食堂を出た俺は、織斑先生と共にまず寮の周りをグルっと一周してみる事にした。アザゼル先生の言っていた侵入経路になりそうな場所が無いか調べる為だ。
「この寮は正面以外全てを塀で取り囲んである。忍び込むつもりであれば、まずはそれを乗り越えなければならない」
織斑先生の言う通り、寮と同じ真っ白な塀がずっと伸びている。高さ的には・・・四メートルくらいだろうか。これじゃ普通の人間ならまず侵入出来そうにない。とはいえ、下着ドロの正体が俺達の予想通りならば、この塀も意味が無いだろう。
そんな風に思いながら塀の傍を歩いていると、目線の先に一ヶ所だけ他とは違う所があった。ブルーシートがかけられ、そのシートの周りは近付けない様にする為だろうか、カラーコーンとバーで囲まれていた。
「織斑先生、あそこはどうしたんですか?」
気になったので指差しながら尋ねてみたが、織斑先生は何ともいえない表情で口ごもった。
「あ、ああ、あれはだな・・・」
そんなに答えにくい質問をしてしまったのだろうか。そんな俺の疑問に答えたのは、織斑先生では無く、突然背後から聞こえて来た第三者の声だった。
「素直に答えてやれよ千冬。私が壊したってな」
やや乱暴な感じのするその声に、俺と織斑先生は同時に振り返った。そこには二人の女性の姿があった。その片方のロングヘアーの女性がニヤついている。おそらく今の声はこっちの女性のものだったのだろう。
「オータム先生? それにスコール先生まで。何故ここに?」
「なあに、ウチの娘共にちょっかい出しやがったヤツをぶちのめすって聞いたから見に来たんだよ」
「それで・・・その男の子が今回の助っ人という事でいいのかしら?」
もう一人・・・綺麗な金髪の女性が俺を興味深そうな目で見つめて来た。続いて、ロングヘアーの女性も織斑先生から俺に視線を移す。うーむ、どうも品定めされているような気がしてならないんですけど。
「はっ。こんな顔しか取り柄の無さそうなガキが本当に役に立つのか?」
初対面なのにいきなり毒を吐かれてしまった。見た目アル=ヴァン先生だったから今ので済んだのだろうが、これでもしも生前の姿のままだったらどんだけボロクソに言われてたのか・・・想像しただけで泣きそうになる。
「オータム先生。今のは失礼よ。ごめんなさいね。気分を悪くしたのなら代わりに謝るわ」
「いえ、別に気にしてませんから」
頭を下げようとする金髪女性を止める。そんな俺の態度が不満なのか、ロングヘアーの女性の表情がさらに不機嫌になる。
「ふん、言い返しもしないのか。こんな腰抜け野郎必要無いだろ。さっさと帰らせろよ千冬」
「・・・本当にそう思うか?」
「あん? どういう意味だ?」
織斑先生の含みのある答えに、ロングヘアーの女性が訝し気に聞き返す。
「オータム先生。あなたが男に抱いている感情は理解している。その上で言わせてもらおう。彼を他の男と同じ目で見ない方がいいぞ」
その言葉に反応したのは金髪女性の方だった。
「あら、随分とその子の事が気に入ったのね、織斑先生」
「ええ。何せ、私が忘れて久しかった“寒気”を感じさせてくれましたからね」
織斑先生がそう言うと同時に、二人の表情が驚きに染まった。にしても寒気を感じさせたって・・・ひょっとして、その原因って、さっき食堂で俺が口にしたあのカッコつけたセリフの所為? って事は、やっぱりあの時の目って俺にキレてたの!?
ど、どないしよう。織斑ストリートファイター先生に目をつけられるとかシャレにならないんですけど! 違うんですよ。俺はただ自分に気合を入れる為にああ言っただけで、別にカッコつけるつもりなんて微塵も無かったんですよ!
・・・いや、駄目だ。言いわけしたら余計印象が悪くなってしまう。ここはもう一度、俺の決意が本物だって事を証明しなければ! 幸い、証人はこの二人がいるから心配無いしな。
そう決めて、俺はロングヘアーの女性を正面から見据える。なんか一瞬たじろがれた様な気がしたが、構わず俺は口を開いた。
「あなたの言い分は最もです。本来部外者である俺がここにいる事であなたに不快な思いをさせてしまったのなら謝らせて頂きます」
そこで言葉を切り、俺は頭を下げた。次に頭を上げた時、そこには先程までとは違い、真剣にこちらの言葉に耳を傾けている二人がいた。
「・・・ですが、俺は更識さんに約束したんです。彼女だけじゃない、彼女のお姉さんや布仏さん姉妹。それに篠ノ之さん達にも。彼女の笑顔を、彼女達の平穏を取り戻す為に俺の全力を尽くすと。信じてくださいとは言いません。ですが、どうか俺にその約束を果たす機会を頂けないでしょうか。今ここを立ち去ってしまえば、俺は約束一つも守れない卑怯者になってしまいます」
しゃべりながら、俺は先程の光景・・・震えながらも当時の状況を話してくれた更識さんの姿を思い出す。彼女とは今日が初対面だ。友人でも何でも無い。だけど、何の罪も無い女の子に、それこそトラウマになりそうな恐怖を抱かせた相手を許せるか? しかも、そいつはもしかしたらまたここにやって来る可能性がある。その時、彼女の心はさらに傷付いてしまうかもしれない。いや、もしそいつの歪んだ思いが爆発してしまえば、最悪の場合、心だけでなく体も・・・。
それは、それだけは絶対に防がないといけない。自衛の為にとオカンに貰ったこの体だが、本当に役立たせるのはこういう時なんだと思う。それに、俺は一人では無い。兵藤君もいるし、アザゼル先生だってついている。あの二人がいてくれれば、絶対に上手くいくはずだ!
「彼女達を守る。・・・それが俺の“誓い”です」
偽りの無い正直な思いを全て伝える。応えは無い。織斑先生も、二人の女性も、何も言わず俺を見つめ続けている。かなりのプレッシャーだが、ここで目を逸らせばその瞬間俺は叩き出されるだろう。なので、腹に力を込めてそれらを受け止める。
「・・・あなたの負けね、オータム先生」
沈黙を破ったのは金髪女性だった。彼女はロングヘアーの女性の肩に手を乗せ、諭すような口調で語りかけた。
「あなたも感じたでしょう。今の言葉に込められた彼の思いを。あの織斑先生をして寒気を感じさせる実力に、あの子達を真剣に思ってくれる優しくて強い心。・・・これでも彼を疑うのかしら?」
「・・・認めねえ」
そう言って、ロングヘアーの女性は俺に背を向けて歩き始めた。
「オータム先生・・・!」
金髪女性が呼び止めると、ロングヘアーの女性は振り返りこそしなかったが、立ち止まった。そして、その状態のまま、口を開いた。
「アタシは口先だけのヤツは嫌いだ。認めて欲しいのなら結果を出せ。お前が口にした“誓い”とやらを果たしたのなら・・・その時はアタシもお前を認めてやる」
これ以上言う事は無いとばかりに、ロングヘアーの女性は足早に寮に入口の方へ去って行った。
「もう、素直じゃないんだから」
その後ろ姿を見送る金髪女性。と思ったら、俺の方へ向き直り、微笑んだ。
「気にしないでちょうだいね。今のはあなたへの応援の言葉だから。彼女、ちょっとツンデレの気があるのよね」
ツンデレじゃなくてツンドラじゃないですか? とても応援の言葉とは思えなかったんですけど。
「ところで、聞くタイミングが無かったから今さらなんだけど、あなたのお名前は?」
「神崎亮真です」
「神崎君ね。うん、覚えたわ。私はスコール。さっきいなくなっちゃったのがオータム。私達も織斑先生と同じく、弓弦女学園の教師よ」
先生かぁ。・・・正直、スコール先生は教師より女優とかの方が似合ってる気がする。
「それにしても・・・ふふ、織斑先生じゃないけど、私もあなたに事が気に入っちゃったかも。もしもあなたが今回の事件を解決してくれたら、その時は私からもご褒美をあげようかしら」
わざとらしく胸を寄せるスコール先生。正直、野郎には目の毒です。この場に兵藤君とアザゼル先生がいたらえらい騒ぎになっていただろうな。
「スコール先生。教師が学生を誘惑しないでください」
頭に手を当てながら織斑先生が至極真っ当な事を口にするが、対するスコール先生はどこ吹く風とばかりに聞き流していた。
「それじゃ、私もそろそろ行くわね。今頃拗ねちゃってるだろうし、構ってあげないと」
誰の事を言っているのかわからないが、とにかくそう言い残し、スコール先生も去って行った。
「やれやれ、結局何をしに来たんだあの二人は・・・」
それは俺が聞きたいですよ織斑先生。まあ、とにかく見周りを再開しようか。
「織斑先生、それでは行きましょう」
「そうだな。・・・だが、その前に。そこに隠れている者、五秒以内に出て来なければしかるべき方法をとらせてもらう。五・・・」
カウントを始めたとほぼ同時のタイミングで、物陰から何かが飛び出して来た。
「はいはいはい! 出ます! 超出ます! なのでお仕置きは勘弁してください!」
ペンと手帳を持った少女・・・それが飛び出して来たものの正体だった。首には大きなカメラをぶら下げている。
「お前は・・・三年の黛だな」
「はい! 三年生、写真部副部長の黛薫子でっす!」
「教師の話を盗み聞きとは、いい度胸じゃないか。一度部室にお邪魔して他の部員達も含めてじっくり話し合う必要がありそうだな。神崎君達が今日ここに来る事がどうして広まったのかも含めて」
「わ、我々は権力には屈し・・・はい、すみません。どうかお許しください。あの狭い部室で先生とお話とか一年生の子達の心が持ちません」
惚れ惚れするほど綺麗な土下座をする黛さんに、織斑先生が呆れた様子で大きな溜息を吐いた。どんだけ恐れられてるんだこの人・・・。
「それで、実際いつから聞いていた?」
「ええっと、オータム先生が織斑先生に声をかけた所から」
ほぼ最初じゃん!
「本当なら、そのままみなさんも巻き込んで突撃インタビューしようと思ったんですけど、なんかシリアスな空気になっちゃったから出るタイミングを逃しちゃって」
「それで、隠れて様子を窺っていたと?」
「ええ。結果的には良かったですけどね。そちらの彼、神崎さんの“誓い”が果たされるかどうか、私も見届けたいと思います」
やっぱりそこもバッチリ聞かれてたのか。まあ、彼女一人くらいに聞かれても別に気にする事は無いか。
(一字一句、しっかり記録させてもらいましたから。今回の事件の事と一緒にして、次の校内新聞に載せちゃいますね。ふふ、他校とはいえ、弓弦女学園初の男子の特集・・・きっと売れるわ!)
無言のままコロコロ表情を変える黛さん。一体何を企んでいるのだろう。俺の騎士(笑)としての勘がざわつくが、(笑)の付く勘なんて当てになるわけないし、まあ、心配しなくてもいいよな。
「それでは、私は後ろからお二人の後をついて行きますので、気にせずどうぞ」
いや、どうぞと言われても・・・。
「・・・いいだろう。寮まで追い返す時間も惜しい。邪魔さえしなければ私は何も言わない」
「ありがとうございまーす!」
結局、この時約束した通り、見周りを終えて食堂まで戻るまでの間、黛さんは一言も口を開く事無く、ただ俺達の後ろをついて来るのだった。
おっかしいなあ。番外編は本編以上にはっちゃけるつもりだったのに、なんか中途半端にシリアスになってしまった。