外伝シリーズ2話目となります。
1話1話がさほど長いわけではないので、簡単に読めると思います。
「……ん?」
その日、縁なしのサングラスと青いジャケットといういつもの服装でぐうたらしていた「実力派エリート」こと迅悠一は、珍妙な未来のビジョンを見た。
というのも、その未来が「突然現れた」のである。それこそ、無から何の前触れもなくポップしてきたという表現が正しいくらい唐突に見えたものだった。
迅のサイドエフェクトは、「目の前にいる人間の少し先の未来を見ることができる」というものだ。もう十数年の付き合いになるのだから、その性質は迅もよく理解している。
しかしそのビジョンは、その人物を一度も目視していないにもかかわらず現れた。今まで、見たこともない人間の未来が視界に映るなんてことはなかった。さらに言えば、突然未来の分岐点が現れるなんてこともなかった。それこそ、未来に影響を与えるような人間が突然現れたという現象でも起きないと説明がつかない。
といっても、少しその未来を垣間見た迅の感想は「可及的速やかに解決すべき重大事項というわけではない」というものだった。人命に係わるレベルの重大事項は先の大規模侵攻からは暫く来ないことが確定している。迅からすれば、ようやく一息つけるタイミングといえた。その貴重な休みを無駄にしたくはない。普段から多忙な実力派エリートも、休みは欲しいものなのである。
だが目を閉じようとしたその時、未来図が見知らぬ青年の顔を映し出す。その青年の顔を見た迅の眠気は一瞬にして吹き飛んでしまった。
「……うん!?」
眠気が吹き飛んだどころか、迅にとって可及的速やかに解決しなければならない未来が誕生した瞬間だった。
迅の目に映ったのは、1人の青年が会議室で尋問を受けている姿だった。だが、迅はその青年の顔を忘れたことはなかった。5年前のあの日から、1日たりとも忘れた日はない。歳月が経っているが故かその出で立ちはどこか大人びていたが、それでも間違いなく本人だと確信をもって言い切れた。
──こうしてはいられない。行って確かめなくてはならない。その感情が、迅を突き動かし始めた。ジャケットを着ていてよかったと思いながら、いつになくハイスピードで玄関へと向かっていく。すると、この支部の同居人が迅を呼び止めた。
「あれ、どこに行くの?」
「実力派エリートは休みたくても休めないんだなー、これが」
「……また未来でも見えたの?」
「そういうこと」
「そう。いってらっしゃい」
その少女は感情の読めない声でそう語った。
彼女は比較的おしゃべりではあるが、感情が読めない。紆余曲折あって玉狛支部で引き取ることになる前から、ずっと彼女はそうなのだ。本人曰く「昔はもう少し明るい性格だった」らしいのだが、それが本当か知る術は迅にはない。遊真のサイドエフェクトを使えばわかるのかもしれないが、わざわざそんなことのために遊真を頼るつもりもなかった。
しかしその少女を見たことで、迅の瞳の中の未来が余計に重要なものへと変わった。下手を踏むと、青年どころか少女も大変なことになる可能性がある。
(こりゃ、余計に会ってみないとダメだな……!)
迅悠一は駆けだした。
目指すはボーダー本部、そこの小会議室にいるであろう青年の下へ。
【Side:遼河】
時枝に連れられてやってきたのは、ひどく見慣れたボーダー本部の中だった。程なくして俺は、小会議室の1つへと案内される。どうやら、ここが尋問室になるらしい。今の俺はボーダー隊員ではなく、「自称ボーダー隊員を主張するトリガー無断使用・不正使用の容疑者」だ。下手すればもっと罪状が増えることだろう。
ボーダーのトリガーを不正に使用した人間がどうなるのかは知らなかったのだが、どうやら警察みたいに取り調べを受けるらしい。待つこと数分、部屋に入ってきたのは中年の男性と、エンジニアらしき風貌の男性だった。中年の男性は俺と対面するように座ると、静かに口を開く。
「ふぅ……。さて、まずは君の名前を教えてもらえるかな?」
「月城遼河、19歳です」
「ふむ……。では月城くんと呼ばせてもらうよ。月城くん、君にはトリガーの無断使用と不正使用の疑いがかけられている。ここまでは分かるね?」
「はい」
──俺からすれば訳の分からない話なのだが、疑いがほぼ確定になっている以上否定すれば面倒なことになるだろう。トリガーを使ったのは疑いようもない事実なのだから、下手に何か言っても逆に言い逃れできなくなる。まずは向こうの言い分を聞いて、そこからどうにか道を探るべきだと判断した。
「君の使ったトリガーを見せてくれるかな?」
「これです」
俺が机の上にトリガーを出すと、中年の男性はエンジニアの男性にトリガーを手渡す。エンジニアの男性は何かよく分からない機械に俺のトリガーを差し込むと、機械音が静かな部屋の中に響く。どうやら何かを解析したらしい。そのまま十数秒もしないうちにトリガーを机の上に置いた。
「ボーダー規格のトリガーで間違いありませんね」
「ということは、横流しの可能性もあるということか……」
その会話内容を、俺は聞き逃さなかった。
今までの事情を鑑みれば、「まぁそうなるよな」という話ではある。トリガー、もといトリオンというものはこちらの世界ではボーダーでしか開発・研究されておらず、門外不出の超技術と言って差し支えないものだ。一度ボーダーの規律マニュアルみたいなものをチェックしたのだが、トリガーの横流しはそれだけで一発除隊、記憶消去もあり得るレベルの重大な規律違反だと記載されていた。だからボーダー隊員ではない人間がトリガーを使っているということは横流し以外まずありえないという推論は理解できる。
──しかし、こっちが納得できるかは別だ。
ハッキリ言おう、除隊はともかく記憶消去は洒落になってない。一応マニュアルには「消去される記憶はトリオンやボーダーに関する記憶のみとする」と記載されてはいたが、そうなると俺はこの10年近くの記憶をまるまる消されてしまうことになる。それだけは絶対にあってはならない。
……旧ボーダーとして過ごした日々も、向こうの世界をあやめとともに流離った日々も、向こうの戦争を共に戦った友も、ボーダーに復帰して出会えた仲間達のことも、忘れてなるものか。俺はなんとしてでも、この状況を打破しなくてはならなくなった。
「君はこれを、誰から受け取ったのかな?」
「誰、と言われても……エンジニアの人から、としか」
「嘘をつくな!」
「嘘じゃないですよ。そうとしか答えようないですし」
激昂するエンジニアの男性に対し、極めて冷静な声色で返す。
事実、このトリガーはボーダー本部の技術者から受け取ったものだ。鬼怒田開発室長の名前を出してもよかったが、そうなると多分ますます話がこじれる。ボーダーに復帰してから数日、鬼のような形相で飛んできた鬼怒田さんによって旧型トリガーを取り上げられた日のことはよく覚えている。その日のうちに俺には新しいトリガー……つまりは今使っているトリガーが支給されたわけだ。だからこのトリガーは横流しされたわけでもなければ、改造されたわけでもない正真正銘の純正品である。
とはいっても、この状況では信じてくれというだけ野暮だろう。状況がますます不利へと傾いていることに気づいてはいるが、どうにも起死回生の一手が思いつかない。
「──この件は一度保留としよう。質問を変えるとして、君は何故トリガーを使用したのか聞いてもいいかい?」
「目の前に
「なるほど……。緊急性はあったわけだね」
緊急性しかないだろ、という発言はのみ込んだ。
ボーダー隊員……というよりトリガーを使える人間はあくまでトリオン体に換装することができるだけであって、トリオン兵の攻撃を受けれるわけではない。生身の状態でトリオン兵の攻撃を受けようものなら高確率どころかまず確実に仏様になってしまう。あのまま黙って逃げていればまた何か違ったのかもしれないが、過ぎた話をどうこう言ってもどうしようもない。
中年の男性は暫く考え込むような仕草を見せると、穏やかに口を開いた。
「緊急性はあったみたいだから、無断使用については不問にしても大丈夫そうだ。ただし、不正使用と横流しの疑いについては審議の必要があるね」
「……分かりました」
「とりあえず、年齢とか住所とかを書いてもらうから。ここで待っていてもらうよ」
まあ、無難な落としどころだろう。ひとまず首の皮一枚つながったというべきか。即刻記憶処理です、なんて判決下されたらたまったものではない。しかしこの時俺は、まったく別のことを考えていた。
(……俺の住所、どうすりゃいいんだ?)
この世界ではどうだかわからないが、少なくとも俺の知っている限り、俺の両親はもう生きていない。実家に住んでいないので、俺は実家の住所を書けない。三上家の住所を書いてもいいのだが、そうなると多大な迷惑をかけてしまうことが約束されてしまう。向こうも大混乱だろう。かと言って、玉狛支部の住所を書こうものなら「何言ってるんだこいつは」と突っぱねられるのがオチだ。
そんな斜め上のことを考えているうちに、部屋から中年の男性とエンジニアの男性が立ち去った。だが俺も立ち去ろうとした矢先、部屋の外から誰よりも聞き慣れた声が聞こえてきた。それに反応した俺は扉に可能な限り近付き、外の会話を聞こうと試みる。
「嵐山から聞いたよ。隊律違反した人がいたんだって?」
「うん。トリガーの無断使用と不正使用があったみたいでね。ちゃんとした事情があったから無断使用については不問にしたけど、そしたら今度は横流しの可能性が出てきてね……もし本当にそうなら大問題だから、今から忍田本部長の方に持っていくつもりだったんだ」
「それについてなんだけど……。
「え? だけど……」
困惑する中年の男性に対し、聞き慣れた声の主はハッキリとした声で言い切った。
「この件については忍田さんに持っていっても、ここで開放しても、どっちにしたって『隊律違反はなかった』って結論が出るからさ」
「うーん……でも君が言うってことは、そうなっちゃうんだろうね。──分かったよ」
その会話が終わると同時に、男性がこちらの方へ向かってくるのが足音で分かった。俺はすぐさま椅子へと戻り、何事もなかったかのような様子を装う。
まもなく扉が開くと、男性は身振りで俺に外へ出るよう促した。
「いやー、ごめんね。待っててと言ったけど、事情が変わってね。もう帰って大丈夫だよ」
「……なぜです?」
「それについては、私からは何も言えないね。ただ、『これ以上の尋問は無意味と判断された』とだけ言っておくよ」
「なんだかよく分かりませんが、分かりました。──ご迷惑をおかけしました」
「ああ、気にしなくていいよ。これも仕事のうちだからね」
その会話を最後に、俺は小会議室を立ち去る。
そして出るや否や、もはやいつものとしか言いようがない背格好の青年を見つけた。向こうも俺のことを見つけたようで、お互いが歩み寄る。
「……珍しく熱くなってたみたいだな? 迅」
「──やっぱり、遼河さんだったのか」
再会を酷く懐かしむかのように、俺たちは互いの口を開いた。
遼河に何が起きたのかを察している方は多いと思いますが、今しばらく事情説明回までお待ちください。