世界を変えるのに、3分もいらない ―元トレーナー、現ウマ娘として走ってます―   作:うちっち

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「新人ウマ娘ですが、現場の空気が最悪です」

 次の日、トレーニングが終わった午後。

 私が先に戻っていたトレーナー室のドアが、音もなく開いて、グラス、スイープ、ネイチャの3人のウマ娘が入ってくる。

 

 そして笑顔のグラスが、何の前触れもなく、後ろ手でカチャリと内鍵を閉めた。

 

「……あの、なんでカギ閉めたんですか?」

 

「ちょっとあなたに聞きたいことがありまして~」

 

 

 

 

 すぐに3人は私を中央の椅子に座らせ、まるで面接か何かのように向かいに並ぶ。

 

「あなたがトレーナーさんの幼馴染ということは本当ですか? 疑うわけではないのですが……初めて聞いたので、私もちょっと信じがたいところがありまして」

 

 グラスは頬に手を当て、ほう……と穏やかに息を吐いた。だが、瞳の奥では焔のような何かが揺れていた。怖い。

 

「何か、証明できるものは? 一緒に撮った写真とか」

 

 当然ながら、そんなものは存在しない。私は顔色ひとつ変えずに嘘をついた。

 

「入学するにあたって、過去の写真は全部焼きました。走るのに集中したかったので。だから、写真はありません」

 

「覚悟すごっ……」

 

 ネイチャのつぶやきが小さくこだました。

 

「……あら、では証明できるものは何もないんですか?」

 

 困ったような微笑み。グラスの目が細くなる。

 まずい、明らかに疑われている。私の脳裏に、「何が幼馴染か!」とグラスに薙刀で斬り捨てられる自分の姿が浮かんだ。

 

 ここはなんとか疑いを晴らさないと。……大丈夫! 私だってグラスのトレーナー。この程度のピンチを切り抜けられなくて、何が不退転か!

 

「トレーナーさんのこと、何でも聞いてくれていいですよ!」

 

「……何でも?」

 

 ぴくり、と三人の表情が揺れた。

 

「トレーナーさんのこと、詳しいの?」

 

「ええまあ、知らないことないと思いますよ」

 

 3人が視線を交わし合い、小声で相談タイムが始まる。そして、結果が出たらしい。3人が揃ってこちらを向いた。

 

「では……トレーナーさんが好きなものを教えてください。ウマ娘以外で」

 

 まずはグラス。穏やかながらも、有無を言わせぬ雰囲気だった。

 ……ウマ娘以外で、私が好きなもの。なんだろう。

 

「えっと……甘いもの、ですね。たまに夜中にシュークリーム食べて後悔してます。あと、鳥が好きかな。この前、動物園でフラミンゴを2時間見てました」

 

 あれは非常に有意義な時間だった。

 あそこで思いついたトレーニングは、今でも三人のスタミナを支えている。

 

 

 

 グラスは黙った。

 次に、スイープが一歩前に出て、まるで威圧するような目つきで尋ねてきた。

 

「使い魔が好きなアニメはなに?」

 

「プリファイです。最初は全然見たことなかったんですけど、スイープさんの話をもっとちゃんと理解したくて、過去作を一緒に観てるうちに、どハマりしちゃったみたいですね」

 

 彼女もまた、黙った。

 

 

 

 最後にネイチャが前に出た。こちらも、目つきは真剣そのもの。

 

「トレーナーさんの……最近の悩み、って何か知ってる?」

 

「……わからないです」

 

 黙秘しよう。最近の悩み? 靴下の片方だけなぜかよく無くなることかな。

 

 ところが、そんな私を、グラスがじーっと見つめていた。そして、ニコッと微笑む。

 

 ……やばい。これは、嘘を付いたら確実にバレる。かと言って、「担当の子たちとの関係性と自分の存在意義に悩んでた」なんて言えない! ここは、それ以外の話にしよう!

 

「涙もろくなったことでしょうか……?」

 

「えっ……そう、なの?」

 

「ええ。最近、よく涙が出るらしくて」

 

 せめて何か走りの改善点がないかと思ってみんなの過去の映像を見ているのだけれど、何度も見ているはずなのに、感動で涙が止まらないのだ。デビュー戦とか、初めてGⅠを勝った時とか、その後、最初に私と2人でインタビューを受けた時とか。何度でも何時間でも見てられる。

 

「アタシ、それ、知らない」

 

 ネイチャの声がかすれた。

 

「まあ、自分の部屋でですから……あの人は何でも大げさなんです」

 

「でも、アンタは見てるんだ」

 

 そしてそのまま、三人は再び顔を寄せて密談を始めた。

 その間、私はトレーナー室の端で縮こまり、ただ静かに空気が変わるのを待っていた。しかし。

 

 ――どよん。

 

 なんだか空気が……すごく、重い。

 

 えー……新入りウマ娘ですが、現場の空気が最悪です。

 

「……あのっ!」

 

 このままでは駄目だと思った私は、意を決して声を上げた。

 

「気分転換に、お出かけしませんか? トレーナーさんが、担当の方たちと一緒に行きたいって言ってたお店があって……ひょっとしたら、そこにいるかもしれません!」

 

 次の瞬間、トレーナー室の出口に立ったグラスが扉を開き、こちらを笑顔で振り向いた。

 

「では、行きましょうか~」

 

 ……速い……。

 

 

 

 

 

 目的のお店は、学園の南門から少し歩いたところにある、木造の落ち着いた雰囲気のカフェ。

 重い木の扉を開くと、ドアにつけられた鈴が、控えめな音で来客を知らせた。店内には、数人のお客がいるだけで、やってきた店員が私たちを窓際のテーブルに案内してくれた。

 

 ……当然、トレーナー(私)の姿はない。いたら怖い。

 

 

 

「トレーナーさんがここに来たがってたって、本当なんですね」

 

 グラスが、カップの縁を指でなぞりながら言った。

 

「ええ。抹茶ラテが気になるって言ってて……。あと、この店のメニュー表、季節で変わるって言ってました」

 

 正確には、抹茶ラテが和風としてアリかナシかをグラスが悩んでいたので、ちょうどいいかなって。だが、今考えると、ちょっと意味が分からないな……。たぶん美味しい抹茶ラテを飲んだらどっちでもよくなる、みたいなことを思ってた気がする。

 

「確かにトレーナーさんが好きそうなメニュー多いねえ……何頼んだのかな?」

 

 ネイチャがメニューを懸命に眺めている。……前は何を頼んだっけ?

 

「確か、前に来たときはラムレーズンのスコーンを食べてましたよ」

 

 私が言うと、スイープがぴくりと反応した。

 

「……前に来た?」

 

「あっ、いえ、その……」

 

 しまった。言い方を間違えた。……が、すでに遅かった。

 

「トレーナーさんと、ここに来たんですか?」

 

 グラスが笑顔で聞く。でも目は笑っていない。そして、ネイチャもなんだか怖い笑顔で参戦してくる。

 

「トレーナーさん、この店気になってたんだ。でもあの人、アタシたちと一緒に行こうなんて一言も……ねえ?」

「ですね~。私も誘われたこと、ないですね~」

 

 グラスが抹茶ラテをかき混ぜながら微笑んだ。明らかに混ぜすぎで泡立っている。和とは。

 

「どれくらい前の話? ふたりきり?」

 

 1人意外に冷静なスイープが、畳みかけるように聞いてくる*1

 ええと、どう答えるのが正解?

 

「え、えー……その、私の入学前に……下見というか……」

「下見ぃ~~~~?」

「ふーん。そっかぁ、下見で来たんだぁ~……へえ~……入学前にねえ。アタシは入学前にどこかに連れて行ってもらったことはなかったけどねえ……」

 

 ネイチャのストローがぐるぐると回る。ぐるぐる。すっごい回ってる。あとネイチャ、当たり前。だって私たちが知り合ったのって入学後だから。

 

 グラスあたりがフォローしてくれないかな、と思ってちらりと見たら、グラスも複雑な顔をしていた。理屈は分かるがやっぱりちょっと気に食わない、みたいな顔してる……! むー、と頬をちょっと膨らせてる……! 可愛いけど!

 

 

 

 そして、テーブルの空気は冷え込み、急に冬になった。

 

「しかも帰ってこないしさ……」

「どこに行かれたかも分かりませんし……」

「電話もできないってどういうことよ……」

 

 どよん、という重い空気がテーブルを包む。

 

 えー、新入りウマ娘ですけど、カフェの空気が最悪です。

 いや、これは明らかに私のせいだ。ここは何とかしないと!

 

「あの!」

 

 私が声を上げると、3人は力なくこちらを見た。

 

「トレーナーさんは、グラスさんの天皇賞(春)のお疲れ様会をここでしたいって思ってて! いいお店かどうか確認したかったから、私を誘ったんです。少しでも楽しい会にしたいって思って、それだけなんです」

 

 

 しかしその瞬間、グラスが顔を上げ、じっと私を見つめた。……な、なに?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

* * * * * * * * * * * *

 

 

 

 

 カフェから戻ってきた後。

 銀髪の可愛らしい新入りウマ娘は、知り合いに返す物があると言って、トレーナー室を飛び出して行った。後輩のスイープとネイチャも、トレーナー室を出ていく。

 

 それを、見送り、グラスワンダーは考える。

 

 ……気になることがある。違和感と言ってもいい。それは、何か。

 

 トレーナーと仲がいいという、突然現れたウマ娘。確かに、話を聞いていたら、何でも知っていると言うだけあって、彼女は普通は知らないことまでよく知っていた。仲がいい、というのも嘘ではないのだろう。

 

 

 ……違和感。

 入学祝いだったり、天皇賞(春)のお祝い会の下見だったり。新入りウマ娘は、最近までトレーナーと会っていた。

 

 そんな仲のいい相手が、姿を消している、この現状に対して……彼女は、何も反応を示さない。「そのうち帰ってきますよ!」とたまに励ますように言ったりはするが、それだけだ。悲しんだり、驚いたり、探したり。そんなそぶりはまるでない。

 

 ……出張だという理事長の嘘を信じている? そんなはずはない。出張の命令が出ていない、という話をしていた時に、彼女もトレーナー室にいたはずだ。

 

「つまり、彼女にとっては、トレーナーさんがいなくなったことは、意外ではなかったし、探す必要もなかった……?」

 

 と、いうことは……。

 

 

 

 

 

 

「あの子は……トレーナーさんがどこに行ったか、知っている……?」

 

*1
スキル「自制心」持ち

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