3話となります。陳腐な展開にしかならないこのシリーズですが、どうかお付き合いくださいな。
迅の機転もあり、俺にかけられたトリガーの不正使用・無断使用、そしてトリガー技術の横流しといった容疑は無罪放免ということになった。
同時にようやく、確実に俺を知っている相手と再会することができた。迅は普段から飄々としてはいるが、俺の中では誰よりも信用と信頼に値する人物だ。
しかし、いつになく今回の迅はそわそわしている気がした。いつも掴みどころがないのが迅悠一という人間なのだが、今日の迅は「らしくない」。だが、その感情は胸の中へとしまい込むことにした。
「……よかったのか? 俺がどうやったって無罪放免になるなんてこと言って」
「問題ないよ。だって、半分は本当だし」
「半分?」
「うん。だってあの人がこの場で解放しなくても、忍田さんに持っていけば同じことだったからさ。だから、半分本当」
……改めて、ボーダー内における迅の影響力はすさまじいと思わされる。
未来視というチートサイドエフェクトの能力もそうだが、「おれのサイドエフェクトがそう言ってる」って一言放つだけで、ボーダー隊員たちはおろか、ボーダー最高幹部である忍田さんや城戸さんですら基本的にその事象を信じる方向へと傾くのだから。
しかし半分ということは、もう半分は迅の独断だったということだろう。もしくは、話が大きくなった結果城戸さんまで持っていかれる可能性があったか。とはいえ、城戸さんもなんやかんやで無罪放免にしてくれそうな気はするが。
「ところで、今俺たちはどこに向かっているんだ?」
俺は今、迅に先導される形でどこかへと向かっている。一応向かっている方向的にどこに行っているかの見当はついているが、念のために聞いておく。
迅の返答は、俺の予想通りのものだった。
「忍田さんのとこ」
「だろうな」
それしかあり得ないだろう、と思う。
俺のことを確実に「月城遼河」だと認識できるのは、三上家の人間を除けば旧ボーダーの人間だけだ。そしてその中でも一番俺に近しい上層部の人間と言えば、当然忍田さんとなる。ついでに言えば俺はさっきまでトリガーの不正使用やら横流しやらの容疑をかけられていたのだ。いずれにせよ、本部のトップである忍田さんのところに連れていかれるのは自明の理だろう。
(しかし、改めて考えるとだいぶ変な状況だな)
──嵐山隊の反応や、俺が隊員として存在していないという事実。それを鑑みるに、ここは俺の知っている世界ではないと考えるのが妥当だ。そう考えると、この世界は昔迅と一緒に話題に出したことがある「パラレルワールド」とかいうやつなのかもしれない。
自分がなぜここにいるのか分からないということを除けば、あり得ない話ではない。迅のサイドエフェクトは確かに未来視ではあるが、正確には視界を通じていくつかの未来が並行して見える、というものだ。ある意味無数のパラレルワールドが視界越しに見えると考えることもできる。迅も、「
……そんな話信じるのか? って言われるかもしれないが、あえて言おう。
俺達はもう既に超常の中で生きている。普通の人間に未知のエネルギーやら異世界人やら話したって真に受ける人間は少ないだろう。もし仮にトリオン器官について説明しようにも、「人は皆、心臓の近くに見えない器官を持っています」と言うしかない。そんなことを言ったところで一笑に付されるのがオチだ。当然だろう。見えないということは証明できないのと同義なのだから。
俺が言いたいのはそれの逆だ。トリオンだって見方を変えれば非科学的なエネルギーなわけだし、異世界人──ひいては
なんなら迅の持つ未来視だって、普通の人間からすればオカルト的な話だろう。傍から見れば完全にエスパー、超能力者だ。そして俺はそんな超能力者と非常に長い付き合いとなっている。非日常も常日頃から経験していれば、それは日常といって差し支えない。だからこそパラレルワールドなんてSFチックな話も信用できる、それだけの話だ。
(自覚がないだけで、俺の中の常識は麻痺しているのかもしれないな)
すると、不意に迅の足が止まる。それに倣って足を止めると、俺達はいつの間にか非常に見覚えのあるドアの前に立っていた。何度も見た、本部長室のドア。迅がノックを二度すると、聞き慣れた声が入室を許可してくる。迅は「ここで待っててくれ」というと、先に中へと入っていく。程なくして「入っていいよ」と呼びかけられたことで、俺は中へと入る。
ドアを開けて中へ入った瞬間、俺の視界に入ったのは、執務机の向こうに立つ、忍田さんの姿だった。
「な──」
俺の姿を一目見た忍田さんは──硬直してしまった。ただ、何も言わず俺を見ている。目を逸らさず、息を止めたように。この部屋一帯だけ時間が止まったかのごとく、静まりかえってしまった。
「……迅。これは、どういうことだ」
忍田さんの声は、絞り出すようなものだった。しかも、最初に呼ばれたのは俺の名前ではない。それでも、視線だけはずっと俺に向けられている。それでもそこにあったのは警戒ではなく──抑え込まれた動揺と困惑だと、今の俺にはハッキリと理解できた。
「見ての通りだよ。月城遼河。……忍田さんの一番弟子だ」
短い沈黙。忍田さんの視線が、わずかに揺れた。俺はゆっくりと姿勢を正し、声を出す。
「……この世界じゃ、久しぶり──みたいですね。忍田さん」
その言葉を聞いた瞬間。忍田さんの目が、はっきりと見開かれた。そうかと思えば、忍田さんは唐突にふっと力が抜けたように息を吐いた。
「……幻覚ではないようだな」
その言葉は、ほとんど独り言のように聞こえた。眉間に手を当てた後、わずかに視線を落とす。そう語る今の忍田さんの顔つきは、俺が帰還してから出会った「本部長としての忍田さん」ではない。もっとずっと昔の──どっちかというと俺が良く知ってる方の、「やんちゃ小僧してた頃の忍田さん」の顔だった。
「改めて聞くが、迅。──間違いないんだな?」
「うん。間違いなく遼河さんだよ」
その短い問いに、迅は躊躇いなく、即座に答えた。
しばらくして忍田さんは俺という存在を認めたのか、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。その動きは落ち着いていたが、視線だけは俺から離れる気配がない。まもなく、忍田さんが声を発する。だがそれは俺という存在への警戒というより、俺が本当に「月城遼河」本人なのかを確かめるような響きだった。
「……確認させてくれ」
「はい」
「5年前。お前は
「そうです。そうして旅して、帰ってきました。少なくとも、俺の知ってる記憶では」
一拍置いて、俺は俺の知る事実を端的に伝える。
それを聞いた忍田さんの表情が、わずかに崩れた。忍田さんは目を閉じると、息を吐く。
「……そうか」
低く、静かな声。忍田さんは一瞬何かを言いよどむような顔をした後、静かに語りだす。
「遼河」
その名を呼ばれた瞬間。胸の奥が、ぎゅっと締めつけられたような気がした。忍田さんがここまで深刻な声色で話す姿を、俺は見たことがなかったからだ。
「お前は──すでに、死んでいるはずの人間だ」
その口調は、明らかな断定だった。つまり、この世界の俺は確かに「死んだ」のだ。
嵐山隊や迅の反応からして俺はこっちの世界に帰ってきていないとは理解していたが、どうやらこの世界の俺はどこかのタイミングで死んでいたらしい。しかしそれを聞いてもなお、俺はどこか冷静だった。旅の中で死にそうな目に遭ったことは、1度や2度ではない。その全てを潜り抜けてこれたのは、ひとえに運が良かったからに過ぎないのだ。正直どこかで死んでいたとしては不思議だとは思わないし、むしろそっちの方が現実味がある。
それに、今の忍田さんの一言で確証を得ることができた。
──この世界は、俺の知っている世界ではない。
忍田さんはそんな俺をよそに、静かに言葉を続ける。
「……我々にもいつかは分からないが──お前は、死んだと聞いている」
「それは、俺が死んだって誰かから聞いたってことですよね?」
「……ああ」
そこで言葉を切る。先の言葉を語ろうとする忍田さんの表情に、ほんの一瞬だけ迷いが見えた。それでも忍田さんは、俺にある1つの事実を伝えてくる。
「『月城遼河は死んだ』と、ハッキリ言い切った人間がいる」
「──それは」
俺のことを死んだと言い切れる人間。俺はその人物に会ったことがないはずなのに、それが誰のことか、何となく確信できていた。
そこで、迅が話に割り込む。
「そのことについてなんだけど、こっちから順を追って話した方がよさそうだ」
「そうしてくれ。俺も、なんで俺が死んだことになってるのか知りたい。忍田さん、いいですか?」
「ああ。分かった」
そうして忍田さんは、「この世界の俺」が死んだと断定した理由を、順を追って語り始めた。
恐らく先の展開が読めている方は多いと思いますが、今しばらくお待ちください。