世界を変えるのに、3分もいらない ―元トレーナー、現ウマ娘として走ってます―   作:うちっち

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「自分と会話してみたら、名前は教えてくれたけど出身地はNGと言われました」

 私の居場所を探るようグラスたちに命じられてから、既に1週間が経った。しかし、調査は全く進展を見せていない。私はいったいどこに行ったのか。いくら考えてもいい答えは出てこない。難問だった。

 

「理事長、私っていったいどこにいるんでしょう……?」

 

「……」

 

「理事長、理事長」

 

「不要ッ! 聞こえているッ! ……まったく……」

 

 いや、変な質問なのはわかってるけど。どこに行ったことにするかを聞いてるんです。

 

 

 

 理事長は、呆れたように溜息をついて、こちらをじろりと睨む。

 

「どこでもいいが……言ったら、君の担当のウマ娘たちは、きっとそこに行くだろう?」

 

「そんな感じです。すごく怒ってるみたいなので」

 

 そして、行ったとしても当然私はそこにいないから、みんながよけい怒ることは容易に想像ができた。怒って戻ってくる→次の場所を教える→もっと怒って戻ってくる→次の場所を教える。永久機関かな?

 

 

 

 すると、たづなさんが、何か頭痛を我慢してるみたいな表情で、口を開いた。

 

「えーっと、やっぱり本当のことを伝えた方がいいんじゃありませんか? あの子たちが可哀想です」

 

「すみませんたづなさん……もうちょっとだけ、せめて防刃チョッキ買うまで待ってもらえます……?」

 

「どういうことですか!? わかりませんよ!?」

 

 

 

 

 

「あと、練習場も行っていいですよね?」

 

「かまわない。レースに出たそうだったが、登録しておくか? ウマ娘としての名前は何という?」

 

「……名前?」

 

「ウマ娘なら、自然と名前は分かる。自分に聞いてみたまえ。ウマソウルが教えてくれるはずだ」

 

 じ、自分に聞く……? えーっと。応答せよ応答せよ私。私の名前は何ですか? というか、私って自分の居場所もわからないし名前も知らないんだ。やばいでしょ。いったい何なら知ってるの。

 

 

 

 とりあえず、胸に手を当て、じーっと待ってみた。すると、確かに温かい何かがじわりと伝わってきた感じがする。……おお。すごい、こんな感じなんだ。

 

「……『ホーリックス』……だそうです。たぶん。めっちゃ発音いいですけど」

 

「発音? 記録に残っているウマ娘にそのような名前はないが……出身は?」

 

 あなたのご出身は? と。帰ってきた答えは「NG」。たぶん。なんだか「エヌズィー」みたいな発音だったので、「NZ」? どっちだろう?

 

 とりあえず私は理事長を振り返り、両手で×を作った。

 

「言えないって言われちゃいました。出身地NGです」

 

「言われた、ですか?」

 

「ウマソウルと会話ができるのか?」

 

 普通はできないみたい。いや、私も伝わってくるのはほぼイメージだけだ。熱烈に伝わってくるのは、たった1つの欲求だった。……「走りたい」。いや、もう1つ、何かある……?

 

 

 

 そのとき、私の足がトコトコと勝手に歩き、理事長室の端っこに置いてあった姿見の前までやってきた。ウマソウルが何か伝えたいのだろうか?

 

 せっかくなので、鏡の前でくるりと1度回ってみる。全体的に色が薄い。ピンクがかった銀色の髪に、同じ色の瞳。少し癖っ毛のロングヘアーは、腰のあたりまで伸びている。見た目の年齢は15歳くらい。ほっそりとした華奢な体型。時折、ふわふわぱたぱたとしっぽが揺れる。いや鏡見たかっただけかい。

 

 

「会話ができるなら、どうして君がウマ娘の姿になっているのか、理由を聞いてみたらどうだ? ウマ娘の君は、何をしに、ここに来た?」

 

 確かに。聞いてみた。すると、返ってきた答えは短かった。これ、答えになってるかな? いや、でも、いったい誰に……?

 

 私は、理事長を、もう1度振り返り、聞こえてきた言葉をそのまま伝えた。

 

 

 

 

 

「……『勝ちたい』だそうです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、私は久しぶりに練習場に入った。

 

 早朝の光に照らされたトラックは、朝露に濡れてうっすらと光っていて、まだ誰の足跡もついていない砂のコースが静かに広がっていた。澄んだ空気が肌に気持ちよく、遠くでは数羽のカラスが低く鳴いている。

 

 私は、その場で手を広げ、くるくる回った。スパイクのついた蹄鉄が、砂を軽く蹴ってシャッと音を立てる。風がふわっとスカートの裾を持ち上げ、白いしっぽがくるりと回った自分の動きに遅れて揺れた。

 

 周囲のウマ娘たちがこちらをちらちら見ている。ストレッチしていた子が、口元に手を当てて笑いをこらえているのが見えた。……ごめんなさい、ちょっとはしゃぎ過ぎました。

 

 コースの端に、さっそく3人を見つけたので走り寄る。朝陽の逆光に3人のシルエットが浮かび、風にたなびく髪がきらきらと光っている。

 

 そして――思った以上にすごいスピードが出た。

 

 足が勝手に地面を蹴る。砂を巻き上げて、一気に距離を詰める。体が前に前にと引っ張られる感覚に身を任せると、まるで空気を切り裂いて飛んでいるみたいだった。

 

 私は、砂煙を上げながら、3人の前まであっという間にたどり着くと、キキーッとブレーキを掛けた。急停止した勢いで、砂が跳ねて足元に小さな煙のように舞い上がる。

 

 うん、走ると、楽しい。まるで全身が「走りたい!」って大声で叫んでるみたいだった。

 

「皆さん、おはようございます!」

 

「……おはようございます」

 

「おっすー……」

 

「……朝からうるさいわね」

 

 いや、3人ともテンション低っ。どしたの。

 

 

 

 

 その後、グラスと併走させてもらった。

 

 先行は私。朝の光が射しこむコースの中、二人分の足音だけが響く。風を切る音が耳元で鳴り、視界の端がどんどん流れていく。

 

 直線で一瞬ぶっちぎったものの、本気を出したグラスにすぐに追いつかれ、並ぶ間もなく一瞬で抜き去られる。彼女の姿はあっという間に小さくなっていき、風の中に消えた。

 

 しかし、戻ってきたグラスは、少し驚いたような表情を浮かべていた。

 

「あれだけ走れて、これからデビューなんですか? ……対戦相手が気の毒ですね」

 

「でも一瞬だったわね」

 

「途中からつんのめって走ってたしね」

 

 確かに。走ってみて分かった。私のウマソウル(?)が走りたがってるのが原因か、私の思ってるのと違うタイミングでどんどん足が出る。まるで、2人3脚で無理やり全力疾走してるみたいだった。

 

 たまたま最初の直線は息が合ったからよかったけれど、レースとなると、走っている間、ずっと呼吸を合わせなければならない。

 

 ……こんな状態で、勝てるだろうか?

 勝ちたいっていうからには、1度勝ったらいいと思う。

 それでたぶん、勝ったら元に戻れるはず。……だといいな……。

 ごめんね、待っててみんな。

 

 

 

 担当トレーナーがいないにもかかわらず。3人は真面目に練習してくれていた。

 

 スイープはフォームを何度も確認しながらダッシュを繰り返していたし、グラスはストップウォッチを見ながらペース管理に集中していた。ネイチャは後方から全体を観察し、細かく走路の確認をしていた。さすが、独り立ちしたいって言ってただけある。

 

 私は、同じウマ娘仲間として、3人に横から正々堂々アドバイスを送った。うんうん、この感じ、久しぶり。

 

「コーナーでのしっぽの使い方はこの方が安定します。こう、くるくる回す感じというか」

 

「ほんとだ……でもなんで回そうと思ったの? 左右に振ってバランス取ったりはするけど、普通しないでしょ」

 

「ふふ、これはキタちゃんと一緒に川からトラック引き上げた時に思いついた*1んですよ!」

 

「……ん?」

 

「あれ……?」

 

「なんか……いやいやまさか」

 

 

 

 

 

 

 

「それで、トレーナーさんの行方は理事長からは得られなかった、と……」

 

 グラスの落ち着いた声が、トレーナー室に張り詰めた空気をやわらかく振動させる。

 

 私はその言葉を聞きながら、目の前の丸テーブルに視線を落とした。

 テーブルの上には、温かい湯気を立てるマグカップと、書きかけのメモ、そして……答えのないままの沈黙。

 

 行方が得られなかったというか、設定が私と理事長の中で固まらなかったともいう。トレーナー室のテーブルを囲んで、私はグラスに現状を報告した。というか、行方は10分くらいしか考えてない。だって、どこにせよ、言ったら行っちゃいそうだもん。

 

「すみません……」

 

「あなたのせいじゃありません。引き続き、聞いてみてください」

 

 

 

 そして、グラスは制服の内ポケットに手を差し込み、ごそごそと何かを探り始める。もはや慣れて何も感じない私。

 

「私も、トレーナーさんがいなくなる前日の様子を調べてみました。何人か、トレーナーさんと接触していたみたいですね。いつものことですが」

 

「まず、ナカヤマさんが賭けをするよう絡んだらしいです。『辛気臭え顔してたから声かけたんだ』とのこと。次に、フクキタルさん。こちらも声をかけた理由は同じです。トレーナーさんがあまりに暗い顔をしていたからと」

 

 さらにグラスは一拍置いてから、次の名前を口にした。

 

「ただ1人、違う理由で声をかけた方がいます。リッキーさん。トレーナーさんに妙な何かを見た……ということですが……」

 

 室内の空気がわずかに揺れる。スイープが眉をひそめ、テーブルに片肘をついた。

 

「妙な何かってなに?」

 

「龍脈がどうのと、すみません、ちょっと理解できませんでした。要は、風水的に乱れた状態であったようです」

 

 

 

 その時、おずおずとネイチャが手を上げた。

 

「アタシも情報入手しました。トレーナーさんがとあるウマ娘の前で……そのぉ……突然泣き出したらしくって。そのあと、その子に校舎の陰に引っ張り込まれたとか」

 

「……あら~? 私が聞いた時はそんな話をしている子はいませんでしたね~。どうしてでしょうか?」

 

 いや、そうなるからだと思うよ。私は笑ったまま目つきを鋭くするという器用な真似をしたグラスを見つつ、心の中で呟いた。ていうかなんでそんなに怒ってるの。

 

「ちなみに誰?」

 

 スイープが尋ねる。こちらは意外に冷静だった。

 

「ここに呼んであります」

 

 

 

 

 ひょこっとトレーナー室の入口から顔を出したのは、アグネスデジタルだった。

 前髪の隙間からのぞく不安そうな瞳が部屋の中をそっと見渡す。空気の重さを感じたのか、彼女は肩をすぼめながらおそるおそる一歩足を踏み入れた。

 そのまま、左右をきょろきょろと見回し、なるべく音を立てないようにそーっと椅子に腰を下ろす。椅子の脚が床をかすめる小さな音すら、場の静けさの中でやけに大きく響いた。

 

「あの……あたしが何かしちゃいましたか……?」

 

「アグネスデジタルさん。トレーナーさんと最後に会った時のことを教えてください。何か言っていませんでしたか?」

 

 すると、デジタルは下を向いて押し黙った。両手を膝の上で揃え、ぎゅっと握りしめる。

 

「……ごめんなさい、黙秘します」

 

 グラスは意外にも、それを聞いても怒る様子は見せなかった。ただ、コツコツと指でテーブルを叩き始めたので、怒ってるのは怒ってる気がする。ていうかごめんデジたん。なんか思いっきり尋問みたいになっちゃってる……。後でデジたんの好きそうなグッズをお詫びとして持っていこう……。

 

 

 

「ちなみに、理由を聞いても?」

 

「あたしはウマ娘ちゃんを傷つけないのが信条だからです」

 

「つまり、傷つくようなことを言っていたわけですか」

 

「じれったいわね! 早く言いなさいよ! 中途半端な方が気になるっての!」

 

 ガン!ガン! とテーブルの脚を蹴りながら、スイープが叫んだ。というか、私の担当ウマ娘の武闘派率、なんか高くない? 大人しいのネイチャだけじゃない。他の2人もネイチャの冷静さを見習うべきだと思う。いや! それより早く止めないと!

 

 私は思わず立ち上がりかけて、声を張る。

 

「あの、お2人ともそのへんで……!」

 

「ひいっ! そ、その」

 

「……その?」

 

「トレーナーさんは自分の存在意義に疑問を持たれていたようで……その……」

 

「オブラートに包まずにそのまま言ってください。トレーナーさんは、なんて言っていましたか?」

 

 

 

 デジタルはしばらくの間、唇を噛み、目を伏せていた。

 だが――ついに観念したように顔を上げる。

 その瞳には、覚悟の色があった。

 

「わかりました。お伝えします。『私はもういなくてもいいのかも』って言ってました」

 

 すると、一瞬だけ、沈黙があった。

 

「……は?」

 

「……はあっ!!!???」

 

「……バッッッッッカじゃないのアイツ!?」

 

 同時に立ち上がり、ブチ切れる3人。ていうか、私の耳がおかしくなければ、今一番声が大きかったのネイチャな気がする。ネ、ネイチャ? ネイチャさん?

 

 

 

 

 3人の肩が上下し、呼吸が荒い。しばらくはーはーと息を吐きながら、怒りに任せた歩幅で部屋を行ったり来たりしている。

 

 そして――グラスがドン!と両手をテーブルに叩きつけた。

 ぴしり、と木材が揺れる。

 

「こうなったら一刻も早く迎えに行きましょう。いけません、ちょっと私、平静さを取り戻せないかもしれません」

 

「どこに?」

 

「どうせトレーナーさんはウマ娘のいるとこにしか行かないと思う」

 

「……だからそれはどこよ?」

 

「さあ……」

 

「バカだバカだと思ってたけど、ここまでバカだったなんて……」

 

「これ、トレーナーさん1人にしてたら絶対戻ってきませんよ。本格的に探さないと!」

 

 ……やばい。なんか私が家出したみたいになってる……。違うよ? ちょっと事故で戻れないだけなの。別に担当やめたりとかみんなから言い出されない限りしないから。

 

 でも待って、これ私が元に戻ったとして、みんなはどうするんだろう……? 家出から帰ってきた人ってだいたい怒られてるような……。

 

 

 

 わーわーと大騒ぎしている3人に、私はそーっと手を上げ、恐る恐る問いかけた。

 

「すみません、あの、ちなみにですよ……? もし、トレーナーさんが『帰ってきちゃった!』って言ってひょっこり戻ってきたら、どうするんですか? みなさん、笑って許してくれますか?」

 

 その瞬間。

 3人が同時にくるりとこちらを振り返った。見事に全員が無表情だった。なんというか、殺気を感じた。

 

「「「許す……?」」」

 

「いえごめんなさいなんでもありません」

*1
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