよ!!」

 

「ちょいちょい、モンペ-さん! 

 市役所、またいつ来るかわかんないんだから、悪口はそのへんで止めときな。」

 

「お、おう、すまねぇ。

 ・・・まぁ、あいつは、俺ら個人ではなく、“ホームレス”全般を嫌ってるんだ。

 誰が被害者だろうと動機は成り立つ。

 おれらがいつまでも立ち退かねぇから、実力行使にでたってのも、案外外れてねぇんじゃないのか?」

 

「でも、さっき、その鮫谷さんは、『昨日の夜、代執行の許可が下りた』って言ってましたよね?

 事件が起きたのは、少なくともモンペ-さんが就寝した12時以降のはずだから・・・

 代執行の許可が下りていた以上、彼には犯行の動機は成立しないように思えるんですが・・・」

 

「なるほど。確かにそりゃそうだね。

 ・・・らしいけど、モンペ-さん?」

 

「・・・ッ! ・・・んなこと知らねーよ!

 とにかく、犯人にしろ、犯人じゃないにしろ、アイツが嫌味な奴なことは変わらねえ!」

 

・・・なんか、論点がずれちゃってるケド・・・。

 

「まぁ、ここの住人の人達と関わり合いがあったっていう点では、一度話を聞く必要はあるかもね。

 七篠さんの検視結果はまだ時間がかかりそうだし、一度市役所に行ってみようか、検事?」

 

「そうだね。・・・お二人とも、お話ありがとうございました。」

 

僕と刑事は、2人に別れを告げ、一度、市役所へ向かうことにした。

 

 

8:02 義門府刑事のパトカー内

 

ちょうど通勤ラッシュに重なったためか、市役所に続く幹線道路は混雑していた。

 

綺麗に折り目のついたスーツに、磨き上げられた革靴の集団が、前から後ろから、

 

僕らのパトカーの横を通過していく。

 

今日のスケジュールを確認しているのか、手帳片手に通り過ぎてい黒色のスーツの男性。

 

大事な取引かプレゼンでもあるのか、憂鬱そうな表情でうつむき加減の紺色のスーツの若者。

 

遅刻しそうなのか、全速力で駆け抜けていく黄色のスーツの若い女性。

 

しきりにペコペコと頭を下げながら電話に向かって話しているグレーのスーツの中年の男性は、

朝から何か上司に怒られてしまったのだろうか?

 

皆、自分のことで頭がいっぱいのようで、渋滞で停まっているパトカーになど見向きもしない。

 

しかし、それが希望に満ちたものであれ、不安に満ちたものであれ、今日一日、自分が成すべきこと、

 

成すことを誰かから期待されていることがあるというのは、それだけで幸せなことではないだろうか?

 

先ほどの河川敷の光景を目の当たりにし、僕はそんなことを窓越しに感じていた。

 

「・・・ねぇ、道比木検事!

 ここで僕がパトカーのサイレン鳴らしたら、みんな道を空けてくれるかな?」

 

・・・が、刑事のその一言で、僕の感傷的な雰囲気は台無しになった。

 

「・・・な、何を言ってるんだよ!

 事件現場に向かうわけでもないのに、そんなことしたら、大迷惑だよ!

 ・・・いや、大迷惑というか、交通妨害罪か何かで、僕が君を起訴することになるよ!」

 

「ちぇ! こういう時こそ、警察権力の使い時だと思ったんだけどなぁ・・・。」

 

普段は、頭脳明晰で行動力にも長ける優秀な刑事だからこそ、

 

時々こんな常識はずれなことをいう彼がよくわからない。

 

だからこそ、“ハテナ刑事”なんだろうけど・・・。

 

「まぁ、いいや。じゃあ、代わりにラジオを鳴らすとするよ。

 ちょうど、あの番組も始まる頃だし・・・」

 

刑事がツマミをひねると、軽快な音楽と共にタイトルコールらしきものが流れ始めた。

 

『WAO!ハピネスもーにーっぐ~♪

 皆さんおはようございます!

 さぁ、始まりました。WAO!ハピネスもーにんぐ!

 毎週曜日ごとにDJを日替わりでお送りしているこの番組・・・

 本日月曜日のお相手は、アイドルグループ“second generation”のセンター、

 “おやのん”こと、七光 御弥乃(ななひかり おやの)です!

 どうぞよろしく!

 いよいよ、8月に入り、暑さも厳しくなってきましたね。

 皆さん、水分補給など、こまめに取ること、大事ですよ!

 ・・・さて、さっそく今日のメッセージテーマですが・・・』

 

どうやら、テーマに沿って、リスナーから寄せられた話題を紹介するという、

 

よくあるラジオ番組らしい。

 

リスナーを目覚めさせようという意図なのか、可愛らしい女性の明るい声が続く。

 

「へぇ。ハテナ刑事がラジオ好きだとは知らなかったなぁ・・・

 でも、これまでも何度かパトカーで一緒に移動したことはあったけど、

 ラジオなんて一度もかけたことなかったじゃないか。」

 

「そりゃ、曜日が違ったからだよ。」

 

「えっ? 曜日??」

 

「この番組“WAO!ハピネスもーにんぐ”は、月から金の8:05~10:00に放送されるんだけどね、

 曜日ごとに毎日担当DJが違うのさ。

 僕は、月曜担当の“おやのん”のファンだから、聴くのは月曜だけなんだ。

 正直、番組内容とかはどうでもよくて、朝から“おやのん”の声が聴けるってのがシアワセなんだよ!」

 

「そ、そうなんだ・・・。」

 

興奮気味のハテナ刑事に、僕は少し引いてしまった。

 

・・・というか、刑事がアイドルのファンとは意外だった。

 

もしや、隠れオタク!?

 

「・・・でも、その・・・あやのん??だっけ・・・」

 

「ちがーーーーう!!!

 お・や・の・ん・っ!!!七光 御弥乃(ななひかり おやの)

 道比木検事、まさか知らないの!?」

 

「うん。残念ながら・・・」

 

「くぅぅぅ・・・それ、人生の70%損してるよ!」

 

そこまでか? せめて、人生の半分くらいにしてよ。

 

「おやのんを知らない同世代がいたとは、信じられない!!

 センターの、おやのんこと七光 御弥乃(ななひかり おやの)

 ボケの、ラッキーこと新木 麗奈(あらき れいな)

 ツッコミの、デーモンこと蒼出 萌音(そうで もね)

 この3人から成るアイドルグループ“second generation”!!!

 今、テレビに雑誌に・・・そしてラジオに引っ張りだこの大人気グループだよ?」

 

いや、『大人気グループだよ?』と迫られても、知らないものは知らない。

 

・・・というか、ボケとツッコミ??

 

愛称が、ラッキー・・・は、いいとして、デーモン???

 

本当にアイドルグループなのか?

 

「あっ、今、本当にアイドルグループなのかって疑ったでしょ!」

 

「うっ・・・」

 

「確かに、seconnd generationは一見アイドルグループに見えない。

 ラッキーとデーモンはその恵まれたコメディセンスで漫才やコントをするらしいし、

 おやのんは、演技力を買われてドラマや舞台に多数出演してるからね。

 でも、あくまで彼女らのメインの武器は、その容姿の可憐さと歌唱力とダンス!

 アイドル業の他に才能を持った、まさに、seconnd generation(第2世代)のアイドルなのさ!」

 

「ふーん・・・」

 

今、オーディオから聞こえるこの声の主にそんな才能があるなんてねぇ・・・

 

『・・・Tw○tterの方は、#ワオモニ・・・#ワオモニでメッセージをお送りください!

 リスナーの皆さんのメッセージ、お待ちしておりまーす!』

 

僕も何度か聞いたことのある、ラジオならではの進行口調からは、彼女の特色は分かりそうもなかった。

 

「あー!検事と話してて、今日のメッセージテーマ聞き逃しちゃったじゃないか!

 メッセージをおやのんに読んでコメントしてもらうのが、毎週の楽しみなのに・・・」

 

『・・・それでは、最初の曲に参りましょう!

 1曲目は、目覚めにぴったりのロックなこのナンバー・・・

 ガリュウェーブで“love love guilty”・・・どうぞ!』

 

悔しそうなハテナ刑事の表情と、オーディオから流れ始めたロックミュージックに包まれながら、

 

気づくとパトカーは既に渋滞から抜けていた。

 

市役所はもうすぐだ。

 

まぁ、いい暇つぶしにはなったかな。

 

 

8:35 戸亜留市役所 地域活性課

 

窓口でしばらく待たされた後、中から不機嫌そうな銀縁眼鏡の男が現れた。

 

今朝、ホームレスたちのいる河川敷に現れた男・・・鮫谷 源だ。

 

「はいはい。地域活性課の鮫谷です。

 しかし、こんな早い時間になんです?

 開庁時間は9:00からなんですけどねぇ。」

 

「無理を言ってしまって申し訳ありません。

 私、こういう者でして・・・」

 

すかさず、ハテナ刑事が警察手帳を見せる。

 

「・・・ん?

あぁ! 刑事さんか!

 もしかして、例のホームレスの件で一足先に動いてくれていたとか?

 それだったら、時間外でも大いに結構・・・」

 

急に鮫谷さんの顔に笑みが浮かぶ。

 

「いえ、その件は伺っていますが・・・というか、先ほどあなたが河川敷に来られた際に、

 我々もその場に居合わせたのですが・・・今回訪れたのはその件ではなくてですね。」

 

「!!・・・あぁ、あのとき、ホームレスの傍にいたのはあなた達でしたか!

 そういえば、その目立つ緑色のスーツは記憶に残っていますね。」

 

緑色のスーツとは、僕が今着ているこのスーツのことだろう。

 

正確にはエメラルドグリーンで、若々しく明るい、爽やかな検事を目指そうと思い選んだものだが、

そんなに目立つかな?

 

「しかし、ホームレスの代執行の件でないとしたら、何の件でお越しに?

 私が今扱っているのはその案件だけですが?

 この戸亜留市を住みよい街にするためには、ホームレスの根絶は絶対条件!

 そう思い、他の案件は部下に任せ、私が全権を担い動いているんですよ。」

 

「まぁ、その代執行の件には関係ないかもしれませんが、

 実は、その代執行先である河川敷で変死体が発見されましてね。」

 

「!?・・・なんですと!

 殺人ですか? ・・・くぅ、だから、ホームレスは放置しておいてロクなことはないんだ!」

 

「いえ、まだ殺人と決まったわけでは・・・。

 ただ、現場に住居を構えるホームレスの方の数人に伺ったところ、あなたの名前が挙がったので、

 参考までにお話を伺おうと参った次第でして・・・。」

 

「ふん。どうせアイツでしょう? ムイチとかいう、ヤクザ風の男!

 私がホームレスに立ち退いてもらえないから、しびれを切らして殺した・・・

 おおかたそんな事をあの男が言ったんでしょう?」

 

まさにその通りなので、僕も刑事も少し驚いた。

 

「どうやら、図星らしいですね。

 確かに私は、あのホームレス共を根絶したいと心の底から思っていましたよ。

 だが、そのために奴らを殺すような愚かな真似はしませんよ。

 奴らが私をどう見ているのかは知らないが、私は市役所職員だ。

 正当な手続きを踏んで、奴らを根絶させようとしている。

 刑事さんたちもあの場にいたなら見たでしょう?

 私は、上のハンコをもらった許可証を持って、明後日までの猶予を告知した上で、

 代執行する旨を告げました。

 何ら違法なことはしていない。」

 

確かに、それは僕らが実際目撃した以上間違いない。

 

「そして、奴らに代執行の許可証を渡した以上、奴らが自ら立ち退くか、明後日まで粘るか・・・

 どちらにせよ、明後日には代執行が行使され、あの河川敷からはホームレス共は退去させられる。

 許可証が発行された時点で、私の目的はほぼ達成されています。

 私にホームレスを殺害する動機はないと思いますがね。」

 

「しかし、こんなことをいうのは失礼ですが、

 許可証の発行された時刻によっては、あなたが事件発生時にまだ動機を持ち得た可能性もないとはいいきれないのですが・・・」

 

「ほう。つまり、しびれを切らして私がホームレスを殺害した後に許可証が発行されたと?

 ・・・では、逆に聞きますが、今回の事件、被害者はいつ亡くなったのですか?」

 

「解剖記録がまだ作成中ですので、詳しい死亡推定時刻は特定されていませんが、

 昨夜ずっと河川敷に居た武市さんによれば、彼が就寝した午前0時前には何も起こらなかったと。」

 

「なるほど。

 あのヤクザ男の証言に頼るのは、やや不愉快だが、彼の証言によれば、

 少なくとも被害者が亡くなったのは、午前0時より後になるわけですね。

 ならば、問題はない!

 代執行の許可証が発行されたのは、確実に昨日です。

 許可証には、発行の日付も記載されていますからね。

 ・・・原本がありますから、今見せますよ。」

 

そう言うと、鮫谷さんは一度自分のデスクの方へ行き、書面を手に戻って来た。

 

どうやら、これが代執行の許可証の原本らしい。

 

見せてもらったところ、確かに、昨日の日付の8月3日と記載された上、

 

いかにもお役所といった雰囲気の職印が押されていた。

 

「確かに、この許可証は昨日発行されたもので間違いなさそうですね。

 ・・・ということは、やはり、鮫谷さんには殺害の動機はなしか・・・。」

 

独り言をつぶやきながら、刑事がメモをする。

 

次の質問までに時間がかかりそうなので、今度は僕が質問をする。

 

「ところで、鮫谷さんは、この市役所ではずっとホームレス根絶の業務を行われているのですか?」

 

「・・・勘違いしてほしくないのですが、私の業務は別にホームレスを根絶することではないのです!」

 

「えっ?」

 

「さきほど、地域活性課の鮫谷と申しましたが、

 正式には、地域活性課美緑(みりょく)あるまち推進係、係長の鮫谷です。

 つまり、私の本来の業務は、緑にあふれた美しい魅力ある街を作り上げるために

 様々な企画を立案、実行することなのです!

 断じて、ホームレスの根絶などという次元の低い仕事ではない!

 ・・・だが、しかし!

 いくら素晴らしい美化政策や緑化運動を企画・実行したところで、

 その効果を打ち消すものが存在すると、私の・・・美緑あるまち推進係の目標は達せられない。」

 

「その存在が、ホームレスだったというわけですか?」

 

「えぇ、そうです。

 不法投棄や空き家の放置など、他にもいくつか問題は存在していましたが、

 最後まで解決されなかったのが、あの公園の河川敷のホームレス連中ですよ。

 公園は私たちの政策の柱!

 市内にある主要な公園を美しく保ち、様々な植物で緑を増やすことによって、

 まずは憩いの場から魅力ある街を感じてもらいたいと考えているのです。

 なのに、ホームレスがいたんじゃあ、いくら美化したって人が寄り付かない。」

 

「なるほど。

 それで止む無く、まずはホームレスの根絶・・・ということになったわけですか。」

 

「まぁ、そういうことです。

 しかし、これは本来の業務ではないので、私がひとりで動いているのですよ。

 その代わり、他の企画の立案、実行では、部下たちに頑張ってもらっていますがね。」

 

「ちなみに、ホームレスの根絶にはいつごろから奮闘されているんですか?」

 

「うーん・・・そうですね。

 ホームレスの問題が気になり始めたのは、私が係長に就任してからだから・・・3年前くらいかな。

 最初の頃は、企画の立案と同時並行で処理してて、それでいくらか解決したんだが、

 どうにもあの河川敷のホームレス連中だけは一向に立ち退かなくてね。

 だから、他の業務を部下に任せて、私があそこのホームレスたちの立ち退きに奮闘している

 時期だけでいえば、ここ1年くらいですかね。

 ・・・まぁ、色々あったが、こうやってここに代執行の許可が下りたわけだから、

 これでやっと一段落ですよ。」

 

そういうと、鮫谷さんははじめて、柔らかい表情を見せた。

 

ホームレスの問題に区切りがついたことが、さぞ嬉しいのだろう。

 

まぁ、彼から聞き出せる情報は、とりあえずこんなところかな。

 

「刑事、他にまだ確認することはあるかな?」

 

「いや、とりあえず大丈夫だよ。

 ・・・鮫谷さん、早朝のお忙しい時間帯にありがとうございました。」

 

そう言って、僕たちは市役所をあとにした。

 

 

9:05 河川敷 川岸

 

河川敷に戻ってくると見知らぬ男がいた。

 

白いシャツに短パン姿で、麦わら帽子をかぶった眼鏡の男だ。

 

「もしかして、さっきソウさんたちが言ってた、まだ帰ってきてなかった住人の誰かかな?」

 

「そうかもしれない。とりあえず声をかけてみよう。」

 

近づいてみると、男は川に向かって釣り糸を垂らしているのがわかった。

 

「すいません。僕たち警察なのですが、少しお話聞かせてもらってもいいですか?」

 

ハテナ刑事が男に声をかける。

 

「え・・・えぇ。いいですけど・・・何でしょう??」

 

いきなり声をかけられ、多少戸惑っている様子は見えたが、その声は穏やかだった。

 

30代くらいだろうか?

 

「今朝、この河川敷で変死体が発見されて、今、捜査を行っているんですが、

 少しでも情報を集めようとここの住人の方にお話を伺っているんです。」

 

「・・・へ、変死体!?」

 

「その反応・・・もしや、知らなかったですか?」

 

「え、えぇ。

 今朝は4:00頃に起きて、近くの釣りスポットを転々として、ついさっき、ここへ戻ってきた感じですから・・・」

 

「なるほど。

 一応、名前を伺ってもいいですか?」

 

「はい。スズキです。」

 

「鈴木さんですね。」

 

ハテナ刑事が手帳にメモしながら復唱する。

 

「あっ! 違います!」

 

「えっ??」

 

「その・・・漢字が違います。

 “鈴木”じゃなくて、“須々木”です。

 僕、須々木 誠(すずき まこと)(35)といいます。」

 

「へぇ・・・面白い字を書くんですね。」

 

「まぁ、そうですかね。

 過去には、妹がこの名字のせいで面倒ごとに巻き込まれたとか、逆に助かったとか・・・。」

 

スズキマコト・・・漢字の件はいいとして、ソウさんたちから聞いた住人の名前には出てこなかった人だな。

 

「須々木さんは、ここの住人ではないんですか?」

 

「うーん。住人っていうのは、ホームレスって意味ですか?

 その意味では、僕は住人ではないですね。

 今日みたいに、たまにここにテント貼って寝させてもらうことはあるけど。」

 

見ると、脇にきれいにたたまれたテントが置かれていた。

 

きっとこれのことだろう。

 

「じゃあ、あまりここの方々とは面識はないんですか?」

 

「そうですね。

 最近、この川岸でよく釣れるって聞いて・・・

 川岸のこの場所は誰も使ってないみたいだったんで、早朝に釣りがしたいときとか、

 その前の晩に勝手にテントを張って、過ごさせてもらってただけで・・・。」

 

「釣りがご趣味なんですか?」

 

「えぇ。趣味が転じて、釣具店を開いているくらいですから!

 ・・・先月なんて、大きな鮭と鱒が釣れて、あれは嬉しかったなぁ!!

 結構、抵抗したのを何とか捕まえたもんだから、感動はひとしおでしたよ!」

 

なんだろう。この発言を意味深に感じるのは・・・。

 

「・・・でも、今日は全然釣れないなぁ。

 こんなにいい天気なのに、ついてないなぁ・・・。」

 

そういうと、男は釣り道具を片付け始めた。

 

「あ、ごめんなさい。僕、そろそろ行きますね。

 別のスポットに変えてみます。

 事件のことは、協力できなくてすいません。」

 

「あ、いえいえ。」

 

男が去っていく様子を眺めながら、

 

「こんな時間に、こんな事件現場で釣りとは、呑気な人もいるもんだねぇ。」

 

と、羨ましさと呆れた様子を含んだ表情でハテナ刑事が言った。

 

「ま、まあ、ここ公園だし、事件の起きた小屋からは離れてるし、別にいいんじゃないかな。」

 

「そうだけどさ。ここ魚なんて釣れるのかな?あの人、単に暇つぶししてただけじゃないの?

 まったく、捜査してる側からしたら、無関係な人はいい迷惑なんだよね。」

 

どうやら、ハテナ刑事は、今の須々木という男が関係者として名前が挙がった人物でなかったことで不機嫌なようだ。

 

ハテナ刑事は、時々こういう幼稚な面が垣間見えるから困る。

 

「そうだぜ。ここの川で魚なんか釣れねーよ。」

 

突然後ろから声がして振り向くと、モンペ-さんがいた。

 

「あっちで見てたけど、お前らさっきまで須々木とかいう男と話してただろ?

 あいつ、ここ一週間毎日のように、この川岸で釣り糸垂らしてるけどよ・・・

 ここで魚釣ったところなんか見たことない。というか、ここで釣りしてる奴もあいつ以外見たことねーよ。」

 

「でも、彼はここが有名な釣りスポットだって言ってましたよ。」

 

「ふっ!そんなの嘘だよ。

 あいつはなんか別の目的があってここへ来てるんだ。

 そういや、スズキマコトって名前もどっかで聞き覚えがあるんだよなぁ・・・。」

 

須々木さんは釣りに来てるわけじゃない?

 

じゃあ、何のためにわざわざこのホームレスたちの居住地へ来てるんだ?

 

もう、問題を増やさないでほしいな、モンペ-さん!

 

「あ!それより、市役所はどうだったんだ?

 行ってきたんだろ?」

 

「えぇ、行ってきました。

 でも、やっぱり鮫谷さんには犯行の動機は見当たりませんでしたよ。

 代執行の手続きはおおかた済んでいるし、ここでわざわざ犯行に及ぶメリットはないというか・・・」

 

「動機??・・・んなもん聞いたってそう言うに決まってんだろ。

 大事なのは、事件が起きたときにあいつが何してたのか・・・いわゆる、アリバイってやつだ。」

 

「おれは知ってるぜ。あいつはあの晩、2時過ぎにここへ来た。

 何しろ、この俺が目撃したんだからな。」

 

「えっ!?でもさっきは、12時には寝たって・・・」

 

「そのあたりは後で詳しく説明してやる。

 それより、死体を調べていたお嬢ちゃん、ある程度結果がわかったみたいだぜ。

 呼んできてくれって言われたから、一応今伝えたぜ。」

 

「あ、ありがとうございます。」

 

モンペ-さんの発言も気になるけど、とりあえずレイちゃんのところへ行ってみるか。

 

 

9:20 又原妙美の小屋前

 

事件現場となった妙美さんの小屋の前に戻ると、レイちゃんが得意げな顔で待ち構えていた。

 

「おっ!道比木さん、来ましたね。」

 

「あぁ。モンペ-さんに、検視の結果がある程度わかったって聞いたからね。

 今回はずいぶん早かったね。」

 

確かレイちゃんが検視を始めたのは7:20頃。

 

まだ2時間くらいしかたっていない。

 

「まぁ、私もこれで2回目ですからね!少しは慣れましたよ。

・・・といっても、まだ中間結果報告って感じですけど・・・。」

 

なんだ、そういうことか。

 

まぁ、彼女はまだ現役大学生。あまり期待しすぎちゃいけないよな。

 

レイちゃんはいくつかの資料を僕とハテナ刑事に渡すと説明を始めた。

 

「とりあえず、この資料に基づいて、確実にわかったことから説明しますね。

 まず、死体の情報です。

 男性、成人の死体で、死亡推定時刻は本日8月4日0:00~2:00の間。

 死因については、小屋の延焼の際に生じた一酸化炭素による中毒死と考えられます。

 顔にひどい火傷がありますが、これは死因とは関係ないと判断しました。

 理由は後で説明しますね。

 死亡推定時刻の判断は、犯人による放火行為が直接、被害者の死に繋がっていることから、小屋の燃え残り具合から延焼していた時間を計算して、放火がされたであろう時間=死亡推定時刻と判定したわけです。

 放火行為が死因に繋がっているわけだから、殺害場所もこの小屋内ということで間違いないでしょう。

ここまでが死体の基本情報ですが、いいですか?」

 

「うん、今のところの情報は把握したよ。」

 

ハテナ刑事が手帳にメモをしながら答える。

 

「でも、やっぱり気になるのは死体の正体・・・つまり被害者が誰かってことだよね。

 やっぱり、被害者はまだ特定できてないの?」

 

うん、被害者の正体。それは僕も最も知りたいところだ。

 

「そうですよね。私もそこを一番重点的に調べてみました。

 でも、やはりまだ特定には至っていません。

 顔の火傷がひどすぎて、顔の特徴を捉えることが全くできないんです。

 さっきは、指紋や歯の形状から特定ができるかも・・・と言いましたが、

 指も顔ほどではないですが、焼けただれてしまって指紋は照合が難航中。

 歯は、歯科への通院歴が見当たらず、照合することができませんでした。」

 

「じゃあ、被害者は特定できずに起訴する可能性も考慮に入れて・・・」

 

「そんなことはしません!!・・いや、させませんよっ!道比木さん!!!」

 

「えっ!どうしたの、レイちゃん!?」

 

急に語気を強めたレイちゃんに、僕は面食らってしまった。

 

「そりゃ、直接特定する材料はないかもしれません。

 でも、被害者の衣服だとか、持ち物だとか、情報を集めていけば間接的に特定することはできるはずです。

 道比木さんのやってる裁判だってそうでしょ?

 殺人犯が直接殺した証拠がなくても、被告人のアリバイだとか、凶器を購入した事実だとか、現場付近の防犯カメラの映像だとか、間接証拠を集めて立証していくんでしょ?

 犯人の特定と被害者の特定と何も変わるところはないですよ。」

 

「・・・そ、そうだね。せっかく調べてくれているのに、変なこと言ってごめんなさい。」

 

レイちゃんの言っていることは最もだ。

 

でも、なぜ急に語気を強めたんだろう。

 

「いえ、私こそ生意気なこと言ってごめんなさい。

 ・・・あ、それにまだもう1つ、手に入れた証拠があるんです。」

 

そういってレイちゃんが取り出したのは、凝った鮫の彫刻がついた印鑑だった。

 

その印影はなんと、「鮫谷」となっていた。

 

「レイちゃん、これは・・・」

 

「おそらく市役所の鮫谷さんの印鑑です。被害者のズボンのポケットから出てきました。

 鮫谷なんて名字珍しいし、市役所の鮫谷さんに違いないですよ!

 これで、被害者と鮫谷さんが何らかの形で接触したことは明らかになりましたね。」

 

やはり、鮫谷さんは、この事件にかかわっている。

 

これで彼が犯人だと決まるわけではないが、その可能性が少し強まった。

 

犯人はその線で捜査を進めるとして、あとは被害者の正体だ。

 

レイちゃんの検視では、特定できていないということだったが、被害者の身につけている衣服が金崎ドリーのものということは、やはり彼が被害者なのだろうか?

 

「えぇーーー!!ちょっとヤダ!!何コレェェ!!!」

 

突然、耳に響く高い声が聞こえた。

 

「ちょっと!どうしてアタシの小屋が焦げてんのよ!!

 やったのアンタ? アンタでしょ! そうなんでしょ!!!」

 

いきなり襟元を掴まれ、喚かれ、僕はわけがわからなかった。

 

僕の襟を掴んでいるのは、細身の体系で、綺麗にカールのかかったショートカットの女性だった。

 

そして、若干酒臭い・・・。

 

「Oh, my god!

 コレ、ボクノ、フクダネ。

 コノヒト、シンジャッテルケド、ナンデ、ボクノ、フクキテルノ?」

 

その後ろからは、肌が浅黒く、体格のいい若者が被害者の死体をまじまじ見つめている。

 

見た目は日本人だが、彼が話す日本語は片言だった。

 

あっ!もしかして・・・

 

「どうやら、今帰ったみたいだな。

 おかえり、タエミ・・・ドリー。」

 

今度は、モンペ-さんが顔を出して、2人にそうあいさつした。

 

やっぱりそうだ。

 

この2人が又原妙美と金崎ドリーだ。

 

「2人は今回の事件の被害者じゃなかったんだな。

 いやぁ、よかった。よかった。」

 

モンペ-さんはそういって笑ったが、僕にとっては全然よくない。

 

どうやら、被害者が誰かという件は、振り出しに戻ってしまったようだ。

 

つづく

 

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