東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

ここひと月程、滅茶苦茶忙しかったです。
時間が掛かってしまい、申し訳ありません。

今回は煩悩漢では珍しいキャラが目立ちます。

それではまたあとがきで。


第三十三話『横島忠夫は証明したい』

 

 ――雨が降っていた。

 天から落ち来る雫は地を濡らし、穢れを洗い流す。それは自然が齎す恵みと言える。

 だが、そんな雨も、時には牙を剥く。

 

 雨は生物から温もりを奪い、河川を氾濫させ、容赦なく数多の命を奪う。それは自然が齎す脅威だ。

 

「横島さん!! 妹紅さん!!」

 

 迷いの竹林の中程。周囲数十メートルの木々が()()している場所があった。そこの中心、2人の少年少女が血まみれで倒れている。1人は執事服を着た少年、横島。もう1人は白い長髪を持つ妹紅。2人は駆けつけた妖精メイドに抱き起こされる。そして、妖精メイド達は2人の怪我がどういった物かを理解した。

 

「……!!?」

 

 ()()()()()()()()()()。妹紅は大丈夫だった。抉れているといってもほんの一部分。蓬莱人である妹紅ならば、近いうちに全快するであろう傷だ。しかし、横島の傷は絶望的だった。重要な内臓器官は粗方損傷を受けており、無事な部分が見つからない程だ。

 

「……横島、さん……」

 

 横島を抱えている一号の目から、涙が溢れ出す。それは妹紅を抱える二号も同じだ。自らが好意を持っている者達がこうも無惨な死に方をしているのだ。2人はどうすることも出来ない現実に、ただ涙を流すだけだった。

 

「……」

 

 そして、三号も同様だった。一号と二号は既に誰憚る事もなく大声を上げて泣いている。三号も目に涙を溜め、横島達を見ている。その姿をずっと、まるで目に焼きつけ、忘れない様にする為に。

 

 ――情報を、集めないと。

 

 三号を冷静たらしめていたのはその考えからだった。横島達から少し離れた地面に何かを引きずった様な後が竹林の奥へと続いている。恐らく、こんな真似をした憎き相手は未だ生きているのだろう。このようなことを仕出かした者を見つける為に。その者に自分が行った事を身をもって分からせてやる為に。三号は横島達の姿を刻み付ける。

 

「……?」

 

 そして、そんな三号だからこそ気付くことが出来た。

 

「……一号、横島さんを離して!!」

 

 三号は一号から横島を奪い、地面へと寝かせる。一号は三号の突然の暴挙に泡を食う。

 

「さ、三号!? いきなり何を……!?」

「……ごめん、少し静かにして……!!」

 

 静かな、しかし強い三号の言葉に一号は気圧される。辺りに響くのは雨の音と、一号と二号のしゃくりあげる様な泣き声。そんな中、三号はしっかりとそれを聞き取った。

 

「……呼吸を、してる……」

「え……?」

 

 三号の呟きに二号が疑問の声を上げた。

 

「……横島さん、呼吸をしてるの……!!」

 

 信じられない様な三号の言葉。二号が弾かれる様に横島の口元に耳を寄せる。そして、二号もそれを感じ取れた。

 

「あ、ああ……!! 横島さん、息してる……息してるよぉ……!!」

 

 横島は今も生きている。それを理解した二号の瞳からまたも涙が溢れる。一号も二号に続き、耳を横島の口元へとやっていた。そして三号は先程までの自分を恥じていた。一体、どうして気付かなかったのか。横島の腹の傷。それが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……とにかく、急いで紅魔館に戻って永琳先生に診てもらわないと。今はまだ大丈夫でも、いつ死んでもおかしくない状態には変わりないんだし……」

「う、うん! わかった!!」

 

 一号と二号が横島を、三号が妹紅を担いで空を飛ぶ。ここから紅魔館までそれなりに時間が掛かる。三号はその間に2人の……特に横島の容態が急変しない事を願った。

 

 

 

 

 

 

第三十三話

『横島忠夫は証明したい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 一号達は紅魔館へと到着し、門番である美鈴に緊急の報を告げる。横島と妹紅が何者かの手によって重傷を負った……その事実が紅魔館に特大の衝撃を齎した。

 美鈴はすぐに一号達を永琳の部屋へと向かわせる。その際に横島達の事を知った妖精メイド達が心配して群がってくるというアクシデントが発生してしまったが、美鈴が妖精メイド達を一喝。多少の騒動はあったが、何とか速やかに移動することが出来た。

 

「永琳さん、美鈴です!! 中に入れてください!!」

 

 永琳の部屋へとたどり着いた美鈴がドアを激しくノックする。するとドアはするりと開き、美鈴達を迎え入れた。

 

「待っていたわ、美鈴。一号達は2人を台に乗せて。……これから私は2人の治療に入る。その間に美鈴は一号達から話を聞いてちょうだい。それから、今こっちに向かってる皆への説明もお願い」

 

 永琳は騒ぎを聞きつけていたのだろう。永琳は手術着に着替えていて、部屋の中には既に手術に使うのであろう様々な器具が置かれており、鈴仙、てゐ、そして輝夜の姿もあった。

 永琳は美鈴へと矢継ぎ早に指示を出す。永琳の弟子である鈴仙とてゐはともかく、輝夜が居るのは何故か。美鈴はそれが気になったが、それは今聞くことではない。美鈴は永琳達に頭を下げた後、一号達と連れ立って部屋を出た。

 美鈴が退室した直後、目の前の空間に()()()が出来、数人の少女が姿を現した。

 

「美鈴!! 横島君達の容態はどうなの!?」

 

 スキマから現れた少女の1人、紫が叫ぶ様に美鈴に問う。同じくスキマから現れたレミリア、フラン、パチュリー、咲夜、小悪魔も美鈴に視線で問う。フランや小悪魔等は既にぽろぽろと大粒の涙を流している。

 美鈴と一号達は紫達へと自分が知る限りの情報を話す。とは言っても4人は医療に関しては素人に近い。そこから齎される情報等はたかが知れている。結局は、永琳達の報告を待つしかないのだ。

 

 

 

「――それじゃあ、始めるわよ。輝夜、まずは横島君の方に結界を展開して」

「うん」

 

 緊迫した空気が流れる部屋の中、永琳はまず普通の人間である横島から処置を開始する為に輝夜に結界を展開するように言った。それは輝夜の能力を応用した、特殊な結界。結界内部を無菌状態にし、永遠と須臾の能力で結界内部の時間を隔離。そうすることによって患者の負担を軽減する……それがこの結界の効力だ。

 

「……まさか」

 

 手術を開始して()()()()()()。永琳が信じられない物を見たかの様に声を漏らす。――否。それは予想がついていた。いくら規格外のタフネスを持つ横島とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ましてや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこから得られる答えは1つだけ。

 

「……妹紅」

 

 永琳は痛ましげな眼で深く眠っている妹紅を見やる。彼女の傷も、横島と同じく腹。ここまで揃えば充分だろう。

 

「横島君を生かす為に、()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 蓬莱人になる為には、2通りの方法がある。1つは永琳達がそうであるように、蓬莱の薬を飲んで蓬莱人になるという方法。もう1つが、蓬莱人の()()()()()()()()()。蓬莱の薬は肝に溜まる性質を持っており、それを食べた者は同じく蓬莱人になるという。妹紅は瀕死の横島に対し、それを行ったのだ。

 

「……」

 

 永琳が何らかの処置をするまでもなく、傷はどんどんと塞がっていく。その様子を永琳はただ暗澹たる思いで見つめるしかなかった。

 

「あの、師匠。これはやっぱり……」

 

 同じく手術着を着た鈴仙が永琳に問う。目の前に広がる光景に、答えを分かっていながらも聞くしかなかったのだ。

 

「……ええ。貴女の思っている通り。横島君は、()()()()()()()()()()()()()()

「……やっぱり、そうですか」

 

 鈴仙は横島を見やる。思い出すのは数日前の小悪魔との会話。横島が話していたという、その思い。そして、それを裏切らざるを得なかった妹紅。

 

 ――どうして、2人がこんなことに。

 

 鈴仙は理不尽を嘆き、強く奥歯を噛み締めた。既に、横島の傷は跡形もなくなっていた。それこそが、横島が純粋な人間でなくなったことの証と言えよう。

 永琳は横島の傷の治るスピードが自分達よりも圧倒的に速いことを確認し、横島への処置を何もせずままに終える。1度結界を霧散させ、今度は妹紅の方に結界を展開してもらう。

 蓬莱人である妹紅も常人より傷の治りは速いが、それでも横島程に異常な速度ではない。こちらは処置をした方がより安全に快復してくれるだろう。

 

「……執事さん」

 

 輝夜の傍らにいるてゐは、横島に降りかかった不幸に深い後悔を抱いていた。自らの能力、『人間を幸運にする程度の能力』を使っていればこんなことにはならなかったのではないか、と。それはもしかしたらの話しであるし、今となってはもうどうしようもないことだ。それはてゐも理解している。それでも、『もし』を考えると心が音を立てて軋んでいく。いつの間にか、てゐの双眸からは涙が溢れていた。

 輝夜は静かに涙を流すてゐの頭をゆっくりと撫でる。輝夜はてゐに掛ける言葉が見つからない。ただこうして頭を撫でてやることしか出来ない自分に歯噛みする。

 

 皆が横島を思い、心を痛めている。既に傷が塞がった横島は、その意識を深い深い闇の底へと落としていった。

 

 

 

 

 深い深い水底のように、一切の光も差し込まない世界。それは深淵の闇。横島の意識は、その闇の中を漂っていた。

 

 ――……。

 

 闇は横島を覆い、その心に安らぎを齎している。まるで微睡(まどろ)みの中にいるような、ふわふわとした感覚が横島を包む。闇は、まるで揺り籠のようだ。

 ゆらゆらと、まるで水面に浮かぶ木の葉のように安らかな揺らぎの中、横島の意識は何者かの『声』を聞いていた。

 

 ――……。

 

 それはまるで遥か遠い残響のように耳朶(じだ)に触れる。そこに込められた感情に、横島の心は震えだす。

 

 ――……。

 

 それに込められた意思。感情。それら全てが横島には愛おしく感じられた。それら全てが横島の胸を締め付ける。

 それは、1人の少女の切なる願い。横島への計り知れぬ愛と、計り知れぬ罪の想い。裏切ってごめんなさいと、何度も何度も語りかける。生きていて欲しいと、幾度も幾度も語りかける。

 

 ――……ああ、分かってる。

 

 それらの全てを、横島は飲み込んだ。彼の目の前に光が差す。そこに存在したのは、かつて失った、今も愛する少女。

 

 ――ヨコシマ。

 

 少女が横島の名を呼ぶ。彼女が浮かべているのは笑顔。それは、とても嬉しそうな、とても寂しそうな、とても誇らしそうな、とても悲しそうな……。様々な感情を内包している。それは光り輝く正の感情だけではない。むしろ、昏い負の感情の方が強いだろう。

 

 ああ、それでも。――ただ、彼女は1人の男の為に笑ってくれているのだ。

 

 ――ヨコシマ。

 

 彼の眼に涙が浮かぶ。彼女には幾度も見せてきた、情けない姿。だが彼女はいつだってそれを許してくれた。愛する男が、いつだって挫けずに立ち上がると信じているから。

 

「――――お前は、いつだってこんな俺を応援してくれるよな」

 

 横島が俯き、ぽつりと言葉を零す。少女は横島の元へと移動すると、その手を取り、自分の胸元へと引き寄せた。少女の体温が横島へと伝わり、それが彼の力となっていく。

 

「お前の期待に応えられるかは分かんねーけどさ、俺は俺なりに頑張ってみるよ。……ありがとな」

 

 横島は少女の眼を真っ直ぐに見つめる。その表情は、見事に歪んでいる。目の前の少女のように、泣いて、笑って。

 

「……ありがとう。行って来るよ――ルシオラ」

「……ええ。いってらっしゃい――ヨコシマ」

 

 横島はルシオラから背を向け、真っ直ぐに歩いていく。何度も振り返ろうとする葛藤が見られるが、それでも振り返らずに。

 

「私は、いつだってお前と共にあるわ。――――頑張ってね、ヨコシマ」

 

 その言葉を最後に、少女――ルシオラの姿は消えた。横島はそれを察知し、眼を閉じる。しかしそれも数瞬、横島はカッと眼を開き、今度こそしっかりと歩を進める。

 全ては、決着をつける為に。横島の意識は緩やかに闇から抜け出した。

 

 

 

 

 横島達が永琳の部屋に運ばれて僅か数十分後。部屋から永琳達が姿を現す。彼女達の表情は一様に沈んでおり、それは皆に最悪の予想を抱かせた。

 

「永琳、横島君達は……」

 

 緊張した空気の中、紫が代表して永琳に問う。永琳は一瞬だけ眼を瞑り、息を大きく吸い込んだ。これから話す内容は、特に紫にとってとても許容出来ないことだ。それでも永琳は説明をしなければならない。

 

「まず結果だけを言うと、2人とも大丈夫よ。()()()()()()()()

「そうなんですか!? ……よかった……よかったですぅ……!!」

 

 永琳の言葉に小悪魔や美鈴は涙を浮かべて安堵した。他の面々もそうだ。皆がほっとしたように息を吐く。()()()()()()()()

 

「……永琳」

「……何かしら、紫」

 

 紫だけは違う。何かを堪えるように、掠れた声で永琳に問う。

 

「つまりは、()()()()()()()()()?」

「……ええ」

 

 紫の顔が歪む。2人の会話に着いていけない皆は、何かあるのかと不安を抱いた。

 

「皆にも教えておかなくちゃいけないわよね……」

 

 永琳は酷く言い辛そうに眼を伏せる。それでも永琳は皆と眼を合わせ、事情を説明する。

 

「横島君のことだけれど……彼は、蓬莱人になってしまったわ」

 

 

 

 ――――え?

 

 

 

 気の抜けた様な声が響いた。それは信じられない事実を聞いた為だ。

 

「な、何で……」

 

 永琳に疑問の声が上がる。それは皆の総意だろう。冷静な判断が難しく、答えに辿りつけていないのだ。

 

「……横島君と妹紅の傷の具合から見て、恐らく彼は内臓を食べられたの。そんな瀕死の重傷を負った横島君を助ける為に、妹紅が自分の……蓬莱人の生き肝を食べさせたみたいね」

「――!!?」

 

 それは皆に驚愕を齎した。横島が助かったのは素直に喜べる事だ。だが、何もこのような展開は望んではいなかった。特に横島の寿命を延ばそうと考えていた小悪魔にとっては、一言ではとても言い表すことが出来ない感情が渦巻く。

 小悪魔の歯がカチカチと音を鳴らし、不意に体から力が抜ける。横島の思い、小悪魔の思いの両方を知っているパチュリーと咲夜は、小悪魔が倒れてしまわないようにその体を支える。

 

「……横島達をヤった相手は、一体何者なんだろうな。一対一か二対一かは知らないが、妹紅もボロボロだったんだろう?」

 

 小悪魔の様子を見たレミリアは話題の転換を試みる。一号達が話したのは竹林の一部が炭化していたこと。横島だけでなく、妹紅にもかなりの怪我を負ったと思しき痕跡があったこと。そして、犯人がそこから逃げおおせたであろうことだ。

 

「ええ。衣服の状態から推察するとね。……その割にはお腹以外に傷が無かったのが気にかかるけれど、まあそれはいいわ」

 

 永琳も話題の転換に乗った。彼女は今憤りを感じている。横島の蓬莱人化について、もっと詳しく説明せねばならないだろう。それでも、彼女は私情を挟みたくなった。

 

「それで犯人についてだけど……皆は『文々。新聞』の内容を覚えているかしら? 熊や猪の内臓がくりぬかれて、血を全て抜かれていたという記事よ」

「あ……はい、覚えています。横島さんが、宇宙人のキャトルミューティレーションみたいだって言ってました」

 

 永琳の問いに答えたのは小悪魔だった。それは横島とデートに出かけた時の号外と同じ内容であり、その後の騒動と共に覚えていたのだ。

 小悪魔の言葉に皆はハッとする。噂となっていた異変と、今回の事。偶然にしては似すぎている。十中八九、犯人はそいつだろう。それが分かったのならば話は早い。

 

「……」

 

 紫の体から、濃密な殺気と妖気が漏れる。それは物理的な干渉を引き起こし、紅魔館の窓ガラスに無数の皹を作った。その圧力は永琳、レミリア以外の者に強烈な負荷を掛け、皆は全身にじっとりとした汗をかき、体を濡らす。

 

「……行くのか?」

「……ええ」

 

 レミリアと交わされる短い言葉。かつて言った事を紫は実践する。――彼に危害を加えるならば、私が承知しない。それが紫の決意……誓いとも言える言葉だ。

 皆から背を向け、紫はスキマを開く。目指すは迷いの竹林。スキマに一歩を踏み出そうとした彼女に、レミリアが声を掛けた。

 

「どうせなら、私も一緒に連れて行ってくれない?」

 

 その言葉はざわめきを生んだ。紫は振り返り、目を見開いてレミリアに問うた。

 

「……本気なの、レミリア? 私が向かうのは竹林。今は、()()()()()()()()()?」

 

 吸血鬼は流水を渡れない。雨も流れる水であり、吸血鬼は歩くことも出来ないのだ。それでもレミリアは一緒に行くと言っている。

 

「分かってるわよ、そんなこと。雨は吸血鬼の弱点の1つ。……でもね?」

 

 レミリアはおどけたように語る。しかしそれもそこまでだ。彼女の波動は、既に変化している。

 

「横島は()()()()。私の物をこんな風にされて、そのまま後は誰かに任せっきりなんて……そんなこと、許せるはずがないでしょう……!!」

 

 レミリアは怒りに震えている。彼女が開放した魔力は紅魔館の窓ガラスを容易く吹き飛ばした。紫と同様に横島を思い、怒りを抱いている。

 紫とレミリアは暫しの間互いの眼を見ていたが、やがて紫がレミリアにゆっくりと頷き、同行を了承した。言って聞く相手ではない。何より、横島を思っての行動を否定したくなかったのだ。

 そして、レミリアは永琳へと視線を向ける。永琳は当然とばかりに頷いた。「私も行く」と、その眼が如実に語っている。

 

 3人がスキマに向き直ったとき、その声は唐突に響いた。

 

「――――それじゃ、俺も連れてってくれませんかね?」

 

 皆は一瞬だけその動きを止め、次に弾かれたように声の発生源を見た。そこは永琳の部屋の中。皆の視線の先、その両足でしっかりと立っている病衣を着た横島の姿があった。

 

「よ、横島君!?」

 

 永琳が驚きの声を上げる。既に傷が完治しているとはいえ、意識が戻るのはもっと後のことだというのが永琳の診たてだった。いや、驚愕したのは永琳だけではない。他の皆もそうだ。

 

「よ、横島さん!! もう大丈夫なんですか!? 体におかしなところはありませんか!?」

 

 小悪魔が横島へと縋り付く。横島は小悪魔を受け止め、その頭を撫でながらあやす様に言う。

 

「ああ。何か体の調子が良くてな。まあ、強いて言えば……しばらく、肉は食いたくないかな。おえっぷ」

 

 何かを思い出したのか、横島は口を押さえて吐き気を我慢している。その言葉のニュアンスから、永琳は横島に疑問を抱いた。

 

「横島君、貴方もしかして……」

「……あー、はい。自分の体の事は、何となく理解出来てます」

 

 横島の言葉に沈黙が下りる。皆痛ましげに横島を見やるが、横島は居心地がわるそうに苦笑すると、今度は紫達へと向き合った。

 

「紫さん、あいつのとこに行くなら、俺も連れてってください」

「……横島君、本気なの? 貴方はさっきまで……」

 

 横島の要求に、紫は是を返すことが出来ない。それも当然だ。横島は先程までとっくに死んでいてもおかしくない程の重傷を負っており、更には今から向かう先は横島を()()()()()()()()()()のところだ。横島の精神がどのようなダメージを負っているのかも判断がつかないし、ここで彼を連れて行くのはレミリアの事を鑑みてもリスクが高すぎる。

 紫が横島に否を返そうとした、その瞬間。とある少女が横島に掴みかかった。

 

「ふざけないでよっ!!!」

 

 それは、鈴仙である。横島の胸ぐらを掴み、横島へと感情を爆発させた。

 

「横島さんはさっきまで死に掛けていたのよ!? 殺されかけたんでしょ!? 状況から考えると生きたまま内臓を食べられるなんておぞましいやり方で!! いくら傷が完治したからって、それで後遺症がないとは限らないの!! 特に横島さんの場合は精神的なものもある!! こうしていられるだけでも奇跡なのよ!?」

「……イナバ、ちゃん」

 

 横島は鈴仙に圧倒される。それだけの正当性、思いが横島を責め立てる。皆もそうだ。鈴仙がこれほどまでに感情を露にするのを見たことがなかった。

 

「貴方が向かうことなんてないでしょう!? 貴方が血まみれで帰ってきて、皆がどれだけ心を痛めたと思ってるの!? また、皆にそれを味わわせるの……!?」

「……!!」

 

 鈴仙の言葉が横島に突き刺さる。彼女は知らず涙を流す。それは間違いなく横島を思っての涙だ。

 

「貴方を想っている子はたくさんいるの……!! てゐも、妹紅も、フランも小悪魔も美鈴も!! あの子達に、何度もあんな思いをさせないでよぉ……!!」

 

 鈴仙は先程からとは打って変わって力なく横島の胸元に顔を埋めた。横島はそれにどうすることも出来ない。鈴仙の言葉の正しさを痛感しているからだ。横島の胸を締め付ける鈴仙の姿に、横島はぽつりぽつりと自らの心情を吐露していった。

 

「……そう、だな。イナバちゃんの言う通りだよな。俺は自分のことばっかで、皆の事を考えてなかった」

 

 横島が苦しみを抑える様に目を瞑る。浮かび上がるのはこれまでの幻想郷での日々。

 

「お嬢様は、幻想郷に墜落して何の身寄りもない俺を助けてくれた。永琳先生はいつも俺の怪我の治療をしてくれる。紫さんは滅多に姿を現さないはずなのに、いつも俺の為に動いてくれてる……」

 

 それは、ある種の告解なのかもしれない。コンプレックスの塊である横島は、いつも彼女達に何らかの罪悪感を覚えていたのではないか。

 

「パチュリー様も、咲夜さんもそうだ。輝夜様もイナバちゃんも。妖精メイドの皆も。俺のことを思ってくれてる。頼ってくれて、心配してくれて、褒めてくれて、叱ってくれて……」

 

 それはお門違いの何物でもないだろう。彼が抱いていた感情、その中身。だからこそ、これは。

 

「妹紅やフランちゃん達。小悪魔ちゃんも、てゐちゃんも……美鈴も。こんな俺を、好いてくれた。……だから、俺は証明したかったんだ」

 

 その言葉に鈴仙は顔を上げる。横島は未だ眼を閉じていた。彼に渦巻く感情、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「俺は、皆の見る目が確かだったって事を、証明したかったんだ。こんな俺を傍に置いてくれる、こんな俺を思ってくれる……!! こんな俺を、好きだって言ってくれる、皆の……!!」

 

 鈴仙は横島が抱いていた皆への思いを初めて知った。その思いは確かに本物だろう。横島は彼女達の事を本当に大切に思っている。それは自分勝手なまでに、過剰なまでに、傲慢なまでに――――思いに、応えようとしている。しかし、それでは余りにも……。

 

「……怖くないの?」

「え……?」

 

 鈴仙がぽつりと呟いた。

 

「怖くないの? 相手は貴方を殺そうとした……ううん、本当なら殺した相手なのよ? 横島さんは……どうして、そんな相手に立ち向かえるの……?」

 

 鈴仙は思う。それでは、余りに自分を蔑ろにしすぎではないのか、と。

 

「……いや、怖いよ。正直今にもチビりそうだし、泣きたいぐらいだし……」

「だったら、どうして……!?」

 

 鈴仙はそこが理解出来なかった。怖いのなら、恐ろしいのなら、何故彼は逃げないのだろうか。あの時に聞いた話でもそうだ。彼は自分を怖がりだと言う。臆病だと言う。それでも彼は逃げない。それは、一体何故なのか。……臆病なだけの自分との、違いは。

 

「……正直に言えばさ、きっと軽蔑されるというか、そんな風になっちゃうんだろうけど……俺はさ、馬鹿だから。こういう時にカッコいい事を言えたらいいんだろうけど……」

 

 横島が情けない笑みを浮かべる。それは、()()()()()()()()だ。それを見た鈴仙は、奇妙な感覚に囚われる。

 

「――――女の子の前ではさ、カッコいいところを見せたいじゃんか」

「――――は?」

 

 照れた様子の横島の言葉に、鈴仙はただ声にならない声を出した。

 

「いつだって俺はそうだったんだよ。俺は元の世界でとんでもない事件に巻き込まれても、結局は女の子にカッコいいとこを見せたいとか、美女美少女のためーとか、そんな理由で頑張ってたんだよ」

 

 鈴仙はこの横島の告白で自分の思い違いに気付いた。横島は自分を蔑ろにして誰かの……紫やレミリア達の思いに応えようとしていたのではない。むしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 それに気付いた鈴仙の顔には、何故か笑みが浮かんでいた。

 

「あはは、あははははははははは」

「ん? ははは、ははははははは」

 

 鈴仙はどこか引きつったかのような笑い声を上げ、横島もそれに釣られて笑い声を上げる。しかし、鈴仙の右手はゆっくりと振りかぶられていった。

 

「あははははは――――ふんっ!!」

「はははははは――――はびゃぁっ!?」

 

 鈴仙の鋭いビンタが横島を襲った。

 

「……ごめんなさい、つい思わず……」

「いや、やっぱり俺が悪いし……イナバちゃんは悪くないよ。今のは仕方ない」

 

 鈴仙のビンタに一時場が騒然となったが、横島は気にせずに流したことでその空気は悪い方に流れることはなかった。鈴仙の気持ちにも共感できる所があったのだろう。

 少々空気は壊れてしまったが、それでも鈴仙は横島に問う。

 

「……泣きそうなくらい怖いんでしょ? 確かに貴方は襲われたけれど、他の誰かに任せる事だって出来る。横島さんがやらなくちゃいけないことじゃないはずなのよ?」

「……」

 

 鈴仙の言葉に横島は真剣な表情になる。暗く、どこか自嘲めいた物を覗かせるその表情は、ある種歪んでいるとも言える。

 

「……これは、俺の我が儘なんだ。あいつは、()()()()を食おうとしたんだ。怖いからって、ブルってるからって、他の誰かにやらせたくねーんだ……!!」

「横島さん……」

 

 横島の言葉は確かに我が儘だ。他にもっと確実な方法がある以上、それは間違っているとも言えるだろう。だが、それでもそれは()()()()である。納得してはいけない。してはいけないのだが……鈴仙は少しだけ横島を信じてみる事にした。

 

「……負けちゃダメよ?」

「イナバちゃん……?」

 

 横島は鈴仙に聞き返す。

 

「……何を言っても引き下がらないだろうし。それなら私も行くわ。ここで待っててずっと心配してるのも嫌だし」

「……イナバちゃん」

「ただし、負けないでよ。私だって、横島さんが血だらけで運び込まれた時は本当にびっくりしたんだから。それに……カッコいいところ、見せてくれるんでしょ?」

 

 上目遣いの最後の言葉に、横島は顔を赤くしつつも頷いた。

 こうして、横島は鈴仙の了解を取る事が出来た。それを見ていた他の皆は少々複雑ながらも、ほっとした表情を見せる。横島の『俺の妹紅』という発言にまで気が回った者はほとんどいなかったが、それに気付いていたレミリアは苦い笑みを浮かべている。

 

「……横島なら妹紅だけでなく、何だかんだでフランや美鈴、小悪魔も受け入れてくれるかな。せっかくならフランが横島の1番最初の恋人に――――?」

 

 レミリアは横島とフランが交際することを認めたようだ。先程の横島の言葉に何かしら感じ入るものがあったのかも知れない。そうしてレミリアが夢想に思考を割いたところで、違和感に襲われる。

 

「……」

 

 レミリアは周りを見回す。やはりそうだ。()()()()()()()()()()()()()……!!

 

「ちょっと待ちなさい……!!」

「お嬢様……?」

 

「――――フランはどこにいるの……!!?」

 

 

 レミリアの言葉に弾かれたように皆が辺りを見るが、どこにもフランの姿が見られない。レミリアの脳裏に最悪の想像が過ぎる。

 

「まさか、あの子――――!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨が降りしきる迷いの竹林の奥の奥。開けた場所に『男』は腰を下ろしていた。片翼と片腕を失くした『男』は、苦しげに息を吐いている。

 『男』は自らの失敗を嘆いていた。ようやく捜し求めていた文珠を見つけたというのに、食欲に負けて文珠の存在を忘れ、挙句の果てには炎に焼かれてあの場を退散。おまけに片腕も失ってしまう。()()()()()()()()()()()、それには獣の命を食らうだけでは駄目だ。

 ――人間。あるいは妖怪や魔族。神族でもいい。とにかく人型のモノを食らう必要がある。先程の男は内臓しか食わなかった。やはり、ベースとなる腕を食らわなければ。

 

「――――見つけた」

 

 不気味な空気が充満する雨の竹林に、場違いなまでに可憐な声が響く。『男』が眼を向ければ、そこにいたのは魔族と思しき少女。影が差し込んでいるせいで、姿のほとんどが見えない。

 

「最初はどこにいるのか分からなかったけど、匂いを辿れば案外何とかなるものなんだね。雨の中でも居場所が分かったもの」

 

 少女はゆっくりと歩みを進める。その顔はまだ見えない。だが、声の調子からして彼女は()()()()()()()()

 

「あなたから、プンプンと匂うんだ。――――ただお兄様の、血の匂いが」

 

 ようやくその全貌が見えるところまで来た。雨に打たれている体からは、煙が噴き出しているようだ。紅い輝きを放つ瞳がゆらゆらと燃えている。

 突如、少女の体から凄まじいまでの魔力が迸る。それは彼女を打つ雨粒を蒸発させ、その肌に触れることも出来なくなる。

 

「あなたには能力なんて使()()()()()()()。私の手で嬲って、嬲って、嬲って嬲って嬲って嬲って嬲って嬲って嬲って嬲って――――殺してあげる!!!」

 

 少女――フランは狂気に満ち満ちた笑みを浮かべ、眼前の敵へと飛び出した。

 『男』はフランの強大な魔力に曝されても小揺るぎもせず、ただ兇気に満ち満ちた笑みを浮かべるのだった。

 

 曰く――――『餌』が来た、という笑みを。

 

 

 

 

 

 

 

 

第三十三話

『横島忠夫は証明したい』

~了~

 




お疲れ様でした。


次回、特に理由のない戦闘シーンカットがフランを襲う――――!!!(かもしれない)







そうそう。多分ですが、『高島』編はあと3回~4回くらいで終わると思います。

いやあ、それにしても





サっちゃんの祝福とはなんだったのか


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