ベル君の話をまとめるとこうだ。彼は今までダンジョンの上層で活動していたが(活動初日からお世話になっているアドバイザーさんに言われていた)、今日はいつもより調子がいいと感じて先の階層に進んでしまったらしい。
そうしてしばらく周りのモンスターを倒して回っていたら、突如として雄叫びと共に新たなモンスターが現れ、しかもそのモンスターというのがさらに先の階層じゃないと出現しないというミノタウロスというヤバいヤツだったそうで、慌てて逃げ出したが案の定追い掛け回されてしまい、あわや追い付かれそうになったその時、モンスターの背後から風の様に駆けて来た冒険者がミノタウロスを一撃で倒してしまったのだとか。
その時、ベル君は冒険者に倒されたミノタウロスの血をモロに浴びて血まみれになってしまったそうだ。そんな彼に冒険者の方から大丈夫かと声をかけてきたので、ベル君もまたお礼と共に自己紹介をした。そうすると冒険者の方も名乗ってくれたそうで。その名前がアイズ・ヴァレンシュタイン。
「そして、そのヴァレンシュタインさんというのがロキ・ファミリアに所属しているという凄腕の女性冒険者だったという事でいいのか?」
「はい! アドバイザーのエイナさんにお願いして教えてもらいました。なんとレベルが5で二つ名までもってるそうなんです」
へ~、やっぱり実力はあるんだなあのファミリア。
「ベ、ベベベベベル君!? まさかキミ、そのヴァレン某とかいう女に心奪われちゃったとかじゃないよね!?」
「え? いやいや、そんなんじゃないですよ神様。確かに綺麗な人だなーとは思いましたけど、僕がこの街に来たのは憧れの人達の様な人間を目指すためなんですから。……あ、でもあの強さには確かに心奪われたかも……」
「そ、そんな……。ベル君が他所の女に誑かされてる……!」
「も~、だからそういう意味じゃないですってば~」
崩れ落ちるヘスティアに苦笑するベル君。中々な災難に見舞われたようだが、こうして無事に帰って来てくれて何よりだ。労わるためにも今日の夕飯は張り切って作らないとな。
………
……
…
翌日、俺とベル君は街に出かけていた。今日は互いにバイトと冒険者活動は休みだ。
「リョーマさんと一緒に出掛けるのも久しぶりですね」
「そうだな。この間の休みはヘスティアと一緒に出掛けたんだろ?」
そのヘスティアは今日は朝からバイトだ。自分も一緒に出掛けたいと最後までごねていたが、最後は諦めてトボトボとバイト先へ向かって行った。
「あはは、あの日は色々連れまわされちゃって休みなのに疲れちゃいましたけど」
「そうなのか。なら今日はどこかゆっくり出来る場所へでも―――」
「も、もし、そこの冒険者様……」
少し上擦った声が背後から届く。何事かと振り返れば、そこにはウェイトレスの様な格好をした少女が立っていた。
「僕の事ですか?」
「これを落としましたよ」
そう言って女の子はベル君に石の様なものを差し出した。
「あ、魔石の欠片! うわあ、全然気づかなかった。すみません、ありがとうございました」
「いえ、お気になさらないでください」
柔らかく微笑む女の子。
「わざわざ追いかけて来てくれたのか。ありがとう。俺からも礼を言わせてもらうよ」
「い、いいいいいいいえいえいえいえいえ! 本当に、いや本当に気にしないでください! たまたま! そう、たまたまなんです!」
女の子の優しさに暖かな気持ちになりながら合わせてお礼の言葉をかけた瞬間、女の子の微笑みが一瞬で崩れシュバッ! と効果音が付きそうな速さで俺達から離れた。
「そ、それよりですね。ついでと言っては何ですが宣伝させてください。実は私、そこの酒場で働いているのですが、よければぜひ一度食事にいらしていただければ私としては嬉しいです」
「あ、そうなんですか。そういう事なら拾って貰ったお礼じゃないですけど、お邪魔させてもらいますね」
「はい、お待ちしてますね」
中々いい雰囲気で会話するベル君と女の子。……もしかして彼女、ベル君の事が気になっちゃってるとか? 宣伝するなら俺にもしてもいいと思うけど、頑なにこっち向こうとしないし。……俺、邪魔者じゃん
「リョーマさん、早速今日の夜にでも神様も誘って食べに行きませんか? お金の事なら僕にドドーンと任せてください」
「はは、流石に自分の分は自分で出すよ。そういう事ならヘスティアにバイト終わりに合流するよう伝えておかないとな」
「あ、そうですね。なら今から神様のバイト先に行ってみましょうか。すみません、僕達そろそろ失礼しますね。えっと……」
「私はシル。シル・フローヴァです」
「僕はベル・クラネルです。じゃあシルさん。また夜に会いましょうね」
ペコリと一礼するフローヴァさんと別れ、俺達はヘスティアのバイト先へ向かい歩みを始めた。……え? 俺は名乗らなくていいのかって? 別にいいんじゃね(泣)。
「……………耐えた。よく耐えたわ私」
………
……
…
そして、辺りがうっすらと暗くなってきた時間、俺達はフローヴァさんの働いている酒場の前に到着した。
「ここがシルさんの働いている『豊饒の女主人』ですね」
「すっかり賑わっているようだな」
外からでも中で騒いでいるであろう客達の明るい声が聞こえてくる。
「それにしても、神様残念ですね。まさか今日に限って夜までシフトだなんて」
「間に合えば必ず行くって言っていたし、それまでのんびり待っていればいいさ」
「そうですね。じゃあ行きましょうか」
並んで店内に入ると、複数のウェイトレスが忙しなく動き回っていた。
「あ、ベルさん! 来てくれたんですね」
その中の一人、昼に出会ったフローヴァさんが俺達に気づいた。
「こんばんはシルさん。忙しそうですね」
「ふふ、ここはいつもでこうですよ。早速お席に案内しますね」
カウンター席に案内された俺達は揃って腰を下ろした。そこへカウンターの向こうから一人の女性が身を乗り出して来た。
「アンタ等がシルのお客さんかい。はは、アンタ冒険者のくせにずいぶん可愛らしい顔をしてるねぇ。で、そっちのアンタは……」
ベル君の顔を見て笑う女性だったが、一方で俺の方には値踏みするような目線を向けて来た。
「何か?」
「アンタは……いや、何でもない。中々イイ男だと思っただけさ」
褒められた……のか? なんか歯切れ悪いけど。
「っと、ここにはおしゃべりじゃなく食べに来たんだよね。さあ、そこにメニューがあるからさっさと決めとくれ」
女性の言われるままメニューを手に取る。さてと、せっかくの外食だし、少しばかり贅沢してもバチは当たらないよな。
………
……
…
注文した料理を平らげ、ヘスティアの到着を待っていると、入り口の方がにわかに騒がしくなってきた。思わず目を遣ると、十数人規模の団体が突如として入店してきた。
「おい、アレ……」
「ああ、帰って来たのか。ロキ・ファミリア」
周囲の客の声が耳に届く。あれがロキ・ファミリアの団員達か。
ひそひそと話す客達の視線などものともせずに彼等は俺達の席の対角線上のテーブルに腰掛けた。
「さあて、おっぱじめるかぁ!」
音頭を取った女性に合わせる様に、注文した飲み物の入った器をぶつけあいながら騒ぎ始めるロキ・ファミリア一同。そういえば、ファミリアの宴会にもよく利用されるってさっき聞いたっけ。
「アレがロキ・ファミリアの人達かぁ。なんか遠目に見ても強そうな人達ですね」
ベル君も興味があるのかチラチラと目線を向ける。俺は……別にいいかな。
そのまま騒ぎ立てるロキ・ファミリアを尻目にチマチマと飲み物を飲んでいると、一人の男性が殊更大きな声でしゃべり始めた
「そうだアイズ。せっかくだしあの話を聞かせてやれよ!」
「あの話……?」
……ん? 今男性に聞き返した声、どこかで聞いたような。
「お前が五階層で始末したミノタウロスと、その時いたトマト野郎の話だよ!」
声が大きすぎて嫌でも耳に入って来る。下層からの帰還中に出くわしたミノタウロスの集団から逃がした数匹を追いかけた先で、そのミノタウロスに追いかけられていた新米冒険者を助けたら返り血でその冒険者がトマトの様に真っ赤になったそうだ。
「兎みたいに逃げ回った挙句、全身に血を浴びてポカンとしてたんだぜ? いや、あの時の野郎の間抜け顔は傑作だったぜ!」
テーブルをバンバンと叩く男性につられる様に周りの人間も笑い声をあげる。……いや、まさかと思うけど、今の話に出ていたトマトみたいになった冒険者って。
「あはは、僕の事みたいですね」
うわぁ……最悪だ。マジでベル君の事か。
「逃げ回るだけでロクに反撃もしねえ。最初から戦うつもりもない雑魚ほど目障りなもんはねえ。ったく、なんであんなヒョロガキごときが冒険者やってんだか」
勝てないなら撤退するのは当たり前では? いや、そんなツッコミはどうでもいい。本人に聞かせるような内容じゃないぞ。
「うーん、やっぱりいいお店だと水も美味しいんだなぁ」
思わずベル君の方を向くと、彼はケロッとした顔でお代わりした水を美味しそうに飲んでいた。
「ベル君?」
「なんですかリョーマさん?」
え、ちょ、まさかのノーダメージ!?
「ああ、僕は気にしてませんよ。あの人の言ってる事は正しいですからね。あの人達から見て僕が弱いのは当然ですから」
そう言って、ベル君は残りの水を一気に飲み干すと、器をカウンターに叩き付ける様に置いた。
「『鋼の救世主』の中でだって、強敵を前に逃げたりしてました。けど、それは次に戦う時に必ず勝つためだからです。だから僕も諦めませんよ! 一生懸命ダンジョンで鍛えて、いつかミノタウロスだって倒してみせます!」
ま、眩しい! 眩しすぎるぞこの子! もう主人公じゃないか! ベル君……いや、ベルさんと呼ばせてください!
瞳に中に炎を灯すベル君に心の中で拍手喝采する。いやあ、『鋼の救世主』が世界を飛び越えたと聞いた時はどうなる事かと思ったが、こういう影響ならいい方なんじゃないか?
「……あの」
「美味しいものも食べたし、明日からはもっと気合い入れて頑張るぞぉ!」
「その意気だベル君。俺も今まで以上にサポートするからな」
なんか俺にまで熱が入って来たわ。明日からバイト頑張れそうだ。
「あの」
「はい、心強いです!」
「あの……!」
「「ん?」」
そんな熱い会話を繰り広げている俺達の間に突如として涼やかな声が割り込んできた。ベル君と同時に振り返ると、そこにはなんと冒険者ちゃんが立っていた。
「やっぱり、お兄さんとベルだ」
「キミは……」
「ア、 アイズさん……!?」
アイズ? え? じゃあ冒険者ちゃんがベル君の恩人のアイズ・ヴァレンシュタインさんだったって事!?
「一緒に晩御飯? 二人はどういう関係なの?」
「ぼ、僕とリョーマさんは一緒のファミリアなんです。アイズさんこそどうしたんですか? あっちでファミリアのみなさんとお話してたんじゃ……」
「ベ―トさん達の所為でつまらなくなったから抜けて来た。この間フィンがロキ・ファミリアの品位や名誉を損なう様な言動をしたら例外なく罰するって宣言したのにもう忘れてる」
チラリと目を遣ると、先ほど騒いでいた男性が猿轡をされた上でロープでグルグル巻きにされているのが確認できた。
「だ、大丈夫なんですかあの人。なんか動いてすらいないんですけど」
「なんか番がどうこう言われたから平気で他人を馬鹿にするベ―トさんより直前まで危険な目に遭っていたのにちゃんとお礼を言える人の方がずっといいって答えたらああなった」
俺とベル君の会話の間にそんな事になっていたとは。まあ、静かになったからいいか。
「それよりベル。今、『鋼の救世主』って聞こえたんだけど」
「き、聞かれてたんですね……って、え!? もしかしてアイズさんも読んでるんですか!?」
「愛読書」
Vサインと共に懐から一冊の本を取り出すヴァレンシュタインさん。それに応じるようにベル君も鞄から本を取り出す。
「三巻……いいチョイスだねベル」
「アイズさんこそ。八巻の第四章は僕も大好きです」
本を片手にガッシリと握手を交わす二人。ここで同好の士に出会えるとは思ってもみなかったんだろう。嬉しさが顔に出ている。
「アイズたん、そんなところで何やっとるんやぁ?」
そこへ新たに二人の人物が近づいて来た。一人は先ほど宴会の音頭を取った女性。そしてもう一人はマックールさんだった。
「やあ、久しぶりだね」
相変わらずの紳士スマイルを見せるマックールさん。対照的に怪訝な目を向けてくる女性。
「フィン、何やコイツ?」
「遠征前に話しただろう? 彼はその一人さ。……もしかして、アイズと握手してる彼が」
「ええ。ついでに先ほどそちらの席で会話のネタにされていたのもベル君です」
そう言うと途端に顔色の変わる二人。
「……一度とならず二度までも。穴があったら入りたいとはこの事だな」
「せやな。……ちょい、そこのチビ助」
「はい?」
「ウチはロキ。ロキ・ファミリアの主神や」
「僕はフィン・ディムナ。ロキ・ファミリアで団長をさせてもらっている」
あ、やっぱり偽名だったんだなマックールさん。
「話はこのフィンから聞いとる。ウチの子がエライ迷惑かけたみたいやな」
「ベル・クラネルです。あの時の事はもう気にしてませんから」
「アンタが良くてもこっちが良くないんや。詫びっちゅうわけやないけど、もしアンタが今からでもウチに入りたいっていうんなら試験受けさせたるけど」
マックール……じゃなかった、ディムナさん、本当に話をつけてくれていたみたいだな。
「すみません。せっかく提案していただいてありがたいんですけど。僕、もう別のファミリアに入ってるんです。僕は僕のファミリアで、僕を拾ってくれた神様のために頑張りたいんです」
「そうか。キミがそう決めたのならこれ以上は言わないよ。先ほどのベ―トの暴言も含め、重ね重ね申し訳ない」
「あはは、だからもういいですって。それに、さっきの話を聞いたら余計みなさんのファミリアになんて入れそうにないですから」
「どういう意味や?」
首を傾げるロキ神に、ベル君は合点がいったような顔で続ける。
「僕、まだ冒険者になって一月過ぎなんですけど、あそこにいるみなさんはその頃にはもうミノタウロスを倒してるんでしょ?
つまりベル君は、さっき笑っていた連中は冒険者になって一月でミノタウロスを倒してしまったほどの実力者だから、自分達と比べて逃げだしたベル君を笑っていたのだろうと考えたらしい。
いつの間にかロキ・ファミリアの団員どころか店内中の視線が俺達に向けられていたが、ベル君はそれを気にした様子もなくなおもしゃべり続ける。
「僕、ミノタウロスと対峙した時、情けないですけど凄く怖かったんです。だからろくに特徴とか観察する事が出来なくて、もしよかったら
「い、いや」
「俺は別に……」
「な、なあ?」
気まずそうに目を背ける団員達。……あ、そういえばこの前たまたま聞いたけど、確かそういう情報ってファミリア内でしか共有しないんじゃなかったっけ。
「ベル君、それは他所のファミリアには教えない決まりじゃなかったか?」
「え? あ、そっか! そういった情報とかってファミリア内で共有するもので他のファミリアの人間には教えちゃ駄目だったんですよね。すみません。さっきも言いましたが僕、冒険者になったばかりでそういう事にも疎くて……」
「……くく」
「ロキ?」
いきなり顔を伏せ、肩を震わせ始めたロキ神にディムナさんが声をかけた次の瞬間、彼女は腹を抱えて大笑いを始めた。
「く、くくくく……だーっはっはっは! チビ助、お前おもろいやないか! 見ろやフィン、この純粋な目! コイツ
「……ああ、そういう事か。ふふ、確かに面白いね。なんだか大物になりそうな予感がするよ」
「ええでええで
「「「はあっ!?」」」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「ぶふっ! (まだ信じとるコイツ!)」
深々と頭を下げるベル君。それを見てさらに笑い声をあげるロキ神。どうやら彼女に気に入られたみたいだ。
「じゃじゃーん! ボク、ただいま参上! さーて、ベル君とリョーマ君はどこに……って、何この状況?」
当初の予定では前話のマック―ル(フィン)との会話をカットして、この酒場内で切れたオリ主が糾弾する感じでしたが、そうなるとどうしてもオリ主が目立ってしまうし、そもそもそんなキャラでもないので、変えてみました。