三
白鳥の宇兵衛が根城としているのは白鳥三丁目の奥まった所にある料理屋であった。
先代宇兵衛の頃に建て替えたものだがそれでも築五十年以上は経っている。
子分達に連れられて藤波ナツメはこの料理屋の離れに通され、五分もしない内に茶色の毛並みをした猫の獣人が入って来る。
「これは藤波先生。ようこそお越し下さいました。」
裏社会の大物というのでどのような厳めしい顔付きの猫が出て来るかと思えば、実物は穏やかな表情の好々爺であった。
ナツメは既に何度も会って慣れているので驚きもしない。
「元締、犬の熊五郎は仕留めた。今晩中か明日の朝には亡骸が見つかる筈だ。」
「それはようございました。これは後金の五十万で・・・」
「おっと、これからヴァルキューレに戻るからこんな大金持ち歩けない。口座にでも入れておいてくれれば。」
宇兵衛がその言葉を聞いて頷くと手をぽん、ぽんと叩いて先程の若い衆を呼び出すと何やら指図をして下がらせた。
「ところで、お越しになった理由は後金の受け取りだけではありますまい。」
「元締。頸動脈を刎ね切って身包みを剥がす手口の奴に心当たりは無いか。」
そうナツメが切り出したところ、この宇兵衛という男の目にきらりと鋭い光が疾った。
「藤波の先生、そりゃあ鎌鼬という奴の仕業ですよ。」
「それは活人師か?」
「とんでもない。小さい頃にさんざ虐め抜かれた母親が白髪でしてね、それを恨みに思ってこの世の毛が白い奴は人も獣人も畜生に至るまで根絶やしにしてやろうという鬼みたいな輩ですよ。」
「中々に詳しいなぁ。」
「昔ゲヘナの方の顔役からその道の義理で預かって一本立ちの活人師にしようと思ったのですがね、
「なら私と同じような生い立ちの女という訳か・・・」
藤波ナツメもまた、生みの母が病死した後やって来た義母に虐められた過去がある。
その義母というのは父親の前では愛想良くしていたが、父親が仕事に行くと早速別の男を連れ込み、ナツメの為に生みの母が遺した財産まで食い潰した上で暴力を振るうのである。
それを耐えに耐えて中学三年の夏、元々鍼灸師だった生みの母の遺品の針で心臓を一突きにして命を奪ったのがナツメがこの稼業へ足を踏み入れるきっかけと言えるのだ。
「それにしても藤波先生はきっぱり過去にけりをつけていなさる。」
「偶々機会が回って来たというだけで、私も一歩間違えれば鎌鼬になっていたかも知れぬよ。」
そう言ってクスクスと笑うナツメを見て宇兵衛が何やら思いついたような顔になった。
「今回の件は活人師としてけりをお付けなさるんで?」
「いや、一度殺しをしたらそこから少なくとも一月は血を見る事はしないのが藤波ナツメだ、それに妹と名乗る者をヴァルキューレが保護した以上表稼業の方でけりをつける事になる。」
「それならば今の所はこの白鳥の宇兵衛も黙って見守る事に致しましょう。」
白鳥の宇兵衛の料理屋を退出したナツメがヴァルキューレ警察学校に戻った時には既に少女は目を覚ましていた。
「藤波さん、あの子は名前を彦沢ミナミさんと言って、実のお姉さんを探しにわざわざゲヘナから出ていらしたそうですが。」
「ほう、わざわざゲヘナから・・・するとその姉というのは行方不明になっていたと?」
「三月前に家出したお姉さんから"今白鳥三丁目の歓楽街に居る、一目会いたい"と連絡があって出て来たそうですが。」
「それでシラトリ区まで出て来たが姉は居らず、不思議に思っていると姉は川で・・・という経緯なのだろう。」
「ミナミさんと面会しますか?」
「本人の口から改めて情報を聞き出す必要がありそうだからな・・・」
その彦沢ミナミなる生徒は警察学校内の仮眠室のベッドに寝かされたいたらしいが、今は起きてベッドに座っていた。
ナツメが仮眠室に入るとミナミはナツメの顔を見た。
「今回の事件を担当するヴァルキューレ警備局の藤波ナツメです。」
「えっと・・・彦沢ミナミです・・・」
挨拶を交わした途端にミナミはナツメの手をぎゅっ、と握り締めた。
「お姉ちゃんの仇を取って下さるんですねっ!」
「一緒に仇討ちと洒落込みましょうか。ただ、その為にはミナミさんが知っているお姉さんの情報を全て喋ってくれないと困りますよ。」
「と言っても、お姉ちゃんは私に行先も何をしてるかも特に伝えなかったので・・・」
「でも連絡は来たんでしょう。」
「なので不審な点と言えばそれくらいなんです!滅多に連絡なんて寄越さないお姉ちゃんがわざわざ私に会いたいなんて送って来る事自体がおかしいと思って・・・!」
「これは足で稼ぐより他に仕方が無いか・・・」
白鳥三丁目の歓楽街に居ると連絡を寄越したのならば、白鳥三丁目のやくざ者から一般住民に至るまで聞き込みをしない事には始まらない。
それにミナミの姉の命を奪ったのが宇兵衛元締の言うように凶賊鎌鼬なのだとしたら、鎌鼬と何処で接点が出来たのかを調べなければならないだろう。
幾ら白髪の人間を嫌い抜いているとしても、仮にも裏社会で生きる人間が一銭の得にもならない殺しをしてのけるとは思えないとナツメは見ていた。
既に時刻は深夜の三時近かったので、朝を待ってミナミと一緒に白鳥三丁目に戻って行ったのである。