東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

今回はいつもより大分長いです。大体二倍近くでしょうか……?

とりあえず今回で一区切りつきます。

あとがきの方でお知らせ(?)がありますので、またそちらの方でお会いしましょう。


第十話『宴会終わって夜も更けて』

 横島達がチルノ達と別れ、次に向かった先には独特な雰囲気が流れていた。

 

 何も険悪なムードという訳ではない。そこには三人の少女達が居り、それに対し、一部の者達がそれとなく耳をそばだてている。特に輝夜と小悪魔などは露骨に彼女達を気にしている。目は爛々と輝き、失礼ながら鼻息も少々荒い。そんなに気にするなら同じ輪に入ればいいのにと横島は考えるのだが、それをしないのには何か理由があるのだろうか。横島にはそれが何なのかは分からなかったのだが、他の者も彼女達と同じように遠巻きにしているだけだった。

 

「魔理沙、パチュリー。この料理が美味しかったわよ」

 

「……ふむ。流石は咲夜。良い仕事してるわね」

 

「おー、確かに美味いなコレ。アリス、もっと量はなかったのか?」

 

 この雰囲気の出所である少女達とは、白黒の衣服に身を包んだ魔法使い、霧雨魔理沙。人形を側に置く魔法使い、アリス・マーガトロイド。そして、レミリアの親友にして、精霊魔法を使いこなすパチュリー・ノーレッジの魔法使い三人組だ。

 

(何だろ、この感じ)

 

 横島は頭を捻る。この少女達が形成している雰囲気は、いつかどこかで感じたことがある物だ。特に悪い物という訳では無いのだが……。そんなことを考えている内に、レミリアが三人と挨拶を交わしている。

 

「談笑中に悪いな。少し良いか?」

 

「お? レミリアじゃないか。どうかしたのか?」

 

「ああ、横島さんの紹介かしら?」

 

 レミリアの意図を察したパチュリーが、視線をレミリアから横島へと向ける。それにつられて魔理沙とアリスも横島へと向き直る。

 

「そーゆーこと。ほら、横島?」

 

「うっす。今日から紅魔館の執事となった、横島忠夫っす。よろしくな」

 

 レミリアに促され、にこやかに名乗る横島だが、魔理沙とアリスの表情は微妙に歪んでいた。

 

「ああ……。あんた、あの時墜落してきた奴か。……生きてたんだな。……本当に人間なんだよな?」

 

「それにしたって快復が速すぎるでしょ。やっぱり妖怪……?」

 

「俺は人間だっての!」

 

 あの時の光景が二人の脳裏を過ぎる。あれを見た後なので彼女達の言うことも尤もなのではあるが、流石にこれは些かならず礼を失している。横島が憤慨するのも致し方ないであろう。

 

「……ごめんなさい。流石に失礼が過ぎたわ」

 

「あー、確かにな。悪かったよ……」

 

「い、いやあの、別にそんなに気にしてないし謝られることじゃなくてその」

 

 謝られたら謝られたでオロオロと戸惑う横島。彼の眼前に居る少女達は守備範囲に少々届いていないが、それでももう少し育っていたら(或いは自分がもう少し若かったら)是非とも口説きたくなる程には美少女だ。美女美少女に甘い彼としては、可愛らしい少女達の表情が曇るのは苦手らしい。

 

「よし! じゃあこの話は終了だな。私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ」

 

「切り替え早すぎでしょ……。ま、それはともかく。私はアリス・マーガトロイド。人形を使う都会派魔法使いよ」

 

「改めて……私はパチュリー・ノーレッジ。二人と同じく、魔法使いよ」

 

「……こっちには魔法使いって多いんだな」

 

 都会派って何じゃいと思わないでもなかったが、とりあえずそれは気にしないことにしたらしい。それよりも、彼には驚くことがあったからだ。

 

「ん? まあ、外の世界に魔法使いはいないだろうなぁ」

 

 横島の口から漏れた疑問に魔理沙が答える。それは横島の現状を知らないことによる勘違いが生じていた。

 

「ああ、いや俺は……」

 

 そう言いつつ、横目でレミリアを見やる。彼女は特に興味を示しておらず、いつの間にか取ってきていた咲夜自慢のローストビーフに舌鼓を打っていた。

 

「……? どうしたの?」

 

「えーっと……」

 

 アリスが首を傾げ、問いかける。彼女のまるで西洋人形の様な容姿に加え、身長の関係から上目使いの視線に晒されている横島は、無意識に高鳴る自分の鼓動に戸惑ってしまう。

 

 幻想郷に墜落して少々の時間が経ったが、会う女の子全員が(見た目年下の)美少女なのは横島にとって幸運なのか、不幸なのか……。

 

 そんなアリスの視線に負け、意味も無く目を泳がせると、自分達を遠巻きにしている紫と目が合った。

 

「……」

 

 横島にウインクをしつつ口をパクパクと動かしている。彼はその可愛らしい姿に更に鼓動を早めてしまったが、彼女の言わんとしていることは理解出来た。横島は一つ頷き、アリス達と向かい合う。

 

「実はだな、俺は―――」

 

 そうして、彼は自分が異世界……平行世界と呼ばれる所から来たことを話した。

 

 最初は胡散臭そうにしていた三人だったのだが、彼が紫から聞いた詳細を語るにつれて目が輝きだし、興奮を抑えていることが見て取れる。

 

「―――ぇ」

 

「え?」

 

 語り終えた直後、魔理沙の口から小さな声が聞こえた気がした。それを問い返そうとした瞬間、彼女達の感情が爆発した。

 

「……凄え! 凄え凄え凄え凄え凄え!! 何だよ、やっぱ存在するんじゃねーか!!」

 

「平行世界……! まさかその住人とこうして話をする日が来るなんて……!!」

 

「本の中だけのことだと思っていたけれど……。正に事実は小説より奇なり……ね」

 

 一見すると冷静に見えるパチュリーだが、よく見ると頬が紅潮し、鼻息が「むきゅー」と荒くなっている。そんな彼女達の様子が珍しいのか、文はまたも写真をバシャバシャと撮っている。レミリアもまた親友の珍しい姿に驚いたようだ。ちょうど肉を食べようとしたところなのか、口を大きく開けたままとなっている。

 

 とりあえず傍らの二人を見ないことにして、手を取り合ったり抱き合ったりして興奮を露わにする彼女達に、横島は首を捻る。何がそんなに嬉しいのか理解が及ばない横島だったのだが、日頃から時間移動やら文珠の不思議パワーやらを経験していた彼からすれば、それは仕方のないことなのかもしれない。

 

(―――ん? ああ、そうか)

 

 きゃいきゃいと仲むつまじく喜び合う様をぼけっと眺めていた横島だったが、唐突にあることに思い至った。それは、彼女達が最初に醸し出していた雰囲気についてである。

 

(似てるんだ。美神さんと一緒に居る時の弓さんの感じに)

 

 そう、三人が纏う雰囲気は、弓のそれに酷似していた。それは同性に対する恋愛感情ではない。三人に共通するもの。それは、憧れ―――。

 

 アリスは憧れている。『弾幕はパワー』という、自らが信条とする『弾幕はブレイン』とは正反対の考えを持つ霧雨魔理沙という少女に。

 

 アリスは慎重だ。それ故に本気で物事に挑む事は稀であるし、好戦的な性格と言えど、『遊び』である弾幕ごっこにおいても強者に対し戦いに赴くことは少ない。

 

 それはある種、物事を一歩引いた目線で眺めていることに通ずる。

 

 だからこそ、彼女は魔理沙に憧れるのだ。

 

 確かにひねくれているところもある。反りが合わないこともある。しかし、彼女の中にある『それ』に気づいてからは。

 

 愚直とも言える彼女の姿。自分では出来そうもない、物事を真っ直ぐに見つめ、あらゆる努力を厭わぬ心根に魅せられたあの時から。アリスは魔理沙に憧れていた―――。

 

 パチュリーは憧れている。西洋の東洋魔術師である自分に対し、東洋の西洋魔術師という、自分と正反対の霧雨魔理沙という少女に。

 

 パチュリーは百年を生きる魔法使いだ。だというのに体は弱く、喘息により呪文の詠唱すらまともに出来ない。結果、彼女は知識を求め、知識を極め、知識が彼女のアイデンティティとなっていた。

 

 本があれば幸せ。本のそばにあるものこそ自分。そう嘯いていた。だから彼女は長きに渡り、紅魔館に存在する図書館に引きこもっていた。

 

 差し詰め彼女は籠の鳥といったところだろうか。自分の身一つ儘ならぬ生活。だからこそ、彼女は憧れたのだ。

 

 あらゆる場所を行き交い、あらゆる人物と交流し、あらゆる触媒を見つけ出し―――何物にも縛られず、自由に大空を進み行く。

 

 パチュリーは、そんな魔理沙に憧れていた―――。

 

 魔理沙は憧れている。自分には無い物を持っている、二人の魔法使いに。

 

 それはコンプレックスにも似た感情だったと記憶している。

 

 初めて会った時からそうだった。まるで人形の様に可憐な容姿。思慮深く、冷静に物事を見れる客観性。突っ込んでいくことしか出来ない自分と違い、何と柔軟なことか。

 

 それは、嫉妬に似た感情だったと記憶している。

 

 自分とは正反対の女性らしい体付き。到底追いつけそうにない圧倒的な知識量。紅茶を片手に本を読む姿など、異常な程に様になっている。

 

 差し詰め彼女は深窓の令嬢といったところか。泥臭く生きる自分とは、何もかも違って見える。

 

 二人とは口論することもあった。二人とは戦うこともあった。その度に負の感情が募ることすらあった。

 

 だが、二人と交流を深める度。親交を深める度。理解を深める度に、それは昇華され、やがては憧れとなった。

 

 極論してしまえば、彼女達三人はある意味似たもの同士なのであろう。

 

 互いが互いに憧れ、そうとは気付かずに日々出逢いを重ね、過ごしていく。

 

 そんな憧れという感情を、横島は無意識に察知したのだろう。それは、横島が常に周囲に抱く感情とも無関係ではないのだから。

 

「なあなあ、あんた横島って言ったよな!?」

 

「あ、ああ。そうだけど……?」

 

 魔理沙の勢いに横島はたじろいでしまう。彼女の目は星を散らさん程に眩い輝きを放っている。

 

「えーっとな! えーっと……! ……っあー! 駄目だ、いざとなったら何も言葉が出てこない!!」

 

 魔理沙は自分の金の髪をワシャワシャと掻き毟る。余程悔しいのだろう、それでも何かを言おうと口を動かしている。

 

「……そうだ! 横島、あんた私達の魔法の実験台になってくれよ!」

 

「断る!」

 

 横島は今まで厄珍やドクターカオスの実験でひどい目に遭っているためか、一秒とかからずに即答した。魔理沙が散々悩んで出した言葉がそれだったためか、アリスもそれを咎める。

 

「バカ、魔理沙! 言わなきゃ分からなかったのよ!?」

 

「っ!? しまった……!!」

 

「ぅおーーーい!? 可愛い顔して結構腹黒いな君!?」

 

 咎める内容が微妙にズレているのは置いておこう。その後三人は横島に対しひっきりなしに質問をぶつけていく。魔法使いだからか、彼女達の知識欲は旺盛で、魔理沙も先程のことはなかったかのように幾つも質問をする。

 

 そうなると困るのは横島だ。元の世界の常識的な事柄なら問題はないのだが、魔法のことについて尋ねられても彼には答える術が無い。ここに魔鈴が居れば嬉々として(或いは鬼気として)魔法についての講釈を始めるのだろうが、ここは異世界で横島は非魔法使い。結果として彼女達の顔を少々曇らせることになってしまったのは、横島にとって痛恨の思いであろう。

 

 その代わりとして彼がその目で見た、その身で体感した魔鈴の魔法を詳細に語っていく。中には彼女達も知らない様な魔法もあったようだ。だが世界は違えど同じ魔法使いだからか、即座に応用がききそうな魔法について意見を出し合い、ついには横島が置いてけぼりにされ、彼女達は何処かへと去ってしまった。

 

「……質問するだけ質問して、どっか行っちまったよ……」

 

「あはははは……、お疲れ様です」

 

「あ、終わった?」

 

 どことなく寂しげな雰囲気を漂わせる横島の肩に手を置き、言葉をかけ慰める文と、好物の納豆を丼飯にかけてもりもり食べていたレミリア。ほっぺたについたご飯粒がチャームポイントだ。

 

「終わったんなら次行くわよ」

 

 そう言ってスタスタと歩き行くレミリアに、横島が「うぇ~い」と気怠げな声を出しついて行く。文は苦笑一つ、その様を写真に収めることにした。

 

 

 

 

 

「うわぁ……」

 

 それが次に辿り着いた場所での第一声である。

 

 日本酒やワインの瓶の山、山、山!

 

 その中心に鎮座し、やや不機嫌そうに只酒をかっくらうのは、頭に巨大な二つの角を生やした幼い少女。『鬼』の伊吹萃香である。

 

「これは……あの小さな体のどこにこんだけの酒が入ってんだ……?」

 

「ん~?」

 

 思わず呟いた言葉に反応を返す萃香だが、多少きつく細められた目はトロンと潤い、頬は赤く染まっている。既に見た目から酒臭い様相となっているのだが、不思議と酒に呑まれているような感じはしない。これが真の酒豪というやつなのであろうか。

 

「おー、あの時の人間じゃないか。あれだけ血まみれだったのにもう快復してるとは、中々のもんだね」

 

「あーっと、そりゃどうも。俺は横島忠夫。執事としてここに雇われたんだ」

 

「……へえ?」

 

 何か不思議だったのか、萃香はレミリアに目を向ける。レミリアは萃香から漂ってくる濃厚なアルコールの匂いに顔をしかめているが、目を背けようとはしていない。その様子に感じ入る物があったのか、萃香はそれ以上レミリアには視線を向けず、横島へと戻す。

 

「私は伊吹萃香。見ての通りの酒好きな鬼だよ」

 

「うん、そうだな」

 

 若干ふらふらとしながらの挨拶に、横島は何度も頷く。というか挨拶直後には既に一升瓶をラッパ飲みしている。その姿は横島達に随伴している文に疑問を抱かせるには十分だった。

 

「どうしたんです? そういう飲み方は萃香さんらしくありませんよ?」

 

「あー……」

 

(知り合いなの?)

 

(元上司です)

 

 文の言葉を受けて、萃香はばつが悪そうに視線を逸らし、頭をポリポリと掻く。

 

「いやさ、昨日の宴会がなんやかんやでおしゃかになっただろう? しかも前日にあんなこともあったし、霊夢とゆっくり呑もうとしてたんだがねぇ……」

 

「はあ……」

 

「まずは一献ってお約束をして返杯したら、霊夢の奴一気に飲み干して『肉が私を呼んでるわー!!』って突っ走ってってさ……」

 

「あやややや……」

 

 その時のことを思い出したのか、またプリプリと怒りだしている。ぶーと唇を突き出して癇癪を起こしている姿は、萃香自身の可愛らしい容姿もあってどこか微笑ましい。

 

「ほれほれ、そんな怒ってないで。酒なら付き合うよ……。―――文ちゃんがな!」

 

「ちょぉおーーーい!? 横島さーーーん!!?」

 

「ほほう?」

 

 ビシィッ! と文を指差し、にこやかに告げる横島に文はキャラクターを崩壊させつつ突っ込む。萃香は獲物を見つけた捕食者のような目を文へと向ける。

 

「何だい何だい嫌なのかい? つれないねぇまったく」

 

 萃香はこれ見よがしに溜め息を吐く。その姿は微妙に胡散臭いが、真実そう思っているだろうことはすぐに分かる。

 

「嫌ってわけじゃないんですけど……。せっかくの取材のチャンスが……」

 

「あ、あーそれがあったか。正直忘れてた」

 

「横島さーん? ちょっとひどくありませんかー?」

 

(……へえ。あの文がねえ……?)

 

 文のジト目に笑ってごまかすしかない横島。萃香は文の様子に少々驚いている。『あの』天狗が人間とこんなにも簡単に打ち解けているとは……。

 

(それだけ興味をそそるのかね? ま、何にせよこれからは酒の肴には困らなそうだ)

 

 横島を細目で見やり、一升瓶を傾ける。喉が灼ける感覚に心が躍る。先程までより、よほど酒が旨い。

 

「ま、今回は見逃してあげるよ」

 

「え、本当ですか?」

 

「鬼、嘘つかない。ただし次は付き合いなよ? その時は酒の肴もたんまりあるだろうし、ね」

 

 そう言って片目を閉じる。萃香の意図を察した文は笑って了承と返す。

 

「はい。その時は楽しみましょう」

 

 文は二人に放置され、若干しょぼくれた表情でレミリアの世話をする横島の姿を写真に撮る。何だかんだで、今日一日で男性の写真の割合が増えそうだ。

 

「もうそろそろ次行っていいかー? 多分次で最後だし」

 

「おー、行っといでー。文も横島もまたねー」

 

「ああ、萃香ちゃんもまたなー」

 

「それでは失礼します」

 

 既に飲み干した一升瓶を振る萃香に苦笑を浮かべつつ横島は挨拶を返す。文は可愛らしい鬼の振る舞いを写真に収め、会釈で返した。レミリアはお腹が膨れたのか、さすさすとさすっている。

 

「それにしても次で最後ということは……。神族が最後って、大丈夫なんすかね?」

 

「……気付いてたのか?」

 

「……まあ、これだけバカ高い格なら嫌でも気付きますよ」

 

 パーティーホールの中の気配。その中でも飛び抜けて強大な気配が二つ存在する。意図的に力を抑えている永琳や、弱体化している紫ではなく、それは力を抑えながらも、なお神々しい力を発している。

 

 彼の感覚が正しければ、その存在の『格』は超上級……下手をすれば、最上級神族に連なるかもしれない。

 

「うへぇあ……。大丈夫かなー、怒んないかなー」

 

「あー? あんた仮にも私の執事なんだからシャキッとしなさいよ」

 

「そうですよ横島さん。怒られたら怒られたでいいじゃないですか。少なくとも私は面白いですし」

 

「さっきの仕返しかよ……」

 

 情けない顔でビビりまくる横島に対し、レミリアも文も涼しい顔をしている。あの神様達は割と頻繁に宴会に顔を出すので、既に交流を得ているし、存外話の分かる二柱なのだ。

 

 横島を引きずりやって来た場所、そこは意外にも庶民的な空間だった。日本酒の一升瓶が二本~三本、焼き鳥の串が二十本程。他にも酒のつまみが多く存在している。どちらかと言えば、庶民的というよりはオヤジ臭いかもしれない。

 

「やっと来たか。私達を最後に回すとは、感心しないねぇ」

 

「いや、何。最初より最後の方が敬われてる感じがしないか?」

 

「あんたが言っても説得力は無いよー?」

 

 言葉のわりに仲が良さそうに話す神様達。一方は冠の様に頭部に注連縄を着け、背中には複数の紙垂を取り付けた極太な注連縄を背負った、横島と同年代かやや年下に見える美少女。

 

 一方はレミリアや萃香と同等に幼く見える、大きな目をあしらった市女笠、カエルが描かれた青と白を基調とした壺装束を纏っている美少女。

 

 一見すれば変わった格好をした少女達なのだが、彼女達が纏う神気がその判断を許さない。

 

(うっひぃ……。思ってたよりずっと強い神様じゃんか……)

 

 横島は緊張からか、口の中が乾き、喉を鳴らす。その音が思ったよりも大きかったのか、眼前の二柱が横島に注目する。

 

「……っ! よ、横島忠夫っす。紅魔館の執事として雇われました。よろしくお願いしまっす!!」

 

 そう言って勢いよく頭を下げる。彼にしては珍しい姿だ。もし目の前の二柱の内一方が小竜姫程の見た目年齢であれば飛びかかっていたのかもしれないが……。どうやら現在は煩悩よりも畏怖が勝っているらしい。

 

 

「あはは、そんなに緊張しなくてもいいよ? 何も取って食ったりはしないさ」

 

「そーそー。もっと砕けていこうよ、砕けてさ」

 

「うっす、了解っす! いやー俺こう見えても霊能力者なもんで、お二人の格の高さにビビっちゃってビビっちゃって!」

 

「おおう……、めっちゃ砕けてるな」

 

 レミリアが二柱と普段通りに接しているため、横島も普段の姿を思い切り晒すことにしたようだ。これには二柱も驚いたようだが、別段不快に思うこともなかったようだ。

 

「まだ名乗ってなかったね。私は八坂神奈子。まあ簡単に言えば風神であり山の神……ってところかな」

 

「山の神……っすか」

 

「ん……、どうかしたかい?」

 

「いえ……、ちょっと知り合いを思い出したもので」

 

 横島の顔色が青くなる。それも仕方ないだろう。彼の知る山の神とは、元をただせば雪山で自分に迫り、友情という名の劣情を漲らせてきた男色家だったのだから。

 

「んじゃ、次は私の番だね。私は洩矢諏訪子。縄文時代から信仰されてきた神様って言えば分かるかな~?」

 

「縄文時代……? ……あの、まさか」

 

「んん~?」

 

 諏訪子はニヤニヤとしながら薄目で横島を見上げる。彼の記憶が確かならば、彼女はとんでもない存在だ。

 

「ミシャグジ様、でしょうか……?」

 

「正解~♪ ま、正しくは統括者プラス土着神の頂点って感じだけどね~」

 

「え!? マジっすか? めっちゃ凄いじゃないすか!!」

 

 彼女の言葉は横島に衝撃を齎す。とんでもない存在だとは分かっていたが、実際は更に上を行っていたようだ。

 

―――ミシャグジ様。日本古来から伝えられる祟り神であり、諏訪地方の祭神。自分の国が侵略をかけられた際にタケミナカタに敗北し、祭神を下ろされたという。

 

 横島が知っていることから彼女がどれだけ有名で強力な神であるかが理解出来る。事実、発祥は未だに不明とされているが、その信仰は縄文時代から存在したとされており、それは世界最古級とも言われている神様なのだ。

 

「んっふふー、凄いでしょー? 崇め奉ってもいいんだよー?」

 

「へへー! 諏訪子様最高っす! とんでもないっす!」

 

「んふふふふふふ!」

 

「コントか」

 

 確かに畏敬を禁じ得ない神様なのだろうが、横島とのやりとりを見ているとそうは思えないから理不尽である。

 

 ぺったんこな胸を張り、得意気な顔をして偉ぶる姿は見た目年齢相応の少女にしか見えない。

 

 横島も横島で、諏訪子の強大さを理解しているというのにその煽て方は漫才じみている。跪いて拝む姿は何となく時代劇のようだ。

 

 二人のやりとりを見た神奈子は鋭く突っ込み、呆れかえる。更に得意になる諏訪子に軽くチョップをかまし、正気に戻させた。

 

「いやー、あはは。結構久しぶりに神様扱いされたからさー」

 

「……まあ、気持ちは分からないでもないが……」

 

 笑う諏訪子に反省の様子はない。神奈子も特に言い含める気はなさそうだ。

 

「そういえばさっきは名前で呼んじゃってすんません、洩矢様」

 

 横島は先程の煽ての際につい軽々しく名前を口にしたことを謝罪する。何せ相手は祟り神だ。日本の神々は基本祟るのだが、祟り神として有名な諏訪子に睨まれるのは今後の生活で多大なる負担になってしまう。だが、諏訪子はそれを笑って許した。

 

「気にすることはないよ。別に名前で呼んじゃっても良いよ? 私らってそこら辺は気にしないタチだし」

 

「そうなんすか?」

 

「ああ、何せ色々な呼び名があるくらいだしな。私も神奈子でいいぞ」

 

「……はい。よろしくお願いします神奈子様、諏訪子様」

 

 神の呼び名と今回はまた別の話ではなかろうかと横島は思わないでもなかったが、本人が良いと言っているのだ。気にする方が失礼にあたるだろう。

 

 文は横島と二柱の神様の様子を逐一写真に収めていたが、彼女等の話が一段落ついたところで疑問を出す。

 

「そういえば早苗さんはどうしたんです? 神社でお留守番でもしているんですか?」

 

「早苗かい? 早苗は霊夢と一緒に料理を取りに行ったけど……」

 

 そう言って神奈子が視線を早苗が居るだろう場所に向ける。どうやらタイミングが良かったらしく、霊夢を伴って戻ってきた。

 

「いやー、いつもの宴会と違ってお肉いっぱいで素晴らしいわー♪」

 

「いくら何でも取りすぎですよ、霊夢さん」

 

 脇から聞こえてくる声に横島が反応する。声から言って同年代くらいであろうか。彼が視線を早苗に移そうとする―――刹那、神奈子の早苗に対してのみ発動する危機探知センサーが警鐘を鳴らす……!

 

 そして横島と早苗の目が合った瞬間、神奈子は正に神速と言えるスピードで無意識的にその力を振るう。

 

「打ち砕け! 私のオンバシラ!!」

 

「お―――き゛ゃ゛あ゛!゛!゛?゛」

 

 早苗は見た。自分と目が合った執事服を着た男性が、ごんぶとな御柱に圧し潰される様を。

 

「……え」

 

 

 早苗の顔から色が抜けていく。周りもいきなりの事態に騒然となっている。そして、早苗が何か反応を起こす前に、神奈子に詰め寄る者が存在した。

 

「神ぁ奈子ーーー!? あんた何やってんのさーーー!!」

 

「八坂神奈子ぉ!! いきなり私の執事を殺すとはどういう了見だ貴様ァ!!」

 

 突然の相方の凶行に諏訪子は驚き、レミリアは自分の物を奪われたことにより殺意と魔力を全開にする。

 

「い、いや、今のはその……!?」

 

 実は神奈子も自らの無意識の行動に驚いていたのだが、それに対する言い訳をする間もなく、更に驚愕の出来事が発生する。

 

 ゴトゴトと、御柱が揺れる。周囲の喧騒も収まり、それを注視する。

 

 やがて、御柱が倒れた。

 

「あー……、死ぬかと思った」

 

 そう言って横島は頭から血を流しながらも立ち上がった。まさに妖怪を超える生命力。本当に人間なのだろうか。

 

「生きてる!?」

 

「……あー、そういえば石畳に頭から突き刺さっても生きてたんだよな。これはある意味当然か……」

 

 執事服についた床の破片や埃を払う横島を見ながら諏訪子は驚愕に叫び、レミリアは納得を示す。早苗は横島の生命力にドン引きだ。

 

「な、何で生きてるんですか……?」

 

「生きてちゃダメなの!? ……まあ、それはともかく。―――慣れ、かな」

 

 そう語る彼の目は遠くを見据えている。今彼が見ているモノは他でもない。自分と美神の心暖まるスキンシップ。……要するにシバきである。

 

「よくよく血を流すやつね……。結構な出血だけど、大丈夫なの?」

 

「まずは止血するわ、横島君」

 

「ああ、大丈夫っすよ永琳先生に今朝の巫女さん。もう血は止まってますから」

 

「もう!?」

 

「……えぇー」

 

 にこやかな横島に早苗どころか会場中が引いたような気がした。寧ろ何故墜落したあと意識を失ったのだろうか。

 

 しかしいつまでも顔面を血で化粧しているわけにもいかず、取りあえずは永琳が用意したタオルと妖精メイドが持ってきた蒸したおしぼりで丁寧に血を拭う。髪に付いた血も取り除き、血とおしぼりによって湿った髪は上げることで纏めておいた。

 

「おお……。何か執事っぽくなったな」

 

「え? 何がっすか、お嬢様」

 

「髪型だよ髪型。何か執事ってオールバックなイメージがあってさ」

 

「あー、分かる分かる」

 

 レミリアの言葉に霊夢は頷く。そういったイメージがなかった横島はピンと来ないようだが、周りは違ったようだ。現在横島は真面目な表情をしているので、いつものギャグ顔のように正視に堪えないものではなく、髪型もあってか、非常に精悍な雰囲気を醸し出している。その変わりようは輝夜と小悪魔がキャーキャーと騒ぎ出す程であり、よく似合っていることが分かる。彼の幼なじみの銀一の様に二枚目という訳ではないが、普通に、真面目に、真剣な表情をしていれば人好きのする顔立ちということなのだろう。

 

「まあ、それはともかく。―――神奈子様!」

 

「はい!」

 

 周囲の視線の意味が全く持って理解出来なかった横島は咳払いをし、神奈子へと向き直る。あのまま放置されていた神奈子は咄嗟のことで直立の体勢を取る。

 

「何でいきなりあんなことを? 俺、何かやっちゃいましたかね……?」

 

「……いやー、そのだな」

 

 頭を掻きつつの言葉に神奈子は詰まってしまう。不安げに揺れるその瞳を見た神奈子は、何故か横島に雨に濡れ、潤んだ瞳でこちらを見上げてくる子犬を幻視した。横島の理不尽な生命力に正気を失ってしまったのだろうか。

 

「その……横島が早苗を見た瞬間、こうしなきゃいけない気が……」

 

 それが神奈子の主張だった。しどろもどろでややいつものような覇気がない。

 

「早苗……?」

 

「あ、私です……。東風谷早苗」

 

 神奈子から聞いた名前におキヌの姉を思い浮かべた横島だったが、霊夢の後ろから名乗る早苗を見て、神奈子の判断が正しかったことを理解した。

 

(ああ、これはしゃーないわ。この子範囲内だわ)

 

 横島の煩悩が燃え上がる。だが、彼は動かない。

 

(範囲内だが―――まだ足りん。ここは一つ、神奈子様に……!)

 

 何やら邪な気配が横島から立ち上る。

 

「ちなみに、神奈子様達と彼女の関係とは……?」

 

「早苗は私達の家族だよ。それに、現人神であり、私達の神社の風祝をやってる」

 

「おおぅ……、思ったより凄い子なんすね」

 

 また目が合った瞬間、早苗は「ひっ」と呻き、霊夢の影に隠れる。これには流石の横島もショックを受ける。

 

「ふう……。まあ、今回は大事には至りませんでしたけど、あんまりこの……柱? オンバシラでしたっけ? 振り回しちゃダメっすよ? せっかく神奈子様可愛いのに損しちゃいますよ?」

 

「か、かわっ!? 私が……!?」

 

「え? ええ、そうですけど……?」

 

 何やら妙に慌てる神奈子。横島は不思議そうに眺めるが、その姿に彼は煩悩をくすぐられている。先程の姿とのギャップが良いのだろう。彼女の頬は赤く染まっている。

 

 そんな神奈子を見た早苗は思う。

 

(ああ……。神奈子様って『可愛い』って言われ慣れてないんだっけ)

 

 早苗は回想する。神奈子が諏訪子に守矢神社の格好良い担当だと言われた時のことを。

 

『早苗がウチの神社の可愛い担当なら、神奈子は格好良い担当だよね』

 

『急になんだ? 私がそれなら、諏訪子は何だって言うんだい?』

 

『私? 私はー……なんだろうね? 見えそうで見えないセクシー担当?』

 

『ブフゥッ!!』

 

 壺装束のスカート状の部分をたくしあげ、ニーソックスとの間に存在する絶対領域を強調してみせた諏訪子だったが、その主張を聞いた神奈子が盛大に噴き出したことでこめかみに血管が浮き出ることになる。

 

『なーに笑ってるのかなー、神奈子ー?』

 

『くふっ、ふふふ……いや、すまん。まさかそのナリでそんなことを言うとは思わなくて……ま、『可愛らしい』担当でいいんじゃないか?』

 

『ほほう……。ま、神奈子はそういうタイプじゃないよね。可愛い女の子は私と早苗に任せて、神奈子はいつも通り格好良い男……いや、女性をやってくれれば』

 

『……あ?』

 

『……ん?』

 

 二人は同時にゆっくりと、ゆっくりと立ち上がる。そして各々鉄の輪とオンバシラを取り出し―――

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!』

 

『無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!』

 

 突き(ラッシュ)の速さ比べが始まったのだった。

 

(―――今にして思えば、気にしてたんだ神奈子様)

 

 男の言葉で照れる神奈子など珍しいどころの話ではない。男と話す機会など無かったにも等しいのだが、それを差し引いても彼女に抱いていたイメージからは遠かったのだろう。

 

「ま、まったく! 変なことを言うんじゃない!!」

 

 その言葉と同時に、床から生えたオンバシラが横島の鳩尾に突き刺さり、体を宙へと跳ね上げる。

 

「こ゛ふ゛う゛っ゛!゛?゛ 照れ隠しにオンバシラは止めて……!!」

 

 結果的にはある意味神奈子にとってタイミングが良かった。横島はオンバシラで潰されたことを持ち出し、「こーなったらもー、神奈子様の体で責任を取ってもらいます! 神様と人間の禁断の恋にぼかーもー!!」と飛びかかるつもりだったのだ。この神懸かり的な偶然は神奈子が神だからか、横島のギャグ体質が所以か。

 

「これ以上は流石に看過出来んぞ、八坂神奈子」

 

「う……、すまん。それから皆も、宴会の空気を壊してしまいすまなかった」

 

 レミリアの言葉に神奈子は素直に謝罪をする。常ならば考えられないような光景なのだろうが、どちらに非があるかは一目瞭然だ。これには諏訪子も早苗も苦笑いするしかない。文も今回に関しては写真を撮っていない。

 

「ほれ、横島。大丈夫か?」

 

「うーっす、何とか……」

 

 流石の横島もオンバシラ二連発はキツかったのか、声が震えている。だが、しっかりと両足で立っているので、そこまでのダメージではないのだろう。

 

「すまなかったな、横島。二度もオンバシラをぶつけるなど、私としたことが……」

 

「あはは……。いや、お気になさらず」

 

 神奈子の謝罪を笑って許す横島。流石の彼も飛びかかろうとは思わないようだ。美神と違い、神様の弱みに付け込む程肝が据わってはいないらしい。

 

「横島、挨拶まわりも終わったし、この後は自由にしていいぞ。幻想郷での宴会は初めてだからな、存分に楽しんでこい」

 

「え、良いんすか?」

 

「ああ。咲夜も側にいるしな」

 

「はい、こちらに」

 

「―――ふおぉっ!?」

 

 すぐ後ろからの声に、横島は体を飛び上がらせて驚く。咲夜は澄ました表情でレミリアの側に侍り、紅茶の用意をしだす。

 

「咲夜はさっきまで宴会を楽しんでいたからな。次はお前の番だ」

 

「ここは私に任せて、行ってきなさい」

 

 二人の言葉に最初は戸惑っていたが、最終的には二人の厚意を無碍にする訳にはいかないと思い至り、頷いた。

 

「それじゃあ行ってきます」

 

「ああ、また宴会が終わりの時に呼ぶよ」

 

 そうして横島は宴の輪の中に入っていった。レミリアはそれを確認したあと、咲夜に一つの指示を出す。咲夜はそれに頷き、レミリアに淹れたての紅茶を差し出した。

 

 

 

 

 

―――やがて宴会が終わり、横島は妖精メイドと共に会場の片付けを行っている。あれから極々平和に時が過ぎ、美味い料理に満足した横島は鼻歌混じりに作業をこなしている。だが、周りの妖精メイド達は忙しなく動き回っているのだが、どうにも要領が悪く片付けがスムーズには進まない。

 

  そこに、咲夜が一号二号三号と共に現れた。

 

「横島さん、お嬢様がお呼びよ。ここは一号達に任せて行きましょう」

 

「お嬢様が? ……分かりました。それじゃ、お願いな」

 

 すれ違いざまに三人の頭を撫で、咲夜についていく。撫でられた三人は鼻息荒く作業に没頭していった。

 

 

 

 

 

「お疲れ様です。どうかしたんですか? ……ん? 香水つけたんですか?」

 

「ああ、来たか横島。香水はあれだよ。……永琳に納豆臭いって言われて渡されてな……」

 

「おおぅ……。いやでも良い匂いですね、この香水」

 

「まあな……。それはともかく、ちょっと聞きたいことがあってな」

 

 ゲストルームの前に立つレミリア。今レミリアからは柑橘系の匂いが漂っている。それが永琳から渡された香水なのだろう。しかし、彼女は表情に少々の陰りを見せている。永琳に言われたこともそうだが、どうやら聞いていいのか迷っているようだ。だが、ここでまごついていても仕方がない。意を決し、彼女は横島に問い掛ける。

 

「リグル・ナイトバグ。……あいつと会った時、ひどい顔をしていたが、何かあったのか?」

 

「―――!」

 

 その言葉に横島は目を見開く。咲夜はそんな横島に疑問を抱くが、まだ主の言葉は終わっていない。

 

「妖怪だとか吸血鬼だとか気にしないお前にしては妙だと思ってな。……あ、別に話したくないならいいんだけど」

 

 そう言ってはいるが、彼女の顔はそうは言っていない。「聞かせろ教えろ」と如実に物語っている。

 

「……」

 

 横島は考え込んでいるが、彼に否やはない。確かに誰かに話すようなことでもないのだが、理由は別にあった。

 

(……違う世界だし、話しても良いのかな……?)

 

 横島はそれを考えていた。

 

 彼は『この話』に関して、相当なストレスを抱いている。元の世界において、近しい者は誰もそれに触れず、また関係者の全員が彼女の結末を知っているのだ。横島に配慮し、それを話題に出さないのも頷ける。

 

 だが、彼はそれに無意識にだが不満を覚えていた。彼だって理解はしている。今更蒸し返すような話ではないし、話題に出したところで皆の顔が曇るだけだ。だから彼はそれを話さない。彼の理性が無意識に理解しているから。

 

 けれど、彼は今思ってしまった。『話すのは構わない』と考えてしまった。彼の知らぬ間に蓄積されていったストレスに、心が傾きかけている。

 

 だが、それに対する考えも過ぎる。『話した所でどうなるのか』と。

 

 だが、一度思ってしまえばそれで十分だった。『話したい』という感情がムクムクと大きくなり、鎌首をもたげる。そこに、彼が抱えている精神的な負担の大きさが現れている。

 

 それも当然だろう。いくら修羅場をくぐっているとはいっても、彼はまだ高校生。十七歳の少年なのだ。

 

「……駄目か?」

 

「―――いえ、大丈夫ですよ」

 

 結局、レミリアの確認が引き金となった。彼は話すことにしたのだ。

 

「何なら皆も呼びます?」

 

 横島は冗談混じりにそう言った。それに対しレミリアはゲストルームのドアを開くことで答える。

 

「実は、皆居るんだよ。私が横島に話を聞くっていうのがバレちゃって……」

 

「あらら……」

 

 そこには紅魔館・永遠亭の主要メンバーと、紫・藍・橙の三人が居た。

 

「何かリグルって子との面白い話が聞けるって本当なの?」

 

「リグル……。蛍の妖怪か」

 

 輝く瞳で問いかけてくるのは輝夜だ。恐らく伝言ゲームのように途中で話が変わっていったのだろう。

 

「いえ……正直楽しんでもらえるような話ではないかと思うんすけど……」

 

「あ、そうなの?」

 

 そこで横島は何故話をすることになったのか、理由を語る。それに幾人かは顔を見合わせるが、横島の話に興味が出てきたのだろう。彼の次の言葉を待っている。

 

 横島は皆と同じように空いている椅子に腰掛け、どこから話すかを考える。

 

「……ま、順を追って話しますか」

 

 そうして彼は語り出す。元の世界で大きな戦いがあったことを。魔神アシュタロスが人間界に侵攻したことを。その、一連の出来事を。

 

 だが、詳しくは語らず、ぼかした内容の物もあった。それが、彼とルシオラとのことだ。

 

 その時の横島にどういった心理が働いたのか自分では理解出来なかったようだが、彼はルシオラを含む三姉妹については詳細を語っていない。重要な部分は上手くぼかし、違和感なく話すことに成功している。―――三人程に気付かれはしたが。

 

「……んで、戦いは終了。色々とあったけど、一件落着って感じっすかね」

 

 そうして彼は語り終えた。リグルとの関連については話さざるを得ないため、そこははっきりと語っておいた。とは言っても、「蛍の化身が俺を助けるために死んでしまった」といった具合だが。

 

「そっか……。そりゃ重ねちゃうわよね」

 

 輝夜の言葉が部屋に浸透する。その場の雰囲気は良いとは言えない。フラン・美鈴・小悪魔・橙などは涙ぐんでいる。

 

 それを見た横島に、今更ながらに後悔の念が過ぎる。やはり止めた方が良かったのだろうか。話したのは自分のエゴなのではないか。自らの欲求に従った結果がこれだ。色々とネガティブな考えが脳裏に渦巻く。だが、それだけではないという感覚もあった。それが何かも理解出来ないのだが。

 

「その……悪かったよ。無理に聞き出して」

 

「いや、そんな! ……こっちこそすんません。その、こういう雰囲気になるのは予想がついてたのに……」

 

 申し訳なさそうなレミリアに、横島の良心が軋みを上げる。もう、彼女を正視することも出来ない。目に見えて落ち込んでいく横島に、紫が声をかけた。

 

「でも、よく話してくれましたわ。貴方の様子から、今まで随分と溜め込んできたことが分かります……」

 

 その言葉に横島は顔を上げる。何か、自分の状態が理解出来そうな気がしたから。

 

「話してみて、少しは楽になったでしょう?」

 

「―――っ」

 

 かちりと、嵌った気がした。

 

 紫の言葉を反芻し、自分の心を理解した。瞬間、彼は愕然とした。

 

 自分が話したかったのは。皆に語って聞かせたのは。他でもない、ただ自分が楽になりたいから。スッキリしたいから。―――そんな気持ちから来たものだったのだ。

 

「……」

 

 横島は俯いてしまう。まともに皆を見ることが出来ない。胸の中にはドロドロとした暗い感覚が広がっていく。それに、吐き気を覚えた。自分は一体何様のつもりなのだろうか。あまりにも自分勝手な理由で話さなくていいことを話し、皆にいらぬ気を使わせて。だからモテないんだ。唐変木。馬鹿。あんぽんたん。早漏野郎。インポテンツ。巨根。

 

「―――という風に、貴方は考えているでしょうね」

 

「いえ、後半部分はあまり。……っていうか俺をそんな目で見てたんすか、永琳先生!?」

 

 永琳のあまりにもあまりな感想はともかく、横島はようやく顔を上げた。目が合った永琳も、隣の紫も苦笑を浮かべている。

 

「でも前半部分は概ね合ってたんでしょう? それは考えすぎよ」

 

「……いや、でも」

 

 永琳の言葉に横島は反論しようとするが、他の皆が頷いているのを見て、言葉に詰まる。

 

「正直、今回悪いのは私達よ。こんな状態じゃ断るに断れないしね」

 

「……でも、俺が話すって決めたから」

 

「いや、それを言えば私が強制したからだろう。最初は渋ってたみたいだし、あれじゃ誰も断れん」

 

「……でも」

 

 皆が横島のことを思い、言葉をかけてくれる。その優しさが彼には嬉しいのだが、同時に痛みを感じる。

 

 そもそも彼は本来ならば物事に対して深く考えを介さない。それは彼の生い立ちからくる一種のドライさが関わってくるのだが、この事件に関しては話が別だ。ルシオラとの出逢いと別れは、彼に未だ癒えぬ深い傷を残した。

 

「……」

 

 永琳は静かに彼を診る。息遣い、言葉、語調、

話の組み立て、視線、瞳孔、表情、顔色、血色、脈拍、精神状態、心理状態―――

 

 判断材料はまだ足りない。だが、今まで培った経験から横島に対するいくつもの推論を導き出す。それを脳内で纏め終えると、永琳は徐に立ち上がり、横島へと歩み寄る。

 

「貴方の気持ちは分かる……とは言わないわ。貴方が今抱いている気持ちは、貴方だけの物だから。……正直に言って。私達に話したことを、後悔してる?」

 

 永琳の言葉に、横島は躊躇いつつも頷く。

 

「それは、皆に嫌な思いをさせたと思ったから?」

 

 ゆっくりと頷く。

 

「そう……。でも、私は嬉しかったわよ?」

 

 顔を上げる。側にいる永琳の顔は、優しい笑顔を浮かべている。

 

「……何でっすか? 俺達今日会ったばっかじゃないっすか」

 

「そうね。確かに私達の付き合いは今日一日だけよ。でも……」

 

 永琳は何かを考えるかのようにおとがいに指を当て、部屋の天井を見上げる。

 

「ん~、何て言えばいいかしら。……強いて言えば、貴方の人柄かしら?」

 

「人柄……っすか?」

 

「ええ。貴方は今日目覚めたばかり。輝夜や妹紅ともそうだけど、貴方は私達と二言三言で打ち解け、するりと自然に内側に入ってきた。それは間違いなく貴方自身の性質が齎したことなの」

 

 横島にはそれが分からない。彼には頓と理解出来ない。『自分以上に信じられないものなど無い』と思い込んでいる彼には、分からなかった。

 

「簡単に言えばね。私達は貴方に惹かれているの。貴方の『人とそれ以外』を分けない所に。明け透けなのもポイントかしらね?」

 

「……それだけ……?」

 

「あら、私達には結構重要なことなのよ? 長生きしてるってだけでそれなりに大変なこともあったりするんだから」

 

 その言葉に紫とてゐがやけに感慨深く頷いている。

 

「だからかしら。私は貴方の事をもっと知りたかったし、何かを話してくれるって聞いた時は嬉しかった。そうすればもっと仲良くなれるしね。……まあ、貴方に辛い思いをさせてしまったのは誤算だったけど」

 

「っ! そんなこと、ないっす……」

 

「……ありがとう。ほら、いつまでもそんなしょぼくれた顔してちゃ駄目よ? 男の子なんだもの、もっとシャキッとしないと!」

 

 永琳は横島の背中をポンと叩く。未だ釈然としない思いは胸中に渦巻いているが、永琳の言葉に些か負担が消えたような気がする。この期に及んでまだそのような考えが浮かぶのかと、嫌な気分も去来する。

 

 だが、永琳を見る。紫を見る。レミリアを見る。妹紅を、輝夜を、鈴仙を、フランを、美鈴を、室内の全員を見る。

 

(―――そうか。皆、俺を心配してくれてたんだ)

 

 横島が感じていた嫌な雰囲気。それは他でもない、『自分に対する思いやり』だったのだ。

 

 彼は未だ理解出来ないだろう自らの精神状態が、それを拒んでいたのだ。

 

「……その」

 

 横島が言いにくそうに口を開く。

 

「……ありがとう、ございます」

 

 皆に対して、頭を下げた。嬉しい気持ちと、情けない気持ちがせめぎ合う。永琳が優しく頭を撫でている感触を、横島はただ感じていた。

 

「……永琳先生」

 

「何かしら?」

 

「こんなにも優しくしてくれるということはつまり、誘ってるんですね?」

 

「あら、どういうことかしら」

 

 妹紅は呆れ、輝夜は目を輝かせ、鈴仙は救急箱を用意する。

 

「これはつまり、『後で私の部屋に来なさい。一晩中慰めてあ・げ・る(はぁと)ってことに違いない!! 永琳先生とのドキドキな一夜にぼかーもー!!!」

 

「あら、せっかちさん♪」

 

 飛びかかってきた横島の顔に永琳は何かを吹き付ける。それだけで横島は床に倒れ伏し、軽い鼾をかいている。

 

「……さて、部屋に運ぶか」

 

「ああ、待って妹紅。私が運んで行くわ」

 

「……鈴仙が?」

 

 横島を運び慣れてしまった妹紅が彼を担ぎ上げようとするが、鈴仙がそれに待ったをかける。彼女はそのまま横島の腋に手をかけ、引き摺るように移動する。

 

「……何かあったの、鈴仙?」

 

「……何もないわよ、何も」

 

 てゐの問い掛けに笑って答える鈴仙。しかし、その笑みは暗い色を含んでいた。それを見たてゐは鈴仙について行こうとしたが、止めることにした。今はそっとしておいた方が良いだろうと判断したからだ。

 

「それじゃ、行ってきます」

 

「ええ、行ってらっしゃい」

 

 挨拶もそこそこに、鈴仙は意外にも力が強かったのか、するすると移動していった。

 

 鈴仙を見送り、レミリアは解散するように告げる。

 

「……ところで、私の部屋はどこなの?」

 

「ああ、今日はとりあえず鈴仙と一緒の部屋で寝なさい」

 

 てゐの疑問に永琳がニコヤカに答える。

 

「……明日からは?」

 

「勿論、私と同室よ♪」

 

「―――っ!!」

 

 想像を絶する悲しみと絶望がてゐを襲った。

 

「妹紅も泊まってくんでしょ? 部屋取ってあるわよ?」

 

「おいおい、何勝手に……」

 

「あー、いいよ別に。永琳がそのために用意してたからな」

 

 家主の許可が下りたからか、妹紅は溜め息を吐きつつも了承した。ちなみに紫も泊まることになっている。輝夜は「あ、そうなんだ。ふーん」といったリアクションを返し、紫の心に盛大な傷を付けることに成功していた。

 

 そうしてフランは小悪魔、橙、輝夜、妹紅、てゐを引き連れて浴場に。レミリア、パチュリー、咲夜、美鈴はパーティーホールの片付けの進捗を確認しに部屋を出る。残ったのは永琳、紫、藍の三人だ。

 

「八意永琳」

 

「何かしら、紫」

 

「彼に何をしたの?」

 

 紫の鋭い視線が永琳を射抜く。永琳は苦笑を一つ零し、両手を上げた。

 

「やっぱり貴女にはバレちゃったわね、八雲紫」

 

「永琳?」

 

 紫の念押しに永琳は香水の小瓶を取り出す。

 

「素直になる薬をちょっと配合してあるの」

 

「……永琳」

 

「大丈夫よ。自白剤の類じゃないし、後遺症もない。さっき彼に吹き付けた薬と合わせて、明日はかなりスッキリと目覚めるはずよ」

 

 小瓶を弄びながらの台詞に、紫は溜め息を吐く。変わらず視線は鋭いままだ。

 

「今回のような強引な手段は、今後止めていただきますわ。彼に危害を加えるならば、私が承知しない」

 

「……随分と彼を気にしているのね」

 

「当然ですわ」

 

 睨み合うこと数秒。同時に軽く息を吐き、話題を変える。

 

「彼、どうだったの?」

 

 紫の曖昧な質問に、永琳は明確に答える。

 

「横島君は、まともなメンタルケアを受けていないわね」

 

「……やっぱり、ね」

 

 紫は椅子に深く腰掛け、大きく深く息を吐く。

 

「しかし、そんなことが有り得るのでしょうか? 彼は大きな役割を果たした英雄と言える存在ですし、更には彼と『蛍の化身』との本当の関係を鑑みても……」

 

「さあ、そこら辺はあちらを詳しく知らない私達では何とも言えないわね」

 

「……そうですわね」

 

「それに、何かもっと大きなことを話していない気がするわ。それが何か分からないと、本格的な対処は難しいかもね」

 

 二人は永琳の言葉に黙して頷く。

 

「いずれにせよ、遅すぎるということはないわ。彼は強い子よ。しっかりとした芯がある。これから先、ゆっくりと処置をしていくわ。……急いては事を仕損じるからね」

 

「お願いするわね、永琳」

 

「ええ、任せなさい紫」

 

 彼は知っているのだろうか。彼を思ってくれている人は、大勢居るのだ。彼を部屋へと運んだ人物、鈴仙もそうだ。

 

「……」

 

「う……ん」

 

 鈴仙はベッドで眠る横島の頬をつついている。今まで通りの印象ならば、頬をつつく所か、部屋へ運びもしないはずだ。彼への印象が変わったのは、彼の話を聞いてから。自分でも簡単な物だと思わないでもないが、事実なのだから仕方がない。

 

(話を聞き始めた時は、横島さんは私と似てると思ったけど……、全然違う……)

 

 

 彼は話の中で、自分は臆病だと言っていた。逃げたりもしたと言っていた。だが、真実はどうなのであろう?

 

 彼は戦ったのだ。絶望的な力量差の相手と、怖がりながら、恐れながら、最後まで戦い抜いた。

 

 結果、犠牲は出てしまったけれど、魔神とやらは彼に倒された。色んな助けがあったけれど、臆病で勇敢な人間に倒されたのだ。

 

(そう……。臆病なだけの私とは違う……)

 

 彼の話を聞いて。彼が元居た世界の話を聞いて。思い至ったのだ。

 

 あの時見た彼の顔。あの表情は他でもない。逃げ出して、二度と戻れない故郷を―――月を見上げていた自分の表情に似ていたのだ、と。

 

(―――なんて、烏滸がましい)

 

 彼と私は違う。ただ臆病なだけの自分と、臆病だけど、勇敢でもある彼とでは。

 

(どうしたら……そんなに……)

 

 鈴仙は横島の顔を覗き込み、考えに沈み込む。やがて数分が経ち、横島が寝返りを打ったところで立ち上がり、頭を振る。

 

「私は、貴方みたいに、なれるかしら……」

 

 鈴仙はそっと呟き、部屋を出る。横島に対する印象は既に変わっていた。

 

 鈴仙は、横島忠夫という少年を尊敬している―――

 

 彼はいつか気付くのだろうか。自分に対する、皆の想いに。

 

 

 

 

 

 

第十話

「宴会終わって夜も更けて」

~了~




お疲れ様でした。
今回で『第一部・完』って感じでしょうか。
実際は横島が起きてからやっと一日が終わっただけなんだけどね!
何話かけてるんだ。こんなの普通じゃ考えられない……!

最終回じゃないぞよ。もうちっとだけ続くんじゃ。(つまり、最終回まで先は長い)

とりあえず次回は番外編です。
ついに紫が被害を被ったゴキブリ異変だよ! 誰得なんだ糞が!

初めての番外編がゴキブリだなんて、こんなの普通じゃ考えられない……!

あー、某サイトで連載してたGS美神とデモンベインのクロスオーバー物のリメイクも良いかもですねー。
超不定期連載とか、超YOKOSHIMA物とか、そんな感じになりそうですが……。
中身も別物になるだろうなー。許可取れるかな?

色々書いてしまいましたが、これからも東方煩悩漢をよろしくお願いします。

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