妄想戦記   作:QOL

15 / 20
「うえからくるぞー!きをつけろー!はフラグ」

Side三人称

 

―――母さん…。

 

 エドガー・キャデラックが意識を浮上させた時、彼は夢の中で母親の姿を幻視していた。病気に掛かり衰弱した自分の母は痩せ細っている。キャンプでの悲惨な生活が母親を病魔に侵させたのだ。

 彼は知っている。母親が自分達を心配させまいと常に健常に振舞っているのを、だが夜には声を押し殺して魘されている事もあるのをキャデラックは知っていた。聡い彼は母がムリしている事を感じとり、だからこそ自分も明るく振舞うように勤めた。これ以上母親を苦しませない為に、自分よりも幼い妹の為に…最愛の家族を思う故の行動。

 だが母の容態は更に悪化していった。夢の中であってもはっきり見えていた土気色になった母親の顔に死の影を感じ取り、それは少年に悪夢としておぼろげに記憶に傷を付けていく。

 

 彼は夢と現実の狭間の中で思い出していた。どうして自分がここに来たのかを…。

 

 エドガーが難民キャンプを後にした理由は全ては母親が風邪を引いた事から始まった。ただの風邪。運よく戦火を生き延びた家族全員がそう考えていたのだが、元々あまり丈夫な身体ではない事と慣れない難民キャンプでの生活。物資不足から来る医薬品の不足。これらが合わさった事で彼の母親の病状を急激に悪化させるに十分なファクターを備えている事にその時は誰も気がつかなかった。

 気付いたときには手遅れに近かった。軍からの支援物資が運ばれてから3日後、その時に出会った不思議な少年を事を思い出しながら自分達家族に宛がわれたテントに入った時だった。母が咳き込みながら倒れてしまったのである。

 

 突如倒れ付す母、呆然とする自分。泣き喚く妹。どうすることも出来ないでいると、同じく戦火を生き延びたご近所の知り合いが、母の咳き込む音を聞いて駆けつけ、直ぐに担架を作ると母親を載せ、どこかに運んでいった。彼は黙って妹の手を引いて担架で運ばれる母親の後を追った。

 母親が運び込まれたのはキャンプに常駐していた医療ボランティアのテントだった。彼等に診せにいくと母は風邪が悪化して肺炎を起こしてしまったことが解った。安静にして栄養を取らせ、そして薬を使えば治せる。そう医療ボランティアの人は言っていた。

 

 しかし、どうすればいいのだ。キャンプでの生活は生き抜くのにギリギリの物しか手に入らない。滋養のある食事も、清潔な水も、栄養剤も…ましてや病気に効く薬すらも、平時なら幾らでも溢れていたそれは、ここでは手に入らない貴重な代物ばかりだった。

 また只でさえ体が丈夫ではない母は彼の目からしても今にも死んでしまいそうに見えた。少年は考えた。大好きな母親を治すにはどうすればいいのかを、妹の泣く声を聞かずに済むにはどうすればいいのかを…。看病しながら泣き続ける妹を泣き止ませるにはどうすればいいのかを…。

 

 そこでひらめいたのが病院で薬を探す事であった。子供であった彼は母の具合の悪さを考えていて、薬=病院という短絡的な思考に支配されてしまったのである。彼は医療ボランティアから必要な薬の種類を教えてもらうと、母を妹に頼みそのまま難民キャンプを飛び出したのである。

 しかし、物資が不足しているここでは、そういった物資がありそうな場所は全て探索されており、診療所の薬局は勿論ドラッグストアも物資は全て回収済みで、近隣ではお目当ての薬は手に入らない。だがエドガーにはプランがあった。危険だから近付くなと大人達に言われていた地区。即ち西側の元国境付近にある医療設備に向かうというプランだった。

 

 戦争が始まってから、だれも足を踏み入れなかったそこでなら、医薬品が残されている。そう考えたエドガーは走る速度を上げる。目指すは地下鉄の駅だ。開戦以来、地雷原が設置された地上と違い、地下鉄にそういった危険な代物は無い。

 

 彼は懐中電灯と放置された車から拝借した発炎筒数本と共に、人の行き来が絶えてからぽっかりと暗い口を開ける地下鉄構内へと一人降り立った。地下鉄の駅は戦争が始まりダイアが運行されなくなったその日のままの姿で静まり返っていた。時折響く風の音が構内で反響し、恐ろしいモンスターが闇の向こうに潜んでいるように少年に感じさせる。

 彼はつばを飲み込んだ。こんな恐ろしい場所…遊園地(ワンダーランド)のホラーハウスに入った時のようだ。誰も居ない筈なのに響く金属や建物自体が軋む音が彼の足を竦めさせる。

 だがエドガーはすぐに立て直すとおくびもせずに歩を進めて、改札だった場所を潜った。今の彼はとにかく母親の為に急いで薬を取りにいくので頭が一杯だった。漆黒の空間を彼の懐中電灯の光だけが切り裂いていく。闇に光を当てると、そこに潜むモンスターも消し去れる気がして、彼は懐中電灯で前を照らし続けた。

 地下鉄の案内図を見つけた彼は総合病院の場所に一番近い駅を思い出し、その方面へと続くトンネルへと降りた。トンネルには電車が停まったままで放棄されている。半ばトンネルを塞ぐような形であったが、子供である彼なら余裕をもって通り抜けられた。暫く線路に沿って彼は歩き続ける。懐中電灯の光すら届かないトンネルの奥はあまり見ないようにした。そうしないと引き込まれそうな感じを覚えたからである。

 足元は水浸しだった。開戦からいままで動力が停止した地下鉄に、ハフマン島に豊富に降り注ぐ雨水が入り込んだ結果だった。動力が無いので排水する設備が稼動していないのだろう。エドガーは成る丈水を避けて進んだ。浅いのは解っていたが、薄暗い空間に溜まる水溜りには水掻きを持った怪物が要るような気がしてならなかったからだ。

 少年は歩き続ける。暗い地下鉄の中を。パイプが軋む音だけで泣きそうだったが家族の為にと勇気を出して歩を止めなかった。途中の地下鉄の駅では運良くパンの自販機を見つけた。地上への出入り口が瓦礫で埋まった事で誰も降りてこなかったのが幸いした。早速落ちていたコンクリートの欠片でガラスを叩き割り、中から食べられそうなパンを幾つか見繕い腹に収めた。

 そして腹を駆逐した彼は、目指す駅まで一直線。だが、彼の快進撃はそこまであった。目指す地下鉄の駅が“見えた”後、彼は―――

 

「………うう、ここ…は?」

 

 少年は夢から覚めた。

 頭がボーっとして重たい。フラフラする身体を起こそうとするが力が入らない。何とか力を振り絞り上半身を起こしたがそれと同時に襲い掛かったあまりの気持ち悪さにえずいた。

 

「気がつきましたか?」

 

 彼は身体を震わせた。今この場に誰か居るとは思わなかったからだ。慌ててそっちに顔を向けようとするが、疲れきった身体はいう事を聞かない。アッと声を発する間もなく、視界が斜めって行き、せっかく起こした身体が倒れそうになる。

 

「おっと。まだ無茶してはダメです。あなたは発見された時、大分衰弱していたのですから」

「レンチャック、どう?」

「脱水症状を起こしています。とりあえず水分を取らせたほうがいいでしょう。ハフマンは暑いですからね。隊長お手柄ですよ」

 

 ゆっくりと振り向いたエドガー少年が見たのは、野戦服に身を包んだ兵隊…と子供。兵隊は誰なのかわかる。自分が生まれた国、USNの兵隊の姿は廃墟での散策の途中何度も見ていたからだ。彼等は愛想がいいとは言いがたいが、それでも物資援助をしてくれたりする“良い人”たちだとエドガーは認識している。

 一方、子供の方も彼には見覚えがあった。六日前に難民キャンプに突如現れて一緒に遊んだフェンという自分より小さい子。そのフェンが自分のほうを覗き込むようにして立っていた。視線が交差する。両人とも、まさかこんな場所で再び出会うとは思っていなかった事もあり、お互いの間に沈黙が流れたが…。

 

 

「あつつ…」

 

 エドガーは肩に痛みを覚えてそこを押さえた。やわらかい感覚。見れば痛みを覚えた場所には柔らかな包帯がややきつめに巻かれている。だがエドガーは痛みと共に、ここに来るまでに体験した色々な恐怖を思い出してしまい、混乱のあまり肩を震わせながら、意味も無く口から助けを求める声を吐き出し始めた。

 

「たすけてぇ!たすけてェェ!!」

 

 意識が目覚めた事が、それまで塞き止められていた感情があふれ出した。それは恐怖。少年はこのダクトに逃げ込むまでの間に命を失うという恐ろしい体験をして、それを思い出し錯乱してしまったのだ。特殊な訓練を受けているわけではない彼は只ひたすらに痛々しい声で助けを求めて叫んでいる。

 それを見たレンチャックは鎮静剤を使うべきかと考えた。落ち着かせない事には情報も得られなければ下手すれば自傷行為に走ることも考えられる。だが軍用の鎮静剤は非常に強力なものであり、未成年の子供に対して使用する事は戸惑われる。量をどうすべきかレンチャックが逡巡したその時、彼の横をフェンがするりと通り抜けた。

 

「たすけてえ!たすけ――むぐ」

《――ぎゅっ》

「大丈夫、大丈夫だ」

 

 そして、我等が小さな隊長は恐怖から喚き続ける少年を後ろから抱きしめていた。錯乱した相手に接触する事は非常に危険だ。余計に混乱をきたし両者を傷つける事もある。だがフェンは迷う事なく取り乱している少年をその小さな腕で掻き抱いていた。

 するとどうだろう。驚くべき事に錯乱していた少年が静かになったではないか。レンチャックはあっけに取られて彼らを眺めていた。人間にとって一番安心できるのは人肌の温度だという。まさかこの小さな隊長はそれを用いて少年を静めたというのか?まだ生まれて10年も経っていない子供が人の心に平安を与える器を既に持っている?ありえない…だがこの不思議な子なら或いは…。

 

 レンチャックはありえないと頭を振ると再度フェンたちを見た。座り込んでいたエドガー少年を立ったままのフェンが背後から首に腕を回す形で抱き絞めている。暴れても大丈夫なようにフェンの腕はエドガー少年の首をがっちりホールドしていた。エドガー少年は最初こそ少し暴れたように見えたが、今ではおとなしく両手をダランと下げてフェンにされるがままとなっている。

 時折、その腕がピクピクと痙攣するかのように――痙攣?

 

「ちょっ!頚動脈を絞めてるぞ!そのガキに止めを刺す気かっ!?」

「「あ」」

 

――それを見守っていたジェニスが叫んだ事で、エドガー少年は危機を脱したのだった。

 

 メディックのレンチャックは評価を訂正する。小さな隊長殿はやっぱりどこか螺子が抜けている。

 

***

 

「―――申し訳ございませんでした」

 

 正座をし、頭を床につける。そう土下座だ。日本人なら誰でも知っている。悪い事をしたと心底思っている時に謝罪すべき相手に対して行う謝罪の為の動作である。うっかり絞め落としかけた手前、本当に悪かったという意思を示す為にフェンが全身で表現した結果がこれである。

 

「え、えっと…べ、べつにいいけど…」

 

 この後、気付けをしてもらい再び眼を覚ました少年は再び錯乱する前に、眼の前で土下座をしているフェンを見て、何故フェンが頭を下げているのか解らないという困惑を与えられた結果、逆に冷静になっていた。混乱には混乱をぶつけるという状況が図らずとも為されたのである。本当に偶然だが。

 だが誠心誠意謝る心が通じたのか、少年は良く分からないうちにフェンを許していた。まぁ彼の場合錯乱していた上に頚動脈を絞められた時に酸欠ですぐに暗転したので、なんで気絶したのかとか以前に何時気を失ったのかすら覚えていない。哀れな事である。

 それとフェンの土下座の雰囲気に流されたというのもある。純粋なUSN国民であるエドガー少年が異世界の日本のソレを知っている筈も無い。だが土下座は見れば見る程に居た堪れない感じを覚えるのは世界共通のようだった。

 ちなみに土下座という恥の文化というものを始めて見るジェニス以下レッドクリフ隊の隊員たちも困惑していた。「こいつはまた…なんというか…」と隊員達の心境を表すようにジェニスが呟く…というかドン引きするほど-にフェンは見事な土下座を披露していたのだった。閑話休題。

 

 とにかく許されたのでフェンはとっとと情報を引き出す事にした。幸いエドガーとフェンは顔見知り。なので尋問というか調査は隊長のフェンが行う運びとなった。それはエドガーにとってもありがたかった。何せフェン以外は全員大人であり、しかもほとんどが厳つい顔したムキムキマッチョマンかメスゴリラ…それなら誰だって中性的な少年を選ぶだろう。

 

「どうしてここに?」

「………母さんの、薬を探しに」

 

 フェンに尋ねられ少しだけ言いよどんだエドガーだったが、フェンに見つめられ続け、その視線に耐えかねたのか僅かに口を開くと、ボソボソと小声で話しだした。母親が倒れたがキャンプには母を治せる薬品が不足しており、自力で入手するしかないと思い立ったから、この廃病院まで足を運んだのだと…これは隠すような事でもない。

 まだ衰弱していたので言葉はつっかえつっかえだったが、フェンはせかす事もなくそれどころか水の入った水筒を彼に与えたまま、エドガーが話し終えるまでずっと耳を傾けていた。そのお陰かエドガーは嘘偽りもなく、まるで懺悔するかの如くに覚えている限りのこれまでの経緯を口にしていた。

 どうしてそこまで喋ろうと思ったのかはエドガーにも解らない。だが眼の前の静かに聞き耳を立てている自分よりも小さい子の眼を見ると、彼は話さなければならない気がしてならなかった。

 

「成程、母親の為…か」

「どうしても薬が欲しかった。もう家族が居なくなるのは、いやなんだ」

 

 とりあえずエドガーが地下鉄に降りたあたりまで聞いたフェンは呟くようにしてそう溢した。その一方で生来揺らぐ事があまり無い自身の鉄面皮の下に、フェンは複雑な心境を覚えていた。エドガーの行動は、あまりにも無謀かつ考えなし、無鉄砲だといえたからである。

 

「事情はわかった。けど…なんでUSN軍に連絡入れなかった?」

「え?……それは、えっと」 

「USN軍は、近隣キャンプに援助を行っている。勿論、命に関わるような病気を患ったりしたら、優先して医薬品を回したりする用意くらい、ある」

 

 そう。エドガーは本来なら周囲の大人を頼り、USN軍の基地に連絡を入れてもらうべきだった。確かに最前線にあるだけあって、キャンプの人間を移送するのが難しい現状ではあるが、緊急時なら話は変わる。良くも悪くも人権を尊重する…ここらへんフェンは鼻で笑いたくなるのだが…お国柄なので、生粋のUSN国民であるエドガーの救援を求める声は問題なく軍に送り届けられる筈だ。

 そうなれば、医薬品が届けられたり最悪キャデラック親子だけでも少人数で後送する手筈くらい整えられる筈である。実際、大規模に移動こそ出来ないが細々とキャンプにいる難民たちは具合の悪い者を最前線から離れた街まで移送した事例はあるのだ。

 もっとも、その行動を事前に敵に察知された所為で何かの作戦行動と勘違いされて護衛部隊などに少なくない被害が出たこともあるが、ソレはソレである。

 

 そしてエドガーはフェンの指摘になきそうな顔になった。いや、泣きそうではなく目頭が熱くなっていて既に泣いていた。急いで飛び出した上に数日間人と会わなかった緊張感が今まさに崩れている。そんな中で直接ではないがあたかも自分の行いが否定されるような言葉を聴かされれば泣きそうにもなる。エドガーはまだ子供だった。

 

「……でも、その心は、無駄じゃない」

「え?」

 

 フェンに指摘され、じゃあどうすれば良かったんだ…とぐちゃぐちゃな心境で、震えてしまう肩を抱えていたエドガーだったが、それを眺めるフェンはまだ言葉を紡いでいた。

 

「誰だって、護りたい、助けたい人はいる。それは、人として、人であるために大切なもの…なくしちゃいけないもの――どうしても、助けたかった。でしょ?」

「…うぅぅ…」

「エドガーの行動は間違いだったけど、間違いじゃない。だから―――」

 

 フェンはエドガーの手に自らの手を重ねる。はっとしたエドガーが顔を上げると、そこには彼の瞳をジッと見つめるフェンの黒い瞳がそこにあった。その瞳にはエドガーの顔が映りこんでいる。いまにも泣き出しそうな、子供の顔。

 

「―――後は任せて…それと、良くがんばった」

 

 表情こそ浮かべないものの、フェンは勤めて優しげな声色で喋りながら、ギュッとエドガーをハグした。先ほど見せた締め付けるような力ではなく、どこか元気付けるようなそんな感覚を与える優しいハグ。フェン自身気をつけて力加減をしたハグは強すぎず弱過ぎず絶妙な力加減でエドガーを包んでいる。

 ハグが与える安心感ともいうべき感覚を感じたエドガーは、この瞬間それまで抱え込んでいた色々な感情が溢れだし、それまで支えていた緊張という堤防はいとも簡単に決壊した。

 

「うう、うえぇぇぇぇ…!」

 

 エドガーは泣いた。声を上げて泣いた。ただの子供が一人、誰も居ない廃墟と化した地下鉄の暗闇の中を歩き続けたのだ。そのストレスは計り知れないものがあっただろう。顔をくしゃくしゃにしてぽろぽろと涙を流す少年の嗚咽だけが廃病院に木霊する。

 フェンはもう一度腕に力を込めて抱きしめた。見た目こそ、この場の誰よりも子供であるが、彼は転生を体験したが故に心は大人である。しかし成熟した精神を持ちながらも肉体に引き摺られた幼き精神もまた彼の中には同時に存在している。それはフェンが大人が持つ父性とも呼べる性質と子供への仲間意識の両方を手に入れているという事でもある。

 だからだろう、本当の意味で子供であるエドガーが、ぎこちなくも慰めるかの様に撫でるその手を払いのけなかったのは…。そしてこの場にいる兵士達がエドガーをあやすフェンの事を嘲笑ったりしなかったのは…。無表情だし感情も解り難い。だけど心は同じなのだと兵士らは改めて我等が隊長を見直していた。

 

「あー、あはは。おほん。ああ隊長。そろそろ話しを進めたいんだが?」

 

 さて、甚だ奇妙であるが年齢一桁で鉄面皮に定評がある少年が、苦難の中を進んでここまで来た少年に対して見せた父性により、戦場なのにどこか暖かな雰囲気が広がっていた…が、このままでは話が進まない。レッドクリフ隊の副隊長であるジェニスはこんな雰囲気の中で発言するのは、正直…いやかなりやり辛いと感じたが、意を決して口を開いた。

 未だに慈愛の篭ったハグを続けていたフェンであったが、隊長という立場を理解しているからか、存外素直にエドガーを腕から解き放ち、少年から一歩はなれた位置に立つと副官のジェニスを見つめる。相変らずの無表情であるが眼に映る光は先ほどまでの優しい光からどこか鋭い色を湛えて、スイッチが切り替わった事をジェニスに伝えている。

 副官はそれに頷き、エドガーのほうを向いた。

 

「ありがとう隊長。んでそこの坊主、親の為に薬を探しにここまで来たのは解ったが、なんでダクトに隠れていたんだ?」

 

 ジェニスがエドガーに問いかける。エドガーはここに来る理由を話したが、何故目的地の病院に隠れ潜んでいたのかを言わなかったからだ。

 

「そうだった!フェン!早くここから逃げないと!いるんだ!地下に!沢山のお化けが!」

「お化けときたか」

 

 正直、この仕事をしていればそういう体験の一つや二つ…と、ふざけている場合ではない。それだけ眼の前で座り込みながらも恐ろしい体験を思い出して身体を震わせている少年の声は必死だったのだ。あまりにも必死なその叫びをフェンはどうどうと肩を軽く叩いて落ち着かせる。

 

「何を、見たの?」

「地下鉄のトンネルを歩いて、ここに近い駅まで来たんだ」

 

 正確な時間はわからない。何故なら腕時計や携帯に該当する機器をエドガー少年は持っていないからだ。だが恐らくであるが少年は昨晩くらいには廃病院近くの地下鉄のステーションに到達していたのである。

 

「それはさっき聞いた――」

「聞いて!俺はここの駅に来た時に見たんだ!赤い光を宿した大きな棺桶みたいな箱のお化けが駅に繋がるトンネルに沢山いたんだ!慌てて逃げたけど大きな音がして肩が凄く熱くなって!」

「大きさは?」

「俺よりもずっと大きかった!駅の天井ギリギリまで届く怪物だった。赤い目玉が三つ、ギョロギョロと動いてこっちを見たんだっ!!」

「箱のお化け…しかも目玉が三つ――隊長」

「どうも、ただの哨戒とはいかなくなったかもしれない」

 

 再び大きな声を上げたエドガーを今度は部下の衛生兵に任せ、フェンは副官と向き合う。エドガーが齎した情報がそれだけ危険なものである可能性があったからだ。

 

「…………ジェニス、偵察とステルスが高い隊員を集めろ。エドガーの言った事が本当かどうか確かめなきゃならない」

「了解です。誰に引き連れさせますか?」

「そうだな。今回は俺が行く」

「ちょっ!?隊長自らが?」

「隠密系の補助魔法が使える。それと…予想が正しいなら“もしも”に対応できる人間もいる。どちらも満たしているのは俺だけ。その間の部隊指揮は任せる」

「解りました。が、無茶はやめてくださいよ?連続して上司が消えるのは御免です」

「こっちも願い下げ…準備を急がせろ」

 

 フェンたちレッドクリフが慌しくなる。エドガーの言葉を鵜呑みにする訳ではないが、捨て置ける程の問題じゃない。兎にも角にも情報が入用だった。ジェニスが部隊員に声を掛けていくのを尻目に、フェンは静かに自身の相棒であるヴィズ…待機状態である腕輪に手を乗せ、直後強い光に包まれた。

 

……………………………

……………………

……………

 

 不気味に静まり返った地下鉄の駅。昼間でも日が差さないこの薄暗く埃っぽい空間を音を立てないように進む者たちが居た。彼らの姿は非常に薄く、辛うじて輪郭が解る程度であり、何らかの魔法的処理を施しているのが解る。そんな彼らの先頭を進む一人はブーツを履いているとは思えない猫の様な俊敏さで明かりが消えた改札を乗り越えて周囲を警戒し、何もないことを確認するとスッとハンドサインを背後に続く者たちへと送った。

 それに続いて同じように静かに移動した数人が改札を乗り越えて、両手に持つデバイスと銃器を向け周囲を警戒しながら、柱や自動販売機をカバーに据えて、暗闇の中を淀みなく動いている。彼らは完全に駅を満たしている影と闇に溶け込んでいた。音もなく進む姿はまさに一個の生命体の様だ。

 そしてぼやけている彼らに混じって、小さなロボットのような輪郭をした存在もいた。言わずもがなフェンである。いつもの様にギャリギャリと脚部ローラーで移動するのではなく、硬質な素材で出来ている脚部でどうやっているのか音すら立てずに、先に行く者たちとそん色ない速さで移動している。

 またフェンのバリアアーマーの特色でもある防御魔法が常に展開している純白の装甲は鳴りを潜めており、今は“かなり透明に近い半透明”という姿に変わっていた。辛うじて輪郭だけがぼやけて見えているのでそこにいる事がわかるが、フェンもまた音を立てずに移動しているので、注視しない限り見分けるのは難しいであろう。

 これは景観や景色に溶け込み魔法探査すらも鈍らせる光学迷彩展開型の隠密結界魔法ミラージュハイドを纏っていたからである。この結界によりフェンは闇に溶けていた。ミラージュハイドは本来は完全に姿形を見えなくさせる魔法であるが、あまり魔力を使うとそれ自体を探知される可能性があり、身体に纏わせておく魔力出力を限定している為に薄っすらと見えているのである。

 フェンと共に行く半透明の者達らも、レッドクリフ隊の中でも偵察や隠密行動に優れミラージュハイドを体得している者たちだ。彼らはエドガー少年の証言を確かめに、この暗闇に支配された地下空間に降りてきたのである。彼らは無駄のない動きで改札を抜け、先にあるホームへと降りる為の階段まで来るとそこで一度停止した。

 

『(階段に到達、敵の姿は確認できません)』

 

 フェンの頭に声が響く。無線ではなく魔導師の念話による報告だ。ポイントマンを任せた部下。コールサイン、レッドクリフ10のワット・ターナーが、階下に続く階段を物陰からファイバーを使って確認したのだ。同時にデバイスを介した念話の信号に乗せた映像データも送られてくる。視界が増える。簡単に説明すれば頭の中にもう一つの視界が現れるのだ。

 確かに階下に続く階段には誰も居ない。ところどころに開戦時の爆撃で崩落したコンクリートの残骸が点在するくらいで他には何も映ってはいない。フェンは念話で進めと指示を出した。非常にかすかな、それこそ息を潜め近くに居なければわからない程の床を叩く音と共に部下達が移動していく。

 ヴィズにより聴音補正された音により何処で誰が動いたかはフェンには解っていた。彼もまた遅れはしないと音を立てずに移動する。衝撃を和らげる魔法術式の応用で音を出さずに移動できる彼らは点在する瓦礫を転々と移動しながら、お互いが常にカバーできる動きで地下のホームに降り立った。

 そこは完全に真っ暗であった。開戦以来電気も通っていないのだから当然といえる。身体強化による視界の強化と暗視がなければ一切の物が見えない完全な暗闇。視界補正をしているフェンたちですら見えているのは手前の物で奥にある物は霞んでいるようになり見えない。こんな場所をエドガーは一人で突破したのか…。家族愛は偉大だ。

 

『(周囲に脅威はあらず、動的物も反応なし)』

 

 しかし、問題の敵の姿は見受けられない。ホームはシンと静まり返っている。エドガー少年が嘘つき少年でないのならば、場所は間違っていない筈である。

 

「(散開…調査を続けろ。かすかな痕跡も見逃すな)」

 

 だからフェンも彼らにこう指示を出すしかない。本当にエドガーが嘘をついていないのであれば、だが…。暗い中姿を消したまま散っていく。フェンも何かしらの痕跡を探す為に先ずはホームのトンネルへと歩を進めた。路線図によればこの地下鉄は環状線の形を取っており、上りと下り二つの路線が同じホームにある。

 トンネルも二つ通っている事になるが片方は崩落によりふさがっており、もう片方も半ばふさがっていた。しかし完全にふさがっては居ないのか、確かに子供一人は通れそうな穴がありトンネルの奥と繋がっている。

 

(………ん?)

 

 ホームから線路へと降りていたフェンは、ホームの縁の部分に一箇所だけ微かに色が違う場所を見つけた。液体をぶちまけたあとに乾いたそれは黒っぽく変色している。彼はそこに静かに手を置いた。彼が纏う強化装甲デバイスであるヴィズが腕部のセンサーを用いて変色した部分の解析を行う。結果はものの数秒で出た。血液だ。

 それも人間の血液。流石のヴィズもDNA解析の機能は入れていないので、これが誰の血なのかは解らない。だが唯一ありえるのは…フェンの頭の中で眼の前の血痕とエドガーの腕の傷が等号する。血痕の固まり具合から十中八九この血痕がエドガーのものであるとフェンは確信した。同時に、ここでナニモノかに撃たれたという事も。

 

『(隊長。痕跡を発見しました)』

 

 その時、フェンから見てホームの反対側を探っていた部下の一人が何かを発見した。フェンもその念話を送った部下の近くに移動する。

 

『(ここです。真新しい弾痕です)』

 

 一瞬だけ、手首だけミラージュハイドを解除するという高等技術を見せた部下。その指が指し示したのはホームの天井を支える柱。そこには確かにごく最近に出来たと思われる抉るような銃撃の痕跡があった。間違いなく、ここで地上にいる少年は襲われたのだ。

 銃弾の抉り具合から大体の射線を割り出したところ、この柱を挟んで少年は撃たれたのである。むしろ軽症で済んだ事が奇跡であった。しかし少し腑に落ちないのは撃たれたにしては柱の損傷具合がそれほど大きくないという事であろう。

 ともあれもっと調査しよう。今は情報がいる――そう思った矢先。

 

『(隊長!トンネルの奥から何か来ます!レールが震動している!)』

「(っ!身を隠せ!)」

 

 先ほど調べた上りのトンネルとは逆位置の崩落していないトンネル。その奥から微かな風がホームに流れ込んできていた。部下の一人はその風とレールが極僅かに震動している事に気がつき警告したのだ。

 彼らが遮蔽物になりそうな柱や金属の大ゴミ箱の陰に身を潜めるのと同時にホームに何かが入ってきた。それは暗闇を照らす灯りを点してはいなかった。だが外壁を外した貨車に乗って現れたそれらを暗視を掛けた視界で彼らはハッキリと捉えていた。

 長方形の形状に赤く光る三つのセンサーアイ。《∴》の形に配置されたそれらには人のものに良く似た四肢が付いている。貨車に載せられ現れたのはOCUが量産している汎用無人機。フェンが嘗て全滅必至のシミュレーターにて、思いっきり銃弾を撃ち込んできた無人機と同型機が6機。貨車に乗せられてホームへとやって来たのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。