「ただいまー! そしてお待たせベルくーん!」
ニッコニコで帰宅したヘスティアに部屋の奥からベル君が顔を覗かせる。
「お帰りなさい、神様。お待たせって……あ、もしかして」
「ふふーん。そう、これが約束の物さ!」
ドヤ顔と共に机の上に何かを置くヘスティア。それは革の鞘に納められた一本のナイフだった。彼女が抜いてみると、その刀身がキラリと光る。それを眺めるベル君は見惚れたように溜息をもらした。
「今、ボクの貯えで買える最高の素材で作ってもらったナイフだ。もちろん、ズルはしてないよ。ベル君、このナイフがキミの進む道を切り開いていくための助けになればボクは嬉しい」
鞘にナイフを戻したヘスティアは微笑みながらベル君にそれを手渡した。……こういう表情を見ると、正しく彼女が女神さまだって思えるんだよな。
「……ありがとうございます、神様。大切に使わせてもらいます」
「うんうん。そうしてくれたまえ。さて、帰って来たばかりでなんだけど、お腹がペコペコなんだ。今日の晩御飯は何かな?」
「そう言うと思ってもう準備してあるよ」
「さっすがリョーマ君。じゃあお皿でも並べようかな」
「あ、僕も手伝います!」
そうして、今日も三人で揃って仲良く晩御飯を食べるのであった。
………
……
…
その数日後、朝から街は活気に満ちていた。今日は怪物祭りというガネーシャ・ファミリアが主催する祭典が行われる。モンスターを公衆の面前で調教するその催しは、ダンジョンとは縁の無い一般の人達からすれば大興奮のものだそうだ。一見物騒だが、もちろん安全面に関しては万全を期し、過去に行われた祭りでも問題が起った事は皆無なのだとか。
モンスターを一度も見た事が無い俺も、この機会にぜひともお目にかかりたかったのだが、生憎今日はバイトが入っている。まあ、今日みたいな日は稼ぎ時だししょうがないっちゃしょうがないのだが。
今日ばかりはベル君もダンジョンは休み。ヘスティアは数日前から今日は休むとバイト先に伝えていたそうで二人は揃って祭りに出掛けて行った。
「ヘスティア、これを」
出かける直前、俺はヘスティアにこっそりお金の入った袋を渡した。
「リ、リョーマ君、これは?」
「ベル君のナイフでお金を使ったんだろう? ウインドウショッピングだけじゃ詰まらないだろうし、少なくてすまないが楽しんできてくれ」
「え、い、いいのかい!? それは嬉し……ファッ!?」
袋を開けたヘスティアが仰天する。
「いやいやいや! 少ないどころか出店制覇出来そうな額じゃないか! こんなにもらえないよ!」
「これはベル君の為に動いてくれたキミへのお礼でもある。気にせず思い切り使いきってくれ」
「リョーマ君、キミってヤツはぁ……!」
「はは、せっかくの祭りなのに泣いてどうする。ほら、ベル君が待ってるぞ」
「そうだね。ならベル君と一緒にたっぷり楽しんでくるよ。本当に、ありがとうリョーマ君」
大事そうに袋を抱いて出て行くヘスティアを見送り。俺も外出の準備を始める。さて、俺は俺で頑張りますかな。
………
……
…
「……今日はもう店じまいだ」
せっせとじゃが丸くんを売り続けて二時間、唐突に店長がそう告げて来た。
「店長? ですが、むしろこれからが稼ぎ時なのでは」
「生言うな亮の字。おめえらみたいな若ぇのはせいぜい祭りでバカ騒ぎしてりゃいいんだよ」
……どういう事?
「ふふ、カンザキさん。つまりですね、バイトはもういいからお祭りを楽しんできなさいって店長は言いたいんです。それに、店長だって今日はお孫さんと一緒にお祭りを回るって約束してたみたいですし」
「……ふん」
先輩の言葉にそっぽを向く店長。……その耳がちょっと赤くなっていたのは見なかった事にしておこう。
そんなわけで、唐突にバイトが終了してしまった。ちなみに先輩はこれから依然話してくれた昔の仲間のみなさんに会いに行くらしい。そして店長は店じまいすると駆け足で去って行った。……お孫さん大好きなんだろうなぁ。
「さて、どうしようか」
ベル君達と合流……この人の多さじゃ難しいかもな。とはいえ、さっさと帰宅するのも味気ないし。とりあえずブラブラしてみるか。
そう決めて喧騒の中をのんびり歩んでいく。世界が変わっても、こういう賑やかさは変わらないものなんだな。
そんな風に目的も無くふらついていたのだが、しばらくして前方の方がにわかに騒がしくなってきた。何かイベントでもやっているのかと思いきやどうやら違うみたいだ。
「おい、本当なのか?」
「ああ、向こうから逃げて来たヤツに聞いた」
「こっちは大丈夫なのか?」
「すみません、何かあったんですか?」
事情を知っていそうな人がいたので近づいて話を聞いてみる。
「あ、ああ。実はな、ガネーシャ・ファミリアが捕まえていたモンスターが逃げ出したらしいんだ。冒険者が鎮圧の為に動いてるみたいだからその内捕まると思うけど……」
「何か別の問題が?」
「なんでも、白髪の坊主とその連れの女の子がその内の一匹に追われてるらしい」
……その男の子達に心当たりがありすぎるんですが。そうと聞いたらこんな所でジッとしている場合じゃない!
「すみません、ありがとうございました」
「お、おい! だからモンスターはそっちに……!」
男性達の声を背に俺は走る。そうして人目のつかない物陰を見つけた所でそこへ隠れた。
「こうなった以上、躊躇う必要はない」
この世界で出来た大事な物を守るため、俺は使う事は無いと思っていた“力”を解放した。
SIDE OUT
人々の笑顔があふれる祭り会場。それは突如として発生したモンスターの脱走により恐怖と混乱の場と成り果てた。
巨体を銀色の毛で覆うそのモンスターの名前はシルバーバック。彼は立ち並ぶ露店をなぎ倒しながら一組の男女の元へ駆ける。
「神様、下がってください!」
自らの主神を背後にナイフを抜く少年……ベル・クラネルは相対するモンスターの姿と日ごろ世話になっている専属アドバイザーの言葉を重ねていた。
―――これはシルバーバックというモンスター。ベル君が相手をするのはまだまだだいぶ先になるでしょうけど、情報として頭に入れておくのは大切な事よ。
太く、強靭な手足による攻撃は生半可な防具では意味をなさず、レベル2の冒険者とて油断すればあっという間に危機に陥る。そんな凶悪なモンスターを冒険者となってまだ一月半の駆け出しが相手をするのは無謀でしかない。
―――いい? なんども言うけど、冒険者は冒険してはいけないの。そうして無理をして倒れていった人達を、私達は数えきれないくらい見て来たんだから。
(ごめんなさい、エイナさん)
心の中でアドバイザーのエイナへ謝罪したベルは、深呼吸するとナイフを構えなおす。額に汗を滲ませながらも、彼の顔に恐怖や絶望は感じられない。何故なら、自分の背後には守らなければならない大切な人がいるからだ。
(逃げちゃだめだ。そう……逃げちゃだめなんだ)
自らが憧れる英雄達の中にも本当は戦いを望まない人がいた。それでも、“彼”は自分を鼓舞し、敵に立ち向かっていた。
(逃げる事は決して恥ずかしい事じゃない。―――けど今は! 大事な人を守るためには逃げちゃだめなんだ! そうですよね、リョーマさん!)
覚悟を決め、戦う意思を見せるベル。その瞬間、
「~~~~~~~~!」
雄叫びと共に跳躍したモンスターがベルに向かって力任せに右手を振り下ろす。その速度は駆け出し冒険者に反応できるものではなかった。
「ッ!」
しかし、ベルはそれをローリングする事で避ける。そう、ギリギリではあったが確かに回避してみせたのだ。ベルの動きを隠れて見ていた街の住人は驚きに目を見開く。そして、それは彼が守ると決めた彼女も同じだった。
(今のを避けた!? まさか、あのスキルがベル君を……!?)
恩恵を授けたその日、羊皮紙に記されたベルのスキルにヘスティアは思わず奇声をあげてしまった。
『騎士の応援』……倍の経験を得る。
『救世主を目指す者』……戦闘時、意志によりランダムで精神コマンドが発動する。レベルアップごとに発動種類が増加。
まるで意味がわからなかった。『騎士の応援』だけでもとんでもないのに、『救世主を目指す者』に記された精神コマンドなど神である自分でも聞いた事が無い。
結局、誰にも相談できずに今日を向かえてしまったが、ヘスティアはここに来てようやくそのスキルがベルを助けるものだと理解した。
「お返しだ!」
燃え上がる意志と共に反撃として繰り出したナイフによる一閃は回避行動に移ったシルバーバックの左足を掠るだけに終わった。しかし次の瞬間、そこから大量の血が周囲にまき散らされた。
「~~~~~~!?!?!?」
痛みと混乱でのたうち回るシルバーバック。与えるダメージを二倍にする『熱血』と必ず致命傷を与える『闘志』が組み合わされたその一撃は、たとえ薄皮一枚斬りつけるだけしか出来なかっただけでもそれほどの威力を示してみせた。
「ッ! 今だ!」
こちらから視界を外したシルバーバックに向かってベルは駆ける。そして、ヘスティアから授けられた新たな相棒を両手に持ち、相手の胸元へ突き立てた。
「たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
持てる全ての力を込め、ナイフを沈めていく。やがて、何か固いものを砕いた感触を得ると同時に、シルバーバックは断末魔と共にその巨体を地面に沈ませたのだった。
「……た、倒せたのか?」
ふらふらになりながらもナイフを離さないベル。しかし、倒れたシルバーバックが静かに霧散していく様を目にし、緊張から解放された彼はその場にへたり込んだ。
「ベル君!」
駆け寄るヘスティアにベルは喜びと興奮の混ざった笑顔で応えた。
「や、やりましたよ神s……」
「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」
ベルの声は大勢の声によってかき消された。それは、ベルとシルバーバックの戦いを始まりから決着まで見届けた住民達からの称賛の声であった。
「凄かったぞ坊主!」
「カッコよかったわよ~!」
「俺達を守ってくれてありがとなぁ!」
(……そっか。神様だけじゃない。僕、この人達も守る事が出来たんだ)
誰かを守るために戦う。今まで物語の中でしか見られなかったそれを自分が成し遂げた。歓声を浴びる中、ベルは静かにそれを実感するのだった。
はてさて、結局間に会わなかったオリ主はどこで何やってるんですかねぇ。
ちなみに、ベルは戦闘開始時に命中率、回避率を増加する『集中』も発動させています。シルバーバックの攻撃を回避できたのはそのおかげです。意識がクリア云々は発動をそれっぽく表現しただけです。