四
朝の八時頃、ヴァルキューレ警備局の生徒として藤波ナツメは白鳥三丁目に立った。
その傍らには昨夜実の姉の遺体と対面したばかりの少女、彦沢ミナミがいる。
本来ならば事件関係者を連れ回して調査するといった事は行わないが事態が事態であって、足取りを追う手掛かりはこの少女が伝えられた"白鳥三丁目の歓楽街に居る"という情報だけである。
しかも身包み剥がされていたので服装の特徴なども無く、顔の特徴を元に虱潰しに探すより他に方法が無い。
「まずは手頃な喫茶店から・・・」
とナツメが何の気無しに入った店が思わぬ当たり籤であった。
ミナミが姉と撮った写真を見せると忽ち店主が
「ああ、その人は確か昨日の晩河川敷で・・・」
「顔を見知っているのですか?」
「はぁ、何しろ三日前の昼過ぎに店にいらっしゃいましてね。暫くお一人で窓際の席に座って珈琲を飲みながら誰かを待っているような感じでしたよ。」
「その誰かというのは。」
「小一時間もすると電話が掛かって来たらしく、電話口で何やら二言、三言話して飛び出して行ってしまいましたよ。誰かっていうのは分からないんですがね。」
「断片的でもその話の内容とかって分かったりしませんか?」
ナツメが試しに聞いてみると、店主は腕組みをして悩みつつもあっ、と思い出したように言う。
「そう言えば"お勤め"がどうとか言ってましたけども・・・」
その言葉を聞いた瞬間にナツメはにやりと笑った。
このお勤めという一言が捜索範囲を絞り込む事に大いに貢献したのである。
「成程・・・分かりました、ご協力ありがとうございます。」
喫茶店から出たナツメはミナミに向き直る。
「さて、ミナミさん。何となくですがお姉さんの足取りが掴めてきましたよ。」
「と言うと・・・やっぱりさっきのお勤めがキーワードなんですか!?」
「お勤め、というのは一見ただ働く事を指しているように思えるが、その実裏社会では"盗みに入る事"を指す隠語・・・つまりまだ確定した訳では無いし妹の貴方の前でこのような事を言うのは申し訳なくもあるが、お姉さんは何かしらの窃盗事件に関与している可能性が・・・」
「そんな・・・私の前ではそんな素振りほんの少しも見せなかったのに。」
「ミナミさんの前では優しいお姉さんだったのでしょうね。」
「はい、それはもう・・・まさか優しい姉を演じながら裏では盗みをしていたなんて。」
「人間誰しも善い事をしながら悪い事をし、悪い事をしながら善い事をして生きているものですよ。ですからどちらがお姉さんの本性という事では無くて、両方本当のミナミさんのお姉さんの姿で間違い無いと思いますが。」
「じゃあ優しい姉は演技では無いと?」
「私はそう決め込んでいます。まあまだお勤めという言葉を発したというだけで盗みに入っているとは決まっていないですが。」
「なら、私は自分の見て来たお姉ちゃんを信じます。お姉ちゃんは確かに家出はするわゲヘナ生の例に漏れず小競り合いはしょっちゅう起こすわで善良な生徒とは言えない人でしたけど、殺されるような大それた事は絶対しないんです。」
ナツメはミナミと共に白鳥三丁目の奥の方へと進んで行く。
これから土地のやくざ共を回って聞き込みをするのだが、何しろ危ない所であるのでミナミをヴァルキューレまで帰してから行こうと思ったが、姉が命を絶たれた真相を知って仇を取るまでは意地でも帰らないという意志を表情に出してナツメを見据えているので帰すに帰せなかったのだ。
「いいですかミナミさん。側を離れないで下さいね・・・ここは安全とは程遠い場所ですから。」
こくり、と頷いたミナミをちらと見やってナツメは白鳥の宇兵衛の料理屋に程近い所に居る宇兵衛の配下と思しきやくざ者に声を掛けた。
「ちょっといいか。」
「ああ、藤波の先生じゃございませんか。あっしにどんなご用で?」
「昨日河川敷に流れ着いた仏様があったろう、どうやら何処ぞの盗人共とつるんでいたらしいのだが何か知らないか?」
ナツメが急に伝法な口調で話し始めたのでミナミは少し驚いたような顔をした。
「あいつとは何度か一膳飯屋で話した事がありましたがね、何処に厄介になっているかまでは・・・ただ十六、七のくせして酒は人一倍飲むんでごぜえますが、酔った勢いで"図面を売っている"といった話を漏らしたんで・・・」
「図面・・・というと店や屋敷の構造を記したあれか。」
「へえ、これはあっしの勘なんですがね、藤波の先生聞いておくんなさいよ。当たりをつけた店に下働きとして入り込んで図面を作ったものを何処ぞの盗人に売っていたんじゃございませんかね。宿無しにしては羽振りが良かったもので。」
昔から裏社会では店や金持ちの屋敷に下働きとして入り込み、そこの図面を仕上げて盗賊に売る者達がいた。
少人数の盗賊などは特にこれを重宝した。
金庫や土蔵までの最短経路が分かれば無駄な手間を掛けずに済むからである。
「ありがとうよ。これはまあほんの気持ちだ、受け取っておきな。」
ナツメはこころづけとして一万円札を二、三枚取り出してこのやくざ者に握らせた。
「あっ、こいつはいけねえ。元締からは藤波の先生からこころづけを頂いちゃいけないと耳にたこが出来る程言われてんだ。」
「お前が喋らなきゃ気付かれはしないよ。」
「へへ・・・ありがてえありがてえ。」
その刹那であった。
背後からふらりと近寄って来た少女がこのやくざ者の首を刎ね切ったのである。