帰還者、未踏の秘話   作:もりいぬ

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外伝シリーズです。ようやく形になったため、投下します。
この場で軽くネタバレすると、迅が見た幾つもの未来の選択肢の1つ、すなわち並行世界に本編のオリ主が転移するお話です。
異世界転生……とはまた違うと思います。いずれにせよ外伝なので、あまり難しく考えずご覧ください。



異伝・氷華の菖蒲が融けるまで
Chapter-1 何か違う世界


 ──どこだここは。

 

 ……いや、「どこ」というのはおかしいだろう。自分はここを知っているのだから。

 ここは紛れもなく、正真正銘三門市だ。今俺が立っているのはいくらでも見覚えがある街並みだし、何より街の中央にドンと建つ真っ白な建物──ボーダー本部の存在が、ここが三門市であることを雄弁に物語っている。

 

 しかし、何かがおかしい。

 というのも、昨日寝た後の記憶がない。寝ているんだから当然だろと思うだろうが、そういう問題ではない。今の俺は外出する際のコートを着ている。着ているのだが、俺にはコートに着替えた記憶も、そもそも外に出た記憶もなければ、どうしてこんな街のど真ん中に突っ立っているのかの記憶も何1つないのだ。朝起きてから昼頃の記憶がまるでないのはどう考えてもおかしいだろう。まさかこの歳で認知症になったわけじゃあるまいし。

 

 明晰夢というやつなのかもしれないが、それにしては感覚があまりにもリアルすぎる。いくらなんでも、夢の中で風の冷たさを感じたり地面を踏みしめる感覚を抱いたりすることなどありえない。

 少なくともここが三門市であることは疑いようもないのだが、どうにも自分の中で一度生じた違和感は拭えない。

 

(……とにもかくにも、玉狛に行くか)

 

 ボーダー……というよりは玉狛の基地にさえ行けば、この違和感の正体もなんとなくわかる気がした。両親を失った俺にとって、あそこは俺の家と言っていい場所だ。

 ボーダー玉狛支部という場所は、俺にとって第二の実家と呼べるくらいに住み慣れた場所だ。旧ボーダー時代から数えれば、最低でも10年以上はボーダーの一員なのだから当然と言えば当然なのかもしれない。なんなら迅や小南よりも長い間ボーダーにいるのだから最古参と言っていいだろう。もっとも、ボーダーに在籍していた期間のうち5年は向こうの世界を彷徨っていたわけだが。

 だが、その思案を中断せざるを得ない出来事はすぐに起こった。

 

(ゲート)が発生します。警戒区域付近にいる市民の皆様は直ちに避難してください。繰り返します──』

 

 それと同時に、俺の全身が妙な気配を感じ取った。

 違和感に従って振り返った俺の眼前に、複数の(ゲート)が出現する。どうやら今俺が突っ立っているこの場所は警戒区域だったらしい。どうりで人がいないわけだ。警戒区域に一般人が立ち入ることは許可されていないのだから。

 

 だが、何の問題もありはしない。こっちには、戦う力がある。俺は懐に入っていた細長い棒のようなものを握り締めた。

 

「トリガー、起動(オン)

 

 呟くように発せられたその一言とともに、俺の身体が戦闘体へと切り替わる。

 風になびく黒いロングコートに、腰に番えたただ1つの得物。その得物──弧月に手をかけ、敵が門から現れるその瞬間を待ち構える。そして、敵の目が(ゲート)から現れて1秒もしないうちに決着をつけた。

 

「旋空弧月」

 

 トリオンを消費して刀身を拡張させる弧月使いの必殺技、旋空弧月。普通の攻撃手なら20m前後の間合いにまで拡張するのが一般的だが、俺は射程を30m以上にまで拡張できる。さらに言えば俺は師匠直伝の剣技を継承している。覚えるのは簡単ではなかったが、それでも習得したことにより旋空弧月を小技感覚で連発できる超技術まで手に入れることができた。未だにボーダーでは、俺と俺の師匠しかできない技だ。

 

 当然そんな技術をもってすれば、トリオン兵を切り裂くことなど豆腐を切るよりも簡単にできる。(ゲート)が開いて最初のトリオン兵が顔を出してから僅か10秒もしないうちに、飛び出して来ようとしたすべてのトリオン兵はその胴体を裂かれて地面に墜落、物言わぬ残骸と化した。

 準備運動にもならなかったな、などと心の中で独り呟きながら弧月を納刀する。

 

「これは……何が起こったんだろう?」

「トリオン兵が、残らず真っ二つですね……」

 

 ふと聞こえてきた声に、声が聞こえた方向へと目を向ける。俺とトリオン兵の残骸を見下ろすように立っていたのは赤い隊服に身を包んだ5つ星のエンブレムが特徴のボーダー隊員たちだった。

 ──「A級5位」嵐山隊。ボーダー広報部隊であり、ボーダー最高戦力にして精鋭の集いである「A級部隊」の1つだ。顔見知り、それも俺の実力をよく知る部隊が出てきてくれたのならば話は早い。事情を説明してさっさとお暇するとしよう。

 

「仕事を奪って悪かったな」

「え? あ、はい……」

「とりあえず、処理はそっちに任せてもいいか?」

 

 木虎に話を通しておけば、一応は何とかなるだろう。だが、そのまま立ち去ろうとしたその時。俺は思わぬ人物から呼び止められることになる。

 

「ちょっと待ってくれ」

「……?」

 

 俺を呼び止めたのは他でもない、嵐山隊の隊長である嵐山准だった。礼はいらないといつも言っているのにわざわざ呼び止めるあたり、やはり律儀というべきか。

 そう思った矢先のこと、嵐山の口から放たれたのはまったく予想だにしない一言だった。

 

「これは、あなたが?」

「……? そうだが、他に誰がいる?」

 

 トリオン兵を倒したのは自分かという質問だったので、「そうだ」と答えるほかない。隠す理由もまるで感じられないから答えることには躊躇いもない。だが、それを聞いた嵐山の表情が急に真剣なものに変わった。それと同時に、誰かと話し始める。どうやらオペレーターと連絡を取り合っているらしい。

 合同任務ではなかったとはいえ、通常任務において俺の討伐速度が常軌を逸しているのはよく知っているはずなのだが……何か不手際でもあったのだろうか。強いて言うとすれば、非番なのにトリガーを使用したのは多少まずかったかもしれない。とはいえあとで報告書を書けばいいのでそれで終わりのはずなのだが。

 

「失礼ですが、名前を聞かせてもらえますか?」

「……? 月城遼河だが……。どうした? 嵐山」

「……」

 

 今日の嵐山はどこか変だ。俺が名前を呼んでもいつものような明るい反応を示さないどころか、むしろ怪訝な表情になっていっている。さらに言えば、どんどんその表情が厳しくなっている。やがて嵐山の口から、決定的な一言が放たれた。

 

「申し訳ありませんが、俺たちに同行願えませんか?」

「……なぜだ?」

「たった今あなたに、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()

「な……!?」

 

 トリガーの不正使用

 その言葉は、俺を混乱させるうえであまりにも事足りていた。とんだ濡れ衣だ。こっちに帰ってきた直後の時点ならいざ知らず、今の俺は正式なボーダー隊員だし、何よりトリガーを使った理由はトリオン兵の討伐のためだ。トリガーの無断使用にはなるかもしれないが、不正使用の要件に抵触するわけがない。

 

「ちょっと待て。それでどうしてトリガーの不正使用になるんだ。確かに無断使用ではあるかもしれないが、トリオン兵を倒すために使ったんだ。不正使用ではないだろう」

「使った事情は加味しますが、それ以前の問題です。ボーダー隊員以外の人間がトリガーを使うことは認められていないんですよ」

「さっきから何を言ってる? 俺は紛れもなくボーダー隊員だぞ」

「先ほど、月城遼河という名前をうちのオペレーターに調べてもらいました。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そうです

「なに……?」

 

 ──決定的に何かがおかしいと気づいたのは、この時だった。

 今思えば、この状況を見た時の嵐山たちの反応もおかしかった。いつもなら嵐山隊の他のメンバーが「ああ、いつものか」みたいな反応を示すのだが、木虎も時枝も何が起きたか分かっていないような反応を示していた。さらには嵐山の態度も妙に他人行儀だ。しかも俺の名前は、ボーダー隊員のデータベースにないという。

 

 ……なるほど、不正使用を疑われるわけだ。嵐山が言ったとおり、ボーダー隊員以外がトリガーを使った場合は要件に関係なく不正使用、隊律違反となる。ましてや今回の場合、容疑者である俺が確固たる自分の意志でトリガーを使用しているのだから尚更逃げようがない。ボーダー側からの横流しの可能性すら考慮されるレベルの大問題だ。

 だが、理解はできても納得はまったくできない。

 

(……なぜ俺がトリガーの不正使用疑惑を掛けられている? そもそも、なぜ嵐山たちは俺を知らない? 一体、何が起きている?)

 

 とはいえ、ごねていてもどうにかなるものでもないだろう。有罪か無罪かは嵐山たちが決めるものでもないのだから。城戸さんや忍田さんなら無罪放免にしてくれるはずだ。

 

「……よく分からないが、何かしらの罪に問われていることは理解した。大人しく同行しよう」

「ご協力感謝……でいいのか? この場合」

「いや、俺に質問するな……」

 

 どうやら嵐山も、トリガーの不正使用の容疑者を捕まえたのはこれが初めてらしい。明らかに判断に困っている。嵐山が連絡を入れている一方、時枝と木虎はすっかり仕事モードに入ったようで、俺を逃がさんと言わんばかりに睨みを利かせている。

 それを見た俺は、両手を上げて抵抗の意志がないことを示した。

 

「……頼むからその目線をやめてくれ。こっちに抵抗するつもりはない」

「すみません、仕事なので」

 

 まあ時枝ならそう言うだろうと思った。こいつはできる奴だからな。仕事に私情を挟まず、任務とプライベートをきっちり割り切れるタイプだ。

 

「とりあえず、話は本部で聞くので」

「……分かった」

「充、この人を本部に連れて行ってくれ」

「了解です」

 

 かくして俺は自らを取り巻く異常に翻弄されながらも、嵐山隊(時枝)の監視の下、最早行き慣れたボーダー本部へと行くことになったのだった。

 

 

 

 

 





嵐山の口調が敬語になっているのは、遼河が同年代だと分からない+この世界では会ったことすらないからです。
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