Hollow & Wish【仮称】   作:舞うL

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2話

「うぅ……いきなりぶっ叩くなんて酷い……いやでも貴女はそういう人でしたね……忘れてた。……あの、静かにもう一度拳を振り上げるのは辞めてもらえます?」

 

涙目になりながら、林檎のように真っ赤に腫れた頬を擦りながら少年は訴えてきた。

とても痛そうだ。……まぁ、やったのは私なのだが。

もう一度はやらなかったが、私の評価を「いきなりぶっ叩くヤバい女」というものにされかけたらそうするに決まっている。

コイツ、私のことを知っていると言っておきながら全く分かっていないぞ。

 

「……待った。もしかして裸を見たことについて怒った感じですか?それは……すみません。僕の配慮不足でした……。取り敢えずこの白衣を」

 

と少年が羽織っていた白衣を私に差し出す。

自己分析が出来て、私の怒りの原因がわかったようで何よりだ。

……にしても、ちょっとは何か照れるとか、気まずそうな顔とか言い訳とか色々しろよ。

私だけ意識しているみたいで恥ずかしいじゃないか。

 

白衣を奪うようにして羽織ってみるが……どうしよう。全く隠れきれてない。

具体的には上と下、機械である程度隠れているとはいえ、それが中途半端にはみ出ているのがちょっと……。

 

「……背が低くてすみません」

(………)

 

そんな暗い顔して自虐するなよ!

なんだか私が責めた感じにるだろ!

 

「……そう言えば、自己紹介もまだでしたね。僕はトワ。トワ=ユークって言います。貴女を……取り戻しに来ました」

 

少年──トワは強い目線でそう言い放つ。切り替えの早いやつだ。

それよりも……取り戻しに?私を?

何だ、私は連れ去られていたのか?

何故私なんだ?

私の『代償の力』が目当てだったり?

いや。もしそうなら機械で力を抑えたりしないか。

であればなんだ?……知識か?

知識を悪用されないよう自分で記憶を消した?

それなら記憶喪失なのと辻褄が合うが……どうやって記憶を消したんだ?

脳に衝撃を与えればショックで一時的に記憶を失うことは出来るだろうが、永続的に、というのは不可能だろう。

……だから記憶が戻るまでカプセル内で生かしておいた?

分からない。

 

「……ちょっと聞いてます?癖とはいえ思考に耽りすぎです」

 

と、色々と考えていたらトワに肩を叩かれ現実に戻ってきた。

何やらこれからのことを説明していたようだ。

全く聞いていなかったが。

 

「もう一度言いますよ。これから回収班の一人と合流します。恐らく……というか確実に邪魔が入ると思います。そこで貴女に力を貸してほしいんです」

 

……?

え?いや、力を貸してほしいと言われても『代償の力』のことなら私は使い方を知らないんだが。

しかも回収班の一人ってなんだ。普通は班全体で来るものじゃないのか?

もしそうなら私とトワとその回収班員の三人でどうしろっていうんだ。

 

「どうしろっていうんだ、って顔してますね。大丈夫です。力を貸してほしいとは言いましたが、何もなければアナタは動かなくても大丈夫です。……何も、なければ」

 

まぁ、何が起こるのかわからないので……?

どっちなんだこの野郎!!!含み持たせやがって!

そもそもこんな中途半端な格好で落ち着かないっていうのに、やれ力を貸せだ!?合流だ!?

ふざけんな!

もう少しまともな服よこせ!

そのままトワの首根っこを掴み、グワングワンと揺らす。

……うわぁものすごく軽い。私でも持ち上げられた……。

 

「うぶっ!?い、いやですね!?何もっていうのは…ッ!!!」

「トワ〜?連絡も寄越さないで何やってるんですか〜?」

 

と、トワを思いっきり揺さ振っていると部屋の扉が開く。点滅する赤い蛍光灯に照らされた、特殊部隊みたいな格好をしたスタイル抜群の女性がそこにはいた。

………あれ。この状況まずくない……?

 

1、痴女みたいな格好をした女が。

2、赤く染まった薄暗い狭い部屋で。

3、目の前の女性の仲間らしきトワの首根っこを掴んで。

4、トワをめちゃくちゃにした。

 

「すぅ──……お邪魔しましたぁ……」

(ちがぁぁぁぁう!!!)

 

誰がこんな新手の変態プレイするか!!

おい、頬を赤らめてるんじゃない!

錯覚です?絶対嘘だ!部屋が赤いからってそんな嘘が通じるか!

トワも何か言え!……しまった、目を回して会話どころじゃない!!

……待て!部屋から出ていこうとするんじゃない!!

お前、合流するはずだった回収班員だろ!!私とトワを置いていこうとするな!!

 

「……えへ、冗談に決まってるじゃないですか〜!先輩とトワを置いて帰りはしませんって!お察しの通り、私が回収班員のキク=レヴェルです!お待たせしました!」

 

女性──キクがニコニコと笑顔で言う。

冗談って……こっちは結構焦ったんだが。

大部分、いや一部自業自得ではあるけど、この女、ユーモアセンス壊滅的だな……。

 

「あり?その顔は……面白くなかったですか?じゃあこの『見てはいけないものを見てしまいました!赤面を添えて』は失敗ですね!メモメモ……」

 

胸ポケットから、キクは今にもページが破れそうな小さなメモ帳を取り出しメモをし始めた。

ネタ帳みたいなものだろうか。

…そんな真剣な顔してメモ帳に書き込まなくても……。

それにやり方じゃなくて、ムードというか空気感というかTPOというか……そういうものの問題だと思うんだ。

 

「さてと!やることも終わりましたし、早くこの施設から脱出しちゃいましょう!合流ポイントまでのルートは既に構築済みです!付いてきてください!」

 

ぱっと顔を上げたキクが右手の人差し指で自分の頭をトントンと叩いた。

……頭に地図が入っている、とかそういう感じだろうか?

 

「……キクはユーモアセンスを代償に地理の把握と最適なルートを構築することができるんです」

 

疑問に思っているとトワがフラフラしながら補足してくれた。

壊滅的なのも理由があったか……。

にしてもユーモアセンスが代償って、代償って何でも有りなのか?

 

「代償にも色々あるんですよ。まだ未解明な所も多いですし……。取り敢えず行きましょう。いつ警備に見つかるか」

「いたぞ!工房XXX区画にて侵入者発見!応援求む!!……侵入者に告ぐ!大人しく捕縛されろ!!」

「え〜!結構離したと思ったんだけどもう来るの〜!?」

「流石に早すぎる……」

(えぇ……)

 

部屋を出た瞬間に見つかるとは、間の取り方も悪いのか……。

これはユーモアセンス関係ないよな?

 

「……なんて、このキクちゃんにはお見通しでしたってね。足元お気をつけて〜」

 

キクがそう言ったかと思えば、追ってきていた警備員の走る速度が急に遅くなった。

 

「な、なんだ!?急に足が上がらなく……!?」

「特製トリモチ、です!中々取れませんよ〜?まだまだありますよ!」

「うわぁ!顔に蜘蛛が!ハズシテ!」

「近寄るな気持ち悪い!俺は蜘蛛が嫌いなんだ!」

「こ、こっちは、で、ででで電気がががが!!」

「『ドッキリ蜘蛛ちゃん』に『ビリビリくん』はばっちり作動してますね!でも!まだ最後の仕掛けが残ってますよ〜!」

 

……ユーモアセンスはあれだが、戦闘に回すとなると機転が利くもんなんだな。そう感心していると、どこからともなくキクは小型のスイッチを取り出し……待て。なんかドクロマーク描いてあるぞ。

おい、押すなよ?……振りじゃないぞ!

 

「ポチッとな!」

 

私の静止(聞こえてないが)を振り切って押しやがった……

その瞬間、私たち、ひいては警備員の背後からなにか大きな物音がした。

しかも徐々に近づいてきているような……?

 

「……キク、もしかしなくても」

「もしかしてのその通り!先輩と会えるんだから当然仕掛けてるよ『ドキッと!大玉転がし』!前より大きくなってお届けしておりま〜す!」

 

おかしいだろ!!!

何をどうやったらあんな巨大な黒い玉を警備員にバレないように仕掛けたっていうんだよ!!

しかもなんだ、この廊下にジャストフィット一歩手前ぐらいの大きさって!逃げ場がないじゃないか!!

 

「「「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」」」

 

言わずもがなだが警備員の悲痛な叫びが廊下を満たした。

大玉もトリモチで止まって、私たちには被害はないが……下敷きになった警備員、南無三。

 

「そんな合掌しなくてもあの大玉に殺傷能力はないですよ。……当たったら痛いですけど」

「そうそう!楽しませて笑わせることのほうが好きだし!」

 

……現状楽しくも、面白くもないわけだが?

 

「とと!そういえば先輩、ものすごい寒そうな格好してますよね。良かったらこの上着どうぞ!防寒機能も付いてるんですよ!」

「……」

 

いや、ありがたく上着は貸してもらうが……トワがまた落ち込んだ顔をしてしまった。

やはりユーモアセンスどころか間を取るのも悪すぎるぞこの女。

……あ、この上着大きいから膝ぐらいまで隠れる。

 

「いやぁ高身長っていうのはこういう時にも便利ですね〜!先輩に上着貸せますし!あ、トワのことを馬鹿にしてる訳じゃないんだよ?いい感じの身長だな〜とは思ってるけど!」

「……先を急ぎましょう」

 

気まずいよ!!

フォローできてないし、どんだけユーモアが壊滅的なんだお前は!

……まぁ取り敢えず、トワの前で身長を弄るのはやめよう。

喋れないからあまり関係ないかもだけど。

……そういえば、私の力を貸してほしいっていうのはなんだったのだろう。

今の感じだともう、キク一人で良いんじゃないだろうか。

 

そんなことを思いながら無機質な廊下の歩を進めた時だ。

 

 

「あ、そういえば先輩のこと先輩って呼んでますけど、先輩であってますよね?」

 

 

……それは。

キクは私のことを初めて会ったときから『先輩』と呼んでいた。

不思議ではあったが、トワと同じように記憶を失う前の私と交流があったのだろうと勝手に納得していた。

が……その質問はなんだ。

まるで私が私ではなく、『他の誰か』という確認のような気がしてならない。 

 

「先輩といえば先輩だけど、う〜ん?」

 

恐らくキクにとっては単純な疑問なんだろう。

記憶喪失の私が彼女の言う『先輩』なのかどうか。

それを私に証明する手段はない。

それこそ今、私は他人との交流手段が肉体言語ぐらいしかない。

声を封じられているということが、どれほど自己表現の幅を狭めているか……。

……私は本当に『先輩』なのだろうか……。

 

 

「湊先輩は湊先輩ですよ。他の誰でも有りません」

 

 

(!)

「そう?……ま、他でもないトワが言うんだったら私もそのまま先輩って呼ぼうかな!」

 

……なんだ。しかめっ面をしているのが馬鹿馬鹿しくなった。

私が私を証明できないとしても、他者が、トワが私を証明してくれるじゃないか。

それだけで幾分かマシになった。

 

……ただ、正直まだトワのことは信用できていない。

礼儀正しいクセに天然で抜けている。考えて行動していることも分かる。

それでも目の前の少年は私に対して、どうもぎこちない対応を見せる。あからさまに目を合わせようとしないし、私に向かって話していたときだって、何処か上の空だった。

それが『記憶を失う前の私』の幻を追いかけているからなのかは分からない。

ただ、それが私の心に一つの疑問を、猜疑心を生むのは当然のことだった。

 

……あと『湊』って……私の名前か?

 

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