創造戦士ガンプラダイバーズ CODE:BLUE 作:JNEXEL
曇天に包まれる廃墟の街。宙を飛び交う無数の閃光、そして至る所から立ち上る爆炎。それらは鋼鉄の巨躯共がもたらしたものである。
「好きにさせない!!」
GN-001/hs-A01 ガンダムアヴァランチエクシア。私設武装組織ソレスタルビーイングのフラッグシッフ機の1つ、ガンダムエクシアに高機動装備"アヴァランチユニット"を装備した形態である。相対するは、MSZ-006 Zガンダム。反ティターンズ組織"エゥーゴ"にて運用された可変型モビルスーツだ。アヴァランチエクシアがGNソードを構え、途轍もない速度でZへ肉薄する。しかしZガンダムはこれを見切っていたらしく、GNソードの軌道をすれすれで避け距離を取りながらビームライフルで撃ち落とした。
「大振りな武器ほど動きは読みやすいってね!」
「馬鹿にしてぇっ!!」
アヴァランチエクシアはGNソードを変形させ、ビームライフルを撃ち返しながら姿勢を保たせる。だがZガンダムは素早くウェイブライダーへ変形、光弾の隙間をすり抜けあっという間にアヴァランチエクシアの背後へ回り込む。そこからMSへ戻りつつビームサーベルで居合に斬り抜け、振り向きざまにシールドからグレネード弾を放ち墜落させた。アヴァランチエクシア側の反応が完全に遅れた形となった。
「きゃああああっ!!」
アヴァランチエクシアは瓦礫の山に真っ逆さまに落ち、そのまま情けなく転がり地に伏せる。Zガンダムがとどめを刺さんとハイメガランチャーを手にした矢先、別の敵を認識し反応のあった方向に目を遣った。
「何だって!?アイツがやられたのか!?」
こちらへ接近する機影にZガンダムは身構える。その正体はMS-07B グフ。ジオン公国軍にて開発された白兵戦用MS。主にRX-78-2 ガンダムとの死闘を繰り広げた事で有名だ。しかしこのグフは、本来の物とは異なる特徴を有していた。
「次はお主だ、覚悟せぇえええッ!!」
グフの得物はヒートサーベルではなく、長大な太刀であった。その上でヒート機能を備えるらしく、赤い輝きを宿している。Zガンダムは後退しながら脚部スラスターを使い、砂煙を巻き上げ視界を奪って時間稼ぎに出たがしかし。
「何だよ!?これだけの状態でも見えるのかよ!?何なんだこの爺さん!!」
「これが年季の違いよッ!若造ッ!」
灼熱を纏う刃がZガンダムの額目掛け、一閃する。だがグフの狙いはそれだけではなかった。Zガンダムが仰け反って避けるのを看破し、二の太刀を決めるべく左手に携えた鞘を真横に突き出してZガンダムの動きを押さえ込んだのだ。そして本命の刀で刺し貫かんと駆け出す。
「ぐっ....!?やばいッ!?」
「む....!?まだ彼奴、動けておったのか....何と言う胆力よ!」
アヴァランチエクシアにとどめを刺そうした時のZと同じく、グフも別方向からの気配に気づき足を止めた。Zの窮地を助けに現れたのは、MD-0064 ダリルバルデ。ジェターク社開発の次世代型MSである。本来であれば赤い装甲が目を惹くが、こちらはグレーとグリーンのツートンに変わっていた。どうやらグフとの戦いで手酷くやられたらしく、左肩のシールド型ドローン"アンビカー"が半分ほど失われており、ビームジャベリンすらも手にしていなかった。
「こっちだってまだ終わってねぇッ!!」
ダリルバルデの右腕からマニピュレータが消えており、グフのダイバーは一瞬己の目を疑う。しかしその疑問はすぐに晴れることとなる。ダリルバルデは右手首からビームサーベルを発振させ、着地と同時に振り下ろしZとの間に割って入った。
「助かった、サワダ!」
「へっ....!これ以上足を引っ張るわけにも行かねーんでな!」
Zガンダムとダリルバルデはチームを組んでいたようだ。つまり、グフとアヴァランチエクシアも同様にタッグを組んでいると言える。
「娘っ子よ、立てるか!?」
「い、行けるよ...!あたし、まだやれる!」
ところが、激戦を繰り広げていた4機はいきなり動きを止めてしまった。否、何かに拘束されたかのように硬直させられたのだ。
「何ッ!?Zが動けないのか....!?」
「これは一体...通信状況に異常はないらしいが...!」
「時間も....後1分で止まりっぱなし....何で!?」
「クソッ!いいところだってのによ....!!」
機体に赤いノイズが走り、石像のように固められた4機。いくらこの場所からの離脱を試みようとも、何一つ反応せず万事休すの有様である。若者3人はパニックに陥り悲鳴を上げた。しかしグフを駆る老人は空に忽然と現れた光を見、目を見開く。
「何故....ここに!?」
『エージェントより報告!ブロックA-87にてアンノウンの出現を確認!フロントフィールド隊は直ちに出撃準備を!』
MS格納庫内をアナウンスが駆け巡る。
「ったく、嘘だろ...この短時間でか!?」
黒のメッシュを織り交ぜた、金髪をオールバックにした男がヘルメットを被り、同じく漆黒のゲルググメナースに乗り込んだ。起動するとモノアイの点灯と同時に、装甲にも黄色いラインが走った。
「私も分かりますよ、大尉の気持ち。本当にキリが無いって感じで!」
オレンジ色のセミロングヘアをした少女も、切迫する様子にげんなりしながら、ライトブルーのラインを差し色にした、ストライクフリーダムガンダム弐式に搭乗する。
「文句言ってないで。これが私達の仕事なんだから」
ミディアムショートにした青い髪の女が、二人の話に水を差す。彼女の乗機は改修後のガンダムエアリアル。カラーリングは濃淡のある青系でまとめ、バックパックには翼にも見える形状の、大型スラスターが2基搭載されている。エアリアル最大の特徴とも言える、多機能なガンビットや大型ライフルは廃され、よりシンプルな装備構成を取っているようだ。そしてその隣にはRX-105 Ξガンダムが。顔つきからしてデザインはリファイン版をベースにしており、カラーリングはνガンダムに寄せたミッドナイトブルーを軸にした、トリコロールカラーとなっている。それには既にパイロットが搭乗していた。彼の名はハイラック・フロントフィールド。ガンプラダイバーズの安寧を守るべく結成された組織、ブルームーンのMS部隊の隊長である。かつての凄惨な体験を経て、自らの存在を受け入れる覚悟を手にして今に至る。ここでのエアリアルのパイロット、"レイ・フロントフィールド"とはつい最近夫婦の間柄となったらしく、彼女の名前もそれに合わせ同時に変えていた。ちなみに彼の風貌は、どこかハサウェイ・ノアに近いと評されている。
「仕方がないだろう。敵はこちらの都合に合わせてくれるわけがない」
各員が準備を済ませたタイミングでゲルググメナースとストライクフリーダム弐式が、カタパルトデッキに乗った。
「それは、そうだろう!ジン・ウィラー、ゲルググ!行くぞ!」
「アイカ・パーラメント、フリーダム!行くわよ!」
両足にコンテナを取り付けた2機が飛び立った後に、Ξガンダムとエアリアルがカタパルトへ。
『ルクスエアリアル、発進どうぞ!』
「了解!レイ・フロントフィールド、ガンダムルクスエアリアル!出る!」
『続いてΞガンダム、発進どうぞ!』
「Ξガンダム・レガシー!ハイラック・フロントフィールド、行きます!」
カタパルトから勢いよく飛び立ち、Ξガンダムがルクスエアリアルの前に出る。先に出ていたゲルググメナースとストライクフリーダムは、脚部のコンテナから展開したバリュートを使い大気圏へ突入し始めた。
「レイは俺の後ろへ。ミノフスキー・クラフトのバリアを使う」
「まだ試したことないんでしょ?まさかここでやる気?」
ルクスエアリアルがΞガンダムの背中に触れ、スラスターに焼かれない位置に来た。ハイラックはそれを認めるとコンソールを操作した。Ξガンダムの両肩装甲と背面のスタビライザーが展開、機体前面に淡い青のバリアを発生させて瞬く間に加速した。本来ミノフスキー・クラフトは、重力下でMSを単独で飛行させるための機能だがハイラックはこれをより高機能化させ、一時的ながらΞガンダムを強化するためのシステムへと変貌を遂げたのだ。その加速は凄まじいもので、ゲルググメナースとストライクフリーダムを追い抜き、早くも雲海の下へと到達してしまった。
「擬似的なウェイブライダーにもなったな....レイ、大丈夫かい」
「大丈夫...何故かって感じだけど」
各機のスピーカーから艦長の声が流れる。
『現地のエージェントによれば、正確な数は不明だが規模としては中隊クラスだそうだ。しかし警戒は厳にしておけ、何しろアンノウン共の事だからな』
現場付近にいち早くたどり着いたハイラックとレイは、通報のあったポイントを割り出し急行した。
「ハイラック、あれ!」
「あぁ、こっちも確認した!しかし今度は何をしている...?」
到着するや否や、ハイラックは眼下の光景に不気味さを感じた。4機程MSが居るが、何故か無抵抗のまま攻撃を受け続けているではないか。
「そこのMS!一体何があった!」
Ξガンダムを着陸させ、ダリルバルデと接触を試みようとする刹那、ハイラックはすぐに断念して上空に視線を向けた。突然眼前にガンドノードが現れ、ビームサーベルの切っ先をこちらに向けて迫ってきた。Ξガンダムは真後ろへステップし、これを避けるとシールドに内蔵したショットガンを放ち、ガンドノードを爆破した。
「やはりこいつらか...!」
ジンのゲルググメナースがシールドガトリングガンを掃射し、群がってくるガンドノードを粉砕する。
「何だよ、前より数が増えてるじゃねえか!」
アイカのストライクフリーダムも、ハイマットフルバーストを駆使し敵の数を着実に減らしてゆく。しかし、どうにも追手が絶えず現れる状況は変わらない。
「バックパックをライジングフリーダムのにしててよかったけど、何なのよこれ!中隊規模どころか、もはや師団じゃない!」
「少佐の機体、エアリアルだろ!?パーメット・リンクでどうにか出来ないのか!?」
「出来るのならそうしてる!完全にこっちからの通信は全て遮断されてるんだから!」
ルクスエアリアルのレイは専用の多機能ライフル"スペイザー・ライフル"を構え、ガンドノードを驚異の12枚抜きにしてみせた。
「ハイラック!」
「分かっている!時間稼ぎはしてみせるさ!」
Ξガンダムとルクスエアリアルがバトンタッチ。Ξガンダムはファンネルミサイルを多数放出し、メガ粒子砲も重ねて敵機の群れに撃ち込んだ。ルクスエアリアルはダリルバルデ達の元へ降り立ち、接触回線を繋げた。
「あんたら、何者だ!?俺達に何をする気だ!?」
ダリルバルデのパイロットは未だ興奮状態にあり、画面越しにルクスエアリアルを睨んだ。突如として自由を奪われ、袋叩きにされ続けたのだ。無理もあるまい。レイは安心させるべく優しく語りかける。
「私はブルームーンの、レイ・フロントフィールドです。あなた達の状況を確認すべくデータを回収しています。....大丈夫、安心して。絶対に守るから」
並行してレイの指は素早くソフトウェアキーボードを叩き続けた。ハッキングの腕はハイラック仕込み。あっという間に彼らの身に起こった出来事を明らかにした。
「強制スタン状態...?これ、アンノウンのウイルスか....!?」
ジン、アイカと連携して敵を蹴散らし続けるハイラックのもとへ、レイからの通信が入った。
「何か分かったか!」
『この人達、機体に強制的なスタン効果をかけられ続けてるみたい!多分....と言うかほぼ確実に奴らの仕業!』
「その様子だと、ウイルスだな....追跡は出来るか?」
『やってみる....上手くいく保証はないけど!』
「上手くやってみせるんだ!」
ハイラックの乱暴な命令にレイは思わず舌打ちをした。
「何が上手くやってみせろ、だ....!あぁいう時のあいつ、本当に腹立つ....!!」
ヘルメットを脱ぎ、汗を拭いつつソフトウェアキーボードを叩く。
「見つけた....!」
ウイルスの伝染経路を逆探知し、発信源を特定するとレイはすぐさまルクスエアリアルを移動させ、狙撃態勢に移った。レイの眼前に高精度ディスプレイバイザーが降りて来、それを装着して敵の方角を凝視する。
(あそこか.....!)
ルクスエアリアルのシェルユニットが薄らぼんやりと、青く光る。そしてスペイザーライフルにもまた、同じ色の光が流れエネルギーが充填された。
「少佐、もしかして敵を捕捉したんじゃ...!」
Ξガンダムに追随しながらアイカは、ルクスエアリアルが狙撃を試みようとするの目にした。
「アイカはルクスエアリアルの援護だ!」
「あっ...了解!」
ハイラックの指示を受けてアイカはストライクフリーダム弐式を急降下させ、ルクスエアリアルと被害者達を守りやすいと思われる場所に着地した。
(少佐....お願いします....!)
Ξガンダムのハイラックはストライクフリーダム弐式の離脱を認めると、今度はジンのゲルググメナースへ通信を飛ばした。
「ジン、ターゲットに誘いをかけたい。出来るか?」
「マジかよ....なんつってな!任されたぜ大佐ァ!!」
ゲルググメナースがファルクスG7 ビームアックスを抜き放ち、最大戦速で突撃する。とにかく力任せに薙ぎ払うという荒々しい戦い方だが、敵の目をこちらに惹きつけなければならない都合上、この方法がむしろ適しているのだ。そしてハイラックの狙いは見事に的中する事になる。ガンドノードの群れの中から、赤と緑に彩られたMSが飛び出しゲルググメナースに殴りかかった。
「おっと!釣られて出てきやがったぜ、大物が!!」
腰部にフレームが露出するデザイン。これだけでも敵の正体を看破するのに十分だ。
「なるほど、ガンダムフレームか!こいつぁとんだ相手だ!」
胸部装甲の形状からして、ガンダムマルコシアスやバルバトスと似通っていた。そしてV型のブレードアンテナと、ツインアイ。ガンダムフレーム機を示すアイコンは充分すぎるほど備えている。そのガンダムフレームが手にする得物はハンマーのように見えたが、ヘッド部分がスピーカーと思しき形をしていた。ジンが眉を顰めていると、敵は突然ハンマーの柄に手を触れまるでギターをかき鳴らすような動作を見せたのだ。ギュイイン!!激しい音がコクピットを包み、ジンは歯を食いしばる。
「何ッッだ!?これはぁあッ!?」
しかし彼も引き下がる気はなかった。耳を劈くような音に気を失いかけてもなお、ゲルググメナースの推力を下げるばかりか、むしろ敵を押し出さんばかりである。この様子は、ルクスエアリアルのレイにも見えていた。狙撃しやすいように、敵を誘い出した事に気づき内心ジンに感謝した。無論、そこまでせずとも撃ち抜ける確信はあったのだが、より確実な物にするのに越したことはない。
「.....減衰率、規定範囲内。射角固定....!行ける....!!」
稲妻をまとった光が一直線に空を駆け、ガンダムフレーム機の右腕と頭を鮮やかに射抜いた。それを皮切りに、ガンドノード共も姿を消し、廃墟の街は再び静寂を取り戻すのだった。安堵の息を漏らすレイにハイラックからの通信が入る。
『ご苦労だった。よくやってくれた』
「何がご苦労だった、よ!あんた、私に味方ごと撃たせる気だったの....!?」
『2段構えのつもりだったんだが....敵が先に君の動きに気づいた場合の備えは必要だろう』
「それじゃ何?こっちに何も"伝えて"来ないのに、察しろっての?馬鹿じゃない?」
レイに悪態をつかれ、ハイラックは苦笑した。かつてダイバーズを開発運営していた企業"ZeuS"の悪意を潰えさせた後、ハイラックは晴れてレイの元へ帰ることができたがそれ以降、この調子である。彼女に黙って姿を消した事実がある以上、ハイラックは強く出れなくなってしまった。
「おたくら、痴話喧嘩も程々にしてくれよぉ....」
Ξガンダムとルクスエアリアルのそばにゲルググメナースが着陸。他のMS部隊が続々と現場に到着し、事後処理に当たる。被害を受けたMSの一団もこの地から消えており、恐らく事情聴取を受けていることであろう。
ブルームーンという組織は、ガンプラダイバーズの黎明期から存在する。輝きに満ち溢れるこの世界でも、悪意は蔓延り人々を傷つける。ブルームーンは人知れず悪意の芽を摘み取り、安寧を守り続けてきた。しかしそれにも限度というものが存在する。これを受けてブルームーンは艦船をダイバーズ内で運用する為の仕組みを作り上げた。激しさや陰湿さを増す、悪意を持った者たちを挫くために必要なことであった。ZeuSとの戦いでは、戦禍に巻き込まれる無辜のダイバー達を率先して救い出し、それをきっかけに世間に幅広く認知されるようになった。レイ・フロントフィールドはかつて、ブルームーンの長の座を継ぐ者として邁進していた。彼女は出資者の反対を押し切り、ガンプラダイバーズの開発・運営を新たに担う企業、"グリフォン・インターナショナル"が運用する治安部隊"ヘラクレス"との提携を結び、強固なネットワークを構築すると言う偉業を成し遂げた。しかしながら、これがブルームーン上層部の分裂を招く原因となってしまう。レイは組織の空中分解を回避すべく、リタ・リーゼリットにブルームーンの全指揮権を譲渡。以降はリタの手腕により安定した組織運営が可能となって現在に至る。
Ξガンダムらを迎えるべく、戦艦もまた大気圏を降下していた。その名はラー・ペガサス。ブルームーン所属2番艦にあたる。ラー・カイラムを青くした程度に見えるが、艦首には大口径メガ粒子砲が内蔵されている等、より攻撃力が高められる形で改装したという。
「Ξガンダム、ガンダムルクスエアリアル、ストライクフリーダム弐式、ゲルググの着艦を確認!」
ブリッジを報告や命令が飛び交う。この忙しなさはいつもどおりの光景とも言える。
「よし、すぐに整備に取りかかれ!ウォレス、諜報部からの連絡はまだか?」
「まだ来てないようです。催促はしてるんですがねぇ」
「今はまだ急ぐときではないが、情報は多く持っておく事に越したことはないからな。なる早で急がせろ!アユミ曹長はパイロットに、こちらへ来るよう伝えてくれ」
「ハッ!」
Ξガンダムから降りたハイラックはアイカを指導するレイの姿が目に留まり、そこへ歩み寄る。だが声をかけようとした頃には、アイカがストライクフリーダム弐式の方へと走り去っていた。
「あ....ハイラック。お疲れ様」
レイも彼の存在に気づき、振り返り微笑んだ。彼女はハイラックに悪態をつくことはあれど、長引かせるタイプではない。
「ああ、お疲れ。どうだ....アイカ君、仕上がってるかな」
「操縦自体は元々上手かったからいいけど、集中力がよくないみたい」
「ここの所ずっとそうじゃないか?訓練プログラムが悪いのだろうか...?」
アイカはブルームーンに参加したばかりの新人である。加入基準に満たすかをテストしたところ、初の満点を叩き出すほどの秀才ぶりを見せたことで、期待を寄せられていた。しかし訓練を積む中でハイラックは、彼女の弱点に気づいた。アイカの集中力に強いムラがあるのだ。通常の近接戦闘や、射撃戦では必要充分以上の成果を出すが、安定しない集中力は彼女の愛機たる、ストライクフリーダム弐式を活かすには重大過ぎる欠点であると言える。スーパードラグーンを始めとするビット兵器は、複数を相手取る際に効果を最大限に発揮する。しかしそれを実現するためには、複数のターゲットの存在を意識し捉え続けるだけの集中力が必要なのだ。もちろんダイバーズでは仕様を変えることで、AIによる全自動操縦も可能だがビットの挙動が単純になり、手練を相手にすると効果が大きく目減りしてしまう。ブルームーンのような少数精鋭で戦う場合、それでは意味がなく結果、己の手でビットを操るのが最適解となるのである。アイカのストライクフリーダム弐式への愛着の度合いを鑑みて、レイはビット操作に特化した訓練プログラムを作り、試しているが依然として、目に見える効果を挙げられていない。
「あの娘、ちゃんと言うこと聞くしコミュニケーションにも強いから必要だけど、あと一つなんだよね....」
「ライジングフリーダムのバックパックを使わせ続けるのはどうだ?」
「それは私からも提案済み。そっちでの戦果は何故か上々だしね」
「人には向き不向きがある。きっと理解してくれるさ」
ハイラックがそう言いつつ、レイと口づけを交わそうとした矢先である。
「あのー、ハイラック大佐!」
唐突に声をかけられ二人して恐る恐る振り返ると、にこにこと笑顔でこちらを見る女性が。外見は"第08MS小隊"に僅かに出演していた、ジオン軍の戦艦"ケルゲレン"に乗艦していたとされる士官そっくりである。制服は"UC"での地球連邦軍のもののようだが、それでもよく似合っていた。
「初めまして!先月付でラー・ペガサスに配属されました!アユミ・イザワ曹長です!よろしくお願い致します!」
アイカともよく似た、溌剌とした笑顔で敬礼する彼女に、今度は二人して癒やされたような気分であった。ブルームーンには軍隊的な文化は無いものの、ヘラクレスとの提携を機に利便性を考慮して階級制度が導入されている。故にハイラックは大佐、レイは少佐と呼ばれるようになっているのである。ただし、階級名はプレイヤーランクによって決められるようで、ヘラクレスほどの厳密さは無い。ハイラック曰く、"ヘラクレスは精度の高すぎる軍隊のロールプレイをやっている"らしい。
「アイカ准尉とジン大尉はまだおいでじゃないですね」
エレベータに乗ろうとした頃でアユミがいきなり立ち止まる。そして注意が逸れていたレイが追突してしまい、蹌踉めいた。
「あっ....!?申し訳ありません、少佐...!お怪我はありませんか?」
「だ、大丈夫だから....後、いきなり立ち止まるのはやめてね...」
アユミの仕草がどこかコミカルに見えたハイラックは、二人のやり取りを微笑ましく思った。ふと、自分がブルームーンと初めて接触したときの事を想起した。配属されたばかりのオペレーターの少女が、レイとぶつかってしまい慌てる姿と重なったのだ。まさか数年越しに同じ光景を目にするとは、思いもしなかったが。程なくしてアイカとジンも合流して、ようやくエレベータに乗った。
「へぇ...お嬢さん、17なのかい?んー、若いねぇ...」
女好きなジンは手が早かった。アユミを口説こうとしているのだろうか、あれこれと話しかける。
「....あれ、どう思います?」
アイカはそんな彼の行動が気に入らず、レイに耳打ちした。レイも同意見で「無いでしょ」と首を横に振った。
「ジン大尉、彼女をあまり困らせない様に頼みます」
ハイラックが咳払いをし、話を中断させた。ジンはバツの悪そうな顔で頭を掻きながら「へいへい」と返し、アユミから離れた。レイはアユミの声である事を思い出し、目を瞬かせる。
「ひょっとして、出撃号令をかけてたのって...」
するとアユミは振り返ってにこりと微笑んだ。
「はい、私が担当させて頂きました!聞き取りやすかったでしょうか?何かありましたら、教えていただけると嬉しいです!」
「へぇ...あの声、やっぱり君だったのか!毎度でも聞きたいくらいだぜ」
「ジン大尉!いい加減にして!」
レイもジンの行動には我慢の限界であったようだ。なまじ腕が確かなだけに、追放もできないとあっては扱いに困る人物ということか。
「ハイラック・フロントフィールド大佐、以下4名帰還しました」
ハイラックが敬礼するのに合わせ、他の面々もそれに続いた。
「あぁ...一先ずは任務成功への貢献、感謝する」
艦長は一見するとブライト・ノアと見間違えそうになるが、よく観察すると髪型が近いことを除けば全くの別人である。彼はドミニク・メイウェザー。ラー・ペガサスの艦長で階級は少将。艦隊指揮もMS戦もトップクラスの実力者だ。とは言え、ガンプラダイバーズとは別に戦略シミュレーションゲームにも傾倒していることもあり、こちらでは専ら艦長として指揮に当たっている。
「レイ少佐から転送されたデータな...こちらでも解析してみたが、製作者を含めた情報がすべて抹消されていた。あのウイルスのコピーを作成することは出来たので、ブルームーンのライブラリに登録しておいた」
「ありがとうございます。しかし、ウイルスのデータだけが膨らむ一方ですね。肝心のアンノウンの手がかりは未だゼロなのに...」
「奴らは存在したと言う証拠さえも消してしまう。こちらでメインサーバーに問い合わせてみても、このエリアに踏み込んだという記録すら無い。さながら幽霊だな」
アンノウン、正確にはアンノウン・エネミー──ここ数年でダイバーズに出現するようになった、謎のMSの一団をブルームーンではそう呼称している。ガンドノードやガンヴォルヴァに限らず、"鉄オル"のモビルアーマーに加えGXビット等無人機を無作為に送り込み、戦闘中にあるダイバー達を襲っては、完全に撃墜しないまま去っていくと言う行動を繰り返す存在だ。ブルームーンがヘラクレスとの提携を選ばねばならなくなったのも、このアンノウン・エネミーの対応に無理が祟り始めたからである。しかし、それでもいたちごっこに終止しているのが彼らの現状だ。
「ですが、今回の戦闘で無人機とは違う者と遭遇しています。それが鍵を握っているでしょうね」
「そうだな。今後奴の様なのが現れてくれれば、できる事ならどうにか逮捕したいものだが。その手筈も考えておこう...それはそうと、ジン大尉を除く3人にエタニティ・ムーンへの異動命令が来ている。一両日中にはこちらと合流して、交換を始めると言っていた。準備は急いでくれ」
ミーティングを終えて、ハイラックを始めとするフロントフィールド隊は各々の時間を過ごすこととなった。ハイラックはMSデッキの休憩スペースで、タバコを吸いながら外の景色を眺めていた。そこへレイも現れる。
「ハイラック、またタバコ吸ってるし...」
「おや、ここでも駄目なのか」
「別にいいけど ...気分は良くないでしょ」
レイはソファに深々と座り、雑誌を広げた。
「何を読んでるんだ?」
「今は....芸能ニュースだと思う....ま、よく分からないけど」
「どうして人はゴシップを好きになるんだろうな...それこそ気分の良くない話だと思う」
「人は絶えず、攻撃したい物を探すんじゃない?ネットなんか大概そうだよ....私の作った服だって、叩く人は出てくるぐらいだし」
レイは現実世界ではファッションデザイナーをしている。亡くなった祖母の工房で修行を積み、幾多もの研鑽を経てようやく独り立ちが出来たと言う。ハイラックとの結婚で家庭生活を優先する為、自宅の近所にアトリエ代わりの部屋を借りて創作活動に勤しんでいる。話を戻し、ハイラックはレイの言葉を噛みしめるように反芻した。デザイナー故の"慣れ"を滲ませるような言葉には、説得力がある。
「絶えず、攻撃対象を探す....か....」
「そういう人って、得てして自分を不幸だと思っているんだと思う....誰かに見てもらえない、相手してもらえない....だから、ああ言うやり方に頼って好き放題するんじゃない?誰かに愛されている事を知れば、そうする必要がないからさ。ゴシップなんてこう言うときに都合がいいんだよ、きっとね」
「.....そういうものなのか、厭な話だよ全く」
「本当にそう。だから私、あんたの事を諦めなくてよかったと思ってる」
「うん?その心は?」
問い返されたレイは顔を見られまいと雑誌で隠した。だが耳が赤く染まるのをハイラックは見逃さなかったが、敢えて追及せずタバコを再度口にした。
二人は現実世界に戻り、そのまま晩酌を始めた。ハイラック──前田 拓、そしてその妻たるレイ──怜。それが二人の名前だ。結婚したのは2年前のことになる。
「あっ....!?拓、もう全部持ってったの?」
「開けてた奴から持っていったはずだけど」
「うん....?あぁ、こっちにあったのね」
冷蔵庫の中に置いていた、6缶パックのビールが新品の方から開けられたと思ったが、怜の見間違いであった。キッチンに置いた大きめの平皿に、そこにチーズやらクラッカーといった肴に最適な品を並べて持ち出した。
「よくこんなの見つけてくるよね...あんたの目利きっての?」
「SNSの知り合いとかが教えてくれるんだよ。彼らのほうが詳しいから、その恩恵に預かってるだけ」
拓の職業は、通信技術関連のベンチャー企業の技術者兼役員である。元々は貿易会社で働いていたが、得意のネットワークインフラ設計技術を腐らせそうなのを見かねた、古い友人に誘われ起業。仕事は軌道に乗り順風満帆に進んでいるようだ。ちなみに拓は「ひらく」と読むが、怜はどういう訳かあだ名代わりに「たく」と呼んでいる。状況に応じて使い分けているので、拓も気にしていない。
「ふぅ....さてさて...」
そう言うと拓はズボンのポケットからタバコの箱を取り出した。しかし怜はそれを見逃しはしなかった。
「やめてって言ってるでしょ?こんなので倒れられても困る」
現実での拓も喫煙者であった。とは言え、一日で一箱を消費することはなく、長くて1週間は保たせられる程度には軽度である。しかし怜は心配なのだ。
「知ってるよね、ウチの父さんが健康診断で怒られてタバコとお酒をやめなきゃいけなくなったの。そんで変に活力失ってたし。あんたにもそうなって欲しくない....お願い」
真剣な眼差しで訴えられると、無碍には出来ず拓はタバコをポケットに戻した。この怜の「お願い」には勝てないのだ。だが拓はここで、悪知恵が働いてしまったのか、とある提案をした。
「なぁ怜、ちょっと付き合ってもらえるかな」
「え?」
戸惑う怜をベランダに連れ出し、あろう事かタバコを一本差し出したのだ。流石の怜もこれにはぎょっとし、目を白黒させた。
「はい...!?私にも吸えってこと!?」
「経験せずに頭ごなしに駄目だというのも、変だろう?これで駄目なら、それでいいんだけど試してみないか?」
怜は恐る恐るタバコを咥え、拓が火を点けたライターに近づけた。持ち方を知らないのか、両手の人差し指と中指で挟んで保持している。タバコの先に火が点き、細い煙が上った。拓のアドバイスに従い、フィルター越しの煙を吸い込む。拓とて、流石に肺まで行き渡らせるのは酷だと思ったのか、口の中でとどめて味わう方法を教えた。しかし、怜の頭には入ってなかったらしく勢いよく吸い上げてしまい、噎せ返って何度も激しい咳をした。
「うぅっ...!!けほっけほっ....!!がはっ....!けほっけほっ....!!最悪ッ!」
「怜!?」
恨めしそうに睨む怜を前にして、拓はただ後悔するしかなかった。
「次やらせたら、ぶん殴る....!どうせ口寂しいなら、飴でも食べてりゃいいのに!家でなら、言ってくれれば....!」
「済まなかった、本気で反省したよ....これじゃただのハラスメントだな....酷な事をした...」
少し呼吸が落ち着いた頃に、怜が拓の隣に座りもたれかかった。
「今のは嫌だったけど....口寂しいとかなら、家でならだけど...その、私に言って....?えっと.....キスなら、歓迎だからさ...」
想定外の言葉に拓は面食らい、一瞬だけ目を逸らしやがて彼女に向き直った。
「.....女神か君は.....」
3日後。お互いの都合がつく時間でダイバーズにログインした二人は、ブルームーン旗艦"エタニティ・ムーン"のブリッジを訪れていた。エタニティ・ムーンは2つの円環を十字に重ね合わせ、中にできた空間内に艦体を収めるという特異な形状をしている。純白と青と銀の色彩によって、清廉さと高貴さを演出する。これにはレイのセンスが多分に活かされている。艦体はムーンレィスの総本山とも目される、ソレイユがベースになっている。円環はトワサンガとビーナス・グロゥブを結ぶ、長距離航行輸送船クレッセント・シップに外観を寄せたものを採用したという。ここまでの艦を作り上げられたのも、エタニティ・ムーンの持ち主たる人物の財力が影響している。その人物こそ、リタ・リーゼリットである。絵に描いたような高飛車な言動と振る舞いをする、典型的な"お嬢様"タイプだが、それは今や昔の話だ。赤い派手なドレスも"盛った"髪型も改まり、軍服風の白いドレスと、肩におろしたポニーテールになって落ち着きのある姿に変わっていた。美しいブロンドの髪は健在で、シンプルな髪型にしたことでより際立って見えた。大きめのラウンドフレームの眼鏡もかけるようになったが、これもまた彼女のこれまでとは一味違う魅力を引き出している。
「あら....お二人共、お久しぶりですわ。またこうして会えたこと、心より嬉しく思います」
自ら席を降りて、直々にレイとハイラックを出迎えた。レイの手を握り、会えたことを喜ぶような笑顔を見せる。
「久しぶり、リタ。2年ぶりかな...あれ、もっと会ってなかった感じ?」
「4年と2ヶ月程ですわね。あれから色々ありました。あなたからこの座を引き継いだ時、私は"あちら"でも家督の座を継ぐべく動いていたのですから....」
リタはヨーロッパに古くから存在するとされる、リーゼリット家の長女である。何百年にも渡る歴史を持つ家に生まれれば、それは数奇な運命を経験する機会は何度となく訪れたであろう。
「と言うことはリタさんは、そろそろここからも手を引くことに?」
ハイラックの問にリタはゆっくりと首を横に振った。
「そのような事は当分の間考えておりません。リーゼリット家を継いだ後でも、変わらずブルームーンの運営と支援は続けて参りますわ」
かつてのリタを知るレイは、彼女の雰囲気の変わりように唖然としていた。
「ねぇ、失礼かもしれないけど...あんた本当にリタ?私の知ってた頃と全っ然違うから...何か怖くて」
「レイ....人は時も経てば変わりゆくものでしてよ?思えばあの頃の私は、未熟故に焦りがありました。どうにかこの焦りを感じさせないように、振る舞う必要があると....その結果、間違った方向に進んでしまいました。あなたやハイラックさんに不躾な行いをしたことを、今更ながらお詫びさせていただきたいのです」
「い、いやいいよ!?わ、私だって....その、色々余裕なかったから自分しか見えてなかったし....!」
レイは思わずハイラックに目配せし助けを求めるが、彼もまた、リタの変容ぶりに頭の回転が止まっているらしく、硬直していた。
「まぁ...?よろしいのですか?寛大な言葉をいただけて、大変嬉しいですわ」
「う、うん....もう昔の話だから、お互い水に流してしまったほうがいいって言うし」
「本当に、名実ともに高貴な人になったわけだ...!」
「いえ...まだその高みには至っていません。私はこれからも、皆とともに生きて沢山の事を学び...これは失礼を...!」
一方的に話していることに気づき、リタは口を噤んだ。そして、いつの間にやらハイラックの口調も敬語に変わっていた。
「気にしてないですよ。それより、このタイミングでの異動命令は、どういう?」
コホン、とリタは小さく咳払いし艦長席に戻り、モニターウィンドウを表示した。
「捜索を長年続けていたランフォード卿について、実は昨日大きな動きがありましたわ」
画面が切り替わり、モニターに映し出されたのはランフォードの直筆サイン入りの信書であった。ランフォード卿はかつてブルームーンの最大の出資者となっていた人物だ。数年前の"JOKER事件"終息後、突然姿を消しブルームーンの財政状況を一変させてしまった。現在ではリタを中心として、"ブルームーン・ヘッドクォーター"なる出資者連合によって組織の運営が維持されているが、当時は未成年であった彼女の出来る範囲には限りがあり、実働メンバーからも少額ながら寄付を受けて、どうにか運転し続けてきたのである。そのランフォード卿が、またもや突然こちらに接近してきたのだ。
「しばらく行方を眩ませていたのは、ブルームーンの戦力向上を図るべく、新組織を立ち上げた故です....」
レイは文面を読み上げるが、やはり困惑を禁じ得ず唇をきゅっと結んだ。
「もしこれが本当なら、隠す必要はないんじゃないか...?なぜこれをひた隠しにしてまで....何か別の目的があると考えるのが自然でしょうね」
「ええ、ハイラックさんの仰る通りです。私もこの件に関しては、慎重に対応すべきだと考えていますわ」
スイッチを切り替えたように、リタは凛とした雰囲気を漂わせた。
「ただ...彼とは一度言葉を交わさねばならぬのも、また事実なのです。真意を見極める為には、嘘も真も問わず卿自身の思いを知ってから始まる....そう思っていますから」
「あの信書には、ブルームーンとの統合に向けた、会談の席を設けると、確かにありましたが...」
「ええ。ですから、私が直接赴きます。護衛をハイラック大佐とグラハム大佐にお願い致します」
リタはレイを伴って艦長室に戻っていた。場に相応しい装いをする為である。リタ自身は会談向けのスーツはいくらでも用意できるが、関心の薄いレイはそういう訳にも行かない。そこでリタの手でレイをコーディネイトすることとなったのだ。レイもファッションデザイナーだが、自身のデザインした衣装を自ら着ることは滅多にせず、雇ったモデルや友人達に頼む事が多かった。もちろんスーツの類は持っているが、それは現実での話でダイバーズでは持ち合わせていない。ブルームーン制服でいいのではないかと思ったが、リタ曰く秘書として同行してもらう事で間近でランフォード側の様子を観察でき、より質の良い判断材料を手にしたいとの考えによるものだった。
「これなんていかがかしら...?」
Yシャツのボタンを掛け終えたレイのそばにリタがやって来、紺色のジャケットを当てて姿見で確認し始めた。
「一応、私はリタの秘書ってことになってるんだよね...そんな拘らずとも、普通ので良くない?」
「あなた自身はそれでいいのかも知れませんが、相手方に軽く見られるような事があってはなりません。いくら一般的でも新品のスーツを着ていようと、見抜くような人はいるのですから...ランフォード卿はそういうセンスがあると考えた方が無難ですわ。それにあなたはデザイナーでいらっしゃるのでしょう?」
「私のは....普通に着ていく奴にもなりはしないし、リタが持ってるようなのは作ったことないから」
「それでしたら、私の方から発注いたしますわよ?エタニティ・ムーンの設計段階から、才覚を感じましたもの!」
「やめてよ、そんなんじゃないから...買い被られても困る」
最終的に、薄いオフホワイトのジャケットと、黒のスラックスに決まった。髪もセットし直し、右耳を出したショートボブ風に。眼鏡も赤いアンダーリムから同型のネイビーバージョンに変えてコーディネイトは完了した。何故かリタからネックレスを贈られ、それも身につけている。このネックレスにはダイヤモンドのペンダントが取り付けられており、それを覗き込むと大小2つの星が刻んであるのが見えた。
「これって....」
「見たことがお有りですか?それはあなたの祖国、日本でも有名なブランドのジュエルですわ。夢を叶える2つの星....それだけでもピンと来ますでしょう?」
「あれか....!何でそんなのがここに...?」
「あなたがダイバーズから離れている間に、初の衣装系のコラボイベントが催されまして。どこかのタイミングでレイとお会いできた時に、贈り物をしたいと思いましたから。さぁ、そろそろ行きますわよ?彼らを待たせてしまっています」
艦長室を出てMSデッキへ向かう道中、アイカとすれ違った。
「そうだ....アイカ、ちょっといい?」
「はい...?いいですけど、何かありました?」
「エタニティ・ムーンの事、頼んだよ」
「....は、はい!了解です!お任せください!」
デッキに入るとすぐにハイラックと再会した。彼の隣にはグラハムの姿も。久方ぶりに顔を見ることになるが、グラハムに大きな変化はなく、記憶の通りで無意識に安堵した。見た目と言い声と言い、ガンダム00のグラハム・エーカーそのものである。
「久しぶり、グラハムさん。えっと、大佐だっけ」
「これは随分と久しいな。私の階級の事は気にするな。どうせ知らぬ間に上下してしまう」
「そっか、階級ったって、ランク換算だもんね」
「左様だ。こんなシステムにどういった意味があるのか分からんが、不思議と隊員間で程よい緊張感を生んでいるらしい。案外悪くないのやもしれん」
そう言い残して、グラハムは新たな愛機として引っさげてきたガンダムエクシアリペアⅣに乗ってしまった。元々のカラーリングはエクシア同様、定番のトリコロールカラーだがこちらは青いパーツを黒く塗装している。
「レイ、その格好は...?」
今度はハイラックがレイの耳を触り始めた。花の形をしたピアスをする事で、クールさの中にも可愛らしさを取り込むのが狙いであろう。
「私、今回はリタの秘書やるんだってさ。それで低く見られることがないようにって、こんな格好をさせられてる。リタと同じタイトスカートなんかにされたらどうなってたことか」
「そういう事は、流石に分からないが....ん?」
艦内アナウンスが流れる。
『パーラメント准尉は、直ちにシャトルの発進準備に取り掛かってください。リーゼリット中将、レイ少佐は速やかにご搭乗を』
「この声ってまさか....」
レイは聞き覚えのある声だと思いスピーカーを見つめていたが、リタに「行きましょう」と背中を押されシャトルに乗せられた。レイの指示とは逆に、シャトルの操縦はアイカが担当するようだ。アイカはちらりと二人の搭乗を認めると、インカムのマイクを口許まで下ろした。
「こちらアイカ・パーラメント准尉。リーゼリット中将とレイ少佐の搭乗を確認。発進許可願います」
『了解。シャトル発進どうぞ』
シャトルがふわりと浮き上がり、緩やかな加速をかけながらデッキから飛び立つ。
『You have control. エーカー機発進どうぞ!』
「了解した。グラハム・エーカー、ガンダムエクシアリペアⅣ、出撃する」
ガンダムエクシアリペアⅣも宇宙へ飛翔する。そして、ハイラックの番を迎えた。ハイラックはΞガンダムでは先方を威圧しかねない可能性を考慮し、リック・ディジェを持ち出していた。νガンダムを意識した白と黒のツートーンで彩り、バックパックにはアームを増設してハイパーメガランチャーを懸架するなど、武装構成はZガンダムの物をそのまま採用した格好だ。リック・ディジェをカタパルトに乗せ、レバーを握りしめる。
『You have control. フロントフィールド機、発進どうぞ!』
「I have control. ハイラック・フロントフィールド、リック・ディジェ、行きます」
リック・ディジェとエクシアリペアⅣはシャトルの少し前に出、目的とする戦艦の座標へ向かう。各々の表情には緊張の色が浮かび、この先の行方を占う一幕に臨んだ。
月軌道を少し離れた場所にて、一つの艦隊が待機していた。旗艦と思しきその方舟は、漆黒に染め上げられ光が当たらぬ限り輪郭を捉えることすら難しい。要所に配された金色の装飾により、エタニティ・ムーンとはまた異なる荘厳な雰囲気を醸し出していた。グワジン級戦艦レウルーラの後継艦を想定して建造されたもので、その名も"アニュラ・エクリプス"。
「総帥、エタニティからの使節が間もなく到着します」
士官の報告を受け、男が席から立ち上がる。前髪を左右に流した黒い髪、青い瞳を持つやや浅黒い肌をした男。スーツを完璧に着こなしたその出で立ちは、爽やかでありつつも気品に溢れる。アーノルド・ランフォード。ブルームーンのかつての最大の出資者、ランフォード卿と呼ばれていた男である。
「了解しました。ブルームーンとの再会、胸が躍りますよ。私が直接出迎えます」
隣に立つ女性にアイコンタクトを送り、二人はブリッジを後にした。報告から程無くしてエクシアリペアⅣとディジェが、その後でシャトルが着艦する。MSデッキの様子を通路の窓から眺めるランフォードは、白い手袋をはめ息を吐いた。
「ブルームーン....私の意思をどう見てくれるのかな」
『乗艦を許可します。ようこそアニュラ・エクリプスへ』
管制官からのアナウンスを合図に、レイ達はシャトルから降りる。気密ハッチが閉ざされたので、ノーマルスーツを着ずとも活動できるようだ。アイカがリタ達より一足先に出て、ハイラックの隣に並び敬礼する。全員が降りた辺りで、ランフォードがデッキの奥から現れた。
「ようこそおいで下さいました、リーゼリット中将。そして、ブルームーン使節団の皆様。ルナーズ・アルゴノーツ一同を代表し、心より歓迎いたします」
鮮やかなボウ・アンド・スクレープに、リタもカーテシーで返した。一切のぎこちなさも無い、ごく自然な動き。両者の地位の高さを示すには充分過ぎる程だ。
「ランフォード総帥閣下、お久しぶりでございます。この様な素敵な場所へお招きいただき、光栄に存じます」
リタ以下、ブルームーン使節団はランフォードに従い通路を歩いていた。彼の秘書曰く、迎賓・応接室へ向かっているのだそうだ。
「私がブルームーンを離れている間、組織は大きく変革していたようですね。聞くところによれば、リーゼリット中将の手腕によるものだとか」
「お話はそちらにも伝わっていたのですね。確かに組織は大きく形を変えました。しかしそれは、組織の理念に賛同してくださる方々の思いが、実を結んだからなのです。私一人の力ではありません」
「そうは仰っしゃりますが、貴女ご自身も随分とお強くなられたようだ...今のあなたであれば、ブルームーンの未来もさぞ安泰なことでしょう」
大きな扉の前に辿り着くと、ハイラックとグラハムが通路の左右に別れて立った。その間をランフォードとリタら4人が通り、部屋の中へ消えた。扉が完全に閉まったのを確認するや、グラハムはすぐさまアイカに連絡する。
「....准尉、ツアーの開始時間は聞いているな?」
『はい。あと数分後に案内が来てくださるそうです』
「出来る限りでいい、見聞きした情報を隈なく記録するんだ。いいな?」
『了解です!』
そしてグラハムの視線は、ハイラックに向けられた。
「君にも頼みたいが、引き受けてくれるか?」
「え、ええ....それは分かりました...が、護衛が一人減ったとなったら騒ぎになるのでは?」
「言い訳くらいならすぐに出せる。あの士官が居なくなったタイミングで動け」
ハイラックは小さく頷くと壁の角から少しだけ顔を出し、周囲を警戒しながら通路を流れていった。
リタ達が通されたのは、豪華絢爛な大部屋であった。室内にも関わらず薔薇の生け垣や、噴水もあり戦艦にいる事を忘れてしまいそうな景色が広がっていた。ランフォードに促され、席につくと早速会議が始まる。
「今はとにかく時間が惜しい。少しは昔話に花を咲かせたいところですが、早速本題に移らせてもらいます」
ランフォードが差し出した1枚のウィンドウ。そこにはアンノウン・エネミーの出現履歴が、事細かに記載したリストが表示されていた。だがそれ以上にリタは、次回以降の出現予測ポイントまで追加されていた事に目を疑った。
「これは、これまでのアンノウンの出現記録....その上次に現れる場所の予測まで....そんな事がどうして?」
「我々も、アンノウン・エネミーの掃討作戦を独自に展開していましてね。そちらよりも早い段階から、連中を相手取って来ましたが....経験上どうもその出現地点に、あるパターンが見られるようなのです。それを基に予測をしたのが、下のリストにあるポイントとなる訳です」
「パターン、ですか?」
ランフォードの言うパターンとは次の通りだ。
・4名以上のダイバーによる対戦
・一定のランクを超えたダイバーの参戦
・卓越した操縦センスを持つ、名うてのダイバーの存在
以上の項目を満たした状況に対し、アンノウン・エネミーは攻撃を行っているのだという。ランフォードが密かに創設したとされる、ルナーズ・アルゴノーツはその様な点まで割り出していたようだ。
「しかしながら、戦力の強化を図ってきた我々ですら...アンノウン・エネミーに大打撃を与えるに至っていません。そこで、雲隠れした恥を忍んでブルームーンの皆様方のお力添えを頂きたいと、そう考えた次第です」
罪悪感に苛まれたような顔をするランフォード。だがリタは、それに流されることなく慎重さを保っていた。
「事前にお伺いしていた、組織の規模から見ますと大変魅力的な提案だと思います。ですがどうして今なのですか?これだけの組織を立ち上げる為に、なぜ私達の前から姿を消し、ブルームーンからも手を引いたのですか?それが分からぬ限り、こちらとしては判断を致しかねます」
「致し方無かったのです。現実での事情もありましたが、それはともかくとして選択と集中を進めねばなりませんでした。当時のブルームーンの状況では、独立性を保てるか否か読みかねていましたから。なれば、最悪の事態を想定して行動するのが当然の判断でありましょう。ブルームーンの理念は中立性を第一に、そして安寧と調和を守護する事にあります。ですがブルームーンが、運営側の組織たるヘラクレスとの連携を表明した時点で、それは危ういものとなってしまいました。私はそこで確信したのです。ブルームーンの理念を引き継ぐ組織が、必要なのではないかと」
ランフォードの言葉がレイの胸に突き刺さり、僅かに瞼が上がった。ヘラクレスとの提携を強行した張本人なのだから。リタは悟られぬよう横目でちらりとレイを見、すぐに視線を戻した。
「閣下の仰る通りです。ブルームーンがヘラクレスとの連携を選べば、中立性が侵される懸念が生じます。ですが、なぜそのような選択をしなければならなかったのか、閣下もご存知のはずです。ヘラクレスとの交渉を始める前から、閣下はブルームーンとの交流を断っておられました....それも出資者資格の破棄までして。その結果我々は、組織運営が立ち行かなくなる一歩手前まで来てしまいました。私のみならず、状況を憂えた他の出資者の方々のご厚意もあり、何とか立て直しましたが、それでも危うい状況であるのは変わりません。ヘラクレス司令部との交渉では、その辺りの事情もご配慮いただき、支援こそすれ、活動そのものへの干渉はしないと確約してくださいました」
リタの返答に、些か納得できなさそうな面持ちのランフォード。
「それは...ブルームーンの技術力・戦力を求めての事なのではないですか?いくら新たなる運営体制になったのだとしても、癒着関係にならないとは言い切れない。今はまだ活動への協力程度に留まるでしょうがしかし、将来に亘って一切干渉しないと...誰が断言できるのでしょう?そうなる未来が訪れぬよう、この組織を今日迄大きくしてきたのです。いかなる場合に於いても、抑止力は必要だと貴女もご理解していらっしゃると...信じております」
リタとランフォードの間に緊張が走る。レイは急いでこの場から逃げ出したくなるような気分を味わい、吐き気を堪えるので精一杯であった。──こうなったのも、全部私のせいだ。そんな思いが胸中を塗りつぶした。
会議開始と時を同じくして、アイカのもとに一人の男がやってきた。
「あなたがブルームーンの...アイカ・パーラメント准尉でいらっしゃいますね?私はネイ・ルース大尉。見学ツアーの引率を担当します。よろしく」
マルーンのスーツに身を包んだ、赤い髪の男が握手を求める。アイカもペコリとお辞儀をしたあと握手に応じて、彼についていく。
「話には伺っていましたが、何でもブルームーンに最近加入されたとか...」
「はい。レイ少佐からスカウトを受けまして」
「レイ少佐....あぁ、リーゼリット閣下の秘書をされている...?」
「ええ、その人からですね....」
ガンプラダイバーズにこの様な"世界"があるとは知らなかったアイカは、否応なしに緊張させられた。ブルームーンに参加した頃から、未知との遭遇を続けてばかりだったが、それでも知らぬことの方が多いと思い知らされる。ネイに最初に案内されたのは、MSデッキを一望できる部屋であった。モニターも用意され、様々な方角から観覧出来るようになっていた。
(この数、ブルームーンの比じゃないわよ....!どこからこんな数のガンプラを用意したのよ....!)
眼下にはかなりの数のMSが並んでおり、ルナーズ・アルゴノーツの戦力規模に圧倒される。
「我々ルナーズ・アルゴノーツの登録機体数は、現時点では300を超えています」
「そんなにあるんですか....!?」
一方その頃、ハイラックはMSデッキ内を移動しながら、カメラを使い内部の様子を具に記録していた。スクリーンショット機能を使えば済む話なのだが、露見した際にすぐに削除して誤魔化すのが難しい。アイテム扱いのカメラであれば、その場で壊してしまえば最悪の事態だけは避けられると考えての事だった。
(シュヴァルベ....?いや、違う.....?)
ザクウォーリアやサーペントのケージを抜けつつ、見覚えの薄いMSに接近する。機体のカラーリングはパーソナライズする為か、5機とも別の色でペインティングされていた。躯体はシュヴァルベグレイズそのものだが、頭部装甲が嘴のように前に突き出した形をしており、その奥に眼球型のセンサーが顔を覗かせる仕様となっていた。キャットウォークを飛び移りながら機体の背面に回ってみると、大振りな翼型のバインダーが接続され、バックパックの中央には見たことの無い形状の、円筒型の装置が取り付けられていた。よく見るとケーブルが露出し、右腕まで伸びている。何かしらの高出力兵装を使うために用意したものなのかは不明だが、ハイラックとしては不安視せざるを得ない。
(脚部にも増加パーツを取り付けるのか....こいつ等、ただの高級量産機と言うわけではないのだな....)
何者かの気配を感じ、ハイラックは機材を積み込んだコンテナの裏に隠れた。
「ようやく連中も安定してきたんだってな?」
「らしいが...一体何なんかねぇ、あいつらは。強化人間でもあるまいし、情緒不安定になるなんてぇよ。ロールプレイにしても気味が悪いぜ」
「その割には頻繁に駆り出されるんだろ?なのにこのグレイズは殆ど使われてない....別のがあるのか...?」
「んなもん、俺達が知ってどうすんだ?こっちはこっちの仕事をぼちぼちやるだけさね」
ハイラックは男達が通り過ぎるのを待ち、そして上階へ飛び上がった。今の会話も記録済みだ。
(強化人間...どう言うんだ...?)
まさしく謎が謎を呼ぶ状態である。 ガンプラダイバーズの歴史において、特殊な力を持つ人間たちの存在は、避けては通れないほど大きな影響を与えてきた。ハイラックやレイもその一人だ。仮想世界に適応した事で第六感とも呼べるセンスを得、一般のダイバーと比して圧倒的なアドバンテージを持った者たちを、ν-Type"ニュータイプ"と呼ぶ。宇宙世紀におけるニュータイプに準えて名付けられた。その中でも一際違う形で進化した者もいたが、いずれにしても共通するのは"力"を持たぬ人々から、憎悪の目を向けられていた事である。それはある意味では自然な感情とも言える。ガンプラダイバーズは各々が作り上げた愛機で、世界中の猛者と腕を競い合うゲーム。経験と閃きが戦況の大部分を占めるところに、更に優位性を持った"何か"が加わると、忽ちそれを有している人間によって蹂躙されてしまう。そうなった場合、誰もが立つことになる平等なスタートラインが、もはや意味をなさなくなる。そして、ν-Typeに覚醒した者達の中にも悪意を持つ人間も現れ、仮想世界は混沌の渦に叩き込まれた。2代目の運営会社となったグリフォン・インターナショナルは、その状況の根治に取り組みν-Type能力保有者を"浄化"し一定の成果を収める。だがハイラックとレイはブルームーンに所属する為、脅威への抑止力となる事を条件に特例として、能力の保持を認められたのである。ハイラックはダイバーズで共に戦った古い友人から、様々な話を聞いていたが明確に強化人間を意味する言葉はなかった。そして、自らの出自を振り返り1つの仮説を立てる。それは───。
(そんな事を可能にできるのは、人格コピーだ....!それが事実なら、奴らはやりやがったと言う事だ!)
ハンガーに掛かったままの白衣を盗んで羽織り、再び下の階へ飛び降りる。白衣のポケットにはIDカードが入ったまま。ハイラックは、信じ難い幸運が来たと思いたくなった。ドアを開け、壁の影に隠れ耳を欹てる。足音がこちらへ近づいてくるのを感じ、ジャケットの中に仕込んだ拳銃に指をかけた。研究員と思しき白衣を着た人間が、こちらに背を向けた頃合いを狙い拳銃を発砲。だがこれには殺傷能力を無くす改造が施されており、銃弾も低圧電流を発生させる機能がついた専用品を用いる。研究員はビクンと痙攣するような動きをした後、その場に倒れ気を失った。ハイラックは手早く彼からベレー帽とメガネを奪い、走り出した。
アイカはネイの説明を聞きながら、道中で貰ったアイスティーを飲んでいた。今彼が説明しているのは、ルナーズ・アルゴノーツの設立された経緯である。
「すいません、一ついいですか?」
「はい、何でしょう?」
「これだけの規模の艦隊を作るのに、何万ドルもかけたのはわかりましたけど、それをランフォード卿ただ一人が出してたんですか?」
「正確には総帥のみではなく、何人かの同志を募っていたそうですが....割合的な話をすれば、ほぼあなたの仰る通りになります」
「有名な資産家というのは前から聞いてましたけど、そんな事までやれてしまうなんて....」
「全てはガンプラダイバーズの調和と安寧を守る為。それを実現する努力は一切惜しまないのが、総帥の意向なのです」
アイカはアイスティーをストローで吸い上げながら、思考を巡らせる。思想は立派だが、国家の正規軍クラスの規模が本当に必要なのか、甚だ疑問であった。ブルームーン単体はアイカの把握できる範囲でも、ルナーズ・アルゴノーツの10分の1にも満たない規模で活動している。エージェントと呼んでいる、支援組織も存在するがそれでも追いつく事はできないだろう。だがアンノウン・エネミーの出現時期以前では、その規模でも十全な活動を行えたのを知っていた。無論、経済的な問題によって制限が生じた事もあるが、空いた穴をヘラクレスにカバーしてもらっていたので、大きなダメージは無かった。アンノウン・エネミーは脅威だが、アイカとしてはやり過ぎなように感じてさえもいた。これでアンノウン・エネミーを駆逐し、ブルームーンと統合を果たしたとしても、今度は自らが世界を動かす存在となりかねない。それは極端な想像に過ぎないが、現実になる可能性はゼロとも言えないのだ。齢15のアイカにはどうすべきかは分からないが、この状況の危険さは理解できていた。
大気圏内を航行中のラー・ペガサスにて。ドミニクはとある人物とビデオ通話を行っていた。
「調査報告を読ませてもらったが....荒唐無稽過ぎてどう捉えたらいいのか分からんな...どういう事なんだ?」
タブレットに表示した内容を一通り読んだものの、ドミニクの想像を離れた記述に頭痛を起こしそうであった。通信相手の銀髪の女は考える素振りを見せながら、言葉を紡ぐ。
『そうですねぇ....ZeuSの仕掛けた罠、と言うのか何なのかは私にも分かりませんが、それが影響してプレイヤーと瓜二つの存在を生み出す...なんて現象が多発していました。それを人格コピーと表現しています。しかし...言葉通りではなくて、本人の心の闇...と言いましょうか、そういうのを肥大化させたような感じらしくて』
「だからそれが掴みかねている、と言っているんだが...あなた程の人が解釈に苦慮するなら、我々がそれを理解するにはもっと時間がかかりそうだ...歯痒いがな」
『すいません。私も時間を見つけては当時の記録とか、古い知り合いに聞いてみたりとかしてるんですけど...殆どの人にとっては、トラウマになっているから聞き出すのにも難儀してるんです』
「兎に角....ルナーズ・アルゴノーツが禁忌に手を染めている可能性は否定できん。そして、アンノウン・エネミーとの、異様なまでの会敵率の高さ....何か裏があって然るべきだが、その決め手が見つからない。どうしたものか...」
ブリッジに副長がやって来た。中年か壮年あたりの男性だ。ヘラクレスからブルームーンに移籍したと言う、異色の経歴の持ち主でもある。
「ユキオ・コノエ大佐、ただいま帰還しました」
「...あぁ、コノエ大佐か。どうだ、エージェントからの反応はあったか?」
「戦力の補填として1名のみですが、こちらへ一時的に移籍させるとの事でした。まぁ彼は相当な実力者です。浄化処置を受けても実力と言うものは失われませんし、期待はできるかと。後、ブルームーン・ヘッドクォーターから補給物資の手配を行ったと連絡がありました。彼もその時に合流するようです」
「パイロットを一人よこした位で変わるとは思えないが....しかしこっちもわがままは言えない立場だ。難儀なものだよ」
「それは常々、頭を悩ませる話ですな...おや、エージェントの神宮寺さんではありませんか。お元気にしていましたかな?」
銀髪の女の名は神宮寺 英梨。アメリカ在住のフリーの雑誌記者をしている人物だ。最近は世界的に有名なネットメディアにも連載企画を持つ、名実ともに敏腕のジャーナリストだ。彼女はブルームーンのエージェントにも参加しており、多忙ながらも合間を縫って本隊へ情報提供を行っている。ユキオ自身にとっては、ヘラクレス在籍時から長い付き合いになるが、彼女の多忙さはいつ寝ているのか分からない程だと言う。余談だが、怜にとって英梨は、まるで実の姉のような存在だ。
『コノエ大佐、お久しぶりです。私はいつも通り元気ですよ。そう言う大佐こそ、腰を痛めたりとかしていません?そのお歳だとそろそろ気を付けた方がよさそうです』
「ハハハッ....!歳には中々抗えませんが、どういう訳か腰はまだ曲がっていませんよ。ですが、お気遣いには感謝します。それはそうと、エタニティ・ムーンがルナーズ・アルゴノーツとの会談に出たそうですが、どう見ておられますか」
『私個人としては、連合を組むことは避けたほうがいいんじゃないかと思ってるんです。さっき、ドミニク艦長にもお話したんですけど、ランフォード卿はここ最近黒い噂が立ってましてね。倫理に反する方法で、無尽蔵に兵士を生み出す仕組みを、完成させたんじゃあるまいかって話ですけど....大佐は信じます?』
「ふむ...ヘッドクォーターの方でも、類似する話は聞きましたな。ランフォード卿は無断でこちらへの出資義務を放棄し、雲隠れしながら自らの軍隊を作り上げ、今またブルームーンへの合流を模索しているようですが...組織の規模そのものが、ヘラクレスに匹敵するというのはどうも腑に落ちなかった。ですが、そういうやり方なら簡単に拡大は出来るのでしょうな」
ユキオの反応にドミニクは頷き、指を組んだ。
「あぁ、それは私も同じように見ているが...あの組織にはかなり野心的な物を感じてもいる」
英梨が意地悪そうな笑みを浮かべた。どうやら彼女も似たような事を考えていたようだ。
『野心、ですか?まさか、ランフォード卿がブルームーンを食い尽くそうとしている...とかだったりします?』
「そう見ている。飽くまでも、可能性の1つなのだがな....」
通話を終えると、ドミニクはユキオにタブレットを貸した。調査報告書に目を通してもらう為だ。
「....やはり、彼女程の情報収集能力を以ってしても、ルナーズ・アルゴノーツの核心に迫るネタは掴めなかったか....」
「奴は相当な秘密主義者と見える。ブルームーンに何1つ足跡を残さず、消えてしまうくらいだ。彼の思惑をリーゼリット中将が掴んでくれれば楽になるが...それを期待していいものか」
「現状では我々は、アンノウン・エネミーに対し後手に回りながらも何とか潰すのが精一杯...ルナーズ・アルゴノーツの提案に乗らない手はないと考えるのが、自然ですな。それを当然あちら方も見越して話を持ち込んだ...統合するにしても、あちらが優位な状態で進められるのは自明。こうなってしまっては、リーゼリット中将の手腕次第となるのはやむを得ません。年長者としては、何とも情けない話ですが....」
会談と見学会が終わり、リタ達使節団はエタニティ・ムーンへの帰途についた。リタは今にも死にそうな顔をしているレイを案じ、隣の席に座った。
「レイ....あの事はあなたが悪い訳ではないのですよ?ヘラクレスとの連携協定は、ブルームーンを維持する為に必要だった事。私が同じ立場にあっても、選んでいたはずです」
「分かってる....けど....」
「あれは恐らく私を揺さぶらせるために、言及したに過ぎません。あの様な場では、時折そう言う状況に出くわす事があるのです。どうか、お気を保ってくださいまし」
リタはそう告げると、レイを優しく抱きしめた。
「あなたの苦しみを完全に理解することは出来ずとも、少しでも和らげて差し上げたいのです。あなたのおかげで、ブルームーンは永久の闇に沈まずに済んでいるのですから....それだけは、お忘れにならないで」
「んっ.....ありがとう、リタ....」
シャトルとMSの収容が完了した頃、ハイラックは休憩スペースのソファに座っていたが、彼もまた憔悴した様子であった。そこへグラハムが通りかかる。
「しばし待機...だそうだ、ハイラック大佐....ん?どうした、生気が失せているようだが」
「いえ....アニュラの内偵で信じ難いものを目にしてしまって....少し、混乱しているんです」
「君程の男が動揺するとは....一体何を見たと言うんだ?」
「その....まだ頭の整理がついてなくて。どうにか上手くまとめられそうな、気配もないんですが...」
「ふむ....無理に話せとは言わん。話せるときで構わんさ。それはそうと、パーラメント准尉の訓練プログラムの件だが」
「アニュラでのツアーの内容をレポートにまとめるよう、言ってもらえますか。表向きの情報でも何かのヒントはあるはずなので。訓練は.........今日は、自主練と言うことにしといてください」
「了解した。レイの事と言い、これ以上悪化しなければいいがな...」
立ち去るグラハムを見送り、再びうなだれる。
時は遡り、アニュラ・エクリプスの研究施設ブロックへ潜入を果たした直後。奪取した衣服を使い変装し、難なくセキュリティを突破したのは良いが、ここまで上手く行っているのが不思議でならなかった。研究施設と来れば、機密区域であるが故にセキュリティもかなり厳重に施されていて然るべきである。そう言うふうに相場も決まっている。職員達とすれ違いながら奥へと歩いていると、窓の向こう側から光らしきものが見えた。
「これは....?」
青白い光が、拍動するかのように鈍く点滅する。目を細めよく観察すると、同じ発光パターンをする機械が何台も並んでいた。しかし眼下に広がる景色は、これまで見てきた物と比べ遥かに異質であった。ハイラックは導かれる様に、その部屋へ向かっていた。経路を知らないはずなのに、何故か迷わずに辿り着くことができた。ハイラック自身でも、自らに起きた現象を解せぬまま言い知れぬ恐怖を感じつつ、ドアに備えられたセキュリティデバイスにIDカードを通し、内部へ足を踏み入れた。何処までも薄暗い部屋。その中でただ光を放つ円筒型の機械。ここで何が行われているのか、見当すら付かずにいた。しかし。
「何ッ......!?人が....入っているのか.....!?」
装置の前に立ち止まり中の様子を見た瞬間。ハイラックの思考が停止した。内部には人間が収められていたのだ。気泡が上へ流れていくのを見るに、液体で満たされたタンクなのだろう。人工呼吸器が使われている事から、溺死するとは考えにくい。だがハイラックが戦慄したのは、そこに対してでは無かったのだ。そこかしこから声が頭に流れ込んで来る。何を言っているのか判別もつかないが、声音に怨嗟の念が込められているようだった。
「うぐっ.....!何なんだ、これは....!?」
声を頭から振り払うべく、この部屋を後にしようと考えた刹那。
『ようやく会えたな。我が同胞よ』
はっきり聞き取れるほど明瞭な声だけが脳裏に響き、咄嗟に振り向く。すると背後の機械に浮かぶ人間が、ゆっくりと大きく目を開きじっと見つめてきたのだ。ハイラックは本能的な恐怖に突き動かされる形で、部屋から逃げ出した。悲鳴を上げるだけの余裕もなく、ただひたすら廊下を駆け抜ける。幸いにも誰とも遭遇せずに研究施設ブロックを脱出できたが、ハイラックは吐き気を抑えきれずMSデッキの隅で吐瀉した。このままログアウトしてしまいたかったが、そうする訳にも行かずエタニティ・ムーンへの帰還を選んだ。
(あれは....あの感覚は....!間違いない....!あれは....!)
「....!........ねぇ....!ねぇってば....!ねぇ、拓!」
「ハッ......!?」
何度も呼びかける声が聞こえ、拓は意識を取り戻した。声の主は怜で、酷く不安げな表情でこちらを見つめている。
「どうしたの....?突然自動ログアウトされたって言うから、こっちも慌てて戻ってきたんだけど」
「怜、か......済まない....心配、かけさせたね」
怜の頬を指で触れ、そっとひと撫でし椅子から立ち上がった。しかし立ち眩みに襲われ、敢え無く椅子に座り直した。極度のストレスをシステムが検知すると、心身の保護を優先し自動的に強制ログアウトさせる、ダイバーズの機能によって拓は無事に帰還できたのである。
「何があったの?あんたがこうなるなんて、初めてだよ」
怜は拓に氷水の入ったコップを渡し、脂汗に塗れた彼の額をタオルで拭う。
「そうだな......俺もどう話したらいいものか、分かりかねるんだが....」
「はぁ....?何でよ....」
「分からない....本当に分からないんだ。頭の中の整理が、全くできない....」
拓の精神的疲労が限界に達したのか、そのまま死んだように眠り始めた。怜は別の部屋から毛布を持ち出して、彼に掛けてやると、デスクの隣りにあるソファーに横たわった。そして彼女もまた、眠りに落ちてしまった。
翌日。ハイラックは昨日の事件後で本調子にないにも関わらず、ブルームーンの会議に参加していた。
「以上が、ルナーズ・アルゴノーツのランフォード卿との会談にて得られた情報ですわ。レイ少佐の記録も内包しておりますので、これで此度の会合についての内容は全て網羅すると思います」
スクリーンの前に立っていたリタが、ハイラックの隣の席に腰掛けた。
「大佐は...もう、大丈夫なのですか?レイの事も気になりますわ」
「僕は大丈夫です。レイには、時間をずらして来るように言ってあります。せめて彼女には、万全な状態でいてもらいたいですからね」
「それは私もそう思うところですが、あなたの事も心配ですわ」
「お気持ちは嬉しいですが、これ以上は面倒をかけさせたくは無いので」
ハイラックは小声でリタに自身とレイの状況を報告した。昨晩彼女から送られたメールにより、レイがランフォード卿との会談中に、ヘラクレスとの連携協定について糾弾するような指摘をされ、殊の外大きなダメージを負っていた事を知らされていた。その為彼はレイの休息を優先させることを選んだのだ。
「作戦は本日決行だ。作戦開始時刻、並びに展開区域はルナーズ・アルゴノーツ側にて指定の通りだ。各員にも通知済みである。我々はそれに従って行動する事になる。奴らの出鼻を挫き、首謀者でも何でも構わん。身柄を拘束するんだ、いいな?総員持ち場に着け!」
ドミニクが皆の前に立つと、号令をかけた。隊員の面々は敬礼をしそれぞれの持ち場へ急ぐ。
「あの、隊長!もう大丈夫なんですか?倒れたって聞きましたけど...!」
ハイラックの歩く速さに合わせ、アイカもついていく。やはり彼女も心配してくれていた。
「ありがとう、そして済まなかった。僕はもう大丈夫だ。レイは後少しでこっちに来るはずだよ」
「そうなんですか....!よかったです!それで、作戦の話なんですけど....」
同時刻、ルナーズ・アルゴノーツ旗艦、アニュラ・エクリプス。3人の男女が新型グレイズの前に集まっていた。一人はネイ・ルース。もう一人の男はギターを掻き鳴らしながら、悦に浸っている。そして紅一点はランフォードに付き従っていた女であった。
「今回はこのアドラーグレイズに乗るんでしたっけぇ....?何かかったるいですねぇ」
その紅一点たる、ヒルダ・フラーナが面倒そうに喋りながら、手鏡を見て唇にルージュを塗る。アイメイクも抜かりなく、リタ達との会合に出た際とは間逆の、派手目なスタイルに仕上げた。髪は紫だが、インナーカラーで黒を入れるなどしており、何処か危険な雰囲気さえ感じさせる。服装もブレザーを改造したもののようで、今時の"ギャル"とやらを意識している。
「ブルームーンからの信用を得る為です。まぁ、どの道もう直使わなくなりますよ」
ネイはノーマルスーツの首元のジッパーを引き上げ、アドラーグレイズを眺めた。彼の態度は物腰こそ柔らかいが、何処か慇懃無礼な印象が見え隠れする。
「俺、アムドゥスキアスを使いたかったのによぉ!アイツじゃなきゃ、俺のロックは完成しないんだぜ!?」
ギターを鳴らしていた男、マッド・チェスターは突然怒り出し、自分用のアドラーグレイズの足先を蹴りつけた。風貌が棘付きのノースリーブレザージャケットに、激しいダメージ加工の入った赤いTシャツと青のGパンを着こなし、剃り込んだ頭に極彩色のモヒカンを走らせるなど、外見の危険度はヒルダのそれを遥かに超えている。
「こんっっな地味な機体じゃあ、俺に相応しい舞台を演出できゃしねえ!!F○○○○○○kッ!!!」
殴る蹴るはしながらも、ギターだけは遠くに離して置いている。よほど彼はギターを気に入っているのだろう。ネイは腕時計ちらりと見、ワイヤーリフトを使ってアドラーグレイズに乗り込んだ。
「さぁ、我々も仕事を始めましょう。手筈通りにやりますよ、いいですね?」
「はいはーい、了解ですぅ」
「Oh yeahッッ!!」
ブリッジではランフォードが艦長席に座り、寄せられる報告に対し指示を与えていた。
(今のブルームーンが如何程に変わったのか。じっくり拝見させてもらいますよ)
彼はまるでこの作戦を待ち望んだかのような顔で、モニターに映る青空を眺めた。
エタニティ・ムーンに転移したハイラックとアイカは、レイの姿に気づき駆け寄った。
「やぁ、もう大丈夫かい?」
「私は別に。ってか、アンタの方こそ...!」
さも平然と具合を聞いてくるハイラックに、レイは目を瞬かせる。だが彼は心配させまいと、普段の調子のままを装い振る舞った。
「俺はそれなりに回復するノウハウがあるんでね。ご覧の通りさ!」
「.....本当に?ならいいけど」
ハイラックがΞガンダムのチェックを行っている間、アイカは思い切ってレイに問いかけた。
「本当に、大佐は復活しているように見えます...?」
「彼、私に変な無茶をさせないように....わざとあぁやって見せてると思う。バカだよね、あっちの方こそ無理をしてるの見え見えなのにさ...」
レイはきちんと彼の不調を見抜いていた。彼が自分とは比べものにならない程のストレスを受けた事は、容易に察せられたからだ。
「やっぱりそうですよね。奥さんともなると、それも分かっちゃったりするんです?」
「いや、結婚する前から...割と気付けるようになってた。あ、この人私の事となるとバカになるなって。んー、まぁ私も人の事言えやしないけど」
「へ....?どういうことですかね....?」
「あんたも直に分かるようになるんじゃない?その意味が」
「そうですかぁ....難しいですね、何だか」
「それは私も一緒。その人のすべてを理解するなんて、誰にもできないもの」
レイとアイカもそれぞれの機体のコクピットに搭乗、出撃時間を待つ。
『リタ・リーゼリットです。艦内の乗組員全てにお伝えします。本艦はこれより、ルナーズ・アルゴノーツとの合同作戦に参加します。ですが、不測の事態は必ず発生すると覚悟しなければなりません。彼らの真意が明らかになっていない以上、下手に弱みを握られるようなことがあれば、こちらの...ブルームーン自体の主導権を奪われることになりかねません。その事態だけは、何としても...』
まさに現体制下のブルームーンにとっては、大勝負とも言える今回の作戦。リタが自ら艦内放送でクルーに重要性を説く程、失態は許されない作戦となっていた。
「中将は本気だな...いや、それは俺達も同じなんだが」
『今回の部隊指揮はどちらでやる?』
Ξガンダムにグラハムからの通信が入る。ハイラックもグラハムも同階級であることから、出撃前から打ち合わせる必要があった。
「こちらで引き受けます。ですが何が起こるか分からない以上、有事には対応をお願いすることも念頭に置いてもらえると、ありがたいです」
『了解した。此度の作戦、必ず成功させよう』
「もちろん。こちらは初めからそのつもりですから」
『フロントフィールド大佐、アヤカです。まもなく作戦ポイント周辺へ到着します。作戦開始時間は到着から3分後です』
「ン....そうか。アルゴノーツの情報が正しい事を祈るばかりだな」
ブリッジからの通信を聞いていたハイラックは、彼女の名前に懐かしさを覚え目を丸くした。
(トーンが変わったので気づかなかったが、彼女だったのか...!随分と大人になった....みたいだな)
そして、とうとう運命を決める戦いへの火蓋が切って落とされる。
『ポイントX-2285Dに、アンノウンの出現を確認!フロントフィールド隊は発進準備を!』
アヤカのアナウンスと同時に艦内は一気に慌ただしさを見せた。リタはアヤカにアイコンタクトを送り、アナウンスを引き継いだ。
「作戦行動ポイントは、大規模戦を行う事を想定したフィールドのようですわ。故に混戦が予想されます。各員は状況の正確な把握を確実に行ってください」
そして、アナウンスの役割がアヤカに戻ってきた。
『ルクスエアリアル、ストライクフリーダム弐式、発進どうぞ!』
レイとアイカはグリップを握り、一気にペダルを踏み込んだ。
「レイ・フロントフィールド、ガンダムルクスエアリアル、出る!」
「アイカ・パーラメント!フリーダム、出ます!」
次にカタパルトデッキにΞガンダムとエクシアリペアⅣが固定される。
「レイとアイカは、一般プレイヤーへの退避勧告を行いつつ、既に到着していると見られる敵集団の殲滅を。グラハム大佐には僕と共に敵の第二波への切り込みを頼みます」
ハイラックの指示に部隊メンバーが返事し、その後にアヤカからのアナウンスがなされた。
『Ξガンダム、ガンダムエクシアリペアⅣ、発進どうぞ!』
「グラハム・エーカー、ガンダムエクシアリペアⅣ!出撃する!」
「Ξガンダム・レガシー。ハイラック・フロントフィールド、行きます!」
Ξガンダムがエタニティ・ムーンから飛翔すると、すぐさまミノフスキークラフトを起動した。機体が白い光に包まれ瞬く間に加速し、虚空へと駆け上がる。先に出撃していたレイ達は、乱闘状態にある現場に到着するが混沌とし過ぎた状況に舌を巻いた。
「予想はしてたけど、ここまでの混乱状態にあるなんて...」
「一つずつ片付けるしかないですね!」
ルクスエアリアルとストライクフリーダム弐式がビームライフルを撃ちつつ、戦場に割って入った。一般プレイヤーとアンノウンが入り乱れる空間に、自分の精神と集中力が影響を受けるのではないかと、アイカの脳裏に不安が過ぎった。ルクスエアリアルはビームサーベルをアクティブにし、フォーンファルシアを痛めつける、2機のガンドノードと無人仕様モビルジンを一太刀に斬り伏せる。
「こちらブルームーン、レイ・フロントフィールド!対戦中の各機に警告します!これより当エリアは危険地域となります!直ちにルーム破棄を行い、当エリアより退避してください!」
ストライクフリーダム弐式のアイカも、レイに倣い同様の警告を発しながら敵を撃墜し続ける。
「えぇいッ!!こんなにぐちゃぐちゃだと、狙いもまともにつけられないじゃない!」
半壊状態のヅダを庇う形で前に立ち、ビームライフルでガンヴォルヴァとビルゴⅡ、プルーマを次々と撃ち落とす。だが敵味方、被害者入り乱れる状況で戦うのは、アイカの精神をすり減らすには充分すぎた。
「敵は完全な機械を使ってる....なら、憎しみを表さない!」
「えぇっ?何ですって!?」
レイのアドバイスは的を射る内容だが、如何せん伝わりづらい表現のせいでアイカは汲み取れぬまま、戦わざるを得なくなる。その上アイカはν-Typeではない。ルクスエアリアルと、ストライクフリーダム弐式の援護をすべく、ルナーズ・アルゴノーツ所属機が続々と合流を果たした。そばに降り立ったセラヴィーガンダムと共に、ルクスエアリアルはスペイザーライフルを最大出力で放出、上空から迫る魔の手を一網打尽にした。
「助かります!」
セラヴィーと別れて、前線を押し上げる。アイカのストライクフリーダム弐式もまた、追い込まれたヤークトアルケーを救い出すなど大奮戦した。一方高空ではグラハムのエクシアリペアⅣ、ハイラックのΞガンダムが敵の増援部隊を蹴散らしていた。
「いつもの事だが、キリなどないじゃないか...!」
Ξガンダムが腰部に接続した、大型のミサイルコンテナから通常弾頭とファンネルミサイルを織り交ぜた、砲弾の雨嵐を降らせる。エクシアリペアⅣは爆撃の隙間を縫いながら、撃ち漏らした敵を各個撃破してゆく。
「これだけの数を相手取る事を想定したのは、大正解だったという訳だ。腐らせずに済んで良かったと思うばかりだ!」
「それはそうだが、こちらのは使えば使うほどリロードが伸ばされるからな....!」
「全く、そちらには厄介な仕様が存在するものだな?」
エクシアリペアⅣにも、対多数戦闘に向けて装備を追加していた。腰部にダブルオークアンタのGNシールド、GNソードビット、GNソードVを追加しておりこれによって、Ξガンダムに匹敵する範囲攻撃能力を獲得したとされる。Ξガンダムのミサイルポッドは調整不足で、発射回数を重ねるごとに再使用可能までの時間が延長するらしく、奇しくもその穴を埋める格好となった。
「来たか、モビルアーマー....!」
レーダーに高速移動するマーカーが現れ、それを目にしたハイラックの額を汗が伝った。
「ならば、この雑兵共を一気に蹴散らすしか無かろう!トランザムッ!!」
エクシアリペアⅣを赤い輝きが包み込み、周囲に停滞するGNソードビットをGNソードVと連結させ、バスターライフルモードとした。モニターにはHUD(ヘッドアップディスプレイ)を模したインタフェースが表示され、グラハムは敵軍の密度の最も高い場所へ狙いをつける。
「"少年"のようには行かぬが、使わせて頂こうッ!ライザーソードをッ!!」
先端部にエネルギーが収束、臨界とともに敵の群れを飲み込まんばかりの粒子の奔流が解き放たれる。そのまま真横に薙ぎ払い、無人機の集団を消滅させた。だがモビルアーマー・ハシュマルは無傷でこちらへ真っ直ぐ突き進んだ。
「やらせるか!」
目にも留まらぬ速さで振るわれる、"刃の尾"をビームサーベルで斬り結びつつ、ミノフスキークラフトを再展開して注意を惹く。ハシュマルの標的がΞガンダムに固定された事を勘づくと、ハイラックはコンソールのウェポンセレクタに手を触れた。肩部装甲の先端に内蔵する二門のメガ粒子砲を放ち、ヒットストップを利用してハシュマルの動きを止め、その間にファンネルミサイルを射出。爆煙が生じた瞬間にも自身もビームサーベルを発振させつつ、敵の懐へ飛び込んだ。ハシュマルは後退と同時にプルーマを突撃させたが、Ξガンダムのファンネルミサイルにぶつかり玉砕。超硬度ワイヤーブレードを横薙ぎに振るい、敵を追い払おうとするがビームサーベルによってケーブルを切断されてしまった。
「ガンタムフレームでなくとも、ダイバーズならやりようはあると言う事さ!」
Ξガンダムはビームサーベルで昇龍斬りを見舞い、刻んだ裂傷めがけファンネルミサイルを集中させてハシュマルを沈めた。
「見事だ!モビルアーマーの対処も物にするとは!」
「手伝ってくれたってよかったでしょう!」
「私が手を出すのは無粋だろう?そういう事だ!」
しかし、ハイラックは奇妙な感覚がしてすぐ足元を見下ろした。
「何ッ!?」
赤黒い死の光がΞガンダムを襲う。ハイラックの反応が間に合い、難なく躱すことが出来たものの急上昇するハシュマルに対応せねばとビームライフルを構える。
「あれだけパーツを吹き飛ばされながら、動けるとは!」
エクシアリペアⅣがGNタチを担ぎ相対する。運動エネルギー弾をスライスし、勢いを殺さず接近。
「せぃいいいいいッ!!」
掴みかからんとするハシュマルの爪をGNソードビットで弾いた。Ξガンダムもビームライフルでハシュマルの注意を逸し、もう一度ファンネルミサイルで爆撃を試みる。だがここで、予想だにしなかった事態に陥った。それはレイ達が被害者プレイヤーを逃がしきったあとの事であった。無人機軍団の数も大きく削り、ようやくハイラックとの合流ができるとレイは踏んだのだが、ラー・ペガサスからの通信で状況が一変した。無人機仕様に改造されたと見られるサイコガンダムを、アイカのストライクフリーダム弐式 との連携で討伐した直後である。
『西方より、新たな無人機の反応が多数接近!』
「嘘でしょ!?まだ来るの....!?本当にキリが無さ過ぎる!」
舌打ちしながらその方角へ目を向ける。その瞬間、レイは目を疑った。空から舞い降りたのは今までに見たことのない、半透明の装甲を纏ったキュベレイらしき機体。ツインアイが全て埋まったぬるっとした外観の顔だが、辟邪にも似た2本のライン型のセンサーが走っており、原型機の異形さを際立たせた。脚部も細長いハイヒールのように変わり、腰部フレームは背骨かと見紛うほど華奢だ。レイとアイカは身構え、キュベレイらしき機体の挙動を警戒する。だかキュベレイ自身は特に何もせず、ゆらりと浮いたままこちらを見下ろすのみ。
「....人が乗ってる....!こいつも、アンノウンの...?」
レイは僅かなプレッシャーをこのキュベレイから感じ、奥歯を噛む。同じものを、キュベレイのダイバーも認識しており唇をぺろりと舐めた。
『さぁて....あなたの心はどんな闇を見せて、く・れ・る・のぉ?』
名も知らぬ女の声───。レイの脳裏に響く刹那、あらゆる記憶が止め処なく蘇り視界がグラグラと揺れた。目は大きく見開き、唇が微かに震える。空中で静止するルクスエアリアルを見たアイカは異変を感じ、急ぎ回線をつなげた。
「少佐!どうしたんですか!?返事をしてください!レイさんッ!!」
『あ───あっ────嫌───嫌ッ....!──嫌ァアアアアアッ!!』
レイの声が途切れて聞こえ、アイカはキュベレイ目掛け連結させたビームライフルで狙撃する。しかしキュベレイは僅かに横に逸れてこれを避け、だが特に行動を起こさずルクスエアリアルに相対し続けた。束の間の静寂が訪れたかと思いきや、突如としてルクスエアリアルが爆発四散したのだ。
「少佐!?そんな.....隊長、少佐が....レイさんがっ!!」
アイカの悲鳴を耳にしたハイラックは、すぐさまΞガンダムを旋回し状況の把握を始めた。
「隊長、こいつは私とラー・ペガサスで引き受ける!」
「頼みます!!」
グラハムの声に突き動かされ、Ξガンダムを急行させた。ストライクフリーダム弐式が再び現れた無人機を相手に、奮戦する姿を目にしたもののルクスエアリアルの影はどこにもなかった。
「レイッ....!どこだ、レイはッ!!」
迫りくる無人機をビームサーベルとファンネルミサイルで尽く破壊する。レイの気配が感じられず、ハイラックは次第に焦りで思考が塗りつぶされた。そして彼の目にルクスエアリアルの、原型を辛うじて留めているだけの頭部が映った瞬間───。
「ルクス、エアリアル....!?ぐっ......うぅっ....やったなッ.....やったなぁあッ!!」
瞳が怒りに染まる。逆手にしたビームサーベルで、背後から奇襲する無人型モビルシグーを、ノールックで貫き斬り捨てると"敵"の正体を見据え睨みつけた。最大出力のビームライフルを数発放ち、キュベレイを浮かせるとそこへ向けてパージしたミサイルコンテナを、ロケットの如く飛ばす。キュベレイが手首から伸ばしたビームサーベルで破壊するより早く、ビームライフルで狙撃し爆破すると内部から飛び出したファンネルミサイルを全てぶつけた。流石のキュベレイも制御を僅かに失い、地上すれすれまで落下した。
「何だアイツ....!無茶苦茶じゃないか!」
キュベレイのダイバーはΞガンダムの戦い方にやや気圧されそうになる。強過ぎるプレッシャーと同じく強固な殺意。それが見えると分かると、表情に余裕が戻った。
「コイツがメインターゲットですよぉ、対処しちゃいましょう」
キュベレイは両手からビームサーベルを生成すると、低空飛行でΞガンダムに接近、勢いよく振り上げた。Ξガンダムはそれを躱し、膝部ミサイルランチャーを放ち距離を取る。キュベレイも余裕の反応を見せ砲弾を切り落とし、煙幕からファンネルを飛び出させΞガンダムを包囲した。全方位からの火線にもハイラックは気を取られず、敵を斃すべく全神経を集中させる。やがて自身と機体が1つになったような感覚を得、目をカッと見開いた。近づくファンネルを、シールドのショットガンとビームサーベルの合わせ技で叩き落とし、ミノフスキークラフトを使い瞬時に敵の真横に回り込み、蹴り上げた。
「まだ来るのかッ!!プレッシャーを隠さないとはな!!」
頭上から別の気配が。ハイラックは即座にΞガンダムを離脱させ、そちらへもビームライフルを撃ち牽制した。だが新たに現れた敵は、ハイラックにも僅かながら見覚えのある姿をしていた。緑と赤で彩った、ガンダムフレーム機。先の戦闘にて、ジンと連携して足止めをした機体そのものだ。頭部にはモヒカンを思わせる形の装飾があり、V字アンテナの中心からは原典の悪魔を意識したような、一本の角も備えていた。体躯のあらゆる部位にヒレのようにも見える、鋭利なパーツも配するなど、攻撃的な印象を嫌と言うほど与えてくる。Ξガンダムのモニターには、ガンダム・マッドアムドゥスキアスと表示された。
「ヒャッハァアアアアッ!!最高のステージの、開幕だァアアアアアッ!!」
上空から落下する勢いを加え、全身の力を込めて大型メイスを振り下ろしてきた。Ξガンダムは咄嗟にシールドで受け止めたものの、大質量を伴う衝撃は流石に発散させきれず拉げてしまった。
「このパワーは....えぇいッ!フレームにまでダメージを与えるのか!」
ルクスエアリアル撃墜の悲報は、前線指揮を執るラー・ペガサスにも伝わっていた。
「ルクスエアリアル、撃墜されました!突然爆発なんて、そんなのありか!?」
ウォレスが信じられないという顔で、モニターを凝視した。ドミニクは報告を受けて声を荒げる。
「何が起こっている!?機体が突然爆発するなどあり得るものか!よく調べるんだよ!パーラメント准尉に回線を繋げろ!」
『こちらアイカです!!すいません、少佐を守れませんでしたッ....!』
「それはもういい。現在こちらのMSも大幅に数を減らされている。エタニティも、アニュラ・エクリプスも甚大な被害が出ているようだ....このままでは作戦にならない、撤退支援にとりかかるんだ!」
『.......!?でも、敵はまだ!』
「このまま戦い続ければ状況を悪化させるだけだ!撤退を急がせろ、いいな!」
回線を切断するドミニクの表情は、いつも以上に険しい。ルナーズ・アルゴノーツからの情報には予想される敵部隊の規模まで記されていたが、ここまで乖離していようとは思ってもみなかった。エースの一角たる、レイのルクスエアリアルが撃墜された今、戦闘継続するのはみすみすブルームーンを危機に晒す悪手にしかならない。
「ブルームーン、ならびにヘラクレス司令部へ回線を固定!観測衛星ネットワーク・ヘーリオスが取得した被害状況の共有を急がせろ!」
ユキオが管制要員へ命令する。ブルームーンとヘラクレスが共同で運用する仮想世界観測ネットワーク・ヘーリオス。大規模災害が発生した際に、地球の大気圏外に配置した140基程の観測衛星を用いて、俯瞰的に被害状況を把握し適切かつ迅速な対応を容易にすべく、データを提供する機能を持つ。
「ヘーリオスの計算では、安全に離脱可能なタイムリミットは約30分....!これを過ぎれば我々は袋叩きに遭うか...!」
ユキオから簡易的なシミュレーションの結果を聞き、ドミニクは全軍に命令した。
「ブルームーン全軍へ通達する!これよりラー・ペガサスとエタニティ・ムーンは現フィールドから離脱する!展開中の部隊は速やかに撤退に移れ!ロナルド、信号弾を打ち上げろ!」
「艦長ッ!!アンノウンに取り付かれましたッ!!対空防御システムが何で機能しない....!?」
弾かれるようにドミニクがモニターに視線を向けた瞬間、血のような赤に染まったMSが顔を覗かせてきた。
「赤い、ブリッツだと ...」
赤いブリッツガンダムらしき機体のダイバーは、口許をにやりと歪ませる。
「まさかここまで警戒もされないとは思いませんでしたが、いい収穫ですね....ム...!?」
トリケロスの銃口をブリッジに向ける刹那、青い残像が視界の隅にちらついた。横目でそれを見るが、猛烈な勢いでこちらに突っ込んで来るダハックに、トリケロスを蹴り飛ばされ攻撃を妨害された。
「チッ....邪魔が入りますか」
「戦艦の目を欺こうが、この天才には無意味だったなぁ!?」
ダハックがビームジャベリンを連結させ、両剣の形にして追撃をかける。赤いブリッツは鋭い連撃を往なしながら、隙を伺う。ダハックのパイロット、ラッセル・フォスターは反撃をして来ない敵の意図を読みかねた。
(どう言うつもりだ?トリケロスを失った程度で戦意を捨てるとは思えないが....気味の悪い!)
ビームジャベリンの出力を切り替え、先端部からビームワイヤーを放ちブリッツの腕を捕らえた。しかしブリッツのパイロットの方は、一切動揺を見せずただダハックを睨むのみ。そしてダハックに異変が起こった。
「ワイヤーが切れた....!増援が居たのか!?」
ダハックがビームワイヤーをこちらへ引き寄せようとする刹那、突然何かに切断されたかの様に千切れラッセルは目を丸くした。しかし彼にも焦りはなく、すぐさまレーダーに視線を移し対策する。真上から緑色のブリッツらしき機体が現れ、ビームサーベルを振り下ろしてきた。ダハックはこれを難なく避け、ビームライフルで腹を撃ち抜き赤い方へと前進した。
「使うのが早すぎましたか....ン....撤退か...了解」
赤いブリッツも左腕のマウンターからビームサーベルを展開し、迎撃する。再び突き出されるビームジャベリンにぶつけて相殺、この時に生じた閃光を利用してダハックから離れそのまま戦場を後にした。妙に潔く退いていく敵の姿を、ラッセルは怪訝そうな顔で見送るとラー・ペガサスに回線を繋いだ。
「早々に諦めるとはな....艦長、状況はどうです!」
『何とか離脱は出来そうだが、フロントフィールド隊が抑え込まれているらしい!救援に向え!』
「何だと...!?了解!」
ラッセルはダハックを戦場の中心へ向け急行した。
Ξガンダムとアムドゥスキアス、キュベレイの戦いは、もはや前者が防戦一方となる状況へ追い込まれ、泥沼の様相を呈していた。Ξガンダムがファンネルミサイルを四方八方へばら撒き、何とか距離を取ろうとするも、必ずキュベレイに捕捉され浮上する隙すら与えてくれない。キュベレイがしつこく突き下ろすビームサーベルを避けながら、半壊のシールドを投げつけ爆破した。ファンネルミサイルのリロードが終わるまで後2秒。それまでにどうにか敵の攻撃を掻い潜り、付け入る隙を狙うしかない。だがマッドアムドゥスキアスの乱打への対処もしなければならず、ハイラックの神経が更に擦り減らされていく。マッドアムドゥスキアスが大型メイスを振り上げ、Ξガンダムは回避のためにサマーソルトジャンプをし、ようやく空中へ退避することができた。だがしかし、ファンネルミサイルを使おうとした次の瞬間、突然リアアーマーが爆発し武器のスロットが消滅してしまった。そこへマッドアムドゥスキアスとキュベレイが同時に攻撃を浴びせ、Ξガンダムはあえなく地上へ叩き落された。そして着地するのと同タイミングでΞガンダムの左腕が何故か宙を舞った。レーダーには被ロック方向を示すマーカーがなく、ハイラックは焦りの色を隠し切れなくなった。
「貴様ッ!!」
「その程度かぁい?最強のパイロットさんよぉ!」
アムドゥスキアスが行動の隙間に、ノイズじみたギターの音を響かせるせいでハイラックの思考は、酷く乱され集中するだけで精一杯であった。アムドゥスキアスの大振りな動きをキュベレイのファンネルがカバーする、連携の取れた動きは隙がなく、大型機なΞガンダムにとっては大きく不利を取らされている。
「どうなっている!?こいつらからプレッシャーが消えて....なのにこの動きか....!?」
先程まではあの2機から強烈なプレッシャーを感じ、ν-Typeとしての能力を活かして、どうにか不利に追い込まれることなく立ち回れたが、突然敵からの思惟が掴めなくなり完全なる読み合いを強いられるようになった。無論ハイラックも実力者で、読み合いも得意ではあったがレイを助けられなかった事への影響が、想像を超えて大きく出ていた。彼らしからぬ精神状態のまま戦うしかなくなっていた。Ξガンダムがビームライフルの銃口をアムドゥスキアスに向けた瞬間、キュベレイのファンネルで破壊される。そこへアムドゥスキアスが、ギター型の大型メイスを掻き鳴らし音波攻撃を見舞った。音というものは空気や水といった物質を伝い、人の耳に届く。このメイスから発せられた爆音は、衝撃波を伴いΞガンダムのみならず、ハイラック本人へも致命的なダメージを与えた。Ξガンダムは耐え切れずに吹き飛ばされ、川岸の直ぐ側に倒れ込んだ。
「卑劣漢奴ッ....!!」
彼らの戦い方はΞガンダム、もといハイラックの行動に対して的確過ぎる程の対応を重ねた、精密な戦術であると言える。ハイラックからすればこちらの攻撃タイミングや、武器の選択から狙い所まで全てを完璧に読まれていたのだ。その手のダイバーを相手取る経験は多分にあるが、今のように手も足も出ないまま嬲られる事はなかった。全ての武器を奪われ為す術もないハイラックには、高空から見下ろす冷酷な"悪魔共"を睨むことしかできなかった。
「...あ?こっちへ2機来るみたいですねぇ....ま、こちらも時間切れですし、戻りますかぁ...ふあぁ、眠ぅ...」
キュベレイのダイバーは、遠くに見える2つの光点に気づくが、コンソールに表示された時間のカウントが0に近づいたのを目にし、戦場を離れる事にした。マッドアムドゥスキアスもキュベレイに続き、姿を消す。
「何だよォ、おもしれー奴だと思ったのにこんな程度かよ...ハッ!がっかりさせやがって!」
ようやく現場に到着したエクシアリペアⅣのグラハム、ダハックのラッセルは虚空へ消えゆくMSから目を離し、Ξガンダムのそばへ着陸させた。
「一体どうした!?隊長、しっかりしろ!応答するんだ!」
グラハムがエクシアリペアⅣの左手をΞガンダムの、左肩フレームに接触させて呼びかける。しかし聞こえるのは、無念と怒りに震えるハイラックの慟哭のみだった──。
「各隊員は所属に問わず、負傷機体を回収してください!アヤカ少尉、フロントフィールド隊の状況を報告!」
リタはブルームーンの全部隊へ命令を発する。その傍らで、オペレーターのアヤカにジェスチャーをした。アヤカも席を立って、タブレットをリタに手渡した。アヤカ・ルービィ。ブルームーンのオペレーター兼、補欠パイロットを務めている。レイに憧れてブルームーンに僅か13歳前後で加入を果たしたという、優秀な人材だ。元来明るく元気な人物だったが、今となっては本来の優しさと真面目さをそのままに、より大人らしく成長している。
「レイ少佐のルクスエアリアルが大破。本人は強制ログアウトでダイバーズから離脱しています。パーラメント准尉は機体の損傷が激しいですが、こちらでの修復で対応可能。パイロットは無事です。エーカー大佐も同様です。フロントフィールド大佐の方は身体にまでダメージがあるようで、医務室にて処置中...との事です」
アヤカの報告を聞きながら、リタは艦長席を立ち窓の方へ歩く。
「そうですか....報告ありがとう。それで、ルナーズ・アルゴノーツの方はどうなっていますか」
「あちらからの報告では、やはり甚大な被害を受けており次回の作戦までの、体制の再構築に専念せねばならない...とありました」
「分かりました。それと、先程エタニティを襲っていた強制スタン現象についても、報告をお願いしますわ」
作戦行動中にあったエタニティ・ムーンにも、不可解な出来事が起こっていた。Ξガンダムがハシュマルと会敵したのと同じタイミングで、エタニティ・ムーンは無人機軍団からの攻撃に対処していた。艦の護衛部隊は善戦するものの、敵の物量に押され気味で不利な状況は否めなかった。そこでリタは、エタニティ・ムーンに搭載したばかりの機能を使い、敵MS部隊を一時的にでも無力化して針路を変えようと考えていた。しかし突如としてエタニティ・ムーンのブリッジに搭載の、コンピュータがブラックアウトを起こしたのだ。即座にアヤカや他のクルーに対応を指示したが、不思議なことに手を付ける前に機能が回復した。だがそれは幸運とは呼べるものではなかった。エタニティ・ムーンを加速させるよう操舵手に命令するも、一切のコントロールを受け付けず事実上の航行不能に陥った。総力を挙げて対応に当たるも解析が間に合わず、Ξガンダムの撃墜まで身動きが取れない状態だったのだ。もしリタの指示通りに進んでいれば、間違いなくルクスエアリアルとΞガンダムを救出できたであろう。
「現段階ではウイルスだと推測されます。ただ、こちらのシステムへの攻撃、ならびに侵入被害ログでは確認出来ず...恐らくですが、感染した後機能の実行が完了すると足跡を全て消してしまうのではないかと」
「....まるで、何処かの誰かのようなウイルスですわね....あれさえ起きなければ、こんな事にはならずに済んだというのに...!」
リタは悔恨の面持ちで眼下の渓谷を見つめていた。
『Happy birthday to you!Happy birthday to you!Happy birthday dear....』
コンピュータから流れるバースデーソング。オペラ歌手が歌っているのだろう。力強くも美しいバスの歌声が部屋にこだました。レイ──怜は虚ろな顔で毛布に潜り、小さく蹲っていた。この音楽は本来、用事のために出かける時間を報せる目的でアラームに設定していたのだが、もはや今の怜には動く気力すらなくただ空しく流れるのみであった。彼女の身に何があったのか───。
ルクスエアリアルが謎のキュベレイと相対した時まで遡る。見知らぬ女の声が脳内に響き、それが呼び水となるかの如くレイ──怜の記憶を、本人の意志とは無関係に引きずり出された。彼女は幼い頃から愛なき家庭で育っており、母親からの暴力を常に受け続けると言う、凄惨な環境で生きてきた。しかしそれは、彼女を理解する友人達やダイバーズでの仲間達。娘の身を案じ続けた父と祖母。環境から救い出そうとした女性。そして誰よりも怜を愛してくれた拓。彼らとの心の触れ合いによって、怜は生きる希望を見つけ幸せな日々を手に入れた。だが深々と刻みつけられた心の傷というものは、そう簡単に消えることは無い。夢を叶え、愛する人と結ばれてもそれは変わらなかった。ただ、心の奥底に閉じ込めておくのが関の山であろう。もう忘れ去ってしまいたい。そんな記憶を無情にも引き出されてしまったのだ。それも、見ず知らずの人間の手によって。怜は決して思い出すことが無いように、胸の内で封印していたはずの過去をまざまざと見せつけられ、果ては全てを失う未来を幻視してしまう。その瞬間、レイ──怜の意識が真っ黒な何かに塗り潰され発狂する。ルクスエアリアルを操作するはずの手が動かなくなり、思考も過去の記憶に引きずられ、そして精神の均衡が完全に破綻したタイミングで、僅かに姿を見せたMS達によって、四方八方から機体を貫かれ粉々にされてしまった。
1時間後、ハイラック──拓もガンプラダイバーズから戻り、真っ先に怜の部屋へ向かった。コンコンとノックをし、彼女の安否を確認する。
「怜。大丈夫かい?少し話をしたいんだ───」
声をかけても怜の返事は無い。拓はドアノブに手をかけたが、全く動かなかった。鍵がかかっていた。しかし程なくして、怜のか細い声がドアの奥から聞こえてきた。
「ごめん、一人にさせて.......」
拓は言葉を失い、壁にもたれかかった。
(どうして俺は、もっと早く気づけなかったんだ....!!)
膝を殴りつけ、キッチンへ歩く。水を飲もうと冷蔵庫を開けるとそこには、大きめの白い箱が入っていた。箱には小さなラベルが貼られており、それには自分の名前が記されている。拓は携帯電話を起動し、カレンダーを確認した。今日は拓の誕生日。怜はサプライズでケーキを買って来ていたのだ。他にも普段見ない食材も買っており、手の込んだ料理も振る舞うつもりだったのが見て取れた。拓の瞳が潤み、涙が頬を伝う。
「怜.............」
合同作戦での悲劇から3日。リタはラー・ペガサスのドミニクと合流し、ブルームーン・ヘッドクォーターが置かれている、月面都市フォン・ブラウンを訪れていた。ここは交流区画ともバトルエリアとも異なる場所で、グリフォン・インターナショナルの株主のみが滞在を許可される特別な区域だ。一応リタも株主ではあるものの、施設等を所有するだけの理由を持たなかった事から、能動的に滞在権を行使していない。宇宙港の玄関から出ると既に黒い高級車が目の前に停まっていた。運転席からスーツ姿の男が出て来、お辞儀をし後部座席のドアを開け、二人を招いた。
「フォン・ブラウン....2年ぶりですわね」
「自分は更に前に来ましたから、もう5年程になります。景色は本当に変わっていない....あの時から」
「しかし、本当によろしかったのでしょうか。ハイラック大佐が護衛として同行なさると、お聞きしたのですが」
「うん...?いえ、彼もこのフォン・ブラウンに向かいますが護衛でありません。護衛には、ジン大尉とラッセル少佐をつけています。事前にお伝えしたはずですが」
「そうでしたか....申し訳ありません、記憶違いを起こしていたようで」
リタは現実でもガンプラダイバーズでも働き詰めであった。ドミニクからも、会合には自身とユキオで参加するから控えてほしいと進言したが、聞き入れてもらえず今に至る。
「ですから、中将には先々日から申し上げたのです。このままでは中将の身に何があってもおかしくない。おこがましいかも知れないが、こういう時くらいは年長者の話は聞くべきだ」
「はい....それは承知しておりますが、これも責務なのです。常日頃激務を熟す皆さんを支える為に、私が唯一できる事なのですから」
成人しているとは言えまだ26と言う年齢で、この意志の強さ。ドミニクは何を言ったとて、彼女は梃でも動かぬと悟り口を閉ざした。
(立場は分かるが、その歳で責任だ何だと浮かされると...この先の人生が辛くなる。中将はそれを理解しているのだろうか....)
車はドーム型の建物の前に停車し、外に出た運転手がドアを開けた。先に到着していたジンとラッセルを従え、建物の奥へ進む。この建物こそ、ブルームーン・ヘッドクォーターの本部施設である。ここでも多数の職員が働いており、ブルームーンや特殊調査部隊"エージェント"を始めとした、傘下にある組織の活動を支援しているという。因みにレイとハイラックは、この場所に訪れた事はない。
「後2分程で同期が完了します」
会議室の真ん中に長い机が置かれており、リタとドミニクは職員に促され席についた。机の真正面にはプロジェクターとノートマシンが並んでいる。そして職員の案内通り、2分後にプロジェクターが自動で立ち上がり、中空に大きなホログラムウィンドウを投影した。ウィンドウは4分割され、男女の老人達が内3つに映った。それぞれに名前が小さく表示された。白髪交じりの髪と口ひげを蓄えた老人は、リチャード・オルソン。灰色がかった短髪をした東アジア系の老人、ウォン・ローウェル。そしてブロンドの長い髪を三編みにした老女、マリアンヌ・オランド。彼らは例に漏れず世界的な資産家であり、ブルームーンの理念と活動に賛同する者達。リタの懸命な説得に応じて、投資者連合を組み支援を続けて来たのだ。しかし、今回の彼らの面持ちは些か険しい。それもそのはず。ブルームーンがルナーズ・アルゴノーツとの合同作戦にて、エース機・パイロットの離脱に加え作戦そのものの失敗と言う、惨憺たる結果を知っているからだ。艦隊が受けた被害も甚大で、これではいくら巨額を投じても追いつかない。そもそもブルームーンが活動するために投資が必要なのは、活動に必須な艦隊や専用のコロニーを所有しなければならないからである。その為に運営事務局から、その権利を"購入"するのだ。活動の性質上、定常メンテナンスを除き常時稼働状態におかねばならないが、それを安易に許せばダイバーズのシステムに、無視できない負荷がかかり続ける事になる。最悪の場合、他プレイヤーの機体の挙動にも影響が出、ユーザー・エクスペリエンスに多大な影響をもたらしてしまう。運営事務局としてはそれを避けたいのが本音だが、体制更新後に至っても尚治安面における、ユーザーからの信頼は回復しておらずブルームーンを存続させざるを得なくなった。結果的にブルームーンに必要なあらゆるリソースに対して、入手費用の徴収を行うことでどうにか話をまとめたのである。しかし今回の作戦の戦果は、この先の組織運営に暗雲を呼び込むだろう。故に出資者連合も、厳しい目を向けざるを得なくなったのだ。
「我々にとって、非常に危うい状態に陥りましたな....被害報告を拝見しましたが、単なる失敗とは訳が違う」
リチャードが顎に手を当て、リタを見据える。
「はい...今回におきましては、当方で立案していた作戦が瓦解する事態が重なりました。対応も後手に回りその結果、ブルームーンとしてはあるまじき、大敗を喫する形に....誠に、申し訳ございません」
「謝罪を求めている訳ではないのですよ、我々は....ですが、以降の活動に対しランフォードの擁する、ルナーズ・アルゴノーツが、介入する事も視野に入れなければならなくなった。彼らの方が安定した戦果を挙げられるだけの、資力・練度・技術力があると聞いています。我らが考えねばならないのは、あちらに優位性を奪われないために何ができるか、でしょう」
そして、ウォンが大きなため息を吐きながら、腕を組んだ。
「だから私は言ったのだ。ごく少数に戦力を偏らせるような事はするなと。これは基本中の基本だろう?理念の前に、やるべき事があったのにそれを放置した、リーゼリット嬢の采配に問題がある。違うかね?」
ウォンは普段から高圧的な物言いをする。
「ウォンさん、仰っしゃりたい事は分かりますが...現実的な問題もあります。全科員の新規訓練プログラムの策定とて、まだ時間がかかります」
「左様。しかしだなリチャード殿、こうなる前にいくらでも試行するタイミングはあったはずだ。常に死闘している訳ではなかろうに...総括するなら、理想が強過ぎるご令嬢には、荷が重過ぎたという事だ」
彼の放言を看過できず、ドミニクが口を開いた。
「お言葉ですが、我々の常日頃の状況をウォンさんはご存じないのですか?アンノウン・エネミーはZeuS事件終息後から、さほど間を置かずに現れているんですよ。その対応に我々は日夜....!」
「ドミニク少将、それは知っているとも。だがそれがどうしたと言うのかね?ヘラクレスと手を組んだのに、結局予測より酷い結果を生むばかりではないか....ガンプラダイバーズの安寧と秩序を保つために、ブルームーンが在るが、我々が手を差し伸べてからというもの僅かにでも実現に近づいた事があったかね?」
聞くに堪えなかったマリアンヌが、静かに手を挙げ制した。
「ここはクレームを入れる場ではありません、ウォン様。仰る事はご尤もですが、それを突いたところですぐに変わるものでもないでしょう。...それで、リーゼリットさん。フロントフィールド大佐夫妻はご無事なのですか?」
「フロントフィールド大佐は本日も出勤いただいてます。奥様の....レイ少佐の方には休暇を差し上げておりますわ」
リタの報告にマリアンヌは、安堵の息を漏らす。だがここでもウォンが口を挟む。
「正直な話、レイ少佐と言ったかね?彼女は何とかならんのか?実力やν-Typeだなんだと言うが、精神的に脆すぎる所があるじゃあないか....資質に問題が有るとしか言えない。後方部隊への移籍か、退団をさせる事はできないものか」
「しかし、レイ少佐はブルームーンの組織に変革を促した、今の私達にとって必要不可欠な存在です....!」
リタは衝動に突き動かされ、反論してしまう。だが彼女がそう発言するのをウォンは予見していたらしく、椅子の背もたれにどっかりと身を預けた。
「それは、リーゼリット中将の"お友達"だからだろう?ここはいつから仲良しクラブになったのだ?資質に問題があれば、すぐにでも切り捨てねば組織が腐っていく。怪我をしたところをすぐに消毒しなければならんのと、同じ理屈だ」
リタは努めて冷静を保つが、手は無意識に固く握り拳を作っていた。
リタ達がフォン・ブラウンの宇宙港に到着する数分前。ジンとラッセル、そしてハイラックが先んじて現場入りしていた。
「済まないね...相乗りさせてくれと、無茶を言って」
ハイラックがネクタイを締め直し、サングラスをかけた。それをジンが面白そうに眺める。
「いいって事よ、大佐。んで、何でわざわざフォン・ブラウン経由で"ファクトリー"に行くんだ?直で"飛べば"早いだろ」
「そりゃあ、フォン・ブラウンの様子を少し見たかったからだよ。何年ぶりかに来れるって聞いたら、来て見たくもなる」
「ハァーン...子供みてぇな事言うのねぇ」
「そう言うなよ...僕とてそういう事もやりたくなるのさ」
ひらひらと手を振って、ジンと別れタクシーに乗り込んだ。行き先を告げるとゆっくり背もたれに身を預け、車窓の景色をぼうっと眺める。天井の窓越しに顔を覗かせる、宇宙はいつ見ても美しい物だ。
「しかしお客さん、やたら遠い所へ行かれるんですね。これなら直接、プランタ・シラーに飛んだ方がいいでしょう」
不意に運転手に話しかけられ、意識を引き戻された。
「そうですね...いや、フォン・ブラウンに来るのが久々なので、少し様子を見たいと思ったもので...」
「おや、前にもいらっしゃったことがお有りで?でもがっかりしたでしょう、大して変わってないんですから」
「がっかり、かぁ....いやぁ、逆に安心しますよ。余りに変わっていたら、その方がショックだな...」
穏やかに談笑しながら、ハイラックは手許にウィンドウを表示した。チャット画面のようで、誰かと連絡を取っていた。やがてタクシーはフォン・ブラウンの中心街から遠く離れた、宇宙港プランタ・シラーに辿り着いた。こちらは原典の作品群には存在せず、ガンプラダイバーズ独自の施設となっている。ハイラックは手早く会計を済ませ、降車して足早に宇宙港のロビーを歩いた。手続きも慣れたもので、シャトルの搭乗時間を余裕を持ってラウンジで待つことができた。
(サイド5の辺りにΞガンダムを積んだコンテナを送り込んでいる....多分間違いなく乗り換え用の、中継ステーションもこの辺りにある。後は、予定通りに動けばコンテナには辿り着けるはずだ....)
店員に頼んでいたカクテル、"スクリュードライバー"が目の前に差し出され、それを口にした。
(我ながら馬鹿な事をしてるな....確かにジン大尉の言う通りだが....こんな事でもやらないと、目の前の事に集中出きなさそうなんだ....本当、僕は馬鹿者だよ...)
しかし、考えに耽るハイラックにちょっとしたトラブルが襲いかかる。隣で年老いた男が酒を飲んでいたが、余程飲みすぎたのかうつらうつらと、首をしならせていた。ハイラックは多少の不愉快さを感じつつも、視界から外し宇宙の景色を肴に、スクリュードライバーを味わうことにした。だがその瞬間、男が起き上がり運悪く手がグラスに当たり、ウイスキーがハイラックのスーツに掛かってしまったのだ。
「え....!?」
背中に僅かに生じた違和感に、ハイラックは思わずビクリと肩を震わせ振り向くと、酔っ払った男が逃げ出していくのが目に留まった。
(彼奴.....ッ!?あぁもういいや、追いかける気力すら失くした...)
そう思ったのは、酔っ払った男が走った先で荷物を輸送するロボットと激突し、周りの客が騒然とするのを目にしたからだ。ハイラックは汚れたジャケットを、メニューウインドウを介して消し、新しい物を呼び出して着直した。一見するとデザインはよく似ているが、彼によれば別物のようだ。そうしているとシャトルの搭乗時間が目前に迫り、ゲートに出来上がりつつあった列に並んだ。
「サイド5行きですね。Have a nice trip!」
「ありがとう」
職員と軽く会話を交わし、目的の席を探す。シャトルの真ん中からすぐ後ろの窓側の席に座り、今一度手持ちのチケット画面と照らし合わせる。見つけた席の番号に間違いはない。
「失礼、隣いいかな」
「ええ、どうぞ」
白いスーツ姿の男がハイラックの隣の席に座った。スーツのデザインからすると、かなり高そうなものに見えたが、その割に男の雰囲気は軽薄そうであった。しかし香水等から身なりにはかなり気を遣っているのも感じられたので、やはり違和感はない。何とも不思議な男だとハイラックは思った。
「君、このシャトルに乗るのは初めてか?妙にそわそわしてよ」
「そうですね。こう言う経験自体、する事になるなんて思わなかったくらいには」
「このシャトルはさ、運営に金をつぎ込んでないと、乗れっこないんだぜ?お前さん、株とかやってんの?」
「まさか。知り合いがここに投資とかもやってて。気前のいい人なもんで、僕にいい機会だからとチケットを取ってくれたんですよ」
「へぇ、そうなのかい....凄え知り合いが居たもんだな」
男はそう言うと通りかかったキャビンアテンダントにコーヒーを注文し、それが入った紙コップを受け取る。CAはこちらにも視線を送り注文がないかを問うたが、ハイラックは「後で注文します。ありがとう」と返した。そしてシャトルはようやく動き出した。細かな揺れが客室を包むが、最新式と言うだけあってすぐに解消して、以降は快適そのものであった。
「あの乗務員、中々いい女だと思わないか。雰囲気といい、スタイルといい俺の好みだね」
「そうなのかな....でもまぁ、好きな人はいそうだ」
「何だい、お前さんにはタイプじゃないってのか...」
何やら下世話な話題になりそうだと察するハイラック、即興の対策を講じる。
「僕は妻帯者ですからね。あまり変な事に気を向けてられないもんで」
「おっと、そりゃ失礼したな。して、奥さんはどんなタイプなんだよ」
「余り人のプライベートをあれこれ詮索するのは...」
「わぁってるよ。でもいいじゃねえか、到着までの仲なんだし、それ位の話に付き合ってくれたってよ?あぁそうだ、俺はジェイク。ジェイク・ハワード。こう見えても"仮想世界治安維持軍ヘラクレス"の大佐だ、よろしくな」
思いもよらぬ人物との出会いに、ハイラックは唾を飲み込んだ。ヘラクレスの大佐。下手をすれば指揮官にあたる人物なのかもしれないと、脳内で対応を考え始める。もしこのまま正直に名乗ろうものなら、身柄を拘束されかねない。何しろ、ルナーズ・アルゴノーツとの合同作戦での出来事は、当然ヘラクレスにも伝わっている。ここで絶対に足止めを食らう訳には行かなかった。
「僕は....シンヤ・タケカワ。見ての通りごく普通のガンプラダイバーだよ」
「見た通り、日本人って訳ね。意外と日本大好きなんだよ、俺は」
「そうなんだ?じゃあ、旅行で来たりとかも」
「年1で行ってる。去年は軽井沢、一昨年はニセコ、その前はどこだったっけな?あぁ、今年も行こうかと思ってんだが、どこかいい所無いかね?」
「京都とか、静岡なんてどうです?」
「京都は散々行ったもんなぁ....静岡は初めて日本に来たときに行ったし...」
「余程好きなんですね....そんなにあちこち行くなんて」
「君はそんなに旅行しないクチかい」
「行けたらって思うけど、色々忙しくて考える暇もないよ」
「そりゃ大変だ。俺も部隊を預かる身になったもんで、息をつく間もありゃしない」
そして突然、ジェイクがこんな事を問い始めた。
「唐突だがシンヤ君、ν-Typeって知ってるか?」
「え....!?いえ、聞いた事ないですね。アムロ・レイとかシャア・アズナブルなら分かりますが...」
「平たく言えば、似たようなもんさ。仮想世界における事象の流れを"視て"、宇宙世紀のニュータイプよろしく超人的なスペックを発揮する....とんでもない連中が昔、このダイバーズにいたらしいんだよ」
「へぇ....本当にとんでもない」
「だがそいつらは俺達の大元、グリフォン・インターナショナルで浄化処置を行ってるんで、今では一人としていないらしい....が、俺はまだどこかにいるんでは無いかと思ってる」
さも雑談のようなトーンで語る彼だが、その瞳は声音に反して鋭かった。
「ひょっとしたら、このシャトルの乗客ン中にいたりしてな....ハハッ...!」
突然笑い出され、ハイラックは目を瞬かせる。
「それは....突飛な話っぽく聞こえますけど?」
「突飛なもんかい。そいつが現に居るってんだからよ。人間には到底不可能な挙動で敵機を次々と落とすんだぜ?そんな奴があちこちでやらかしてみろ?善悪問わず、人を狂わせちまうよ。あんな力を持ったやつが一人いるだけで、この世界の前提にあるものがガラガラと崩れ去るのさ...いやはや、恐ろしい話だとは思わんか?」
「公平性を失いかねないですね、そんな連中がいると...確かに、本当に良くない」
半分だけ本心で返すハイラック。自分やレイの様な存在を必要とせずとも、人々の小さな善意を積み重ねてダイバーズを支えていける世の中にする。ハイラックの揺るがない理想だ。しかしジェイクはν-Typeを敵視している。彼は恐らくν-Type排除に対し、急進的な立場を取っているのだろう。そして聞き逃がせなかったのはジェイクが、ν-Typeが存在する何らかの確証を得た可能性がある、という事だ。これ程ハイラックにとって恐ろしい状況は無い。運営から敢えて見逃されているだけの身であるが故、トカゲの尻尾切りの如く切り捨てようとしているのかと疑いたくもなる。
「しかし、そこまで本気で取り組もうというのなら、色々と手を考えてそうだが....」
「あ?どういうこった?俺はそんな話してねぇぞ....」
困惑するジェイク。ハイラックは思わず唇を噛む。
(しまった─────!!)
「確かに俺は、ν-Typeって連中は気に入らない。しかし使いようがある事は認めてんだよ、シンヤ....いや───ハイラック・フロントフィールド君」
「なッ......!?」
二人の間に、にわかにこの世の地獄じみた緊張が走った。
数時間後。ハイラックはシャトルから降り、中継ステーションの男性用トイレに居た。中継ステーションは小型のスペースコロニーとも言える構造をしており、基本的にノーマルスーツを着用しなくても問題ない。ショッピングセンターを併設し、毎日多数の観光客でひしめき合う。それはともかく、ハイラックは今にも吐き出しそうな顔で鏡に映る自分を睨んだ。
(俺は馬鹿か....!!どうして、こうも....!!)
後悔のあまり前髪を引きちぎりかける。相手は正規の治安維持組織の、それも大佐なのだ。ハイラックの事を知らないはずがあるまい。焦りに身を任せた結果、自らの正体を晒すような真似をしてしまったのは、大きなミスであるとしか言えない。
(だが後悔している時間が惜しい。それよりやるべき事がある...!)
専門店街など目もくれずに向かった、整備用MSデッキに出る手前でノーマルスーツに着替え、エンジニア達の目を盗み宇宙空間へ躍り出た。この日の為にと言うわけではないが、何度も宇宙遊泳の訓練を行っていた経験もあり順調にコンテナへと流れていった。
「随分と遠いが....あれか!」
ノーマルスーツ内臓のレーダーを頼りに、進んでいく事30分。大きな岩の背後にコンテナを発見した。よくもΞガンダムクラスの物体を隠す、小惑星の類があったものだと思ったがハイラックの表情は暗いまま。ハッチを閉じて完全に気密状態が出来上がったのを確認して、ようやくヘルメットを脱いだ。
「ミラージュコロイド・ステルス起動。自動航行でファクトリーまで向かってくれ」
Ξガンダムのコクピットに滑り込み、音声入力を使いコンテナを出発させた。ハイラックのストレスはかなりのもので、そのまま到着するまで眠りこけてしまった。2時間が経ち、アラームが鳴り響きハイラックは目を覚ました。仮想世界で眠ることが出来ても、実際に睡眠しているわけではない為、根本的な疲労の回復は不可能だが、多少気分が良くなる。背筋を伸ばしモニターに目を向けるとそこには、殻付きの落花生を思わせる歪な形をした小惑星の姿が。人工物が至る所から露出しており、異質さを醸し出している。これこそ、ブルームーンが誇る知の拠点、ファクトリーの外観である。コンテナがガイド・ビーコンのレーザーの上に触れ、そのまま真っ直ぐドックへ流れてゆく。コンテナがドック内のアームで固定されるのを認めると、ハイラックはすぐさまΞガンダムから降りて更衣室へ急ぐ。ノーマルスーツを脱ぐとワイシャツが汗で肌と密着しており、宇宙での活動における運動量の多さを物語った。シャワーと着替えを済ませた後、次に向かったのがラボと呼ばれる区画だ。ここではブルームーンで運用される機体の調整のみならず、各メンバーが製作した武装をテストしたり、設計図や要求スペックなどをもとにシミュレーションを行ったりもする。
「やぁ、オズワルド大尉。Ξガンダムの換装パーツと、新型機の調子を見に来た。どんなだ?」
レイとは大きく色味の異なる、青い髪をした男に話しかける。男の名はビリー・ケイン・オズワルド。ブルームーンとしては比較的新参の者だが、技術者としての実力は一級品と評される。ハイラックも技術者であるが、ビリーの現実世界での豊富な経験から来る、知見や実力は本物であり天才であるまいかとさえ感じる程だ。ビリーはハイラックの存在に気づきこそすれ、こちらを一切見ず作業を続けている。
「Ξガンダム用の強化パーツは、多少調整に時間がかかっていますが、基本設計が完成されている分、むしろスケジュールに遅延はなく前倒ししてロールアウト可能です。新型機とルクスエアリアル用の新規バックパックユニットは、開発部の面々に設計のレビューをさせています」
彼らの目の前にある物体は、Ξガンダムの肩部装甲と背部のスタビライザーだ。前者は大きく目立つスリットが走っており、分割しそうに見える。後者にはその形状を大きく変えさながら大型スラスターの様である。
「ビームライフルの方も、F91のヴェスバーを参考に機能の更新を行いました。Ξガンダムの有り余る出力であれば、多彩な戦術を取ることも可能かと思われます」
「ミノフスキークラフトの稼働時間に影響しなければ、そう言うのも使えるな」
「新型ユニットのカタログスペックはほぼ発揮できると考えてください。ミノフスキークラフトの稼働時間も3分から1時間まで向上しています」
そうか、とハイラックは返しオートメーション・アセンブルエリアに運ばれてきた、ほぼフレーム状態のΞガンダムを眺めた。
「Ξガンダムはもう少しの間使いたい。"Mk-X"までの繋だと思っていたが、殊の外手に馴染んだのでね」
「しかし、先月の機体調整でΞガンダムは大幅に弱体化しました。今は大佐の腕で十分な戦果を挙げられていますが、今後を考えると性能は貧弱。連中に対抗するのはもはや不可能と言わざるを得ません。逆に強化調整を受けたユニコーンガンダム、νガンダムのパーツを組み込むことで、それを緩和していますがやはり、Mk-Xへの移行は急務ですよ」
ガンプラダイバーズでは、対戦環境の安定化を目指し定期的に開発による"調整"を施している。原典での設定や活躍は参考程度に留め、あくまでも"自らの愛機で戦う"コンセプトを第一に実行するのだそうだ。ハイラックはアセンブルエリアへ行き、取り外されたばかりのΞガンダムの肩部装甲に手を触れた。メカニックから「危ないですよ!」と注意されるが、ハイラックは「大丈夫だ!」と返してその場を離れなかった。
「Ξガンダム....お前を使ってやれるのは、後少しだけになったな。だが、最後の瞬間まで力を貸してくれ」
ハイラックがただ何の気なしに、肩部装甲の裏へ回ると見たことの無いものを目にした。アルファベットらしき何か。酷く掠れているが、奇跡的にも読めない程ではなかった。ハイラックは手にした懐中電灯で、それを照らして解読を試みた。
「この字は.....レイのか!........"I LOVE YOU FOREVER"、か......」
やや角張った書き方に見覚えがあり、誰の筆跡なのか思い出すのに時間は必要なかった。そしてハイラックは数ヶ月前の出来事を思い出すのだった。
「なぁ怜、今暇かい?」
家に帰ってきた拓は、大きな紙袋を両手にリビングに入った。片方には怜から頼まれていたゲーム機と、キッチン用具が。もう片方はΞガンダムの箱とプラ板や塗料等が詰め込まれていた。
「ん...?んー」
怜が携帯電話を弄りながら生返事をする。拓が目の前に紙袋を置き、きょとんとした顔で怜はそれを見つめた。
「これは....何?」
「先週君が欲しいって言ってた奴」
「え...?.....あぁっ....!!」
紙袋を覗き込むと青と白に彩られた箱があり、怜は思わず顔を上げた。
「マジに買ってきたの!?」
「君の誕生日に出張が被ったろ?一緒に過ごしてやれなかったお詫びだと思って」
「そんな、そこまでしなくたって....」
最新型のゲーム機は欲していたものの、優先順位としては低く機会があればとしか考えていなかった。何しろ6万円超えのゲーム機と言うのは、怜からするともはや家電を買うのと同じようなものだと、思いこんでいたからだ。むしろおまけのような扱いだったキッチン用具くらいで、全く問題なかったのだ。
「何か悪いよ....こっちのトングとか包丁だけでも嬉しいのに」
やや申し訳無さそうにする怜。拓はゲーム機の箱を開け、本体を彼女の前においた。白と黒を基調とし、曲線美からくるインテリア性をも兼ね備えた逸品だ。
「あれ?一緒に遊べたらいいなって言ってなかったっけ?」
「そうだけど、これ超高いじゃん...!」
「ここへ共々引っ越してくるときに買った、パソコンに比べりゃ半額もしないくらいだけどね...」
「本当に大丈夫なの?こんな高いのポンって買ってるけど」
「大した事はないよ。ノープロブレムって奴だ」
拓は怜を安心させるように微笑みかける。ようやく落ち着いた怜は、照れ笑いしながら「ありがと」と彼の耳元で伝えた。
「まぁそれは、ブルームーンを引退してからでも沢山遊べばいいんだ...そうだ、怜。一つ僕の頼みを聞いてくれないかな」
「うん?いいけど....?」
「ちょっとコイツを一緒に作らないか?」
そう言って別の紙袋からΞガンダムの箱を取り出した。HGUC Ξガンダム。劇場版の公開とほぼ同時期に発売され、先行販売のペーネロペー共々HG最大級キットとして、話題を掻っ攫った。拓は原作小説も既に読んでおり、ダイバーズではないゲームでもΞガンダムを使いたがるほど、かなりのお気に入りであった。昔は仲間達の前で公言できなかったらしいが、今となっては無関係である。しかし怜は、Ξガンダムというよりゴテゴテと盛られたようなデザインが好みでなく、案の定反応は薄かった。
「え....私も?なんで?」
「割と、その....憧れみたいなもんがあったんだ」
「彼女ってか、奥さんと一緒にプラモ作るって?ふーん....ねぇ、他のないの?これ、絶対デカいし時間かかるよ...」
「ごめん、Ξしか考えてなかった」
気恥ずかしそうに笑う拓に、怜は仕方ないなと小さく溜息をついた。こうして夫婦での共同作業が始まった。普段はそれぞれの機体は、各々で作るが今回はその真逆。一つの機体を二人で作り上げるのだ。拓は長年の経験でスキルも充分にあったが、ライトユーザー寄りの怜に合わせるべく、手の混んだ加工はなるべく避けようと考えた。
「こんな事一緒にやりたいってさ、男って大概そんなもんなの?」
「一般化するもんじゃないよ。俺がそうだってだけ」
「アレでしょ?あんたの会社の人のさ、結婚式の前日に夫婦でZガンダム作ったって話....アレのせい?」
直近に参加していた、共同創業者の結婚式の話をされ拓は吹き出しそうになる。
「よく覚えてたな、それ!ま、まぁ....それも原因の1つではあるね....!」
「本当は割と影響デカいんでしょ。そんなあからさまな反応するのおかしいじゃない」
「はいはい、それじゃあこっちのランナー置いときますよっと」
怜は拓から流れてきたランナーを手に取り、しげしげと眺めた。
「何なのこれ....これ一つでエアリアルくらいありそう」
「設定上、これでもかなり小型化できてた方なんだよ。元々ミノフスキークラフトは、戦艦にしか搭載できない代物だった。それをMSに乗せちまったのが、Ξガンダムとペーネロペーだよ。ペーネロペーは外部に装置をつけてたが、Ξガンダムでは内蔵式になってるのさ」
「み、ミノフスキークラフト....ねぇ....ふーん....それは何?何か凄いの?」
「MSが何の補助も必要とせず、空を飛べるようになる」
「え?こんなのがないと飛べなかったの?でもエアリアルもアルケインも飛べてたけど...」
「ダイバーズはゲームだからね...ある程度そこは、敢えてそうしてるんじゃないか?ダイバーズだったら、ミノフスキークラフトを使えば、機動力が一気に上がるね。足の速さはMS戦の基本と言うだろう」
「いや、知らないし....」
拓は生粋のガンダムファンだが、怜はそうではなかった。一応ダイバーズで戦いやすくなるならと、MSの知識は少しばかり学んでいたが、作品への関心は然程高くない。
「因みに、ミノフスキークラフトを起動させたらこんな感じ」
拓がミノフスキークラフト起動形態のΞガンダムの写真を見せた。裃のような肩部装甲が前後に跳ね上がり、背面のスタビライザーも後方へ真っ直ぐ伸ばされている。怜はそれを横目に見て一言、
「何か、キノコみたいだねそれ」
と零した。
「キノコかぁ....確かデストロイガンダムを見たときもそんな事言ってたな」
「えぇと、櫛ガンダムはデストロイガンダムの親戚みたいなもん?」
「Ξ(クスィー)ガンダムだよ。Ξとデストロイは活躍した世界が違うから、関係はないな」
「ガンダムって奥深いねぇ、本当に.....」
「うぅわ、興味無さそっ.....ま、それもそうか」
返ってくる反応の薄さに拓は肩を落とした。簡単な組み立てから、塗装と乾燥をすべくひと月ほど寝かせる。そしてようやく仕上げの時期が訪れた。この時の怜は珍しく、少し躍起になっていた。やはり完成する瞬間は楽しいものだ。EG ガンダムのフェイスパーツを加工したものに接着剤を塗り、メットパーツに嵌め込む。その傍らで拓がΞガンダムの胴体を組み上げ、腰と両足のセッティングに取り掛かった。塗装にはかなり気を遣ったつもりだが、パーツ同士の擦れで剥げてしまうのは避けねばならない。ゆっくりと位置を見ながら軸を差し込み、同じ調子で躯体を組み立てた。そして最後に、怜が作った頭を乗せてΞガンダムがとうとう完成した。しかし彼女は、Ξガンダムの左肩装甲を外しルーペを使いながら裏面に手を入れ始めたのだ。拓は何をしているのかと覗き込もうとしたが、無粋な事をしている気がして敢えて見ぬふりをした。作業する怜の表情がまるで、ラブレターを書く少女のようであったのも一因だ。
一方、会議を終えたリタは普段から想像もつかない程の、暗い面持ちでヘッドクオーター本部から出てきた。
「リーゼリット中将。これ以降はこちらで引き受けます。あなたはいい加減お休みになったほうがいい」
ドミニクが半ば強引にリタをベンチに座らせ、ラッセルにタブレットを預けた。
「申し訳、ありません....私が余りに、指導者として不甲斐ないばかりに....」
リタは俯き、固く握った両手を眺めながらか細い声で告げる。しかしドミニクは首を横に振った。
「あなたの役目はまだ果たされていない。仮に弾劾を受ける可能性があったのだとしても、それまでの間に出来る事は山程あるはずだ。しかし今のあなたの状態では、それすらも満足に出来ない....だからこそ今はしっかり休みなさい。それも仕事の内だ。ラッセル、そのタブレットに記録されている情報は全部隊に共有しておけ。ランフォードの目的に迫る、重要な情報だからな」
「ハッ!!」
彼らの会話を他所に、リタの意識が遠のいていく。人はどれだけ意志が強くとも、生物としての限界を越える事など容易ではない。そのまま眠るようにダイバーズから消えるのだった。
「おーい、大佐〜!!」
何やら聞き覚えのある声がして、ハイラックは意識を引き戻された。Ξガンダムの装甲から離れて上階を見上げると、よく見知った人物がこちらに手を振っていた。
「神宮寺さん...!どうしてここに....?」
「ハーイ!久し振りだねぇ!元気してた?」
何と英梨がこのファクトリーを訪れていたのだ。ファクトリーの位置自体、本体とヘッドクォーターの人間でなければ知る事もできないはずである。
「お久し振りです、神宮寺さん...んで、どうしてここが?」
「コノエ大佐が特別に教えてくれてね。こっちのコンピュータのが性能高いはずだからって、それでここで合同作戦の様子を分析することになったの」
人差し指に掛けたハンチングキャップを、くるくると回して再び被る。この帽子はハイラックが初めて彼女と会った時から、変わらず持っていた。いつしかハイラックの中で、英梨を象徴するアイテムと捉えていた。
「そう、でしたか....散々たる結果でしたよ、あの戦いは...怒りに身を任せて、結果無様に返り討ちにあって負けた...」
ハイラックはそう言い、柵に肘を置き視線を落とした。そんな彼の肩を、英梨はポンポンと叩く。
「そう言うのはもういいでしょ!やらなきゃいけない事は、今後どうするか。じゃない?」
「ええ、それは....分かっているつもりですが...」
「んじゃ、ついてきて。戦闘の分析と、連中への対策を固めなきゃね!」
英梨にしたがって、アーカイブルームなる場所へ足を踏み入れる。ここにはブルームーン創設時から今に至るまでの全ての記録が収められており、メンバーであれば好きな場所からいつでもアクセス可能で、閲覧できる場所である。しかし、実際にここを訪れる資格のある人間は限られており、最高責任者である"司書"と、"記録者"の資格を持つ者のみが許されている。ある意味、聖域のような場所でもあるのだ。ハイラックでさえ、その資格を持ってはいない。だが英梨の場合は当人曰く、一時的に司書から資格を与えられており、しばらくの間使わせてもらっているそうだ。
「名前の通りなのか、本当に大きな図書館みたいだな」
「どこの国だったのか忘れたけど、そこの図書館の内装をそのまま持ってきてるんだってさ。"あの子"の趣味ね」
本棚同士の間からちらっと見えた人影。どうやら彼女が"司書"のようだ。
「さて、こっちに座って。嫌な思い出と対面する事になるだろうけど、これも必要だから」
「分かっています。よろしくお願いします」
ハイラックは言われるがまま、壁に立てかけられたパイプ椅子を持ち出し、開いて座った。大きなモニターが通電し、映像が映し出される。場面はΞガンダム単騎とキュベレイ、マッドアムドゥスキアスのタッグによる戦闘の様子。ハイラックは否が応にも記憶が蘇り、苦虫を噛み潰したような面持ちで映像を観る。
「向こうも相当な対策をしてきてたみたいね...Ξガンダムそのものと、ハイラック君自身への」
「この時は、敵のプレッシャーを感じなくなり....原因を探るのに必死でした」
「ν-Type故の、戦い方ね....それ。多分、レイのルクスエアリアルを堕としたのも、君を視野狭窄に陥れるためだったのかな」
英梨の指摘は、的を射たものであった。レイの危機を察知できず、撃墜されるのを見ているしかできない──マイナスの意識が強くかかりハイラックの視野は、キュベレイ達へ仇討ちを果たすその一点のみに絞られてしまった。今にして考えると、爆撃を行って敵の動きを止めレイが撤退するだけの時間稼ぎをすべきであったと気付き、内心で反省する。
「後は、レイの身に何が起きたのか、だけど──」
英梨がリモコンを操作し、映像は次の場面に移る。キュベレイとルクスエアリアルが対峙する、直後の様子だ。突然レイが悲鳴を上げ、ハイラックは目を大きく見開いた。そして、キュベレイが"目"から赤い光を灯したタイミングで何かがモニターに一瞬だが映ったのに気づいた。
「今、何かが....!これ、どのくらいスロー再生できますか?」
「じゃあ、20倍スローで行くね」
再び同じ場面から再生が始まる。レイの悲鳴が聞こえてからすぐ、キュベレイが赤色光を放つ。その瞬間、緑色のMSが現れ鉄杭のようなものを、こちらに向け発射してきたではないか。レーダーのマップに目を向ければ、背後にも被弾判定が生じていたらしく、アラートが発せられた。ハイラックは何度もこれを再生し直し、ルクスエアリアルを襲った敵を観察した。
「まさか、NダガーN...!?」
「そう。調べた所、元々有人機だったはずの機体が、無人機に仕様変更されていたのよ。私はこれを見て、アンノウン・エネミーの存在そのものが"本当に存在する"のか、怪しいと思ってね」
NダガーN。地球連合軍の量産機の一種、105ダガーにブリッツガンダムの要素を取り入れた、特殊強襲用MS。核動力を搭載したことでミラージュコロイドを、理論上半永久的に使用可能にしたという、恐るべき性能を持つ。これは原典作品においても無人機という設定は無く、どうやらルナーズ・アルゴノーツの方で何らかの方法を使い、これを解決したのであろう。本来ガンプラダイバーズでは、無人機の実装・運用は禁止されている。と言うより、仕様上そのような設定を組み込んだ機体のみの登録が不可能である。これでアンノウン・エネミーとルナーズ・アルゴノーツ、双方の関係性が疑わしくなった。
「これをやるとしたら、2つ方法がありそうだ。NダガーNを普通に登録させておいて、現地で仕様変更する。もう一つは....中々考え難い手口だと思いますが、ミッションモードに出てきたNPC機体を鹵獲して、そのまま持ち出してしまう。最終的には、艦内で仕様変更をしなければならないですがね」
「そうよねぇ....ミッションモードから奪取出来てしまえたのは、あれは本当にバグだったでしょ?まさか、彼らが意図的にそれをやったり...うーん....」
ガンプラダイバーズにはミッションモードなる、ゲームモードも存在する。1人で、或いは複数人でチームを組み原作での戦闘を追体験したり、オリジナルのルールに基づいたお題をクリアしたりするのがメインの遊び方だ。ハイラックも気晴らしに時々遊ぶことがある。一時期、このゲームモードにバグが存在しており彼らの言う様に、敵として出てくるNPCの機体を捕縛したまま、特定の行動を取るとミッション終了後も、敵機を保持した状態が継続してしまっていた。ハイラックはそのミッシ ョンモードで、ミラージュコロイドを常時展開しながら動き回る、NダガーNが姿を見せた瞬間を狙って、早撃ちで撃墜するお題に挑んだ事がある。お題は日替わりだがNダガーNを多く確保するなら、このミッションがプレイできる日に集中する方が効率よく集められそうだ、と彼は睨んだ。
「MSのステータスだけではなく、扱いそのものを変えてしまうのなら、そういった事ができる奴がいても不思議じゃありませんよ」
「何だろう、私の予想がどんどん当たってく感じ...」
「予想....何です?」
「アンノウン・エネミーの正体は、ルナーズ・アルゴノーツかも知れないって事....これを見てもらえたら、納得すると思う」
そう言って英梨は、1枚の紙をハイラックに手渡した。エージェントによる調査記録だが、そこにはこう書かれていた。合同作戦での無人機集団の動きを精査したところ、エタニティ・ムーンやラー・ペガサスへは激しく攻撃を仕掛けていたにも関わらず、アニュラ・エクリプスに対しては積極的な敵対行動を取らなかった。一応攻撃こそしてみせているが、戦艦への致命打となる行動は取っていない。これまでアンノウン・エネミーは、敵対する全ての者に対し物量でこれを圧して来たが、今回はそれとは真逆のパターンを見せたことになる。
「もう答えは出ているようなものですよ、これ....!流石はエージェントだ....」
「後、これは私の単なる推測だけど、これまでのアンノウン・エネミーの行動は恐らく、ブルームーンの戦術を何かに学習させるためなのかも知れない。その結果として、レイちゃんやハイラック君を倒している訳だしね。あのキュベレイみたいなのとか....やってる事を考えたら辻褄は合いそうよね」
「.........そうまでして俺達を潰したいか....ランフォードは....!」
ハイラックは画面に映るキュベレイを睨んだ。
ルナーズ・アルゴノーツ旗艦、アニュラ・エクリプスにて。ブリッジでランフォードがオペレーター達に紅茶を振る舞っていた。艦長も同席しており、ランフォードから貰った如何にも高級そうな葉巻を味わいながら、様子を眺めている。
「余り根を詰めても仕方ありませんよ。とにかく今は、状況を見極めて動き出すタイミングを測らねばならない....先の作戦で、世論は我々に傾きつつあるようですが、まだ行動を起こす時機にない訳ですし」
「しかし閣下。あの作戦であそこまで露骨に動いてしまうと、ブルームーンから警戒はされるのでは」
「そこが要なんですよ。ブルームーンは現状、危機的状況に瀕している。流石に出資者達も手を引く事も考え始めるでしょう。私の方からも、ルナーズ・アルゴノーツのスペック....というものをあちらにお渡ししたので、比較される方は出てきます。組織としての体裁を保っているとは言え、明白に弱体化しているのでは行く末に不安を抱くのは必然。しかし我々はそうではない。まずはそこから崩していく方が、穏便に済ませるには丁度良いのです」
ランフォードはそう言い残し、ブリッジを後にした。そして次に向かったのは、アドラー・グレイズのパイロット達のいる部屋。ドアを開けると、パイロット達が各々の時間を過ごしていた。ネイはソファーに寝転がって読書。マッド・チェスターはイヤフォンを接続したエレキギターで演奏の練習中。そしてヒルダは雑誌を見ながらネイルアートを楽しんでいる。
「ヒルダ君、時間を貰えますか」
ランフォードに呼ばれ、ヒルダは気だるそうに返事しながら部屋を出た。
「ブルームーンの被害の状況を鑑みて、我々から戦力補填としてパイロットを送ろうと考えている。その役目を君に託したいと思うが、どうだろうか?」
執務室に着くなり、ランフォードに要件を伝えられヒルダはポカンと口を開いた。
「はい?何で急に言うんですか」
「それは、君の"力"に由来する理由がある。君の能力にはレイ・フロントフィールドに酷似する部分がある。物を凍らせるまでは出来ずとも、彼女と同じ"気配"を出せるはずだ。違うかい?」
「はぁ〜....まぁ、私はそうやって作られましたしねぇ。脳に何人か分の...感応波、でしたっけ?それのパターンを書き込まれてますし、出来なくはないですよ?」
前髪を指でくるくると弄りながら、ヒルダは軽い調子で返した。立場に大きな差がありながらも、この態度でも許されているのはヒルダを始めとした3人が、ランフォードの"肝入り"な事に起因する。ランフォードはヒルダに「頼んだよ」と耳打ちをし彼女をアドラー・グレイズへ向かわせた。ヒルダはアドラー・グレイズのコクピットに滑り入り、後ろ髪をツインテールに束ねながらエタニティ・ムーンへの航路を、機体にインプットする。
「なーんか面倒な仕事.....ま、あたし達は逆らえないんだけどさぁ......気が滅入る〜....」
『ぐだぐだ言ってないで、発進しないか!タイミングをそっちにやったんだぞ!』
髪型をセットするのに夢中になるあまり、管制官からの通信を聞いておらずカタパルトに機体を乗せたまま、発進せずにいた。ヒルダは管制官の怒号に逆ギレしながらも、アドラーグレイズを発進させるのだった。
「黙ってろロ○コンクソ骸骨!お前のせいで気合が抜けちまうだろぉ!?.....ヒルダ・フラーナ、アドラーグレイズ、出ます!」
換装作業中のΞガンダムを眺めるハイラックの所に、再び英梨がやって来た。
「もう反省会は終わったんじゃないですか」
「えぇ、そっちはね。今気にしてるのは、君達ふたりの事」
「あ......あぁ....」
ここ数日、家ではたまに怜の姿を見るが、話しかけられずただ見守るだけであった。ボサボサになった髪と、重たい足取り。それだけで酷く弱りきってるのが良く分かる。下手な事をすれば、怜をまた昔のような人を信じられない性格に逆戻りさせてしまうかもしれない。その懸念が頭から離れず、何も出来ずにいた。
「だからわざわざ私にメッセ送ったんでしょ?昨日だっけ?」
「はい....正直、迷っているんです....怜にはまたいつもの様に、明るく生きてて欲しい...けど、今の状態の彼女に、何が必要なのか分からなくて....」
「ラー・ペガサスから報告はあったけど、レイちゃん....精神的に強過ぎるダメージを受けて、しばらくこっちに来られなくなったんですってね。なのに旦那さんの君は、レイちゃんをケアできずにいたの?」
「また、ああなるなんて思いもしなかった....そう言う悪意が彼女に襲いかかる....そんな事があるとは、思えなかった....」
「それ、酷くない?」
「えっ......!?」
英梨は俄に動揺するハイラックの目をじっと見つめる。
「あんだけ酷い目に遭ってて、それですぐ"もう忘れました!"ってなると思う?君だって知ってるでしょ?そんでまだあれから8年そこらしか経ってない......深過ぎる心の傷ってね、そんなすぐにどうにかなるようなものじゃないよ?」
「..........それは、ええ....」
「でもまぁ、君は幸運な方だと思うよ?まさにHi-Luckって感じね!だって、材料はいくらでもあるんでしょ?やり直し始めてから、今までの事を全部思い返して。レイちゃんを安心させなきゃ」
相手の名前をそうなぞらえながら、英梨は柵に寄りかかり天井を見上げた。そしてもう一度ハイラックに向き直る。
「レイちゃんだって、あとひと押しが欲しいはず。後は君次第!Good Luck!」
ハイラックの肩を軽く叩き、英梨はどこかへと去ってしまった。どうしてあそこまでレイの事が分かるのか。そう思いながらハイラックはまたΞガンダムに視線を戻した。その時の彼の面持ちは、覚悟を決めたようだった。
『フロントフィールド大佐へ通達。低軌道上にてアンノウン・エネミーと見られる集団の出現を確認。直ちにエタニティ・ムーンと合流し、援護にあたってください』
英梨との別れから2時間後。警報が鳴り響き、ハイラックはΞガンダムのコクピットから身を乗り出した。
「やはり来たか....サイコミュ受信の調整終了。センサーと駆動系共に問題なし....これなら行ける」
ハイラックがメカニックにそう伝えながらコンソールを操作した。すると、Ξガンダムのスライド展開された肩部装甲が、小気味よい速さで閉じられツインアイが点灯した。
「無茶です!シミュレーターでの最終確認だってまだやってないんですよ!」
「なら丁度いいじゃないか。実戦で試しながら、調整するだけの話だろう」
「....知りませんからね!?」
メカニックが呆れたように言い放ち、コクピットハッチから離れ室内へ退避した。ハイラックはノーマルスーツのファスナーを上げ、ヘルメットを被りつつシートに再び座り直す。
『大佐。オズワルドです。戦闘発生ポイントへのパスをΞガンダムに登録しました。出撃直後に現地へ転送されます』
「そうか....ありがとう、助かるよ」
改装を済ませたΞガンダムは、より一層Hi-νガンダムやユニコーンガンダムの特徴を取り入れたような外観へと変貌した。両肩装甲内部にサイコフレームを増設しスライド機構による露出ギミックを仕込んだのは、言うまでもなくユニコーンガンダム由来の仕様。フェイスパーツはRX-78-2からHi-νガンダムのものに変えられ、マスク部分のスリットが3本に増えた。リアアーマーにも手が入り、小型の増加ミサイルコンテナを2つ取り付けている。これによりファンネルミサイルの再使用可能時間まで、火力の低下をある程度抑制出来るようになる。極めつけはシールド。形状こそは改装前と全く同じだが、先端部にビームキャノン、表面には小型のIFジェネレーターを搭載していた。コクピットにもカスタマイズを施し、コントローラーを球体型のアームレイカータイプから、標準的なスティックタイプに変えている。Ξガンダムがリフトに固定され、ファクトリーの外部に設置されたマスドライバーへと移送。ハイラックはこの間にメットのバイザーを閉じ、サイコミュ設定値のキャリブレーションを行った。受信強度を上げすぎると機体の反応が鋭敏になるが、その分制御に難を抱えやすくなる。かと言って下げてしまえば、サイコミュ搭載機未満の動きしか出来なくなり、パフォーマンスが悪化する。各パイロットに合わせた調整をしてこそ、ようやくサイコミュ搭載機は応えてくれるのだ。マスドライバーに先んじて設置された大型ブースターベッドに、Ξガンダムを乗せメインスラスターを点火させる。
『転送経路パス固定、進路上に障害なし!発進タイミングを委譲します!』
「了解、出るぞ!!」
オペレーターの通信が聞こえたのと同時にフライングアーマーを徐々に加速、マスドライバーから勢いよく飛び立ち電子のゆらぎの中へ消えた。
グラハム麾下のMS部隊が青空を突き抜け、低軌道エリアに乗り上げた。大気層としては外気圏を出た辺りであろうか。大気圏を突破する為のブースターを利用し、難なく目的地付近へ辿り着くことができた。グラハムのガンダムエクシアリペアⅣが、下半身をまるごと覆うブースターを切り離すのを皮切りに、各員同時にパージしスラスターを全開にする。
「通信のあったMSは....あれね!」
アイカはレーダーとモニターの景色を交互に見、素早く救難信号の発信源を特定するとストライクフリーダム弐式を旋回させ、追跡に取り掛かる。
「そこのMSは止まってください!」
ふらふらと飛び回る、黄色のヤクト・ドーガを見つけアイカはすぐさま回線を繋ぎ接触を図る。
『た、助けてくれぇ!!ツレがいつの間にか消えて....!!皆いつの間にか居らんなってんねやぁ!!』
ヤクト・ドーガのダイバーが悲痛な叫び声を上げる。一切の状況把握が出来ず、恐慌状態に陥っていた。
「大丈夫です!私達はブルームーンです!あなたを無事に帰せるよう手を尽くします!」
アイカの目はヤクト・ドーガから離れ、別の機体へと向いた。アニュラ・エクリプスにて目にした、グレイズらしき機体とよく似ている。
「なるほどね....あれがシェリー中佐の言っていた、ルナーズ・アルゴノーツからの人員補填の...!」
ビームがストライクフリーダム弐式と、ヤクト・ドーガの間をすり抜け地球へと消えた。アイカは咄嗟にヤクト・ドーガをかばう位置に機体を動かし、ビームライフルをアクティブにする。
「やはり無人機軍団の....!」
こちらへ向かって真っ直ぐ突撃する、ガンヴォルヴァのビームサーベルを避けつつ、同時に腹部ビーム砲"トヴァシュトリ"とビームライフルを撃ち込み、そのまま大気圏内に向けて叩き落とした。
「ズミン!ヘーゲル!あちらのグレイズを援護しろ!」
グラハムは僚機のクランシェカスタムとディランザ・ソルに指示をし、自らは前線を押し上げるべくGXビットの集団へ突き進んだ。GXビットの動作精度はガンヴォルヴァ以上に高いらしく、それを複数相手取るのは幾ら手練のダイバーであろうとも骨が折れる。だがそこは流石グラハム、一切の焦りすらなく敵の動きに見事に対応しきったのだ。ビームライフルの雨をくぐり抜け、GNベイオネットを撃ち返しつつ接近。すれ違いざまに3機を両断し次の目標へ狙いをつけた。
「何っ!?」
突然アラートが激しく鳴らされる。グラハムは弾かれるように背後に視線を向けると、ブラックナイトスコード・ルドラが対艦刀に手をかけたまま、肉薄するのを目にした。対艦刀の斬撃軌道から、エクシアリペアⅣを回避させ牽制のためGNベイオネットを連射しながら、一定の距離を保った。
「こいつも無人機に変えられたのか....!」
ブラックナイトスコードの挙動は、もはや有人機と見紛うほど有機的なものであった。対艦刀を振り回し、それによって生じた慣性モーメントを強引に殺しつつ、更に肉薄しようとする。エクシアリペアⅣはGNベイオネットを放り投げて囮にしつつ、GNバトルソードに持ち替えブラックナイトスコードの頭部めがけ突きを放った。だがそこへ、"見えぬ爆発"がエクシアリペアⅣに襲いかかった。
「ぐぅうっ....!?どういう事だ....これはまさか!?」
ブラックナイトスコードの右腕を斬り落とし、蹴りつけた反作用を活かし距離を大きく取った。グラハムは神経をより研ぎ澄まし、見えぬ敵に備える。その直後。鉄杭がすぐ目の前に現れ、グラハムはそれを刮目した。
「見えたッ!!」
鉄杭を何と、眉間に迫る既の所で引っ掴み防ぎきったではないか。それを投げ捨て更に周囲を隈なく警戒すること数秒。何かしらの光が遠くを移動しているのが目に留まった。そして移動した先から再び鉄杭が飛んで来、見切ったグラハムは確信する。
「また別種の無人機がいると言うのか!」
機体をグルンとスピンさせつつ鉄杭を避け、同時にグラハムは"空間の歪み"というものを目でじっと追いかける。そして、機が訪れたと見るやエクシアリペアⅣをそこへ飛ばした。すると何もないはずの空間から、光弾がこちら目掛け飛来する。グラハムは素早くエクシアリペアⅣをバレルロールさせ、光弾の放たれた位置と空間のゆらぎを記憶して更に接近をかけた。
「舐められた物だな!この私の目を欺こうなどとはッ!!」
太陽の光が真正面に現れたことで、グラハムの目に狂いがなかった事が証明される。空間のゆらぎの輪郭を太陽光があぶり出してくれたのだ。いくら光学迷彩の類を使おうが、太陽ほどの光を浴びせられれば目敏い者には意味を為さない。エクシアリペアⅣは低く構えたGNバトルソードを振り上げ、見えざる敵へ一撃を加えた。流石のミラージュコロイド・ステルスも効力を失い、その正体を晒してしまう。
「緑のブリッツガンダムか...!」
正しくはNダガーNである。しかし、マイナーが過ぎる程に知名度の低い機体故かグラハムはその名を知らない。
『保護対象のヤクト・ドーガは無事に戦場を離脱しました!しかし保護対象はまだいるみたいです!エーカー大佐はパーラメント准尉の援護へ向かってください!』
「了解した!」
グラハムはアヤカからの指示を受け、マップに目を向ける。GNバトルソードでNダガーNの胴部を刺し貫き、大気圏内へ蹴り落とすと、素早く旋回しアイカのストライクフリーダム弐式のいるポイントへ急いだ。
ストライクフリーダム弐式のアイカはと言うと、ヤクト・ドーガの救助を完遂させた後、次なる保護対象となっているガンダムエアリアルの救援にあたっていた。このエアリアルは改修前の仕様で、レイのとは異なる。手酷くやられたらしく、手持ちの武装はエスカッシャンのみとなっていた。しかしながら何故かビットステイヴとして使おうとしておらず、アイカはダイバーのパニック状態を疑った。
「ビルゴⅡ...!?厄介すぎるわね!」
エアリアルに対しビームサーベルで斬りかかるビルゴⅡを蹴り飛ばし、連結したビームライフルで撃墜した。
『あ、あぁあ...!ありがとうございますぅっ!!』
「こちらはブルームーン、アイカ・パーラメント!ここは私に任せて、あなたは逃げて!」
『は、はいっ!』
四方八方から襲い来るビルゴⅡとデスビーストを、ビームサーベルで迎え撃ちつつ背後のエアリアルにそう告げる。エアリアルは可愛らしく手を合わせてペコペコとお辞儀をしながら、戦場から転移した。
「えぇええええいッ!!」
デスビーストの顔面を貫き、背後から奇襲するビルゴⅡの胸部へはウイングバインダーに格納したままの超高インパルス砲"シュトゥルムスヴァーハー"を放ち、さらなる目標へ向かい機体を全速力で飛翔させた。丁度そのタイミングでグラハムのエクシアリペアⅣと合流を果たす。
『そのエリアでの救助は完了したようだな』
「はい!でもまだ...!」
『あぁ。だが次のポイントで最後らしい。気を抜かずに行くぞ!』
「了解!」
エクシアリペアⅣが先行し、ストライクフリーダム弐式がそれに追随する。Ξガンダムのハイラックは、最終合流ポイントを目指し移動中であった。出会い頭に無人機を撃墜し、その度にキーボードを叩く。本当に戦闘の合間に調整をしているのだ。
「第6スロットのサイコミュの受信強度はこのくらいでいいな...下手に強度を上げるとこっちが辛い...そう言っているうちに座標に近づいているな...!」
アドラーグレイズの姿を目視し、ハイラックはペダルを一気に踏み込む。ブースターベッドから浮き上がり、ビームライフルを連射しながら無人機を次々と粉砕。アドラーグレイズとディランザソルに加勢した。
「よくぞ持ち堪えてくれた!」
『あと数分で、グラハム大佐とアイカ准尉も合流するそうです!』
「そうか、ヘーゲル...ならもっと早く片付けられそうだ」
Ξガンダムを操りつつ、横目でアドラーグレイズの動きを注視する。アニュラ・エクリプスで見た背部の増設ジェネレーターは、どうやらメガビームランチャーを使用する為の物のようだ。狙撃の精度も充分に高く、ハイラックからしても危な気ない戦いをしていると感じた。ファンネルミサイルを大盤振る舞いし、僚機達が撃ち漏らした敵を瞬く間に大気圏内へ叩き落とす。
『これはこれは!待ちかねたぞ!』
『よかった...戻ってきてくれたんですね!』
エクシアリペアⅣとストライクフリーダム弐式も参戦し、戦況はブルームーン側の優勢に大きく傾いた。
「待たせたな。働いてみせるよ!」
逃げ惑うガンダムAGE-3とウィンダムの位置を"感じ取り"、ハイラックは両方のハンドルを前に倒す。Ξガンダムが加速し、ビームライフルを撃ち放つ。銃口から飛び出す光弾は、紫の稲妻を纏いながら闇を斬り裂き急角度でその軌道を自ら曲げ、AGE-3達を取り囲むNPDリーオーとバンデットを一網打尽にした。
「ノヴァ・ビームライフル...相変わらず恐ろしい性能をしている...!」
新装備の強力さに舌を巻くのも束の間、救助対象のMSが戦場を離れてくれたらしく作戦は無事成功した。
「彼らは去ってくれたようだな...よし、我々も撤収しよう。作戦は成功だ」
救助作戦に参加した面々は、北大西洋上空を飛行中のエタニティ・ムーンに着艦した。装いを新たにしたΞガンダムに、メカニック達が驚きの声を上げる。ケージに機体を収めコクピットハッチを開けると、すでにアイカがボトルを片手に待っていた。
「お疲れ様です、ハイラック大佐!」
「ありがとう、アイカ君。大活躍だったそうじゃないか」
ハイラックはコクピットから降りて飲み物を受け取ると、アイカの肩をポンと叩いた。アイカは顔を真っ赤にしながら、首を横に振る。
「え?そ、そんな...!ただ、ちょっと張り切りすぎただけです!」
「うん?それはどうして...?」
「だって、ハイラック大佐もレイ少佐も酷くやられた後で...どうにかやっていかなきゃって思ったんです。殆ど無我夢中っていうか...そんな感じです」
「そういうことか...だけど見方を変えたら、いい機会だとは思えないか?」
「いい機会、ですか?」
「僕とレイはどちら道、もう直ブルームーンには居られなくなる。僕らが辞めたとき、ブルームーンを引っ張っていくのは、君のような若いダイバー達になるだろう。ある意味、その予行演習になったはずだ」
ハイラックもレイも、社会人となってからそれなりの年月が経っている。彼らの将来を考えると、いつまでもブルームーンやガンプラダイバーズに居続けることはできないだろう。アイカもそれは認知した事だが、もう少し彼らから色々と学びたかったとも思っていた。
「ブルームーンを、引っ張る...」
「気負い過ぎることはないさ。このブルームーンには多くの仲間がいる、彼らから学んだ事を忘れさえしなければ自ずと目指すべきものが見えてくると思う」
ハイラックとアイカがブリッジに入ると、ラー・ペガサスにいるはずのユキオが艦長席から降りて二人に敬礼した。
「よくぞご帰還なさいました。ハイラック大佐、アイカ准尉」
「あれ...コノエ大佐?リタさんはどうしたんです?」
事情を知らないハイラックは、しばしブリッジの様子を見てからユキオに向き直る。
「リーゼリット中将は、本日はお休みしておいでです。なんでも、3日近く休みなく動いていらっしゃったそうですから、体調を崩されたとかで」
「え...!?どうして誰も止めなかったんです?」
「いえ、我々も再三進言はしておりましたが...聞き入れてもらえず、倒れそうになってようやく...という具合です」
リタのタフネスさはハイラックもよく知っているが、それが頑固さの裏返しでもあることも理解していた。レイや自身が撃墜された時、敵の術に嵌ったとは言え何もできずに見ていることしかできなかった。その失意が大きく影響してしまった結果なのだろう。
「つまり、コノエ大佐はエタニティの艦長代行をするために来た訳ですね?」
「ええ。私もこのエタニティの開発には、何度か立ち会っていますからある程度は把握しています。それはそうと、ハイラック大佐。ルナーズ・アルゴノーツからの補填要員とはお会いしましたかな?」
「いや、機体を見たくらいで直接会ったことは」
「では、呼び出しますから少々お待ちを」
ユキオがインカムで通話を始める。それをじっと見つめるハイラックの胸中は、やはり穏やかではない。
(ルナーズ・アルゴノーツからの戦力補填...あのアドラーグレイズのパイロットの一人か。連中の犯した禁忌から察するに...危険だと思わければならないな)
程なくして、グラハムが1人の少女を連れてブリッジに現れた。
「彼がハイラック・フロントフィールド。私と同じく、階級は大佐だ」
グラハムからの紹介を受け、ルナーズ・アルゴノーツから来た少女は顔をぱっと明るくした。
「あぁ...!お会いできて光栄です!私はヒルダ・フラーナ中尉であります。短い間になりますが、どうかよろしくお願いします」
長い黒髪に青紫のインナーカラーを施した、冬向けのセーラー服姿をした少女。ハイラックは一目見るなり不思議なセンスをしていると感じた。そして更に奇妙だったのが、顔立ちがどこかレイに近いように見えたことだ。
「初めまして...出向に志願してくれた事、感謝します」
ハイラックが手を差し伸べ、ヒルダはニコニコと笑みを浮かべ握手した。
「実は私、アイカ准尉と同じでハイラック大佐とレイ少佐に憧れていて、それで志願したんです」
「へぇ...僕ってそんなに有名人だったかな...何分自覚がないもんでね」
ヒルダと言葉を交わしながらハイラックは、胸中に渦巻く言葉にし難い不気味さを感じずには居られなかった。全くの別人であるにもかかわらず、何故こうもレイの面影を見出してしまうのか。先のアニュラ・エクリプスの探索で立てた仮説通りであるなら、このヒルダという女もまた人格コピーの1人だと考えられよう。しかし、それを断定するための証拠は何一つ持っていない。ただ、ヒルダから醸し出される雰囲気がレイに近いものがある、と言うだけの事しか分からない。
「あの...大佐?」
ヒルダがきょとんとした顔で見つめる。ハイラックは我に返り、気まずそうに頭を掻いた。
「いやぁ、何でもないよ。余りにも誰かに似ている気がしたんでね。多分気のせいだろうけど。グラハム大佐、彼女への案内はもう終わっているんですかね」
「それが、今しがた始めたばかりだ。色々と立て込んでいるせいで時間がずれ込んだ」
「そうですか。なら丁度いいですね。アイカ君、彼女にエタニティを案内してやってくれ」
急に案内役を振られたアイカは、目をパチクリさせハイラックとヒルダを交互に見た。
「はい、分かりました...!それではヒルダ中尉、こちらへ」
「よろしく頼むわね、アイカ准尉」
アイカの後にヒルダが続きブリッジを後にする。その折にヒルダが突然ハイラックにウィンクしてみせた。ハイラックはグラハムと互いを見合い、肩を竦める。彼女らの気配が消えた頃合いを見計らい、グラハムが問いかけた。
「それで彼女...どう見る?」
「正直、どうもこうもないって感じですね。...と言うのは、彼女は今のダイバーズに居てはならないような気がしている」
「居てはならない?それは一体...?」
「グラハム大佐は知っていましたっけ。人格コピーとか」
「話には聞いたことがある。確か、ZeuS事件の中心にあって...本来のダイバーと瓜二つの存在だがその表面的な性質は真逆だとか言ったな。まさか彼女がそれなのか?」
「いえ。まだ確定的な証拠は掴めていないので、あくまでも予測です。まぁ、十中八九当たりそうな感覚はありますが」
「しかし人格コピーとやらは、もうこの世界には居ないのではないか?」
グラハムが知っている情報と言っても、それは概略的な程度のものだ。その本質を知るハイラックは、無条件に首肯し難かったが間違いとも言えないので指摘しないことにした。
「存在しなくなったはずです...しかし、今はそうとも言えなくなっている...」
ハイラックの眉間にシワが寄る。
「連中は...ルナーズ・アルゴノーツは、禁忌を犯している」
「禁忌...!?そう言えば君は以前、アニュラで何かを見たと言ったな?」
「今であれば、話せそうなので話しますが...できればコノエ大佐にも聞いてもらわなくては」
ハイラックとグラハムの視線を感じ取り、ユキオはゆっくりと頷き話の続きを促した。ハイラックもそれを認めると、躊躇いを押しのけるかのように口を開くのだった。
「アニュラには機密区画が存在していました。僕はそこに侵入し、目にしてしまったのです...兵士を生み出すための....工場を」
ハイラックの表現に何か引っ掛かりを感じたユキオは、瞼を閉ざし思い出しながらある事を口にする。
「神宮寺さんから聞いた話に繋がりそうですな。彼女は、ルナーズ・アルゴノーツは無尽蔵に兵士を生み出すための方法を持っていると、そんな噂があると言っていましたが...」
「無尽蔵に兵士を、生み出す...だと...!?そんな行いが許されるわけがあるまい!」
流石のグラハムも敵のやり方に憤りを禁じえない。ハイラックは重苦しい表情でブリッジを眺めた。
「グラハム大佐の心情には、ここにいる皆も同感ですよ。システムが根本から変わって、人格コピーに類するものは作成不可能になっているはず。だが、連中はそれを可能にしてしまった。具体的なスキームまでは分からないが、いずれにせよ許される行為ではない...」
ガンプラダイバーズの開発運営権をグリフォン・インターナショナルが獲得して以降、大小様々な仕様変更を行ってきた。今こうして彼らがいるダイバーズは、かつてのものとは似て非なる世界だ。そのおかげでハイラックや彼のかつての仲間達が経験してきた、凄惨な悲劇は二度と起こるはずが無い。そう信じてこれまでこの世界で過ごしてきたが、それが今打ち砕かれようとしている。否、既に破壊が始まっていたのだ。どのような方法を使ったのかは、正直な所どうでもよかった。ただ彼が許せないのは、平和な仮想世界の姿を目指して進み続けた全ての者たちを嘲笑うかのような、ランフォードの行いそのものだ。
「あなたは過去に凄惨な経験をしてきた。それがまた、繰り返されようとしている....しかしその時とは状況が遥かに違う。そうは思いませんか?」
ユキオの一言に、ハイラックは思わず彼に振り向いた。
「詳しい事は存じませんが、そうだろうという事はお顔からも察しが付きます。ですが今のあなたは我々ブルームーンの一員だ。そう、あなたには我々がついている。あなた一人だけが戦うということはありませんよ」
「コノエ大佐....」
「我々はルナーズ・アルゴノーツを討つ為に死力を尽くさねばならない。そして、勝利して仮想世界に安寧をもたらす義務がある。これを実現する為には誰一人として欠けてはいけない....後は、お分かりですね?」
彼の言葉のおかげで、ハイラックは再び視野狭窄に陥りそうになっていたのを自覚した。
「今度は現実的な話になるが、人格コピーとやらは、ν-Typeホルダーから生まれるのだろう?どれだけの数を擁しているのかは分からんが、対策はどうする」
グラハムが懸念するのは、対ν-Type戦闘を如何に攻略できるかであった。グラハム本人は個人的にだがハイラックやレイと対戦をしたことがあったものの、今度はブルームーンとして戦わねばならない。ガンプラダイバーズからν-Typeの存在そのものが消えて久しい。それ故に、ブルームーン内に経験者が全くいなくなってしまったのだ。このまま真正面から立ち向かったとしても、こちらが蹂躙されるのは自明だ。
「敵のプレッシャーを察知できるのは大きいですからね。ただ、彼らも完璧ではない。恐るべき能力を有していても、彼ら自身の地力や注意深さは大したものでもないのかもしれない」
「能力に頼り切り、なのか....?それにしては君をかなり追い詰めていたように思うが」
「彼らのターゲットはブルームーンではなく、あくまでも僕とレイです。だからその位は学習していても不思議じゃない。事実、僕のプレッシャーと思考を全て読み解き、対処してみせましたからね。しかし問題は、要所で無人機を忍ばせてないと決定打を与えられない、その体質なんだと思います。衝撃波で僕は一瞬気を失いかけましたが、彼らはとどめを刺さずに立ち去ってしまった。何か理由があったにしても、注意深さという物は持っていない気がします」
「なまじ強大な力を持ったが故に、戦士としては成長せずにここまで来てしまった。それが事実なら、相手方はこちらを侮っていると言えるな....何とも嫌な連中だ」
束の間の静寂を警報が突き破る。
「ヘラクレスより救援要請!フロントフィールド隊は直ちに発進準備に入ってください!」
アヤカがこちらに振り向きながら、ハイラック達と艦内へ指示を送った。ハイラックとグラハムは急ぎMSデッキへ走り、それぞれの機体に乗り込んだ。
「エリアP6-F90、ヘラクレスの基地の一つが置かれている地区か....パスは固定されているな?」
グラハムはヘルメットのバイザーを閉じながら、アヤカに問うた。彼女はそれに肯定し、各隊員の機体に対してロケーションマップ画像を転送してくれた。
「ハイラック大佐、今回も私が部隊長として行動するが構わないな?」
『しばらく頼むことになりそうですが、それでも?』
「構わない。むしろ大船に乗ったつもりでいるがいい!
」
アイカのストライクフリーダム弐式、ヒルダのアドラーグレイズが先に出撃するのを見、グラハムもエクシアR4をカタパルトデッキに立たせる。
「グラハム・エーカー、ガンダムエクシアリペアⅣ!参るッ!!」
ハイラックはΞガンダムの調整を急ピッチで進めていた。地上と宇宙とでは操縦感覚が全く異なる。強化が図られたΞガンダムには、擬似的なインテンション・オートマチックも組み込まれており、環境の変化に強く影響を受ける仕様となっていた。
「大佐!脚部フレームの、サイコフレームと駆動系の修理が完了しました!」
「了解した!システム周りを完璧に調整するには時間が足りない、サブシステムをキャリブレーションモードのままで動かせば....どうにかなるはずだ」
「えぇっ!?本気ですか!?」
「敵は待っちゃくれない!出るぞ!」
調整中の機体を強引に使おうとするハイラックに、毎度のことながらメカニック達は頭を抱える。しかし彼は実戦の中でほぼ理想的な調整をしてしまうのだから、文句さえも言えずにいる。
『リニアカタパルト臨界到達!射出タイミングをフロントフィールド大佐へ譲渡します!』
「了解。Ξガンダム、ハイラック・フロントフィールド、行きます!」
Ξガンダムをカタパルトデッキから飛翔させるのと同時に、ミノフスキークラフトを起動し一筋の光となり戦場へ駆け出した。救援要請のあった地点は、市街地の外れにある大規模な軍事基地である。ヘラクレスが運用する地上部隊の拠点だそうだが、体制が更新されて間もないらしく混乱状態となっていた。
「ん.....?どう言う事だ....この戦場はあちこちから敵意を感じる.....ルナーズ・アルゴノーツではないようだな」
向かい来るバイアランの顔面を蹴りの一撃で砕き、ノヴァビームライフルで撃ち抜いて破壊した。
「何だ、あれは!?」
敵を薙ぎ倒しながらハイラックは、視界の先に現れた巨影の姿に目を疑った。紫色のデストロイガンダムらしきMS。色彩はさながらサイコガンダムMk-Ⅱを意識しているかのよう。
『大佐、アイカです!目標の撃墜を手伝ってもらえませんか!既にグラハム大佐とヒルダ中尉も合流していますが、手を焼いてて!』
「分かっている。奴は危険過ぎる、すぐにでも沈めなければ!」
ハイラックの意思に反応し、モニターを青いヘクス型のエフェクトが走る。Ξガンダムの両肩装甲と、背面のスタビライザー表層部がスライドし、サイコフレームを露出させた。すると、内部から緑の燐光を発し双眸もまた青から緩やかに同系色へと変化した。ハイラックが目標とするデストロイガンダムらしき機体へ視線を向けるや否や、Ξガンダムは急激に加速を始め妨害に出る敵機を物ともせず、吹き飛ばしながら距離をあっと言う間に詰めてゆく。
「来るかッ!!」
有効戦闘距離に到達した直後にモニターに敵機の名称が表示される。デストロイガンダムMk-Ⅱ。やはりと言うべきか、何とも捻りのない名前だと内心毒づく。デストロイガンダムMk-Ⅱがこちらに気づき、口部のツォーンMk2と胸部のスーパースキュラを斉射してきた。Ξガンダムはハイラックの思考に見事に追従してみせ、鮮やかなマニューバで火線を潜り抜け、ノヴァビームライフルを撃ち返した。しかし陽電子リフレクターに阻まれ、ダメージとはならない。
「嘘でしょ!?ドラグーンまで装備してるの、あれ!?」
ストライクフリーダム弐式のアイカは、Ξガンダムが駆けつけてくれたことに安堵したが、デストロイガンダムMk-Ⅱの隠された武器に苦戦を強いられる。円形のバックパックに後ろから重ねられる形で搭載する、X字の構造物。しかしそれは大型ドラグーンであった。多数の砲門を抱えるだけでなく、内部からは小型のドラグーンも放出可能らしく、原型機から到底想像もつかないほどの弾幕を形成するのだ。四方八方なぞ陳腐に聞こえる程の、光の雨を何とかすり抜けつつアイカは攻撃の機会を伺う。
「こんなの誰がどうやって用意したのよ!?」
割り込んでくるガンダムシュバルゼッテを斬り伏せ、火線の中に蹴落とす。
「ヒルダ中尉!次の射撃可能時間は後どのくらいですか!?」
『後3秒.....2、1.....行けるわ!』
ヒルダのアドラーグレイズは、基地からやや離れた岩山の中腹に陣取り狙撃に徹していた。バックパックから展開したメガビームランチャーを構え、狙撃の機会を虎視眈々と伺っていた。
「さぁて......どのタイミングでブチ抜いてやろうかねぇ.....?」
ヘッドマウントディスプレイ越しに敵の様子を観察する。そして、ヒルダはあるタイミングを掴みトリガーを引いた。ズビュウウ!!一条の流星が大型ドラグーンを貫き爆砕した。
「まずは1つ!」
焼失しゆく大型ドラグーンを目の当たりにしたアイカは、落ちてくる残骸を回避させながら7つのターゲットに照準を合わせる。
「いっけぇえええええッ!!」
ストライクフリーダム弐式の全砲門を展開、ハイマットフルバーストを見舞い小型ドラグーンの群れと、迂闊にも射線に躍り出たリボーンズガンダム、セイバーガンダムを撃ち落とした。ドラグーンが目減りした事に気づいたのか、デストロイガンダムMk-Ⅱはその巨体に見合わぬ程の、身軽な動きで浮き上がりMA形態を取りながら、距離を開けて着地した。そしてバックパックの大型ビームランチャー"アウフプラール・ドライツェーン"で、地上を薙ぎ払った。
「こいつ、どうやらデストロイガンダムの弱点をある程度克服したようだな....!」
迫りくるドラグーンを往なしながら、エクシアR4のグラハムは敵の進化具合に驚嘆する。追いすがるダガーLを一刀両断し、大型ドラグーンめがけ機体を直進させる。そこへヘラクレス所属機と見られる、ペーネロペーも合流し即興の連携で2基目の破壊に成功した。Ξガンダムのハイラックは敵の目を惹きつけながら、その傍らで繰り広げられるグラハム達の見事な戦術に感心する。
「やはり、あの人は凄い。だから嫉妬もできないじゃないか....!だが俺も負けてはいられない!」
ミノフスキークラフトの凄まじき加速力を活かして、敵の射撃を避け続けファンネルミサイルで、小型ドラグーンを粉々にする。ハイラックの狙いは、デストロイガンダムMk-Ⅱが両腕のドラグーン"シュツルムファウスト"を使う、その瞬間にある。ゲームシステムに従えば、シュツルムファウストを装着していなければデストロイガンダムは、陽電子リフレクターを使用できない。同じ縛りがこのデストロイガンダムMk-Ⅱにあるならば、シュツルムファウストを使わせさえすれば防御力を大幅に削ることができると踏んだのだ。その為彼は敢えて積極的に攻撃を仕掛けず、敵の注意を引き続ける動きに徹しているのである。そして、ハイラックの読みが的中するか否かの分水嶺に立った。デストロイガンダムMk-ⅡがΞガンダムの動きに業を煮やしたのか、アウフプラール・ドライツェーンで撃ち落とそうと砲口をこちらへ向けた。そこへすかさずエクシアR4が滑り込み、陽電子リフレクターの外へ出た砲身を切断。攻撃を中断させられたデストロイガンダムMk-ⅡはMA形態を解除しながら、スーパースキュラを放ちつつシュツルムファウストを発射した。ΞガンダムはシールドからIフィールドを発し、避弾経始でこれをやり過ごしながら、こちらへ向かってくるシュツルムファウストめがけ、全速力で突撃する。ビームサーベルを抜き放ち、指を全て溶断するとファンネルミサイルをぶつけ、攻撃能力を奪取した。今度は左腕の方がビームを振るいながらこちらへ迫ってくる。それをギリギリまで引きつけてΞガンダムが離脱し、自らの片腕を破壊させて不利な状況に追い込む。するとどこからともなくミサイルが現れ、左腕シュツルムファウストの"手"を爆砕した。ハイラックが何事かと周囲を見渡すと、ペーネロペーがΞガンダムの背後に居た。
(光音声....手を貸してくれるのか...?しかし、彼から思惟を感じるのは何故だ....?)
ペーネロペーのツインアイの点滅を見てそう判断すると、ハイラックは視線を再びデストロイガンダムMk-Ⅱに戻した。ビーム砲をしつこく撃ちながら追跡するシュツルムファウストへ、ノヴァビームライフルをぶつけながらペーネロペーに後を任せ、自らは敵本体に接近する。ペーネロペーはジグザグな軌道を描きながらシュツルムファウストを振り切り、ファンネルミサイルとメガ粒子砲を駆使し墜落させると、Ξガンダムと合流。大型ドラグーンをビームサーベルで真っ二つにし、片割れをサッカーボールの如く蹴り飛ばしてデストロイガンダムMk-Ⅱの頭を仰け反らせた。
(中々のパイロットだ!ヘラクレスにも腕の立つのが居たとは...!)
デストロイガンダムMk-Ⅱが一歩後退る隙を狙い、ペーネロペーと共に全砲門を起動、一斉射撃を見舞った。何本ものメガ粒子砲の火線、無数のファンネルミサイルがデストロイガンダムMk-Ⅱの装甲を崩壊させ、そのままフレームを熔融し撃破に成功した。
戦闘が終了し、ハイラック以下ブルームーンの面々が機体から降り、デストロイガンダムMk-Ⅱを遠くから眺めていた。本件の事後処理はヘラクレスで引き受ける事になっているらしく、ブルームーンは手を出すのを許されない立場に置かれた。
「あのデストロイを引き連れていた連中は、愉快犯らしい」
ハイラックはため息混じりに語り、足下の小さな岩に腰掛けた。近くで聞いていたグラハムは、遠目にデストロイガンダムMk-Ⅱの残骸を睨む。
「愉快犯、か....こういう時に出てくるとは迷惑千万な....」
二人のもとへヒルダとアイカがやって来た。
「お疲れさまです。お二人の戦いぶり、感動しました」
ヒルダがハイラックのすぐ隣に座る。ただ座るだけならまだしも、ハイラックにわざとぴったりとくっつける様な場所に位置取り、彼を困惑させた。これにはグラハムもアイカも唖然とする。ハイラックが少し離れた場所に座り直すが、ヒルダも同じだけ動くせいで距離が取れずじまいに終わる。
「それはまぁ、ありがたく受け取るが....どうしたんだ」
「何がです?」
「知らなかったのなら済まないが、僕には妻がいるんだ。そう言うのはご遠慮願いたい」
「知っていますよ?レイ少佐とご結婚なさってるんですよね?羨ましいです、凄い人同士で結ばれるのって」
色目を使ってくるヒルダに、ハイラックは内心鬱陶しさを感じた。アイカも彼の心境を察し、どうにかやめさせようと声をかける。
「あの、ヒルダ中尉。やめたほうがいいんじゃないです?そんなびったりくっつくなんてこと」
「いいじゃない?憧れの人とこんな間近で話が出来る絶好の機会でしょ?ほらほら、アイカもこっちに座ってみなさいよ」
悪びれず、逆にアイカを巻き込もうとするヒルダ。
「そう言えばハイラック大佐は、レイ少佐の何に惚れたんですか?美人だなとは思っていましたけど」
ヒルダの意識がハイラックに向く。ハイラックは彼女を視界から外すべく、前かがみになり膝に肘を乗せた。
「君が何を考えてそのことを聞くのか分からないけど、人のプライベートに踏み込むのはやめた方がいい。いくら君が僕とレイに憧れているとしても、答えたくないことはある」
「でも気になります!あなたの事もっと知りたいんです!」
顔を覗き込んでくるヒルダから目を逸らそうとしたが、やはり彼女にレイの面影を重ねてしまい、ますます当惑する。だが、ヒルダから伝わるイメージがハイラックの脳内を駆け巡り、戦慄した。まるで粘膜で包まれたかの様な、生暖かい感覚。それが意味するのは間違いなく、ハイラックを己のものにしようというヒルダの意思そのものである。これ程明確な思惟の伝達が可能なのは、ν-Typeのみだ。
「やめにしてくれないか。そんな事で僕らを引き裂きたいのか!冗談じゃない!」
突然ハイラックが激しい剣幕で吐き捨てるのを目撃したアイカは、呆然とし去りゆく彼を見送るしか無かった。だがヒルダはめげず、彼の後を追いかける。ハイラックはすぐに彼女の気配に気づき、忌々しげに振り向くがまたしても強烈な思念を感じ取り言葉を失った。
「レイ────!?」
ヒルダとレイが再び重なり、視界がぐらぐらと揺れる。気味の悪い感覚ばかりが胸の内を埋め尽くし、無意識に半歩後退った。ヒルダはただじっと、ハイラックを無言で見つめ続ける。二人の間に不気味な静寂が訪れた。
「君は───誰なんだ....ッ!?」
「何故そんな事を聞くんですか?知っているでしょう?変な人....ふふっ」
"何か"が頭に流れ込むのを幻視するハイラックと対照して、さもおかしそうに笑うヒルダ。いよいよヒルダがレイにしか見えなくなりつつあり、ハイラックの唇が震えた。やがて全身が振戦し感覚が麻痺してゆく。そして止めと言わんばかりに、ヒルダはハイラックに歩み寄り彼の耳元で囁く。
「拓....愛してる」
レイと全く同じ声を幻聴してしまい、ハイラックは咄嗟に彼女を突き飛ばした。
ハイラック───拓はいつの間にか現実世界に戻っていた。
「また、セーフティが働いてくれたか....」
そう独り言ちり、時計を手に取る。時刻は22時を回ったばかり。怜が不調を来たすようになってから、5日程が過ぎていた。会社には理由をでっち上げて、数日近く休暇を取得していたがそれも後3日程しかない。自室を出てキッチンへ向かう中、怜と鉢合わせした。弱々しげな雰囲気は変わらないが、気づかぬ間に家の中を歩き回る事ができる程には、回復しているようだった。拓はこれをチャンスと見た。
「あ.....拓.....ご飯、あっちに置いてあるから.....」
消え入りそうな声で話しながら自室へ逃げようとする怜の手を掴み、引き止める。
「怜、少し外に出ないか?話がしたい」
「え......?」
「ここで待ってるから、準備をしてくれ」
唐突な拓からの誘いに怜は多少の驚きを持ったが、言われるまま身支度を整えに行った。しばらくして、拓は怜を伴ってマンションに程近い場所にある、公園を訪れていた。深夜帯という事もあり、人の姿はほとんど見られない。
「どうしてここに....?」
「家の中に引きこもってても、気持ちの切り替えがつかないと思ったものでね。それにしても、10月ともなれば流石に涼しくなるんだな...」
怜をベンチに座らせ、自身も隣に腰掛けた。先に自販機で買ってきた、炭酸飲料の入った白い缶を彼女に握らせる。
「あ、ありがとう.....」
「君、それが好きだったろ?」
拓は一呼吸置き、言葉を続けた。
「正直、安心したよ。少し回復してたみたいだから。こうして外に出るのもOKできたって事は、あと一歩みたいな感じか?」
「うん.....多分、そうかも....」
「それは良かった。前に比べて、立ち直るのも早くなったんじゃないか?」
「分かるの...?」
「昔ほど死に急ぐみたいな心境じゃなさそう、だとは思ってた....前とは全然違うんだろう。君はあの時からちゃんと前に進んでいたんだ」
「.......本当に、そう思う?」
「俺はそう思っている。だからこうして、俺の誘いにも応じてくれた。違うかい?」
「....すごいよ、あんたは。何でもお見通しなんてさ」
怜がふと、笑みを浮かべる。少しぎこちないが、それでも数日前と比べると明らかな前進だ。
「お見通しと言うか、ずっと君を見ていたからすぐに分かっただけのことさ」
拓の言う理由に、そっか、と返し怜は彼の手に指を乗せた。拓もそれに気づき彼女の手を握り、夜空を見上げる。
「覚えてるかな....俺達が同棲し始めた年の冬、さ」
「何、急に?それ言うの女の方じゃない?」
「いいんだよ、細かい事は....あの日、信じられない位のドカ雪が降ってたよな」
3年前の冬、東京を大寒波が襲い記録的な豪雪に見舞われた。積雪量は20cmを超えるとまで言われた程である。怜も彼の話から当時を思い返し、気恥ずかしげに笑った。
「そう言えばそうだった....私達、何故か年甲斐もなくここに来て雪合戦してたっけ?」
「うん、やってた。二人ともやったことなかったから、ついついヒートアップしてさ...たまたま近くにいた子供達を巻き込んで、無茶苦茶やってたなぁ....思えばあれは、大人の姿では無かったよ」
「フランスから帰って来て、まさかすぐにあんな事するなんて思いもしなかった....マジに子供みたいだったじゃん?」
「その割に君はかなり楽しそうだったな?」
「それはあんたもでしょ?皆揃ってバカになってた」
思い出話で笑い合う夫婦。何気ない日常の一幕に過ぎないが、この瞬間にこそ幸せを感じるものだ。拓が不意に視線を落とすと、楽しそうに笑う妻の姿がそこにあった。特別な言葉など必要ない。彼女の傷を癒やすのならば、その深さと同じだけの幸せな思い出があれば良い。怜はどんな小さな思い出も大切にできる女性なのだから。
「怜....ありがとう、俺と結婚してくれて」
「え!?き、急にどうしたの!?」
「言いたくなったんだよ。俺はやっぱり、怜の事が好きなんだと再確認出来た気がしたのさ」
「私も、拓が大好きだよ。お互い、呆れるくらい一途だよね...ホント」
気がつくと、二人は口づけを交わしていた。お互いの顔が赤くなり、まるで付き合いたての男女のようであった。数分後、怜は心配げな眼差しで問うた。
「そう言えば、あのケーキは美味しかった?本当はちゃんとお祝いしたかったけど、出来なかったから聞けなくてさ」
「味は良かったけど、最悪だった」
「え......何....?」
「君と一緒に味わいたかったって事。どんな名店のだろうと、君がいなけりゃ味気ないもんだよ」
「それなら、お祝いし直そうか?あんたさえ良ければ、だけど」
「はい!?聞いたことないよ、誕生日の祝い直しって!」
突然の提案に拓は思わず吹き出す。怜も一緒になって笑う。
「そりゃそうでしょ、でもちゃんとしたいかなって思ったの...!」
「分かった、分かった!じゃあ来週の休みにしよう、楽しみにしてる」
「うん、了解」
1時間ほど散歩した後、帰宅すると怜はブルームーンの近況について質問した。
「ブルームーンは今、どうなってる?私がいない間にマズイことになってないか、ずっと気になってて」
「はっきり言ってしまうと、危うい状況だ....ルナーズ・アルゴノーツの合同作戦の失敗を受けて、ヘッドクォーターでは投資の一部撤退が検討されているらしい」
「えっ!?待って....どうしてそんな事に....!?」
「今のブルームーンと比べて、ルナーズ・アルゴノーツの方が規模的に優勢なんだ。その上、戦力の確保を容易にしてしまう方法を見つけたせいで、更にその差は広がっていくだろう....ランフォードはカラクリを上手く隠しながら、ヘッドクォーターやヘラクレス上層部に優位性を訴えている可能性が高い。後は世間に向けて喧伝してしまえば、最悪我々への支持が一気に失われる...」
「戦力の確保を、容易にしてしまう?どういう事...?」
やはり怜もその言葉に反応し、疑問を抱いた。拓は目を伏せ、連中への怒りを噛み殺しながら言葉を紡ぐ。
「奴らは、ν-Type能力を持ったダイバーを....生産する技術を保持している....つまりは、人格コピーを無数に生みせる」
人格コピー。この一言が怜を愕然とさせる。それは当然の話で、怜もかつての拓が起こしてしまった争いを終わらせるべく、その渦中へ飛び込んだ事があった。当時の仲間達の話や実際に目撃した出来事が、これまでの彼女の中にあった常識を塗り替えてしまった。実を言うと、前田 拓と言う人物は既にこの世を去っていたのだ。しかし今、彼女の目の前にいる男も、間違いなく前田 拓そのものに違いはない。そう、今の前田 拓は人格コピーだったのだ。とある出来事により本来の人物に後を託され、彼は当人として生きる道を進む事になったのだが、自らのアイデンティティと怜を愛し続けるだけの資格があるのかと言う、苦悩の中で仮想世界の破壊と言う行動に出てしまう。しかし怜やこれまで接してきたかつての仲間達の、形振り構わぬ行動やガンプラダイバーズを守りたいと言う強い想いを受け、再び覚悟を決めて彼女のもとへ戻って来た。誰かの幻影ではなく、前田 拓という人間として文字通り新たに"誕生"し今に至る。人格コピーというのは、ZeuS時代のガンプラダイバーズにて発生していた、ダイバーにとって読んで字の如しの存在だ。しかしそれらは姿形が同一でありながら、本来の人物が持つ性質を反転させたかのような振る舞いをし、何も知らぬ周囲の人間に強い不信を抱かせてしまう。人格コピーは御しきれぬ本能のような物を持ち、オリジナルのガンプラダイバーを抹殺しそれに成り代わろうとする。仮想世界の中でしか生きられぬ命を悲観し、現実世界に進出出来るだけの肉体を得る為にはそうする他ないのだ。その中でも拓はオリジナル、コピー共に非常に近い人格を有していたらしく、ある意味ではかなり稀有な存在であった。
「コピーなら、オリジナルはいるはずでしょ?まさか、あの時の再現を向こうはやっていたっての?」
「オリジナルはいるだろうが、その手法は....ZeuSの時とは全く違うはずだ。何故なら....こないだブルームーンの戦力補填としてやってきた、ルナーズ・アルゴノーツ所属のパイロットから....君と全く同じ気配を感じたからだ」
「私と、同じ.....!?ちょっと待って、どういう事!?私のコピーがあるって、そう言いたいの!?」
「分からないんだ....君は"あの戦い"で撃墜はされていなかったはずだ。つまり、ZeuSのやり口をしたとは言えない....それだけは言い切れる。見た目も性格も、君とは全然違うからね。なのに、彼女から君を感じたのは不気味だとしか言いようが無いんだ」
「その人に何かされたの....?」
「惑わされそうになった....君の気配を利用して、俺を引き込もうとしてきた......!けど、安心してくれ....俺は決して間違いはしない!君以外の君を、愛するつもりは無い...!」
拓は怜を強く抱きしめ、そう告げた。怜も彼の背中に腕を回し頷く。
「分かってる。あんたの事は、誰よりも私が信じてるから」
これ程にまで震えた拓の声を、怜は聞いたことが無かった。彼も言い知れぬ恐怖と戦っていのだと、悟るには十分過ぎた。今度は私が拓を救う番なんだ──。怜は胸の内で1つの決心をする。
話は前後し、ガンプラダイバーズにて。エタニティ・ムーンに帰還したヒルダは、自分に割り当てられた居室のベッドに横たわっていた。しかし身じろぎ一つせず、まるで死人のように仰向けに倒れたままだ。
『あぁ、本当に腹立つ.....!何で私があの男の気を引かなきゃならないんです!?こっちがいくらレイとか言うのの感応波を使っても、一切飲まれないし....気持ち悪いったらないんですが!?』
『仕方ありませんよ。彼はν-Type能力が減退しつつあるようですし、効果が薄い可能性もあります』
ヒルダを始めとした、ルナーズ・アルゴノーツの人格コピー部隊は距離に左右されず、思念による意思の伝達が可能だ。現在ヒルダが"通信"している相手は、ネイである。
『ま、それでもレイ・フロントフィールドの明確なイメージは掴めましたし、コピーした記憶からも能力は転写できました。私のやるべきことはこのくらいですかねぇ...?』
『上出来です。総帥にはこちらから伝えておきます』
"通信"を切り、ヒルダの意識が戻る。しかし彼女の顔には達成感の色はなく、むしろ理解しがたいものを見たと言いたげであった。
「一体何なんだ、あの男は....?あそこまで釣られておいて、自分で糸を引きちぎれるとか....本当に気持ち悪い....!」
だが、次第にヒルダはハイラックを意識する自分に気づき奇妙な気分を味わう。頬が火照り、心臓が強く拍動するのを自覚した。
(この私が、影響されてる....!?いや、レイとかの....それのせいで私まで意識してしまっているのか!?信じらんない...!気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い....!何なんだよ、この気持ち悪さはっ!?)
怜───レイ・フロントフィールドは早朝からファクトリーにて機体の調整を行っていた。オズワルドも参加しており、作業は急ピッチで進行する。レイがファクトリーに持ち込んだ機体は、ルクスエアリアルではなくガンダム・キャリバーンであった。しかし、躯体の至る所に小さな増加装甲と思しきパーツが埋設されており、何らかの機能を搭載する新型として、制作した物のようだ。
「少佐、PPリンクシステムの更新が完了しました。再度テスト稼働をお願いします」
「了解。サイコミュ、パーメットの接続チェック....異常なしです」
「テスト結果を受信しました。次はラスターユニットとの接続を行います」
キャリバーンの背後に、新型のバックパックが接続される。装甲表面と、シェルユニット内部に青い走査線が一瞬だけ現れた。レイはコンソールの表示を読み上げ、オズワルドの指示に従いキーボードを叩く。
「デバイスドライバのバグは確認されませんでした。次はスラスターのテストをお願いします」
再び彼の指示を受けて、レイはフットペダルを緩やかに踏み込んだ。バックパックの翼状になったユニットが展開し、内部のスラスターから光を噴出した。推力エネルギーの中から緑色の粒子が疎らに飛び出すが、オズワルド曰くGN粒子ではないと言う。レイもそれは理解しているらしく、ただ淡々とテストを進める。一方ハイラックは、エタニティ・ムーンに居た。レイの復帰を報せるのと、今後のルナーズ・アルゴノーツへの対策を練るためである。
「では、ヒルダ中尉の送還についてはルナーズ・アルゴノーツへ通達しておきましょう。リタ中将も今日から復帰なさるので、これで戦力は回復したと見ていいですな」
ユキオはそう言い、グラハムとハイラックにコーヒーを勧めた。
「そうか、そいつは結構だ。レイも復帰を決断してくれたのだから、懸案の1つは解決を見たと言ってもいいだろう」
「そうですね。後は....ルナーズ・アルゴノーツをどう相手取るか....」
「ヘッドクォーターにはその件で連絡したのですが、どうやらウォンさんが、ランフォードとの交渉に前向きな姿勢を見せているそうです」
ハイラックがログインする直前まで、ユキオはヘッドクォーターと連絡を取っていた。そこで彼が聞かされたのは、ウォンがランフォードとの交渉の場につく事を決定してしまったという話であった。ウォンは恐らく、合同作戦の結果とリタのこれまでの采配から、ブルームーンへの不信を強め支援を取りやめようとしているのだろう。彼の出資額はヘッドクォーター首脳陣の内、No.2クラスと言われるほどに多く、それが失われるとあってはブルームーンの活動に与える影響は計り知れない。
「やはり、あの人はそうするのか....予想出来なかった訳じゃないが...このタイミングで、か....」
ハイラックは眉間を押さえ、机に肘をついた。グラハムも同様の心境で、足を組み直しコーヒーを再び口にする。
「ウォン氏は確か、かなり頑固な人物と聞いている。もう諦めるしかあるまい。他の首脳メンバーが我々に賛同的であるなら....期待は薄いと思うがな」
「マリアンヌさんと、アブドルさんがその分を埋めるべく、出資額を引き上げると仰ってくださいましたが、お二人への負担が大きくなり過ぎる。他の方達も検討はしてくださるそうですが、それを織り込むのも無理がある....はてさてどうしたものか.......あぁ、それはそうと、ルナーズ・アルゴノーツのν-Type部隊への対策はどうなさるおつもりで?」
ユキオから話を振られ、ハイラックは顔を上げた。
「対人格コピー部隊については....僕はレイが鍵になると考えています。彼女は別方向に進化を果たした、ν-Typeとは似て非なるものを手にしています。門松博士が以前に提唱していたEvolve.ν-Type...レイはそれに該当します。それはν-Typeの持つ力に対し、あらゆる現象を打ち消す力を持つ....つまり、僕のような連中にとってレイは本来、最大の脅威足り得る存在と言えます。この性質を最大限発揮すれば、人格コピー部隊に十分対抗可能です」
「待て!君は、レイを単独で送り込もうというのか!?相手は君さえも軽々と葬った連中だ!」
「こればかりはどうにもなりません。能力には相性がある。ν-TypeとEvolveが相克の関係にあるなら、それを利用しない手はない....きっとレイ本人も、この事は理解しているはずです」
先日までレイの身を案じていた人物とも思えぬ、ハイラックの提案にグラハムは不覚にも驚愕した。だがこれは、ハイラックのレイに対する強い信頼の証左でもあった。
「その話が事実なら、レイ少佐が敵の能力を完全に抑制できれば、今度はこちらが優位に立てる...と言うことですか」
「その通りです、コノエ大佐。理論をより確実にするための仕掛けもありますから、グラハム大佐の懸念はある程度払拭できるはずです」
「そうか....!済まないな、私としたことが取り乱してしまった」
「正直な所ですが、グラハム大佐もお休みになられては?顔色がよろしくないようなので」
「ン....!?気づかれてしまっては仕方ないか....お言葉に甘えさせて頂くとしよう....今日の所はこれで失礼する」
グラハムは現実でも軍人をしていたので、体力・精神力共にかなりタフな男であるが、彼もやはり人間だ。疲労の蓄積が表出していた。それをユキオに指摘されると、グラハムは素直に従ってダイバーズからログアウトした。偶然だが彼と入れ替わるかの如く、リタがブリッジに現れた。
「ご機嫌よう、皆様。今回の件でご心配をおかけした事をお詫び致しますわ...申し訳ございませんでした」
目の前にいたのが日本人2人だったので、彼らの礼節に従い深々と頭を下げた。
「ああ言うことがあった後では仕方ありません。むしろよくぞ長く耐えて来られたのだと、感心していましたよ。中将、どうぞこちらへ」
ユキオに促され、リタは久々に艦長席に座る。
「何がともあれ、復帰してくれて嬉しい限りです。レイも来ていますから、伝えておきますよ」
「ありがとうございます、ハイラック大佐。私が離れている間の事は、全てコノエ大佐を始め各員から聞いておりますわ。とにかく今は、体制の更新とルナーズ・アルゴノーツの壊滅作戦に向けた準備を進めなくてはなりません」
「壊滅作戦?随分と強気な言葉を....」
「私は休暇の間、これまでの出来事を思い出していました。私がブルームーンに参加してから、今に至るまでを」
「それが....どう言うんです?」
「ランフォード卿の事なのですが、彼は....レイを欲していたようです。それも、戦力としてではなく...一人の女性として」
リタが打ち明けた真実にブリッジが凍りつき、静まり返る。予想だにしなかった発言を受けたハイラックは、返す言葉を失い、ただ呆然とリタを見つめるしか無かった。
「ランフォードが、レイを──!?」
「かなり昔の話になりますが、エウクレイデスⅡにレイが一時的に移籍した日を覚えていらっしゃいますか?あの日からランフォード卿は、レイの関心を惹くべくあれこれと働きかけていました。私は当時彼女とは反目しあっていたので、気にもしなかったのですが...それでもレイが迷惑そうにしていたのは、記憶にありました」
「つまり、レイを奪う為だけにあの艦隊を作り上げたと、そう言いたいんですか?」
「その可能性が高いと。ここに来る前にヒルダ中尉について、アイカ准尉から話を聞いていたのですが....彼女が言うには、ヒルダ中尉はレイ少佐に何故か似ていると感じたそうなのです」
アイカがそう感じたという事は、ヒルダがレイそのものになろうとしているのではあるまいか。ハイラックは恐ろしい想像をしてしまい、無意識に目を大きく見開いた。ν-Typeではないアイカにそう思わせたのならば、もはやそれは確信せざるを得ない事実へ変わったも同然。
「.....ちょっと待ってくれ。俺は今、恐ろしい想像をしている気がする.....ランフォードはヒルダを、レイに作り変えようとしている....と言う事....なの、か.....!?」
「はっきりとしたことは申し上げられませんが、あなたとレイを引き離すための餌として、ヒルダ中尉を差し向けた可能性はあると思います。大佐が提出して下さったレポートと、こちらで保管している過去の文献からしても....それは否定出来ません。それに彼がブルームーンを離れたタイミングが、あなたとレイが関係を修復した直後だったので、そう考えられるのは不自然ではないと思います」
「しかし....レイ少佐を引き抜いて、どうするのですか?凡そ真っ当な人間の判断とは、到底思えませんな」
ユキオは解釈に苦しみ、顎に手を当て眉を顰める。言葉の意味ではなく、ランフォードの真意を測りかねていた。ブルームーンの理念を忠実に実行する為に、ルナーズ・アルゴノーツを立ち上げた。しかしその心は、ランフォードがレイ恋しさに強引な手段を以てでもブルームーンを壊滅させ、自らの手元に引き寄せようと言うのだ。本音と建前だとは言うが、これ程までに軽蔑を禁じ得ない動機が存在するのだろうか。
「ヒルダ中尉はレイ少佐の人格コピー....と言う事ですか。とは言え、余りに当人からかけ離れている印象もあってとてもそうとは思えませんが...」
「いえ...絶対にそういうものではありません。確かにレイの要素は受け継いでいるかも知れないが、それだけではない"何か"をいくつも抱えた女だ....自分の都合で"気配"を使い分けているのかも知れない。何にしても、レイに成り代わる存在だとは、決して認める気はありませんが」
レイ───怜の温もりと抱き締めた感触を思い出し、ハイラックはヒルダに二度と惑わされまいと胸の内で誓うのだった。
ルナーズ・アルゴノーツ旗艦、アニュラ・エクリプス、その機密区画内の研究施設にて。白衣の科学者達がとある円筒形水槽の前に集まっていた。水槽の中では、裸体の男が浮かんでいる。
「感応波、脳波共に異常なし。身体形成異常無し。マトリクスの欠落無し」
「物理的諸問題は無しか。事前戦闘シミュレーションの結果はどうだ?」
「全体としてかなり破壊的な行動が散見されます。同士討ちの危険性は辛うじて低いようですが、すれすれの行動が多く見られています」
「それでは危険だな....現時点で、最強のν-Typeと目された男の能力を取り込ませたが....こいつはその器に無かった、と言わざるを得ん....実験体No.C-4は破棄するしかあるまい」
中心人物と見られる男がガラス窓に閉ざされた、赤いボタンを押すべくハンドルに手をかける刹那、目の前の水槽が突然爆発し床に培養液を撒き散らした。科学者達がわなわなと水槽から出てきた男を眺め、彼がこちらを見てきた瞬間一目散に逃げ果せた。実験体の男は自らを"破壊"しようとした科学者の、恐怖する顔をじっと見つめながら胸を踏みつけ身動きを取れなくした。
「成程なァ....こうなる事も予想してた....ってぇ訳か....それならこういう事態も想定すべきだよな?なぁ....先生?」
男は装置の手前に置かれたワゴンの中から拳銃を引っ掴み、何の躊躇いもなく科学者を射殺した。悲鳴と硝煙の匂いを味わい、男は上げていた顔をゆらりと前に向けた。黒く長い前髪で顔の半分を隠した、灰の瞳を持つ肌の白い男。しかしその髪に隠された左目はどういう訳か、ぼうっと赤い光を灯した。
「好き勝手に生み出しといて、都合が悪けりゃ即始末か....随分なご身分じゃあないか....ハハッ」
男は乾いた笑いを浮かべながら、部屋の隅のロッカーから適当な服を選び身に纏った。U.C.123のクロスボーン・バンガードの軍服を気に入ったようだ。だがそのままでは面白くなかったらしく、黒地を真っ白に染め変えている。ガンプラダイバーズでは、入手した衣装を初めて着用した際にカラーリングの変更が、一度のみ無料で行える。再度変更したければゲーム内通貨のGPを使うか、クレジットカードなどで決済する必要がある。男は堂々と人格コピー生成施設から出て、とある場所を目指し歩き始めた。一方ランフォードは非常事態が発生したことは露知らず、全世界に向けた放送の準備に取り掛かっていた。
「通信状態はどうです?帯域のジャックは?」
「問題ありません。閣下のタイミングで放送を開始できます」
部下の老人がそう告げると、ランフォードの前にカメラと講壇を設置した。ランフォードはゆっくりと頷き講壇へ歩み寄る。
(我々ルナーズ・アルゴノーツが"成る"為の、最後の一歩だ....!)
深呼吸の後、部下に放送開始の合図を送る。
「私はアーノルド・ランフォード。ルナーズ・アルゴノーツの総帥であります。突然皆様の前に姿をお見せし、驚かせてしまった事を、深くお詫び致します。しかしこれは、この仮想世界に新たな夜明けをもたらす為、皆様に我々の理念を知っていただくべく、このような形でお話する事を決めたのであります。皆様も知っています通り、ガンプラダイバーズの安寧を陰ながらに守り続けてきた組織、ブルームーンは運営会社の治安維持部隊たる、ヘラクレスとの活動提携条約を締結しました。その結果、ブルームーンが本来堅持しなければならない中立性を失う懸念を抱えることとなりました。皆様の中にも、不安に思われている方もいらっしゃる事でしょう。ダイバーズの体制が完全に刷新されたとは言え、未だ仮想世界の安全は保証できていません。故にブルームーンの存在が、人々の安心を守る最後の砦として必要とされて来ました。しかし、そのブルームーンが運営の軍門に下る、愚かな決断に踏み切ってしまったのです!崇高な理念を胸に今日まで戦い続けてきた、その誇りが失われようとしています。ヘラクレスと言う強大な組織に取り込まれ、やがて理念が形骸となり再び仮想世界を恐怖が包み込んだ時、無力な存在へと成り下がってしまうのです。官僚主義に飲み込まれたブルームーンが、仮想世界の守り手足り得るのでしょうか?今はまだ、その時にないとは言えこの様な未来は、そう遠くない日に訪れることでしょう。しかし私は、その未来を拒まねばならないと考えています。そしてこのルナーズ・アルゴノーツを旗揚げしたのであります。ニュースにてご周知かと存じますが、ブルームーンとの合同作戦におきまして彼らの脆弱さが明るみに出ました。以前と比して組織が弱体化したのは、既にヘラクレスに取り込まれつつある事の証左に他なりません。自らの一部隊として扱う為に、ブルームーンの戦力を水面下でコントロールしていたのでありましょう。そうでなければ、斯程までの大損害を被ることなどあり得ないのです。私を始め、ルナーズ・アルゴノーツの同志達はこの事態を鑑み、本格的に動き出さねばならぬと決意しました。よってここに宣言します。我々ルナーズ・アルゴノーツは、ブルームーンの理念を継ぐ者!そして、新たな時代と言う、どこへ向かうかも分からぬ暗闇を照らし、本当の進むべき道を示す先導となる存在を目指す者とも成ろう!その実現の為、我々に皆様の力をお貸し頂きたい!」
バンッ!!乾いた破裂音が部屋に響いたのは演説を終えた直後。突如としてランフォードは凶弾に倒れた。放送を終えるギリギリのタイミングだった為に、この様子までもが電波に乗せられたのかは分からなかったが、それを気にしている場合ではない。
「だ、誰だッ!?誰が撃った....ぐぉぁあっ!?」
老人が振り向く瞬間、心臓に銃弾を受け消滅する。他の士官達も拳銃を手に警戒するが、乱入してきた男に成すすべもなく蹴散らされ地に伏した。ランフォードはどうやら致命傷は免れていたらしく、壁に背を預けながら気力を振り絞って立ち上がり侵入者を見据える。
「き、君は何者だ....!?どうしてここに居る!?」
「おいおいおいおい.....知らねぇって事はないだろ?お前が命令しなけりゃ、俺は生まれてなかったんだからよ」
男は不敵な笑みを浮かべながら、ランフォードににじり寄る。
「言っている事の意味が、分からないが...!」
ランフォードと襲撃者が睨み合う。しかし後者は密かにリロードし直した拳銃で、ランフォードの大腿を撃ち抜き蹴り倒した。
「そうかい、そうかい.....まぁ、知らねぇのも無理ないか。そうだよな、お前はどんな奴が"完成"したのかにしか興味が無ぇもんなァ?」
撃った脚を踏みつけ、グリグリと踵を押し込む。ランフォードが激痛に耐えかね悲鳴を上げるが、男は表情一つ変えずに見下ろした。
「いやはや、素晴らしい演説を披露した御方にしちゃ、随分と汚い悲鳴を上げるな....まぁいいさ。お前はもうどの道ここから動く事も出来ゃしない。けども安心してくれていい....お前の悲願は、俺が代わりに成就させてやるよ」
「完成、だと.....まさか君は....!?」
「そうだよ。実験体コードNo.C-4。本来なら失敗作故に存在価値の無い、可哀想な男....名付けるとするなら...ヴォイド・エンプティスが丁度いいかな?いい名前だろ?」
襲撃者の男は自らにヴォイド・エンプティスと名付け、高笑いしながらランフォードの両手にも銃を撃ち込むと、そのまま部屋を後にした。次に向かうは、ネイ達の控室だ。
「ン....!?誰だ!?」
壁越しに伝わる、余りにも強すぎるプレッシャーを感じ取りネイは思わず席を立った。そして、部屋に立ち入るヴォイドを凝視しジリジリと距離を取る。チェスターも部屋を包み込む異様な雰囲気に思わず、エレキギターを鳴らす手を止めた。
「怖がってんのか、兄弟。お前....結構いい趣味してんだな。こいつはヴェスターボーンのE-200か?噂にゃ聞いてたんだが、マジに良さそうだなオイ」
ヴォイドはチェスターが手にしているエレキギターを観察し、感心したような素振りを見せ彼の肩を叩いた。普段エキセントリックな言動をするチェスターも、何も言えずただ呆然とヴォイドの行動を見ている事しかできなかった。
「んで、お前さんがこの部隊の隊長...で合ってるかい?」
ヴォイドは右手をネイに差し出し握手を求める。ネイもそれに応えつつも警戒を解かず慎重に対応する。
「我らの同胞のようですが....話には聞いていません。人員の追加など、いつ決まった事なのか...」
「本来俺は、消される運命だったのさ。何、それはどうだっていいんだよ。俺はアーノルド・ランフォード総帥閣下の意思を継ぎ、このルナーズ・アルゴノーツを率いる役目をもらったからな」
「どういう意味です、それは...!?」
「まぁ何だ....お前らも少しは思っているであろう事を実行したまでだ。俺達を自分たちの都合で勝手に作って、使い捨てるなんてェ言うんで....後は分かるよな?」
ヴォイドが何をしたのかを察したネイの顔色が、土気色へと変わる。
「何故その様な....」
「何故?何故だろうな....?そう言いてェのは俺の方だぜ....お前は奴に絶対的な忠誠でも誓ってんのかい?」
「そういう訳ではありませんが、我々はランフォード卿の計画により誕生した存在。閣下の道を阻む者を排除してこそ、存在価値が生まれるのでは....」
「そう、刷り込まれたんだろ....?」
ネイに息が掛かる手前まで顔を近づけ、ヴォイドはニヤリと唇を歪ませた。そして笑い飛ばしながら、部屋の中央まで飛び退きソファにどっかりと座った。
「よく考えても見ろよ。このルナーズ・アルゴノーツって言う、馬鹿でかい艦隊の戦力は....ほぼ無人機で構成されている訳だが、そんなんで他の勢力をぶち壊せる訳がないだろ?つまりアレは、ただの繋ぎだ。俺達のようなコピー人間を大量生産して、歯向かう奴らを全て叩きのめすためのさァ....人格コピーは発現してようが潜在していようが関係ないが...ν-Typeからしか作り出せない。これだけでも、全ての勢力をぶっちぎりで超越しちまえるんだよ」
尊大そうな態度で天井を仰ぎ言葉を続ける。
「もっと簡単に言えば、そうだな....とんでもチート艦隊を作って、武力で以てこの仮想世界を裏から牛耳ろうってのさ。ブルームーンだ何だと言っているが、あの男は裏に抱えている馬鹿げた野望をいくつも叶えようとしている....本来なら生み出してはならない人間を使い潰してな。こんな傲慢な奴の手で生み出されて、我慢なるかってェの」
ヴォイドは顔を天井に向けたまま、二人に視線だけを向けた。すると突然、チェスターがケタケタと笑い出した。
「そうするとお前はこう言いたいのか?このルナーズ・アルゴノーツを、俺達の楽園にしてぇってな!」
「話が早くて助かるぜ兄弟....ざっくばらんに言えば最終目標はそんな感じだ。最高にくだらねーが、最高に面白くなりそうだろ?クハハッ!!」
控室で何が起きているのか知らぬまま、ヒルダが入室した。見覚えのない男がソファに座り、不気味な笑い声を上げていた。しかしヒルダはこの男から妙な"波"を受信してしまい、思わず口を噤んだ。ヴォイドもヒルダの存在に気づき、ソファから立ち上がり彼女の前へ流れる。
「どうしたよ。何かやべーもんでも見たみてぇな顔してるがよ」
「いや、別に.....」
目を逸らすヒルダの顎先に人差し指を当て、クイ、と持ち上げて顔を凝視する。ヴォイドの強引な注意の惹き方に戸惑いつつも、ヒルダは一瞬だけ彼に視線を向けた。ヴォイドはと言うと、ヒルダから"異なる何か"の気配を感じ取り面白げにニヤリと口角を上げる。
「ほう...なるほどな?ネイの時もだったが...俺達ぁそんな事もできんのか。そんでお前の場合は特にそこんところが得意って訳か....なるほど面白ェ女だ。いや本当に、面白いよ」
ヒルダから手を離し、ヴォイドは最後の目的地を目指す。アニュラ・エクリプスのブリッジに辿り着くと、艦長以下クルー達が銃をこちらへ向けてきた。ルナーズ・アルゴノーツで作られた"兵器"が、自らの総帥に牙を剥いたのだ。無理もあるまい。だがヴォイドは呆れたように溜息をつきながら、ランフォードが座していたであろう席に浅く腰掛けた。
「おい貴様!どこに座っている!?お前が座って良い場所ではないのだぞ、そこは!」
艦長がヴォイドの前に躍り出、銃口を向けて最後の警告をする。しかし彼は何一つ狼狽えず、あろう事か向けられた銃口を掴み己の眉間に押し当てたのだ。
「人を一発で殺っちまいたいなら、こっちのが確実じゃあないか?なァ艦長.....どうだ?撃ちたいなら撃てばいい。撃てるもんならな....さぁどうするね?」
「き、貴様.....!!」
「撃てよ....撃ってみろよオラァ!!眼の前にいるのは、お前らの尊敬してやまない総帥閣下を殺した男だぜ.....?撃たなきゃなんねーんじゃあねぇのか?ァアッ!?」
思考を読めるが故の挑発。そう、ヴォイドにはとっくに分かっていたのだ。艦長は自分を撃てはしない。得体の知れない存在を前にして、体か動かなくなっていたのだから。艦長が銃を下ろすタイミングを狙い、それを蹴り落とし席の前の手すりに飛び乗った。
「俺はヴォイド・エンプティス。アーノルド・ランフォードより今日を以てルナーズ・アルゴノーツ総帥を引き継いだ」
ヴォイドの唐突な宣言にブリッジは混乱を来した。
「まぁ安心し給えよ。諸君らは今までと変わりなく働いてくれ....薄汚い官僚主義の軍門に下るブルームーンを打ち砕くために、やれる事はすべてやる。その方針を変える気はないんでね....では、以上だ。宜しく頼んだぜ、諸君」
ランフォードの放送演説が仮想世界を駆け巡り、世間は騒然とした。SNS上でも過激なほどの論戦が繰り広げられ、ZeuS事件の情報が公開された時期に匹敵する混乱が広がる。ハイラック達も放送を目の当たりにし、一刻を争う事態に急展開したのを否応なしに思い知らされた。
「何ということだ.....」
状況を呑み込みかね、ユキオが不意にこぼす。
「これは.....本当に戦争になってしまうのでは....」
リタの表情が強張る。彼女の手が震えているのをハイラックは目にし、リタが恐れていた事が現実の物になろうとしているのを理解した。
「どの道こうなるのは分かっていた....と言い切るつもりはないが、ここに居る皆やラー・ペガサス、ヘッドクォーターもエージェントも覚悟はしていた事だ。ならば、やるべきことは一つしかない」
ブリッジクルーがハイラックの言葉に頷く。そして、誰が言った訳でもなく皆がそれぞれの持ち場につき、最後の戦いへの準備に取り掛かった。
「ラー・ペガサス、右舷に合流します!」
オペレーターの報告を受けたリタが窓に目を向けると、ラー・ペガサスの船体が近くを横切り、スペースコロニーの中へと進んでいくのが見えた。行き先はブルームーン専用のスペースコロニーとして建造された、"ルミナスⅦ"。戦艦の整備や補給等、多目的に利用されるコロニーだ。両艦のクルー達が一堂に会し、コロニー内の会議室にて作戦の段取りを組んでいた。エージェントを代表して、英梨も参加している。スクリーンの両脇にはリタ、ドミニク、ユキオ、ハイラックが立っていた。
「では、これより対ルナーズ・アルゴノーツ戦に向けて、各部からの報告と作戦の説明を行います」
リタが会議開催の挨拶をし、スクリーンの前に立つ。
「現状における我々ブルームーンと、ルナーズ・アルゴノーツとの勢力状況を再度お伝えしますわ。現在、勢力比は3:7程の差がついています。明らかに勢力規模で我々は不利に立たされていると言えるでしょう」
スクリーンには円グラフが表示され、双方の勢力状況を簡易的に表現した。ブルームーンとルナーズ・アルゴノーツの戦力差は2倍以上に及び、このまま対応しなかった場合こちらが蹂躙されるのは、火を見るよりも明らかだ。
「ヘッドクォーターと運営会社との協議により、ヘラクレスにも作戦に参加して頂けることとなりましたが、一体どれ程の戦力として計上すべきかは分かっていません。よって、これを織り込んだ作戦の展開は難しいと考えるべきでしょう」
リタの説明を聞くクルーたちの表情が、いつにも増して険しくなる。アイカが挙手したので、リタは彼女を指名した。
「パーラメント准尉、何かございますか?」
「どうしてヘラクレス側は戦力を隠しているんです?それじゃ協力してくれるって言えない気がしますけど」
アイカの質疑を受け、ユキオが挙手して応答した。
「それについては私の方からお答えしましょう。ヘラクレスはこちらとの提携をしていますが、我々への不信感があるようなのです。組織内でも意見が二分しているらしく、ブルームーン容認派と否定派で紛糾しています。それ故に明確な回答が出せないと言われているようです」
「そんな....こういう時に身内で喧嘩をしてるって事ですか...?」
「元より、ヘラクレスも一枚岩ではありませんからね。こればかりは我々にも如何ともし難い話です。恐らくは、期待しない方が精神衛生上いいのではないかと」
ランフォードの演説が与える影響は、ヘラクレスの内部分裂をも引き起こす等、ガンプラダイバーズの中枢にまで及んでいた。レイがキャプテンを務めていた頃は、ヘラクレスは親ブルームーン派の体制であったが、今では反発派と拮抗し不安定さを露呈しつつある。ユキオ曰く、ブルームーン・ヘッドクォーターの主幹出資者たるリチャードが、ヘラクレス総司令部に対し冷静な判断をするよう勧告していたようだが、それも結局は彼ら次第だ。先のデストロイガンダムMk-Ⅱを巡る戦いで、ヘラクレスからの信頼をまた1つ重ねたと考えていたアイカにとって、納得しがたい話ではあった。しかしそれが組織と言うものなのだ。リタが質疑応答の終わりを察すると、説明に戻る。
「ルナーズ・アルゴノーツ艦隊の停泊する宙域近辺にて、大きな動きも確認されています。エージェントの調査によるとスペースコロニーのようですが、これは後にコロニーレーザーへ改装するための物とも見られます」
宙域図をスクリーンに映し、指示棒を使い建造中のスペースコロニーとルナーズ・アルゴノーツ艦隊を線でつなぐ。
「更には大型モビルアーマー等を保有している可能性さえ示唆されていますわ。それではドミニク少将、作戦についてのご説明をお願い致します」
ドミニクはリタに促されスクリーンの前に出、話を引き継ぐ。
「エタニティ・ムーンとラー・ペガサス、新造艦のディーヴァとプリンシパリティを配置し、二手に分かれて行動する。エタニティ・ムーンが敵艦隊中央を突破する。囮として行動する形だ。残りの3隻はその裏でコロニーレーザーを押さえに行く。彼我の戦力差は圧倒的だが、この戦略兵器を奪取できれば挽回は可能だと見ている。しかし連中もそれは見越した陣形を形成するはずだ。そこへエタニティ・ムーンを突入させ撹乱させる。それによって時間稼ぎをしてもらいつつ、敵艦隊の中枢を叩く。連中が混乱状態に陥った隙を狙ってコロニーレーザーにて一掃する。しかしそれだけではルナーズ・アルゴノーツの壊滅は成し遂げられない....我々の最終破壊目標はこれだ」
ルナーズ・アルゴノーツの艦隊展開宙域からかなり離れたポイントに、コロニーレーザー用とは異なるスペースコロニーのアイコンが現れる。これこそが、ルナーズ・アルゴノーツの中枢。その名もゴルゴタ要塞。エージェントの事前調査によるとゴルゴタ要塞は、小型のスペースコロニーを高度に武装化させた物らしく、ルナーズ・アルゴノーツを強大な軍隊たらしめる為の、先進的な技術を数多く生み出しているという。ランフォードもこの場所に居る可能性があり、彼の逮捕を最重要目標とするブルームーンとしては、是が非でも押さえねばならないポイントである。
「エージェントでも確実な情報は掴めていないが、恐らくランフォードはここで艦隊の指揮を執っている。コロニーレーザーの射角制御はラー・ペガサスにて行い、敵艦隊もろともゴルゴタ要塞を破壊する。万一これに失敗した場合は、各艦に追加配備したミーティアとGNアームズを用いて、コロニーレーザーを破砕し真正面からの艦隊戦に移行する。最悪の場合は一か八かになるが、エタニティ・ムーンの全機能を開放、システムからの干渉が働くまでの間に各個撃破....三段構えで作戦を遂行する」
ハイラック達がドミニクの隣に並び立つと同時、全てのクルー達も一斉に立ち上がる。そして、ドミニクが敬礼するのに合わせ皆も同様に返した。
「今回の作戦は取り分け危険な作戦となる。だがこれは、何が何でも成功させなければならない作戦でもある。すまんが、皆の命をくれ」
エタニティ・ムーンのMSデッキに戻ってきたアイカは、見慣れぬコンテナが運び込まれるのを目にし、興味津々そうな眼差しで様子を眺める。
「何だろ....今頃新しいパイロットとか来るの?」
「あのコンテナには、レイの機体が入っているんだ」
「あ....ハイラック大佐、お疲れ様です。レイさん....戻って来てくれたんですね?」
隣にハイラックが降り立ち、一緒に下階を見下ろした。コンテナは1台だけかと思っていたが、どうやらもう1台存在するらしく青くて大きな箱が2つ並んで鎮座する、アイカとしては何とも不思議な光景に見えた。
「あのもう一つは、装備とかです?」
「そっちは俺のだ。早速見ていくかい?」
「あっ....はいっ!」
ハイラックの提案に顔をぱっと明るくさせて、アイカは作業現場へと向かった。コンテナの上部ハッチがゆっくりと開き、内部に収められたMSの姿を顕にした。グレーの小さな増加装甲を全身に取り付けた、ガンダムキャリバーンと、宇宙世紀で活躍していそうな外観のガンダムタイプ。後者の目には白いシートが貼り付けられており、先んじて到着したハイラックの手によって剥がされた。
「こんな時に言うのは何だが....ずっとやってみたかった」
機体の風貌はνガンダムとは似つかないが、カラーリングは強く意識したものとなっている。近くを通りかかったメカニックがハイラックの存在に気づき、ゴーグルを外しながらウィンドウを流した。
「どっちも見た目の割に凄いスペックですね」
「Mk-Xはかなり時間をかけて調整してきたからね.....だが、あのキャリバーンはどう言うんだ?ついこないだまでは、ルクスエアリアルの仕様変更だと聞いていたけど」
ハイラックがウィンドウの情報を読みながら首を傾げていると、レイがもう一つのコンテナから身を乗り出しこちらに手を振ってきた。
「おーい、ハイラック!」
「やぁ。朝早くから大変だったらしいじゃないか」
「バックパックと機体、擦り合せに時間がかかってさ」
「そういう事か。だけどどうして急にキャリバーンを?」
「余計なギミックが無い分、システムに余裕があるし色々やれると思って」
レイの言う"余計なギミック"とは、リプリチャイルド周りのシステムを指す。ガンプラダイバーズでは操縦支援AIのような扱いで実装されており、レイにとっては余計な枷でしかなかった。これが初めから存在しないキャリバーンを選んだのは、そういった理由からであった。しかしガンダムキャリバーンは、登場作品内でも禁忌のモビルスーツとして扱われている。彼女がそれを認識しているか否か、この機体をベースに選んだのかは分からないが、設定を知っているハイラックは不安を感じた。
「君の"力"を最大限に発揮する為には、そうするしかないか....」
「ターミナルを移設したし、久々にEvolve.ν-Typeらしく戦える....本当は嫌だけど、そうしなきゃダイバーズを守れないからそうも言ってられないし」
「それは、そうだが.....」
「大丈夫....私を信じてよ」
レイはハイラックの首元に腕を回し、唇を重ねる。キャリバーンのコクピットから這い出たアイカは、二人の様子を目撃してしまい口を手で覆った。こっそりその場から脱して、上階へと浮き上がりながら方向転換、自機のケージへ向かう。ストライクフリーダム弐式の前に立ち、じっと見上げた。ライトブルーのラインに加えて、オレンジの線も走るようになりやや複雑なカラーリングへと変わっていた。ビームライフルもライジングフリーダムと同型の物へと変更され、バックパックは本来の機動兵装ウィングに換装していた。
「やらなきゃいけないのよ、アイカ....」
自分に言い聞かせる様に呟く。やがてストライクフリーダム弐式のケージの隣に、レイのキャリバーンが格納される。ウェポンラックには機体を超える大きさの兵装がマウントしてあった。そしてエスカッシャンとも異なる形状のビット兵装や、シールドも見受けられ、ルクスエアリアルのコンセプトその物は引き継がれているのだろうと見た。レイがアイカの真後ろに忍び寄り、両肩に手を置いた。アイカは思わず「ひゃっ!?」と悲鳴を上げ肩をビクリと震わせ、弾かれるように振り向いた。
「ちょっと、レイさん....!どうしたんです...!?」
「ハイラックにそうしろって言われたから......?」
「もう....何かレイさんっぽくないって思ってましたけど!」
「まぁ、半分本心でやってるけどね。あんたは本当によくやってると思うよ....私がブルームーンに入ったばかりの頃なんか、上手く行かないことばかりでさ」
「そうなんですか?」
「それなりに戦えはしたけど、周りに頼る気が全くなかったくらい。それで自分の首を絞めまくってたし。皆にも結構迷惑かけててさ....ここでもあっちでも色んなことがありすぎて、余裕がなかったのもあったけど」
「何か意外です......私がよく聞く話とはまるで違うみたい」
「そもそも私、強くなんかないよ。出来そうな事から役割を見つけて、それがたまたま他の誰とも被らなかっただけなんだから」
「そんな事.....レイさんは私よりずっと強いじゃないですか...!」
唐突にレイにじっと見つめられ、アイカはきょとんとした。
「アイカ。あんたは戦いの中で成長できるタイプだよ。こないだの戦闘の奴、見させてもらった。あんな馬鹿げた弾幕の中を無被弾で突っ切ったんでしょ?あそこまでの事ができたなら、可能性は十分にあると思うな」
デストロイガンダムMk-Ⅱでの戦闘を経てアイカは、途方も無い密度の弾幕を無被弾で潜り抜けつつ、敵機を素早く撃墜すると言う離れ業をやってのけていた。本人は無我夢中だったと言うが、ストライクフリーダム弐式への整備が他の機体と比べ、明らかに短い時間で完了した事が何よりもの証拠となっていた。それを実現するには、高い反応速度と弾幕の比較的薄い箇所を探し出し、迷わずに選択できる判断力が必要不可欠だ。だがレイが何よりも注目していたのは、アイカがマルチロックオン能力を得たことであった。
「それで...マルチロックオンっての?ちゃんと扱えるようになったのなら、ほぼ確実なんじゃない?あんたは一つずつ強くなってる。自信持っていいよ」
「私、強くなってるんですか...?自覚、ないですけど...」
アイカは自らの成長を未だ実感するに至っておらず、レイからの評価に納得できずにいた。
「はぁん....?これが総帥が用意したって言う機体か....名前は...えーと...ガンダム・アルスノヴァ」
ルナーズ・アルゴノーツが所有するスペースコロニー・ゴルゴタ要塞を訪れていたヴォイドは、士官に案内され秘匿区域扱いの工廠に鎮座する、モビルスーツを訝しげな顔で眺めていた。黒と金のツーントンカラーで彩られた機体で、装甲は曲面主体で構成、背部にはアドラーグレイズの物とやや近い形状のバックパックを装備するようだ。携行武器の類はないらしく、両腕に搭載済みの複合ユニットを用いる格好だ。顔面はオーソドックスなガンダムフェイスを採用しているが、ヴォイドが特に違和感を覚えたのはそこだった。
「妙に顔がデカイな...これ、外せるのか」
「外せるようですが....どうします?」
「なら外してくれ。気に入らねぇんだよ、ああ言うのが」
クレーンがモビルスーツの眼前に伸び、ガンダムフェイスを取り外した。その内部は紫色のガラスらしき材質でできた、まるでSF映画に出てきそうなフルフェイスヘルメットじみた外観をしていた。バイザーの奥には眼球めいた形状のセンサーが嵌め込まれており、禍々しさをより一層強調する。ヴォイドはこの状態を甚く気に入り、大袈裟なリアクションをとった。
「そういう事かよ!?こりゃとんだ皮肉じゃねぇか!曲がりなりにも正義を体現したがる組織の、切り札がこんなバケモンみてーな姿してるなんてな....まさに傑作じゃねえの」
コクピットハッチを解錠し、シートに座る。ベース機体はどうやらアルスアースリィガンダムだが、シートの形態はU.C.0083以降標準化した、リニアシートとなっていた。モニターも全天周囲モニターを採用していた。ヴォイドは早速機体を起動させ、コンソールを使い全スペックを調べ始めた。祖となったアルスアースリィ自体、無改造でもかなりの高性能で知られているが、このモビルスーツはそれを遥かに逸脱していた。両腕の複合兵装ユニット"アルムナーゲル"には、爪や側面のブレードを活かした物理的な格闘戦のみならず、銃口部からはビームマグナムと同威力を誇る光弾を発射できると言うのだ。ビームサーベルも発振可能で、掌部のビームブレイドと組み合わせて使用すれば、威力を上乗せする事もできる。その他にも、使いこなせれば無類の強さを発揮するであろう機能を、いくつも備えておりヴォイドとしては必要充分を満たす物であった。だがそれは、ν-Typeであるが故のアドバンテージに因むものだ。これ程までのハイスペック機を、戦闘慣れしていなさそうなランフォードが操れるのだろうか。ヴォイドの脳裏に1つの仮説が生まれる。
(アイツは元から、自分でこの機体を使う気は端っから無かったって事だろう....俺や、それ以外の誰か...つまり、人格コピーにこれを宛てがいさえすりゃ、自分は手を汚すことなく敵を殲滅できるって寸法か。馬鹿にしてくれるなァ、あの男は.....ッ!)
ヴォイドがアルスノヴァのコクピットから出ると、妙な物陰が目に留まりゆらりと振り向いた。
「コイツは....!?"インレ"、だと....?あっちにはネオ・ジオングかい....オイオイ、これじゃますますどっちが悪人か分かったもんじゃないぞ」
ファイバーⅡ、ダンディライアンⅡユニットが並んでケージに収められているだけでなく、その真上にはぶら下がるような形でネオ・ジオングのハルユニットが。無重力区画故にこういった事ができるのだが、それを差し引いても過剰戦力にも程があると言いたくもなるような、恐るべき兵器たちを前にして、流石のヴォイドも引いていた。しかし、次第に普段の狂気じみた笑みを取り戻す。───これだけのブツをフル稼働させまくれば、俺の望んでいたものが見られるかも知れない。その思惑を頭に描き肩を震わせ笑った。
「有り難く使わせてもらおうじゃないか....折角の機会だしな。こんだけありゃあ、戦いもクソもねぇがそれもそれでって事さ」
近くにいた士官に整備を巻きで進めるよう言い残し、再びアルスノヴァに乗り込みゴルゴタ要塞を後にした。
レイとグラハムの復帰によって、エタニティ・ムーンは活気づいていた。
「君達には迷惑をかけたな。済まなかった」
デッキ内の休憩スペースにいるハイラック達のもとにグラハムが現れた。顔色は先程からかなり良くなっており、普段どおりの表情を取り戻していた。
「いえ、気にしなくていいですよ。レイもこうして戻って来たし、グラハム大佐も復帰した事で、エタニティ側の戦力に不安が無くなりました」
「そう言ってもらえるなら有り難い。作戦の概要は聞かせてもらったが、エタニティの機能が回復したというのは本当か?」
グラハムはハイラックの向かい側のソファに腰掛ける。
「合同作戦で機能不全を起こしたと聞かされてから、続報がなかったが」
「水面下で修復と、調整が進められていたそうですよ。ファクトリーに人があまり居なかったのは、その為に人員が割かれたからでしょうね」
話を聞いていたレイも、ハイラックの隣に座ってメガネのレンズを拭き始めた。
「それでラスターキャリバーンがまだ使えないんだ?テスト飛行くらいはやっときたかったのに、ダメだって言われてさ」
「そもそも君の機体とエタニティ・ムーンは、当初から連携させる前提で設計していたからね。色々とやらなきゃならない事も出て来てるのさ」
「エタニティ・ムーンと君のキャリバーンを....連携、させるとは?」
「正直使う時が来るとか、考えた事なかったけど.....ラスターキャリバーンとエタニティ・ムーンを繋げば"化ける"って言うんだよね。私も一応どう言う機能が使えるかは聞いてたけど、まぁ....途方もなさ過ぎて理解できてないって言うか....」
唐突にアナウンスが流れる。ハイラックが腕時計をチラリと見たところ、出港時刻の30分前に差し掛かっていた。
『各員に通達!これよりエタニティ・ムーンはルミナスⅦを出港します!ノーマルスーツの着用など、必要な準備に取りかかってください!』
皆が一斉に物の固定やら、ノーマルスーツを着たりと忙しなく動き始めた。ブリッジも同様に緊張感に包まれる。
「出港します!両舷第一戦速、ドック離脱後に索敵開始!」
リタの号令を受け、操舵手がいくつかのボタンを押しハンドルに手をかけた。エタニティ・ムーンから大型ドックアームが離れるタイミングで、サブスラスターを使い緩やかにドック内を進む。そして最終ゲートを通過した時点でユキオが次なる号令をかけた。
「メインスラスター、エンゲージ!」
エタニティ・ムーンの円環部最後尾に位置する、大型スラスターが点火。続けて本体の底面、Iフィールドバリアジェネレータを起動し瞬く間に加速を始めた。その後に続きラー・ペガサス、ディーヴァ、アークエンジェル級4番艦プリンシパリティが発進。それぞれ作戦開始ポイントへ向けて移動を開始した。
ルナーズ・アルゴノーツでもこの動きは察知しており、艦長の命令で艦隊が動き始める。
「艦長、ブルームーンの戦艦が発進をはじめました!」
「全軍、攻撃開始!」
「待ってください!ブルームーンからは...戦艦が一隻でこちらへ....全速力で突進してきます!」
「何だと!?何を考えているのだ、連中は!?」
管制官の報告に艦長は耳を疑い、奥歯を噛む。エタニティ・ムーンが単独で突撃をするなど、想定外にも程のある事態だ。艦隊戦のセオリーなどあったものではない。駆逐艦がミサイルとビーム砲を放ち弾幕を張り、エタニティ・ムーンの針路を塞がんとした。
「ルナーズ・アルゴノーツ艦隊から、多数のミサイルとビームが発射されました!」
敵艦隊からの砲撃を観測し、アヤカが報告した。リタはそれに頷き、砲撃手に命じる。
「スフィアビット展開!迎撃開始!」
エタニティ・ムーンの円環外縁部のハッチが開き、内部から光子ビットを放出し迫りくるミサイルを撃ち落とした。濃密な弾幕の中へ突入してもなお速度は落とさず、スフィアビットを四方八方へ飛ばし攻撃を無力化させながら、敵艦隊中央を目指す。
「艦長。ラー・ペガサスがコロニーレーザーの周辺まで到達しているようです」
「思ったより早いですわね。こちらは敵艦隊を撹乱して妨害を少しでも減らします!」
スフィアビットとレーザー砲を織り交ぜすれ違いざまに、敵艦を撃墜した。
エタニティ・ムーンの常識外れの行動によってルナーズ・アルゴノーツ艦隊の陣形に乱れが生じた。
「コロニーレーザー方面へ、ブルームーンの艦隊が接近!」
「やはりそう来たか...!第2艦隊をそちらへ向かわせろ!エタニティへは全火力を集中!主砲撃てッ!!」
アニュラ・エクリプスの下部ハッチが開き、大口径のメガ粒子砲が露出。光を砲口に収束させ間髪入れず放出した。全てを飲み込まんばかりの粒子の奔流が、宇宙の闇を切り裂きながらエタニティ・ムーン目掛け突き進む。メガ粒子砲がエタニティ・ムーンに直撃したと管制官が報告したものの、すぐに取り消してしまった。
「大口径メガ粒子砲、エタニティに命中....いや、対象健在!?」
「どういう事だ!?」
メガ粒子砲が直撃する寸前、エタニティ・ムーンは艦首へスフィアビットを集中させ擬似的なビームバリアを形成。そして円環部から、同心円状の光輪を発してメガ粒子砲を弾きながら強引に射線を外れたのだ。
「これがオラージュ・ド・リューヌ....!戦艦用ともなるとこうも違うとは...」
想像を超える力を発揮するエタニティ・ムーンの性能は、開発に関わったユキオでさえ驚愕させた。
「コノエ大佐、そろそろ私はローゼス・ヴァルキリーへ行きます。後をお願い致します」
「了解しました。ご武運を!」
リタが艦長席をユキオと交代し、ブリッジを出て機密区画内へ向かった。機密区画はさながらクワイエット・ゼロのコントロールルームのようになっており、中央には真紅の装甲を身に纏った、ブラックナイトスコード・カルラらしきMSが鎮座していた。バックパックはドラグーンを格納した兵装ウイングではなく、シナンジュのスラスターユニットによく似た物を装備する。しかし武装の類を持っていなかった。リタはヘルメットのバイザーを閉ざしながらコクピットに乗り込み、機体のシステムを起動した。その瞬間コントロールルームが白い光に包まれエタニティ・ムーンの、操縦権限を掌握した事を意味するメッセージがモニターに表示された。
(さぁ....ここが正念場よ、リタ・リーゼリット!)
ユキオはリタを見送るとすぐさまMSの出撃命令を下す。
「MS隊、発進せよ!」
MSデッキを出撃命令のアナウンスが駆け巡る。ハイラックがガンダムMk-Xのコクピットへ向かう道すがら、レイの姿を目にした。レイも彼に気づき、フィンガーハートとウィンクでエールを送り、キャリバーンのもとへ飛んでいった。
「あぁ言うこともするようになったのか....余計に負けられないな」
ハイラックはシートに座し、コンソールを起動するとコクピットハッチを閉じながらカタパルトへ機体を歩行させる。
『敵艦隊からもMSが順次出撃しています!勢力規模もこれまでとは比べ物になりません!警戒は最大限に!フロントフィールド隊は出撃の準備を!』
レイもキャリバーンのコクピットに入り、ヘルメットをかぶる。モニターには"GUNDAM LUSTER CALIBURN"と文字列が現れ、外界の様子を映し出した。
「アイカ、大丈夫?」
モニターの隅にはミニウインドウが表示され、アイカの不安げな顔が映っていた。
『滅茶苦茶に緊張してて......!』
「だと思った。さっきも言ったけどあんたなら大丈夫だよ、ちゃんと学んだ事を活かせば勝てるはず。私の背中は任せるよ」
『.....はいっ!!』
レイからの信頼を感じ取り、アイカはつい大きな声で返事をしてしまった。ガンダムMk-X、ストライクフリーダム弐式、エクシアR4、ラスターキャリバーンが並びたちカタパルトに接続する。
『You have control!ガンダムMk-X発進どうぞ!』
「了解!ガンダムMk-X、ハイラック・フロントフィールド、行きますッ!」
『続いてフリーダム、発進どうぞ!』
「アイカ・パーラメント、フリーダム!行くわよ!」
『ガンダムエクシアリペアⅣ、発進どうぞ!』
「グラハム・エーカー、ガンダムエクシアリペアⅣ!推して参るッ!!」
『続いてラスターキャリバーン、発進どうぞ!』
「ガンダムラスターキャリバーン、レイ・フロントフィールド...出る!!」
4機の精鋭部隊がエタニティ・ムーンから飛び立ち、流星となり戦場へ馳せ参じる。
ラー・ペガサス率いるコロニーレーザー制圧部隊は、妨害に出たルナーズ・アルゴノーツの艦隊と激突していた。
「何なんだよ、この妨害の密度はよ!?」
ジンは長時間の戦闘で消耗していたが、疲労を押して前線の維持に努める。ゲルググメナースも最終決戦に備えて改修しており、大型化したスラスター内蔵のショルダーアーマーによってリゲルグのようなシルエットに。ビームガトリングシールドも2連装型に改められ、火力面も抜かりがない。その名もリゲルグデバステーター。
「文句を言ったとて変わる訳でもなかろう!ここは他の奴に任せて、我々は特務隊の援護に回るぞ!」
ダハックのラッセルは、敵機を屠りながら3機編成でコロニーレーザーへ向かう僚機を目にし、ジンのリゲルグデバステーターを連れて合流した。特務隊は全身を黒く塗装したジェスタ、ゼータプラス、ガンダムプルトーネで編成されている。
「こちらラー・ペガサス所属のラッセル・フォスター少佐だ。これより諸君らを援護する!」
『感謝します。コントロールエリアはコロニーレーザー本体の最後部に位置します。そこに到達するまでの間、護衛をお願いします!』
「分かっている!この天才が来たのだから余裕で到着させてやるよ」
道中でガンヴォルヴァとグスタフ・カールの混成部隊が襲撃してきた。ラッセルは瞳をギラつかせ、レバーを前に倒した。グスタフ・カールがビームマシンガンを放ちながらダハックの真上を陣取り、ビームサーベルで斬りかかる。ダハックはそれを軽やかに回避すると、左手からプランダーを展開しビームマシンガンの雨を防いだ。そのまま突進しビームジャベリンから発した、ワイヤーを薙ぎ払ってコクピットを抉り取った。今度は3機のガンヴォルヴァがビームカービンを撃ちつつダハックを包囲、身動きを取らせまいとしつこく射撃してきた。しかしそこは流石の天才であった。ビームジャベリンをマウントし直しながら、不規則な起動で弾幕をやり過ごしつつ両手のプランダーでビームを吸収。偶然流れてきたデブリの陰に身を潜ませ、ガンヴォルヴァを誘い込むとバックパックのアームドアームからビームサーベルを発振し、コロニーの破片ごと両断した。増援としてやって来たMSへはリゲルグデバステーターとジェスタが連携して、尽くを蹴散らし進路を確保する。
「やっぱ、天才ってのは伊達じゃないっすかね!」
「ようやく理解したか。今更過ぎるが許してやる。しかし、自動人形風情にも劣るパイロットがいるとはな...そんな事で良いのかと言いたくもなる」
余りにグスタフ・カールのパイロットが不甲斐ないと感じていたラッセルは、そのもどかしさに眉を顰める。防衛部隊のMSを素早く撃墜しつつ、コロニーレーザーの最後部付近にまで到達したが予想外の事態に遭遇した。
「何だありゃ....ちょい待て、ネオ・ジオングかよッ!?」
リゲルグデバステーターの真下から来る、ビームの火線を潜り抜けながらジンは攻撃を仕掛けてきた者の正体を目視し、愕然とした。何とネオ・ジオングが既に解き放たれていたと言うのだ。
「何つーもんを野に放ってんだ奴らはッ!?」
ネオ・ジオングの拡散メガ粒子砲をシールドで受けつつ、ビームガトリングシールドを撃ち返す。しかしネオ・ジオングは機体の全高を覆わんばかりの、Iフィールドを生成可能なMA。一切の攻撃が通じないばかりか、大火力の兵器を一方的に押し付けられるのだ。ネオ・ジオングが腕部のメガ粒子砲を縦横無尽に振り抜きながら照射する。ラッセルはこれを特務隊の分断を狙った物だと見抜き、ダハックを加速させた。
「ジン大尉は速やかにコントロールエリアへ行け!こいつの面倒は私が見てやる!」
ビームジャベリンを高速回転させ、擬似的なビームシールドを作り上げ射線を散らしながら接近、飛来するミサイルをアームドアームで斬り落とし肉薄する。ネオ・ジオングが掴みかかったところで、アームドアームから発したサーベルを突き立て、指を粉砕した。この時、ネオ・ジオングのスロットを確認するがそこにはシナンジュは愚か、MSは乗っておらず半球型のコントロールユニットで埋まっていた。つまりこのネオ・ジオングは、無人機であると断定出来る。
「コイツも無人機か....!なら対処は容易というものだろ!!」
ラー・ペガサスに特務隊からの通信が入り、ウォレスが反応した。
「キャプテン!特務隊より入電!コロニーレーザーのコントロールエリアへ侵入に成功とのことです!」
ドミニクはその報せを受け、作戦を次の段階に進めるべく命令を下す。
「よし....!だがハッキングが完了するまでは油断するなよ!プリンシパリティへは、ラッセルの援護に回るように言うんだ!」
「艦長!コロニーレーザー守備軍、数がかなり増えています!このままではッ!」
「分かっている!敵艦隊予想進路の計算急げ!テリー大佐、聞こえているな?ハイパーランチャーを使え!」
ブリッジ付近にやって来たムラサメ改に通信で指示を送る。ムラサメ改のパイロットはそれを了解すると、船外に放出されたハイパー・メガ・バズーカ・ランチャーに機体を取り付かせ、装備した。
「予想進路....出ました!」
「よし!ハイパーランチャー、始動しろ!」
ドミニクの号令を合図に、ムラサメ改はハイパー・メガ・バズーカ・ランチャーにケーブルを接続した。モニターにはラー・ペガサスで計算した、コロニーレーザー守備艦隊の予想航路図が立体表示される。ラー・ペガサスから送信されたエネルギーがチャージ完了後、間を置かずに最大出力で撃ち放った。原型艦のラー・カイラムとは異なり、ラー・ペガサスではエネルギー生成量が改善されているお陰で、ハイパー・メガ・バズーカ・ランチャーをフル出力で射撃しても電力の低下に見舞われる事はない。
「ハイパー・メガ・バズーカ・ランチャー、第2射....てぇええッ!」
MSの全長をゆうに超す砲身に再び光が集中、エネルギーが臨界到達レベルまで高まったタイミングでトリガーを引いた。ズドォオ!!と轟音がラー・ペガサスを包み込む。戦艦からのエネルギーを上乗せした火線が闇を突き抜け、コロニーレーザーを守備するルナーズ・アルゴノーツの艦隊を貫いた。
アニュラ・エクリプスでは、ブルームーンの攻勢に苦しめられブリッジが更に慌ただしさを見せていた。
「敵方もMSを展開してきたか...!ならばこちらもν-Type部隊を出せッ!」
艦長が指示するのを横目で見ていたヴォイドは、つまらなさげに天井に視線を逸した。
(どうしようが勝手だが....仮想世界の治安維持を牛耳りたがるって意味じゃ、ルナーズ・アルゴノーツもブルームーンも、俺には同じようにしか見えないけどな。どいつもこいつも、どデカイ影響力が欲しいからここまでするかい)
この場に居るのにも飽きてきた。そう思うとヴォイドは席を立ちブリッジを抜け出すのだった。
「もうカラーリングの調整も済ませてくれたのか。ありがとうよ」
MSデッキに格納されたアルスノヴァは、カラーリングを黒と金のツートーンカラーから改められていた。金に塗装された装甲を銀に変えたのだ。これはヴォイドの趣味によるものである。塗装を担当するメカニックに一言礼を述べるとそのままコクピットに乗った。ブリッジに回線を繋ぎ艦長に語りかける。
「さて艦長。俺の出撃タイミングは自分で決めさせてもらう。構わないよな?」
『.....勝手にしろ!』
忌々しげに吐き捨てる彼の姿にヴォイドはヘラヘラと笑い、通信を切りシートの背もたれに寄り掛かった。
「結局、所詮は道具ってェ事か.....口にしなくても分かるんだよなァ、艦長も嘘が下手だよ....ククッ....!」
エタニティ・ムーンとアニュラ・エクリプス、双方の精鋭達が互いを認識し戦いの火蓋が切って落とされる。ラスターキャリバーンのレイは、敵のプレッシャーを真っ先に感知しレバーを更に前へ押し込んだ。
「敵が来る!奴らはしばらくこっちで引き受けるから、皆は先に敵艦の数を削って!」
レイの指示に耳を疑い、アイカは咄嗟に意見した。
「えっ!?一人で連中とやり合うっていうんですか!?無茶ですよ、私も手伝います!!」
ラスターキャリバーンを援護しようとするアイカを、グラハムが制する。
「准尉、一先ずは彼女の指示に従え!奴らも戦力を投下し始めている!優先順位を間違えるのは命取りになるぞ!」
彼の言葉でアイカは自身の逸る気持ちを自覚し、深呼吸の後レバーを握り直した。
「.......了解!」
エクシアR4とストライクフリーダム弐式が左右に別れ、ラスターキャリバーンがν-Type部隊の進路へ向かい、そしてハイラックのガンダムMk-Xが防衛網の薄い場所を狙って移動を開始した。
「来た....!」
ラスターキャリバーンに向かってビームが降り注ぐ。レイはすぐさまレバーを横に倒し、これをやり過ごしながら敵の姿を注視した。マッドアムドゥスキアスと、キュベレイらしきMSが真直ぐこちらへ突撃する。
「一人で俺たちとやろうってのかい!?こないだみたくバラバラにしてやるぜぇええッ!!」
マッドアムドゥスキアスが大型メイスを振り上げ、ラスターキャリバーンの脳天へ叩きつける。しかしラスターキャリバーンはひらりとその軌道から脱すると、長身のビームランチャー"エクシードスペイザー"を構え照射した。青白い熱線がマッドアムドゥスキアスのすぐ横を通り抜けた。チェスターは敵が攻撃を外したと見るや、不愉快な程の嗄れた笑いを上げ、再びラスターキャリバーンへ追いすがる。しかしエクシードスペイザーから放たれたビームは、突然その軌道を変えてとんぼ返りを始めマッドアムドゥスキアスを背後から撃ち抜いてしまった。
「何ィイイッ!?」
いくらナノラミネートアーマーと言えども、衝撃だけは殺し切れはしない。マッドアムドゥスキアスが体勢を崩したのをフォローすべく、キュベレイめいたMSが両腕のユニットから赤黒いビームを放射、ラスターキャリバーンを引き剥がす。
「前とは見た目が違う....?いや、別の機体!?」
レイはキュベレイらしきMSの姿を直視し、目を瞬かせた。どうやら素体をG-ルシファーに変え、キュベレイのパーツを鎧のように身に纏うカスタムをしているようだ。モニターにはオメガルシファーと表記され、MSの装甲越しに伝わる殺意でレイはパイロットを看破した。
「奴が!?奴が、私の過去を覗いてきた....!」
「あーらら。やっぱり"本物"は違うわねぇ!!」
オメガルシファーのパイロットはヒルダであった。オメガルシファーは先に述べた特徴に加えて、スカートファンネルを増設しその数は9基にも及ぶ。それをバックパックとリアアーマー、そして両腕に装備し攻撃性の非常に高いMSに仕上がっている。オメガルシファーは両腕のスカートファンネルからビームソードを発振させ、加速の勢いを上乗せした突きを放った。ラスターキャリバーンも左腕のシールドを射出しつつ、エクシードスペイザーの側面にビーム刃を生成。さながらデスティニーガンダムのアロンダイトの様に振るい、ビームソードと斬り結び鍔迫り合いに持ち込む。
「心を覗かれちゃったから、もう来ないもんだと思ってたわよ?」
「あ、そう....その予想を裏切られた感想は?」
「そうね、最高よ!もう一度粉々に出来るんだからッ!!」
裏で解き放っていた、オメガルシファーのスカートファンネルに3方向から高出力ビームを撃ち込まれ、距離を取るが敵はむしろ肉薄してくる。唇をヒクヒクと震わせるヒルダとは対象的に、レイは表情一つ変えずじっと敵を見据える。踊るような動きで攻撃を加えるオメガルシファーに、ラスターキャリバーンはビームソード形態のエクシードスペイザーで的確に対応する。二刀流の圧倒的な手数を前にしても、レイを追い詰めるには足らないのだろう。小惑星の手前まで押し出し、オメガルシファーがビームソードを振り下ろした。しかしラスターキャリバーンは身を屈め、刃が到達するまでの僅かばかりの時間を稼ぐとスラスターを全開にしタックルをぶつけた。
「何ッ!?おのれぇ....!!」
「邪魔だッ!!」
ラスターキャリバーンのモニター、ロックオンマーカーの下が赤く点滅した。それは背後から敵にロックされた事を示すがレイは、そちらに目を向ける事なくオメガルシファーとの戦闘に意識を集中する。ラスターキャリバーンの背後に現れたのは、マッドアムドゥスキアスであった。大型メイスでラスターキャリバーンの後頭部を叩き壊さんと全速力で接近。いざ一撃を加えようというタイミングで飛翔体が大型メイスを斬りつけ、チェスターはモニターの表示に愕然とした。一瞬だけ目にしたあの物体は、何とラスターキャリバーンのシールドだったのだ。このシールドには遠隔操作機能が備わっており、その上側面からビームを発して斬撃を加えられる代物である。
「オイオイオイオイッ!?F○○Kッ!!」
だがメイスは完全に破壊された訳ではない。再度ラスターキャリバーンに食らいつき、挟撃を試みる。
「これでもまだ来る.....面倒なッ!!」
マッドアムドゥスキアスの殴打をギリギリで避け、その動きから流れるようにオメガルシファー目掛け、エクシードスペイザーを放った。
「ネイ!頼みます!コイツ、前とは全然違う!」
ヒルダの呼びかけに応じるかの如く、ネブラブリッツが暗闇から現れラスターキャリバーンに斬りかかった。
「これまでのデータとは違う、だと?」
ネイは無人機を呼び寄せながら、ミラージュコロイドを使いラスターキャリバーンをアステロイドベルトへ蹴り出した。
「捕らえるッ!」
ラスターキャリバーンが岩を蹴って方向転換する隙を突いて、グレイプニールを飛ばし捕縛する。しかし件のシールドが割り込みワイヤーを切断されてしまった。一方で危機を脱したかのように見えたラスターキャリバーンにも、凶刃が襲いかかる。
「今、何か居た....?」
背後の小惑星が溶断されるのを目視する。レイはすぐさまラスターキャリバーンを下へ旋回させ、ガンビットを起動した。ラスターキャリバーンの全身に取り付けられた、盾形の端末を分離し周囲を浮遊させる。ラスターキャリバーン専用ガンビット"プレアデス"。原型機が装備した事のあるエスカッシャンとは異なり、機能面ではシンプルなものとなっている。しばらくそのままにしていると、プレアデスの1基から衝撃音が聞こえレイは素早くそちらへ注意を向けた。
「そこか...!」
エクシードスペイザーを別のプレアデスに向けて発射。撃たれたプレアデスはヘクス状の力場を展開し、ビームを跳弾させ無人機──NダガーNを撃破した。要領としてはEx-Sガンダムのリフレクターインコムに近い方法だ。爆煙の中を突き破り、ネブラブリッツが現れ再び接近戦に持ち込まれる。
「ミラージュコロイドを使った無人機を見破るとは、大したものだ!」
「そりゃ....攻略法が分かれば対策はするでしょ」
ネブラブリッツのビームサーベルを避けつつ、無人機の乱入を待ち受けた。ランサーダートの射出を目にし、即座にデブリの影に隠れ障害物の隙間を縫う様に回り込む。
「物陰を使おうと無駄ですよ!」
ネブラブリッツもラスターキャリバーンの進行方向へ急ぐ。そこへマッドアムドゥスキアスとオメガルシファーも合流、万全の布陣でレイを追い込んでいく。ただし、そう考えているのは彼らだけである。レイは彼らを横目で一瞥すると、コンソールを数度タッチした。待ち伏せした無人機にビームサーベルを突き刺し、行動不能にすると敵方に向けて蹴り飛ばす。マッドアムドゥスキアスがそれをメイスで叩き潰した頃合いを見計らい、レイは最後のコマンドを入力した。
「これがアンタ達の知らない、私の本当の力!」
レイの瞳に青い光が灯る。シートの後部に装着した、ターミナルから光が流れ込み自らの意識と機体がリンク、苦痛に一瞬顔を歪めるもすぐに平静を取り戻す。ラスターキャリバーンのシェルユニットと、外部に増設されたサイコフレームが青白く発光し靄のようなものを纏い始めた。マッドアムドゥスキアスとオメガルシファーが左右から挟み撃ちを仕掛ける。その刹那、ラスターキャリバーンが残像を生じて抜け出し逆にエクシードスペイザーで、マッドアムドゥスキアスのメイスを両断してしまった。
「何だコイツはぁあああッ!?」
「どうなってる!?コイツ、思考が見えなくなってんだよ!!」
ヒルダは先程まで感じ取れていた、レイの思考と言う物が見えなくなり瞳が震えた。オメガルシファーは全てのスカートファンネルを放ち、ネブラブリッツと連携してラスターキャリバーンに攻撃を加えた。斬撃と射撃の波状攻撃を前にしても尚レイの集中は乱されない。機動力と残像をフルに駆使し攻撃を尽く往なすと、今度は反撃に出た。ネブラブリッツにエクシードスペイザーを叩きつけ、防御に使ったトリケロスを弾き飛ばし胴をがら空きに。そこへ回転斬りを何度も浴びせると更に蹴りつけ次の獲物へ。マッドアムドゥスキアスに至近距離に迫り、グワッと開いた左手を近づけ氷漬けにした。これにはν-Type部隊一同共々目を疑い、言葉を失う。だがラスターキャリバーンがアステロイドベルトを突っ切って、エタニティ・ムーンの位置する方角へ飛んでいくのを見、否応なしに追跡せざるを得なくなった。
ストライクフリーダム弐式のアイカは、ぎこちないながらもスーパードラグーンを扱い、敵艦隊の中央までたどり着いた。二挺のビームライフルと腰部のレールガンで巧みに包囲する敵機を、次々と撃ち落としてゆく。そしてスーパードラグーンの軌道も平面的な動きから、次第に立体機動の様相も呈し始め、アイカ自身の成長さえも見せていた。
「巨大熱源反応....!?嘘でしょ!?」
左右から挟撃するガンドノードへビームライフルを撃ち込み、上方へ飛び上がった矢先アイカは信じがたい物を目にした。全身を金色に染めたMA──アルヴァトーレがストライクフリーダム弐式の行く手に立ちはだかる。それだけではない。後方にビグザムを2機も従えているのだ。
「金のヤドカリと、毒キノコ.....?」
アルヴァトーレが巨大GNキャノンに粒子を収束させる。アイカはそれを見るやストライクフリーダム弐式のスラスターを全開にし、急上昇しながら距離を取った。 そこへ、2機のビグザムが副砲のメガ粒子砲を真上へ薙ぎ払い、更に加速する事を余儀なくされる。
「このMS....どっちもバリア持ち!?どうにかして早く仕留めないと....あっ!?」
アイカを援護すべく馳せ参じた、スタービルドストライクとトライバーニングがアルヴァトーレと交戦に移った。アイカはすぐにストライクフリーダム弐式をビグザムの懐まで飛び込ませる。
「あの人達が生きている間に、こいつらを片付けるッ!!」
ビグザムが接近に気付き片足を勢いよく振り上げるが、ストライクフリーダム弐式はひらりと躱して見せ、スーパードラグーンを射出しながら背後に回った。するとビグザムの上面ハッチが開き、多数のミサイルをばらまき出した。もう1機のビグザムも大口径メガ粒子砲から、高出力の単発弾を放ち敵を追い払おうとする。それをストライクフリーダム弐式は、スーパードラグーン3基を使い形成したビームバリアでこれを防ぎ、トヴァシュトリの照射を以てミサイルも撃ち落とした。だがミサイルの数は想像を超えて多く、たかが照射ビーム程度ではその全てを防ぐ事はできない。アイカもそれは重々承知していたが、今の自分には対抗し得る手段を持たないと思っていた。しかしそんな折に、出撃前のレイの言葉を思い出す。
『アイカ、あんたは戦いの中で成長できるタイプだよ』
脳裏で過る言葉。アイカの手はそれに押される形でレバーを固く握り、呼吸を緩やかに整える。
(────やって見る!)
正面から迫りくるミサイルとビームの壁。アイカの瞳には一点の曇りもなく、むしろ強い意思がそこに宿っていた。ミサイルを次々とロックオンし、その数は1桁は愚か3桁にも及んだ。それだけに終わらず弾頭の動きの一つ一つを"視て"、どこへ撃つべきかも肌感覚で理解する。そして────。
「当たれぇええええッ!!」
本体とビームライフルに加えて、スーパードラグーンの全砲口をあらゆる方面に向け一斉発射した。鮮やかな火線がミサイルを射抜き、辺り一帯を火球が埋め尽くしてゆく。これぞストライクフリーダムの切り札たる、ドラグーンフルバーストだ。アイカはレイの言う通り、戦いの中で確実に成長していたのだ。ストライクフリーダム弐式を加速させ、アルヴァトーレのGNファングを斬り捨てながらビグザムに肉薄し、ビームサーベルの切っ先を頭部に突き立て制御を奪った。
「今度はそっちね....やってみせるわ!!」
もう片方のビグザムが仇討ちにと全火力を解き放つ。360度を覆い尽くす熱線が戦場を瞬く間に焼き尽くすが、ストライクフリーダム弐式は依然として健在。スーパードラグーンによるビームバリアで攻撃を防ぎつつ敵の眼前に出、あろう事かビグザムの大口径メガ粒子砲目掛け直進を始めた。ビグザムが放出するミサイルなぞ目もくれず、それらを振り切りながら突き進んでゆく。やがて大口径メガ粒子砲にエネルギーが収束され、再発射された。これに対しストライクフリーダム弐式は二重のビームバリア、ビームシールドを使い粒子の奔流の中を突き抜け、砲門をビームサーベルで貫いた。本来であればMSの装備するバリア程度では、ビグザムのメガ粒子砲は防げるはずが無いのだがアイカには、数秒程度なら耐えきれるという確信があった。何らかの根拠があるという訳でもなく、もはや直感でしかなかったが見事に成功させたのは彼女の意志の強さによるものであろう。すぐ背後に振り向くと、アルヴァトーレが大型クローを振り下ろし殴りかかってきた。アイカは瞬時に反応しストライクフリーダム弐式を飛び退かせ、これを回避する。僚機のスタービルドストライクとトライバーニングのお陰で、アルヴァトーレはかなりの痛手を負っているらしく、GNフィールドの機能が失われていたようだ。それを見抜けたのは、牽制で撃ったビームライフルを防げなかった事に起因する。アイカはすぐさま機体を急加速し、ビームサーベルで敵の両腕を斬り飛ばし、内部から躍り出たガンドノードの頭を蹴り砕いた。
ガンダムMk-Xのハイラックは、戦場の遥か奥から伝わる"強すぎる悪意の源"なるものを探っていた。
(何だと言うんだ....このプレッシャーは....?戦場そのものを包み込む程の強力過ぎる、どうしようもない敵意を感じる....!)
敵機との衝突を最小限に留めるべく、コロニー破片等のデブリを盾に移動を続ける。そんな中、ハイラックは目を疑いたくなる出来事と遭遇する。
「あれは──ガンダム・インレか───!?」
太陽を背に翼を広げて雄々しく佇む、黒き大鷲。距離が遠く離れていようともその姿ははっきりと視認出来るほど、巨大で禍々しい邪神と形容できる。
「こちらもあちらも、コロニーレーザーを巡ってドンパチしてるってのが....どこまでも滑稽なもんだ。ここは俺が一つ、流れを変えてやらなきゃならないかな」
ガンダム・インレの中枢にはアルスノヴァが格納されていた。ヴォイドは戦力分布図を眺めながら照準をエタニティ・ムーンへ固定する。しかし射線上には自軍の旗艦たるアニュラ・エクリプスも存在している。通常のパイロットならば直撃させるわけに行かない為、再度位置取りを変えるものだがヴォイドにはさらさらその気は無かった。
「このビグウィグ・キャノンⅡ、出力最大で撃ったらどうなっちまうかな....?ちと興味が出ちまったよ!!」
インレの前面に固定されていた、機体の全高ほどもあろうかという巨大な砲身を掲げる。そのまま緩やかに旋回し砲口を照準位置に合わせた。ヴォイドの左目が強い光を発し始める。ガンダムMk-Xのハイラックは、自機とインレまでの距離を計算しつつレイに危機を告げた。
「レイ!エタニティに退くように伝えろ!奴らは別の戦略兵器を持っている!このままでは...!」
ハイラックからの"報せ"は、すぐレイに届いた。
「もう1つの、戦略兵器....!?」
ラスターキャリバーンがエタニティ・ムーンの前に静止する。
「リタ、ラスターキャリバーンとエタニティ・ムーンをリンクさせて!ぶっつけ本番だけど、やるしかない!」
『了解!マイクロウエーブレーザー、照射!』
エタニティ・ムーン本体から青いレーザーが放たれ、ラスターキャリバーンのバックパック受光部に突き刺さる。その瞬間、純白の装甲が蒼く染まりシェルユニットとサイコフレームも虹霓を発するようになった。レイの瞳の光もより一層強まり、戦場のすべてを"視る"力を得た。
「何をしようとしているんだ、連中は....?まぁ、そんなのはどうでもいいが.......どうせ皆まとめて消えちまうんだからなァ!!」
ヴォイドがトリガーを押し込みビグウィグキャノンⅡを放った。死の光が一瞬にしてルナーズ・アルゴノーツ艦隊を切り裂き、エタニティ・ムーン目掛け突き進んだ。
「艦長ッ!!我が軍の艦隊が背後から攻撃を受けています!」
「背後からだと!?一体どこの間抜けが.....!!」
アニュラ・エクリプスのクルーが原因を特定する間もなく、ビグウィグキャノンⅡの砲撃に巻き込まれ轟沈させられる。ハイラックもこの事態に恐怖を禁じ得ず、奥歯を噛み締めた。
(これが、戦略兵器となったMSの.....!?信じられん、どうしてこんな物を....!?)
エタニティ・ムーンでもビグウィグキャノンⅡの発射は観測されていた。
「副長、高出力ビームの接近を確認!これは....MSの火力じゃありません!!」
アヤカの悲鳴めいた報告。ユキオもルナーズ・アルゴノーツの有する戦力の真の姿に戦慄を覚える。
「取舵一杯!砲撃に巻き込まれる前に軌道を外れろ!」
「間に合いませんよ!!あの砲撃、スピードが見た目以上に速すぎます!!」
操舵手がそう叫びながら最善を尽くすべく、ハンドルを左に切った。しかしレイのラスターキャリバーンはその場から動かす、ただビグウィグキャノンⅡの着弾をギリギリまで待っていた。そして、死の光が視界を覆い尽くした瞬間───。
「ドミナントスフィア、展開ッ!!」
ラスターキャリバーンから青い力場が生じ、ビグウィグキャノンⅡを押し留めた。そして逆に押し返し霧散させてしまう。コクピットのモニターは既に、ロックオンマーカーで埋め尽くされていた。ラスターキャリバーンのバックパック、エタニティラスターユニットのカバーが開き青い燐光を散らし忽ち光の翼を羽撃かせた。力場は更にその領域を広げ、戦場を飲み込んでしまった。これに触れた無人機は自爆し、敵軍の艦船や有人機は動作を止められて何一つ抗えなくなった。
「何なんだよ!?あの女.....本当に....!!」
オメガルシファーのヒルダも理解を超える現象に恐怖し、ラスターキャリバーンを睨むことしか出来なくなった。
ラスターキャリバーンのドミナントスフィアにより、敵軍の動きが完全に止められた間に、特務隊がコロニーレーザーの制御の奪取に成功。ドミニクは未知の現象に戸惑いつつも作戦を次の段階に進めた。
「コロニーレーザーのチャージはどこまで進んでいる?」
「後20分程でフルになる、との事です」
「そうか.......ならそれまでにコロニーレーザーを守れとMS隊に指示するんだ!ここまでやられると、連中も黙ってはいられんだろう!」
コロニーレーザーのコントロールエリアから、ダハックとリゲルグデバステーターが飛び出し奪還せんと集まってきた敵機を駆逐する。ダハックもリゲルグデバステーターもミーティアを装備しており、文字通り一騎当千の火力で敵を瞬く間に破砕した。
「しっかし、奇跡って起きるもんだな」
リゲルグデバステーターのジンは、今しがたの出来事を受けて奇妙な感覚に陥っていた。それはダハックのラッセルも同じことであった。
「とは言えその奇跡を以ってしても、ルナーズ・アルゴノーツの戦力のおよそ半分を削った程度だ....油断していると足元をすくわれるぞ」
ミーティアからミサイルを斉射し奪還部隊を壊滅させる。もはや彼らの立場は先程とは逆になったのだ。
エタニティ・ムーンに吉報が入る。
「副長、ヘラクレスから救援の申し出が入りました!規模は....ほぼ全戦力です!」
「総監が上手く派閥を丸め込めたのか。だがこれで我々の劣勢を挽回出来る....!本艦はこれより前線の維持に務め、救援が到着次第侵攻を再開する!」
ルナーズ・アルゴノーツν-Type部隊の面々は、機体のコントロールが復活したと見るや再びラスターキャリバーンへの攻撃に移行する。
「シンクロアタックだ!準備はいいですね!」
ネイのネブラブリッツを先頭に、ラスターキャリバーンに迫る。ネブラブリッツのトリケロスとラスターキャリバーンのシールドがぶつかり合い、スパークが激しく散らされた。そこから畳み掛けるように、ヒルダがレイへの精神攻撃を試みる。
「心を引き裂いてや.......うぅっ!?は、弾かれた!?」
以前はレイの深層心理に容易く踏み込む事ができたが、今回に至っては彼女の思考さえ読み解けず、逆に何かが突き刺さる感覚に襲われ反射的に、精神リンクを解除した。
「レイさん、援護します!」
アイカのストライクフリーダム弐式が到着。ネブラブリッツを蹴り飛ばしラスターキャリバーンを自由の身にした。
「アイカ....!?」
「私、分かった気がするんです、レイさんの言っていた事の意味が!少佐の背中は私が守りますから、倒すべき敵を倒してください!」
レイはアイカの声音に力強さを感じ、俄に当惑した。それは印象の変化とは違う、アイカ自身の意思がダイレクトに伝わってくる現象を体験したのだ。これができる人間は極僅かしか居ない。レイの脳裏にある言葉が過ぎった。ν-Type───。
「.....分かった。頼んだよ」
「はい!皆で無事に帰りましょう!」
ラスターキャリバーンとストライクフリーダム弐式が二手に分かれた。ストライクフリーダム弐式はネブラブリッツとマッドアムドゥスキアスに相対し、ラスターキャリバーンから引き離した。
「腰巾着が、生意気なんだよォオオッ」
マッドアムドゥスキアスがバックパックと両腰のレールガンを連射し、ストライクフリーダム弐式の動きを抑え込む。その間にネブラブリッツがミラージュコロイドを作動させ、姿を消した。
「だぁ〜れ〜が腰巾着よ!そんなものになった覚えはないってぇの!」
レールガンの砲弾を避けながらカウンター気味にビームライフルを撃ち、右腰の砲身を破壊する。しかしチェスターは焦りなく、次なる武器を選んだ。
「小うるさいガキにはこいつで十分だぜッ」
マッドアムドゥスキアスが両手に掴んだのは、やや小振りなチェーンソー。ギュイイッと駆動機の唸る音を鳴らしながら振りかぶった。ストライクフリーダム弐式はビームライフルを放棄してこれを囮とし、わざと破壊させ代わりに手にしたビームサーベルを発振、横薙ぎに斬りつける。マッドアムドゥスキアスも素早く反応してビームサーベルをチェーンソーで受け止め、両足で蹴りつけた。ストライクフリーダム弐式が軽く吹き飛ばされた先で、ネブラブリッツが姿を現し対艦刀シュベルトゲベールで斬りかかる。
「小娘程度に時間をかけられまい!」
背後から来る殺意を感じ取ったアイカは、弾かれるようにストライクフリーダム弐式を左へ滑らせ攻撃を回避、レールガンを放ってネブラブリッツを横転させた。
「何だ....!?このパイロット、こちらの動きが見えているのか!?」
常人ならば絶対に避けられないと思っていた攻撃を躱された挙げ句、カウンターを喰らいネイは衝撃を受けた。その上ストライクフリーダム弐式から感じた気配で、二重の意味で驚愕させられた。
「あのフリーダムに乗っているのは.....あの時の!?まさか奴もν-Typeだったというのか!」
ブルームーンからの使節団にいた、最年少と思しき少女の姿を想起しネイの視界がぐらつく。当時はその様な兆候すら見られず、単なるいちプレイヤー程度にしか見ていなかったが思いも寄らぬところで、進化を果たしたとしか考えられない。しかし今のガンプラダイバーズのシステムで進化が可能なのだろうか?目の前にいる敵は何者なのか?疑問が次から次へと湧き出、ネイの集中が乱された。
「おいネイッ!目ェ覚ましなッ!!お楽しみはこれからなんだぜ!?」
チェスターの呼びかけで我に返り、ネイはすぐさま戦意を蘇らせる。
「そうだ....我々こそがν-Typeだ、あんな紛い物などに!」
ネブラブリッツはシュベルトゲベールを低く構え、居合斬りを仕掛ける。しかし振り抜くタイミングでストライクフリーダム弐式が飛び上がり、斬撃を避けると同時に背中を踏みつけマッドアムドゥスキアスの方へ逃げられてしまう。
「何ィッ!?踏み台にした!?」
「ごめんあそばせッ!!」
「ぶっ殺してやらぁああッ!!似非ν-Typeがッ!!」
「やれるもんならやってみなさいよ!出来るもんならね!」
喰らいついてくるチェーンソーをビームシールドで受け止め、敵の意識がこちらにのみに向いていると判断したアイカはスーパードラグーンを1基ずつ射出、身軽になった時点でヴォワチュール・リュミエールを使い強引に離脱した。そして真上からスーパードラグーンを雨霰の如く撃ち込み、マッドアムドゥスキアスの姿勢制御を乱して岩盤に衝突させた。アイカの狙いは再びネブラブリッツに向けられる。ネイもストライクフリーダム弐式の存在に気づき、トリケロスからビームライフルを放ち牽制する。しかしストライクフリーダム弐式はビームシールドを発し、光弾を受け流しながら急接近、ビームサーベルでネブラブリッツの右腕を貫き攻撃手段を封じた。ネブラブリッツが対艦刀を使おうとしたが、背中を蹴られた衝撃で放り投げたらしく見失っていた。ネイの胸中を絶望が埋め尽くした。
「私が、やられる───!?」
「あの時はよくも好き勝手やってくれたわね!アンタはここで終わりよ!!」
ビームサーベルを引き抜く勢いを利用してネブラブリッツのコクピットを斬り裂いた。この一撃によってネブラブリッツは限界を迎え火の玉の中に飲み込まれ、消滅した。ネイの慟哭がチェスターの脳内に響き、恐慌を来してしまう。
「なッ───あぁッ────!?そんな事、あってたまるかァアアアアッ!!!」
ネイを殺された事への怒りが勝ち、チェスターはマッドアムドゥスキアスを突撃させた。同時に多数の無人機を呼び寄せ、数の暴力を以てアイカを葬らんとする。だがアイカの意志を挫く事は出来ない。
「まだ、向かってくるのなら!」
リアアーマーから新たなビームライフルを装備、視界に映るMSを全て狙いドラグーンフルバーストを見舞う。無数の光矢が無人機を貫き、爆炎を生じる。マッドアムドゥスキアスはナノラミネートアーマーによる防御力に身を任せ、火線を物ともせず突進した。だがチェスターは気づいていなかった。今に至るまでの戦いで細かな被弾をし続けた為に、ナノラミネートアーマーの耐久値が限界寸前にまで削られていた事実を。ビームライフルが直撃した時点でナノラミネートアーマーの効力を失い、右肩の装甲を吹き飛ばされる。
「ナノラミネートアーマーが!?ぬわぁああああああッ!!!!」
ストライクフリーダム弐式が射線の幅を狭め、マッドアムドゥスキアスの躯体を焼き払い見事撃墜を果たした。アイカは顔が汗まみれになったのに気づき、ヘルメットを脱ぎ額を拭う。
「あぁっ......何.....?この嫌な感じは.....!」
戦場を駆け抜ける人々の意思がアイカを通り抜けていく。今まで感じたこともなかったものに、無意識に恐怖した。レイとハイラックもこれを感じながら戦っていたのだろうか。そう考えると次第に自分も同じ境地に踏み込んでいるのではないかと、奇妙な想像をしてしまう。そう、これもまたν-Typeの持つ力の一つなのだ。だが圧倒されている間もなく、グラハムからの通信が入る。
『准尉、今から私もそちらの援護に行く。座標を送ってくれ!』
「あっ....!もう大丈夫です!私が、倒しましたから....!」
『倒した.....?確かに、敵機のマーカー数が減っているが....まさか、君が一人でやったのか!?』
「あはは.....出来てしまいました....」
『全く....新人離れした戦果だな、見事だ!それならばエタニティで補給後、ラー・ペガサスの支援に向かうぞ!付いて来い!』
「了解!」
アイカはエクシアR4の位置をレーダーで探り、そこへストライクフリーダム弐式を全速力で向かわせる。
ラスターキャリバーンとオメガルシファーの戦いは、最早死闘と呼ぶに相応しい様相を呈した。
「お前さえいなければ、ハイラックを私の物にできたんだよ!お前さえいなければ!」
ヒルダがヒステリーじみた叫びを上げる。オメガルシファーのスカートファンネルで包囲し、執拗にラスターキャリバーンに撃ち込み続けた。だが全てラスターキャリバーンに避けられ、掠り傷一つ付けられないでいた。それどころか、ラスターキャリバーンのバックパックから噴射した光の翼で斬り裂かれ2基が消滅した。
「アンタのような奴にハイラックが靡くとでも思ったの?自惚れも大概にしなよ」
「自惚れ!?私はお前を取り込んでいる!完璧なお前そのものなんだ!だから彼を手にする資格はある!お前以上にぃいッ!」
互いの剣がぶつかり合う。目にも留まらぬスピードで交錯し、常人の眼では時折弾け飛ぶ閃光しか捉える事は敵わないだろう。
「資格って何?アンタの自分勝手な基準の事?」
「お前が卑怯な手さえ使わなければ、こんなことにはならなかったんだッ!」
「それ、自己紹介なの?突然何を言い出すかと思ったら....!」
「何が言いたいッ!?」
「別に。強いて言うなら鬱陶しいなって事くらい」
「その言葉そっくりそのまま返してやるわ!」
「そういう所だろ!もういい加減分かれっての!」
ラスターキャリバーンはプレアデスを射出し、スカートファンネルを追跡させる。スカートファンネルの高出力ビームはプレアデスに命中せず、逆に集中砲火を受けて2基程破壊されてしまった。ビット兵器の操縦精度の差が如実に現れ、ヒルダの眉がピクピクと震える。
「どうして、どうして分からないッ!?何でコイツの思考が見えないんだ!?」
「私を勝手にコピーしといてその程度なんだ?何ていうか、マジに使えないんじゃない?」
レイの放つ"使えない"の一言にヒルダは奥歯をギリ、と噛み締める。
「ざっけんなぁああああああッ!!」
腰部のスカートファンネルから多数のビームサーベルを生成、グルグルと回転しながら弧を描き、ラスターキャリバーンに襲いかかった。ラスターキャリバーンはエクシードスペイザーの刀身で、大質量を伴う斬撃を受け切り接触箇所から凍てつかせる。ヒルダが咄嗟にオメガルシファーを後退させようとするも、ラスターキャリバーンが放つシールドとプレアデスのビームブレイドによって、全て破壊され武器の大半を犠牲にする格好となった。
「ぶっ殺してやるッ!お前のせいで全て台無しだッ!お前さえ消えれば私は全てを手にできたのに....ッ!それをテメエがぁああああッ!!」
スラスターを最大噴射し素早く距離を詰めビームソードを薙ぎ払った。ラスターキャリバーンは呼び戻したシールドで弾き、押し出される勢いを利用して間合いを取る。慣性移動しながらエクシードスペイザーの砲口周囲に、4基のプレアデスを取り付かせ光の円環を発生させた。
「もういい、アンタはここで消えろッ!!」
エクシードスペイザーから発射されたビームが、光輪を通過した瞬間無数の礫となってオメガルシファーを穿った。オメガルシファーは最後のスカートファンネルをシールド代わりにして防ぎきろうとするが、光弾の一つ一つの威力が高く忽ち風穴を空けられ、内部から生じた氷晶によって破裂させられた。
「そんな────私が、負ける──何で──!?」
ヒルダの絶望を表現するかの如く、オメガルシファーの躯体が凍り付き始めやがて氷塊と化した。その背後を突然光の大河が流れ込み、レイはそれを目にするとオメガルシファーをその中へ向けて蹴り落とし、焼失させた。
「これがコロニーレーザー.....?....ハイラックは...!?」
ラスターキャリバーンをガンダムMk-Xの居る方角へ向けて急行した。
少し遡り、ハイラックがレイに危機を知らせた直後。ビグウィグキャノンⅡの砲撃からエタニティ・ムーンを守りきったのを認めると、インレの方へ視線を戻した。
「こいつを先へ進めさせるわけには...!それに何なんだ、このプレッシャーは.....!?」
インレの下半身、即ちダイダロスユニットのフロントアーマー内に内蔵した、追尾レーザー砲が火を噴いた。ハイラックはこれに見覚えがなかったが、新規で搭載したものと見る。シールドで防ぎながらデブリ帯の中へ飛び込み、ホーミングレーザーを無駄撃ちさせ再度脱出。両肩に担いだニュー・ハイパー・バズーカを放ち、インレを構成するユニットの接合部の破壊を試みる。しかしインレの機動力はその見た目とは裏腹に、非常に高くバズーカの砲弾程度では振り切られてしまう。
「こいつか、俺の敵は。このプレッシャーは本物の様だな!」
ヴォイドはガンダムMk-Xを見るや獰猛な笑みを浮かべ、ウェポンセレクタを次々とタップした。インレの両翼からMSが発進するが、それらはTR-3[キハールⅡ]ではなく専用カスタマイズを施した、赤いガンドノードであった。バックパックのアンプリフィアシェルユニットを廃し、代わりにX字に展開可能なマルチウェポンアームを搭載、腰部にはGP-03ステイメンのテールスラスターユニットを移植している。ガンドノードがビームレヴライフルを掃射しながらガンダムMk-Xを取り囲んだ。
「無人機にこんな改造を.....敵ながら空恐ろしい!」
四方八方から吹き付けられる光の雨を掻い潜り、ガンダムMk-Xはニュー・ハイパー・バズーカを撃つ。ガンドノードが左腕のビームブレードで砲弾を斬り落とし、スラスターを限界まで噴射させて追跡した。それだけに留まらず、インレからも拡散ビーム砲とミサイルが飛んで来、最早大規模部隊レベルの弾幕の中での戦いを強いられる。
(避けるだけなら容易いが、悠長にもしてられない!どうにか突破口を見つけなくては....!)
真っ先にビームブレードを突き出してきたガンドノードにニュー・ハイパー・バズーカをぶつけ、追い返しながらまたデブリ帯の中へ。ヴォイドはガンダムMk-Xの動きを観察していたが、どこかつまらなさ気な表情を見せた。
「オイオイ、逃げ回ってばっかりじゃあつまんないだろ?」
コンソールにはビグウィグキャノンⅡが再使用可能になったと言う事を意味する通知が表示される。
「うん....?ここは1つ、また劇薬を使ってみるか....?」
インレがビグウィグキャノンⅡを構え、ガンダムMk-Xに照準を固定した。そして複合防御バインダーからも核ミサイルを展開、ヴォイドは何ら躊躇う事なくトリガーを引いた。しかし。
「爆発だと?まぁいいさ、核さえあるならどうにでもなる」
ビグウィグキャノンⅡに青白い光弾の群れが襲いかかり、砲身が爆ぜた。インレを僅かに下がらせ爆発に巻き込まれぬよう距離を作り、核ミサイルを放出する。それをハイラックは察知し、舌打ちした。
「核弾頭....!?マズいッ!!」
次々と斬り掛かってくるガンドノードを対処せねばならない上に、複数基の核ミサイルがこちらへ迫ってくる。いくらハイラックと言えども思考が停止しかねない。バズーカを囮に使い、ガンドノードの動きを一瞬ながら止めてエタニティ・ムーンに向って、最短距離で後退を始めた。
「なんて速さのミサイルだ....!これを使うしかないのか!」
リアアーマーから白い銃身の、ビームライフル"スーパーノヴァ"を引き抜き核ミサイルに銃口を向ける。
「ミサイルは.....本物が3つか.....そこならばッ!!」
対象の熱量を見破り、本物の核ミサイルに狙いをつけて銃爪を引いた。青黒いビームが銃口から放たれ、途中で6つの光弾に分離し核ミサイルのロケットエンジン目掛け直進。見事すべてを撃ち抜き無力化に成功した。だが慣性の法則によって、弾頭そのものは移動を続ける。予想した時間で起爆しないのを不審に思ったヴォイドは、直ちにホーミングレーザーを撃ち手ずから核弾頭を爆発させんとした。
「何だ?核ミサイルのエンジンのみを撃ち抜いただぁ?変な武器を持ってやんの」
ホーミングレーザーの直進速度はハイラックの予想を遥かに超えており、レイを呼んでも対応が間に合わないと見た。せめてブルームーンの被害を減らさねばなるまいと、対処の術を生み出すべく思考を巡らせる。しかし、どういう訳かレイのラスターキャリバーンがこちらへ近づいてくるのが分かり、ハイラックは唖然とした。
「レイ!?待て、こっちへ来るんじゃない!!」
「これは私がなんとかする.....!」
ラスターキャリバーンがエクシードスペイザーを構え、砲口に集結させたプレアデスから光輪を発生させた。そしてそこへ最大出力でビームを放ち光輪を貫通。それによって粒子量を増幅の後、ビグウィグキャノンⅡに匹敵するクラスの範囲にまで強化した。その規模はさながら小規模なコロニーレーザーとも呼べる程である。粒子の奔流に飲み込まれた核弾頭はその場で爆発し、光球が視界を埋め尽くした。ラスターキャリバーンは道中でエタニティ・ムーンとのリンクを再度行っており、死の光をドミナントスフィアで速やかに一掃した。
「これが、ラスターキャリバーンの.......」
ラスターキャリバーンの武器を設計したハイラックでさえ、驚愕を禁じ得ずただ機体を見つめるしかなくなった。
「よかった....間に合った...!」
ガンダムMk-Xの肩にラスターキャリバーンがマニピュレータを乗せた。
「レイ....よく気づいてくれて....!」
「胸騒ぎがしてさ....来てみればこれだし。それはいいんだけど、あれが本当の敵なの....?」
レイもこの戦場を支配せんばかりの思念を感じ取り、脂汗が額に滲み出た。
「あんなのが居たなんて....」
「奴は危険過ぎる。仮想世界には居てはならない存在だ.....アレは....!」
「まさか、1人でやる気なの!?」
レイの問いかけにハイラックは何も返さなかった。言葉で返すよりも強い肯定だと察し、レイは目を伏せる。彼はこの戦いに全てをかけるつもりなんだ。私はその場では邪魔でしかないのかも知れない───。そう理解した。
「分かった....どうしてもそうしたいんだね」
「済まない....またこんな思いをさせたくはなかったが、こうするのがベストなんだ」
彼女の泣きそうな声に、ハイラックは胸が締め付けられる。しかし、あのインレのパイロットを斃せるのは自分しかいない確信があった。アニュラ・エクリプスでの内偵で遭遇した、誕生前の人格コピーと瓜二つの感触をインレから感じていたのだ。唐突にラスターキャリバーンが、1挺のライフルをガンダムMk-Xに握らせる。それはルクスエアリアルにて使用していたスペイザーライフルであった。ハイラックは目を瞬かせながらモニター越しにレイを見つめる。
「これは....?」
「お守り。役に立つかどうかは分からないけど....無いよりはいいかと思って」
「レイ......君は.....!」
「後....何があっても、私が必ずあなたを迎えに行く。だから、絶対に勝って!」
レイの真っ直ぐな眼差しを受けて、ハイラックは頷きガンダムMk-Xを再び戦場へ赴かせた。彼を見送るレイはどこか心配げであったが、エタニティ・ムーンからの通信でそれを振り切り現場へ急行した。
インレへ近づくガンダムMk-Xを阻むべく、6機のガンドノードが続々と進撃する。バックパックのマルチウェポンアームをガバっと開き、先端部からビームサーベルを発振させ強襲した。ガンダムMk-Xはスーパーノヴァで敵のフォーメーションを崩し、撹乱する。
「こいつらに積まれたAIは....かなりの高性能なようだな....!」
スーパーノヴァから放った追尾性のあるビームを、荒削りながらも的確に避ける事のできるこのガンドノードに、ハイラックは舌を巻いた。インレからの砲撃も加わって、状況は悪化の一途を辿る。
「こう言うやり方はしたくないが!」
煙を突き破って現れたガンドノードの腹をスーパーノヴァで貫き、沈黙させるとそれを引っ掴んで別の機体めがけ投げつけた。ガンドノード同士がぶつかったタイミングを見計らい狙撃し、一先ずは2機を撃墜する。インレのヴォイドもこれを見逃さなかった。
「随分と荒々しいじゃないか.....それでいい。それなら俺もやりやすいってもんさ.....」
ヴォイドの左目が赤く輝く。それに呼応してか、ガンドノード達のシェルユニットから発する光が、緑から赤へと変化した。ツインアイを赤く輝かせ、一斉にガンダムMk-Xへ飛びかかる。シールドを構え待ち受けるハイラックだったがしかし、ガンドノード共の挙動の変化を目撃し驚嘆する。今まで機械的な挙動であったはずのガンドノードが、どういう訳かまるで有人機であるかのような滑らかな動きを見せたのだ。
「何ッ!?これは.....どういう事だ!?動きが鋭くなるとは....チィッ!!」
ビームレヴライフルでガンダムMk-Xを足止めし、背後に回った者がビームブレードで刺突しようと距離を詰めた。ガンダムMk-Xは素早く反応してバックパックの大型レールガンを、マウントしたまま撃ちガンドノードの頭を奪う。しかしながら有人機でないが為に、動きを止めるには至らなかった。
「なら、こうするしかあるまい!」
ビームブレードの軌道から身を反らし、オーバーランさせると同時に頭部バルカン砲でバックパックを破壊。スーパーノヴァで撃ち貫き爆散させ、奥に居る敵のセンサーを麻痺させた。その隙につけ入ってまたもう1機の腹をビームサーベルで両断、撃墜した。残るは3機である。全方位から降り注ぐ光の嵐を突き進みつつハイラックは、岩塊の陰から何かが流れてくるのが見え、そこへ向かうべくバーニアを全開にした。
「やはり....!まだ壊されていなかったんだな!」
放棄したはずのニュー・ハイパー・バズーカを見つけ、すぐさまそれを拾って機体を急上昇させた。
「ン....あれは....?そうか...!」
ガンダムMk-Xの頭上を何やら大きな物体が流れて来た。よく見ると戦艦の予備燃料タンクであった。恐らくだが、ルナーズ・アルゴノーツ所属艦が撃沈した際に運良くこのタンクが切り離され、この場所まで漂流してきたのであろう。ハイラックはガンダムMk-Xをタンクの真上まで行かせ、充分に敵を引きつけたと思ったタイミングでニュー・ハイパー・バズーカを撃ち込み爆破させた。砲弾の爆発から連鎖的に反応が起こり、ハイラックからしても予想外の火力を生み出しガンドノードを焼き尽くしてしまった。
「へぇ.....やるじゃん?運もあるんだろうが....判断もかなり早いと来たか....そうだな、そうでなくっちゃあなッ!!」
インレが再び動き出す。複合防御バインダーの拡散メガ粒子砲、マイクロミサイル、ホーミングレーザーを一斉射し周囲に散らばる"ゴミ"を消し去り、ガンダムMk-Xと相対する。ガンダムMk-Xも最小限の動きで全ての弾を避けながら、最短距離で敵の眼前に迫った。
「奴がこの戦場を覆う、悪意の正体か.....!!」
「よう、我が同胞。また会えて嬉しいよ」
インレからアルスノヴァが飛び出し、両腕のアルムナーゲルからビームサーベルを発しながら袈裟懸けに振り下ろした。ガンダムMk-Xはシールドで光刃を弾き返し、スーパーノヴァを放つ。アルスノヴァは自身の周囲を多面体型のフィールドで包み、光弾を打ち消した。ようやく敵の機体を正視するハイラックだったが、装甲越しに伝わる妙な気配に言葉を失う。
「な───何だと言うんだ───?奴から感じる、この気配は───!?」
「今更何を驚いているんだよ?」
アルスノヴァがアルムナーゲルからビームを放つのに気づき、ハイラックはすぐさまガンダムMk-Xを飛び退かせる。だが今の射撃も弾道の軌跡に覚えがあったのか、眉を顰めた。
(奴は腕の武器から、ビームマグナムと同じ弾を撃てるというのか.....!)
スーパーノヴァを数発撃ち、敵との間合いを保ちながら気配の正体を探る。だがアルスノヴァは鮮やかなマニューバで、指向性ビームを躱して見せまたガンダムMk-Xに肉薄した。
「オラオラ、ちゃんと戦わねーと....腹に穴が空いちまうぜぇ!?」
「貴様は何者だ!?何故味方まで平気で巻き込む!?」
「あれこれ一度に聞くなよな....イラつくんだからさぁ!!」
アルムナーゲルのクローでニュー・ハイパー・バズーカの砲身を握り潰す。ガンダムMk-Xは迷わずバズーカを捨て、スーパーノヴァを最大出力で撃った。青黒い火線がアルスノヴァに突き刺さる。しかしまたしても謎の防御フィールドに阻まれ、ダメージを与えるに至らなかった。アルスノヴァがビームサーベルを横薙ぎに振るったところへ、ガンダムMk-Xも同名の武器を抜き放ち鍔迫り合う。
「俺には敵だとか味方だとか、どうでもいいんだよ。そんなもんは端っから俺の眼中には無かったんでな」
「始めから見境などつける気もなかったというのか!」
「そうだよ、んなものに何の意味もねぇからな!!」
ガンダムMk-Xとアルスノヴァ。両者の力が拮抗し、とうとう互いの顔までもが激突した。
「お前だって分かるだろ?誰かの勝手な都合で生み出され、好き勝手に扱われる!人格コピーってぇのはそう言う運命なんだよ、誰も彼もなッ!!」
ヴォイドの叫びが、ハイラックに過去の記憶を想起させた。
「だが、その絶望を誰かに押し付けるのは間違いだ!そんな事では...!」
「別に何だって構いゃしねぇさ。俺が真に願って止まないのは唯一つ.....!!」
アルスノヴァの"一つ眼"が赤く光り、ガンダムMk-Xを睨む。
「この世界の破滅そのものだ!!」
アルスノヴァの右手、指を伸ばしたかと思うとそこからも光の刃を生じさせる。ガンダムMk-Xはすかさず頭部バルカン砲を放ち、アルスノヴァを無理やり引き剥がすとスーパーノヴァをバックパックにマウントし、今度は右手にもビームサーベルを装備した。ヴォイドはそれを見るや、待っていたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「やっとこさ、やる気になってくれたか....そうでなくっちゃあな....クククッ.....!」
一方コロニーレーザー周辺宙域では、変わらず大規模な戦闘が続いていた。ブルームーンによって奪取されたコロニーレーザーを取り返すべく、ルナーズ・アルゴノーツの残存艦隊が戦力を結集させて、攻め込んできた。ミーティアを装着した、アイカのストライクフリーダム弐式がラー・ペガサスのブリッジの直ぐ側に停止する。
「こちらアイカ・パーラメント准尉!グラハム大佐と共に援護に参りました!」
『そうか、助かる!ルナーズ・アルゴノーツの連中も死物狂いでいるから、戦況が泥沼化する前にコロニーレーザーを破壊してくれ!頼んだぞ!』
ドミニクの指示を受けてアイカはストライクフリーダム弐式を再発進、コロニーレーザーへと真っ直ぐ向かった。そこにジンのリゲルグデバステーターも合流、ミーティア2機とGNアーマーType-Gと言う、対大型標的の破壊にはお誂え向きの編成と相成った。GNアーマーType-Gとは、グラハムがエクシアR4用に製作した専用兵装だ。右腕にGNツインライフル、左腕には大型GNソードを装備し対応力の強化が図られている。
「これは壮観な....よくもこれだけの装備を用意したものだ!」
グラハムは大型MAの集団に奇妙な感動を覚えた。
『そっちこそ自前のGNアームズ持ってきてんでしょうが!凄えのは同意しますがね!』
『それだけこっちは本気ってことですから!』
「その通りだ!このまま突入するぞ!」
ストライクフリーダム弐式、ゲルググデバステーターがミーティアから夥しい数のミサイルを放射。奪還に向かう敵機に絨毯爆撃を仕掛け、周辺をクリアにするとGNアーマーType-Gが先行して大型GNキャノンを照射しながら、コロニーレーザーの天面を焼き払った。他の2機もビームソードを発振させ、外壁に突き刺しまるでラリアットのような動きで斬り裂いていく。しかしアイカは、違和感を抱き機体を外壁から離した。
「これじゃ時間がかかり過ぎる....!そうか、そこなら一撃で!」
グラハムはアイカのストライクフリーダム弐式があらぬ方角へ向かったと思い、制止する。
「待て、どこへ行く気だ准尉!」
『もっと早く破壊できる場所が分かったんです!そこを先に壊せば....!』
「どこだ、それは!」
『コントロールエリアの手前に、一際強いエネルギーがあります!多分そこがメインジェネレーターです!』
「なぜそれが分かった...?」
『それは.....私にも分かりません!でも感じるんです、強過ぎる力の源が!』
アイカの口ぶりをグラハムは不審がったものの、ここで追及しても仕方がないと割り切り彼女に託した。
「そうまで言うなら、やってみるがいい!任せたぞ!」
『はい!』
アイカとの通信を切り、GNアームズType-Gを加速させる。コロニーレーザーに取り付いたジロッド目掛け直進、大型GNソードを突き刺しそのまま引きずり回すと、真上から襲い来る灰色のアルヴァトーレに向けて投擲した。アルヴァトーレがそれを避けて大型GNキャノンを薙ぎ払うが、GNアームズType-GはGNフィールドでこれに対抗。避弾経始的な防御を行いながら回頭し、仕返しにとGNツインライフルでコクピットブロックを狙撃した。敵方はGNフィールドの展開が間に合わなかったのか、そのまま炎に包まれ消失する。アイカのストライクフリーダム弐式は目的のポイントに到達し、どこを狙うべきか探りを入れた。
「そりゃ、そうか!向こうも奪い返そうとするわよね!」
真下からガンドノードと無人機仕様に改装したと思われる、ウィンダムの集団が現れた。アイカは素早く連中をロックオン、ミーティアフルバーストを決めるとそのまま火線を振り上げコロニーレーザー外壁を、砕き始める。
「.....あれね!ジン大尉、向かい側に居ますね?タイミングを合わせてください!」
『応よ!ぶちまけてやろうぜお嬢ちゃん!』
ストライクフリーダム弐式とリゲルグデバステーターのミーティアが同時にビームソードを、最大出力で形成し息を合わせて全力で振り下ろす。コロニーレーザー外壁がみるみるうちに溶断され、メインジェネレーターを顕にした。攻撃開始の合図を見て上方へ退避していたグラハムも、ミーティアの持つ武器の威力を目の当たりにし高揚する。
「仕上げはこのグラハム・エーカーが務めさせて頂く!トランザムッ!!」
GNアームズType-Gを真紅の輝きが包み込み、GNツインライフルとGNキャノンから臨界寸前まで収束された、GN粒子が漏れ出す。メインジェネレーターの中央に照準を合わせ、間髪入れず全エネルギーを放出した。着弾をする直前に全機が急速離脱、数秒後にコロニーレーザーが大爆発を起こし無数のデブリが、戦場に散らばっていく。現場に遅ればせながらエタニティ・ムーンとラスターキャリバーンが到着した。ローゼス・ヴァルキリーのリタは、大勢が決したのを理解し機体をエタニティ・ムーンから飛び立たせ彼我の全軍に向け、放送を始めた。
「全軍へ通達します!この戦闘の大勢は決しました!所属は問わず全ての生存者の救出を、ブルームーンのリタ・リーゼリットの名を以て、命令します!」
リタの宣言を以て、ブルームーンとルナーズ・アルゴノーツの戦争は終結を迎えた。しかし、これだけでは決して終わらない戦いもある。レイは虚空を見つめながら、無事を祈っていた。
ガンダムMk-Xとアルスノヴァの戦いは、遥か遠くの廃棄コロニー内部へと舞台を移していた。
「そらそらそらぁ!!どうしたよ、最強のν-Typeゥッ!!」
アルスノヴァがアルムナーゲルからビームマグナムを湯水の如く撃ち、ガンダムMk-Xを追い込んでゆく。ガンダムMk-Xは地を蹴って飛び上がり、シールドに内蔵したミサイルとビームキャノンを放った。
「グッ.....!!舐めるなッ!!」
ビームマグナムをシールドで弾き、スーパーノヴァを撃ち返す。一進一退の攻防が続き、ハイラックの肉体に疲労が蓄積しつつあった。それでも一度手を緩めれば、忽ちアルスノヴァに斬り刻まれるだろう。デブリからデブリへと蹴りながら鋭角的にターンを繰り返して、アルスノヴァに逆袈裟斬りを浴びせる。しかしアルスノヴァは防御が間に合わずそれを食らった───かのように見えた。
「残念だったな」
「しまった!?」
何と言うことか。緩やかに後退しながらアルスノヴァの両腕と両足が分離、ガンダムMk-Xの四肢に食らいつき拘束したのだ。それぞれから電撃が迸りハイラックは絶叫し、あわや気絶しかけた。
「なっ.....うわぁああああああッ!!!」
「お前だって分かっていたろうに....ν-Typeを殺るなら、知らねぇ武器を使うもんだってなァ」
アルスノヴァの右腕、コネクターらしき部位からビームサーベルを発しガンダムMk-Xのコクピット目掛け、切っ先を一閃する。しかしガンダムMk-Xのバイタルパートに接触する既のところで、ピタリと動きを止めた。
「すぐに殺してしまおうなんて思わねーが、な。それはそれで面白くないし」
「そうまでして俺に拘る理由は何だ!?」
「簡単な話さ。この世界に同じ人間は二人も必要ない、そんだけだ」
「同じ人間────!?」
「そうさ.....俺はお前だ。お前そのものだ」
唐突な告白にハイラックの頭が真っ白になる。眼前にいるアルスノヴァのパイロットが、ハイラックと同一の存在。俄に信じがたい事実を、脳が拒否してしまい思考が止まる。ヴォイドは更に続けた。
「どこかで気づいてたんだろ?俺はずっと感じてたよ、だからこうして殺りに来てるってェ訳。そうすりゃ、俺の邪魔を出来る奴は一人としていなくなる」
相対してから常に感じ続けてきた、不気味な気配。彼の言葉でハイラックは確信する。ランフォードが用意していた人格コピー部隊の一員、ヒルダからはレイと同じ波長を感じていた。視覚的な特徴は一致せずとも、気配そのものを模倣する事ができる。ヴォイドが同様の力を持っていても不思議ではない。直接対面しなかった他の人格コピー達も然りと言えよう。
「俺達人格コピーってのはよ....言ってしまえばデータでしかない。裏を返せば、データってのは改造できる。つまり....お前がこれまで出会って来たのも、そう言う事になるのさ。ヒルダ・フラーナ.....お前にとっちゃ一番のサンプルはそいつになるのかな」
「改造.....!?どう言うんだ.....!?」
「ベースとして作ったもんの中に、今まで観測されたν-Typeの情報をぶち込む。一つじゃあバレちまうから、何個かぶっこんで、ゴチャ混ぜにしてハイ完成!な、簡単だろ?ハハハハッ!!」
「そんな、尊厳も何もないやり方.....!」
「めでたくZeuSの実験はこうした形で、実を結んだ事になんのかねぇ.....?ハァ、俺にとっちゃどうでもいい事だが」
ガンダムMk-Xを見下ろすヴォイドの眼差しが次第に怒りに染まる。
「だがお前はそんなコピーの中でも、唯一の成功例だそうだな....えぇ?完全にオリジナルを模倣でき、剰え成り代わってよ.....本当、すげぇ奴だとは思ったよ。片やその失敗作だ....お前をベースに作り上げたのに、こうなっちまってさ.....作った連中は御しきれねぇと分かった瞬間に烙印を押しやがったんだよ!!失敗作のなぁッ!!」
強烈な殺意がハイラックの体を突き抜けてゆく。ハイラックは気圧されまいと歯ぎしりした。
「だとしても....お前にやられてやる訳には行かないッ!」
ガンダムMk-Xに散りばめられたサイコフレームが緑の輝きを放つ。ヴォイドがそれを知覚する刹那、ガンダムMk-Xから発せられたエネルギーに機体が弾かれデブリと衝突した。
「サイコ・フィールドか.....!舐めた真似をしてくれるなぁ、ハイラック・フロントフィールドッ!!」
アルスノヴァは手足をドッキングし直し、ビームセイバーを発振させながらバーニアを全開にした。ガンダムMk-Xも後方へ飛びながらスーパーノヴァを連射、敵の勢いを殺しつつ誘うように廃棄コロニーの外へ出る。アルスノヴァも追尾してくるビームを斬り潰し、尚も加速をかけ続けた。
「誘い込もうたってそうは行くかよォ!!」
ビームセイバーの出力を急激に上昇させる。ビームサーベル程だった刃渡りが突然巨大化し、廃棄コロニーを輪切りにしてしまった。ガンダムMk-Xは辛くも攻撃を受けずに済んだものの、ハイラックとしては敵の常識外のスペックに恐怖を禁じ得ない。しかし、戦意自体は失うことは無かった。
「ランフォードは厄災を作ったのか!?あんな物を一体何に使うつもりで....!」
「追いかけっこは終わりにしてもいいかいッ!!」
瓦礫の中からアルスノヴァが飛び出し、ビームセイバーを振り下ろす。ガンダムMk-Xはビームサーベルを振り上げ弾き返した。そのままアルスノヴァとすれ違う形で背後を取り、回し蹴りを浴びせる。アルスノヴァも僅かばかりよろめくがすぐに体勢を立て直し、両腕からビームマグナムを意趣返しに放った。ガンダムMk-Xはシールドを犠牲にしながらも受けきり、くの字を描きながら急接近の後ビームサーベルで居合に斬り抜ける。猛烈な速度で通り抜けたガンダムMk-Xに対応しきれず、アルスノヴァは斬撃を喰らい仰け反った。幸いにも傷が浅く、撃墜は免れヴォイドは唇を歪ませる。
「これだよ....これ。こう言うのじゃないと面白くないんだよ!!」
「何を抜かす!」
知覚するのが困難なスピードで飛び交う両者。レイとヒルダの死闘などとは次元を異にする、彼らにしか到達し得ない高みがそこにあった。互いの思考と殺意が見えるからこそ、小手先の技は一切通用しない。ハイラックとヴォイド、表裏一体とも呼べる運命を辿る男達の戦いはどちらかが滅びるまで終わることはないだろう。
「そのヘンテコなライフル....邪魔なんだよ!」
アルスノヴァのビームセイバーがスーパーノヴァを溶断、ガンダムMk-Xはすかさずグリップから手を離し、宙返りしながらバックパックの大型レールガンを撃ち込んだ。レールガンが直撃しアルスノヴァのコクピットが振動に包まれる。ヴォイドは不気味な笑みを浮かべたまま、ガンダムMk-Xを睨みつけペダルを踏み込んだ。ビームセイバーをフル出力にし、鞭を振るうかのように薙ぎ払いガンダムMk-Xから右足を奪った。
「チィッ!!」
「息切れするにゃ、早過ぎるんじゃあないのかぁ!?」
「ふざけるなッ!」
ガンダムMk-Xはバックパックから大型レールガンを手に取り、アルスノヴァの左腕を狙撃した。しかしこれはアルスノヴァが発したバリアによって防がれ、無意味に終わる。だがハイラックの狙いはそこではなかった。
(フォトンバッテリーが、脚に?そうか、そう言う事なら!)
アルスノヴァと剣戟を繰り広げながら、ハイラックはひたすら観察に徹する。無論、それはヴォイドも見抜いており舌打ちした。
「何ジロジロ見てんだ?そんな余裕があんのか、笑わせんなよ!」
アルスノヴァのビームセイバーにより、大型レールガンまでも失う。ガンダムMk-Xは即座に爆風を利用して敵の視界を塞ぎ、デブリ帯へ飛び込んだ。殺意の光が破片を粉砕していく景色を横目でちらりと見、先程から密かに目星を付けていた場所へ機体を滑らせる。
「まさかとは思ったが、残されていたとは....」
宙を漂う巨大な砲身にガンダムMk-Xを取り付かせ、すぐさまハイラックはコンソールのソフトウェアキーボードを起動した。この砲身の正体は、"機動戦士ガンダムサンダーボルト"にて登場した長距離狙撃用ビームライフル、通称ビッグ・ガン。どうやら何者かのMSがここで撃墜され、たまたま装備が取り残されたままになっていたようだ。ハイラックは準備を済ませるとガンダムMk-Xを離脱させ、敢えてアルスノヴァへ突進した。
「どこを見ている!?俺はここだッ!!」
両手にビームサーベルを携え、アルスノヴァと激突する。アルスノヴァもビームセイバーを振り下ろし、斬り結んだ。
「白々しいんだよ、お前は。何かを仕込んだのは俺にも分かるのを忘れたのか?」
「それがどうした!ならばその程度、凌いで見せるんだな!"俺のコピー"なら簡単だろう!」
「口の利き方に気をつけてもらおうか.....!」
ハイラックの挑発でヴォイドは激昂する。しかし。
「何だとッ!?何が起こった!?」
突如として警戒し得なかった方角からの狙撃を受け、アルスノヴァの両脚に装填されているフォトンバッテリーが爆発した。アルスノヴァはコントロールを失い、流れて来たコロニーの外壁破片に自ら突っ込む形で衝突する。
「おのれぇえ.....ッ!!何をしたッ!?」
アルスノヴァが振り向くのと同時、ガンダムMk-Xのサーベルが左腕に突き刺さり爆発した。これでハイラックの読み通り、アルスノヴァのバリアは、フォトンバッテリーによって機能していることが証明されたのだ。アルスノヴァも負けじと左腕のコネクターからビームサーベルを発して、ガンダムMk-Xを追い払おうとするがそれよりも早く二の太刀が届き、肩ごと奪われてしまう。
「これで状況はイーブンになったな!」
「ほざけぇッ!!」
アルスノヴァの右腕のクローに掴まれる手前でガンダムMk-Xが離れる。ハイラックの"仕掛け"をヴォイドが完全に看破できなかったのは、単純に前者が自らの罠を意識しないようにしていた為である。ハイラックはビッグ・ガンに時限爆弾のように起動する即席のウイルスを作り、適当なタイミングで発射するように仕向けていた。驚くべき事にいつ・どの時機に発射されるのかは、ハイラックにも分からないように設定していたのだ。兎に角自らへの直撃だけはさせないようにし、後は発射タイミングまで、ハイラックが敵の足止めをするのみといった具合だ。故に仕掛人自身にも明確に意識できるはずが無く、ヴォイドにも察知されずフォトンバッテリーを破壊できたのである。この閃きこそが、ハイラックとヴォイドの差と言っても差し支えない。
「ハッ.....!そうか、そういう事か.....流石は最強のν-Type....ククッ......ハハハッ......ハハハハハハハハッ!!!」
自分の身に起きた出来事を理解したヴォイドは、左目から強い光を発しながら狂ったような笑い声を上げた。アルスノヴァがゆらりと浮き上がったかと思うと、顔面の一つ眼を前へと迫り出し真紅の光を灯す。次いで右肩の装甲がスライド展開し、内部からも同様に発光。残る全身の装甲の間隙からは紫紺の光が、鼓動するように漏れ出る。
「心底驚かされたよ....お前のその対応力と発想力....噂に違わぬ物だと思い知らされたし...正直尊敬に値すると思うよ.....クフッ....クハハハハハッ.....ヒャハハハハハハッ!!!」
「何だ......一体何を仕掛けてくる....!?」
アルスノヴァを取り巻く雰囲気の変化が伝わり、異様なプレッシャーがハイラックの肌をピリピリと刺激する。しかしアルスノヴァは目の前から忽然と姿を消した。そして次の瞬間、ガンダムMk-Xは真横へ撥ね飛ばされデブリに叩きつけられる。
「ぐぅあっ!?今のはっ....!?」
ハイラックでさえも今の一撃は捌けなかった。神経を研ぎ澄ませ全方位へ意識を広げるも、知覚した時点で遅すぎたらしくまたしても吹き飛ばされ、ハイラックはコンソールに胸を打ち付ける。気がつくとアルスノヴァに顔面を掴まれ、壁に深々と埋め込まれていた。
「────だからこそ....殺し甲斐があるんだなぁ、これがッ!!」
モニターを埋め尽くさんばかりの赤い一つ眼がハイラックを凝視する。
「NT-D.....そんな物が....!?」
「別にNT-Dは不死鳥やらの専売特許じゃないんでね。このアルスノヴァに積んでいるのは、さしずめそのガンプラダイバーズ版....言うなれば、ν-Typeデストロイヤーだな」
アルスノヴァはありったけの力を込めガンダムMk-Xを壁から引き剥がし、別のデブリにぶつけながら縦横無尽に飛び回る。そして勢いに任せて放り投げると、ツインバスターライフル並みの威力にまで強化された光弾で、ガンダムMk-Xの左腕を消し飛ばした。
「ドッカァアアアアーーーーーーンッ!!!」
光弾はやがてガンダムMk-Xの背後を漂うNダガーNの残骸を撃ち抜き、核爆発を起こした。
「こいつは正気か!?えぇいッ!!」
ハイラックは途切れそうになる意識をどうにか保たせながら、ガンダムMk-Xを核爆発から逃がすがアルスノヴァのビームセイバーによって、フロントアーマーに創傷を刻まれてしまう。
「速過ぎるッ!?」
「まだ引き出せるもんがあるんだろぉッ!?ご同胞ッ!!」
アルスノヴァがスラスターを逆噴射して強引に慣性を殺し、急加速しながらUターンした。普通ならばこのような動きをすれば、パイロットは間違いなく気を失っているはずだ。しかしながらヴォイドは依然として意識を清明に保っていた。アルスノヴァのビームセイバーを、ガンダムMk-Xはビームサーベルで辛うじて食い止めたが推力の差が強過ぎるせいで、途方も無い速度で押し出される。
「そうだ、こういう戦いでなくっちゃあな!最高に生きてるって感じがするぜぇ!!」
「その為だけに全てを犠牲にしようというのか!」
「当然だッ!!どうせ俺は消されるだけの運命だ!!仮に失敗作でなくとも、使い捨てられるのがオチみてーなもんだろうが!!それを大人しく受け入れろって...テメェはそう言いてぇのか!?」
「俺もかつてはそう言う思想に染まっていた!しかし今は違うッ!別の生き方を探そうと藻掻いたから今がある!お前にだって....!」
「それを言えんのは、お前が"成功例"だったからだろうがッ!!所詮は成功例と失敗作だ!水と油と同じで、根本的に分かりあえやしないのさ!!」
「成功例も失敗作もあるものか!」
「だから俺を生み出した奴らと、この世界に裁きを下す!!それだけで十分だ!!」
「人が人に罰を与えるなどと、本気で言っているのか!?」
「愚問だぞ同胞ッ!俺は形になるまでに、沢山の同胞が生み出され消えていくのを見たんだからなッ!!」
ルナーズ・アルゴノーツでの人格コピー生成実験では、その過程で無数のサンプルが作られては廃棄が繰り返されてきた。"処分"された者達の中には、形成に失敗して人の姿とはなれなかった者や、意思疎通の機能が失われただ獣のように唸りを上げるだけの者、運良くまともに完成してもν-Type能力が微弱なあまり、利用価値を認められず訓練の的にされた者────ヴォイドが記憶しているだけで数え切れない程の同胞が作られ、そして殺されるのを"視て"きた。彼の中でルナーズ・アルゴノーツへの憎悪が募るのは想像に難くない。それはやがていつしか、仮想世界全体へと対象が移り更に憎悪を拡大させていった。それが今のヴォイド・エンプティスの思想を形作っているのだ。
「ブルームーンの思想を引き継ぐだの、仮想世界の安寧の護り手だのと....!そんな下らんお題目の為だけに....同胞達は全てを奪われたッ!!だったらテメェらから奪うしかねぇよな!!」
「冗談じゃない!その憎悪はやがて自分自身をも奪ってしまうぞ!」
「だったら何だね?何もするなってかァ!?」
「終わりのない復讐を選ぶなと言っているッ!!」
双方の光刃がそれぞれの意思を示すかの如く、輝きを増してゆく。
「終わりのない復讐、ねぇ.....んなもの知った事かッ!!」
アルスノヴァが鍔迫り合いを制し、ガンダムMk-Xを小惑星の岩盤に向けて叩き落とした。
「終わろうとそうでなかろうとなぁ!道具にされるだけの命ってのを、好き勝手に生み出されりゃ悲観するしか無くなるだろうが!それを思い知らせてやろうって言うんだよ、この俺の手でなァ!」
ヴォイドの語る思想は、ハイラックがかつて抱いていたものと同じであった。故にハイラックは彼の言葉を完全に否定はできない。しかし、否定しなければならなかった。その思想が起こした惨劇を誰よりも知っているのは、他でもないハイラック自身だからだ。レイとの愛を育てていく中で、自らの心に芽生えた変化。それは、どんな過去であってもハイラック──前田 拓を作る為に必要不可欠なものである、という意識の変革であった。今相対しているヴォイドは、その道を歩めなかったハイラックの姿だと思えてならない。ハイラックはゆっくりとガンダムMk-Xを立ち上がらせ、アルスノヴァを見据える。緑の暖かな輝きに包まれるガンダムMk-Xと、空虚なる紫のオーラを纏うアルスノヴァが互いを睨み合い、そして──。
「その世迷いは、今ここで断ち切ってみせる!」
「消えちまえよ、半端者ォオオッ!」
両者が同時にバーニアを最大にし、光の刃を互いの心臓めがけ鋒を突き放つ。アルスノヴァのビームセイバーはガンダムMk-Xの頭部、右半分を抉った。そして、ガンダムMk-Xのビームサーベルがアルスノヴァのコクピットを刺し貫いていた。雌雄は今、この瞬間に決したのだ。
「ヴォイド・エンプティス.....さようならだ」
宇宙の闇に飲み込まれるように遠くへ流れ行く、アルスノヴァを眺めハイラックは独りごちる。ガンダムMk-Xが踵を返し、エタニティ・ムーンへ帰投しようとする矢先。突然アルスノヴァが独りでに動き出し、ガンダムMk-Xを背後から襲いかからんと迫ってきた。ハイラックは唐突に現れたプレッシャーに驚愕し、ガンダムMk-Xを旋回させた。
「奴の強過ぎる思念なのか!?」
ビームサーベルは回路がショートし使い物にならず、アルスノヴァにとどめを刺す手段が失われたかと思いきや、とある出来事がハイラックの脳裏を過ぎった。
『お守り。役に立つかどうかは分からないけど....無いよりはいいかと思って』
そう言ってレイはスペイザーライフルを貸してくれたのだ。ハイラックの手は無意識にウェポンセレクタに新たな追加された、"SPAZER-RIFLE"を選びガンダムMk-Xに装備させた。アルスノヴァがビームセイバーを振り下ろすよりも速く、コクピットへ銃口を押し当て間髪入れず接射する。ドキュウウッ!!稲妻を纏いし青い光の矢がアルスノヴァを貫き、忽ち業火を焚き上げ憎悪ごと焼き払った。しかし規格の合わない武器を無理に使った弊害か、ガンダムMk-Xの右腕はショートし動かなくなった。その上、今に至るまで機体を限界を超えて酷使し続けた影響も手伝って、各部から煙が上りハイラックは急いでコクピットから飛び出し退避した。
(君の想いが、俺を守ってくれたのか......)
小惑星に墜落するガンダムMk-X。その姿を見守るハイラックの面持ちは晴れやかであった。ふと視線を上げると、そこには暗闇にポッカリと浮かぶ水の星が。指で摘めそうなほど小さくなってしまった、故郷の星へ手を伸ばしながら涙を零す。
(俺がこんな所まで来てしまうなんて、昔の俺には想像もつかなかったろうな....でもこれで良かったのかも知れないな....これでいいんだ....きっと....)
ヘルメットの中を漂う水滴を目にし、初めて自分が泣いているのに気がついた。
『ハイラック!』
ハイラックの脳裏をレイの呼び声が駆け抜けた。次第によく見知った気配がこちらへ近づいてくるのが分かり、弾かれるように振り向いた。そこには遥か遠くに光の翼を羽ばたかせながら飛翔する、ラスターキャリバーンの姿があった。レイの言った通り、本当に迎えに来てくれたのだ。ラスターキャリバーンが目の前で静止し、コクピットハッチを開けてレイが宇宙空間へ躍り出る。
「やっと見つけた!ハイラック!」
「レイ....どうしてここが分かったんだ...?」
ハイラックとレイは抱擁を交わし、涙ながらに再会を喜び合った。
「言ったでしょ!何があっても必ず迎えに行くって!本当、探すの大変だったんだから....!」
「そう言ってたけど、激励の類だと思ってたからなぁ。本当に来てくれるなんて思いもしなかったよ.....」
「本気の本気で言ったんだけど!?何であんたはそういう時ばっかり....!」
「悪かったよ....!ありがとう、レイ....!」
「始めからそれ言えばよかったじゃん?ほら、帰ろう?」
ラスターキャリバーンに乗り込もうとするレイの手に引かれ、コクピットに入った。レイがシートをポンポンと叩きながらハイラックをじっと見つめる。
「どうした?」
「あんたが座りなよ。こっちはあんたを探してあちこち飛び回ったんだからさ....帰る時ぐらいいいでしょ?」
「うん....それぐらいなら安いもんさ」
ハイラックがシートに座り、レイが彼の膝の上に腰掛ける。
「サブシートがあったろう?もしかして、キャリバーンにはなかったり?」
「そう言うのは聞かないもんなの」
コクピットハッチを閉ざすとレイは向かい合うように座り直し、ヘルメットを脱いだ。ハイラックも同じくメットを外し唇を重ねる。うっすらと嬉し涙を浮かべるレイの目元を、指で掬ってやり抱きしめた。彼女がいたからこそ、彼女との出会いがあったからこそ、この幸せを享受できるのだと、ハイラックは胸の内でレイに感謝した。二人を乗せたラスターキャリバーンは、エタニティ・ムーンを目指して宇宙を駆け抜ける。その羽撃きはまるで、1つの時代の終焉を告げているようであった。
────創造戦士ガンプラダイバーズ CODE:BLUE FIN.
この物語は、ガンプラダイバーズSide:NEXT(現在閲覧不可状態)にレイが絡んだ場合の分岐から生じた未来を描きました。