六
「事件が公安局預かりになるとは一体どういう事ですか!」
気絶させた卍党の生徒を二人連行してヴァルキューレまで戻って来た藤波ナツメは、警備局長から聞かされた事実を了承出来ずに声を荒げた。
「まぁ落ち着け。卍党と言えばあのゲヘナの
ナツメは確かに尤もだと感じた。
通常の事件を担当する警備局には卍党の資料など無いし、無論警備局員もその知識すら無い。
裏社会に通じるナツメでさえ、皆が皆同じ彫り物をしているからこれは"只者では無い"と咄嗟に気付いたというだけである。
それならば対テロ業務が専門でこの手の組織への知識も豊富な公安局に任せた方が良い。
しかしながら白鳥川河川敷で亡くなった彦沢ミナミの姉の事、そしてミナミと仇を取ると約束した手前、引くに引けないものがあるのだ。
「局長、被害者の妹と仇を取ると約束した以上公安局相手でも引く訳には行きません。せめてあのしょっ引いて来た卍党の構成員の取り調べでもさせて下さい!」
「駄目だ。既に尾刃カンナ局長以下公安局の面々によって取り調べが行われている。」
「くそっ・・・」
ナツメはここまで悔しい思いをした事が無かった。
警備局はヴァルキューレの花形部署で、殆どの事件を担当するだけあって大抵の事には融通が利くが、公安局相手ではどうしようも無い。
「D.Uシラトリ区鐘崎港。」
「は?」
「そこが卍党の
「・・・ありがとうございます!」
飛び出して行くナツメを見送って、この警備局長はにやりと笑った。
「白鳥の宇兵衛に頼み込まれちゃあな・・・」
警備局長の部屋を出た所の椅子にミナミは座っていた。
「これから私はお姉さんの仇を取ってきます。」
「なら私も・・・!」
「いえ、実を言えばお姉さんの案件は警備局から公安局に移管されたので、遵ってミナミさんもこれから公安局で事情を聞いたりされる事になっています。つまりこれからは私の独断専行という訳ですから、ミナミさんを連れて行く訳には。」
そのような話をしていると、廊下の向こうから公安局長の尾刃カンナがやって来た。
「彦沢ミナミさんですね。」
「は、はい・・・」
カンナが発する"狂犬"の気迫に押されたか、ミナミは恐る恐るそう答えた。
「ヴァルキューレ警察学校公安局の尾刃カンナです。これよりお姉さんの件に関して幾つか質問をさせて頂きたいのですがよろしいですか?」
ミナミがカンナと話している隙にナツメはその脇を通って警察学校の自室へ戻り、私服へと着替えた。
そして懐には九センチの長針と軍用ナイフを忍ばせている。
このナイフ自体はSRTからの放出品であって、滅多な事では持ち出さない。
「さあて、鐘崎港の大煤払いだ。」
鐘崎港と言えばシラトリ区にあって、貿易港としてキヴォトス内外の品々が集まる場所である。
そんな場所なので倉庫は幾つもあって、さして使われていない所も多い。
つまり不良共の塒にされるべくしてされているのだ。
倉庫群の中の比較的奥まった所にある元は雑貨などを仕舞っていた場所に卍党と鎌鼬は居た。
「鎌鼬の先生、いつあの警官をやって下さる?」
「・・・何時でも。そも白髪なのが気に入らん。」
「じゃあ今夜中にでもやって下せえよ。あれはどうせこの辺りを嗅ぎ回っているに違いねえんだから、用心棒の役目は果たして貰わねえと・・・」
そう言って、卍党の首領は懐をまさぐった。
「私はちょいと煙草を吸ってくる。」
学園都市であっても未成年の喫煙はご法度だが、殺しに盗みはお手の物の卍党が今更喫煙どうこうなど気にする筈も無い。
倉庫の外に出て、海をぼうっと見つめながら卍党の首領が一人で煙草を吸い始める。
倉庫の脇にあった木箱の裏に藤波ナツメが居るとは露程も気付かない。
「あっ・・・」
これっきり、首領は一言も発せず海にじゃぼん、と音を立てて落ちた。
ナツメの長針に首の盆の窪、しいてはその奥にある延髄を突き刺されて即死したらしい。
「ん・・・何か水音がしなかったか?」
「さあ・・・お頭が落ちたんじゃないか。」
「馬鹿、我ら卍党のお頭が煙草に夢中で水に落ちるような方だと思ってるのか!」
「だが万が一という事もある、一応見に行くか。」
卍党の構成員三人が倉庫の外を見に行くが、鎌鼬は倉庫内に留まった。
そこに構成員と入れ替わるようにナツメが入って来たのである。
「・・・鎌鼬。」
「さては卍党の頭を仕留めたな。」
「後はお前さえ仕留めればあとの奴など公安局の役人に任せればいいからな。」
「白髪が気に入らん奴だと思っておったがが活人師なのはもっと気に入らん。」
「ならお前が気に入るように捌けばいいだろう。」
ナツメが自身の首をぽん、と叩く。
すると鎌鼬はナツメに向かって走って来て刃物を構える。
風に乗るようにして首筋を狙う鎌鼬の手口は既に一度見ている。
ナツメは軍用ナイフを取り出してすれ違うような軌道を取って走り、すれ違う一瞬の隙に鎌鼬が振りかぶって来た刃物を躱し、脇腹を切った。
「ぐ・・・」
痛みに顔を歪め体勢を崩した時、ナツメは振り向いて鎌鼬の首筋を切りつける。
すると血が勢いよく吹き出して鎌鼬は地面に横たわり、ぴくりとも動かなくなった。
ナツメは鎌鼬に近づき、息が絶えているのを確認して立ち去ったのであるが、それとまた入れ替わるようにして卍党の構成員達が戻って来ると、血溜まりの中に鎌鼬が横たわっているので驚いて三人同時に腰を抜かしてしまった。
「か、鎌鼬の先生・・・」
公安局のカンナ達から一通りの事を聞かれたミナミは、一旦ゲヘナに帰る事となっていたが足が重く帰る気にはなれなかった。
藤波ナツメが本拠地に乗り込んでから帰って来ないのを心配しているのである。
ヴァルキューレ警察学校の玄関前でどうしようも無く佇んでいるミナミの後ろから、カンナ達が焦った様子でやって来た。
「な、何かあったんですか・・・?」
「卍党の首領と鎌鼬が何者かに殺されたと匿名の通報がありました。今から行って来ます!」
カンナ達が車に一斉に乗り込んですぐさま出て行くのを唖然と見つめていたミナミであるが車が出払ったのを見計らうように背後から現れたナツメの顔を見た途端安堵の表情を浮かべた。
「どうやら構成員との間で仲間割れをしたらしいですね。」
そう言うナツメの服は私服で、大きな鞄を持っていた。
「これからどちらに?」
「いえ、少しばかり休暇にでも行こうかと思いましてね。ミナミさんはゲヘナに帰ると聞いたので、ゲヘナ自治区までお送りしましょう。」
二人は駅に向かって歩き出すが、その途中でミナミはふと思った。
(きっと仲間割れなんかじゃなくナツメさんが仇を討ってくれたんだ。)
それと同時にナツメの裏の顔も分かったような気がしたが、しかしながらそれを口にはしない。
人は善行の傍らで悪行をし、悪行の傍ら善行をしている。
ヴァルキューレの藤波ナツメも活人師の藤波の先生も藤波ナツメの本当の顔に違いない。