妄想戦記   作:QOL

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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今回は少し短いですが、キリがいいので投稿します。

今年もよろしくです、ハイ。


「大きな声を挙げ、ドアをノックしよう」

 

―――フロントライン・ペセタ市・マルス内・PM6:04―――

 

 ペセタ市にはUSN軍のセスル基地から直線距離にして1,5㎞ほど離れた場所に、総合ショッピングセンタービル『マルス』が存在する。四方3㎞、9階建てで頭上から見れば六角形の形状をし、中央に中庭ともいえるガラスドームが鎮座する巨大な施設である。

 

 この場所は戦争が始まる前には、年間でのべ3000万人訪れたと記録された超大型商業ビルであり、かつてはペセタ市はおろか島外から訪れる観光客の食欲と物欲を満たしていたモンスターモールであった。

 

 だが、その怪物的な『マルス』も今では死んだように静寂に包まれている。ビルの至る所にミサイル爆撃を受けた際に出来たであろうクレーターのような大穴が開き、まるで巨大な怪物が戦いによって傷ついて、その躯を晒しているかのようであった。

 

 そこまで酷い状態でありながらも基本設計がしっかりしていたのか、この豪雪が降る今のペセタ市においても『マルス』はその存在感を失うことはない。数千トン以上に及ぶ雪と氷が伸し掛かっているにも関わらず、彼の怪物的なビルは崩れる様相を見せなかった。彼のビルは耐久力まで怪物並みであったということであろう。

 

 そんな『マルス』の中にレッドクリフ隊は避難民と共に入り込んでいた。理由は避難民ほどの大集団を隠せる場所がここくらいしかなかったからである。薬も使えば3日は寝ずに全力で動けるような軍人と違い避難民は一般人。適度な休息をとる必要があり、考えた末に選んだのが、このビルであった。

 

 超大型というだけはあり、ここには巨大な冷蔵庫がある。フェン達はその中に居た。出入口に冷気だけを遮断する結界を張り、このビルの中に残されていた毛布や布をかたっぱしから敷いて、大人は大人、子供は子供といった具合に、それぞれグループをつくり休息をはかっていた。冷蔵庫で休むなど寒そうなものだが、案外そうでもない。大体の冷蔵庫に言えることだが、冷蔵庫は内部の温度を一定に保つ機構があるのだ。

 

 すくなくとも息すらも凍り付く外気の中で休むよりも、稼働している冷蔵庫の中の方がはるかに暖かかった。風が吹き付けないだけでもだいぶ違うのだ。それに本来はハフマンの熱き気候から食品を護る分厚い断熱材が、皮肉にも彼らを蝕んでいく冷気から守ってくれていた。

 

 外気の影響もあり調温機構が働いても0度前後であるが、外気がマイナス二桁になっている現状、冷蔵庫の中にいるだけでも、零下で温泉に浸かるくらいに違いが顕著に表れていた。砂漠地帯もあるハフマン島では明け方に氷点下まで下がることもあり、0度前後であるなら十分に耐寒可能な毛布や装備がこのショッピングセンタービルで売られていたのも幸いであった。

 

 ただ、肝心の冷蔵庫としての機能が稼働するかどうかは賭けであった。動かなければ唯の巨大な部屋でしかないので出入口が限定されるというデメリットを考慮すると、そこにいる意味はあまりない。しかしその懸念も冷蔵庫が問題なく動いたことで氷解する。

 

 それもこれも自他ともに脳筋に定評があるデュラント軍曹が配電盤を蹴っ飛ばしてくれたおかげである。実はこの場所に辿り着いた当初、非常用電源は簡単な操作で動いたが冷蔵庫は動かなかったのだ。どうしようかと皆で頭を捻っていると、唐突に軍曹が配電盤にブロウをかまし……曰くUSN製の家電は叩けば動くのだそうだ。

 

 そんな訳はない筈だがと、フェンが他の隊員を見回すと半分くらいが頷いていた。どうやら自国製品はかなりおおざっぱかつ頑丈らしい。昭和のテレビか何かなのか、斜め四十五度が的確なのか。回路の接触具合の所為なのだとフェンはとりあえず思うことにした。そうでもないとアレコレ呟きながら配電盤を直そうとしていた自分が恥ずかしくなる。

 

 こうして一時の安らげる場所を確保したことで彼らは少しの休息を得ることになる。一段落した後は一部偵察に出した者を除き、レッドクリフ隊の面々も巨大冷蔵庫の中で休息と取った。特にここに至るまで結界を維持し続けていたジャマー達の疲労の色が濃い。このビルがまだ健在だったのは本当に幸運であった。大きく結界を張らなくて済む分、ジャマー達にかかる負担が一層軽くなるのだから……。

 

 さて、休息の指示が降りたことにより、これまでかなりの緊張を強いられた隊員たちは思い思いに休息を取った。ある者は壁を背に眠り、ある者は食事をとり、ある者は適当に誰かと会話するなどして休み、次の戦いに備えていた。ここを切り抜ければおそらく激戦となる基地周辺地区に出るのだ。体力回復に努めるのは兵士の仕事でもある。

 

「はいチビ隊長殿。熱いコーヒーですよー」

「……あ、ミルク抜きで……」

 

 フェンもヴィズの展開状態を解き、その中に混じった。部下がこの商業ビルのどこかから見つけてきたという尻の収まりが良いクッションに座り、オリーブ伍長が入れてくれたコーヒーを口にしていた。粉っぽいどこか舌の上でざらつく如何にもインスタントなコーヒーだが市販されている物と同じなので飲めなくはない。

 

「こらこら眠れなくなるよ? あと大きく成れないよ? ただでさえ小さいのに」

「好都合、大きくなると被弾率が……」

「気にするところそこなの?」

「だって、弾は怖い」

「銃弾を弾く盾も鎧もあるというのに?」

「昔、訓練で戦車砲直撃して……」

「ちょっとまって。その話を詳しく」

 

 オリーブ伍長が話しかけてくるが、今はその気分じゃないので口を閉ざし、カップのコーヒーを飲み始めた。この寒い環境では暖かければ多少の味の悪さは気にならなかった。むしろ味が悪い方が意識を鮮明化できるという点では都合がいい。不味さも時には役立つのである。年齢的にはあまり飲まない方がいいのだろうが、彼にしてみれば今更である。いつ死ぬのか解らないので、ある程度は好きにしたいと思うのは人間の性というものだ。

 

 再びコーヒーを口にする。苦味だけ、まさしくそう形容するべき黒い汁を胃に送り込めば、まるで文句を言うように腹が鳴った。あんまり飲むと胸やけを起こしてやるぞ、そう胃袋に文句を言われた気分になる。フェンとしては眼を瞑れば思い出せるほどに只でさえ部下の死が意外と重いというのに、さらに胃に負担がくるのは勘弁してもらいたかった。部下の死はすでに戦争の中にいるので割り切っているが、それでも何も感じないわけではない。

 

「……あ、これ分量まちがえちった。ごめんね隊長。入れ直そうか?」

「そ、粗末にするのよくない、よ? 飲めるから、いい」

 

 どうやら胃が重いのは精神的なのが原因ではなく、物理的に胃にダメージがいっていたらしい。胃薬を飲むべきかを真剣に検討するべきか。

 

 ともあれ、胃袋を駆けまわる不快感をこれも生きている証拠と割り切り嚥下していると、近くに寄ってくる足音を聞いた。振り返ればジェニスがしゃがみこもうとしていた。その後ろではデュラント軍曹が控えるようにして立っている。

 

 傍に副長が来るという行為に首を傾げるが、そういえば自分はいま報告を待って座っていたことを思いだし、彼が動作を終えるまで待った。

 

「隊長。デュラント軍曹と偵察の連中が戻りました。これがログです」

 

 ジェニスが手にしたチップを受け取ると、フェンは手首にあるは待機状態のヴィズを撫ぜた。待機状態でもAIは起きている。フェンの意図を察したAIは、すぐさま撫でられた部分に外部用スロットの蓋をズラし、差込口を剥きだしにする。

 

 フェンはチップを差し込んだ。彼の賢いAIはチップから受け取った情報をすぐさま理解しやすい形にして空間に像として浮かべた。ホログラムで出来た立体的な街の図に偵察に出ていた者たちの進んだ道筋と映像ログが同時表示され、彼らが見てきた物が映し出されていく。ある程度形になったところで、控えていたジェニスが口を開いた。

 

「不思議なことに見に行った連中は敵に遭遇しませんでした。影も形もない」

「そんな筈、ない。ここは激戦区」

「ええそうです。その予定でした。それはおいておき、問題は基地があったところなんです」

「これは……厄介」

 

 副官の説明に合わせるようにヴィズが必要な情報をデータチップからピックアップして表示してくれる。浮かび上がった像には雪原から乱立している壊れたビルに囲まれた真っ白な広場が映っている。広さは、おそらくは目指す基地と同じであろう。

 

「埋もれて、る?」

「おお、氷山が降ったようなドカ雪でしたからね。基地の結界もあわやペシャンコですか」

「それはないぞ、オリーブ伍長。基地の結界は非常に強固なもので20tクラスの大型弾頭の直撃を受けても破壊されない。まぁスペック上は破壊されないだけなんですがね」

「やっぱり、埋もれてる」

 

 まだ近くにいた伍長もヴィズが投影するホログラムデータマップを見て感想を溢す。見て解るがセスル基地もまた完全に雪により閉ざされていた。これでは基地に入るのはだいぶ難しい。近づいてもそこは基地の“上”になってしまう。

 

 フェンはカップに残る黒い液体をすすった。間違った分量だからか相変わらず不味い。最後の一口を飲み干しながら、それにしてもやはりかとフェンは思った。これだけの豪雪である。高層ビルの殆どが雪に埋まるほどなのだから、基地が雪の下に没する程度驚くことではない。

 

「問題はどうやって基地に行くかですね」

「穴を掘ればいいだろう? 俺が殴れば一発だぜ!」

 

 今まで黙っていた、自他共に脳筋であると定評のあるデュラント軍曹がそう提案した。実に彼らしい提案である。特に殆ど考えず直感で言えてしまうあたり、彼は本能だけで動いているのではと誰もが思った。

 

「コーヒー飲みます?」

「もらおう……べっ! なんだ泥かこれ?」

「泥とは失礼な。ウチの家の入れ方を悪くいわないでください。まぁ分量間違えましたけど」

「おまえは病院で一度舌べら診てもらえ。な? というか穴か」

「おうよ。魔力込めた一撃で、どっかーん、てな。それか副長の魔法でどっかーん、ていうのもいいんじゃねぇか? 爆発で穴開くだろ?」

 

 デュラントなら確かにパンチでクレーター位作れそうだ。フェンは腕を回して力瘤をつくる軍曹を眺めながらそう思った。しかし問題は掘るところが雪であるということだろう。雪は気温によってその性質を大きく変える。現状、気温は極地よりも遥かに低く、装備や魔法無しでは肺がすぐさま凍り付きそうなほど寒い。そんなところの雪はまるで粉のようにサラサラであり、おそらく単純に掘ると周囲から雪崩が起きるだろう。

 

 どっかーん、とやった途端、脳筋魔導師の生き埋めの完成か……。しかし軍曹の場合、生き埋めになっても再びどっかーんして何事もなく無事帰還しそうである。どんな銃撃戦でも肉体一つで突撃する魔導師らしからぬ男ゆえ、無駄にタフなので生き埋め程度では死なない気がしてならなかった。

 

「実際、どうやって基地に入ります? このままだと軍曹の案で逝く嵌めになりますよ?」

「………すこし考えさせて、あまり時間はないが、答えは見つける」

「了解です。そうですね。全員の疲労を考えると後2時間……いや1時間程度は必要でしょう。それまでにお願いします」

「そうさせてもらう。少し歩く、何か閃くかも」

「いってらっしゃい」

 

 フェンは立ち上がると背筋を伸ばして歩いていく。その姿を見送ろうとした他三名であるが、その時ふとジェニスが口を開いた。

 

「ああそれと隊長」

「なに?」

「……ムリはダメですよ?」

「大丈夫。まだ、ね」

 

 フェンは立ち止まるとジェニスの方を向かずそう答えた。そう苦しくはないし、大丈夫である。そう思い込めば心は折れることはない。だがそれを聞いたジェニスは思案顔をすると、ハァと息を吐き頭を掻きだした。

 

「……あー、隊長。ここから少し素で喋ります」

 

 ジェニスの申し出にフェンも今度は顔を向けコクンと頷いた。

 

「これでも、俺ァ戦場に出て長いんでな。無理も無茶も平気でする人間っていうのを見てきたが、そういった輩は長生きしない。苦しくても大丈夫と誤魔化し、自分は大丈夫と辛い現状を我慢する。迷惑を掛けないようにする心意気は立派だが、それはとても苦しいことだ。そうだろ?」

「………う、ん」

「いろんな訓練を受けてきただろうし、この部隊の誰よりも戦闘能力は高い。だけど、だからって全てを背負い込む必要はない。部隊は家族とまではいかないが、それでも共に肩を並べて戦う者同士。フェンも今は部隊の長であり、その一員だ」

「え、あ……」

「だから無理するな。どうにも一人で考え込むケがお前さんには見えるが、部隊に配属されたなら、もう一人じゃない。今は今の戦い方がある。無理するなら休め。そして周りを頼れ。頼むからそう思い詰めるな。それもまた部隊の一員として果たすべき義務だ。―――以上です。長々と失礼しました」

 

 ジェニスの言葉に特に顔を変えることなく、スッと歩き出すフェン。だが三歩進んだあたりで振り返り。

 

「ジェニス―――ありがとう」

 

 礼を述べると、フェンは今度こそ薄暗闇に消えて行った。その背中を見送ったジェニスはデバイスから自分のカップを取り出してオリーブがいれたコーヒーを注ぎ始める。その動作を見てこれまで黙っていた二人も動き出した。いや正確には驚きのあまり動きを止めていたというべきだろう。なんせ、このジェニスという男がここまで部隊の人間に対し忠告とも励ましとも取れることをするなど初めて見る。

 

「なんでぇ、らしくねェな」

「ホント。副長ってあんな風にも喋れたんですね。全っ然似合わない」

「ほっとけ。ああやってフォローするのも給料の内なんだよ」

 

 二人の反応にほっとけと返し、彼はコーヒーを啜った。

 

「……ニガイなコレ」

 

 本当は違う。フォローするのは給料の内だが、それでもこんなカウンセラーがするようなことは専門外。むしろ自分のキャラに合わないことくらいジェニスもまた自覚している。

それでも彼は放っておけなかったのだ。自分より遥かに小さな子供である筈のフェンが何時か自分も通ったことで苦しんでいるのを見ていられなかったのだ。この思いが偽善であることも理解しているが、それでも放置は出来ない。

 

「どうっすっかねーホント」

「やっぱり殴る他ないだろ」

「いやそっちじゃねぇよ」

「喝を入れるんだろ?」

「死ぬからな? いくらなんでもお前がやったら隊長が危ないからな?!」

「うーん。軍曹ってばホント脳筋」

「褒めるな照れる」

「「褒めてねェ」です」

 

 軍人は何でも屋だが所詮は軍人。カウンセラーでも精神科医でもなんでもない。大事な時には何もできないのが意外と悔しいと、少しだけ、ほんの少しだけ彼らはおもった。

 

 

 

 

 

 

 一方、少し変わった部下たちから離れたフェンだが。

 

「……(周りを頼れ、か。へへ、泣けるじゃねぇか)」

 

 部隊の一員だと言われたことが嬉しかったらしく、顔には出さないがその足取りは軽かった。この部隊に配属されてから、ここまでハッキリと色々言われたのは初めてであった。双方歩み寄りはしているが、やはり年齢やその他で互いには越えがたい溝が存在する。それが少し埋まった。そんな感じを覚えたのだ。

 

 無表情の少年が小さくスキップする姿は、周辺の薄暗い冷蔵庫内で見ると、かなり不気味な姿である。幸いなことに彼がいるあたりは周辺より遥かに暗い上、まわりの大人は疲れを取るのに忙しく、彼の不審な行動を見ていなかったことだろう。

 

「……フェン何してんの?」

「むっ!?」

 

 そう、大人は見ていない。しかし大人ではない者たちの目がそこにあった。難民キャンプの子供たちである。疲れると中々回復しない大人と違い、疲れやすいが回復も早い子供たち。まさしく子供は風の子、寒い中でも動けるまで体力が戻れば子供がすることなど一つしかない。とはいえ広いとはいえ所詮は冷蔵庫。彼らが遊び回る広さはなく、隅っこの方で子供らだけで固まり雑談に興じていたのだ。

 

 そこにやってきたフェンが変な動きを取れば当然目にもつく。ところでフェンは一応自分が大人であると思っている。転生した分を加算した場合、難民の高齢者を除けば部隊の中でも最年長になるかもしれない。だからこそ、浮かれた気分の姿を見られたことに羞恥心が芽生えない筈がない。声を掛けられ、声の主を確認し、そのままその場に崩れ落ちるように膝をつき恥ずかしがった。無表情で。

 

 その急激な動作に、かつ感情の見えない表情に、元気が取り柄の子供らも流石に困惑の色は隠せない。しかし彼らが声を掛ける前にフェンは羞恥心状態から脱し、普通に起き上がった。なんだかんだで色々と訓練を積んでいるので感情の制御は御手のもの。切り替えが早いのである。

 

「やぁ、しばらく」

「あいかわらず変なヤツ」

 

 子供らの一人、色々と危険を冒しながらも生還したエドガー少年の呟きは、フェンを除く子供ら全員の総意に近いモノだったのは言うまでもない。

 

「ところで……なにゆえ、ここに? ネリィは?」

「遊びたいけどここ狭くてさ。全員一か所で押し合い圧し合いしてた方が暖かいんだよ。……妹は母さんのところだ。まだ具合悪いから、さ」

「そう、か……」

「それはそうと変なヤツの不思議な踊りで少しは気が晴れたぜ。ところでフェンって魔導師だろ? 魔法使ってもう少し暖かく出来ない? やっぱ寒いぜ」

 

 そういうと寒そうに両腕を擦るエドガー少年。ペセタ市は近くに砂漠があり昼と夜の寒暖の差が激しいので、今のエドガーや子供たちは夜用の外套を厚着した上で着ているが、やはり魔法で操作された気候の中では焼け石に水である。

 

 暖める魔法は知らないんだけどな……。そう考えつつもフェンは子供らの輪に加わった。何かアイディアを思いつくにはリラックスすると出やすいという。子供らの傍にいたのも、気を楽にすれば多少は気分転換になると思ったからであった。

 

 もっともフェンは今の身体になってからあまりしゃべるのが上手くなくなったので、基本的には子供らの雑談を聞きに徹することになる。だがそれでも良かった。大人にもなりきれず子供にも戻れない中途半端な自分。それでも子供たちは拒絶せずにいてくれている。これが何よりも、救いであった。

 

「でもまさか『マルス』の裏側に入れるなんて思わなかったなぁ」

「そう? ただの倉庫じゃん」

「バーカ。こういうところはな? ばっくやーどっていうんだぞ。とうちゃんが言ってた」

「ふーん、そうなんだ。でも何もないじゃん。フォークリフトくらいあればいいのに。僕操縦できるんだぜ」

「冷蔵庫にフォークリフトはないと思うけど?」

 

 ガヤガヤと雑談がつづくなか、話題がこの大型商業施設について話された。どうやら子供たちは普段は入れない裏側の世界に好奇心が刺激されたようだ。このような状況下でも好奇心を失わない子らは強い。そうならざるをえなかったとはいえ、生き残る能力は高いだろう。

 

「そういえばバックヤードの奥にある扉はなんだ?」

「あれしらないの? あれメトロに続く搬入口だよ。トラックとかだけじゃ支えきれないから下から専用列車で大量に輸送してたんだって。とうちゃん言ってた」

「まじか。スゲェな」

「でもトンネル作るの大変だったらしいよ。なんか専用トンネルにする予定だったけど、お金足りないからメトロのトンネルと合体させたんだってさ」

「そういやエドはメトロ行ったんだろ? 真っ暗じゃなかった?」

「ふふふ、聞きたいか俺の武勇伝。あれは――」

 

 エドガー少年がメトロに潜った話をまるで冒険をしたかのように語り始めたあたりで、フェンはスッと立ち上がりその場から静かに離れた。別に子供らの話に飽きたのではない。むしろ本音はもう少しこの小さな暖かさにもう少し触れていたかったが、そろそろ移動の時間が近づいていたのだ。時間は有限であり必要な時に動かぬ者に祝福は訪れない。

 

 薄暗い壁際を歩きながらフェンは体を震わせる。気温調節機構が働いている冷蔵庫の中でもやはり肌寒い。子供らといた時はあまり感じなかったのに、少し離れただけで寒さが蝕んでくるようだった。いや、物理的に寒いのではないのだろう。その証拠に子供らの居た場所と今立っている場所とで気温は大して変わらない。

 

 子供らの傍は暖かい。それは純朴な彼らの醸し出す雰囲気がそうさせている。彼らが無邪気に浮かべる笑みは何よりも尊いものだと、短い期間だが戦争に触れていたフェンは心から思っていた。

 

 無論、子供らだけでなく共に生きる民間人の大人たちもそうだ。彼らもまた、このクソッたれな戦争の中、生き残る為に必死である。以前、フェンがキャンプの中で彼の技術で品物の修理を請け負った時も、何十人という大人がフェンを褒め、頭を撫でてくれた。何の力も持たぬのに、この荒んだ状況下でも暖かさを失わない、そんな強い大人は少ないが確かに存在したのだ。

 

 故に、守らねばならない。彼らを知ってしまったが故に――

 

 襟元を立てて指先の強張りを解すつもりで合掌する形をとり両手を擦り合わせる。ほんの少しだけ摩擦により暖かくなってくるのを感じつつもフェンは思う。人間は戦闘機械にはなれない。確かに効率よく敵を殺す術を体得はしたが、こうして他者の温もりを感じ、それを護りたいと思える自分がいるのをフェンは自覚していた。

 

 それは人であるからこその衝動。部下を殺した自分が、まだ人であるということを確認できる、唯一の証明だった。

 

 さてと……と、暗がりを移動しながら、フェンは周辺に横たわる市営地下鉄網、すなわちメトロの全路線図をヴィズの待機形態である腕輪の周囲に小さくホログラム投影させていた。実は先ほどの話にすこし興味が湧いたのだ。好奇心から彼は地下鉄で生き埋めになった後、脱出する際にヴィズが軍用のデータバンクから仕入れたメトロの図面情報を引っ張り出していたのである。

 

 それを眺めて現在位置を探しつつ、同時に脳内のマルチタスクで新たなタブを開き、部下たちにこの短いが続いてほしいであろう休憩時間の終了を宣言しようとしていた。実際そろそろ休憩を終えて準備を始めないと移動できないし仕方がない。彼らは残念がるだろうか? 可哀そうだがこれも給与の内なのだ。

 

 そう思いつつも路線図片手に歩き出したその時であった。

 

『(マスター、屋外に設置しておいたセンサー周辺に複数の動態物の反応があります)』

 

 フェンの脳内に文章が浮かぶ。正確には言語が響く筈なのだが、電子知性の念話とは機械的に感じるのでよくこう表現されていた。彼は自身の優秀な相棒であるヴィズとリンクしている使い捨ての動的反応センサーを、この巨大な冷蔵庫に入る前にビルの外にばら撒いておいた。それが何かを捉えたのだろう。

 

 そして、この賢いAIは周囲の避難民に動揺が広がるのを防ぐためか、わざわざ主人であるフェンに言葉を響かせない方法で伝えてきたのである。ヴィズの報告を聞いたフェンは考える。氷点下を遥かに下回る外気の中で動ける物体など二つしかない。敵か、味方かだ。

 

「(副長、聞こえる?)」

『(――ハイ、隊長。感度良好。どうされました?)』

「(今すぐ、避難民を移動させる必要がある、意味は解るな?)」

『(――……偵察に出した連中がつけられたか……了解しました)』

「(頼む。移動先は―――)」

 

 この時、フェンが開いたマルチタスクの一つに近辺の地図情報が浮かんでいた。先ほど子供たちとの雑談でふと気になり開いていたメトロの路線図。それと連動してか直前まで子供らが話していた内容が思い浮かぶ。それらが浮かんだ時、フェンに閃きが舞い降りた。

 

「(―――移動先は、マルスのバックヤードにある地下へ続く搬入口。その先の専用メトロ、だ。それと何人か武装させ着いて来させて……復唱はいい)」

『(メトロ……Sir yes sir。歩哨に立っている奴らをつけます、オーバー)』

 

 これで恐らくどうにかなる。通信を終えたフェンは溜息を吐いた。切り替えの早い軍人たちと違って避難民は一般人だ。すぐに移動といっても、動き出すまでに相応の時間がいる。こちらを敵が補足しているなら、遅延させる工作が必要だった。

 

 フェンはもう一度、今度は溜息ではなく深く息を吸ってから吐き、意識を切り替えると、すぐに入り口に近い暗がりに入る。暗がりで周りから一瞬姿が消えたフェンが再び姿を現した時、その姿は純白の装甲に覆われていたのだった。

 

 

 


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