東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

今回からパソコンでの執筆です。

難しすぎワロタ……ワロ……

文字数の把握が出来ない……どういうことなの……?

はい、愚痴もここまでです。

今回も独自設定が多く、皆さんが忘れているだろうキャラが登場します。

こんなんばっかですね、うふふ。

それではまたあとがきで。


第二十二話『高島』

 

 穏やかな朝という時間、その静けさを物ともせずに空を飛び、博麗神社へと向かういくつもの影があった。

 

 それは悪魔の館、紅魔館から飛立った者達であり、その内訳はレミリア、咲夜、紫、横島と一号達三人の妖精メイド。

 

 最初横島はそのまま執事の仕事を続けようと思っていたのだが、何故か博麗神社のことがやけに気に掛かり、結局はついて行くことにしたのだった。恐らく、霊感が働いたのだろう。

 

 一号達は未だ空を飛べない横島の付き添いとして、いつも通りに彼を抱えて飛んでいる。

 

「ごめんなー、いっつも重たい思いさせちまって」

 

 横島は申し訳なさそうに一号達へと謝罪をする。だがそれは、彼女達にとっては何の痛痒も感じないことなのだ。

 

「私達もいっつも言ってますけど、ぜんぜん大丈夫ですよー?」

 

「気にしない気にしなーい」

 

「……それに、これは役得でもあるし」

 

 一号と二号は笑顔で横島に答えるが、三号は少し違った。現在、一号と二号は両腕を抱え、三号は彼を後ろから抱きかかえる形で空を飛んでいる。三号は横島の頭に顔を埋め、その匂いを堪能しているのだ。

 

「あー、三号ずるいー」

 

「私もー」

 

 三号の行動を見た一号と二号は同じように横島の体に顔を埋め、胸一杯に横島の匂いを嗅ぐ。

 

「ちょ、お前らやめろって……!」

 

 横島はくすぐったいのか体を捩る。しかし一号達はその反応が面白かったのか、更に強く体を寄せた。

 

「そこまでにしておきなさいな」

 

 紫が三人を窘める。三人がふざけていたせいで、レミリア達はずっと先の空を行っているのだ。

 

「あまりふざけてばかりじゃダメよ? 特に横島君はまだ満足に飛べないし、誤って落としてしまったら大惨事になるわ」

 

「ごめんなさい……」

 

 一号達は素直に謝る。その時、視界の先に博麗神社が見えてきた。

 

「あ、見えてきた……、ん?」

 

 横島は未だ遠い博麗神社と共に、視界の隅に人里を認める。そして、またもや霊感が鎌首を擡げるのを感じた。

 

「……紫さん、先に行っててもらえますか?」

 

「え? 別に構わないけれど……。何かありました?」

 

「いや、大したことじゃないんすけど……、ちょっと霊感が働きまして」

 

 そう言って横島は曖昧に笑った。ゴーストスイーパーとしての彼の直感、霊感は侮りがたい。今回も何らかの危機を察知したのであろう。

 

「……貴方達だけで大丈夫なの?」

 

「ええ、多分問題ないっす」

 

 紫の問いに横島は頷く。彼がそう断言しているのだ、本当に大丈夫なのだろう。紫は横島に一つ頷いた。

 

「では、私も先に行きます。貴方達もあまり遅れないようにね」

 

「了解っす。……皆、一度人里の方に向かってくれ」

 

 横島達は進路を変更し、人里へと向かう。紫は横島達が人里で何をするのか気になったが、それも一瞬のこと。関心の全てはすぐさま霊夢へと向かう。

 

「……無事なのは、分かっているのだけれど」

 

 紫は首を振り、速度を上げて博麗神社へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ここでなにをするんですかー?」

 

 一号は横島を見上げ、問い掛ける。横島は「ん~……」と唸り、曖昧に答える。

 

「あー、食料調達……かなぁ」

 

「食料……ごはんですか?」

 

 横島の答えに一号達は首を傾げる。答えた横島ですらよく分からないという表情をしているのだ。一号達に理由を察せというのも酷な話であろう。

 

「それで、なんでごはんがいるの?」

 

 二号の問いに、たっぷり十秒程空を見上げた横島は自信無さげに答える。

 

「……勘、かな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、博麗神社に到着したレミリア達は絶句していた。石畳は罅割れ、至る所雑草が生え、場所によっては穴があいたり捲れて吹き飛んでいる所もある。

 

「これは、一体……」

 

 咲夜その惨状に息を飲む。辺りを見回すが、いっそ無事な部分を見つける方が難しい。

 

「……」

 

 レミリアは何か思うところがあるのか、その光景をじっと見つめている。それから数分が経ち、紫が到着する。

 

「お待たせ」

 

「ん、ああ……」

 

 レミリアは紫に頓着せず、変わらず荒れ果てた境内を見つめる。紫もレミリアの態度を気にせず、彼女に倣い境内を見る。

 

「……」

 

 ここで、紫に変化が表れる。こめかみから一筋の冷や汗が流れたと思ったら、それはダラダラと流れ落ちていき、瞬く間に全身を濡らしていた。

 

「ちょ、どうしたの?」

 

「……、えっと」

 

 その分かりやすい変化からして紫が関わっていることが理解できる。そういえば、石畳にある穴はかなり見覚えがある。しかし、レミリアが答えに辿り着く前に、この荒れ果てた神社の巫女が現れた。

 

「……誰? 参拝客? ……素敵なお賽銭箱は向こうよ……?」

 

 まずオーラが違った。まるで覇気がなく、声には張りがない。次に表情が無い。もはや仮面の付喪神の方がよほど愛想がいい。そして眼だ。濁っている。澱んでいる。一切の光を放つことなく、見た者を取り込んでしまいそうだと錯覚する程には昏い。

 

「れ、霊夢!? ちょ、大丈夫なの!!?」

 

 その変わりぶりにレミリアも冷静ではいられなかったのか、霊夢へと駆け寄る。咲夜も後に続くが、不思議と紫はその場に佇むだけである。しかしレミリア達は気付くことなく、力無く力こぶを作る霊夢に懸かりっきりだ。

 

「……あー、レミリア? 大丈夫大丈夫。私はこんなに元気ー、いっぱいよー……」

 

「むしろいっぱいいっぱいでしょーが!! とにかく何があったのかを説明――――?」

 

 ふと、霊夢の視線が一点に集中する。何かと思い視線を追えば、そこに居たのは大きな荷物を背負う横島と、それを支えて空を飛ぶ一号達。そして途中で出くわしたのか、箒に跨った魔理沙であった。

 

「ふ、ふふふふふふふふふふ……」

 

「れ、霊夢……?」

 

 突如として怪しい笑い声を上げる霊夢。眼には異様な輝きが宿り、瘴気が体から噴出する。

 

「れ、霊夢さーん……?」

 

 そして、霊夢から霊波を伴う輝きが放たれる。

 

「ちょっ!?」

 

「――――霊符『夢想封印』!!!」

 

 

 

 

 

 

「しかし、久しぶりだな。魔理沙ちゃんは元気にしてた?」

 

「おー、いつも健康的に不健康だぜ。それより私のことは呼び捨てで頼む。何かちゃん付けってこそばゆくてこそばゆくて……」

 

「ははは、了解」

 

 魔理沙とは人里で偶然に出会った。霊夢に久しぶりに会うからと、酒を調達していたようだ。年齢的に外の世界ならばありえないことだが、幻想郷では割と良く見られる光景である。

 

「そういや、そっちは紫と一緒だったんだろ? ならスキマで移動したらもっと早く行動できたろーに」

 

「あー、紫さん、俺を気にしてくれてるみたいでさ。また何かあったらいけないからってスキマは使わなかったんだよ。……ま、そのかわりお嬢様にはあんまり良い顔はされなかったけどな」

 

「……ふーん」

 

 魔理沙は納得したように頷く。それと同時に、横島に対する認識を改めていた。彼は『あの』紫に慮られ、『あの』レミリアに非効率を許されている。余程気に入られているのだろう。自分ではとてもこうはいかない。

 

「横島って結構……ん? 何だ?」

 

 魔理沙の視界の先、博麗神社にて突如霊波を伴う輝きが発せられる。それは記憶にあるものよりは劣るが、魔理沙にはその光景に見覚えがあった。

 

「おいおいおい、マジか!? こりゃ霊夢の……!!」

 

「な、なんじゃーーーー!!?」

 

 迫りくるはいくつもの光輝く霊力の球体。それは全てが横島を標的にしているのか、まっすぐに飛来する。その速度は中々のもので、瞬く間に彼我の距離が縮まっていく。

 

「き、緊急回避ーーーーーー!!?」

 

「は、はいーーーーーー!!?」

 

 咄嗟に口から出た指示を忠実に守った一号達は、何とか初撃を回避することに成功した。だが、光弾はなおも迫る。横島は右掌に霊力を集中させ、霊気の盾を作り出す。

 

「スペシャル・ファイヤー・サンダー・ヨコシマ・サイキック・ソーサー・プラズマ・ストライク……!! 略してサイキックソーサー・プラス!!」

 

 横島から放たれた半球状の盾はそのまま光弾に命中し、爆発。それは残る全ての光弾をも飲み込んだ。

 

「うげ、こっちも色んな意味でマジか……!?」

 

 魔理沙は横島が無造作に作った盾の威力に驚愕する。普段よりかなり弱々しいとはいえ、彼が吹き飛ばしたのは霊夢の切り札の一つである。そのやけに長い技名や威力に魔理沙は納得する。

 

「レミリアが気に入るわけだぜ……」

 

 それは若干の勘違いが混ざっていたが。

 

「防ぎやがったわねーーーーーー!!!?」

 

 神社から怒りの咆哮が木霊する。それにはおどろおどろしいまでの怨念が感じられた。霊夢の瞳が更に怪しい光を放つ。

 

「しかし、そう簡単には逃がさないわ!! 喰らいなさい、夢想天――――」

 

「おやめなさいな」

 

「あふん」

 

 霊夢は紫に延髄を扇で『トスッ』と打たれ、あっさりと気絶した。

 

 

 

 

 

「で、何であんなことをしたの?」

 

 現在霊夢は皆に囲まれて正座をしている。霊夢を問い詰める紫の視線は少々強い。いかなお気に入りの霊夢とはいえ、今回のことは看過出来ないのだろう。

 

「だって、そいつが……!!」

 

「え、お、俺……?」

 

 霊夢は横島をギンと睨み付ける。身に覚えの無い横島はうろたえてばかりだ。

 

「……横島さんが何かしたの?」

 

 横島が霊夢に対して何かをしでかすとは思えない咲夜が霊夢に問う。霊夢はその質問に涙目になりながら答えた。

 

「だって、あいつが墜落して石畳に大穴が空くし、次に来たときには霊気の爆発で境内は滅茶苦茶になるしーーーー!!」

 

「……ああ、何か見覚えがあると思ったらそれか。スッキリした」

 

「こっちは踏んだり蹴ったりよー!! こういうときに頼りになる萃香はどっかに遊びに行ったまま帰ってこないし、業者を呼ぼうにも妖怪がどーたら安全がどーたらで滅茶苦茶吹っかけられるし、自分でやろうにも技術もなければ道具もお金もないしーーーー!! うわあああああああああん!!!」

 

 レミリアの言葉に何かが切れたのか、霊夢は大泣きしてしまう。それにより紫は説教をすることが出来ず、横島は霊夢に対して精一杯の土下座をしていた。

 

霊夢が泣き止み場が落ち着いた頃、霊夢の腹から少々大きな音が鳴る。見れば彼女は顔を赤く染めており、空腹からくるものだと分かる。

 

「巫女さん、腹減ったの?」

 

「……るっさいわね。ここ最近まともに食事が出来てないんだからしょうがないでしょーが」

 

 横島のデリカシー皆無な発言に霊夢はまた機嫌が悪くなるのだが、次の横島の行動でそんなものは吹き飛んでしまった。

 

「いやー、俺の霊感も馬鹿にならねーな」

 

 そう言って横島は背負っていた荷物を降ろし、中身を晒す。そこにあったのは米・肉・魚・野菜・塩・砂糖・醤油・味噌……色々な食材と調味料が大量に入っていた。

 

「こ、これは……?」

 

 霊夢は食材から目を離さずに問い掛ける。よだれも垂らしているが、誰も突っ込みはしなかった。

 

「ああ、何となく買ってきた方がいいかなーと思ってさ。とりあえずは迷惑料としてお納めください」

 

 横島はその大量の食材をズイと霊夢に差し出した。横島には存外に浪費家な一面もあるようで、普段の彼ならば自分の煩悩を満たす物品を買っていそうなものではあるのだが、大人の本を買おうにも煩悩を発散することが出来ない紅魔館の生活では、余計にフラストレーションが溜まってしまう。

 

 そういう訳で横島は自分の為にお金を使うことが少なくなっている。悲しきは女性(ロリ)に囲まれた生活。横島は順調に崖から転がり堕ちている。

 

「良いの? 返さないわよ!? 全部もらっちゃうわよ!!?」

 

「良いんだってば」

 

 霊夢の様子に横島は苦笑しきりだ。

 

「そんじゃ、俺は境内の掃除をしてくるから」

 

 横島はよいしょと立ち上がる。

 

「え? い、良いの?」

 

「まあ、元はといえば俺のせいだしな。道具は無いけど、まぁ何とかしてみるよ」

 

 霊夢に手をひらひらと振りつつ、横島はその場を離れる。レミリアは横島を見て一つ頷き、咲夜に命令をする。

 

「咲夜、霊夢に食事を作ってやんなさい。最近まともに食べてないって言ってたから、胃に優しいのをね」

 

「かしこまりました、お嬢様」

 

「!?」

 

 霊夢はよほど驚いたのか、かなりの勢いでレミリアへと振り向く。

 

「私の執事が原因だからな、これくらいはするさ。ただし食材はあれを使うが」

 

 レミリアが指を差すのは横島が用意した大量の食材達。もちろん霊夢に否やは無い。霊夢は首をぶんぶんと縦に振った。

 

「ふう……」

 

 皆の輪から抜け出た横島は安堵の溜め息を吐いていた。

 

(危ねえ危ねえ。あのままあの場に居たら俺の中の『野生』が解き放たれていたとこだった)

 

 現在の横島はある意味非常に危険な状態だった。それこそかつて言ったように、『ロリコンになってしまう』かもしれない程に。まあ、今の横島は二歩~三歩手前といったところか。なので早急にあの場から離れる必要があったのだ。

 

「さって、まずは何をしよーかね」

 

 しかし、横島の思惑がどうであれ、そう上手くいくことなど滅多に無い。

 

「私も手伝うわ、横島君」

 

「――――え゛?」

 

 横島が振り返った先、立っているのは紫だった。

 

「この博麗神社の惨状は横島君だけのせいじゃなく、私のせいでもあるから……。私も、一緒に良いかしら……?」

 

「………………はぁぃ、よろしくおねがいしまぁす」

 

 横島が涙目になったのは、気のせいではない。

 

 

 

 

 

「――――満腹だわぁ……」

 

 霊夢は神社の生活スペースの縁側で食後のお茶を飲み、満足げに息を吐く。心なしか肌のつやも良くなったようだ。

 

「今なら何でもしてあげられる気分だわ……」

 

「ん? 今何でもするって言ったよな?」

 

「お嬢様、落ち着きますよう」

 

 レミリア達が暇を持て余して戯れ始めた頃、横島が戻ってきた。

 

「戻りましたー」

 

 横島は額の汗を拭い、爽やかな笑みを浮かべている。体を動かしたせいか、堕ちようとした煩悩が紛れたのかもしれない。

 

「もう終わったの?」

 

 霊夢がひょいと境内を見れば、それはもう完全に綺麗になっていた。

 

「ちょ、ど、どうやったの!?」

 

「あー、紫さんが道具を出してくれてさ。俺って昔土建屋でバイトしたこともあったから、それで。まあ、ほとんど紫さんがスキマを使って何やかんやしてくれて……」

 

 横島が言った土建屋のアルバイトとは、とある理由で全壊した妙神山修行場の建て直しのことである。当時生活が苦しかった横島は、生活費を稼ぐために残ったのだ。そのときの経験が活き、紫のスキマと合わさり驚異的なスピードで処置を終えた。相変わらず変なところで規格外な男である。

 

「いやー、たまにはこういうのも良いもんすね。今度道具を買い揃えてみよーかな」

 

 昔から手先が器用で色々な工作をしていたことから、横島は何かを作成したり整えたりすることが好きなのだろう。彼の表情は年齢よりも幼く、可愛らしく見える。

 

「そういうことなら良い店を知ってるぜ。今度案内してやろうか?」

 

「お、マジで? お願いしよーかな」

 

「おう、任せとけ」

 

 横島に提案したのは魔理沙だ。彼女には彼女の思惑があってのことだ。

 

(平行世界の住人である横島を紹介すれば、香霖の機嫌も直るだろ)

 

 その思惑は非常に情けないものであった。

 

「紫も、ありがとうね。やっぱり最後に頼れるのは紫だったんだわ……!」

 

「うふふ、そんなことはないのだけれどね」

 

 紫は霊夢に感謝されてご満悦だ。笑顔もいつもより輝いている。霊夢に握られた手がとても嬉しい。

 

「んー、今なら異変の二つや三つは解決出来そうにまで気力が高まってるわー」

 

 霊夢は冗談交じりにそう言ったのだが、それを耳聡く魔理沙が聞きつけた。

 

「それなら今起こってる異変を片付けようぜ」

 

「今起こってる異変……?」

 

 霊夢は鸚鵡返しに魔理沙に聞き返す。魔理沙は「おう」と頷いた。

 

「野生動物の変死体が、大量に見つかってるんだよ」

 

 魔理沙の口から、血腥い言葉が躍り出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? 詳しく聞いてなかったけど、どういう異変なの?」

 

「概要を聞かずに引き受けるのはどうなんだろうなぁ……? ま、それはともかく。基本的には動物……熊や猪、牛とかの内臓が全部刳り抜かれて、血液も全部抜かれてる変死体が最近数多く見つかってるんだ」

 

 現在霊夢は魔理沙と共に暗い山道を歩いている。久しぶりに満足に食事を取ることが出来た霊夢は、特に考えることもなく即座に了解した。紫やレミリアには呆れられたが、満腹のせいで頭が働かなかったのだろう。

 

 しかし今はそれなりに時間が経ったことにより、頭の回転が速くなっている。霊夢は昼に聞きそびれた異変の概要を聞くことにしたのだ。

 

「ふむ……。聞く限りではそこまで珍しいことでもないわね。そこらへんの妖怪の仕業なんじゃないの?」

 

 霊夢は最も可能性が高い推測を立てる。だが、魔理沙はそれを首を振って否定した。

 

「それならある意味まだ楽だったんだがな。目撃情報もいくつかあるんだが、こいつが厄介なんだ」

 

「……どんなのよ?」

 

「曰く、『野犬のようだった』『蛇だった』『大きな鳥だった』『人間だった』……。まるっきり統一性が無いんだよな」

 

「……」

 

 魔理沙の答えに霊夢は暫し黙考する。魔理沙の言う証言に合致する相手は存在する。しかし、それは到底信じられないことだ。

 

「まさかとは思うけど、命蓮寺のぬえじゃないでしょうね?」

 

「ああ、違う」

 

 魔理沙は完全に否定した。

 

「私も最初はぬえの正体不明の種が関係してるのかと思って命蓮寺に行って確かめたんだよ。どうやらここ最近あいつは本当に大人しくしてたようでな。それは白蓮も保証してる」

 

「ふーん。白蓮が言うなら間違いない、か……」

 

「ま、今のあいつが白蓮に迷惑を掛けるような真似はしないだろう」

 

「それもそうか」

 

 それを境に霊夢達は黙々と山道を進む。だが、途中で霊夢が今までとは違った道を進み始めた。

 

「おいおい、急にどうした? 何か見つけたのか?」

 

「別にー? ただ何か真っ直ぐ歩くのも飽きちゃってさ」

 

 霊夢はそう言いながらもずんずんと先を歩く。魔理沙はそんな霊夢を呆れるように見ていたが、やがてやれやれと首を振り、霊夢の跡に続く。

 

 そうして歩くこと数分、前方に開けた空間が見え、そこから何かを咀嚼するような音が聞こえてくる。

 

「まさか……!」

 

「霊夢の気まぐれも馬鹿にしたもんじゃねーな!!」

 

 魔理沙は手に持っていた箒に跨り、高速で目の前の空間に躍り出る。そこは広場のようになっており、中心の部分には『人間の男』と思しき存在が猪の腹に噛り付いていた。

 

「っ!!」

 

 『男』が振り向く。何か被り物をしているのか、判別出来るのは口元だけであり、その口元は猪の血や肉片で赤黒く染まっている。

 

「今時スプラッタホラーは流行らねーぜ!!」

 

 魔理沙は生理的嫌悪感を押さえ付け、『男』に突撃する。牽制にいくつかの弾幕を張り、本命の一撃の為に魔力を練り、高めていく。

 

 それに気付いた『男』は息を大きく吸い込んだ。

 

「何をする気か知らねーが、もう遅いぜ!! 魔符『スターダスト』――――」

 

 魔理沙が魔法を行使するよりも早く、『男』が動く。

 

「――――ゥオオオオオオオオオオオオン!!!」

 

 それは、遠吠えだった。古来より、『犬』の鳴き声には破魔の力が宿るという。それは悪霊や妖怪、果ては魔族にも通用する可能性がある、強力な武器だ。そしてそれは『魔』に属する力全てに影響を及ぼす。即ち――――。

 

「んなっ!!?」

 

 魔理沙が放つはずだった魔法、それを構成する魔力を根こそぎ消散せしめる威力を持っていた。

 

 魔理沙は未だかつて経験したことの無い事態に硬直してしまう。そしてそれを見逃す『男』ではない。『男』の左手の爪が鋭く伸び、まるで『猛禽』のように変化する。『男』は猛然と振りかぶり、魔理沙の腹を抉ろうと迫る。

 

 しかし、それが決まることはない」

 

「なるほど。遠吠えで魔理沙の魔力を強制的に散らしたのね」

 

 背後から聞こえた声に『男』は思わず振り向いてしまう。しかしそこにあったのは何枚もの霊符だ。

 

「でも、私の力は散らせないわよ!!」

 

 またも声の聞こえた方へと向き直るが、やはりそこにあるのは力ある霊符のみ。

 

 気付けば『男』は霊符の結界とも言うべき檻に囚われている。魔理沙も『男』が声に惑わされている間に脱出を完了させている。

 

「今の私はまさに絶・好・調!!! 最初っから大盤振る舞いでやってやるわーーーー!!!!」

 

 それは霊夢が超高速で移動し、霊符による檻で対象を封じ込め、討滅する。

 

 霊夢の切り札の一つ――――!!

 

「――――神霊『夢想封印 瞬 』!!!」

 

 全ての霊符が『男』の元へと殺到する。逃げ場などどこにも無い、完全な死地。霊夢と魔理沙は勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『男』が、右手の人差し指と中指を伸ばし、剣指を作る。そして、意識の糸を『全ての霊符』へと向ける。『男』は『術』を行使する。

 

「――――急々如律令!! 霊符の力を散らしめよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、全ての霊符が『男』に届く前に効力を失い、その場で破裂した。

 

「そんなっ!!?」

 

 霊夢は目の前の光景が到底信じられない。あれだけの数の霊符を無効化するなど、常識の埒外だ。霊夢の思考はそこで停止してしまい、『男』の次の行動への対処が遅れてしまう。

 

「霊夢!!」

 

「っ!?」

 

 気付けば、『男』の両手には強力な霊気が宿っている。霊夢は咄嗟に防御の体制をとるが、それは杞憂に終わる。

 

 『男』はその両手を強く打ち鳴らし、強烈な閃光と破裂音を響かせた。

 

「うわっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 それは視覚と聴覚だけでなく、霊感も狂わせるものだ。二人は暫く力の全てを防御に回したが、攻撃は一切来なかった。やがて目と耳が元に戻った頃、二人の周りには静寂だけが残っていた。

 

「……逃げた、のか?」

 

「……どうだろ」

 

 魔理沙の言葉に霊夢は悔しそうに返す。状況だけをみれば、自分達は相手に見逃してもらった形だ。それは魔理沙も理解している。

 

 だが、今の彼女はそんなことに構っていられない事情があったのだ。

 

 あの閃光が迸ったほんの一瞬。彼女は確かに見た。年齢は倍以上も違うだろうが、あの顔は確かに覚えがある。

 

「……横島に、似てたな」

 

「……」

 

 霊夢も否定しない。しかし、今の彼女にはそれに構っていられない事情が出来た。

 

「あの執事……、横島って名前だったんだ……」

 

「……今かよ!!! 今気にするとこはそこなのかよ!!!!」

 

 何だかどっと疲れた魔理沙であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? 何やってんです、輝夜様に永琳先生」

 

「んー? 盆栽の手入れ」

 

 横島達が居るのは紅魔館の中庭の一角。誰かがごそごそと何かをしているのが気になった横島が見に来たところ、その人物達は輝夜と永琳だったのだ。

 

「盆栽っすか?」

 

「あら、これでも中々馬鹿に出来ないものなのよ?」

 

 胡散臭げな横島の言葉に輝夜は軽く答える。永い時を生きる彼女にとって、長く楽しめる盆栽は相性が良いのだろう。

 

「ほら見てよ、この優曇華。結構立派になったと思わない?」

 

「優曇華……、え、イナバちゃんの盆栽っすか?」

 

「え?」

 

「え?」

 

 二人はどこかが食い違っている。そこに永琳が助け船を出した。

 

「優曇華は実際に存在する植物のことよ。まあ、確かにウドンゲの名前の由来でもあるけれど……。仏教の経典に書かれてたり、身近なところでは輝夜が言い寄ってくる男に出した難題の一つ、『蓬莱の玉の枝』が成長する前のものなの」

 

 永琳の説明に横島は感心したように何度も頷く。

 

「ほえー、これがあのやたらと鬼畜な難題に関係してるんすか。そう言われると何か凄そうに見えますね……」

 

「むー、何か思ってたリアクションと違ーう」

 

 横島の反応が不満なのか、輝夜は唇を突き出して文句をたれる。永琳からすればお宝ショットだ。勿論神速でカメラのシャッターを切っている。

 

「あ、難題と言えば」

 

 横島が手をぽんと打ち鳴らす。

 

「もし俺が輝夜様に交際を申し込んだら、どんな難題を出します?」

 

 横島はさらりと危険なことを言い出した。彼からすれば純粋な興味なのだろうが、ここにはお姫様第一主義の永琳が居る。彼女の目が少し危ない光を湛え始める。

 

「うーん、そうね……」

 

 永琳が醸し出す不穏な空気に気付かない輝夜は何事も無いように考える。

 

「あ、そうだ」

 

 やがて考えが纏まったのだろう。輝夜は『笑顔』で答える。

 

「私の探してる人を連れてくること、かな?」

 

「……っ!!」

 

 それは確かに笑顔だった。笑顔ではあったのだが、何かが違った。その不思議な圧力と異様な重圧は先程永琳から放たれていた空気など歯牙にも掛けない。横島は思わず一歩下がってしまう。

 

「あら、一体どうしたのかしら?」

 

 そこに、軽やかな声が響く。声のした方を見れば、そこには紫が静かに佇んでいた。

 

「あ、ゆ、紫さん」

 

 横島は輝夜の雰囲気に当てられたのか、どもってしまう。紫はそんな彼を落ち着かせるように柔らかく微笑み、背伸びをして彼の頭を撫でる。

 

「ん……」

 

 横島も抵抗はしなかった。それだけ体が強張っていたのである。

 

「こんな所で何をしていたのかしら? 盆栽の鑑賞会?」

 

「まあ、そんなところね。貴女こそどうしたの? 私達に何か用でもあるの?」

 

 紫と永琳はおかしくなった空気を戻すために努めて明るく会話をする。そのおかげで先程のような重い雰囲気は無くなった。

 

「そうそう、横島君に用があったの」

 

「え、俺っすか?」

 

 紫の言葉に横島は少々驚いた。また何か気になることでもあるのだろうか。

 

「ええ。今日博麗神社に行くまですっかり忘れていたのだけれど、横島君は自分で元の世界に帰る当てがあるのよね? 今更だけど、それを教えてくれないかなって」

 

「あ、そういえば私も完全に忘れてたわ」

 

 紫が恥ずかしそうに笑い、永琳が手をぽんと鳴らす。二人ともうっかりとしていたようだ。

 

 それに対する横島は悩んでいた。自らの雇い主である美神からみだりに公言しないように言い含められているからだ。紫は彼の悩む様子に少し残念そうな表情を浮かべる。

 

「話せないようなら……」

 

「いや、大丈夫っすよ」

 

 横島の腹は決まった。

 

「第一、紫さん達には随分とお世話になってますからね。話すのくらいはどってこと無いっす」

 

 横島の言葉に紫は笑顔を浮かべた。横島のまっすぐな気持ちが心地よい。

 

「それに、こっちの世界にもあるかもしれませんしね」

 

「……?」

 

 横島がぼそりと呟いた言葉に紫達は首を傾げる。その口ぶりからすると、何らかのアイテムを指しているだろうことが分かる。

 

「それで、帰る方法っすけど。――――文珠っていう道具を使うんです」

 

「文珠……ですって!?」

 

 横島の言葉に紫が驚愕を示す。それほどのインパクトがあったのだ。

 

「その反応からすると、こっちにもあるんすか?」

 

「ええ。私も昔に一度だけしか見たことが無いけれど……。横島君はその文珠を持っているの?」

 

「いえ、俺は文珠を作ることが出来るんです。俺の霊能の集大成っすね」

 

「文珠を、作る……!!?」

 

 紫は驚愕しか表すことが出来ない。その能力の強力さ、異常性、全てが彼女を以ってしても計り知れない領域にある。

 

「……」

 

 だが、その紫よりも遥かに深く驚いている者が居た。

 

(まさか……)

 

 あの時、彼女はその『男』をあまり覚えていないふりをしていた。自らがその『男』に抱いていた感情を紫に知られたくないがために。

 

 だが、彼女はその『男』を忘れたことなどはなかった。自分達の恩人、そしてかつての思い人だったが故に。

 

 永琳は『男』の姿を思い出す。光り輝く珠で、妖魔を撃退した『男』のことを――――。

 

(高島、さん……?)

 

 永琳の心は、千々に乱れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎぃいい、ああぐあ……!!! が、ああああああ……!!!」

 

 鬱蒼と茂る木々の下、暗い山中で悶え苦しむ『男』の姿がある。それは霊夢達の前から姿を消した、あの『男』だった。

 

「あの、小娘、どもがああぁ……!!!」

 

 『男』は力を揮う度に『人の部分』が失われていく。それは生の代償である。永き時を生きる為の、おぞましい行為からくる因果応報の苦しみ。

 

 『男』はそれを解消するためにある物を探している。それは、かつてその身に宿っていた力。

 

「――――文珠が、文珠さえあれば……!!」

 

 その『男』、かつて『高島』と呼ばれていた者に宿っていた、神の奇跡の具現。

 

 遥か古よりの妄執が、この幻想郷に流れ着いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

第二十二話

『高島』

~了~

 

 

 




お疲れ様でした。

そんわけで、『男』の設定が明かされましたね。

幻想郷がある世界でも文珠が存在する。

高島が文珠使い。

永琳が昔男に惚れていた。

何というかGSと東方の両方のファンに喧嘩を売るような設定になってますね……。

ま、今更と言えば今更なのですが……。

今後も東方煩悩漢をよろしくお願いいたします。

それではまた次回。

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