遅れましたが、第十二話をお届けです。
そろそろ横島の犠牲者(笑)が出そうです。
それではまたあとがきでお会いしましょう。
紅魔館での執事生活を毎日面白おかしく過ごしている少年、横島忠夫。
だが彼は休憩時間になると、普段の様子からは想像が出来ない行動を取る。
「……」
彼が現在行っているのは霊力の操作。『サイキックソーサー』の生成である。彼からすればそれは初めての師匠とも言える存在から教わった『基礎中の基礎』なのだが、彼のそれは凡百の霊能者の物とは文字通り格が違う。
本来霊力とはその名が示す通り霊的な力の事であり、よほど強力に顕在化しなければ物理的な威力は発生しない。神魔と違い人間は肉体という『枷』が魂の力である霊力を阻害し、秘められた莫大な力を揮う事が出来ないのだ。人間という枠組みで本当の霊力を扱える存在、それは肉体という枷から解き放たれ、精神的なリミッターすら外れた『悪霊』だけなのである。
だというのに、彼が無造作に集めた霊力は高度に集束され、物理的な威力すら発揮している。それは彼の才能が集束に特化していたことに理由があった。
彼の霊能である『サイキックソーサー』、『栄光の手』、そして切り札である『文珠』。これらは全て霊力を一点に集束し、物質の領域にまで昇華させることによって発動する。初めての師匠の教えの賜物か、彼は発現した霊能を短い期間で使いこなすまでに成長した。
魂に刻まれた霊能。魂から抽出する霊力。そのバランスを最適化させる才能。それが、ゴーストスイーパーとしての横島忠夫を支えていた柱。
―――だが、その柱に歪みが生じている。
「くっ……!」
彼の突き出された右の掌に生成された霊力の盾サイキックソーサー。その全長は一メートルを超え、安定せずに絶えずブレが発生している。
それは、彼が博麗神社で生成した時から変わらない。謎の霊力の爆発的増大という歪みの前に、彼の柱が揺らいでいる。
それは動揺を生み、動揺は焦りを生み出す。横島が休憩の度に現在の状況から脱しようとする所から、彼の焦りがどれほどの物かを物語っている。
「……くそっ!」
それも当然だろう。今まで扱えていた霊能がいきなり制御不能になり、元の世界へと帰還するための要である文珠はおろか、満足に集束も出来ない。紫が横島を元の世界へ帰す為に尽力しているが、もし現在のまま元の世界へ帰ったら。ただ霊力だけが馬鹿高い、操作すら覚束無い状態で帰ってしまったら。
「殺される……! 美神さんに、殺される……!?」
ただでさえ既に二週間近く日にちが過ぎているのだ。もしかしたらもう駄目かもしれない。
「―――次はイケメンに生まれたいな……」
「……どうしたんです?」
絶望にまみれた独り言に問いを返したのは美鈴であった。彼女の手にはタオルと冷たいお茶が入ったコップ。美鈴は横島に、まずコップを差し出した。
「あー、ありがとう美鈴」
「いえいえ、それとタオルもどうぞ」
横島はコップのお茶を一気に呷り、美鈴から受け取ったタオルで額に浮かんでいた汗を拭う。
「……大丈夫ですか?」
美鈴のその問いには答えられなかった。体力的には問題は無いが、精神的な面ではあまり大丈夫ではないことを自覚しているからだろう。
「あまり根を詰めては逆効果になります。今の横島さんの気はかなり乱れていますからね、焦るのは分かりますがちゃんと休んでください」
美鈴に窘められた横島は、苦笑いをしつつ頭を掻く。彼女は見た目が横島よりも幼く見えるため、端から見れば年下の少女が年上の少年にお姉さんぶった振る舞いをしている様にも見える。それが横島には微笑ましかったのだが、心の奥底で無意識の内に僅かばかりの煩悩が揺り動いていた。少々癖になったのかもしれない。
「分かっちゃいるんだけどなー」
「まずは気を静めましょう。今のままでは気が逸るだけですから」
「そーだな……」
横島は静かに深呼吸を始め、美鈴はそんな彼の気の流れを見る。実は気の流れ自体には問題は無いのだ。
「……そういや、美鈴って人の『気』とか、そういうのが見えるの?」
「ええ、見えますよ。私の能力は『気を使う程度の能力』ですから」
「……へぇー」
美鈴から答えを貰った横島は、今までの美鈴の言動を回想する。妖精メイドをフォローしたり、咲夜を手伝ったり、小悪魔にマッサージを施したり、勿論横島自身も随分と美鈴に助けられている。彼はなるほどと頷いた。
「確かに美鈴って皆に気を使ってるよな。昼寝してる所も見るけど、皆の優しいお姉さんって感じなのか。……ちょっと天然なとこも可愛いし」
「……え、優しい? いやお姉……? というか可愛……っ!?」
横島の言葉に美鈴は顔を赤くする。実は紅魔館の中では男性と接する機会が一番多い彼女であるが、妖怪であるからか口説かれたことなどはあまり覚えがない。彼の言葉がナイスバディなお姉様に対する煩悩にまみれた台詞ではなく、心からの言葉をさらりと発したのも関係があるだろう。彼女には横島の笑顔が眩しく見えた。
「……って、あれ?」
多少混乱した美鈴だが、横島の言葉に少しばかりの違和感を覚えた。よくよく考えてみれば、彼は勘違いしているようだ。
「あの、私の『気を使う』はそっちじゃなくて『オーラ』とかそういうのなんですけど……」
「え? あー、そうだったのか。……でも能力とかじゃなく皆に優しく出来るのはすげーよな。俺にはマネ出来ねーしさ」
「あう……。あ、ありがとうございます……」
横島の賛辞に美鈴は再び顔を赤くし、俯いた。実年齢の割に免疫が無いのか、鼓動も高鳴っている。
美鈴が照れて俯いている間、横島はぼうっと空を見上げていたのだが、何か思いついた様に美鈴へと顔を向ける。
「そういやレミリアお嬢様の王気(オーラ)も凄い物があるよな」
「え? はい、確かにお嬢様の気(オーラ)は凄まじいですが……?」
美鈴は何となく話が噛み合っていない様な感覚を受け、首を傾げる。二人の間には割とどうでもいい溝も存在しているようだ。
美鈴が頭上にクエスチョンマークを浮かべて唸っていると、背後から人影が現れた。
「こんなところに居たのね、美鈴」
「あれ? どう……したんですか、咲夜さんその怒気(オーラ)は」
やってきたのは何やら複数の妖精を引きずっている咲夜。彼女のこめかみには井桁の血管が浮き出ている。
「別に何でもないわよ? ただ門番がどこかに行ったせいで悪戯好きな妖精三人組が紅魔館に侵入して洗濯物が台無しになったり掃除したばかりの部屋を汚されたりお嬢様と妹様にお出しする予定だったケーキを食べられたりしただけだからね……!!」
目の前の少女は鬼と化していた。美鈴は咲夜の言葉にビシリと固まり、全身から冷や汗を滝の様に流している。横島は美鈴と妖精達に憐れみの視線を送った後、静かに咲夜の後ろへと移動した。
「あの……美鈴は俺を心配しての行動だったので、多少は手加減を……」
横島はおずおずと咲夜に進言する。美鈴は横島に輝く視線を送るのだが……。
「―――なにか?」
「……………………なんでもないっす」
その瞳は一瞬で光を失った。横島は咲夜の笑顔の圧力に耐えきれず、後ろを向いて耳を塞いでしゃがみこんだ。白々しくも「何も聞こえなーい」などとほざいている。
「さて、美鈴……?」
「ひいっ!?」
紅魔館全域に、美鈴の叫びが木霊した。
その間横島は何も見えない振り、聞こえない振りをしながら咲夜によってボロボロにされた三人組の妖精に応急の手当てを施す。話を聞いてみると、三人はそれぞれサニーミルク 、ルナチャイルド、スターサファイアという名前らしい。
門番が居ないのをいいことに、紅魔館に侵入して悪戯三昧したそうだ。
「馬鹿だなぁ、お前ら」
横島はもはや憐れみすら感じられる口調で彼女達を貶すのだが、口とは裏腹に彼の手は優しさに満ちていた。彼から発せられる霊波動は妖精達を癒やし、心身共にリラックスさせていく。
手当てが終了する頃には、三人共また悪戯に精を出せる程に回復していた。
「ほら、今日は帰って休んどけ。また今度暇な時に遊んでやっから」
そう言って横島は一番近くに居たルナチャイルドの頭を撫でる。わしわしと多少強めに撫でられたルナチャイルドは、手の動きに合わせて頭が揺れてしまう。
「やーめーてー!」
「あっはっはっはっは」
ルナチャイルドはくしゃくしゃになった髪を押さえながら横島の手から逃れ、二人を連れて空へと飛び立った。
「バーカ、バァーカ! そういうのはイケメンに限るんだ!」
「テメェ、言ってはならん事を……!!」
三妖精はその後もチラチラと横島へと振り返りながら空を飛んで行き、やがて姿を消した。その唐突な消失に横島は首を傾げたが、何らかの能力だろうと結論付ける。
「さて……」
大きく息を吸い、吐く。横島は意を決して咲夜達の方へと振り向いた。
そんな彼の目に飛び込んだ物。それは美鈴が横島へと尻を突き出す様に倒れ伏している光景だった。
「……」
美鈴は中国拳法を体得している関係から、その肢体はスポーティーに引き締まっている。だがそれはスレンダーという意味ではなく、『出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる』という体型だ。
今は見えないが胸は大きく、つんと上を向いた釣り鐘型。ウエストは引き締まり、見事なくびれを形成している。お尻は小さいながらも布の上からでも分かる様な張りを持ち、触れれば何時までも飽きることはないであろう事が容易に想像出来る。スリットから覗く太腿も適度に肉厚で、張りと弾力のバランスが素晴らしい。
つまり何が言いたいのかというと、横島は自らの煩悩が『むらっ』と湧き上がるのを自覚した。しかし彼はそれを必死に否定する。『バインバインのお姉様』と一秒間に十回唱えた横島は何とか平静を取り戻し、今度は美鈴の治療を開始した。
横島はこの十日間、何かと生傷の絶えない美鈴や妖精メイド達の為に永琳から怪我の治療に関する知識を得ていた。その際に、彼は自らの霊波動が霊的存在に対してリラクゼーション効果を発揮する事を聞き、治療の時には使用する様にしている。ちなみに永琳の肩を揉む際に試しに使用して大絶賛を受けたのだが、横島はあらゆる意味で危険な事になったのでその時の記憶は封印している。どうやら『凄く』とろけたらしい。
「はうぅ……、ありがとうございます……」
「あー、うん。どういたしまして……」
双眸から涙を流す美鈴に良心が痛んだ横島だが、以前から聞きたいことがあったのを思い出し、丁度良いとばかりに二人に聞いてみることにする。
「ところで、二人に聞きたいことがあるんすけど」
「何です?」
「何か仕事で分からないことでもあったかしら?」
「いえ、実は―――」
横島の質問に、二人は顔を見合わせた。
時は過ぎ去り夕食後。横島は小悪魔の手伝い……図書館の整理に駆り出された。
小悪魔が忙しなく動き回る中、パチュリーは優雅に読書と洒落込んでいる。動かない大図書館の面目躍如だ。
「小悪魔ちゃん、この本の山はあそこの空の棚に入れればいいのか?」
「はい、そうです。お願いしても大丈夫ですか?」
「おう、力仕事は任せろー」
横島とて体が弱いパチュリーに仕事をさせるつもりはないが、せめてもう少し離れた場所で寛いで欲しいと思っている。喘息持ちの彼女の前で埃を立てる事は許されないのだ。
「ん……しょ、っと」
小悪魔は背伸びをし、自分の身長では届かない場所に無理に本を入れようとしている。当然そんな体勢は長く続くわけがなく、バランスを崩した小悪魔は後ろへと倒れそうになる。
「あわわわわ……!?」
いつもならそこで転倒してしまうのだろうが、今は違う。ここには小悪魔と動かない大図書館の他に、もう一人存在した。
「おっと」
「ふえっ?」
倒れそうな小悪魔を受け止めたのは、言わずとしれた横島忠夫。小悪魔の肩に手をやり、もう片方の手には小悪魔が持っていた本が握られていた。
「よ、横島さん!?」
「大丈夫か? ……無理しなくても、言ってくれりゃ俺がやったんだけどな」
そう言って横島は本を棚に直す。その際、横島は多少前傾姿勢になったため、小悪魔の背に横島の体が密着することになる。
「はわ、わわわっ」
背中から伝わる男性の温もりに、小悪魔は体温が上がるのを自覚した。頬も真っ赤に染まり、呂律も上手く回らない。
「しっかし、こんだけ広い図書館なんだから、小悪魔ちゃんも飛んだ方が楽だろーに」
横島は本を直すとすぐに次の作業に移行した。小悪魔は先程横島に片付けを頼んだ棚の方を見ると、本の山は既に綺麗に棚へと収まっていた。その凄まじい器用さに舌を巻きつつ、小悪魔は横島の言葉に答えることにする。
「それは……その、横島さんが居ますし……」
「え、俺? 俺が何?」
横島はきょとんとした顔で小悪魔に問いを返す。その顔は本当に気付いていないようで、彼女にはその表情が何か可愛らしく感じた。
「えっと、それはですね……」
色々な意味で頬を赤く染める小悪魔だが、ここでまごついたせいで、動かない大図書館が動くのを許してしてしまう。
「ふ……馬鹿ね、横島。飛んだらパンツが見えちゃうじゃないの、パンツが」
「パチュリー様!?」
「……おお!」
パチュリーの指摘に小悪魔は慌てふためき、横島は「なるほど」とばかりに手を鳴らす。
「もしかしたら凄い際どい下着なのかもね。『小悪魔』だけにね、『小悪魔』だけに」
「ほほう」
「っ!?」
パチュリーは恐ろしい程のドヤ顔を披露するが当然の様にスルーされ、不満げに「むきゅー」と息を吐いた。横島は無駄に真剣な表情で小悪魔を見つめ、小悪魔は持っていた本で体を隠す。横島はそんな小悪魔にゆっくりと近付いていく。
「あ、あのっ……、横島さん……?」
小悪魔は横島に気圧されるかの様に後ずさるが、すぐ後ろには本棚がある。ややあって小悪魔の背には本棚がぶつかり、横島との距離がまたも縮まった。
「むきゅー」
小悪魔は横島の表情を恐る恐る窺うが、横島の表情は真剣であり、彼女では彼の心理を読み取れない。横島の背後からパチュリーの少々荒い鼻息が聞こえてくるが、それも自らの高鳴る鼓動の前にかき消されていった。横島の手が、肩に置かれる。
「小悪魔ちゃん……」
「ひゃ、ひゃいっ!」
焦りと緊張から呂律が回らない。二人の視線は重なり、それは端から見れば恋人同士の距離に映る。だが、如何に二人の距離が近くても、心の距離はどうしようもない程に離れていた。
「小悪魔ちゃん―――あんまり、はしたないパンツは穿かないようにな」
「はい! ―――はい?」
「むきゅ?」
火照った体が一瞬で冷めるのを自覚する。彼は一体何を言っているのだろうか。しかし、どうやら彼にはまだ言い分があるようで。
「いや、確かに背伸びをしたいという気持ちは分かる。俺も中学生位の時にはえっちな本が欲しかったりしたからな」
(……それとこれとは話が別なのでは)
「確かに幼い体にえっちな下着というギャップは背徳感を煽り、年齢にそぐわない色気を纏うだろう。だが忘れちゃいけない。それが齎すのは下品さと隣り合わせな物だという事を」
彼の的を射ている様でまるで見当外れな話はまだまだ続いていた。正直小悪魔には理解出来ない様な内容だったのだが、パチュリーは「勉強になるわね……」と理解を示している。話はそれからも続き、下品さと大胆さの境界だとか清純さと色気は共存出来るのかなどなど。
「……という訳で、『下品じゃない程度にセクシー』なのが最高だと思うんすよ!」
「そうね。私はちょっとくらい下品でも意中の相手を射止められるのなら良いんじゃないかって思っていたけれど、貴方の話を聞いて考えが変わったわ」
「分かってくれましたか、パチュリー様!」
「ええ、それほどまでに貴方の意見は素晴らしかった……!」
「……それじゃあ、私は向こうの方の片付けをしてきます」
まさかこんな話で二人が意気投合するとは思わなかったのだろう。小悪魔の視線は二人の熱にも負けない程に氷雪を纏っている。しかし、小悪魔としては機嫌が悪い訳ではなかった。確かにあの状態であんな話になり、二人がこんな風に盛り上がって自分を置き去りにしたことに不満はあるし、正直な所パチュリーに嫉妬を感じていない事もないのではあるが……。
「……ふふっ」
二人から見えない場所で小悪魔は微笑んでいた。いや、微笑むと言うよりはにやついている。
(あんな事になりましたが、憧れのシチュエーションを体験出来たのはラッキーでしたね。後で輝夜さん達に自慢しましょう……♪)
小悪魔は愛想が良く、永遠亭の面々とも既に友情を育んでいる。特に輝夜と馬が合うようで、暇な時にはガールズトークに花を咲かせている。憧れのシチュエーションとは、どうやら後ろから支えられたり、本棚と挟まれたりといった状況の事を言っているようだ。
完全に余談だが、横島忠夫という男は小悪魔にとってかなり『萌えポイント』が高い。自分との身長差・体格差、自分達に対する無自覚なタラシっぷり、仕事中のオールバック、美形過ぎないそこそこの容姿。実はスケベな所も小悪魔的には重要だったりする。彼女には『強く求められたい』という願望があるようだ。
小悪魔が二人の視界から完全に消え、話も一段落ついた。横島は改めてパチュリーに向き直る。
「そんでパチュリー様。ちょっと聞きたい事があるんすけど」
「……? 何かしら。もしかして小悪魔には聞けないような事?」
「いえ、小悪魔ちゃんにも後で聞くんですけどね。咲夜さんや美鈴にも聞いたんすけど、パチュリー様は色々と客観的に見てそうですし」
「……ふむ」
パチュリーは横島の言葉から聞きたい事を推理する。咲夜と美鈴、客観的というキーワードから『二つ』に絞る。
「それで、二人の内どちらの事を聞きたいのかしら?」
「……お見通しっすか」
パチュリーはふふんと胸を張る。美鈴にも負けない大きさの胸は衣服を持ち上げ、少々揺れた。どうやら上は着けていないらしい。横島はその見事な双丘に視線どころか顔面が吸い込まれそうになるが、何とか踏みとどまりパチュリーに疑問を投げかける。
パチュリーは横島の質問に「なるほど」と頷き、横島に自分なりの答えを返す。
「そうっすか……」
横島は腕を組み、うんうんと唸り始める。パチュリーはどこからか取り出したクッキーをかじりつつ、そんな横島を観察する。
(面倒見が良いというか、おせっかいというか……。まあ私は嫌いじゃないし、あの子も大丈夫でしょ)
パチュリーは咲夜手作りのクッキーの旨さに何度も頷き、満足げに「むきゅー」と鳴いた。
時刻は既に零時過ぎ。満月に程近い月夜、紅魔館の数少ない窓から夜空を眺める者が居た。悪魔の妹、フランである。
俄に曇り始めた空は月を隠し、月の柔らかな光を闇で覆い尽くす。曇りゆく空と同様に、フランの表情もまた暗い。何事か考え込んでいるのか、視線はずっと一点を見つめたままだ。そこに、誰かの足音が響く。
「……?」
「……あれ、妹様? こんな時間にこんなとこでどうしたんです?」
「執事のおにーさん!」
通りかかったのは横島であった。フランは横島と分かると暗い表情を消し、パッと笑顔を浮かべた。
「おにーさんこそどうしたの? 人間が起きているには遅い時間だよ?」
「いやー、お嬢様に呼び出されまして。何でも大事な話があるから一人で来るようにって、咲夜さんから聞きまして」
「……お姉様が? 一体なんだろうねー?」
疑問と共に顔に表れたのは、先程同様の暗い表情。だがそれを瞬時に消し、またいつもの様に笑顔で話す。
「何でしょうねー? ま、きっと悪いことじゃないとは思うんすけど。……それじゃ、お嬢様を待たせる訳にもいかないんで、失礼しますね」
「うん、引き止めてごめんなさい」
「いえいえ、んなことはないっすよ。妹様も早めに休んでくださいね。それじゃあおやすみなさいっす、妹様」
「はーい、おやすみなさーい!」
横島はフランに手を振り、その場を後にした。廊下を進み、やがて角を曲がって完全に姿が見えなくなると、フランは笑顔を消した。また窓から空を見上げる。
「……」
横島はそれを廊下の角から見ていた。彼は少しの間彼女を見守っていたが、やがて小さく溜め息を吐き、レミリアの部屋を目指す。
「遅かったな。何かあったのか?」
「途中で妹様にでくわしまして、ちょっと話し込んじゃいました。すんません」
「いや、別にいいさ。怒っているわけじゃないからな」
ここは紅魔館に存在する個室の中で『二番目』に大きい部屋。天蓋付きのベッドややけに豪奢な玉座としか言いようのない巨大な椅子など、部屋の主の趣味を大きく反映した個性的な部屋となっている。
レミリアは玉座に着きワイン片手に足を組んでふんぞり返っている。本来なら小さな子供の王様ごっこにした見えないのだろうが、彼女の総身から発せられる王気(オーラ)がそれを否定している。
レミリアはワインで唇を軽く濡らす。
「それで呼び出した理由だが……。どうやら、咲夜やパチェ達に色々と聞いて回っているらしいな?」
「……」
目を細めての質問に、横島は苦笑を返す。悪いことをしたわけではないのだが、何となくばつが悪い。そんな彼の様子に、レミリアもつられて苦笑を漏らす。
「さっきも言った通り、別に怒っているわけじゃない。……お前が聞きたいこと、それは一体何だ? 内容までは聞かなかったんでな。どうせなら本人から聞こうと思って呼び出したのよ」
そう言ってレミリアはワインを呷る。よく見れば玉座の隣には小さな机があり、その上にはワインの瓶が数本とつまみのチーズが置かれていた。彼との話も肴にするようだ。レミリアの瞳は好奇心に輝いている。
「……そんじゃ、遠慮なく聞きますけども」
「何だ?」
横島は軽く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。そういった所作がレミリアの期待を膨らませ、気分を高揚させていく。
「聞きたいことっていうのは、妹様―――フランちゃんについてっす」
「―――ほう?」
レミリアの表情に真剣味が宿る。
フランが見つめる窓の外。ついに空からは雨の雫が降り注ぎ、大地を濡らしていく。この雨は、朝を迎えても止まないであろう。
フランの瞳に、この空はどのように映っているのだろうか。
第十二話
『妹様と雨』
~了~
お疲れ様でした。
三月精ではルナチャイルドが一番好きです。
栗みたいな口しやがって!
それにしても、パチュリーと小悪魔がエロに寛容になってしまいました。
さて、犠牲者(笑)第一号は誰がなってしまうのか、もうほとんど答えは出てますけども、知らん振りしつつ次回をお待ちください。
それでは、また次回。