東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

好きな魔法は天紫点精穿印のタナボルタです。

今回は十一話目。ちょっとずつ話が進んでおります。

ではまたあとがきでお会いしましょう。


第十一話『新しい日々の始まり』

 

 横島忠夫の朝は早い。

 

 彼の毎朝の起床時間は早朝五時。元の世界に於いて弟子の犬塚シロに毎朝散歩をねだられていたせいか、彼は自然とこの時間に目が覚める様になっていた。

 

「んぁ……」

 

 まだ太陽が半分以上隠れている中、彼は窓から入り込む僅かな光の刺激を受け、瞼を開く。

 

「くぁ……。はぁ。またか、こいつら……」

 

 欠伸をしつつ、ゆっくりと体を起こす。まず目に入ったのは、自分のベッドに潜り込み、腕や体に抱きついてきているパジャマ姿の妖精メイド達の姿だ。

 

 それは横島が紅魔館の執事となった日の翌日から始まり、それから今日まで同じ顔は一つと無い。どうやら一晩交代制らしく、毎回違う妖精メイド達がベッドに潜り込み、誰かしらが横島のパジャマをよだれで汚している。

 

 横島は溜め息を吐きつつもベッドから抜け出す。その際に妖精メイド達を起こさない様に注意を払いながら、絡み付いている彼女達の手足を優しく解く。

 

「まったく、腹出して寝てんじゃねーぞ……っと」

 

 彼は妖精メイド達の寝相を正し、掛け布団を静かに掛けてやった。

 

 唐突に始まった妖精メイド達のこの行動は、パチュリーが言うには「貴方の霊波動に、この子達が惹かれたようね」ということらしい。人外に好かれることは自覚していたが、霊力のパワーアップと同時にそれすらも強化されてしまったのだろうか。どうせならバインバインなお姉様に好かれたい。

 

「ふっ……」

 

 考えていることはヨコシマなのだが、何故だか彼の表情は爽やかな笑みを浮かべている。思考と肉体が一致していないのは今までの経験故か。

 

 横島は妖精メイド達の頭を優しく撫で、着替えを持って部屋の洗面所へと向かう。そのまま洗顔と歯磨きをし、パジャマから執事服へと着替える。

 

 着替え終えた横島は極力音を立てないようにとりあえずの洗濯物を籠に入れて持ち、紅魔館共用の洗濯場へと移動する。

 

 紅魔館の中庭に程近い場所にある共用洗濯場。夜の淀んだ空気と入れ替わり、清々しく澄んだ空気を堪能しながらの道程は、似合わないことに彼の楽しみの一つとなっていた。

 

「やっぱ夜の空気より朝の空気だな……。お嬢様が聞いたら怒りそうだけど」

 

 程無く到着した横島は籠をその場に下ろし、洗濯物が風で飛ばないようにネットで蓋をする。一度風で飛ばされたのか、彼のワイシャツが一枚無くなった事があったからだ。

 

「さて、次はっと」

 

 横島は軽く肩を回しながら紅魔館の正門を目指す。勿論紅魔館から出るのではなく、門番に用があるのだ。

 

 横島が執事となった次の日の朝、自分がいつの間にか寝ていた事に困惑し、更に自分の体に何人かの妖精メイド達がくっついていたのを見て驚愕し、自分を全く信用していない彼はひどく狼狽した。

 

「ワイは……ワイはついに堕ちる所まで堕ちたというんか……!? バインバインなお姉様やなく、こんなロリっ娘達と……!!? 初めてが複数人……!? 何で覚えとらんのや!? いや、覚えとってもそれはそれで問題やけど!!」

 

 頭を抱え、ぐねぐねと悶えている。輝夜や藍といった完成された傾国傾城の美女が、美女という名の年下美少女(見た目)だったのが原因なのか、彼の言葉は普段からは考えられない物となっている。

 

「うにゅ……」

 

「……!」

 

 一通り悶えていると、彼に抱きついている妖精メイドの一人が少々変わった声を上げた。起こしてしまったのかと慌ててしまったが、どうやらただの寝言だったらしい。

 

「……いや、起こして現状について説明してもらった方がいいな。とりあえずこの中の誰かを起こして……」

 

 丁度横島が右脇腹に抱きついている妖精メイドを起こそうとした時、部屋のドアがガチャリと音を立てて開いた。

 

「横島さ~ん、起きてませんよね~?」

 

 ともすれば、聞き逃してしまいそうになるほどに小さく囁きながら室内に侵入してきたのは美鈴だった。声の調子が楽しげに弾んでいたので、寝起きにドッキリでも仕掛けようというのだろう。

 

 横島は一瞬ビシリと固まった後、ゆっくりとドアの方を振り向いた。

 

「め、美鈴ちゃん……?」

 

「ああ、何だ起きてたんですね。それはそうと私もちゃん、付け、は……?」

 

 前半はにこやかに笑顔を浮かべていた美鈴なのだが、後半になるにつれ笑顔は凍り、驚愕へと変化していく。

 

 凍りついたかの様な空気が漂うこと数秒。美鈴は愛想良く「えへへ」と笑った後、身を翻した。

 

「ごゆっくりぃ!!」

 

「待っ―――!?」

 

 待っての一言すら言えない程のスピードで美鈴は部屋から逃げ出した。横島は体にくっついている妖精メイド達から瞬時に抜け出すと、美鈴の後を遮二無二追い掛ける。

 

「待って! これは事故だ!!」

 

「事後!? そんなのはあの状況から察してます!!」

 

 横島の必死の言葉を微妙に聞き間違えながら疾走する美鈴。横島はそれにめげずに速度を上げ、美鈴と併走しながら説得を試みる。

 

「いやそうじゃない! 誤解……! そう、全ては誤解なんだ!」

 

「あんな小さな娘達と五回もしたんですか!? 二号の言うとおり、とんだ暴れん棒将軍ですね!!」

 

「何の話だあああああーーーーー!!!?」

 

 色々と思い出して泣きたくなる横島であった。

 

 その後、結局すぐに美鈴は捕まり、横島の心の底からの言葉によって誤解は解けた。美鈴は胡散臭い笑顔で「信じていました」と宣ったが、横島からは絶対零度の眼差しを頂戴した。

 

 ……甚だどうでもいいことなのだが、二人は約一キロメートル程を全力で走り、息切れ一つ起こしていない。しかも大声で話しながら、である。美鈴はともかく、横島は本当に人間なのであろうか。

 

 紆余曲折あったが誤解も解けたので、横島は美鈴が朝早く部屋に訪ねて来た理由を聞くことにした。

 

「んで? こんな朝早くに何かあったの?」

 

「あー、それなんですけど……」

 

 美鈴は頭を掻いたり視線を泳がせたりと、どうも落ち着かない様子だ。あーうーと唸り、天を仰いだりしていたが、やがて覚悟を決めたのかぼそぼそと話し始める。

 

「その……昨日の夜、色々と話を聞いちゃったじゃないですか」

 

「……ああ」

 

「あの時、横島さんは私達に対して嫌な思いをさせたって言ってましたけど、やっぱり自分の心の傷をさらけ出す方が辛いと思うんです」

 

「……」

 

 美鈴は横島の目を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと語りかける。

 

「最初は、寝起きにちょっと驚かせてリフレッシュさせようかなーって思ってたんですけど……私の方が驚いちゃいましたし」

 

「リフレ……?」

 

 この世に寝起きドッキリでリフレッシュ出来る人間が居るのかは定かではないが、少なくとも横島はリフレッシュ出来ない側の人間のようだ。

 

「だから、横島さん」

 

 美鈴は眉をキリリと引き締め、横島に提案を持ちかける。

 

「これから、私と太極拳をしませんか?」

 

「……………………?」

 

 思わず首を傾げてしまう横島。だが、それも仕方がないであろう。美鈴の話はそこに至るまでの過程がスポーンと抜けている。流石の彼も説明無しでは理解が追いつかないようだ。

 

 そんな横島の表情を見て察したのか、美鈴は咳払いを一つし、先程の提案の補足をする。

 

「いえ、そのですね。やっぱり嫌なことがあった後だと、気持ちも沈んじゃいますよね? 私はそういう時は体を動かして憂鬱な気分を発散するんです。体を動かしている間は嫌な事は忘れられますし、体を動かした後には気分もスッキリ爽やかになるものです。特に今日みたいな晴れの日に運動するのは気持ちいいですし。だから、やりましょ? 私と一緒に太極拳」

 

 美鈴は少々恥ずかしかったのか頬を赤らめ、まくしたてる様に早口で理由を話す。それでも最後に彼女は横島ににっこりと微笑んだ。

 

「……ああ、そうだな。やってみようかな」

 

「あはは、良かった。それじゃあ正門に行きましょう。私はいつもそこでやってますから」

 

「はいはい」

 

 横島は苦笑しつつ美鈴に続く。それは美鈴のほっとした姿に加え、自分の精神状態も含んだ物だった。もしかしたら、紫や永琳の言っていた様に自分で思っていた以上に溜め込んでいたのかもしれない。それを察した彼女は、自分に対して気を使ってくれたのだろう。彼としては美鈴の気持ちに申し訳ない思いが湧き上がるが、それ以上に嬉しくもある。

 

「さ、早く行きますよ横島さん!」

 

「りょーかい、美鈴ちゃん」

 

「もう、ちゃん付けはいいですって」

 

 何より、美鈴の笑顔を曇らせたくはない。彼女の笑顔は今日の天気と同じ。澄み渡る青空の様に人を朗らかにさせてくれる。それは、横島にとっても同じこと。いつの間にか、太陽は昇っていたのだ。

 

 そして、その日より九日。横島が紅魔館の執事となって十日目の今日も、正門に居る美鈴を訪ねる。

 

 横島の一日は太陽を拝むこと―――美鈴と逢うことから始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 あれから約一時間程が経ち、妖精メイド達の起床時間となった。紅魔館に目をやれば、グループ分けされた妖精メイド達が慌ただしく仕事の準備をしている。

 

 美鈴は門番の他に花畑の管理も任されている。「水やりは朝の内に行った方が良い」と、美鈴は横島と別れ、花畑に向かった。横島も咲夜と合流し、皆の朝食の準備にかかる時間帯であるのだが、横島は晴れ渡る空を見上げている。

 

「……」

 

 横島は紅魔館の執事となってからの生活を思い起こしている。何度か失敗をしたが、同じ間違いは犯さないように注意し、立派に仕事をやり遂げている。レミリアが言っていた通り激務であったが、ゴーストスイーパー時代の理不尽な仕事内容に比べれば、この程度どうということはない。

 

 上司である咲夜に指導され、期待され。パチュリーと互いの世界の技術を話し合い。美鈴とは愚痴を交わしたり励ましあったり。小悪魔とは互いの苦労を労ったり。妖精メイド達と協力して仕事をこなし。フランと遊び、レミリアの命を奉ずる。

 

 もしかしたら紅魔館の執事とは、彼にとって天職なのかもしれない。横島忠夫という男は強気な女性が好みである。そこに付け加えれば彼には丁稚根性が染み付いているので、彼女達に奉仕することに喜びを感じている可能性もある。更に彼はある種軽度のマゾヒストであるため、口では文句を言いつつも心にはまだ彼には理解出来ていない快感が去来する。……もし気付いてしまえば、新たな扉が開かれるであろう。

 

「……どうして」

 

 ただ、彼には一つだけ許せない事柄があった。『それ』を看過出来ず感情が熱を持ち、悲鳴を上げる。彼の目からは、ぽろぽろと涙が零れていた。

 

 横島は感情の命じるままに声を上げる。

 

「どうして紅魔館に住んでる女の子達は皆ロリっ娘ばっかりなんや……!!!」

 

―――彼の涙は、何時しか赤黒く染まっていた。

 

 そこに、数人の妖精メイドを引き連れた咲夜が現れる。

 

「……メイド長、また横島さんが血涙を流してますよ」

 

「ということは、そろそろ朝食の準備をしないといけないわね」

 

 咲夜は妖精メイドの言葉に懐の懐中時計で時間を確認し、これからの仕事を組み立てる。どうやらこの十日間の内に、すっかり日常の光景となったらしい。

 

「横島さーん、そろそろ朝食の準備に取りかかるわよー!」

 

「うっす! 今行きまーっす!」

 

 咲夜の言葉に横島は笑顔で振り返る。何だかんだ言いつつも、紅魔館に存在する女の子達は皆将来が楽しみな美少女揃い。バインバインなお姉様が居ないのは残念ではあるが、横島は彼女達の未来という可能性を信じて働き続けるのだ。

 

 最早血涙は無く、彼は笑顔を浮かべて仕事へと取りかかる。十日の内に、彼は仕事にやりがいを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 場所は移り、現在紅魔館の主要メンバーが集まっているのは館内のグレート・ホール、食堂だ。今日の朝食は輝夜がリクエストした和食。鮭の切り身の塩焼き、出汁巻き卵、豆腐とワカメの味噌汁、納豆、そして白ご飯。

 

 紅魔館では基本的に食事は洋食に偏り、和食を食べることはあまり無い。洋食も嫌いではないのだが、輝夜は日々の食事に若干の物足りなさを感じた。それがご飯の有無であった。輝夜としては食事にご飯は付き物であり、偶に抜くのならまだいいが、全く無いというのは少々抵抗がある。

 

 そこで輝夜はおねだりをしたのだ。自らの美貌を理解している輝夜は『上目使い』で、『横島』の『両手』を『握り締めながら』おねだりをした。

 

『横島さん……。偶には、白いご飯が食べたいな……』

 

『ごぶぅっ』

 

 横島は軽く吐血をし、咲夜にお伺いを立てる事を約束せざるを得なかった。そしてその意見は却下されることは無く、存外にすぐ通ることになった。どうやらレミリアが納豆を食べたかったらしい。

 

 十日前の宴会で永琳に『納豆臭い』と言われたのが堪えていたようだが、結局食欲には勝てなかったらしい。しかもそれ以来考えることすら我慢していたのだから、今感じている納豆を食べるという喜びも一入だ 。本人は澄ました顔をしているが、背中の羽はパタパタと揺れており、その感情を分かりやすく表現している。

 

 他の皆にも好評であり、特に永遠亭メンバーが喜んでいた。そのまま和気藹々とした雰囲気に包まれている。そんな中、永琳は食事後すぐに席を立ち、「ちょっと急ぎの用事があるから」とそそくさとホールを出る。

 

 輝夜は鈴仙に視線をやるが、鈴仙は首を横に振る。他の面々も首を傾げるが、永琳は薬師なのである。また何か変な薬を作ろうとしているだけなのかもしれない。

 

「……止めた方がいいんじゃ……?」

 

「……相手は永琳なのよ?」

 

「……」

 

 永遠亭メンバーは不安を覚えるが、永琳とてそう何度もおかしな薬を作りはしないだろう。彼女達はそう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 永琳は自分の部屋に戻り、お茶を入れる。紅魔館では紅茶がほとんどのため、今用意しているのは日本茶だ。実際には望めば和食も日本茶も出してくれるのだが、彼女達は自分達が『お客さん』であると認識しているので、遠慮しているのだ。普段の姿からは考えられない謙虚さである。

 

 永琳は自分ともう一人、二人分のお茶を用意し、空中へと声をかける。

 

「さて、貴女の分もお茶を淹れたから、そろそろ姿を見せたらどう?」

 

 本来なら応える声などあるはずがない。しかし、永琳の言葉に対する応えはすぐに返ってきた。

 

「あら、やっぱりバレてましたわね」

 

 永琳から離れること二メートル弱。その空間に『穴』が空いた。両端をリボンで結んだ様な穴、『スキマ』である。そこから現れたのは紫色のワンピースドレスを纏った少女、八雲紫。

 

 紫は数日前に体調が完全に復調し、紅魔館を辞していた。その際、フランが若干寂しそうにしていた事実が紫の心に大切に刻まれている。

 

「あれだけ露骨に見られればね。……それで? 今日は何の用なの?」

 

「少し聞きたいことがあるの」

 

 紫は永琳からお茶を受け取り、一口含む。永琳は紫の言葉を同じくお茶を飲みながら待つ。

 

「ほら、レミリアって困った人を進んで助ける様なタイプじゃないじゃない? だから、貴女達や横島さんを紅魔館で受け入れたのは何故なのかしら……って、ね」

 

「ああ、それね」

 

 永琳はお茶で唇を濡らして紫の問いに答える。

 

「簡単よ。紅魔館と永遠亭のメンバーの違いを考えればすぐに分かるわ」

 

「違い……? ああ、そういうことね」

 

 永琳の返答に紫も最初は思案に耽るが、すぐさま答えを導き出し、つまらなそうにスキマから取り出した扇で口元を隠す。

 

 紅魔館メンバーと永遠亭メンバーの違い。ズバリ言えば各人の健康状態だ。

 

 精神的に情緒不安定であり、引きこもりがちなフラン。同じく引きこもりがちであり、虚弱体質で喘息持ちのパチュリー。ワーカーホリックで休んでいる風にはとても見えない咲夜。一見健康な様に見えるが、何か病気を患っているのではないかと心配になるくらい昼寝をする美鈴。パチュリーにこき使われていつも疲れている小悪魔。

 

 正直、健康と言えるのは主であるレミリアしか居ないのではなかろうか。

 

 博麗神社に遊びに行ったりなど、周りに合わせる為に早寝早起きをし始め、咲夜をお陰で毎食栄養管理をしっかりとされた料理を食べ、弾幕ごっこなどでしっかりと体を動かし、パチュリーに呆れられないように図書館で勉学に励む。

 

 レミリアは、吸血鬼にあるまじき健康的な毎日を過ごしている。

 

 そう。主であるレミリア以外の不健康さは、幻想郷でも屈指。紅魔館とは、幻想郷に数ある陣営の中で最も不健康なグループなのだ。

 

「つまり貴女達永遠亭メンバーを招いたのは、自分達の健康管理をしてほしいから……ってことなのね」

 

「その通り。……中々可愛かったわよ? 内緒話をするみたいに話しかけてきた時は……」

 

 そう言った永琳はその時のレミリアの様子を思い出したのか、微笑ましい気分に浸っている。紫にはあまり想像出来ないような事であり、少々懐疑的である。

 

「じゃあ横島さんを雇ったのは、十六夜咲夜の負担を減らすためかしら」

 

「まあ、そうでしょうね。実際彼は凄く頑張ってるみたいよ? 咲夜も「仕事が多少楽になった」ってレミリアに話してたみたいだし」

 

「あら、彼女に認められるとは凄いですわね……」

 

 紫は永琳の話を聞き、お茶を飲む。まったりとした雰囲気の中、部屋の外から横島と妖精メイドの叫び声が聞こえてきた。

 

「とおおおおおりゃあああああーーーーー!!」

 

「うりゃー!」

 

「そりゃー!」

 

 ドタバタとした足音を響かせながら、部屋の前を通過する。何事かとドアの方に振り返った紫だが、今度は往復してきたのか、また同じ様に叫び声が響いた。

 

「……あれは何事?」

 

「何でも気合いを入れるためですって。確か、昔友達に借りたゲームがどうこうって言っていたわ」

 

「よく十六夜咲夜が許可しましたわね……?」

 

「信じられないことに、今までよりも効率が上がってるらしいのよ。横島君は「妖精とはいえ『メイド』だもんな!」って、訳の分からないことを言っていたけど……」

 

 流石の二人でも首を傾げるしかなかった。

 

「……それで?」

 

 永琳は少々変になった雰囲気を誤魔化すためか、急に真面目な顔をして紫に問いかける。紫も「何が?」とは返さない。永琳に倣って真面目な表情を作る。今日永琳を訪ねた本題に入るつもりだ。

 

「貴女が初めて横島さんに出会った日から今日まで。ずっと疑問に思っていたことがあるの」

 

「……続けて」

 

「貴女は私の様に横島さんに対する負い目が無い。だというのに、貴女は横島さんに対して友好的すぎる」

 

 それは紫だけでなく、永遠亭の皆も感じていたことだ。

 

 確かにあの時永琳が言った様に横島の人柄もあるだろう。彼は人外に好かれやすいという性質を持っており、紫を含む幻想郷の皆と交流し、すぐに打ち解けることが出来た。事実この十日で彼は既に皆と違和感無く生活出来ている。

 

 だが、永琳は違う。彼女は横島と話す前から、会った瞬間から彼に隔意を持っていなかった。

 

 彼を移動させるのに率先して行動したのは永琳であるし、彼の女好きな性格を一番早く見抜いていたのも、彼の今後の身の振り方を真っ先に心配したのも、彼の人外に対する考え方を引き出したのも永琳だ。そして、横島が過去の心の傷を語った時。彼女は、真摯に横島へと向き合った。

 

 今思えばあの時の永琳は、横島に対する距離が余りにも近すぎた。初対面であったことに疑いは無いが、まるで昔からの友人のようである。

 

「何か、彼について知っていたの? 貴女が見ず知らずの人間を輝夜に近付けるとは考えられないし……」

 

 紫の言葉に、永琳は黙り込む。別に理由を話さないという意思表示ではなく、言葉を探しているのだ。

 

 数分の時が経ち、永琳は残ったお茶を飲み干して紫に直る。

 

「あの時は、自分でもどうかしてたわね。あんな事があったから、ちょっと気が動転してたのかしら」

 

 自嘲気味に語る永琳だが、声に迷いは無く、スラスラと言葉を紡いでいく。

 

「まあ、私の薬が原因の一つだから、負い目が全く無いって訳でもないのだけれど。……本当にね、何でもない理由なのよ。―――ただ、懐かしい気持ちになったのよ」

 

「懐かしい……?」

 

 永琳の声音と表情は、それが真実であると如実に語っている。紫は永琳の言葉を待った。

 

「昔、そうね……。千二百年~千三百年くらい前かしら? 輝夜は知らないことだけど、当時ちょっと困ったことがあってね。横島君は、その時に助けてくれた恩人に似てるのよ」

 

 それは、永琳が月から輝夜の元へと訪れた辺りであろうか。紫は輝夜との逃亡生活での事と推察する。

 

「女好きな性格も、人外の存在でも、私の様な可愛い女の子なら気にしないところも……。まあ、容姿も似てるといえば、似てるかしら」

 

 おとがいに指を当て、その人物を思い起こす永琳。紫は彼女の発言にツッコミを入れたかったが、やぶ蛇になりそうなので我慢した。代わりに純粋な疑問を投げかける。

 

「どんな人だったのかしら? それくらいの時期なら、人外に対して理解があるのは怪しいけれど」

 

「彼は『人外』に対する組織の人間だったからね。色々と融通してもらったり、誤魔化したりしてもらったのよ」

 

「組織?」

 

「ええ。彼は陰陽寮っていう組織に所属していた、最高クラスの陰陽師。名前は―――そうそう、確か『高島』と言ったわね」

 

 

 

 

 

 

 

 人間の里に存在する寺子屋。その教師である上白沢慧音の家を、妹紅は訪ねていた。あの異変から約二週間。天狗の射命丸文から慧音は聖白蓮や豊聡耳神子、八坂神奈子らと共に里の人間達のメンタルケアに明け暮れていると聞き、陣中見舞いに訪れたのだ。

 

「いやー、慧音。しばらく見ない間に隈が凄いことになってるな……」

 

「ははは……。皆がひっきりなしに訪ねてくるんでな、余り寝ていないんだ」

 

 そう言って慧音は妹紅が持ってきてくれた苺のショートケーキを一口食べる。紅魔館のメイド長十六夜咲夜謹製のケーキは、疲れた体に染み渡るのか慧音は至福の笑みを浮かべている。

 

「悪いな、役に立てなくて……。何だか私だけ楽しく過ごしているような」

 

「なに、気にすることはないさ。改善されてきてるとはいえ、妹紅は人見知りする質だからな。それに、そういう事は苦手だろう?」

 

 それを言われれば妹紅は笑って誤魔化すしかない。目をそらしながら慧音が淹れてくれた熱いお茶を啜る。

 

「そういえば、妹紅の家は大丈夫だったのか? 永遠亭はほぼ全壊だったらしいが……紅魔館に住まわせてもらった方が良かったんじゃないか?」

 

「ああ、私の家は大丈夫だしな。永遠亭や紅魔館の連中は私も一緒に住めばいいとは言ってくれたけど、やっぱり住み慣れた家が一番だしな。ああいう所は住むよりも遊びに行ったり泊まりに行ったりする方が楽しめる。……自分の家の方が、ここにも近いしな」

 

「……そうか」

 

 妹紅の言葉に、慧音の心には喜びの感情が溢れ出す。彼女の一番の理解者を自負する慧音としては、妹紅が自分を大切に思ってくれていることが純粋に嬉しく感じる。

 

「それにしても、向こうでは何かあったりしたのか? 紅魔館にはごく偶に催される宴会でしか行ったことがないからな」

 

 その言葉を皮切りに、妹紅は紅魔館での宴会や、泊まった時の事を話し始める。それを妹紅がケーキと一緒に持ってきてくれた紅茶を飲みつつ聞いていたのだが、とある言葉を聞いた瞬間に噴き出してしまう。

 

「ぶふぉっ!!?」

 

「うわぁっ!? ど、どうした慧音!?」

 

「げほっ、げほっ! す、すまん妹紅。ちょっと、予想外な台詞が聞こえたから」

 

 慧音の言葉に首を傾げる妹紅。とりあえず慧音の背中をさすり、先程の発言の意味を聞く。

 

「で、予想外な台詞って?」

 

「ああ……。紅魔館に新しく人間が雇われたんだって?」

 

「え? うん。横島っていう『男』だけど」

 

「……そうか」

 

「慧音? おーい」

 

 途端に俯き、何やらブツブツと呟き出す慧音。妹紅には彼女が呟いている内容が聞こえないのか、不思議がっている。

 

(まさか、あの妹紅が男に関する事をこれほどまでに楽しげに話してくるとは……。私でさえ妹紅と打ち解けるのにかなりの年月が掛かったんだぞ? それを僅かな時間で……。妹紅が言うには、横島という輩は女好きで軟派な性格らしい。そんな奴と妹紅が交友を持ったら、何か悪い影響があるのではないか? いやいや待て待て。この私の考えは単なる憶測であり、偏見からくるものだということを留意せねば。だが、妹紅の話からではこれ以上の推測は出来ん。これはもう仕方ないか……)

 

 慧音はガバッと顔を上げ、妹紅は突然の彼女の行動に体をビクリと揺らす。慧音は妹紅の肩に手を置き、こう宣言した。

 

「その横島という男、妹紅に相応しい男かどうか、私がこの目で見定めてやる!」

 

「……はあっ!?」

 

 どうやら何かを盛大に勘違いしたようだ。それだけ妹紅が特定の男について話すのは珍しいことだったのであろう。

 

 妙に張り切った様子の慧音は妹紅の言葉に耳を貸さず、「そうとなれば早く人里の皆に元気を取り戻してもらわんとな!」と、先程までの疲労が溜まった姿からは想像も出来ない程に溌剌とした様子で家を出て行った。

 

「ちょ、慧音!? 誤解!! 誤解なんだってーーー!!」

 

 慧音は気付いていない。妹紅が誰かと打ち解けることが出来る様になったのは、紛れもなく慧音自身の功績であることに。

 

 晴れ渡る空の下、沈んだ人間の里には妹紅の必死の叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

第十一話

「新しい日々の始まり」

~了~

 

 

 

 

 

以下どうでもいいおまけ

 

 

 

 

 

 幻想郷に存在する霧の湖!! その奥に鎮座する紅い館には、数々の人外の存在が集っていた!!

 

「ちぇすとー! 不動砂塵爆(きゅっとしてドカーン)!!」

 

 破壊百段の異名を持つ悪魔の妹! フランドール・スカーレット!!

 

「駄目ですよ、妹様! そんなに散らかしちゃ!」

 

 あらゆる中国拳法の達人! 紅美鈴!!

 

「小悪魔、その本を片付けた後はそこと向こうの棚を片付けてちょうだい。あと紅茶」

 

 哲学する大図書館! パチュリー・ノーレッジ!!

 

「は、はーい! ちょっと待ってくださーい!!」

 

 裏図書館の死神(?)! 小悪魔!!

 

「パチュリー様、紅茶は私がお淹れいたします。小悪魔、貴女は片付けを頑張ってね」

 

 完璧と瀟洒の申し子! 十六夜咲夜!!

 

「あ゛ー、今日も紅魔館は平和ねー……」

 

 無敵お嬢様! レミリア・スカーレット!!

 

 そして彼女達に従い、日々激務をこなす少年が居た!

 

「お嬢様ー! 頼まれてた仕事は終わりましたー!」

 

「じゃあアレとコレとソレを追加で」

 

「の゛ーーーぅ!!?」

 

 史上最強の丁稚! 横島忠夫!!

 

 ここは幻想郷に存在する紅い洋館!! 人はこの館を悪魔の棲む家『紅魔館』と呼んだ!!

 

 

 

 

 

おまけ~了~




お疲れ様でした。

ルビは上手くふれたかな……?

おまけは、あれです。思い付きです。
もしネタが被ってたらごめんなさい。

でも小悪魔以外ははまってると思います。(自画自賛)

フランちゃんはね、拳をきゅっとして相手をドカーンするわけだから間違ってはいないと思います。

今回はちょっとした爆弾がありましたね。回収するのは何時頃になるのか……。

更に言えば、もうそろそろ横島君の人外キラースキルの被害者(笑)を出さないとなぁ。

とにかく次回の投稿をお待ちください。


あ、次回に慧音の登場予定はありませんのであしからず。

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