アクタージュの百城千世子が俳優ではなく探偵になった場合   作:シャリ

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天使探偵

 人の顔を見るのが好きだった。

 笑う顔も泣く顔も、怒りに歪む顔も。

 笑いの弧、涙と共に起きる心の崩れ、怒りで引きつる筋。

 同じ感情でも、人によって色合いが異なっていて、見飽きることがない。

 

 どれだけ回しても終わりのない万華鏡のようで、次から次へと違う輝きを見せて楽しませてくれる。

 

 だから探偵になったのは自然な成り行きだったのかもしれない。

 

 私は百城 千世子。

 

 世間ではこう呼ばれている。

 

 

 

 

『天使探偵』

 

 

 

 探偵の元に今日もまた一件、依頼が舞い込んだ。

 舞台は、個人経営の小さなカフェ。

 

 ランチタイムを終えたばかりの店内の床に、若い女性が倒れている。すでに息はなく、命の熱は完全に失われていた。

 

 百城は現場に足を踏み入れると、まず被害者の顔を覗き込む。

 

「最後の瞬間、必死に何かを訴えてる顔。……いいね」

 

 白くなりかけた唇、開いた瞳孔の奥に刻まれた苦しみと悔恨。

 

 ──死に顔。人が人生で一度だけ見せる、最終章の表情。

 

 

 背筋を突き抜けるような震えに、百城は思わず唇の端を上げる。

 

 けれどその笑みを他人に見られることはない。

 彼女は昔から人間観察を続けてきた。視線の流れ、死角になる位置取り、誰にどう見えているかを計算し、己の顔を完全にコントロールする術も心得ていた。

 

 ひとしきり堪能したあと、亡骸に囁く。

 

「大丈夫。貴方の死に顔は、真実を明かすだけの価値があるよ。……さて」

 

 依頼人でもある刑事から事件前後の状況を聞き取り、現場を細かく多角的に観察した。

 

「酷い台本(トリック)

 

 

 

 

 容疑者たちは別室で不安げに待たされていた。

 

「いつまで引き留めるんだ! 俺は関係ない!」

「マジ勘弁してくださいよ~。ボクが店にいたのは本当にたまたまっす」

「ねぇねぇ警官さん、ウチの隣にいるコイツ怪しい。逮捕して解散にしようよ」

「私が!? ふざけてるアンタの方が怪しいに決まってるでしょ!」

 

 怒りに赤らむ顔、物見遊山のように余裕がある顔、身振り手振りが大きく必死に取り繕う顔。

 百城はその一つひとつを心のアルバムに収めるように、慈しむように容疑者たちを見つめた。

 

 

 それから質問をいくつかぶつけて頭からつま先までに現れる反応を読む。

 観察で誰が噓をついているのかあっさり見破り、推理の糸は一本に繋がる。

 

 

 

 百城は柔らかな声で告げた。

 

「犯人は……君だね」

 

 名指しされた青年の顔に、一瞬の焦りが走り、次いで怒りが滲んだ。その変化を、百城は目を細めて愛でる。

 

「俺ができるわけねぇだろ!」

 

 次いで、彼は声を荒げながらも弁明を続ける。百城は彼の言葉よりも表情に注目して楽しむ。

 

 ──虚勢の怒り。不安が滲んで漏れており、必死な誤魔化しが見て取れる表情。本当に面白い。

 

 

「理論と証拠。どっちもあるよ」

 

 推理を語る声は静かで、舞台の台詞のように響いた。

 説明が進むごとに、青年の面構えから虚勢が剝がれ出す。

 唇が震え、瞳の鋭さが溶ける。絶望がゆっくりと彼の輪郭を侵食していった。

 

 

 ──最高。犯人の万華鏡の移り変わりが綺麗で汚くて、心が弾む。

 

 

 百城は心の中で歓喜を噛み締めながら、まるで舞台に立つ役者のように立ち居振る舞いを整え、推理を披露していった。

 

 

 事件は解決し、世間はまた『天使探偵』の活躍を持ち上げる。

 

 

 

 夜。

 百城は自宅でテレビ番組を眺める。画面の中で、彼女が紹介されていた。

 

「芸術のように美しく謎を解き、被害者の無念を晴らす天使のような存在。まさしく天使探偵が……」

 

 紹介のされ方に、小さく笑う。

 

「天使だなんて、おかしいよね」

 

 照明に照らされた瞳は、獲物を待ち構える虫のように冷たく、暗闇で輝いていた。

 

 彼女にとって推理も称賛も付け足しにすぎない。

 欲しいのは、本物の生死と感情がある現場で起きる表情のきらめき。

 

 

「いろんな顔が見たいから……早く誰かが死んで、事件が起きてほしいのに」

 

 呟きと同時に浮かんだ笑みは、天使でも救世主でもない。

 

 

 ──悪魔のような、愉悦の微笑だった。

 

 

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ある日、百城のもとに思いも寄らぬ依頼が舞い込んだ。

 

「私を映画化……へぇ」

 

 

 豪奢な応接室。

 映画プロデューサーは満面の笑みを向ける。

 

「是非とも"天使探偵"を題材にした作品を撮りたいんです。もちろん主演は、百城さんにお願いしたい!」

 

 百城は微笑みを浮かべたが、心は固く、揺れていなかった。

 

 

 ──虚構の表情にはあまり興味が無い。演じられた涙や怒りは所詮は偽物。つまらない。

 

 

 そう思いながらも、プロデューサーに案内されてスタジオを訪れた。

 仮演技をしているメンバーの中に、ひとりの少女がいた。

 

 夜凪 景。

 

 若手女優と紹介されたその少女は、カメラの前で倒れ込む。

 襲われて必死に逃れようとし、やがて命を奪われる被害者の演技。

 

 

 百城は無意識に息を呑んだ。

 

 偽物のはずなのに、その顔色は現実の死に顔に限りなく近い。

 

 苦悶、悔恨、消えゆく命の灯。

 

 舞台の上で一瞬にして咲き散るそれは、彼女がこれまで見てきた『本物の顔』に迫っていた。

 

 

 カットの指示を受けた景がこちらに視線を向ける。まだメソッドの色合いが抜けきっていない虚ろな瞳。しかし確かに百城の存在を感じ取る視線。

 

「……面白いね」

 

 

 

 百城は映画制作と出演を承諾した。

 ただし、提案がひとつ。

 

 

「夜凪さん、いくつかの事件現場に同行して私の助手をやってね」

 

「私が助手……?」

 

「うん。色んな人を観察してきた探偵の私から見ても、夜凪さんの表情は素晴らしいよ。でもね、まだ本物には足りていない。あくまで良くできた偽物。本物を見なきゃ、まだ届かない場所があるよ。どうかな?」

 

 戸惑う夜凪だったが、彼女の目には火が灯った。挑戦を恐れぬ瞳。

 

「わかったわ。私も本物を知りたい……他人の表情を自分のものにする。今よりも高いところに行きたいの」

 

「よかった。改めてよろしくね」

 

 本物を知った夜凪がどうなるのか、どんな万華鏡を演じて自分を魅せてくれるのか。

 百城が生まれて初めて役者に期待をし、口角が上がる。

 

 

 

 

 

「私は百城 千世子。探偵。あなたは?」

 

「私は夜凪 景。役者」

 

 

 

 天使探偵と天才女優──

 

 

 

 ──本物と偽物の境界で、新たな舞台が幕を開けようとしていた。

 

 

 End




【後書き】
ハーメルン投稿10作品目です。めでたい区切り!

原作を読んだ時にスペックの高さを活かせるし、被害者や容疑者などの顔を楽しめるし、相性が良い職業だろうな……という考えから書きました。

短編なので本編はこれで終わりです。
きっと、片方は本物や読み取りを教えて、片方は偽物の面白さを教えるようなことになるでしょう。多分。

オマケとしてその後の掲示板回があります。

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