東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

番外編は全三話となりました。本編だけでなく、番外編まで歩みが遅くて申し訳ありません。

それではまた、あとがきでお会いしましょう。


番外編・中編

 

 幻想郷を襲う、ゴキブリの大量発生という異変。それは頭に『大』という文字を付けてもいい程の規模となっている。

 

 突如新月の夜空に浮かび上がる黒い月。そこから発生する黒い靄。そして、それらを構成する天文学的な数のゴキブリ達。その総数は、世界人口など遥か後方に置いていく程にまで膨れ上がっている。

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!!」

 

 魔理沙はゴキブリ達に、自らを象徴する星型の弾幕を宣言する。彼女の放つ流星はゴキブリ達を容易く引き裂き、消滅させていく。

 

「……ちぃっ!」

 

 だが、足りない。例え弾幕の一つ一つがゴキブリ達を数十匹~数百匹消し飛ばしたとしても、そんなものは全体から見れば単なる誤差でしかない。誤差に達するかも怪しいのだ。今必要なのは、全てを決する程の圧倒的な火力と言えるだろう。しかし、得意の魔砲を放とうにも、如何せん相手の数が多すぎる。

 

「のわっと!?」

 

 自らに向かって飛来するゴキブリの群れをかわす。ひらりと身を翻し空へと飛翔しつつ弾幕を張り、思考を巡らせる。

 

―――何故、『ゴキブリ』がこれほど自由に飛べるのかを。

 

「魔理沙!」

 

「おーい!」

 

「霊夢、萃香! 大丈……夫なのか、そいつは」

 

 思案に耽りつつ博麗神社の上空に陣取る魔理沙の下に、紫を抱えた霊夢と、こんな状況でも相変わらず酒を呑む萃香が空を駆けて側に寄る。

 

「ちょっと分からないわね。あいつらを見た瞬間、こいつ真っ白になっちゃって……」

 

 現在、霊夢の肩に担がれているのは八雲紫。群れをなすゴキブリ達を見た瞬間、精神的にも物理的にも真っ白になってしまったのだ。流石に見捨てはしなかったが、霊夢は迷惑そうに眉を顰めている。

 

「ま、気持ちは分かるけどね。私だってあんなのが居ちゃ気分良く酔えないし」

 

「その割にはよく呑むじゃないか」

 

 萃香はゴキブリ達を忌々しそうに睨みつつも瓢箪を傾け、中の酒を呷る。彼女の言葉に魔理沙は首を捻るが、それに対する答えはこうだ。

 

「当然。酒でも呑まなきゃ、やってらんないよ」

 

「……そうだな、気持ちは分かるぜ」

 

 弾幕は焼け石に水。普段何でも有りな反則スキマ妖怪はダウン。相手は生理的嫌悪感を催すゴキブリ達。これが一匹や二匹程度なら可愛げもあり、サンプルとして飼育するのも吝かでないのだが……。そうも言っていられない。

 

「せめて紫が戦力になってくれればねぇ……」

 

 頼みの綱の紫は絶賛気絶中。とりあえず霊夢は紫の頬をぺちぺちと叩き、目を覚まさせようとする。その間魔理沙と萃香は霊夢達を守るため、弾幕を張って護衛に徹する。

 

 だが、五分が経ち十分が過ぎ、それでも紫は目覚めない。霊夢は一向に起きない紫に腹が立ったのか、頬をぺちぺちどころかバチンバチンと叩いている。それでも紫が起きないために、ついに鬼は痺れを切らす。

 

「あぁあぁぁ、もう鬱陶しい!! こうなったら私が能力であいつらを萃めるから、魔理沙はマスタースパークで全部纏めて消し飛ばしちゃってよ!!」

 

「はあ!? ちょっと待て、そんな簡単に言うがな、あれだけの数を消し飛ばすのにどれだけチャージに時間が掛かるか……」

 

「萃まれーっ!!」

 

「ちょっとは聞けよ、私の話を!!」

 

 萃香が自らの能力、『密と疎を操る程度の能力』を発動させ、自分達の眼前にゴキブリ達を萃めていく。最初は掌に収まるくらいの大きさだったのだが、それは見る見るうちに大きくなっていき、最終的には夜空に浮かぶ黒い月の様な物体に変貌していた。実際大きさは黒い月の十分の一にも満たないのだろうが、それの真正面に居る彼女達からすれば、球体と認識するよりも大きな壁と思った方がまだ現実的であった。

 

「……」

 

「……」

 

 そうなってしまえば、彼女達に出来るのはただ呆然と目の前の『壁』を見つめるしかない。

 

 萃香は瓢箪の中身を一気に呷り、頭をこつんと叩いて酒臭いままに宣った。

 

「ちょっと萃めすぎちゃったね。てへっ☆」

 

「ぶっ殺すぞてめぇえええええ!!?」

 

「何やってんの!? 人が関知しない間に何やってんの!!?」

 

 魔理沙は涙目で萃香にツッコミを入れ、霊夢は思わぬ超展開に二人にツッコミを入れるが、それも致し方ないであろう。誰だってこうされれば正気を失おうというものだ。そして、その嘆きの叫びが呼び水となったのか、タイミング悪く紫が目を覚ます。

 

「う……ん、私は一体……―――え゛?゛」

 

 そして眼前の光景を一目見た瞬間にまたも真っ白に漂白されてしまった。これには流石に誰も文句を言えない。そして目の前の壁がふるふると動き、黒い月の周りに漂う靄の様な物が出現し、彼女達を襲う。

 

「―――っ!」

 

 魔理沙は頭を瞬時に切り替え靄を撃退しようとするが、瞬間、自分の後方に大量のスキマが開いた事を知覚する。

 

「―――幻巣『飛光虫ネスト』―――!!」

 

 魔理沙のすぐ側を膨大な数のレーザーが通り過ぎ、靄を撃ち抜き消滅させる。ゆっくりと振り返ると、色を取り戻した紫が霊夢の前でどこからか取り出した扇で口元を隠し、嫣然と佇んでいる。

 

 まさか紫はゴキブリを克服したのか!? 魔理沙はついつい希望に目を輝かせるが、彼女を更に上回る程爛々と目を輝かせる紫を訝しく思った。そういえば、紫の口元から何か空気が抜けるような音がする。

 

「―――ふ、ふふ、ふふふふふっふふふ、ふひ、ふふふひひひふふふ……。ふへ、ふひひふふふふふふ、ふっ、んふふふふふふふふふ」

 

(あ、ダメだわこれ)

 

 既に紫の正気は失われていたらしい。目はぐるぐると、例えて言うなら狂々(ぐるぐる)と回っている。気のせいか、背後のスキマから覗く目も回っているような気がする。

 

 魔理沙は背筋を駆ける悪寒の命じるままに霊夢の側へと急ぐ。そして―――

 

「……ネストネストネストネストネストネストネストネストネストネスト!!! ネストネストネストネストネストネストネストネストネストネストネストッッッ!!!」

 

 紫のスキマから無秩序にレーザーがズビー、ズビーと放たれた。紫の目は完全にイっちゃっており、敵味方関係なしにレーザーが雨あられと襲い掛かる。

 

「ちょっ!? 紫やめ、待って待って待ってっ、て、あっ!? うわあああああああああ!!?」

 

 紫よりも前方に居た萃香はゴキブリ共々ネストの雨に晒され、必死に避けている。何回かレーザーが掠っており、何時ものような余裕も見えなくなっている。紫も紫で冷静さなどあるはずもないのだが、何故か霊夢と博麗神社の周囲にだけはレーザーを撃ち込まず、そこは流石と賞賛を送っても良いだろう。だが、それは逆に言えば霊夢と霊夢の側に居る魔理沙は自由を奪われたと言ってもいい。霊夢は未だネストを撃ち続ける紫を見つつ、大きな大きな溜め息を吐いた。

 

「どーしろってのよ、もう……」

 

「全くだぜ……」

 

 彼女達の耳に響くのは、紫の壊れたような笑い声と、萃香の悲鳴、そしてネストの発射音とゴキブリが消滅していく音である。ネストの連打で壁がゴリゴリと削れていくのには流石と思うが、少々見るに耐えないし、聞くに耐えない。正直に言えば今すぐ耳と目を塞いで何もかも忘れて眠りにつきたい。だが、それをすれば待っているのは暗い未来だけだろう。……未来があるかは分からないが。

 

 動きたくても動けない霊夢達。彼女達は次第に追い詰められていく。主に、味方のせいで―――

 

「あはははひはひひはははははははひははは!! あはははははっ、ひはははははははははひあははははははひは!!!」

 

「ひぃぇえええーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 

 現在、人里はようやく混乱から抜け出し、落ち着きを見せていた。

 

 怪我人や病人、老人に妊婦、幼い子供を連れた家族等は命蓮寺へ。それ以外の男性女性、体力に自信のある者達は命蓮寺の墓地の奥から入れる『夢殿大祀廟』に避難をさせた。幸いにもこの時大祀廟には力ある妖怪達や妖精達は居らず、その広さも相俟って避難にはもってこいの場所となっている。

 

 人間達が避難している間、人里の防衛に当たっていたのは数人の少女達であった。

 

「……っ」

 

 人里を守る炎の壁を形成しているのは藤原妹紅。彼女は全身から滝のように汗を流しているが、炎の壁を維持する為に震える体に鞭を打って力を放出し続ける。

 

 上白沢慧音は人里の住人の為に、そして妹紅を守る為に奔走する。幸運と言うべきか、ゴキブリ達は人里に侵入することに頓着しておらず、ただ上空を漂っているだけに思われる。それでもかなりの数が炎によって焼かれているが、このゴキブリ達の目的が分からないというのは、精神的に来る物がある。

 

 八坂神奈子は聖白蓮・豊聡耳神子らと共にゴキブリ達を迎撃している。流石に超人・聖人・神という超戦力のトリオは凄まじいものがあり、瞬く間に人里の周囲に漂うゴキブリ達の数を減じている。

 

「この分なら何とかなりそうかね?」

 

 神奈子は涼しげに二人に問い掛ける。二人は頷き、意見を述べる。

 

「そうですね。もう少しで避難も完了するでしょうし、避難される方々の護衛には命蓮寺(うち)の者達や道士の方々が付いています。このまま何も無ければ問題はないでしょう」

 

 白蓮の言葉に神子は頷く。確かにこのまま何も無いのであれば問題はない。防衛に関しては、だが。

 

 神子は空を見上げ、黒い月を睨む。

 

(一体何者が、何の目的でこんなことを引き起こしたのか……)

 

 神子の能力『十人の話を同時に聞く事が出来る程度の能力』でゴキブリの十欲を聞こうとしても、相手にそんな物は『存在しない』。話す間、考える間も彼女達はゴキブリ達を消滅させていく。

 

 

 神奈子は自分と同じくゴキブリ達を容赦なく滅していく白蓮と神子に目をやる。二人から発せられる少々危うげな雰囲気を前に、彼女は意地悪く口元を歪めた。

 

「おやおや、お二人共随分と容赦がないね」

 

 その言葉に二人は表情を「むっ」と歪め、神奈子に向き直る。神奈子はニヤニヤとした笑みを浮かべているが、それは嫌らしい類のものではなく、悪戯を企む幼子のように可愛らしさが滲んだものだ。

 

「……分かってて言っていますね?」

 

「全く、意地の悪いことだ……」

 

 二人は同時に溜め息を吐く。それに対し神奈子はカラカラと笑い、「ごめんごめん」と謝った。彼女達の放つ空気を払拭しようとしたが、その目論みは失敗したらしい。

 

 仏教にしろ道教にしろ、殺生は戒律によって禁じられている。例えそうでなくとも、彼女達は殺生などしないと言える。だが、今回のこれはある意味虐殺と言ってもいいだろう。では、何故彼女達はこれほど容赦なくゴキブリ達を滅していくのか。

 

 答えは簡単である。『生きていない』のだ。シンプルに『死んでいる』と言った方が分かりやすいか。

 

 彼女達は黒い月から発生した靄を構成するゴキブリ達を見て、既にそれらが死んでいるのを見抜いていた。

 

 では、何故美鈴が自らの能力を以てしてもそれを見抜けなかったのか。気とは生物ならば誰もが持っているもの。生きる為の活力。当然死者に気は宿らず、別の力が宿る。実際には、本当に単純なことなのだ。

 

 ただ、黒い月の中心に居る『何か』が、自らの気を宿らせ操っているだけに過ぎない。ただ、あまりにもその規模が大きすぎて考慮しなかっただけなのだ。ただ、規模が大きいだけに大雑把にしか操れないのか、自由に空を飛んではいるが単調を通り越して無駄な動きしかない。

 

 今も黒い月の内部では夥しい数のゴキブリが産まれながらに命を吸われ、その骸を『加工』され操られて幻想郷を覆わんとしている。それをこの三人は見抜いていた。

 

 神子は未だ黒い月より湧き出る靄を睨む。

 

 道教に限らず、中国には魂魄という概念がある。魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気というものだ。そして、魂魄を用いた術の中に、死体を利用するものがある。魂魄には三魂七魄の数があるとされ、その内魂が天に帰り、魄が肉体に残った物を『キョンシー』と呼ぶのだ。

 

 事実、神子と予てから親交のある『邪仙』霍青娥は『宮古芳香』というキョンシーを操り、可愛がっている。お手軽にキョンシーとして復活させることが出来るほか、芳香の容姿も気に入っているのだ。また、時折生前の事を思い出したり、コントロールから外れてしまった時に起こす『生前の行動』が彼女には好ましかったのだろう。

 

 この通り、魂魄というある種『生命そのもの』と言える物は死体と言えど生物全てに影響を及ぼす。然るに今回のこのゴキブリ達は。魂を吸われ、魄を奪われ、肉体という器を弄ばれているこの異変は―――。

 

 知らず、神子の奥歯からギシリと音がする。命を命と思わぬ所業に、深く、静かに怒りを募らせていく。

 

「他に気付いていそうなのは……亡霊のお姫様かな」

 

「迷いの竹林の方々もそうなのではないでしょうか?」

 

「確かに気付いてそうだねぇ」

 

 もうじき避難が完了する。そうなれば次はこちらの番だ。このような事を仕出かした報いを与えねばならない。神子は心の裡で呟く。「待っていろ」と。

 

 黒い月を睨む三人。次の瞬間目に映った物に、しばし目を瞬かせた。

 

 黒い月から現れた何体もの人型の影が、東へと飛んでいったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の東の果てである博麗神社。そこでは目を覆いたくなるような光景が繰り広げられていた。

 

「あーっはっはっはっはっは!! あぁあはぁーはははははぁーはははぁっ!!」

 

「ゆか……っ! も、やめ……! ひぅ……っ!?」

 

 狂乱しながらレーザーを放ち、味方に構わずゴキブリの壁を撃ち抜いている。萃香は紫のあまりの壊れ具合に正気を乱されたのか、気付いた時には弾幕の結界に囚われてしまっていた。そこからは悲惨なものである。萃香は能力を使う暇すら与えられず、必死に紫の弾幕を避けるのみ。既に限界も近く、涙目だ。

 

「がんばれー」

 

「負けんなー」

 

「薄情者ーーー!! ひゃあぁ!?」

 

 霊夢と魔理沙は安全圏からまるで心のこもっていない応援の言葉を投げかけるが、萃香は彼女達に吠える事しか出来ない。

 

 萃香の命運もここで尽きるかと思われたが、天はまだ萃香を見捨ててはいなかった。ここに、救援が現れる。

 

「紫様ぁぁああああーーーっ!! ご無事ですかぁあああーーー!!?」

 

「紫様ーーー!!」

 

「おふぅっ!?」

 

 雄叫びを上げながら紫に飛びついたのは、藍と橙だ。紫の顔は見た目年齢に比べ、かなり豊満な藍の胸に収まり、紫の少々大きめな胸には橙が顔を埋めている。

 

「紫様ぁ!! 紫様ああああ!!」

 

「うぶ……っ!? む、ぐ……!?」

 

 藍は紫の頭をガッチリとホールドし、強烈に胸に掻き抱いている。紫は必死にもがいて逃れようとしたがそれも出来ず、しばらくして全身の力が抜けた。ある意味首吊りである。

 

「あらあら、そんなに激しくしたら紫が死んじゃうわよ~?」

 

「幽々子様っ!?」

 

 そう言って藍から紫を剥ぎ取り、優しく抱きかかえたのは西行寺幽々子。目を回している紫の頭をよしよしと撫でている。

 

「幽々子様ー!」

 

「遅いわよ、妖夢」

 

 更に上空から現れたのは、幽々子にゴキブリ達の対処を押し付けられたために衣服が多少乱れてはいるが、未だ意気軒昂と言える白玉楼の庭師、妖夢だ。妖夢は幽々子を半目で睨むが、仕方ないとばかりに溜め息を吐き、気分を切り替えた。

 

「……紫様は大丈夫なんですか?」

 

 妖夢は少々怯えの混じった目で紫を見る。遠目とはいえ、先程までの暴れっぷりではそれも当然だろう。

 

「大丈夫よ、すぐに目が覚めるわ」

 

「そうだと良いのですが……」

 

 藍は幽々子と共に紫を抱き締める。今度は優しく、だ。

 

「はぁーーー……っ、はぁーーー……っ、はぁーーー……っ」

 

「これに懲りたら、今度からはちゃんと人の話を聞けよ?」

 

「ぜ、善処、する、よ……」

 

 息も絶え絶えに返答する萃香。多少ボロボロになった衣服が合わさり、周囲の涙を誘う。

 

「……う……ん」

 

「紫様っ!?」

 

「紫様……!」

 

 藍と幽々子の胸の間で紫が身じろぎする。どうやらようやく目が覚めたようだ。

 

「……私は……?」

 

「大丈夫! 大丈夫ですよ紫様……!」

 

 藍は紫を抱き締めながら事情を説明する。紫は色々と思い出して顔色を白くさせたが、左右から感じる温もりのお陰で正気を保てている。

 

「それより、申し訳ございません。ゴ○ブリ達に道を阻まれたとはいえ、救援が遅れてしまいました」

 

「気にしなくてもいいわ。私はこうして無事なんだし、後はこの異変を解決してからにしましょう」

 

「……はい」

 

 紫達は改めて『壁』を見る。紫の暴走によって八割程が消失しており、その圧倒的な攻撃力を恐れたのか、周りのゴキブリ達も動きは無い。

 

「これを片付けた後は、黒い月か……。全く、気が滅入るぜ……」

 

 魔理沙は手に持った『ミニ八卦炉』を玩びながら呟く。それに対しては霊夢が答えた。

 

「そりゃ皆同じでしょ? さっさと解決して、さっさと寝たいわ、私は」

 

 欠伸をしつつの霊夢の言葉に皆が同調する。一つ呼吸を置き、突撃せんとしたところで、中心から左右に『壁』が割れた。

 

「……っ!?」

 

 出端を挫かれる形となったが、皆に油断は無い。―――紫だけはガタガタと震えているが―――ただ、壁が割れた先にいくつかの人型が見えた。

 

 それは、黒と茶を混ぜたような色をしていた。頭部には人間と同じように目、耳、鼻、口があり、額からは触角が生え、髪と思しき物体は虫の閉じた羽を連想させる。体は甲虫のように体節で分けられ、それは人間の構造とよく似ていた。

 

 目に入った瞬間、背筋に怖気が走る。そして、原因不明の強烈な嫌悪感も。

 

 人型達が大きく口を開けた。

 

「っ!?」

 

「これは……!?」

 

 左右の壁、周囲の靄、それらが強烈に圧縮され雫となり、人型達の口内へと導かれる。口内に達したそれを人型は何の躊躇もなく飲み干し、胃に溜まったガスを盛大に吐き出した。

 

「……暴食の末に隠しもせずにげっぷとは、随分と下品なことね……」

 

「暴食に関してはあんたが言うなって感じだけどね」

 

 人型の行為に眉を顰める幽々子は、霊夢からのツッコミをさらりと流し、懐から扇を取り出す。

 

 と、ここで人型が口を痙攣させる。否、それは痙攣ではなかった。『それ』は、産声を上げようとしていたのだ。

 

「……ぁ……オ……!」

 

 一体だけではない。全ての人型が次々に口を開く。

 

「しン……ぉ……!!」

 

「か……ぉ……!!」

 

「し……ン……か……ヲ……!!」

 

「Si……んか……ヲ……!!」

 

「しンカを……!!」

 

「シんかWo……!!」

 

「しんKaお……!!」

 

「シンカを……!!」

 

『シンカ……シンカ……シンカ……シンカ……シンカ……シンカを……!!』

 

 

 

―――シンカをおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――!!!

 

 

 

 人型が一斉に吠え、空気がビリビリと震える。意味の無いことを叫びながら、人型達は突進してくる。霊夢達は散開し、それぞれを迎え撃つ。

 

 人型は見える範囲に十体程存在している。自分達は全部で八人。その内紫に藍と幽々子がくっついているので、厳しい戦いになりそうだと魔理沙は舌打ちを一つする。

 

 だが、伊達に普段から反則じみた強さを誇る強大な妖怪達と弾幕ごっこをしていない。人型の攻撃を避けながら、彼我の力量の差を推し量る。

 

「へっ! 腕力は強そうだが、当たらなけりゃどうってことないぜ!」

 

 魔理沙は箒を巧みに操り一定の距離を置きながら弾幕を張る。周りを見てみると皆も同じように戦っているようで、早々に方が付きそうだ。そう思っていたのだが……。

 

「うあああああっ!?」

 

「にゃーーーっ!?」

 

 それぞれ別の方向から悲鳴が響く。その悲鳴を上げているのは―――。

 

「妖夢っ!!?」

 

「ちぇええぇーーーん!!?」

 

「え、ちょっ!? 二人共!!?」

 

 幽々子と藍は直ぐ様紫から離れ、それぞれの従者の下へと急行する。唐突に置いてけぼりを食らった紫は二人を呼び止めようとするが、その時には既に二人は言葉で止まるような状態ではなかった。

 

「シィィィァアアァァアアァアアアァ!!!」

 

「―――ひっ!?」

 

 二人を呆然と見送ってしまった紫は、近付いてくる人型に気付かなかった。口から出るのは生理的嫌悪感と恐怖心からくる、引きつった呻きのみ。彼女の心に深く刻まれている絶対的な恐怖心は、それこそ彼女が思っている以上に深く、大きい。故に人型が振り上げる右腕に気付く事もなく、紫の目の前はどんどんと白く染まっていく。

 

 それを止めようとしても、弱りきった心ではそれすら成すことは出来ず、紫の意識はそこで闇に呑まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

番外編・中編

『黒い月より来たるモノ』

~了~




お疲れ様でした。

今回白蓮と神子を登場させましたが、道教と仏教について甚だ勉強不足でした。笑ってお見逃しください……。

あと、人型の第一声を「じょうじ」にするかで小一時間悩みました。ハハッ。

次回、やっと紫に何があったのかが明かされます。
分かっても声には出さず、そっと仕舞っておきましょう……。

それでは次回をお待ちください。

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