ちょっとした息抜きでコツコツ書いていた短編を投稿させていただきます。
尚、頭に続きはありますけどメインのほうが重要なのでいつ続きを投稿するかは未定でございます
それでは……開演です。
「クックック……非常に残念です、先生。」
暗いどこかの事務所の中。
一人の男性ともう一人の……いや、一体の異形が相対していた。
「仕方ありません。私の方は小鳥遊ホシノからは手を引きましょう」
異形は男性に何かの場所とその座標、そしてその場所に関する軽い説明を与えた。
「クックック、無事に助け出せることを祈りますよ。……あぁ、それともう一つ」
突然、異形はどこからか一枚の名刺らしきものを取り出した。
「先生、実は我々ゲマトリアのメンバーの中にも貴方とよく似た考えを持っている者がおりまして……。私としては彼の考えは理解に苦しみますが、それなりの成果をあげている有能な探求者です。」
「彼の行動は中々読みづらいですが……そう遠くないうちに接触を図りに来るでしょう。」
そう言いつつ、異形はその手の名刺を男へと差し出した。
「……まぁ彼の見解も的外れではなかったですが、あのような存在に対しては中々納得するのも癪なものですよ。」
「"……心には留めておくよ。"」
男はそれだけを返し、部屋を後にし始めた。
「先生……私たちゲマトリアは、貴方のことをずっと見ていますよ」
一方その頃……
「ふふふ、今日はとても運が良い日ですね。」
ミレニアムのとある店舗にて、一人の不審者が不気味な笑みを浮かべていた。
まるで星空のようにも見える模様が描かれた黒と暗い青で構成されたタキシード。
黒いシルクハットに、マスカレードマスクやヴェネツィアマスクと呼ばれる目元を覆う仮面。
黒い手袋を嵌めている彼の手には、そこそこのサイズの箱が入った紙の手提げ袋。
そして、その店舗の一角では絶望に打ちひしがれた生徒たちが前衛芸術のような姿勢でそこら中に転げ回っていた。
「新作のCDに加えて、まさか突発的にこの店舗にSwatch2が再入荷されるとは……。抽選は散々でしたが、これも巡り合わせでしょうか」
よく見ればほかにも不審者と同じ紙袋を手に持つ生徒がチラホラと存在しており、彼女たちに向けて敗北者たる絶望した少女たちが怨念のようなものを向けている様が確認できた。
「ふふ、今日は「新世界より」の気分でしょうか?早速帰宅したらレコードを……」
「ねぇ、そこの人!」
「…?」
不審者が意気揚々と帰ろうとしたその時、何者かがその不審者を呼び止めた。
不審者が振り返ると、そこには一人の生徒……
猫耳を模したピンク色のカチューシャを付けた少女が彼へと駆け寄ってきていた。
「それ、Swatch2でしょ!!ま、まだ残ってる!?」
タキシードの裾を掴み、必死に捲し立てる少女。
だが、彼の言葉は無慈悲なものであった。
「いえ、残念ながらこの子が最後の一個でした。恐らく次の入荷は相当に先かと……」
「そ、そんなぁ……」
ガックリと項垂れ、周りに転がる前衛芸術達の仲間となった少女を見た不審者は思案する。
もしかしたら、彼女であれば己の研究にふさわしい人材と成り得るのではなかろうかと。
そう思案していると、ふと出入り口付近がさわがしいことに気がついた。
「む……?あれは……」
彼が視線を向けた先。
そこには、先ほど見かけたSwatch2の購入者達と無数のヘルメットを被った少女たち……不良集団「ヘルメット団」の姿があった。
見たところ、購入者たちは出入り口で待機していたヘルメット団達に襲われ、Swatch2を全て奪われてしまったようだ。
「か、返して!それは私の……」
「はっ、やだね。返してほしいなら金を払いな!」
「ボロい商売だよなぁ。こんなのを欲しがる連中に高値で売りつけりゃ一気に私らも大金持ちなんだしな。」
「ほんと楽に稼げるんだからゲーム機様々だよなw」
「ちげぇねぇw」
どうやら、ヘルメット団の目的は転売……
それも、こういった店舗で購入した人々から奪った盗品を高値で売りつけるかなり質の悪い連中らしい。
「……ん?おい、そこの怪しいの!」
彼がその光景に目を向けていると、ヘルメット団の一人が彼に気づいて銃を突きつけながら駆け寄ってきた。
「おいおい、アンタもいいもん持ってるじゃねぇか。なぁ、ソレ私たちにくれよ。」
「そうそう、貧しい私らにちょっと恵んでくれよ〜。」
「アンタも痛い思いはしたくないだろ?何、私たちにそれを渡してもバチは当たらないんだからさぁ。」
追加で二人のヘルメット団も銃を突きつけながらにじり寄っており、彼女たちは不審者の手にあるSwatch2を寄越すように要求しだした。
「ふむ……それは少々困りましたね。因みにですが、断った場合は如何なされるおつもりなのでしょう?」
「つれないこと言うなよ〜。そんなの、答えは決まってんじゃん?」チャキッ
「「ま、そういうことだな」」チャキッカチャリッ
男の質問に対し、ヘルメット団達は当たり前のように銃口を男の額に押し付けた。
「おやおや、これは困りましたね……。うーむ困った……。」
しかし、そんな危機的状況にも関わらず男の様子はきわめて冷静……どころかどこか余裕そうだった。
「あっ、そうそう。自己紹介がまだでしたね」
「いや、いいってそういうのは……」
「まぁまぁそう言わずに。ワタクシ、こういうものでして……」
不審者はそういいながらヘルメット団員の一人に右手を差し出す。
……小さなスピーカーのようなものが付いた機械を手のひらに乗せて。
「……あ?なんだこ――」
「FAAAAAAAAA〜ッ♪」
そのスピーカーらしき物から指向性を伴った高周波の音……誰かの歌声と思われる高音が放たれ、それを至近距離で喰らった三人のヘルメット団は崩れ落ちるようにその場に倒れた。
倒れた拍子にヘルメットが叩きつけられて割れ、泡を吹きながら白目を剥いて気絶した団員の顔が露わになった。
「な、なんださっきの音……!?って、お前たちどうした!?」
少し遠くの方にいたらしい赤いヘルメットを着けたヘルメット団……恐らくリーダー格と思われる少女が慌てて駆け寄ってきた。
そして倒れている彼女たちの前に一人の怪しい格好をした不審者がいるのに気がつくと、すぐに他の団員に合図を送って臨戦態勢になった。
「テメェ……!こいつらに何をした!!」
「いえいえ、少々自己紹介をしただけですよ。私としてはここは穏便に帰りたいのですが……」
「ざけんじゃねぇっ!!お前、私らに逆らってただで済むと思うなよ!!」
激昂したリーダーは不審者をヘルメットの奥から睨めつけ、他の団員たちとともに手に持ったアサルトライフルをフルオートでぶっ放した。
が、しかし……
「おっと、危ないですよ?」
どこからともなく不審者は日傘を優雅な所作で取り出し、余裕のある言動をしながら前面にそれを展開した。
どういうわけか無数の銃弾を受けている筈の日傘には穴どころか傷すら一つもつかず、パラパラと地面に弾丸を転がすだけに終わらせていた。
「な、なにっ!?なんだよその傘!?」
「ただの日傘ですよ。さすがにこの姿で炎天下の中をそのまま歩くのは少々辛いものがありまして……」
「銃弾をそんな簡単に弾く日傘があってたまるかっ!!クソッ、野郎ふざけやがって……!!」
「おやおや、お口が悪いですよお嬢さん。ほら、まずは深呼吸をしましょう?大きく息を吸って……」
「えっと、スゥーーーっ…………って、深呼吸してる場合じゃねぇぇッ!!!!」
手に持ったライフルを地面に叩きつけ、リーダーは更にブチギレていた。
「なんなんだよテメェ!ふざけたことばっかしやがって!」
「ふむ、私としては至極真面目に対応しているのですが……。これは音楽性の違いでしょうか?」
「知るかそんなの!ってか、どっから音楽出てきた!」
「それは貴女、私が音楽家だからですよ。」
「あぁ、もう!調子が狂う!」
銃は撃っても弾かれ、挙句の果てには口で弄ばれてしまう始末。
「ところでお嬢さん、お仲間の方々がお疲れになられたようですが?」
「あっ?テメェ何を言って………」
リーダーは不審者のその言葉に戸惑うが、その次の瞬間……
――ゴンッ!
「グベッ!?」
バタリと音を立て、リーダーが倒れた。
ヘルメットは完全にかち割れており、うっすらとだが後頭部にたんこぶができていた。
「ふん、これは転売されたゲーム機達の分だよ!」
目の前のヘルメット団リーダーをその手に持つバールらしきもので殴り倒した張本人……
先ほど不審者に声をかけていた少女「才羽モモイ」がドヤッとした顔で胸を張っていた。
そんな彼女に、不審者は拍手を送る。
「見事なお手前でした。おかげで助かりましたよ。」
「ふふん、すごいでしょ!でも、貴方もすごかったよ!後ろにこっそり回り込んでも全く気づかないくらいヘルメット団の注意を引きつけてたもん!」
「ふふ、こういったことは私も得意としていますから。」
そんなやりとりの中、倒れたヘルメット団達は周辺にいた生徒たちの手によって捕縛されていた。
奪われたSwatch2達も購入者がお互いに確認し合いながら分配しており、無事に手元に戻っていったようだ。
「うぅ……今日買えなかったのはある意味運が良かったかもだけど……悔しいぃぃぃっ!!」
その場で地団駄を踏んで酷く悔しがるモモイに対し、不審者はまるで何かを思いついたかのように手を叩いた。
「そうですね、お礼と言ってはなんですが……条件付きではありますが、このSwatch2をお譲りいたしましょうか?」
「……えっ!?い、良いの!?」
「えぇ。少々、追加でお手伝いしていただきたいことはありますが……その報酬も兼ねてであればお譲りできますよ」
「やったぁ!やるやる、そのお手伝いやるよ!」
不審者のそんな提案に、モモイはおやつを差し出された猫のように食いついた。
「ふふふ、それでは少々場所を変えましょう。こちらについてきてください」
「うん!よーし、頑張るぞぉ!」
そうして、二人は忽然とその場から姿を消した。
直後にヴァルキューレが到着して現場検証のために事情聴取を取ろうとしたが……
内一人の生徒とその場に居合わせた不審な格好の男のみ、その足取りを追うことができなかった。
「さて、ここですよ」
「……あれ?いつの間にこんなところに…?って、もう着いたの!?」
モモイが気づいたその時、周囲の景色はいつの間にか一変していた。
先程までいたはずの見慣れたミレニアムの景色はそこにはなく、荘厳さや清潔感のある白を基調とした街並みの場所へと変わっている。
そんな中でもモモイが前にする建物は特に目立って大きく、どこか絢爛とした落ち着いた雰囲気のある場所だった。
「ここはトリニティにあるオペラハウスの一つです。今日は公演がないので事実上貸し切り状態だと思っていただいて結構ですよ」
「……えっ、トリニティ!?私、いつの間にそんなに長い距離を移動してたの!?」
モモイはそんな不審者の言葉に驚き、辺りを見渡した。
よくよく見てみると、遠くに生徒の一団が見えた。
白を基調とした、いかにもお嬢様だと思える気品のあるデザインの制服……
中には、背中に羽が生えている生徒も見受けられた。
彼の言う通り、ここはどうやらトリニティの一角らしい。
カツカツと靴を鳴らして建物内に入っていく不審者に対し、モモイも慌ててその後ろを追いかけるような形でオペラハウスへと入館した。
「さて、とりあえずはここでお待ち下さい。」
「えっ、ここって……!?」
そう言われてモモイが立たされた場所……
そこは、劇場でもっとも目立つ場所
主舞台のちょうどど真ん中辺りであった。
「ちょ、ちょちょちょ待って!?まさか、私ここで何か歌ったりしないといけないの!?私、こんなすごい場所で歌えるような曲なんて分からないよ!?」
「安心してください。今回のこれは私以外に見るものはおりませんよ」
そう言って彼は舞台裏の方へと入っていった。
一人になったモモイは辺りを見渡してみる。
観客のいない劇場は恐ろしいほどに静まりかえっており、ここからよく見える無数の観客席には本来沢山の人達が座っていると思うと少し気圧される感覚が頭に響く。
こんな場所に立つ機会なんて早々ないために新鮮な経験ではあるが、それ故にここに立つということが恐ろしく感じた。
「……お待たせいたしました」
モモイが舞台から見る劇場の雰囲気に圧倒されていると、何やら古ぼけた大きなトランクらしき物を持った不審者が現れた。
「ふふ、この子も久しく音を奏でていませんから少々張り切っているようですね」
「え、えっとぉ……そのカバンの中に何かあるの?」
「この中には、恐らくこの世でもっとも尊ぶべき曲を奏でる楽器が入っています。貴女にはこの楽器を演奏していただきたい」
「えぇぇっ!?わ、私が演奏するのぉっ!?無理無理無理無理、無理だってっ!!!!」
モモイは焦る。
学校の授業で楽器に触れたことはあるものの、あまりにも音痴すぎて教師ロボットどころか妹にまで演奏禁止令を出されている彼女にとって、それはあまりにもハードルが高すぎる話だった。
「ふふふ、何事も経験です。経験なしに成長は得られませんから」
それに、と不審者はトランクをどこからか取り出した台に置きながら続ける。
「……この楽器には音楽の技術は必要ありません。大事なのは過去と現在……そして、貴女の思い描く未来です。」
そう言って、彼はトランクの留め具を外して開いた。
開かれたそのトランクに入っていたものは……
「えっと、これは……笛…?」
中から出てきたのは一本の笛。
だが、そのデザインに目を引かれた。
種類は恐らくリコーダー……彼女が授業で演奏したことのあるものだ。
しかし、そのリコーダーの膨らみの部分にはネコの耳を模したかのような装飾が取り付けられ、所々にピンクのラインが入っていた。
どことなく既視感がある……というより、彼女はそのデザインをよく知っていた。
「……ほう、なかなか個性的な姿になりましたね」
「これ……もしかして、私!?」
モモイが感じた既視感……それは、まるで鏡に映った自分をそのまま楽器に変えたかのように自身の特徴とその笛のデザインがそっくりであったことだった。
「この子は演奏者に合わせた形態に変化し、貴女を進むべき道へと導いてくれる摩訶不思議な楽器です」
「……この子の演奏には技術はいりません。必要なのは……貴女が今まで経験してきた過去、貴女が今置かれている現在。そして……貴女が今後どう成長してどのような人生を送りたいかという、思い描く未来の姿です」
そういいながら、不審者は舞台袖から降りていこうとする。
「えっ!?ち、ちょっと待ってよ!?」
「ふふ、今から始まる演目には私は無粋です。あなたはただ……過去、現在、そして未来の貴女自身に向き合いながらその笛を吹くのです」
それだけを言い残し、不審者は舞台を降りていった。
取り残されたモモイは少しの間棒立ちしていたが、もうここまで来た以上どうにかするしかないと気合を入れる。
「あー、もう!!どうなっても知らないから!」
そうして、彼女の口が笛へと当たって演奏が始まった。
その演奏は、まるで一つの芸術作品であるかのようだった。
最初はどこか暗さがあり、まるで楽しさを感じない曲調。
しかし、それは序盤のほんの触りまで。
気づけば何か楽しいことを見つけたかのように、明るく溌剌とした曲調へと移っていた。
(な、なんで!?わ、私……演奏できてる!?)
とてもじゃないが、音楽で赤点通り越して禁止令を発令された人間の奏でる曲ではない。
モモイは驚愕しながらも、その曲の演奏に魅了されていった。
(笛が……この子が教えてくれてるの……?)
まるでそれは己の吹くこの笛が意志を持ち、モモイに自身の演奏の仕方を教えているかのようだった。
(もっと……もっと吹きたい!)
いつの間にか、モモイはこの演奏に夢中になっていた。
曲調はどんどん明るくテンポが上がっていった。
その時だった。
――〜〜♪
(……?誰かが……私と一緒に演奏してる?)
自身の吹く笛とは違う音の演奏が乱入してきた。
不思議に思ったが、吹く手は止まらない。
いや、むしろ止めたくない。
(この音……まるで、私の演奏と共鳴してるみたい……!)
モモイはどこかその音に既視感を覚えながらも、その演奏を続ける選択をした。
二つの音が重なり合い、更にこの演奏は神秘的な美しさを持つようになってきていた。
途中で躓くような音になろうとも、それをカバーするように隣の音が混ざることでうまく調和された演奏へと昇華されていた。
(……うん、分かるよ……。あなたもこう演奏したいんでしょ……ミドリ)
ふと、モモイは隣から流れてくるその演奏に自身の双子の妹の姿を見た。
明るく、幸せな世界観を映すかのような演奏が続いていき……終幕の時は訪れた。
最後の一音が吹かれ、モモイは笛から口を離した。
高揚とした気分の中、一つの拍手が劇場内へと響き渡る。
まるで先ほどまでのことが夢であったかのように、モモイは引き戻される感覚がした。
「すごい……すごい演奏だったよ!ミドリもそう……あれ?」
モモイは横を振り向き、先ほどまで一緒に演奏していただろう妹へと興奮した様子で語りかけようとした
しかし……振り向いた先には誰もいない。
ミドリはおろか、そこに誰かがいた痕跡もなかった。
「ミドリ……?」
モモイはそこにいたはずの妹の姿がないことに対し、大きく首を傾げながら辺りを見渡していた。
「……Majestic!素晴らしい演奏でした!」
――パチパチパチ
拍手の音を響かせながら、不審者が現れた。
その表情の全貌は画面によって見えないが……少なくとも、いたく感動していることは口元と言動から読み取れた。
「ねぇ、ミドリがいたような気がするんだけど……何処にもいないの!どこに行ったか知らない?」
モモイはやってきた不審者にしがみつき、自身の妹がどこに行ったかを尋ねる。
だが……
「ふむ、ミドリ様……ですか。残念ながらそのような方はここにはいませんでしたよ?」
「えっ……?」
彼のその言葉に、モモイは固まった。
確かに、そこにいたはずだ。
自分と一緒に演奏してくれたはずなのに……
「……もしかして、妹君がいらっしゃるのですか?」
「う、うん。あまり似てないけど、双子の妹がいるの」
「双子……なるほど、通りで途中から二重奏に……」
何かを考え込むかのように不審者はブツブツと独り言を呟いていた。
「……ねぇ、この笛って……?」
「ん?あぁ、そうでしたね」
モモイの問いかけに対し、不審者はトランクを差し出してその中にしまうように促した。
「……この笛はですね、いわゆる魔法の笛のようなものです」
「ま、魔法!?」
ゲームでしか聞いたことがないその単語に対し、モモイは面食らっていた。
ひとまず、彼女は彼の指示通りに笛をトランクに戻した。
「この子が紡ぐのはただの曲ではありません。貴女が今まで積み重ねてきた経験、貴女の今現在の姿、そして……貴女がこれから進みたいと思う未来の姿をこの子は映してくれます」
「う、うん……?ちょっと難しい話だね……?」
「おっと、これは失礼」
「……でも、なんとなく分かったよ。あれは……私を演奏していたんだね」
「ふふ、その表現に間違いはありませんね」
彼のその肯定により、モモイにも思うところがあった。
自身がどう生きていきたいか……誰と生きていきたいのか、それが明確に分かったのだ。
「ふむ……あの曲に名をつけるなら「冒険」でしょうかね?」
「冒険?」
「はい、時に躓こうとも明るく楽しく前へ進んでいこうとするその姿……まさに、言語で表現するとなれば「冒険」でしょう。お気に召されませんでしたか?」
「……ううん!それ、ぴったりだと思う!」
彼女がそう肯定した瞬間、閉じられていたトランクがガタガタと揺れ始めた。
「えっ!?な、なに!?」
「……どうやら、この子も気に入った見たいですね」
そういいながら彼は再びトランクを開ける。
すると一本の古ぼけた笛に加えて、先ほど演奏した笛と一枚の楽譜らしき紙束が現れた。
「こ、これって……?」
「この子が用意してくれたものです」
そういいながら彼は楽譜の紙束を懐に入れ、モモイへと先ほど演奏したのと同じ笛を取り出して差し出す。
「こ、これ……貰っていいの!?」
「えぇ、それは貴女のための笛ですから」
モモイは笛を受け取り、試しに吹いてみる。
今までの音痴だった自分の演奏はそこになく、普通に音を奏でることができていた。
「さて、あとは報酬のSwatch2を……」
「ねぇ、最後に聞きたい事があるの!」
「……ふむ、何でしょうか?」
一時的にしまっていたSwatch2を取り出し、モモイへと差し出そうとしたあたりでモモイから待ったがかかった。
「まだお互いに名乗ってなかったよね?私はミレニアムサイエンススクール2年、ゲーム開発部の才羽モモイ!あなたは?」
「……あぁ、そういえば忘れていましたね。失礼しました」
「私の名はフェルス……音楽家「フェルス•ムズィーク」と申します」