東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました……。

この時期……忙し……

お仕事……忙し……

なぜ……職場……冷房……効かぬ……


それではまたあとがきで……


第十六話『小悪魔のドキドキデート』

 

 満月の日から数日。昼というにはまだ早い時間に、横島は紅魔館の正門で美鈴や二号と談笑しつつ小悪魔が来るのを待っていた。

 

 お互いに休みを合わせ、買い物に出掛ける日。つまりはデートの日である。横島はすっかりと着慣れた執事服にオールバックで、見る者には実年齢よりも大人っぽく、精悍な印象を与えている。

 

 二号は横島に肩車されており、楽しげに体を揺らめかせている。

 

「おーい、あんまり揺らすと危ねーぞー?」

 

「大丈夫大丈夫ー」

 

 横島の注意を聞き流し、相変わらずゆらゆらと揺れる。横島としてはたまったものではないが、元来彼は子供に優しい。二号の楽しそうな笑みを崩すのが忍びないのか、結局は溜め息を吐いて好きにさせる事にした。

 

(うーん……叱った方がいいのか?)

 

 二号を叱るかどうかで悩む姿は、美鈴に横島を二号の兄か父に幻視させる。それがまた、美鈴には面白い。

 

「ところで、横島さんは今日お休みですよね? 私としてはこうしてお話してるのも楽しいんですけど、どこかに遊びに行ったりはしないんですか?」

 

 横島の様子を微笑ましげに眺めていた美鈴だが、休日に正門というのに執事服を着ている横島に疑問を持つ。そして横島から返ってきた言葉は、美鈴にとって驚きの答えであった。

 

「ああ、待ち合わせしてるんだよ」

 

「待ち合わせ、ですか? 一体誰と……」

 

「横島さーん! お待たせしましたー!」

 

「おっ?」

 

 美鈴の質問に横島が答えるより早く、その待ち合わせの相手が姿を現した。

 

「えっ……小悪魔? それと一号に三号……」

 

 元気よく現れた小悪魔に美鈴は驚いた。彼女と手を繋いでいる一号と三号の姿もあるのだが、何よりも驚いたのは小悪魔の服装だ。

 

「おー、可愛らしい服だな。似合ってる似合ってる」

 

「えへへ……、ありがとうございます」

 

「……」

 

 今日という日の為に準備をしてきたのか、小悪魔の服装はいつものフォーマルな物とは違っていた。

 

 ネイビーのチェック柄のシャツに淡いグレーのワンピースを合わせた、カジュアルな物だ。そのゆったりとした服装は色彩の違いはあれど、彼女の主であるパチュリーを彷彿させる。

 

 横島に服装を誉められた小悪魔は照れくさそうに笑い、頬を赤く染めている。その姿は素直に可愛らしく、美鈴も思わず羨んでしまう程だ。

 

「えっと、横島さん。これはもしかして……」

 

 美鈴は待ち合わせ、お洒落をした女の子というキーワードから一つの答えを導き出す。その答えは、美鈴にとって『何となく』看過し難い物であり……。

 

「ああ、小悪魔ちゃんと買い物――」

 

「えへへ、実はデートなんですよ」

 

(……あ、あれ?)

 

 横島の言葉は小悪魔に思い切り割り込まれた。彼女の表情を見る限りでは、そこに悪意は無く単純に浮かれているからだと分かる。では、何故小悪魔はこれほどまでに浮かれているのか。

 

(ふふふ、素敵な男性とのデート。こういうのにずっと憧れていたんですよね。また輝夜さん達に報告する事が増えそうです)

 

 その答えは単純な物で、小悪魔は憧れのシチュエーションを前に興奮しているのだ。相手は紅魔館唯一の男性である横島。彼の言動は何故か小悪魔の心を魅了する事が多く、もはや小悪魔にとって横島忠夫という男性は『憧れの人』と言っても過言ではない。そんな男から買い物に付き合ってほしいと言われたのだ。小悪魔が浮かれるのも仕方がないと言える。

 

 しかしそんな小悪魔の傍らで、何故か分からないが荒ぶる心を抑えつける者が居た。

 

「……へぇ、デートですか。羨ましいですねぇ……」

 

「……っ!?」

 

 美鈴である。彼女は笑っている。それはもう美しいまでの笑顔なのだが、残念なことに目が笑っていなかった。おまけに視線の温度はどんどん下がり、もはや氷点下に近い。その視線の先は、言わずもがな横島だ。

 

(な、何やー!? 何で美鈴にこんな冷たい目で見られなあかんのやー!?)

 

 小悪魔は美鈴の変化に気付いていないが、流石に横島は気付いた。氷点下の視線が物理的に彼の体温を奪っているので当然であるが。

 

「え、えーっと……。美鈴さん……?」

 

「何ですか?」

 

「いや、あの、えっと……」

 

 横島の全身に冷や汗が流れる。上手く言葉が出てこず、美鈴の視線は更に温度を下げるばかりだ。美鈴は狼狽える横島を眺めながら、両手をぱむと合わせ、提案をする。

 

「そうだ、最近組み手をしていないので腕が鈍っていないか心配なんですよね。今度組み手に付き合ってくださいよ」

 

「ぅえ゛ぇっ!?」

 

「約束ですよ? 楽しみにしてますからねー」

 

「ちょっ、め、美鈴さーん!?」

 

 にこにこと笑いながら一方的に約束を取り付けるその姿は、横島に一切の反論を許さぬ凄みがあった。美鈴の胸中には何やら燃える感情があり、それが美鈴を焚き付けているようだ。

 

「もうそろそろ出発しないと、帰りが遅くなるかもしれませんね」

 

「え? あ、あーそうだな! それじゃ出発しようか! 一号二号三号も行くぞー!? そんじゃ美鈴また後でー!」

 

「あ、待ってくださいよーっ。それじゃ美鈴さん、行ってきますね」

 

「行ってらっしゃい。……楽しんできてくださいね」

 

 この場から逃げる為か、横島は小悪魔の言葉を受け、やけくそ気味に歩き出す。小悪魔や一号達もそれについて行き、やがて姿が見えなくなった。

 

 横島達の姿を視認出来なくなってすぐ、美鈴は深い深い溜め息を吐いた。

 

「……何で、横島さんにあんなこと言っちゃったのかな」

 

 美鈴は横島に対して言った言葉に後悔していた。胸に渦巻く感情からこぼれた言葉。その攻撃的な内容に美鈴は自己嫌悪に陥っている。また、現在の美鈴にはその感情が何から来るのかが分からないのも自己嫌悪に拍車をかけている。

 

「うーん……。何かこう、胸が痛いというか、イライラするというか……」

 

 原因不明の不調に不快感と不安が募る。悩みに悩み、そして美鈴は一つの答えに辿り着く。

 

「まさか、これが――――更年期障害?」

 

 美鈴の脳裏に絶望が浮かぶ。ついでに額に冷や汗も浮かぶ。

 

「いや。いやいやいやいやいやいやいやいや。私はまだ若い。若いんですよ。そんな、更年期障害だなんてそんな事が……」

 

 妖怪である美鈴に更年期があるのかは定かではないが、見た目にも若い美鈴にそれが訪れるとは考えにくい。彼女の訴える不調の原因は横島や小悪魔に対する感情が関わっているのだが、美鈴にはまだそこまでの考えに至らないようだ。

 

「……後で永琳さんに相談しよう」

 

 目に見える程に落ち込み、肩を落とす美鈴。その姿には普段からは考えられない程に哀愁を漂わせていた。

 

「でも組み手はしよう。うふふふふふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで横島さん、私に買い物を手伝ってほしいとの事ですが、何を買うんですか?」

 

「ん? あー……」

 

 現在横島達は湖の上空を飛行中。当然横島は空を飛べないので一号達に運んで貰っている。横島は小悪魔の質問に恥ずかしげに頭を掻いている。

 

「いや、実は日頃色々と世話になってる皆にプレゼントでもしよーかなーってさ」

 

「……プレゼント、ですか?」

 

「あははっ、何つーの? 給料が思ってた以上に多くてさ。懐に余裕があると心にも余裕が出来るっつーか何つーか」

 

 小悪魔に話す事で更に恥ずかしくなったのか、捲くし立てる様に話す横島。その姿は小悪魔からしても可愛らしく映り、小悪魔の頬に朱が混じる。小悪魔は思わず横島を微笑ましく眺めてしまい、今度は横島の頬が赤く染まった。

 

(ん~、可愛いですね横島さん! こういう表情になると年相応というか、ちょっと幼く見えますね。それに……)

 

 横島の新たな一面に心をときめかせる小悪魔だが、それに加えてもう一つ抱いた感情がある。

 

「横島さんは偉いですね。そうやって皆の事を考えて、皆の事を想って行動して……。中々出来る事じゃありませんよ?」

 

「ん……」

 

 小悪魔の言葉に横島は首を窄め、居心地悪そうにする。相変わらず褒められる事に慣れていないらしく、その様子に小悪魔はますます笑みを深くしていく。

 

「……何か、小悪魔ちゃんって年上っぽい感じがするな」

 

 ぽつりと、そんな言葉が横島から漏れる。その言葉に小悪魔はきょとんとした表情を浮かべるが、それはすぐに満面の笑みとなる。

 

「……ん、何だよ?」

 

 拗ねた様に唇を尖らせる横島と、そんな彼を優しく見つめる小悪魔。どちらが『上』かは一目瞭然だ。小悪魔は横島の唇に自らの人差し指を当てる。

 

「当然ですよ。だって私は、貴方より年上の『お姉さん』ですから♪」

 

「……っ」

 

 その少女の大人びた笑顔に、少年の息が詰まる。

 

 横島はギギギと錆びた扉の様な音を立て、ゆっくりと小悪魔とは逆に首を向ける。

 

(ぬああああああああ!!? 小悪魔ちゃんはロリ! 小悪魔ちゃんはロリ! 小悪魔ちゃんはロリ! そしてワイはロリコン!! ……違うっ!!! ワイはロリコンやない!! ロリコンやないんやあああああああ!!!)

 

 心の中で絶叫を繰り返す。その叫びは何だか自分に言い聞かせている様で……。紫、永琳、神奈子、藍、輝夜、妹紅、美鈴など、彼のストライクゾーンを微妙に外した少女達との触れ合いにより、彼の好みに少しずつ変化が起こり始めたようだ。

 

 小悪魔は懊悩する横島に一切気付く事なく、人里に着くまで横島の様子に首を傾げるばかりであった。

 

(なんで二人だけの世界に入ってるんでしょうねー)

 

(私たちもいるのに。私たちもいるのに)

 

(……所詮私達は単なる端役。脇役でしかないの。それでもこうやって横島さんに触れられるだけで、私は幸せ……。ああ、この三角筋と上腕二頭筋、上腕三頭筋の感触が……)

 

 哀愁漂う妖精達が報われる日は、来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして辿り着いた人里の入り口。そこから見える人里は、以前と比べて活気に満ちていた。人通りも激しく、子供達も元気に走り回っている。

 

「何か、随分と賑やかだな。前はかなり閑散としてたのに」

 

「多分ですけど、連続して発生した異変の反動じゃないでしょうか? 嫌な気分を吹き飛ばせーって感じで」

 

「あー……、それはあるかも。俺が元居た世界でもそういうのあったし」

 

 ようやく平常心に戻ったのか、小悪魔と自然に言葉を交わす横島。両手と肩に陣取る一号達が居なければ、もう少し手間取ったかもしれないが。

 

「それで、何で私なんです?」

 

 人里に入る前に、小悪魔は先程聞きそびれた答えを聞くことにした。

 

「あー、俺って女の子が何を贈られたら喜ぶか分かんないからさ。俺が知ってる中で、一番『女の子らしい』小悪魔ちゃんの意見を参考にしよーかなってさ」

 

「……嬉しいですけど、他の皆さんが聞いたら怒りますよ?」

 

「ははははは……。秘密にしてくれ、マジで」

 

 横島は最悪の未来を幻視し、体を震わせる。小悪魔はそれを見てくすりと笑った。

 

「ああ、そうそう。日頃お世話になってる人にプレゼントって事だからさ。小悪魔ちゃんも遠慮なく欲しい物とか言ってくれよ? 勿論一号達もな。他の皆にはサプライズって感じで」

 

「え、私もですか?」

 

「わたしも?」

 

「わたしたちもですかー?」

 

「……太っ腹」

 

 横島の言葉には皆驚いた様で、特に一号達は目をまん丸に見開いている。普段奉仕する事に慣れているせいか、こういった事はあまり経験が無いのだろう。

 

「……まあ、あんまり高価な物はちょっと無理かもしんねーけどさ」

 

 皆から視線を逸らしつつ気まずそうにする横島。その様子から、かなりの人数にプレゼントを渡すのだろうと小悪魔は見抜く。

 

「せっかくですけど、私は大丈夫ですよ? むしろ私の方が横島さんのお世話になってますし……」

 

「ん~、遠慮しないでいいんだけどな……。それを言うならお互い様だし」

 

 遠慮しがちな小悪魔に優しげな笑みを浮かべる横島だが、小悪魔のややそわそわとした動きに疑問が浮かぶ。

 

「えっと、その……。プレゼントっていうなら、こうして横島さんとデート出来るのが……その、私にとって何よりのプレゼントと言うか……。えへへ」

 

 両頬を手で押さえ、とろけた笑顔を浮かべる小悪魔を見た横島は一瞬で背後を向き、額に思い切り拳を打ちつけた。

 

(……危ない危ない。俺はロリコンじゃない。OK? OK!)

 

 自らの正義を守る為に自問自答を繰り返す。もはやそれは自己暗示に近い。

 

(それにしても小悪魔ちゃんって男が好みそうっつーか、男好きするっつーか……。はっ! まさか、だから『小悪魔』なのか!?)

 

 そして何やら大変失礼な事を考え始める。こういうところはまるで成長せず、元の世界の女性陣が見れば、怒るか呆れるかはたまた喜ぶか。とにかく、あまり良い事ではないだろう。

 

(うーん。そうだとしたら悪い男に騙されたりしちゃうんじゃないか、とか心配になってきたな。今日は俺がしっかり見とかないと)

 

 横島は先程の失礼な考え前提で思考を巡らせる。それが間違っているかどうかは考慮しないようだ。

 

「うし、小悪魔ちゃん。今日は人通りが多いみたいだからはぐれない様に――――既に居ない……だと……!?」

 

「小悪魔さんはさっき『あ、あの服可愛い』って服屋さんにいきましたよ?」

 

「早速はぐれとるやないかい! どの店だ?」

 

「あそこですよー」

 

「ああ本当だ。おーい、小悪魔ちゃーん!」

 

 普段ならば絶対にしないだろう失敗をする小悪魔。やはり傍目には冷静に見えても、実際は相当に浮かれている様だ。

 

 

 

 

 

 

「全く……はぐれたら危ないってのに」

 

「ごめんなさい……」

 

「ああ、すぐに見つかったから良いけどさ。今度からは気を付けてな?」

 

「はい……」

 

 しょんぼりとうなだれる小悪魔に、横島は苦笑を浮かべる。先程までお姉さんぶっていた姿からは想像もつかない様な状態だ。

 

「で、何か良い服があったの? やっぱ俺としては何かを贈りたいんだけど……」

 

「このストールが可愛いと思ったんですけど、思ったよりも高くて……。さすがにねだれませんよ」

 

 小悪魔が手に取ったのは淡い色合いのストール。小悪魔が身に着ければ似合う事は間違いなさそうだが、小悪魔の言うとおりに確かに少々高価ではある。

 

「このくらいなら大丈夫だけど……」

 

「ダメですよ。横島さんは皆の分も買うんですから。私一人にこんなに使ってちゃすぐにお財布が空ですよ?」

 

「……」

 

 どうやら小悪魔は少々頑なになっているらしい。今は何を言っても無駄だと判断した横島は、傍らに居る一号達へと話を振る。

 

「……一号達も何か欲しい物があれば言えよ?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、三人の目が怪しく光った。

 

「わたしは、ほしい物じゃなくてしてほしいことがありますー」

 

 一番始めに手を上げたのは一号だ。ポニーテールを軽やかに揺らしながら、はいはいと自己主張する。

 

「妖精って物欲が少ないのかね……? それはともかく、何をしてほしいんだ?」

 

「えっとですねー、後ろからぎゅっと抱きしめつつ『あーん』でご飯を食べさせてほしいですー」

 

「お、おう……、そうか」

 

 一号に抱いていた印象よりもずっと大人びた要求に少々面食らうが、横島は「背伸びをしたい年頃なんだな」と解釈した。実際は一号の方が遥かに年上であるのだが。

 

「はいはーい! 次はわたしですよー!」

 

 今度は二号が両手を上げてアピールする。ぴょんぴょんと跳ね、その度に躍動するツーテールが 可愛らしい。

 

「わたしはですね、寝るときに『うでまくら』をしながら色々なお話をしてほしいです!」

 

「あー、なるほど」

 

(この二人は甘えたい盛りなのかね?)

 

 見た目年齢を重視する横島は二人の要求を「誰かに甘えたいのだろう」と解釈し、それが好意から来る要求であるとは考えもしなかった。いや、恐らくは『甘えてくるくらいには好かれている』程度には考えてはいるだろうが、それでもまだまだ壁は厚い。二人に言える事は、「もう少し頑張りましょう」と言ったところか。

 

「……最後は私」

 

 三号がにゅるんと横島の隣に移動する。緩い三つ編みの髪が蠢動している様で、可愛い顔に似合わず不気味な雰囲気を放っている。

 

「何だか物凄く嫌な予感がするが、男は度胸! 何でも言ってみろ……!」

 

「……『一緒にお風呂に入る』で」

 

「お゛き゛ゃ゛あ゛!゛?゛」

 

 三号の要求にかつての恐怖をフラッシュバックする。よほど強烈なトラウマとなっているのか、仰け反った頭は綺麗なアーチを描き、地面に突き刺さる。その様は異様に美しく、ある種のアートの様だ。

 

「変更は?」

 

「……無しで」

 

「変なことすんなよ?」

 

「……触りたい」

 

「直球すぎる!?」

 

 前の二人に比べ、よりアダルトな要求をする三号。彼女だけは横島に警戒されているが、三号はそんな怯える横島も好きだったりする。彼女に言える事は「やりすぎ注意」だろうか。

 

「しっかしお前らといい他の妖精メイドといい、こっちの妖精ってのは物欲が乏しいのか? 他の妖精メイドにそれとなく欲しい物はないか聞いてみたら一号達と同じ様な答えばっかだったし」

 

 横島はこちらと元の世界の妖精の違いに首を捻る。……ある意味三号はよく似てると言えなくもないが、元の世界の『鈴女』はより欲望が深かった様に思える。

 

「どんな内容だったんですか?」

 

「あー、『ご飯作ってー』、『一緒に寝てー』、『髪の毛洗ってー』とかそんな感じ」

 

「うーん、コメントに困りますね」

 

 横島から聞く妖精メイド達のリクエストに小悪魔は苦笑を浮かべる。そんな彼女に、横島は手を差し伸べる。

 

「そろそろ他の店にも行ってみようぜ。今度ははぐれない様に、手でも繋ぎながらさ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、小悪魔の顔は一瞬で朱に染まる。横島の顔と手を何度も交互に見て、やがて消え入りそうな声でぽつりと呟いた。

 

「あの……恥ずかしい、ので。……これで、お願いします」

 

 そう言って小悪魔は横島の袖をつまんだ。その姿に横島は微笑みを浮かべ、元気よく音頭をとる。

 

「んじゃ、買い物改めデート開始といきますか」

 

 執事、妖精メイド達、顔を真っ赤にして俯きにやけた顔を隠す小悪魔という奇妙な一行は人里を進み行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

「どうしたんです?」

 

「いや、お嬢様の好みそうなのって何かなーと」

 

 横島達一行は現在雑貨屋を物色している。今はレミリアへのプレゼントを見繕っている様で、横島はレミリアの好みについて考えを巡らせている。

 

「お嬢様は案外女の子らしい趣味もありますよ? 色んなぬいぐるみをコレクションしたりとかもしてます」

 

「そうなの? 何回かお嬢様の部屋に入る機会があったけど、そんなのあったかな……?」

 

「それはほら、お嬢様って見栄っ張りですから……」

 

「ああ……普段はどっかに隠してんだな」

 

 ここで小悪魔から有力な情報を手に入れた。横島は小悪魔を連れてきた事に間違いはなかったことを確認し、頷いている。

 

「んー……、どうせなら妹様とペアのぬいぐるみとかにしようかな。何か良いのがあればいいんだけど……」

 

 キョロキョロと視線を動かしぬいぐるみを探すが、彼が捉えたのはまた別のものだった。

 

「ん? あれは……」

 

「どうかしました?」

 

 横島の視線の先を小悪魔も追う。そこに存在したのは西洋人形の様な、可憐な容姿を持つ魔法使いだった。

 

「やっぱりアリスちゃんか。久しぶり」

 

「え? ――あら、横島さんに小悪魔じゃない。妖精メイド達も、お久しぶりね」

 

 横島の声にアリスは振り向く。お互い意外な場所で出会い、挨拶もそこそこに話が盛り上がる。こうした世間話は切り上げ時に迷うものだが、横島はとある事を思い立ち、アリスにそれをお願いする。

 

「アリスちゃんって人形を作るのが得意なんだよな? ちょっとお願いがあるんだけど……良いかな?」

 

「まあ、内容によるけど……?」

 

「ああ、難しい事じゃないんだよ。実は――――」

 

 横島はアリスに『お願い』の内容を説明し、アリスはそのお願いを承諾する。

 

「それくらいなら二時間もあれば作れるわ。丁度材料もいっぱい買ったところだし」

 

 アリスは手に提げている大きな袋を見せる。これだけあれば、確かに横島の頼み通りに作れるだろう。

 

「本当か! いやー、助かったよ。そうだ、何か欲しい物やしてほしい事はないか? 出来る限りお礼はするぜ」

 

「ああ、それなら……」

 

 アリスはおとがいに指を当て、しばし考える。やがて答えが出たのか横島に向き直り。

 

「貴方の髪の毛と血液をくれないかしら?」

 

 そう、輝かんばかりの笑顔で宣った。

 

「……」

 

「……」

 

 横島と小悪魔達は一切表情を変えることなく、微笑みを浮かべたままスススーっと後ろへとスライドしていく。

 

「待って! 引かないで! 別に怪しげな魔法に使うわけじゃないから!」

 

 必死に追いすがるアリスの姿に、横島はとりあえず話だけでも聞いてみる事にする。

 

「ほら、平行世界の人間に出会ったのは初めてだから、こっちの世界の人間と何かが違うのかとか気になってね。永琳やパチュリーも調べてるんでしょうけど、私は西洋魔法的なアプローチというか……」

 

 つまりは好奇心を抑えられないということだ。アリスの目は純粋な輝きを見せており、妙な考えを持ち合わせてはいない様に思える。結局横島は了承する事にした。

 

「まあ、変な事に使わないのならいいや。今血を取るのか?」

 

「いえ、さすがに今は器具を持ってないからね。そうね、とりあえず……色々と準備もあるから、三時間後にあそこの茶店に集合ってことで」

 

 アリスが指差すのはこぢんまりとした、だが品の良い店構えの茶店。どうやらよもぎ餅が名物らしく、それを買って帰る人も多い。

 

「今が十一時だから、十四時だな。了解」

 

 そうして挨拶もそこそこにアリスと別れる。次の店に行こうと外に出ると、何やら道の真ん中に人集りが出来ていた。

 

「何でしょう、何かあったんですかね?」

 

「んー。いや、違うな。この霊波は……」

 

 人集りの最奥から感じる霊波。それは彼に覚えがあるものだった。何かが人集りから飛び立ち、彼らの頭上に何らかの紙を撒いていく。それは号外だった。

 

「号外、号外ですよー! また山の麓で動物の変死体が出ましたー!」

 

「あ、彼女は……」

 

 黒い羽を広げ、空から号外をばらまくのは天狗の少女、文だった。

 

「おーい、文ちゃーん!」

 

「ん? あやややや、これはこれは横島さん。お久しぶりです」

 

 文は一瞬で横島達の眼前に移動し、ふわりと着地した。そのスピードは動体視力に優れる横島ですら追えない速さであり、改めて彼に天狗という妖怪の強大さを思い知らせる。

 

「小悪魔さん達もお久しぶりです。あ、号外をどうぞ」

 

「ありがとうございます。……パーティーの日以来ですね。お久しぶりです」

 

 小悪魔は文と挨拶を交わした後、受け取った号外が横島にも読める様に身を寄せる。その様子に文は目をキラリと輝かせ、自分も横島へと擦り寄る。

 

「おやおや? もしかしてデートですか? デートですよね? どういう経緯でそうなったのか教えてくださいよー」

 

「ああもう、まとわりつくなっての。また今度な、今度」

 

「今じゃなかったら意味がないじゃないですかー」

 

(記事の内容……五日前の日付になってますけどね)

 

 唇を尖らせてぶーたれる文に、心の中でツッコミを入れる小悪魔は苦笑を浮かべている。どうやら文はフットワークは軽いが、筆は重いらしい。

 

「それはそうと横島さん。ここで会ったのも何かの縁。この縁をもっと深める為にも、私の『文々。新聞』……ご購読していただけませんか?」

 

「ん? ああ、いいよ」

 

「ええ、分かってます。もちろん横島さんに損はさせませんよ。うちは他と比べて月々の購読料も安めですし、更に洗剤やお米券も月に一回――」

 

「……いや、だから購読するって。幻想郷の情報は必要だし」

 

「……マジですか? マジですね? 契約してくれるんですね!? ひゃっほう!!」

 

 文は横島の了解を聞き漏らしたのか断られる事を前提に話していたのか契約のメリットを語っていくが、再度の了解に目を見開き、今や全身で喜びを表現している。小悪魔はそんな文を微笑ましげに眺め、心の中でツッコミを入れる。

 

(紅魔館と契約してるので、横島さん個人で契約する必要はないんですけど……)

 

 そう思うなら止めてやればいいのだが、小悪魔は横島が紅魔館が文と契約している事を知っていると勘違いしていたため、何か思惑あっての事だろうと考えた。

 

 実際は文の『この縁を深める為にも』という言葉に反応したから、という事実は知らない方がいいだろう。

 

「あー、でもとりあえずはひと月だけな。いつ元の世界に帰れるか分からないから、短めの方がいいだろうし」

 

「あやや、それもそうですね」

 

(……)

 

 横島の言葉に小悪魔は胸を締め付けられる。ここは横島の世界ではなく、自分達にとっての異世界が彼の帰るべき場所なのだ。分かってはいたが、それでもその事実を突きつけられると彼女には辛い。

 

「それでは明日から、という事で」

 

「おう、よろしく。……ところで、ちょっと聞きたい事があるんだけど」

 

「なんですか?」

 

「今色々と買い物中なんだけどさ、この辺で品揃えが豊富な店ってなるとどこになるかな? 文ちゃんはよく人里に顔を出してるみたいだからそういうの詳しそうだし、知ってたら教えてほしいんだけど」

 

「そうですねぇ……」

 

 文は腕を組み、うんうんと唸り考えを巡らせる。やがていい店を思い出したのか、ぽんと手を叩く。

 

「そうそう、今日は彼女が露店を出す日でした」

 

「彼女……?」

 

「ついて来てください。きっと良い物が見つかりますよ」

 

 自信満々な文の様子に横島達は顔を見合わせるが、情報通である文の言葉に間違いはないだろう。多大な期待と少しの不安を抱え、文の後について行く。

 

 たどり着いたのは大通り。その一画には露店を囲む人集り。横島は「またか」と思わないでもなかったが、それはその店が流行っている証拠。文に続き、人垣を掻き分けて前に出る。

 

「にとりー、お客さん連れてきたわよー」

 

「ん? おー、文じゃん。お客さんって隣の盟友? 文が盟友を連れてくるって珍しいね。何々、どういう関係なのさ? もしかして恋人? 違うよねぇ。あ、盟友の恋人は隣の小悪魔かな? ……って小悪魔!? 恋人居たの!? って、あーそうだ、自己紹介がまだだったね。私は河城にとり。よろしくね、盟友!」

 

「……お、おう。俺は横島忠夫。よろしく」

 

 そこに居たのは白いブラウスに水色の上着、裾に大量のポケットが付いた濃い青色のスカートを着用した妖怪の少女。人懐っこい笑顔を浮かべ、矢継ぎ早に言葉を出し最後には驚き叫び、その後何事もないかの様に自己紹介を始める姿は、他の皆にも言える事だが妖怪らしくない。そして忙しない。

 

(盟友……って、何で?)

 

(それはほら、河童と人間は昔から……ね?)

 

(ね? って目を逸らしながら言われても……。というかあの子河童なのか)

 

 こそこそと内緒話をする横島と文を余所に、にとりと小悪魔の会話は盛り上がっている。周りからの注目の一切をスルーしながら、横島はにとりが広げている商品を見る。

 

 そこにあるのはそれぞれがどの様な事に使えばいいのか分からない物ばかり。どうやら店が繁盛していたのではなく、物珍しさ、怖いもの見たさで人が集まったのだろう。

 

「うーん……一体何に使うんだ、これ?」

 

 横島が手に取ったのは木製の球体に十字のトゲが大量に付いた物。持ちにくさに加え重さは一キロ程もあり、何に使うのかさっぱり分からない。

 

「ああ、それ? それはこうやって壁に投げると……」

 

 横からひょいと顔を出したにとりは横島が持つ球体を近くの民家の壁に投げつける。すると球体はどういう原理か垂直の壁をコロコロと転がり上り、やがて屋根瓦にぶつかり、地面に落ちた。

 

「すげえ! すげえ、けど……何の役に立つんだ?」

 

「え? 何の役にも立たないよ?」

 

「……えぇー」

 

 ならば何故売り物として並べているのか疑問を抱く横島だが、玩具としては中々に面白そうだ。これもそういう物なのだろうと好意的に解釈する。

 

「……何か、おすすめとかある?」

 

「おすすめかい? ふふふ、いいのがあるよ!」

 

 よほど自信があるのか、にとりは胸を張って得意げになる。そして服にいくつか付いている小さなポケットから、明らかに収まりきるはずがない大きさの機械を取り出してみせる。

 

「電動式送風髪乾かし機~!」

 

(……こっちの世界にも彼は存在するのか……?)

 

 ある種の様式美が炸裂する中、どこからともなく鳴り響く軽快な音楽と共に取り出されたのは、『外』の世界で言うところのヘアドライヤーであった。このシチュエーション、横島は悪乗りを開始する。

 

「これは、ドライヤーですね。でも電動式って言う割にはコードもプラグもありませんけど……?」

 

「心配ご無用! ほらここ、持ち手の底の部分に小さなハンドルが付いてるでしょ? これを大体百回くらい回せば、三日間はノンストップで使えます!」

 

「えっ、本当ですか!? それは凄いですね!!」

 

「更に更に、本体横のつまみで強風・弱風、温風・冷風の切り替えも可能! しかも完全防水で水回りでの使用も大丈夫! しかも充電具合を表示するメーターもあって分かりやすい!」

 

「うわぁー、凄い! でもこれだけ高機能だと、値段もお高いんでしょう?」

 

「心配ありません! この電動式送風髪乾かし機、今回に限りもう一つお付けして一九八〇〇円! 一九八〇〇円での御奉仕です!」

 

「安い! これはもう買うしかありません!」

 

 突如始まった大仰な寸劇に小悪魔達含め、周囲全てが沈黙する。満足気に笑う横島とにとりは見つめ合った。二人が無意識の内に取っていた行動は『握手』であった。周りの客はほったらかしだが、無言の販売促進の詩があった。奇妙な友情があった――――。

 

「電動式送風髪乾かし機、買うよ……!」

 

「毎度あり……!」

 

 周囲の人々には何故だか二人が輝いて見える。文が二人をフラッシュを焚いて撮りまくっているので当然であるが、二人を囲む人々はそれに気付かず、二人の神々しさに拍手を贈る。きっと皆自分が何をしているか分かっていない。

 

「……む~」

 

 カオス極まりない空間の中、頬をむくれさせて不満気な声を漏らす少女が居た。小悪魔である。

 

(私をほったらかしで、他の女の子と……)

 

 横島とデートが出来るだけで、とは言ったものの、やはりそれとこれとは別問題である。せっかく憧れの男性からデートに誘われたのだから、最後までエスコートしてほしいと思うのは当然の事であろう。

 

 小悪魔は胸に湧き上がる嫉妬の念、まだまだ可愛らしいそのヤキモチは、小悪魔に横島とにとりの間に割って入らせる。

 

「髪を乾かすだけの機械って、必要なんですか?」

 

「んむ?」

 

 にとりは小悪魔の様子がいつもと違う事に気付く。「何かやっちゃったかな?」と首を傾げるが、その不機嫌の矛先が横島に向いている事を感じ、彼女の気持ちを察した。

 

「いやー、ドライヤーは必要だぜ? 気持ちいいし。……って、そうか。『ここ』じゃこういうのは珍しいのか。使えば良い物だって分かると思うんだけどな」

 

 対する横島は小悪魔の様子に気付いていない。にとりは横島の鈍さに苦笑を浮かべつつ、小悪魔の援護に回る事にした。

 

「なら小悪魔がお風呂に入った後でさ、横島さんが小悪魔の髪を乾かしてあげればいいじゃん。使い方は知ってるみたいだしさ」

 

「え、ええっ?」

 

「おー、なるほど」

 

 にとりの言葉に小悪魔は驚きを、横島は納得を示す。

 

「くくく、確かに言って分からないなら、体に覚え込ませるしかないよなぁ……」

 

「ふふふ、そうだねぇ。案外ハマっちゃうかもしれないしねぇ……」

 

「ちょっ、何か不安を煽る様な事は言わないでくださいよ!?」

 

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる二人に、小悪魔は腰が引ける。その姿に横島達は満足顔だ。

 

「冗談だよ、冗談。ま、気持ちいいのは本当だしな。俺も優しくするからさ、一回くらい試してみても損はないって」

 

「……横島さんが、そこまで言うなら」

 

 小悪魔は先の言葉のせいで気勢を削がれていたのか、随分としおらしい。

 

(優しくするからさ……優しくするからさ……優しくするからさ……。はふぅ)

 

 まあ、頭の中はピンク色だったようだが。

 

「んじゃこれ、取り扱い説明書と三十年間有効の保証書ね」

 

「三十年!?」

 

「あー、盟友には長いかもねー」

 

 結局小悪魔はその後ふわふわとした意識の中で、横島とのデートを楽しむ事になる。意識がはっきりとしてきたのは昼食を食べる為に店に入り注文まで済ませた後で、横島も一号達も荷物が増えていた。文の姿は見えず、いつの間にか別れていたらしい。

 

「ごめんなさい横島さん、三号ちゃん達も。私だけ荷物を持ってもらっちゃって……」

 

「あー、気にしなくていいって。小悪魔ちゃんは普段忙しく動きまくってるし、ボーっとしちゃうこともあるよ」

 

「わたし達はだいじょうぶですよー?」

 

「元気元気ー!」

 

「……もーまんたい」

 

 小悪魔は横島達の答えに、ようやく笑顔を見せる。それを見た横島はうんうんと頷いた後、文からもらった号外に改めて目を通す。

 

「……山の麓で内臓を丸ごとくり抜かれ、血液を全て抜かれた熊や猪の死体が見つかった、か。まんま宇宙人のキャトルミューティレーションだな」

 

「キャト……何です、それ?」

 

「んー、確か宇宙人が動物の生態を調べたり、実験した結果とかだったかな? 実際は単に獣の捕食の痕だったり、血は重力で流れて土に吸収されたから、とか現実はそんな感じ」

 

「地味に夢のない話なんですねぇ……。まあ、妖怪がいっぱい存在する幻想郷ではさして珍しい事でもないので、すぐに風化しちゃうでしょうね」

 

「やっぱそういう妖怪もいるんだなー」

 

 横島は号外をたたみ、持ってきたカバンへとしまう。既に興味はもうすぐやってくる焼き肉定食に移っており、「早くご飯来ないかなぁ、焼き肉には白い飯だろうが」と、まだ何も来ていないのにご飯が無い事に対して愚痴を言っている。

 

「気が早すぎですよ」

 

「いやー、だって腹減っちゃってさ」

 

 照れ笑いを浮かべる横島に、自然と小悪魔の頬が緩む。それから程無くして注文した料理が揃い、昼食が開始された。横島が焼き肉定食、小悪魔は焼き鮭定食、一号は肉野菜炒め定食、二号は茄子と挽き肉の甘辛炒め定食、三号は豚肉の生姜焼き定食と、小悪魔以外見事なまでの肉率だ。

 

「皆ガッツリいきますねー」

 

「体が資本だしな。それにこっちに来てから食生活は圧倒的によくなってんだよなー。その分、ちょっと太ってきたかもだけど。ちょっと服がキツいんだよね」

 

「そうなんですかー?」

 

「たぷたぷ? たぷたぷ?」

 

 二号が横島の腹を触る。しかし腹が出ている様子もなく、逆に引き締まっている。

 

「……太ったんじゃなくて、しっかりとした筋肉がついてきた。今までみたいに痩せてたから透けて見えていた筋肉じゃなくて、ギッチリと詰まった、本物の筋肉……」

 

 三号が恍惚の表情で横島の腕に擦り寄る。

 

「……ああ、この尺側手根屈筋と長掌筋の感触が……」

 

「何だそのマニアックな筋肉……!?」

 

 以前の様なカップめんばかりの食生活ではなく、紅魔館で執事になったことで咲夜の栄養たっぷりな料理を毎日食べることにより、横島は真に健康な肉体を手に入れつつある。貧弱なぼーやなどと言われていた時代からは考えられない筋肉の成長に、横島は柄にもなく嬉しくなる。

 

「筋肉が付くのって、嬉しいんですか?」

 

「まあ、俺だって男だしな。やっぱり無いよりはある程度ガッシリしてた方が見栄えも良いだろうしその方がナンパもげふんげふん」

 

「……出来ればもう少ししっかりと筋肉を」

 

 三号は未だ横島の腕にくっついており、小悪魔はそれを羨ましく感じる。そちらに意識を取られていたので小悪魔はちょっとしたミスをするのだが、今回はそれが好機となった。

 

「お……? 小悪魔ちゃん」

 

「え? あ、はい。何でしょう横島さん」

 

 少々体をびくつかせる小悪魔を不思議に思いながらも、小悪魔の顔へと手を伸ばす。やがて横島の指は小悪魔の唇端に触れ、優しく拭う。

 

「ご飯粒、付いてた」

 

「え、あっ、す、すいませ――――!?」

 

 横島に恥ずかしいところを見られ、それだけでも顔から火が出そうだと言うのに、彼女が瞳に捉えた光景は、とんでもないインパクトを彼女に与えた。

 

――――小悪魔の唇に付着していたご飯粒を、そのまま口に含んだのだ。

 

「……!? ……、……っ!! …………っっっ!!?」

 

「……ん? どしたの」

 

 小悪魔は顔を真っ赤にし、口をパクパクと開いている。横島は特に何の意識もしていないが、これはやたらと人の顔を舐めてくる弟子が影響しており、そういった関係には感覚がおかしくなっているからである。

 

「――――ふぅっ」

 

「ぅえ゛っ!? ちょっ、小悪魔ちゃーん!!?」

 

 小悪魔は羞恥が限界に達したのか、目をぐるぐると回して気絶してしまった。慌てふためく横島達や従業員達をよそに、小悪魔は気絶しながらもどこか嬉しそうな顔をしていたそうな。

 

(ああ……、流石です、横島さん……)

 

 一体何がどう流石なのか、答えは小悪魔しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第十六話

『小悪魔のドキドキデート』

~了~




お疲れ様でした。

デートってほどデートじゃなかったと書き終えてから気付く罠。
イチャイチャを期待した皆様、申し訳ねぇ……!

今回登場したにとりですが、この煩悩漢の中では文と仲良しにしています。
公の場では上司と部下ですが、プライベートでは上下を超えた友人ということでひとつ。

ゲスなにとりも良いのですが、やっぱりゲスといえばあの子だよね。


それではまた次回。

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