東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。



修理に出した携帯は未だに帰ってきません……。

もっとこまめにバックアップを取っておくべきでした。

それではまたあとがきで。




第二十一話『横島、新たな目覚め……?』

 暗い闇の中に、横島は居た。

 

 まるで深い水底のような、暗く冷たい闇。

 

 それは正しく暗闇だった。

 

 だが、そんな空間にありながら、横島からは滾る煩悩と、そして悲しみと喜びの霊波が迸っている。

 

「うはははははは!! 極楽じゃーーーーーー!!」

 

 横島は『彼女』の体を抱き締め、胸に顔を埋める。その双眸からは涙が溢れ、或いはそれを見せたくないのかもしれない。

 

「あったかいなー! やーらかいなー!! いーにおいだなー!!!」

 

「やん♪ もう、ヨコシマったら!」

 

 彼は今この時が夢であると理解している。所謂明晰夢というやつだ。だからこそ、彼はもう逢うことが出来ない『彼女』と触れ合えている。

 

「ルシオラ……、ルシオラぁ……!」

 

 横島は何度も最愛の彼女の名を口にする。そのたびに彼女は横島の頭を撫で、口付けを落としていく。互いにその感覚に震える程に感動し、横島は彼女に存分に甘え倒し、ルシオラは彼を存分に甘やかす。

 

 それは、二人だけの楽園だった。

 

 他に誰も居ない、暗い闇の底の底。存在しないはずの『お邪魔虫』は、唐突にその姿を現した。

 

「――――その子だけじゃなくて、私のことも構ってほしいんだけどなー、横島君?」

 

 現れた者。それは衣服とは言い難い程に布地面積が小さい服を着た、美神令子だった。穴とか食い込みとかが凄い服に、美神のグラマラスなボディが映える。

 

「勿論っすよ、美っ神さーーーーーーん!!」

 

「きゃあ♪」

 

「ちょ、ヨコシマぁ!?」

 

 そんな格好の美神に誘惑されたのだから、横島が抗えるわけもなく。横島はあっさりとルシオラから離れ、美神へと抱き付いた。パチュリーには下品じゃない程度にセクシーなのが最高だと語っていたが、下品なまでにセクシーなのも好きなようだ。

 

「うはははは!! チチー! シリー!! フトモモー!!!」

 

 横島はこれでもかと言わんばかりに美神の肢体に頬擦りをする。普段ならとんでもない折檻が待っているのだろうが、ここは夢の中だ。美神は嫌な顔一つせずに横島の行為を受け止めている。

 

「こんな時にまでお前って奴は……!」

 

 そんな横島を見て、情けないやら悔しいやらで奥歯を噛み締めるルシオラだが、むしろあの美神に誘惑されて靡かない横島は横島ではない。そう考えを改めて何とか平静を取り戻す。

 

「はい、横島君。美味しいバナナよ。あーんして?」

 

「はあーん!!」

 

 しかし、ルシオラとしてはやはり面白くない。何だかよく分からない内に甘い空間を展開する二人に嫉妬の炎を背負いながら、ルシオラは横島達へと歩み寄る。

 

 いつの間にかルシオラの服装は、美神と同じく露出度の極めて高い物となっており、手には皿に盛られたさくらんぼが乗っていた。

 

「ほ、ほーら、ヨコシマ。こっちのさくらんぼも美味しいわよー? あーん、して……?」

 

 ルシオラはおずおずと横島に手のさくらんぼを近付ける。

 

「おお、ルシオラ! あー……ん、む!」

 

「あん♪ もう、そこはさくらんぼじゃないでしょっ?」

 

「へぶうっ!!?」

 

 横島はルシオラが手に持ったさくらんぼではなく、胸の先っぽのさくらんぼを口に含んだのであった。

 

 そのせいでバチコーン! と強烈なビンタを食らって首がゴキンッ! と一八〇度捻転してしまったが、そんな程度で横島の煩悩は抑えられない。

 

「きゃっ」

 

「よ、ヨコシマ?」

 

 横島は二人をギュッと抱き締める。彼はいつの間にかド派手で悪趣味な装飾の玉座に腰掛けており、ルシオラと美神はそれぞれ横島にもたれ掛かる形となっている。

 

「ふ、ふひ、ふひひひひひひ……」

 

 横島の口から怪しげな笑いが漏れ、ついでに鼻からは鼻血がどっぱどっぱと溢れている。ルシオラは愛する彼の狂態にドン引きだが、美神はごろにゃんと彼の胸に擦り付いている。

 

 その感触が引き金となったのか、横島は叫んだ。同時に煩悩パワーが空間を満たしていく。

 

「フハハハハハハ!! 皆まとめてワイのモンじゃーーーーーー!!!」

 

「ちょ、ええっ!? な、何これ……!!?」

 

 驚くルシオラが目にした物。それは自分達の周囲を覆い尽くす、自分達と同じ格好をした女性達だった。

 

「横島さん。フルーツも良いですけど、私達の料理も食べてください」

 

「おー! おキヌちゃんに小鳩ちゃんに魔鈴さん!!」

 

 そこには家庭的ながらも色鮮やかな料理が盛られた皿を持った、美しい女性達が居た。

 

「食べてばかりではいけませんよ? 適度に体を動かしませんと」

 

「おっほう……! 小竜姫様にワルキューレにベスパ!」

 

 反対側からの声に視線をやると、そこにはスポーティーに引き締まった肢体を持つ美女達が居た。

 

「こういうのも青春よね、横島君!」

 

「勿論だぜ、愛子にマリアにヒャクメ!」

 

 友達としての気安さの中に、熱い想いを秘めた美女達が居た。

 

 他にも美衣が、グーラーが、メドーサが、迦具夜姫が、神無が、朧が、九能市が、ありとあらゆる美女達が居た。

 

「極楽や……!! 楽園や……!!!」

 

 横島は感激に打ち震える。視界の隅のシロとタマモとパピリオはなるべく見ないようにしながら。

 

 右を見ても美女。左を見ても美女。前を見ても美女。後ろを見ても美女。周り全てが美女。自分以外全てが美女。その全てが横島に熱い視線を送っている。

 

 横島の理想郷がそこにはあった。

 

「うははははははははー!! 余は満足じゃーーーーーー!!!」

 

 煩悩に顔を歪め、横島は叫ぶ。

 

――――その叫びを皮切りに、横島の周囲から一切の美女達が消えた。

 

「――――あれ?」

 

 静寂が横島を包む。

 

「ルシオラ? ルシオラー? 美神さーん?」

 

 先程まで存在した女性達を探す横島だが、ここには誰も居ない。

 

 右を見ても誰も居ない。左を見ても誰も居ない。前を見ても誰も居ない。後ろを見ても誰も居ない。周りのどこにも誰も居ない。

 

――――自分以外、誰も居ない。

 

 それを認識した途端、横島の心を強烈なまでの孤独感が襲う。

 

「ぅ……っ! ふぐっ、う……っ、ううぅ……!!」

 

 横島は止め処なく涙を流し、嗚咽する。ただ感情のままに、心のままに叫びを上げる。

 

「何でやーーーーーー!? 夢ならもーちょっとワイに都合のえーようになってともえーやないかー!! それともあれか!? 余は満足じゃとか言っちまったからか!? あああそうやとしたらワイのアホー!! もっとルシオラにえっちいことしとくんやった!! 大人の階段を上っとけば良かったーーーーーーっ!!!」

 

 うおォンと泣き叫ぶ横島は突っ込み所が満載な台詞を口にする。だが、今現在ここには彼以外誰も居ない。「せやけどそれはただの夢や」と突っ込んでくれる人は居ないのだ。

 

「……はっ! まさか……!?」

 

 ここで横島は何かに気付く。注目したのは先程のルシオラだ。

 

「まさか、ルシオラが持っとったさくらんぼはこの結果を暗に示しとったんか……!? ワイにはチェリーがお似合いやとゆーことなんかー!?」

 

 導き出した答えに横島は頭を抱える。本当に頭を抱えたいのはルシオラなのだろうが、残念ながら現在ここには横島のみ。当然他に誰も突っ込みは居ない……はずなのだが。

 

「――――そんなことはありませんわ」

 

 唐突に響いたその声に、横島は誰が現れたのかを確認せずに飛びかかった。

 

「どこのどなたかは存じませんが、ここで会ったのも何かの縁!! 俺と熱い一夜を過ごしませんかー!?」

 

 煩悩のジェット噴射で突如現れた『女性』に抱き付く横島。……それが、彼にとっての間違いだとは気付かずに。

 

「……こんな私でも良いのなら、喜んでお受けします。……横島君」

 

「……」

 

 横島の全身から冷や汗が噴き出す。その声、その口調。その持ち主が誰なのか、分かってしまったのだ。

 

 横島は『女性』の胸に埋めていた顔をゆっくりと上げる。やがて視界に入った『女性』の顔は、横島の予想通りの人物だった。

 

 幼い容貌ながらも遥か悠久を生きる、妖怪の賢者。八雲紫であった。

 

「……っ!!?」

 

 横島は紫から抱き付いた時と同じスピードで離れる。紫の格好が先程まで存在していた女性達と同じ物であったためか、見た目年齢が下の紫に対して煩悩が疼いてしまったからだ。

 

 その勢いのせいか、紫は悲しげな表情を浮かべている。

 

「ゆ、ゆゆゆ、紫さん!? 紫さんが、何で……!?」

 

 その質問はどういった意味だったのか。何故ここに居るのか、先程の言葉の真意か、その両方か、はたまた別の意味か。

 

「……私が居ては、駄目なのかしら……?」

 

 紫の瞳が不安げに揺れる。それは横島に罪悪感を抱かせるのに十分な威力を持っていた。

 

「い、いやぁ! んなこたないっすよ! これは俺の夢だし、紫さん程の美少女ならむしろウェルカムっていうか! 俺はロリコンじゃないけど!」

 

 もはや聞き飽きた感のある台詞をしっかりと主張しつつ、横島は紫を立てる。直後、背中に重みを感じた。

 

「紫が良いのなら、私が居ても良いわよね?」

 

 突然発生した重さと柔らかな感触、そして甘い匂いと声に振り向けば、背には永琳が負ぶさっていた。

 

「え、永琳先生!?」

 

「はーい、その通り。で、どうなの? 居ても良いのよね?」

 

「ももも勿論です! っていうかおっぱいが背中いや耳に息あああ……!?」

 

 永琳は横島の耳に甘く息を吹きかけ、了承を得た。背中の感触から永琳もまた紫と同じ格好をしているだろうことが分かる。

 

「じゃあ私達も良いわよねー?」

 

「今度は誰!?」

 

 横合いから聞こえてくる声にそちらを向けば、そこに居たのは紫達と同じ服装をした輝夜、妹紅、鈴仙。その三人も永琳のように横島へと擦り寄ってくる。

 

「ほぁあ……! さ、三人とも、っていうか皆その格好は一体どうして……!?」

 

 横島はとりあえず一番気になることを聞く。これは横島の夢なのだから既に答えは出ているような物だが、一応聞いてみるようだ。

 

「それは、ほら。男の人ってこういうのが好きだっていうし……」

 

「横島が着てほしいって言うなら、私は、いつでも……、その……」

 

 疑問に答えたのは鈴仙と妹紅だった。顔を赤く染め、視線を逸らしながらのその台詞に、横島の煩悩は否応なしに高まってしまう。

 

「だから、私達も着てきたのよ」

 

「……!? ぱ、パチュリー様に咲夜さんに美鈴に小悪魔ちゃんまで……!?」

 

 またも横合いから聞こえてきた声の方を向けば、そこにはパチュリーを筆頭に紅魔館の見た目年齢の比較的高いメンバーが居た。横島の煩悩が更に高まる。

 

 周りを見回せば、いつの間に現れたのか文が、早苗が、神奈子が、幽々子が、藍が、横島の煩悩を刺激出来る者達が居た。

 

 皆横島に触れ、恍惚の表情を見せる。横島はそんな彼女達に全身を刺激されながらも、「俺はロリコンじゃない」とお決まりのフレーズを唱えて耐える。その割に表情が崩れまくっているのはご愛嬌。

 

 だがそれも長くは続かず、横島の煩悩はより膨れ上がっていく。何とか自らが煩悩を感じていることを必死に否定しようとしているが、このままでは行き場を失った煩悩がパンクをしてしまう。それを感じ取ったのか、横島にとっての救世主が再びその姿を現す。

 

「ヨコシマ……」

 

「る、ルシオラ……!」

 

 ルシオラは笑顔だった。何となくこめかみや頬がピクピクと引き攣っているような気がするが、とにかくルシオラは笑顔だった。

 

 横島は綺麗なはずのルシオラの笑顔に妙な迫力を感じ取るも、今自分が置かれている環境の方が不味いと考え、ルシオラに助けを請う。

 

「る、ルシオラ……! た、助け……!?」

 

「ヨコシマ」

 

 駄目だった。横島の言葉は途中で遮られ、ルシオラはにこやかに追い討ちをかける。

 

「お前と出会った時――――私は生まれて一年も経ってなかったのよ?」

 

「今かよ!! 今このタイミングでそれを言うのかよルシオラーーーーーー!!!」

 

 横島は頭を抱えて叫ぶ。どうやら横島の中の倫理観や正義に盛大な傷を付けることに成功したようだ。

 

 そして横島の周りに居た女性陣は更に包囲を狭め、体の至る所に彼女達の手が伸びている。

 

「あ、ああー!? いやあああー!!?」

 

 まるで絹を裂くような叫びを上げる横島だが、それが女性陣のボルテージを上げていく。

 

「横島君」

 

「横島ぁ」

 

「横島さぁん」

 

 周囲から響く、甘さを含んだ声。横島はそれに屈しないように踏ん張っているのだが、そこにルシオラから声が掛かる。

 

「ヨコシマ……頑張って!」

 

 それは、ロリに堕ちまいとする横島に対する純粋な応援――――などではなかった。

 

 彼女の瞳が如実に語っている。振り向くなと。躊躇うなと。

 

「何を頑張れって言うんやあああああ!?」

 

 ルシオラは何故かガッツポーズをしている。バチーンとウインクも決めた。

 

「あ、ああ!? ワイは……、ワイは……!!」

 

 世界に届けとばかりに、横島は叫ぶ。

 

「ワイはロリコンやないんやーーーーーー!!!」

 

 そして、夢の世界は光に包まれる。

 

 

 

 

 

 

 

「ワイはロリコンやないんかーーーーーー!!?」

 

 朝、いつもより遅く目を覚ました横島は覚醒と同時に何やら怪しげな叫びを上げていた。

 

 どうやら夢の最後の叫びとシンクロしているようだが、寝ぼけてしまったのか一文字だけ変わってしまっている。

 

 たった一文字変わるだけで正反対の内容になってしまうとは、日本語とは面白いものである。

 

「いやー、本当面白いよなーははははは……――――なわけあるかいボケー!!?」

 

 横島は比喩表現無しに火を噴いた。

 

(さっきの……、さっきの夢は何やったんや……? あのルシオラも一体どういうことなんや……?)

 

 一度思い切り悪態をついたせいか、横島はある程度冷静さを取り戻していた。

 

 考えるのは先程の夢のこと。夢で見た物は全て覚えているし、あれが夢の内容を自分の思い通りに出来ると言われている明晰夢であったことも承知している。

 

 だからこそ不思議なのだ。

 

(途中までは良い夢やったんやけどなー。まあ、後半が悪夢ってわけやないけど、思い通りやったってわけでもないし……)

 

 横島は色々と考えを巡らせるが答えは出ない。今度永琳に夢について聞いてみようかと考え、シーツに手をつこうとする。

 

「……ん?」

 

 手に触れた感触は、シーツではなかった。スベスベとしていながらも張りと弾力に富んだ、温かい感触。どことなく覚えがあるその小高い山の感触に、こめかみから一筋の冷や汗が流れ落ちる。

 

「……」

 

 彼の霊感が告げている。決してそちらを見るなと。見たら不味いと。だが、今の横島にその霊感に従う程の思考は残っていなかった。

 

「んぅ……、あ……。ふ、ん……」

 

 横島の手が無意識に、しかしその山の柔らかさを堪能するために優しく動いている。その動きに合わせ聞こえてくる、若干の痛みと甘さを滲ませた吐息混じりの声。

 

 それらが合わさってしまった結果、横島はゆっくりと己の手が触れている『何か』を確認する。

 

 視線の先、映ったそれは。

 

「――――――……!!!!!」

 

 たまたま大きめのパジャマを着た妖精メイドが、たまたま横島のベッドに潜り込んできており、たまたま胸元のボタンが外れて露出した胸に、横島の手がたまたま触れてしまっていた光景だった。ちなみに手は相変わらず胸を揉んでいる。

 

 そう、無意識的に胸を揉んでいること以外は全て偶然であり、普段の横島であったならば「今後の成長に期待だな」と言って、特に平静さを失うことはないだろう。

 

 だが、横島は先程の夢の影響によって幾分か気が逸っていた。加えて現在のシチュエーションに職場環境、生活環境のせいで溜まりに溜まった彼のリビドー。

 

――――横島は、ついに妖精メイド相手に邪な気持ちを抱いてしまった。

 

 それを認識した瞬間、横島の中で何かが切れる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

「横島さんおそいねー」

 

「ねー」

 

 現在の時刻は朝の六時半頃。横島の普段の起床時間から一時間以上も経っており、いつも無駄に元気な姿を見せている彼に咲夜が何かあったのではないかと心配になったことから、妖精メイドを向かわせた。

 

 ほどなく妖精メイド達は横島の部屋に到着し、咲夜から預かったマスターキーで鍵を開けようとしたのだが、それよりも早くドアが内側から破壊された。

 

「ひゃーーーーーー!?」

 

 妖精メイド達は驚き、尻餅をついてしまう。一体何があったのかと部屋の入口を見れば、何やら酷く憔悴した姿の横島が丸太を抱えて姿を現した。どうやらその丸太でドアを粉砕したらしい。

 

「ねーちゃん……、ねーちゃんはどこや……。もう禁欲なんて止めてやる……。ねーちゃんを、ねーちゃんをよこせ……!」

 

 ふらふらとしながらも、やけにギラギラと光を放つ瞳に理性の色は乏しい。妖精メイド達はまるでライバルの階級が自分よりも下だったが為に限界を超えた減量をしているボクサーのような横島の姿を見て、慌てて駆け寄った。

 

「ど、どうしたんですか横島さん!?」

 

「なにかあったんですかー!?」

 

 横島は妖精メイド達の言葉には答えない。ただうわごとのように「バインバイン……ねーちゃん……バインバイン……」と繰り返している。

 

「一体何があったの、貴女達!?」

 

 妖精メイド達の叫び声が聞こえたのか、咲夜がその場に現れた。

 

 それだけではない。パチュリーを始め、美鈴、小悪魔、永琳、輝夜、鈴仙、妹紅、紫という横島の煩悩を刺激出来るメンバーが何故か都合良く(悪く)現れたのだ。ついでにレミリア達ロリ組も。

 

「……」

 

 横島はそこに集まったメンバーに、ゆっくりと視線を向ける。横島は妙に無表情であり、その様は皆にちょっとした、ある種の恐怖を感じさせた。眼前の光景と夢の光景が重なっていく。

 

「ふ、ふふふ……。ふふふふはははははははは……!! ははははははははははははは!!!」

 

 突如、横島は右手で顔を覆い、高笑いを始める。相変わらず視線は咲夜達を向いており、一層の恐怖感を煽る。

 

「そうだ……。皆こう見えて人間の俺なんかよりずっと年上なんだよな……」

 

 横島が呟いた予想外の言葉に幾人かは危機感を覚え(性的な意味で)、幾人かは目を輝かせる(性的な意味で)。

 

「年下のガキに子供扱いされるとか、屈辱を感じてたんだろうなぁ。俺は今まで本当に失礼なことをしてたんだろうなぁ。それもこれもロリはあかんっていう世間一般の考えがあかんねやろなぁ。そういった価値観の押し付けやら何やらが間違った、もしくは偏った認識を植え付けて自由な恋愛とか付き合いとかが出来んよーになって……」

 

 横島はぶつぶつと呟きながら咲夜達にゆっくりと歩み寄っていく。その様子に気圧されたのか、皆は横島の寄った分下がってしまう。

 

「そうだ、どこもおかしくない。俺が皆に惹かれたのは皆がロリだったからか? 違う、皆がいい娘達ばかりだからだ。たまたま惹かれたのが見た目ロリっ子だっただけ! そうだ! 間違っているのは俺じゃない、世間の方だ!!」

 

 そして再び高笑い。そんな横島を皆は困惑の眼差しで見ているが、幾人かは痛ましげに眺めていた。

 

「横島……。ついに弾けちゃったか……」

 

「そりゃ四六時中女の子に囲まれてたら溜まる一方だろうしねぇ……。皆人間じゃないから匂いにも敏感だし……」

 

「煩悩の発散が出来ない、と……。やっぱりやりたい盛りにここの環境は辛いか……。それにしてもあの丸太、吸血鬼であるこの私に異様なプレッシャーを掛けてきてるわね……」

 

 レミリアとパチュリーは達観した様子を見せている。今後妖精メイド達に自重を促すかを検討し始める。丸太を気にしながら。

 

「――――という訳で!!」

 

「っ!?」

 

 一体何がどういう訳なのかは定かではないが、横島はやたらと光輝く視線を咲夜達に向ける。

 

「新たな扉を開いた俺に死角無し!! 皆、俺と一緒に今日はノンストップ・ランデブー!!」

 

「どういうことーーーーーー!!?」

 

 横島は意味不明なことを叫びながら丸太を放り出し咲夜達に飛びかかる。半分の者は突然の展開に混乱しており何も出来ない。代わりに正気を保っていた咲夜が横島を迎撃しようとナイフを取り出すが、それは紫と永琳によって遮られる。

 

「二人共……!?」

 

「おお! 紫さーーーーん!! 永琳先生ーーーー!!」

 

 紫と永琳は皆より一歩前に出る。

 

「永琳なら、横島さんがどんな非常識な動きをしても対応出来る!」

 

「さらに紫のスキマを使えば、横島の異次元の動きも封殺出来る! 攻守において完璧だ!」

 

 何故か輝夜と妹紅が代表して解説をする。本来ならば二人の言うように横島は何も出来ないのだろう。だが――――。

 

「――――あれ?」

 

 横島は戸惑ったような声を上げた。周りの皆もそうだ。しかし、それも仕方がないだろう。何故なら横島は二人に撃墜されずに、優しく、抱き留められているのだから。

 

「こんなになるまで我慢して……。辛かったわね」

 

「でも、もう大丈夫です。何も心配することはありませんわ」

 

 横島の左右の耳に、小さな、しかしはっきりと聞き取れる声で二人は甘く囁く。

 

「私達なら大丈夫だから、ね?」

 

「横島君が望むのなら、だけど……もし、そうであるなら」

 

 

 

――――今夜、部屋に行くわ。

 

 

 

「――――っ!?」

 

 二人の言葉を理解した途端、横島は二人から猛烈な勢いで身を離す。

 

「い、いや、俺は別に……! そんなつもりでなくて、いや、その気やったけど! 皆可愛いし、俺はそうじゃない、いやちがくて、違う、俺は本気……!?」

 

 横島はしどろもどろになりながら話すが、もはや意味の分からないものとなっている。言っていることが見事に『バラバラ』だ。やがて横島はぶるぶると体を震えさせたかと思うと、両目から滝のように涙を流して走り去っていった。

 

「違うんや~~~~~~!! ワイはロリコンやないんや~~~~~~!!」

 

 その後ろ姿を見送る皆の視線はやはり困惑に満ちていた。

 

「……結局、何だったのかしら?」

 

 鈴仙の言葉に返せる者は誰もいない。

 

「しかし、さっきの二人は見事だったな。敢えてノってみるとは思わなかった」

 

「あ、確かに」

 

 話題は紫達の行動、そして横島の反応へと移った。

 

「それにしても横島の奴も厄介な反応をするわね。自分から突っ込んできて受け入れられたら逃げ出すとか……」

 

 パチュリーは呆れたように感想を述べる。実際横島に特別な感情があるわけではないが、女としてはやってられないのだろう。

 

「でも、これではっきりしたことがあるね」

 

 てゐがにんまりと笑いながら会話に入る。皆はてゐに催促の視線を送り、続きを促す。

 

「間違いないね。執事さんは……童貞だよ。じゅるり」

 

 てゐはよだれを拭いながら断言した。

 

「え、普段あれだけねーちゃんねーちゃん言っておきながら?」

 

「だからこそだよ。私の調べでは執事さんの好みはナイスバディで気の強い、守銭奴でSっ気がありつつも子供っぽいところもある意地っ張りで我が儘なお姉さん。更に執事さんにはちょっとしたマゾっ気があるみたいだからね。普段の言動はともかく、無意識下ではリードされたいとか思ってるんじゃないかな?」

 

「てゐ……、あんた……」

 

 一体いつの間にそれほどまでに詳細に好みを調べたのか、戦慄する鈴仙。

 

「更に執事さんが一瞬だけ見せたあの『表情』……! あれはいざえっちなことが出来ると分かって、でもそれに対する期待よりも初めてという不安の方が大きくなってしまって怯えてしまった表情だよ……!! 良いねえ執事さんじゅるり! 今晩あたり本当に誘ってみようかなぁじゅるり!」

 

「……ああ、うん。女の子がそんなによだれを垂らすのはどうかと思うわよ、てゐ?」

 

 鈴仙は本格的にてゐが怖くなったのか、少々虚ろな目でてゐを諭す。

 

 皆の目は盛り上がるてゐに向いていたので、誰も気が付かなかった。紫と永琳が、酷く深刻な表情を浮かべていたことに。

 

「永琳……」

 

「ええ……」

 

 二人は頷き合う。あの時横島が見せた、一瞬の怯え。それはてゐが語る理由では、断じてない。

 

 性行為に関することであることは確か。では一体何が彼に怯えを抱かせたか。女性? 性行為そのもの? 自らの体? 血筋? 受精? 産まれ来る子供?

 

 判断材料はまだまだ乏しい。だが、彼女達にも分かったことはある。今回のこととは無関係かもしれないが、彼の根に関わること。

 

「横島君のあの様子……」

 

「……元の世界でメンタルケアを『されなかった』のではなく、ケアが『出来なかった』のかもしれないわね」

 

 二人は横島について、更なる予想を組み立てていく。それらは半ば確信へと変わっていったが、横島が戻ってきたことにより思考を中断した。

 

「あ、横島さんが帰ってきた」

 

「うわ、凄いしょんぼりとしてとぼとぼ歩いてる」

 

「執事さん……可愛いなぁ! ほんともうたまんないよ!! 優しく手解きをしてあげたい!!」

 

「てゐ、あんた……」

 

 横島はやや猫背気味に、涙の跡を隠さずに帰ってきた。そのままレミリアの下まで行くと、手に持っていた新聞を渡す。

 

「これ、今日の朝刊っす……」

 

「あ、ああ、うん。ありがとう」

 

 横島はそのまま緩慢な動作で粉砕したドアの修理にかかる。彼の背中から迸る哀愁に、皆は痛ましげな視線を送る。

 

「……」

 

 特に真剣な眼差しを送っていたのは妹紅だった。妹紅は先程の横島について考えている。

 

 即ち、「どうていって何だろう?」と。

 

(どうてい……。てゐや鈴仙の話からすれば、それは何か横島にとって不都合な物らしい)

 

 知らないということは、不幸なことだ。

 

(もし私が横島の『どうてい』とやらをどうにか出来るんなら、手伝ってやりたいもんだけどなぁ。色々プレゼントしてもらったし。お礼のお礼ってのも変な感じだけど、私も何だかんだで世話になってるしなぁ)

 

 知らないとは、本当に不幸なことなのだ。妹紅は後に恥ずかしい思いをするのだが、それはまだ未来の話し。

 

「こ、これは……!?」

 

 その時、レミリアの声が響いた。皆は何事かと一斉にレミリアを見る。レミリアは新聞を見て、わなわなと身を震わせている。

 

「ちょ、どうしたのレミリア? ……って、これ……!」

 

 輝夜はレミリアが見ている新聞、『文々。新聞』を覗き見る。その一面記事にはこんな見出しがあった。

 

『一体何があった!? 荒れ果てた博麗神社!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは朝であっても薄暗く、そこには数え切れない程の茸が生息しており、その茸が魔力を高めるとして魔法使いが住んでいる。

 

 そこは魔法の森。その森の入り口に、一つの店があった。そこでは魔法の道具、普通の道具、冥界の道具、そして外の道具と、あらゆる道具が集まる店。

 

 名を『香霖堂』という。

 

 その香霖堂の生活スペースで何やら作業をしている男性が居る。店の主、森近霖之助だ。

 

「……ふう。やっと直ったか」

 

 霖之助は修理に使っていた道具を片付け、完全に修理を終えたその道具を手の中で弄ぶ。

 

 それは小さいながらも山一つを焼き払える大火力を引き出せる魔理沙に贈った彼の自信作、ミニ八卦炉だった。

 

 霖之助はミニ八卦炉を手に香霖堂の商業スペースに移動する。依頼された修理も終わったことだし、後は魔理沙が取りに来るのを気長に待つだけだったのだが、相手は予想以上にせっかちだったようだ。

 

「よう、香霖。お邪魔してるぜ」

 

「魔理沙、来てたのか」

 

 片手を上げて霖之助に挨拶をしたのは白黒の服を着た魔法使いの少女、霧雨魔理沙。霖之助は魔理沙と古い付き合いであり、今更勝手に店に入ってきていたぐらいでは文句も出ない。諦めたとも言えるが。

 

 しかし、そんな霖之助も魔理沙がその手に持っている物を見ては文句も言いたくなる。

 

「また勝手にコーラを飲んでるのか。いい加減商品を勝手に消費するのは止めてくれないか?」

 

「良いじゃんか。減るもんじゃないんだし」

 

「君が飲めば飲んだ分だけ量が減るし、何より僕の儲けが減る。減ってばかりじゃないか」

 

「量はともかく儲けは変わんねーだろ? そもそも客なんてほとんど居ないも同然なんだし」

 

 ああ言えばこう言う。結局霖之助の儲けは減っているのだが、これ以上言ったところで何も変わらないだろう。霖之助は溜め息を一つ吐き、魔理沙にミニ八卦炉を手渡した。

 

「ほら、これ。修理するのも大変だったんだ、もう無茶な使い方はしないでくれよ?」

 

「おー、サンキュー。無茶な使い方って言うけどさ、あの時はああするしかなかったんだから仕様がないじゃないか」

 

 魔理沙はミニ八卦炉を懐に入れつつ、唇をとがらせて文句を言う。しかしそれは霖之助には通じなかった。

 

「あのな、魔理沙。君はこの幻想郷の地脈の力を撃ち出したんだぞ? そもそも地脈というのは大地に流れる気の通り道のことを言うんだが、これは現在外の世界ではあまり浸透していなく、或いは廃れてきている概念だという。つまりはそれだけこちらの影響が強いということだ。更に言えば地脈には別の呼び名があり、それを龍脈という。この幻想郷の最高神は何か知っているか? そう、龍神だ。龍神と龍脈、僕はこの二つが何か関わりがあると考えているんだ。そもそも龍神が現れたのは……」

 

 霖之助は両手を広げ、魔理沙に対して蘊蓄と推論を話す。もはやその目には魔理沙は映っておらず、どちらかと言えば普段から考察していたことを聞いてもらいたかったのかもしれない。

 

 霖之助は気分が乗ってきたのか魔理沙に背を向け、大演説を続けている。普段の姿からは想像がつかない熱の入りようだが、それに応えられる者は居ないのだ。

 

「分かったかい? 分かったら今後無茶なことはしないように。それからミニ八卦炉の修理代を……」

 

 霖之助が振り向いた時、もはや店内には彼一人しか居なかった。魔理沙が居た名残は、空になったコーラの瓶だけである。

 

「……」

 

 そろそろ本気で怒った方が良いのだろうか。そんなことを今更ながら考える霖之助は、魔理沙には甘いようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずだなあ、香霖は」

 

 魔理沙は炭酸でやや膨れた腹をさすりつつ箒で空を飛んでいる。

 

「ミニ八卦炉も帰ってきたし、この後はどうしようかな」

 

 魔理沙はひっくり返ったり回転したりしながら頭を捻る。特に意味は無いのだが、良い考えが浮かぶのかもしれない。

 

「うーん、そうだな。最近顔を見てないし――――霊夢のとこにでも行ってみるか」

 

 魔理沙は進路を変更し、一路博麗神社へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

『横島、新たな目覚め……?』

~了~




横島は甚だしい勘違いをしている。ノンストップは英語で、ランデブーはフランス語だ!(挨拶)

今回初登場である眼鏡男子の香霖ですが、ちゃんとらしさが出ていますでしょうか……?

ちょっと何というかこーりん染みてなければいいのですが。

さて、今回もちょっとした伏線らしきものを出しましたが、回収はまだ先のことになります。

次回で物語が先に進むことになります。お楽しみに。

では、最後に一つ。

てゐに優しく手解きされたいと思った人、先生怒らないから正直に名乗り出なさい。

それではまた次回。

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