二
それは、活人師”藤波ナツメ”が犬の獣人を一人仕留めた時とそう変わらない時間帯であった。
生活安全局の中務キリノは同僚の合歓垣フブキと共にシラトリ三丁目に出張っていた。
つい十分程前、一台の軽自動車が操縦を誤って電柱に突っ込んだので現場付近の交通整理をする為にわざわざヴァルキューレ警察学校から出動したのである。
「ほい、避けて通って~」
いつもの事ではあるがフブキはやる気が無さそうに交通整理をしている。
シラトリの三丁目と言えば小洒落た店が多く立ち並ぶのでキヴォトスの学生達が挙ってやって来る流行の最先端、若者の街とでも言うべき場所である。
しかしながらこの街から先程ナツメが出向いた歓楽街までの一円が土地の顔役で活人師の元締でもある四十過ぎの猫の獣人"白鳥の宇兵衛”という裏社会の大物の縄張りだと言う事は一般市民はあまり知らない。
白鳥の宇兵衛の他にもブラックマーケットや歓楽街を束ねるやくざ者は五、六人居る訳だが、その中でも宇兵衛という男は筋の通った人物として知られており、縄張り内で店を営む者達からの評判も良い。
何しろ不良や何処からか流れて来た輩が店の前などで暴れ出せば忽ち宇兵衛の子分がやって来て、それこそ命懸けで追い払ってくれるからである。
これは近頃のやくざ者達の中では珍しい事と言えよう。
さて、ここで白鳥の宇兵衛なる顔役の話をしたのは何故かと言えば、キリノ達が交通整理をしている所へその子分二人が慌てた様子で矢のように飛び込んで来たからだ。
「ああヴァルキューレの皆様方、ちょいとすみません!」
仮にも血生臭い裏社会の人間がこのように慌てるというのは尋常ならざる事態であると、平和ボケしているなどと警察学校内でも揶揄される生活安全局のキリノ達でも分かった。
「何かありましたか!」
「へえ、それが白鳥川の河川敷に仏様が流れ着いていらっしゃるんで・・・」
「それも頸動脈を刎ね切って身包み剥がされているんでございますよ。」
「それはまた惨い・・・兎に角案内をお願いします!」
現場に到着した生活安全局の増援に交通整理を託してキリノ達は白鳥川の河川敷へと向かう。
本来事件調査は生活安全局の仕事では無いが、然るべき部署への引継ぎの前に現場の保全に努めるのは警察官としての本分である。
現場に到着してみると、確かにその仏様は河川敷に横たわっていた。
今度は獣人で無く本物の生徒、頭部に黒い角がある白髪の生徒が身を包むものの一つも無い状態で亡くなっていたのである。
首にはざっくりと刃物で傷つけられた跡が残っていて、それは無惨な最期を遂げたのだとはっきり分かった。
「うげっ・・・」
フブキが目を背ける。
キリノも思わず目を背けたくなったが、そこは連邦捜査部出入りの警察官だけあって何とか堪え、ヴァルキューレ警察学校に連絡を入れた。
「こちら生活安全局、白鳥川河川敷で所属不明生徒の遺体を発見、至急応援願います!」
さて、犬の獣人熊五郎を仕留めた藤波ナツメは機嫌が悪かった。
折角楽しみの夜食がキリノの連絡でそれどころでは無くなり、帰って早々白鳥川河川敷に行く羽目となったからである。
(ちぇっ・・・一晩に二回も見る羽目になるとは思わなかった。)
見慣れているとは言え、死体など見ていて気分の良い物では無い。
それも同年代の生徒の物なら尚更である。
現場に駆け付けたナツメは生活安全局から仕事を引き継ぎ、真っ先に亡骸を改めた。
「第一発見者はそちらの?」
「もしかせずとも藤波先生でございましょう。お初にお目にかかります、あっしは白鳥の・・・」
「口上などは後回し。それよりも犯人を見ただとか誰か遺体に触れた奴がいるとかそういう事は無かったか・・・」
「何しろ見つけた時には既にこの場所で仏様になっていなすったんで・・・あっしがヴァルキューレを呼びに行っている間、子分に見張らせておきましたが何も起こらなかったと。」
「ふむ・・・首の傷から見て犯人は中々刃物の扱いが上手いらしい。しかも鶏や豚を捌くのと人間は訳が違う、表稼業の人間には務まらないだろうと思えるが果たして・・・」
ナツメが見た限りの情報を元に組み立てた事を呟いていると、騒ぎを聞きつけて集まって来た野次馬の中から一人の少女が転がり出て来て、死体を目にすると叫んだ。
「お姉ちゃん!」
その一言を聞き、野次馬やヴァルキューレの面々、土地のやくざ者達も一斉に少女の方を見た。
ナツメは少女の側に近づいて詳しい話を聞き出そうとするが、あまりのショックからか膝を折って倒れてしまう。
「あっ、おいしっかり!誰かヴァルキューレまで運ぶから手を貸してくれ!」
気を失った少女はヴァルキューレ警備局の面々が乗って来た車の後部座席に寝かされる。
「藤波さんはどうします?一旦ヴァルキューレまで戻りますか?」
警備局の生徒がそう聞いてきたが、ナツメは首を横に振る。
「後部座席が使えないんじゃ私の乗る場所も無いし、調べたい事もあるから先に行っておいて。」
ナツメの言葉を聞いて警備局の生徒達は現場にナツメを入れた三名を残して一旦撤収した。
「私は少し白鳥の子分達から聞きたい事がある。後でヴァルキューレに直接戻るから遺体を運び出す手筈をしておいて。」
後輩の警備局員二名に指示を飛ばすと、ナツメは白鳥の宇兵衛の子分達に近づいてこう言った。
「元締に用が出来たからすぐに案内を頼む。」