東方煩悩漢   作:タナボルタ

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どうも、お待たせいたしました。

第一話の投稿です。

今回横島が出てくるのです。

・・・出てくるのですが、横島が出るということは、つまりそういうシーンが出てくるということなので・・・

今後R-15タグを追加するかもしれません。
そのときはご了承下さい。

それではまた後書きでお会いしましょう。


第一話『やはり俺の守備範囲は下がってきている』

 全ては、とある休日に舞い込んできた一つの依頼から始まった。

 

「黒ずくめの格好をした悪霊……ッスか?」

 

 ここは東京都内のとある自宅兼事務所の一室。そこには事務所所長である一人の女性と、アルバイトの少年が一人。この事務所に住まわせてもらっている三人の少女達が一堂に会していた。

 

「ええ。何でもとてつもなく素早く、遠距離からも攻撃してきて近接でも強い。更には自我が存在しないらしいのに何らかの系統じみた体術を使うんだとか。それで除霊しにいった何人もを返り討ちにした……」

 

 まず始めに言葉を発したのは、ジージャンジーパンに身を包み、額にはトレードマークである赤いバンダナを巻いた事務所唯一の男性アルバイトの横島忠夫。彼は資料をペラペラと捲りながら、上司である女性、美神令子へと問いかける。

 

 彼女は世界でも最高クラスの除霊師……ゴーストスイーパーの一人で、その報酬も世界最高というお金と金儲けと金勘定が大好きな女性だ。少し前はボディコンを着用していたが、最近はシックな服装を好み、横島からは「もったいない……」と嘆きの言葉をいただいている。もちろん横島をシバいた。

 

 彼の質問に答える美神は既に内容を暗記しているのか、資料を見ずに情報を噛み砕いて伝える。その内容に思わず「うへぇ」という呻きが漏れる。

 

「黒ずくめで素早くて遠距離も近接でも強い……。まるで忍者みたいでござるな」

 

「忍者かー。私も見たことはないから、もしそうだとしたら少し楽しみかも」

 

 次に言葉を発したのは見た目が中学生位に見える、事務所内で最も幼い外見の二人の少女、犬塚シロとタマモである。

 

 シロは横島の弟子で、彼を先生と呼び慕う人狼という妖怪だ。銀の長髪に頭頂から前髪等一部が赤く染まっており、更には片側を根元からバッサリと切った大胆なカットジーンズを履いているなど、中々にパンクな格好をしているのだが、本人は真面目で実直であり、人懐っこく甘えたがり、更には散歩と肉と横島のことが大好きな侍口調の女の子というかなり濃いキャラをしている。

 

 対するタマモは九尾の狐の転生体で、普段は中学生位の外見の少女に変化している。服装はワイシャツにセーター、プリーツスカートと、どこかの学校の制服の様な格好が多い。彼女は金の長髪を九つの房で分け、その特徴的な髪型はナインテールと呼ばれているとかいないとか。好物は油揚げで、普段はクールに振る舞うがどこか天然の気があり、人間の創った娯楽品等に執着を見せることもある。

 

「うーん……自我の無い危険度Aの悪霊ですけど、一般の人達に被害は及ばさないんですね……。これなら私の『ネクロマンサーの笛』でなんとかなるでしょうか……?」

 

 最後に口を開いたのは、巫女装束を纏った少女、氷室キヌ。この『美神令子除霊事務所』にシロ・タマモと共に居候している『六道女学院』という未来のゴーストスイーパーを養成する学校に通う女子高生だ。事務所内の炊事洗濯清掃は全て彼女が行っており、美神も彼女を妹の様に可愛がっている。そんな彼女だが、実は三百年間幽霊をしていたこともあり、『死霊術師』(ネクロマンサー)としての希有な才能を持つ。愛称はおキヌちゃんである。

 

 さて、おキヌの言うネクロマンサーの笛とは、その名の通り死霊術師が扱う笛のことであり、霊を意のままに操ったり、成仏させることが出来る。特におキヌは霊体であれば干渉可能という柔軟性を備えており、六道女学院での対抗戦ではキョンシーを奪い取ったり、霊波の触角を通して人間を操るといったことをしてのけた。であるならば、悪霊に対してこれ以上に有効な武器もあるまいが、美神はそれに懐疑的であった。

 

「おキヌちゃんの腕を疑うわけじゃないけど、恐らく難しいわね。人の言葉を解する位に自我が存在していれば有効だろうけど、この手のタイプは干渉するだけ無駄に終わるのが多いわねー。何せこいつほとんど『空っぽ』なくせに妙に賢いみたいだし」

 

「……どーいうことでござる?」

 

「さあ?」

 

「えーと……?」

 

 美神の言葉に三人の少女は頭を捻る。シロなどは特に考えずにタマモに聞くが、そのタマモもよく理解出来ておらず、おキヌも必死に考えを巡らせる。

 

 美神はその様子を意地悪げな笑みで眺めており、横島もまた、そんな美神を苦笑を以て眺めていた。しかし美神は横島の視線に気付き、矛先を横島に向ける。

 

「なーにニヤニヤしてんのよ。それより皆に説明してやんなさい。いくら横島君でもこの位なら分かるでしょ?」

 

 多少睨みつけられながら言われたのでは、横島には是非もない。たどたどしくではあるが、横島は説明の為に口を開く。

 

「えーと、つまり、相手にはこっちの言葉も何も認識することが出来ないんだよ。この手の悪霊は何か一つのことだけを残して、他の全てを失っていることが多いんだ」

 

 例えば『何かを守る』という意識だけが残ったとする。悪霊はそれを守る為にのみ行動し、それ以外の全てに無反応となる。そんな悪霊が害を為すのは、守る物が危険にさらされたとき。何者かが隔意を以て現れたとき。つまりは―――。

 

「敵意とか悪意とか……。あと、同情とかもかな……? あとおキヌちゃんみたいに霊に対する理解とかも……。あー、つまり、相手はこっちの意識に反応して襲い掛かってくるんだよ。相手は剥き出しの霊体だからそういうのには敏感だし。何があるのかは知んねーけど……何らかの『意識を向ける』と危ない……って感じかな……? 一般人を襲わないのは霊力の違いだろうな……美神さんが賢いって言うくらいだし」

 

 言葉に詰まりながらも説明し終えた横島は、美神に「こんなもんで合ってますよね……?」と視線で問いかける。それに対し、美神は「概ね合ってるし、及第点はあげる」と返す。横島も最近は知識を付けてきたようで、師匠の美神としては頭の中で金儲けの手段がいくつも生まれていく。美神の言葉に横島は調子に乗り、おキヌは我がことの様に喜び、シロは横島をおだてタマモは感心する。ただし―――

 

「横島君は少し勘違いしてるわね」

 

 横島の説明は、相手が『自我を失った悪霊』である場合は正解であるのだが、今回は多少的を外していたのだ。上げて落とす。今度は美神がニヤリと笑う。彼女は横島に対してサドッ気を発揮しているようだ。

 

「おキヌちゃんのネクロマンサーの力が通じないのは横島君も言った認識のこともあるけど、実際はもっとシンプルなものよ。最初から言っている通り、こいつにはそもそも『自我が存在しない』のよ。人の形をした、力と技術の化け物。―――それが、こいつの正体よ」

 

 その霊が生前どんな人物だったかは定かではない。だが、それが霊となったとき、それには既に自我など存在しなかった。ただ、一人の人間の力と技術を受け継いだ霊力の塊。こういった霊は希に姿を現すようで、中には、霊力が尽きるその時まで誰にも知られずひっそりと存在を消失していく者も居るようだ。

 

「じゃあ、今回のも……」

 

「でしょうね。私も唐巣先生のとこで修行中に何回か見たから間違いないと思うわよ?」

 

 おキヌの痛ましげな言葉に美神は気楽な調子で返す。あまり気負わせたくないからこその語調なのだが、おキヌの表情は暗いまま。おキヌは視線を横島に向けると、彼は鷹揚に頷いてみせた。

 

「自我が存在しないってんなら、その元々の奴は成仏しちゃったんじゃねーかな? 何かの偶然で形だけ残っちゃったってんなら俺らが祓っちゃえば良いわけだし……そんなに気にしない方がいいと思うよ?」

 

「……そうですね、私達で祓ってあげる方がその人のためですよね」

 

 横島の言葉にアッサリと表情を明るくするおキヌ。横島の言葉は美神に違和感を覚えさせるのだが、それ以上に気になったのは、恋する乙女がお姉さんの言葉より好きな男の言葉で元気を取り戻したことだったりする。美神としては寂しい限りだが、横島が分かって『真逆』の推察を述べたことにより、苦笑を浮かべながらも愚痴は飲み込むことにした。

 

「―――さて、もう良い時間だし、そろそろ除霊に出発するわよ」

 

「え、今からっすか? 今からじゃ良いとこ夜で、悪けりゃどっか途中で泊まりになっちゃいますけど……」

 

 現在時刻は午後十六時過ぎ。事務所から現場へは車で数時間という距離だ。明日は休日とは言え、強行軍は遠慮したい横島だったのだが、自分の発言でやる気を漲らせるおキヌやシロが隣に居るのだから抵抗は無駄なのである。

 

「はいはい、今回はおキヌちゃんは道具を使ってサポート、横島君とシロは前衛でタマモはおキヌちゃんの護衛ね。横島君とおキヌちゃん、準備お願いね」

 

「ういーす」

 

「はいっ」

 

 美神の手をぱんぱんと鳴らしながらの発言に諦めたのか、横島は渋々と、おキヌは元気よく除霊道具を纏める作業に入る。今回は自分ではなくおキヌが荷物を担当することになるのだから、道具はいつもより少なく、必要最低限の物だけを厳選していくことになる。

 

 美神は二人の様子を見ながら、先程の横島の言葉を思い返し、少し微笑む。しかし、それは微妙に歪んだ、苦笑の形を取っていた。

 

 元々の存在が成仏している。確かにその可能性はあるだろう。だが、その確率は限りなく低い。だって大抵は、自我を失うほどの『何か』をされたかがほとんどなのだから―――

 

「荷物を纏め終わったらすぐに出ましょうか。横島君は荷物と一緒にトランクに入ってね♪」

 

「だろうと思ったよこんちくしょー!!」

 

 美神は笑い、横島は泣く。それもいつもの光景だ。

 

 

「黒ずくめ……拙者は忍者を連想するでござるな」

 

 道路を走る車の中、シロ達少女組は悪霊に対する印象を話し合っていた。ちなみに変化を解いたタマモが美神の膝の上、シロはおキヌの膝の上にいる。

 

「私は魔法使いとか? 人間の作った物語ではそーゆーのって黒いイメージあるし……」

 

「私は……ゴキ○リかな?」

 

 おキヌの言葉に運転していた美神がビクリと体を震わせる。母親の説教と妹のぐずりとマルサよりも美神が苦手とするもの。それがゴ○ブリだ。言われてみれば、確かに悪霊の特徴は○キブリのそれによく似ている。黒い。早い。遠くから攻撃しても避けられる。近くからでは中々的を絞れない。こっちを目掛けて飛んでくる。駄目だ。油で黒光りする体。止めろ。圧倒的な数。駄目だ、考えるな。深夜に台所で微かに聞こえる音。駄目だ駄目だ駄目だ。嗚呼、カレーの鍋に浮かんでいる黒く、触角の生えたナニかが見える―――

 

「美神さーーーん、前見てください前ーーー!!」

 

「うわあああああああ!?」

 

「ひえぇえぇぇえ!?」

 

(おがあぁあぁぁああぁ!?)

 

 あわや大惨事。ゴキブ○の姿が脳裏を過ぎりまくっていたせいで正気を失いかけていた美神は、カーブを曲がりきれずに危うくガードレールにぶつかりかけたところでおキヌの声によって意識を取り戻す。危うく自分が今回の悪霊と同じ様な自我の無い霊体になるところだ。美神は頭をプルプルと軽く降り、おキヌ達に謝りながらも会話に参加することにした。ちなみに、車のトランクからは何らかの雄叫びのような物が聞こえてくるが、それは全員に気付かれなかった。哀れ横島は四十のダメージを受け、頭部に大きなたんこぶを作った。

 

「えーと、私もシロと同じで忍者を連想するわね。うん、忍者。忍者しかないわよね、うん。黒いし早いし忍者よきっと。うん、忍者忍者」

 

 美神は混乱している。普段の美神ならば「黒ずくめ? ああ、きっと魔鈴の悪霊ね(笑)」くらいは言いそうな物であるが、とある油虫のおかげで美神の頭から魔鈴の姿はすっかりと消えていた。

 

 美神が○キブリが嫌いなのを知らない獣娘二人は首を捻るばかりだが、おキヌは過去の騒動からそれを承知している。おキヌは苦笑しながらも美神に乗っかることにした。

 

「そういえば、私って忍者のことよく知らないんですよね。忍者ってどんな人達なんですか?」

 

 それに答えるのは、最近自分と同じ口調の忍者が主人公のアニメを見て

、忍者に興味を持ったシロだ。

 

「簡単に言えば、諜報、破壊、暗殺といった活動を仕事にしていた者のことでござる。どこかの領主に仕えている者達もいるでござるが、単なるゴロツキの集まりだったりとその形態は様々で、要は傭兵みたいなものでござろうか……?」

 

「へー……。ゴロツキ集団とかも居たんだ。じゃあ領主に忠誠を誓ってるのが漫画とかでも有名な伊賀とか甲賀忍者なの?」

 

「うーん……甲賀がそうで伊賀は傭兵……という感じでござるかな……」

 

 シロはたどたどしく忍者について説明していく。忍者については様々な説があり、伊賀衆や甲賀衆といった実在した忍者集団を始め、侍や山伏、虚無僧が変化していった説、伝説に存在する鬼が忍者の発祥とする説などを説明していった。

 

 よく言われることの一つに忍者は黒装束を纏ってなどおらず、黒装束の忍者は江戸時代の歌舞伎において黒子の様に目に見えない存在として登場させたのが始まりという説がある。実際に存在した色は紺色や柿色などであったそうだ。

 

 忍者談義やガールズトークに花を咲かせつつ、移動すること数時間。ついに美神達一行は現場に辿り着いた。そこは鬱蒼とした山間部のわりには道路が整備されている、脇道にそれてそれなりに走った場所に存在する開けた場所だった。本道からして車の通りはほとんど無く、この周辺は倒木と瓦礫の様な物が多少存在している。

 

「あー、面倒臭そうな場所っすね……」

 

「確かにね。おキヌちゃん、『見鬼くん』で辺りを探ってみて」

 

 車から降りた美神達に、いつの間にかトランクから荷物と一緒に出て来ていた横島は話しかける。おキヌは美神に言われた通り荷物から霊体探知機『見鬼くん』を取り出す。その間横島がおキヌの前、シロとタマモが左右、美神が後方に位置し、おキヌを守る。

 

「……あっ」

 

 ややあって、見鬼くんが反応した。見鬼くんが指し示す方角はおキヌの真正面。皆が警戒していると、それは確かに正面から現れた。甲高い音の様な声が聞こえる。

 

〈あああ……〉

 

 それは黒かった。黒い装束を纏った、小柄な霊だった。上から下まで黒一色。それは正にイメージ通りの忍者だった。

 

「な、何が“実際は黒装束を纏っていなかった”や! 完全に真っ黒やないか! 中途半端な知識で書いとるからこーなるんや!」

 

 横島の熱い叫びが木霊する。そんな彼を見た美神達は横島から数歩分ほど離れる。横島の頭上には突如発生した暗雲が立ち込めており、美神達が安全圏まで離れた所で稲妻が迸った。

 

「あ゛ぁ゛ーーーーーーお゛!!?」

 

 天罰である。稲妻は見事横島に落ち、黒こげにした。

 

〈あ……あ……?〉

 

 突然の天罰に自我が存在しないはずの霊はオロオロと狼狽えている。手を口元に持っていくなど、どこか可愛らしい動きだ。

 

「横島君のことはとにかく! あんたにこのまま居座られたら困るのよねー。主に私のギャラ的に! そんな訳であんたは退治してあげるから覚悟しなさい!!」

 

 中々に自分勝手な理由をぶちまける美神だが、これは仕事なので間違ってはいない。いつの間にか復活した横島達従業員一同も、苦笑一つで臨戦態勢に入る。

 

〈あぁ……!〉

 

 目敏く反応するのは忍者の霊。懐に手を入れ、何かを投擲してくる。四方に尖った板状の武器、四方手裏剣だ。

 

 真っ直ぐに飛来するそれを美神達は散開してかわす。だが、その全ての手裏剣は途中で軌道を変え、おキヌへと殺到する。

 

「……っ!!」

 

 本来運動神経が悪く、戦闘要員ではないおキヌにこれをかわすのは不可能だ。ならばどうするか。美神は『神通棍』に霊波を通す。

 

「横島君、お願い!!」

 

「ぅえ? は゛ら゛ぁ゛っ!?」

 

 答えは簡単だ。盾を用意すればいい。横島は美神に吹き飛ばされ、錐揉み回転をしながらとんでもない速度でおキヌの元へと(文字通り)飛んでいく。

 

「ほ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!?」

 

「あああ!? 横島さはーーーーんっ!!」

 

 全ての手裏剣は横島の頭部に突き刺さり、おキヌはそんな横島に叫びを上げるしかない。血がまるで噴水の様に『ぴゅー』っと噴き出している。

 

「何やってるでござるか美神殿ーーーーーー!!」

 

「だ、だってあの場合は仕方ないじゃない! おキヌちゃんを守る為なんだからっ!」

 

 

「だからって横島先生を盾にする必要はないでござろうがー! そもそも周りに倒木とか瓦礫とかいっぱいあるでござる!!」

 

「だって重いんだもん」

 

「そんな理由!?」

 

 横島を先生と慕うシロは当然美神に食ってかかる。そのまま口喧嘩に発展するのだが、今回はタイミングが悪すぎた。

 

「アンタら口喧嘩してないでこっちを手伝ってよーーー!!」

 

「「あ」」

 

 おキヌの次はタマモが狙われている。霊は手裏剣を用いずに純粋な体術でタマモを追い詰める。

 

「タマモ!!」

 

 その様を見たシロは人狼の瞬発力の全力で以て駆ける。それにほんの一瞬だけ気を取られた霊から僅かに距離を取るタマモだが、霊の懐から取り出した手裏剣がタマモを貫く方が遥かに速い。

 

〈……っ!?〉

 

 手裏剣がタマモに突き刺さった瞬間、タマモはニヤリと笑い、破裂して辺りに煙幕を張る。タマモは霊の真横に存在し、それを確認したシロは、動きを止めた霊に全力の拳を腹に叩きつけ、森林へと吹き飛ばした。

 

「……変わり身の術でござるか?」

 

「これも私の幻術のちょっとした応用よ」

 

 応用も何もない単なる幻術である。シロはタマモが無事で安堵の息を吐き、煙幕の先を見つめる。

 

「変わり身の術ということは、あそこにはタマモの格好をした丸太が転がって……」

 

 そこに一陣の風が吹き、煙幕をたやすく消し去る。するとそこには、先程よりも突き刺さった手裏剣の数が多く、力無く地面に横たわった横島忠夫の姿が!!

 

「アイエエエ!? 先生!? 先生ナンデ!?」

 

 その姿に横島リアリティショック(YRS)を起こしたのか、シロが奇声を上げる。

 

「いやー、周りにこれといった物が無くてさ」

 

「だからって横島先生を盾にする必要はないでござろうがー! そもそも周りに倒木とか瓦礫とかいっぱいあるでござる!」

 

「だって重いんだもん」

 

「美神殿と同じ理由!?」

 

 やはり発生する口喧嘩。その隙を霊が見逃す筈もなく、森の中から投擲した手裏剣と共に突撃してくる。

 

「……っ!? しま……っ」

 

 シロが反応出来た時にはもう遅く、手裏剣は既に目前まで迫って来ていた。咄嗟のことで反応しきれないタマモも、驚愕に目を見開く。だが、そんな二人を助ける者は存在する。

 

「おんどりゃーーーーーー!!」

 

 一瞬で全ての手裏剣を叩き落とす、霊波刀の閃き。それに脅威を感じた霊は軌道を無理矢理変え、距離を取る。そう、横島忠夫が復活したのだ。

 

「大丈夫か、二人とも?」

 

「は……はうぅ……先生」

 

「あー、うん。私達は大丈夫、ありがと横島」

 

 横島は二人にキリリとした表情で問い掛ける。アドレナリンが過剰に分泌されたのか、あれだけ派手だった出血は既に収まっている。手裏剣が刺さったままなのが非常にシュールだ。しかし、その表情は普段からの緩いものや煩悩にまみれた表情とは違い、非常に精悍で勇ましく見える。シロはそんなギャップにヤられてメロメロになってまともに対応出来ない。手裏剣が刺さったままなのに。そんなシロに若干引き気味のタマモが代わりに答える。そうしている間に美神とおキヌも合流した。

 

「なーんかおかしくないっすか、あいつ……。美神さんの言うように自我が無いようにはちょっと見えないんすけど……」

 

「……確かにね。となると私の見立て違いか、報告が間違っていたか……」

 

 二人はボソボソと潜めた声で話し合う。横島は特に霊を注視するのだが、そこで気付く。覆面が破れ、素顔が露わになっているのだ。そしてその顔は―――!

 

「か、可愛い……だと!? 小柄小柄だと思ってたけど、まさか女の子だったんかー!?」

 

 そう、覆面の下から見えた顔は間違いなく女の物。しかも見た目では十四~十五歳程の少女の物に見えた。更にはシロに吹き飛ばされた時に破れたのか、胸元が多少露出している。

 

「むうぅ……! 背はおキヌちゃんよりも低いが、乳はおキヌちゃんよりもデカい!! これがトランジスタグラマーというやつか!!」

 

「横島さんっ!!!!」

 

 その失礼な発言におキヌは猛る。前よりも成長しているのだ。例えそれが雀の涙ほどでも。

 

「はっ!? か、堪忍やー! 仕方なかったんやー!」

 

「いー加減にせんかー!」

 

 おキヌの怒りに怯え、米搗きバッタの様に土下座をする横島を殴りつけて二人の仲裁(?)をする美神。横島に対する怒りも奴に叩きつけてやろうと霊を見やり、それに霊は怯えたように半歩下がる。

 

「報告が間違っていようがもうどうでもいいわ。それならそれでやりようはあるしね……」

 

 ちゃっかりと自分の責任は無かったことにする美神。

 

「分かってるわね、横島君」

 

「モチロンっすよ美神さん」

 

 やりようとは一体何なのか。それは―――

 

「「ごり押し戦法!!」」

 

 同じタイミングで二人は駆ける。スピードは横島の方が早く、右手の霊波刀で忍者を斬りつける。

 

〈……っ!?〉

 

 難なくそれを回避する霊だが、そこに美神が放った破魔札が飛来する。それを周囲の瓦礫を利用して何とか回避するが、着地点に横島が放った霊波の盾『サイキックソーサー』が迫る。

 

〈あああああ!!〉

 

 懐から四方手裏剣とは別の棒状の武器、棒手裏剣をサイキックソーサーに投げつけるが、二つが接触した際にソーサーは霊的な爆発を起こし、霊を吹き飛ばす。吹き飛ばされた場所には―――!

 

「極楽へ―――!!」

 

「行きやがれぇえぇええ!!」

 

 ―――後方から美神、前方から横島と、世界最強の二人が、それぞれの武器を携えて迫り、戦いの幕を閉じる。

 

 

 

 

「ふう……これで片付いたわね。皆、大丈夫?」

 

 美神は二人のごり押し戦法に着いていけなかった三人に問い掛ける。三人は特に怪我もなく、皆無事なようだ。

 

「やりましたね、美神さん!」

 

 そこにアドレナリンが収まったのか、頭部から『忠夫汁ブッシャアアアアア!』と言わんばかりの血を噴き出す横島が現れた。輝かんばかりの笑顔なため、かなりのホラーである。

 

「……三人共、ヒーリングお願い」

 

 美神の言葉に、三人はただ頷いた。

 

 

 

「うぅ……」

 

 横島は今大変なピンチを迎えている。それは何故か?

 

「ちゅっ……れろ……らいりょううでござるか……?」

 

「ん……ぺろ……ちゅるっ……いふぁふふぁい……?」

 

「我慢はしないでくださいね……」

 

 ご覧の通りである。(笑)

 

 正面からはおキヌが。左右からはシロとタマモがヒーリングをしているのだが、色々とシチュエーションがまずかった。

 

 シロとタマモは犬神族なので、ヒーリングする場合は傷を舐めなければならない。そして横島の怪我は頭部に集中している。左右の耳から入ってくる傷を舐める水っぽい音と、舐めながら喋ることによりどことなく色っぽくなった声音のせいで、横島の心拍数は鰻登りだ。

 

 更にここにおキヌが混ざる。おキヌのヒーリングは正に『手当て』とも言うべき手をかざす方法なのだが、横島は胡座をかき、おキヌは膝立ちになっている。彼の視線の前にはおキヌの胸があるのだ。先程の霊よりは小ぶりだが、それでもしっかりとその膨らみを主張している。しかも慣れない戦い方で汗をかいたのか、彼女の体からは熱と、どこか甘い芳香が漂ってくる。最早横島の顔は正視に耐えられぬ程に緩みきり、それを知ってか知らずか三人は丹念にヒーリングを施す。

 

 そんな様を見ていた美神は、自らに去来する業火の如き感情を隠した、必要以上に冷たい声で横島に言葉を呟く。

 

「横島君―――あんた、ロリコンになっちゃったのね」

 

 その時横島に電流走る―――!

 

「な、ななな何を言ってんすか美神さん! ど、どこが俺がロリコンだっていう証拠ですか!?」

 

 横島は叫ぶ。自らの潔白を証明するために。だが、彼は気付いているのだろうか。彼は、横島忠夫は、何故か異様に動揺しているのだ。

 

「だって今めちゃくちゃ焦ってるし」

 

「うっ!?」

 

「さっきの見た目中学生位の霊も横島君の煩悩対象になってたじゃない」

 

「ぬっ!?」

 

「シロとタマモも見た目中学生よ? なのに今も二人にヒーリングされて、酷い顔の緩みっぷりだったわよ?」

 

「はぐっ!?」

 

 おキヌの存在をナチュラルに無視した美神の言葉のナイフは横島の心を刻んでいく。どこか思い当たることがあるのか、横島(とおキヌ)は精神的ダメージを受ける。

 

「ほぉら……。どうなの……? これでも自分がロリコンじゃないとでも……?」

 

 美神の絶対零度の視線は横島を容赦なく貫く。その重圧はおキヌ達にまで及び、足を竦ませ、行動不能に陥らせた。そんなプレッシャーに何かを見た横島は鼻息荒く美神に突撃する。

 

「こんなに俺に対して絡んでくるということは……これは嫉妬? つまり、“私より年下の女の子じゃ味わえない、大人の女の魅力を味わわせてあ・げ・る♪”ということなんやな!? 美っ神さーーーーーーん!!」

 

「んなわけあるかぁっ!!!」

 

「あ゛み゛は゛っ゛!?」

 

 飛びかかってきた横島の鳩尾を、光速の拳が貫いた……。

 

「ひゅーっ、いや、ひゅーっ、まじっ、ひゅーっ、す。俺、ひゅーっ、ロリひゅーっコンひゅーじゃひゅーなひゅーいひゅー」

 

 最早呼吸がおかしいというレベルではない横島の言葉がどうにも信じられない美神は、横島にいくつかの質問を投げかけることにした。

 

「ふーん……。例えば、シロやタマモに告白されたとしても、振っちゃうんだ……?」

 

「ぅえっ!?」

 

「私も!?」

 

 突然の質問に驚く二人の少女。シロは動揺の声を挙げた後、チラチラと期待と不安を込めた瞳で横島を見る。対するタマモは、面倒なことに巻き込まれたという感情が面に出ているが、意識していないという訳でもないようで、若干目が泳いでいる。おキヌはわたわたと慌ててしまい、口を出すことが出来ないようだ。

 

「いや、それは―――」

 

 二人を横目で盗み見る。今の二人の表情は、普段見ている子供じみた幼けない物ではなく、横島を、男を意識した、女性を思わせる表情だ。それに横島の煩悩が反応し、頬は僅かながら赤く染まる。そして、横島は愕然とした。

 

(まさか……ワイの守備範囲が……下方修正されとるというのか……っ!?)

 

 だが、まだ横島は諦めない。

 

「い、いや、確かにちょっと可愛いとか思ったけどワイはロリコンやない! 例えいっぱいの可愛い年下の女の子に囲まれたとしてもワイは靡いたりはせーへんでー!!」

 

 自己弁護の為の雄叫びにシロは盛大に、タマモは多少顔をしかめる。「振るの?」と聞かれてこんな返しをされては仕方あるまい。寧ろシロなどは泣きださない辺り成長していると言えなくもないのだろうか? あるいは横島の趣味嗜好や失言に慣れてきているのかもしれない。

「あんたねぇ……」

 

 一番長い付き合いの美神ですら頭痛を抑えるようにこめかみに指を当て、溜め息を吐く。

 

 

 

 

 そして、この横島の発言が切欠だったのかは誰にも分からないが、別れは唐突にやって来た。

 

「ん?」

 

 突如、横島の尻から地面の感触が消えた。「何じゃらほい?」と地面に目を向けてみると。

 

「……。……、え?」

 

 そこには、やたらと血走った目が大量に存在している、暗い暗い裂け目のような『穴』が存在していた。

 

 穴なのだから、後は当然落ちる。

 

「のわあああああああ~~~~~~……」

 

「よ、横島くーん!?」

 

「横島さーん!?」

 

「せ、先生ーっ!?」

 

「横島ー!?」

 

 夜も深い山の上、皆の絶叫が木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かなりの高空に、彼女達の様子を盗み見ている者が存在した。そいつは舌打ちを一つすると、その場から一瞬で姿を消した。後に残ったのは、消失した空間を埋めるための、緩やかな風のみである。

 

 

 

 

第一話

『やはり俺の守備範囲は下がってきている』

 

~了~

 




お疲れ様です。

謎のゴ○ブリ推し・・・いや、ホント何でだ?

紫番外編もゴキ○リが出ずっぱりになる予定だというのに・・・


あ、ちなみにですが本編中で侍や山伏が忍者に~という記述がありましたが、正しくは忍者が変装で侍や山伏を含む七つの姿をとるのです。

シロはそれを間違って覚えてしまったんですね。
はい。シロです。私じゃありません。

HAHAHA、では長々と失礼しました。

次回の更新をお待ち下さい。

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