東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。

今回で、『男』がどんな感じの出自なのかが大体判明いたします。
そして、それに伴う話の演出上かなり読みにくい部分が出てきます。あらかじめご了承ください。



皆様、東方煩悩漢がついに20万UAを突破いたしました。
これも皆様が応援してくださったお陰でございます。
これからも東方煩悩漢をよろしくお願いいたします。

それではまたあとがきで。


第三十四話『剣と拳』

 大粒の雨が竹林を濡らす。地面は所々に水溜りを作り、ぬかるんだ土は『男』の体重に合わせて沈み、そこに存在していた証を強烈に残す。

 『男』は雨に打たれながら己の過去を思い返していた。いや、彼は思い返していると言えるのだろうか。思考には多くのノイズが走り、あまり意味のある内容を脳内で展開出来ていない。それは、いっそ哀れみすら誘うような支離滅裂さだった。

 

 それは簡単な仕事のはずだった。初めて地上に降りてきたとき、『男』は「何と穢れに満ちた場所なのか」という感想を抱いた。

 空気は澱み、木々は枯れ落ち、動物は老いさらばえ、やがて死ぬ。それも全て地上に住まう人間や妖怪といった者共のせいだ。当時の上司――はて、私に上司などいたのだろうか? ――から聞いた話では、かつての地上もこれほどまでに穢れてはいなかったらしい。つくづく地上とは下賤な者共が多いのだろう。罪人には相応しい場所と言える――罪人とは何だ? 私は一体何をしに地上へと降りたのだったか――。

 

 呼吸をするのが辛い。まるで穢れが体を無理に作り変えていくようで。そんなこと、私には耐えられなかった――何故耐えられないのだったか――。醜く老いた人間――彼らが彼女を保護して……彼ら、とは、彼女とは誰だ? ――を見るのが辛い。

 

 地上にいることが辛く、一刻も早く帰ることばかりを考えていた――どこへ? ――。ピーピー。

 

 おかしい。いや、おかしくない。やはり私の記憶はどんどんと失われているようだ。――記憶? ――。そもそも俺は都で……違う。何だ? わんわん。そうだ、俺はあそこから降りてきて――それはどこだ? ――私は何を考えている? にゃー。

 私の名前は何だったか。私の性別は――俺は男だろ? ――。趣味嗜好は。カァー。何を職業としていたのだったか。配偶者はいたのだったか――綺麗な嫁さん欲しいなぁ――。嫁……妻? (つがい)? 私はそれを求めていたのか? ――あの人が欲しい――。がるるる。

 

 私は何を求めていたのだったか。何かを手に入れたかった。それは何だ?

 何かを失った。それを取り戻すために何かが欲しかったのだ。それは何だ?

 それさえ手に入れられれば、こんな()()()()()()()()()()()()()()()()……私はそれを求めていたのか?

 

 あれは何と言ったか。くぅーん。そうだ、先程食べた人間の男。それが持っていた物だ――文珠? ――。

 そうだ、文珠だ。文珠が欲しいのだ。文珠があれば、何もかもが元通りだ――何がだろうか――。

 文珠があれば取り戻せるはずなのだ。だから欲しがった。だから穢れに満ちていたとはいえ、この体を奪って――この体は元々私の物ではなかったのか? ――。そうだ、私は文珠が欲しかったのだ。

 

 いやまて。なにかがおかしい。モーモー。ぶーぶー。私は文珠が欲しかったのか? 文珠だけが欲しかったのか? シャー。ピヨピヨ。コンコンコン。

 

 わんわんにゃ-にゃーぶーぶーぶーカァー。そうだ、違う。ぐるるるコンコン。もっとほしかったものがいたのだ。くぅーん?

 

 あれはなんだったか。

 

 まるくて、おおきくて、あたたかい――。

 

 ――――あれは、月か。

 

 月の光。背負って。影を作って。私を。私に? ……私達に?

 

 美しかった。そうだ、美しかったのだ。誰よりも、何よりも。だから、彼女が欲しかった――それは誰だ? ――

 

 

 

 

 

「……」

 

 『男』は溜め息を吐いて(かぶり)を振り、それ以上の回顧を止める。思考が纏まらない。今日と言う日は、彼にとって色々と疲労を呼び込んだ。先程人間を一人頂いたとはいえ、その後の戦闘と回復にエネルギーを使いすぎている。

 今現在、『男』は両腕と片翼、片目を喪失している。翼も目も再生は容易だ。()()()()()()()()()()()()()()。だが、腕はそうはいかない。人間の持つ腕の器用さは動物とは比べ物にならないものがある。

 

「まぁ、それもお前を食えば解決する話なのだが……」

 

 『男』が見下ろした視線の先、ぬかるんだ地面に力なく倒れ伏し、雨に打たれている少女がいた。悪魔の妹、フランである。

 フランは力なく地面に横たわっており、全身には軽くない傷を負っていた。普段ならば吸血鬼の再生能力で治る程度のものなのだが、今のフランは絶えず雨に打たれている。雨……流水は吸血鬼の天敵だ。雨はフランから力を奪い、その命までも奪おうとしている。

 

「……ぅ」

 

 もはやまともに声を出すことも出来ないのか、フランが上げた呻き声は酷く小さなものだった。瞳は何も映さず、虚ろとなっている。

 

 ――――負けた。フランは自分を見下ろしている『男』を殺し、大好きなお兄様の仇を討つ事は出来なかったのだ。

 確かに片目を抉った。確かに残った腕を千切り、砕いた。だが、それでも『男』を斃す事は出来なかった。雨によりフランが弱体化していたのも要因の一つだが、決定打となったのは植物の根のような外見の翼だった。翼が齎す金縛り。フランはそれを突破することが出来なかったのである。

 

「……っ」

 

 今にも沸騰してしまいそうな怒りと悔しさが思考を染める。ただただ己を打ち負かした『男』が憎らしい。脳裏を過ぎるのは様々なこと。

 何故こいつは体を色々と変化させることが出来るのか。こいつは妖怪なのか。何故妹紅とお兄様があんなことにならなければいけなかったのか。そもそも、何故こいつの顔はお兄様に似ているのか。

 色々な考えが浮かんでは消えていくが、そのどれもに答えは出ない。そして、もうその思考も巡ることは無くなるのだろう。『男』がゆっくりと近付いてきたのだ。

 

 ぬかるんだ地面のせいで粘着質な足音を響かせながら、『男』がフランのすぐ横に迫る。フランの脳裏に横島の笑顔が過ぎる。出逢った時の優しい笑顔。少し経った後の困った様な笑顔。それから後の、暖かい笑顔。それが、自分の見る最期の光景だとしたら。

 

 ――――それは、とても幸せなことだ。フランは心からそう断じた。

 

 例え幻でも、例え己が生み出した妄想でも、愛する者の笑顔を見ながらの死は、フランに『幸福』という感情を抱かせていた。横島と出会い、凍りついた心を溶かされたフランもまだまだネガティブな所は直っていない。彼女の心は未だ闇が深い。己の死を悼み、泣いて見送られるよりも、フランは笑って見送って欲しいのだ。

 それは彼女が抱える歪みと言える。死に際には泣き顔よりも笑顔が見たい。そう言う者も確かにいるだろう。だが、フランは()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。それが、フランの抱える狂気の一つ。

 

「……ぁ」

 

 フランの服が引き裂かれる。『男』は()()()()でフランの服を噛み千切ったのだ。破れた衣服から覗く、幼い子供特有の少々膨らんだ腹。『男』は横島と同様にフランの内臓を食おうとしている。フランは服を引き裂かれた衝撃で正気を取り戻し、そう認識した。

 どうせなら、最期まで幸せな夢に浸っていたかった。だが、目が覚めてしまったのでは仕方がない。愛する男と同じ死に方が出来る。そう考えれば、これはこれで幸せな死に方の様な気がしてくる。……そう考えてしまう自分は、やはり狂っているのだろう。フランはぼんやりとした思考の中、ぽつりとこぼした。

 

 『男』の熱い息が腹にかかる。その不快な感覚にフランの背筋に怖気が走る。今頃『男』は大口を開けているのだろう。これから訪れるであろう未来を思うと、自然と涙が零れてくる。胸に去来するのは後悔だ。

 どうして正気に戻ってしまったのだろうか。どうして最期に見る景色が、ぬかるんだ地面とそれに降り注ぐ雨なのだろうか。どうして、大好きな人達の笑顔ではないのだろうか。自分には、そんなちっぽけな夢を見ることさえ許されないのだろうか。ならば、通じなくてもいい。叶わなくてもいい。ただ、言葉にすることぐらいは許されるだろう。

 

 ――――ああ、どうか、最期に一目だけでも。

 

「――――あいたいよぉ……お兄様ぁ……」

 

 腹に、ぷつりと何かが刺さる感覚があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「天丼上等ォォォオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

「ゴッッッ!? ッガ、バァァァアアアアッッッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、『男』が引き絞られた弓の様な勢いで吹き飛んだ。何かが猛烈なスピードでぶつかったようだ。フランは目をパチパチと瞬かせ、呆けた様に口を大きく開けてしまった。驚いたのは『男』が吹っ飛んだ事だけではない。直前に聞こえた声。自分を庇う様に立つ、大きな背中。

 

「ふう……間に合って良かった。つーか、俺が一番速かったのか」

 

 

 安心したような男性の声。それは、先程まで戦っていた『男』と似ているようで、全く違っていた。そうだ。目の前の(ひと)とあの『男』はまるで似ていない。外見だけではない、明確な違いをフランは心に刻み込んだ。

 何故生きているのか。生きていたとしても、どうやってこの短時間に傷を癒したのか。疑問点を挙げればいくらでも出てくるが、今はそんな瑣末な事よりも、ただただ目の前の現実を受け入れよう。

 自分にこの様な気持ちを抱かせてくれた存在。自分にとって、どこまでも特別な存在。

 それが何かを認識出来た瞬間、またもフランの双眸から涙が零れ落ちる。見たかった物が見れた。逢いたかった人と逢えた。フランは、心から湧き上がる愛おしさのままに、万感の想いを込めてその人の名前を呼んだ。

 

「ただ、お兄様……」

「おう。――――助けに来たぜ、フランちゃん」

 

 フランに振り向いて、優しく暖かい笑顔を浮かべた横島忠夫がそこにいた。

 

 

 

 

 

 

第三十四話

『剣と拳』

 

 

 

 

 

 

「大丈夫か、フランちゃん」

「お兄様ぁ……!」

 

 横島は『男』を警戒しつつフランを抱き起こし、永琳直伝のヒーリングを開始する。しかし、永琳からは「中々筋がいい」と言われてはいるが、所詮はまだまだ修行中の身。全身に大怪我を負っているのに加え、雨によって弱体化しているフランの傷を癒すのは横島にはまだ無理な事であった。

 横島は思わず舌打ちしてしまいそうになるのを我慢すると、フランの小さな体を優しく、しかししっかりと抱きしめてやった。横島のヒーリングは体に密着している面積で強さが変わる。フランの涙でくしゃくしゃになった顔が、ヒーリングによって徐々に和らいでいった。

 それを見た横島は顔から険を取ったのだが、『男』が立ち上がる気配を感じ、またも顔に険が入る。

 

「がぁ……!? 何故、何故お前が生きている……!?」

 

 『男』は口から大量の血を流しながらも叫ぶ。『男』の脳内には疑問が溢れていた。何故この男がまだ生きているのか。確かに内臓を食らったはずだ。それならば、何故この男がここにいる!?

 『男』の疑問には答えず、横島は『男』を睨みつけながらフランの治療を最優先にする。現在フランに意識はない。怪我による消耗と横島に逢えた喜び、ヒーリングが齎す多幸感に緊張の糸が切れたようだ。呼吸は安定している。出来ることならこのまま治療に専念していたいが、そうもいかないだろう。

 

「……そうか、文珠か? そうだ。お前は文珠を持っていた。持っていたんだ。ならば、これくらいはおかしくない」

 

 『男』はそう結論付けた。確かに文珠ならばそれも可能かもしれない。だが、それは不可能な事である。

 

「残念だったな。俺が生きてるのは文珠のお陰ってわけじゃねーんだよ」

「……何?」

 

 横島の言葉に『男』は動きを止める。予想外の言葉だった為に、固まってしまったのだ。『男』は考える。文珠ではないのなら、一体何故目の前の男が生きているのか。

 微動だにせず思考に耽る『男』を横島は鼻で笑う。

 

「はっ! テメー、自分で言った事も覚えてねーんだな」

 

 その言葉に反応し、『男』は横島へと意識を向ける。一体何の事だ。『男』の視線はそう語っている。

 

「本当に覚えてねーんだな。……俺の腹をぶち抜いた後の事だよ」

「……お前の、腹を……」

 

 『男』の脳裏にその時の光景が甦る。あの時の自分は何と口走ったのか……。やがて『男』はそれに思い至り、驚愕を顔に貼り付けた。

 

「まさか……」

「そう。その()()()だ」

 

 『男』の動きが完全に停止した。横島としては願ったり叶ったりの展開だ。『男』が何か奇行に走るたびにフランへの治療に使える時間が増える。尤も、横島のヒーリングでは焼け石に水が良いところだが。

 

「ふ……ふふふ……」

 

 『男』の口から空気が漏れる。やがてそれは勢いを増してゆき、ついには爆音を響かせる。それは哄笑だ。

 喜色満面。『男』の表情を言い表すならばこれが一番適しているだろう。事実『男』は狂喜している。それもそうだ。何せ相手は自分が欲しい物を()()()()()()()のだから。

 

「そうか、貴様――――蓬莱人だったか!!」

「……正確には、あの後蓬莱人になった、だけどな」

 

 『男』の喜び様に横島はうんざりとしながら訂正を加える。自分にそっくりの容姿の笑い顔がここまで醜く歪んでいると、何故だか気分が大いに沈んでゆく。傍から見れば自分もあのような顔で笑っていたのだろうか。

 

「それはどうでもいいことだ……!! 今貴様を食らえば、私は()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 『男』の言葉に横島は「やはり」とばかりに頷いた。

 以前妹紅や永琳達が蓬莱人だと知った後、横島は暇な時間に永琳に蓬莱人の概要を聞いていた。曰く、変化を拒絶する体。不老不死。蓬莱の薬の効果が肝に溜まり、それを食らえば蓬莱人となる。様々な事を教えてもらった。それは特に理由のない、強いて言えば単なる好奇心での質問だ。横島がそれを覚えていたことが、今現在起こっている異変の正体を突き止めることに繋がったのである。

 

 『男』があの時恐らく――さっきもだろうが――無意識で口走った言葉はこうだ。

 

 ――これで取り戻せる! あの体を! 文珠があれば蓬莱人の体を取り戻せる!!

 

 横島は薄れゆく意識の中ではっきりとそう聞いたのだ。ピースが揃えば後は簡単だ。『男』はかつて蓬莱人であったが、何らかの事情により蓬莱人でなくなる。『男』はかつての体を取り戻すべく文珠を探しながら生物……動物や人間、妖怪の(はらわた)を食らってきたのだろう。多分に推測は混ざっているが、そう間違った推理でもないはずだ。

 永琳から聞いた話では、彼女は今までに五回しか蓬莱の薬を作っていないという。一つは月の嫦娥という女性に。一つは輝夜に、一つは永琳が自ら服用。一つは当時の帝に渡し、紆余曲折あって妹紅が服用。最後の一つは輝夜を育ててくれた老夫婦に口止め料として渡したそうだ。

 しかし、老夫婦は蓬莱の薬を飲まず、何者かに殺害された。今横島の前に存在する『男』は、()()()()()()()()()()()()

 

 ――――つまり、こいつが犯人だった……ってこったろーな。

 

  横島は最後にそう締めくくり、巡らせていた思考を止めた。彼がそれに気付いた所で、今のこの状況が変わるわけでもない。それに、『男』が笑うのを止め、横島に対し前傾姿勢を取っていた。いつの間にか、『男』の無くなった腕が生えている。しかしそれはどこから見ても人間の物ではない。まるで猛禽の様な――あるいは四足獣の様な――非常に強靭で、しなやかそうな(うで)

 

「カッッッ!!!」

 

 『男』が爆発的な速度で横島へと迫る。その速度、威力は尋常ならざるものであり、受ければ命は容易く狩り取られるだろう。だが、横島の意識は()()()()()()()()()()()()

 

 横島はフランの傷を見る。軽くない傷が全身に及んでいる。それは勿論顔にもだ。フランの頬に走る深い切り傷。それは人間ならば一生物の傷だ。いびつに歪んだ線が幾筋も走っている。下手をすれば縫合などが上手くいかず、あるいはその部分が化膿して最終的には死に至るかも知れないほどに酷い傷だ。

 横島の脳裏にあの時の妹紅の姿が過ぎる。手足が(ひしゃ)げ、口から血を流していた姿。フランを見る。恐らくは自分の仇を取ろうとしてくれたのだろう。こんな雨の日に、彼女は単身『男』に戦いを挑んだ。

 

 横島は自らの感情に怒りと吐き気を覚える。フランの事を、()()()()()()()()()()()()()()

 瀕死の重傷を負った自分の為に、彼女は自らの身を考慮せず戦った。その結果がこの姿。自分の為に、こうまでして戦ってくれた。そんなフランを愛おしく感じた。そう、感じてしまったのだ。

 

 横島の胸中に様々な感情が渦を巻く。どうしてこんなになるまで戦ったのか。自分にここまでしてもらえるほどの価値があるのか。それほどまでに自分の事を想ってくれていたのか。自分はその想いに報いる事が出来るのか。

 

 ――――報いてみせる。

 

 自分に対する嫌悪、怒り。フランに対する悲しみ、(かな)しみ。そしてそれらを受け止め、束ね、なお超える程の決意。それが、横島を次なる位階(ステージ)へと昇らせた。

 

 閃光が走る。それは横島の右腕から。手指から肘までを覆う翡翠の霊波。指と爪が一体化し、鋭い刃物の様な印象を抱かせる巨大な指に。前腕は所々が物質化した亀裂の入った霊波の装甲に覆われており、亀裂からは横島の霊波が揺らめく炎の様に噴き出ている。その装甲のせいか、横島の右手は一回りほど肥大化しているように見える。

 

 それは横島が手に入れた新たな『栄光の手(ハンズオブグローリー)』――『栄光の手(ハンズオブグローリー)・プラス』

 

 『男』が横島の間合いに入る。『男』も横島も、互いに横島の変化には気付いていない。二人が攻撃を繰り出そうとした瞬間、それは現れた。

 

「華符ッ!!!」

 

 ズンッ、という重音が響く。二人の間に一瞬で割り込んだ人影は、『男』の豪腕による一撃を容易くいなし、腹部に掌底を叩き込んだ。

 

「ゴッ!? ……グ、ガアァッ!!?」

 

 腹部に走った強烈な衝撃に『男』は踏鞴(たたら)を踏んだ。次の瞬間、虹色の光を纏った気が『男』の体内で爆発。『男』を空へと吹き飛ばす。

 

「――『彩光蓮華掌』……!!」

 

 突然の事態に横島は呆然としてしまう。今自分達を守るように『男』に立ち向かったのは、こちらの世界で出会った、武術の師匠の一人。その背中を見つつ、横島は驚きに声を震わせた。

 

「め、美鈴……!?」

「はい、私ですよ」

 

 横島に名を呼ばれた美鈴はにこやか笑みを湛え、振り向く。横島が抱えたフランを見て、深く、重い怒気を発するが、それも一瞬のこと。美鈴は吹き飛んだ『男』を目で追い、言葉を繋げる。

 

「……そして、当然私だけではありません」

 

 『男』は自分が何故吹き飛んでいるのかが理解出来なかった。ただ掌底を腹に食らっただけのはず。だというのに、この内側から体を蹂躙されたような感覚は何なのだ!? 今の一撃は不味い。あのような攻撃を何度も食らえば、()()()()()()()()()()()()()……!!

 

「オオォッ!!」

 

 『男』は空中で何とか体勢を立て直し、失った片翼を再生させ、滞空する。キッと地上を睨みつける。警戒すべきは先程割り込んできた女。まずはそいつを殺――――『男』の眼前に、否、周囲を囲む様に、突然大量のナイフが出現した。そして、いつの間にか背後に存在していた何者かの気配。

 

「――『咲夜(わたし)の世界』――」

 

 『男』の耳元で、囁くように告げられた宣言。それが切っ掛けかは不明だが、ナイフは自分へと猛烈なスピードで迫ってくる。

 

「お――オオオオアァッ!!?」

 

 咄嗟に腕と翼を薙いだことによって、ほとんどのナイフは弾くことが出来た。だが、やはり全てのナイフを迎撃することは不可能であり、数本のナイフが深々と突き刺さる。『男』は次から次へと降りかかる不可思議な現象に思考を千々に乱され、浮くことすらままならなくなった。

 

「材料は貴方に刺さった()()()()()()と、()()()()……」

 

 何が起こったのかと考える隙も無い。地上に墜落した『男』の足元に現れるのは魔法陣。それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――陰陽道? いや、それとはまた別の……大陸の――何のことだ?

 

 乱れた思考が動きを阻害し、本能を抑制する。『男』は魔法陣に反応し、姿を変えゆく(ナイフ)と土を前に、何もすることが出来なかった。

 

「土金符『エメラルドメガリス』!!」

 

 それを唱えたのは魔法使いだ。彼女が創り出した魔法陣の中で鉄と土は錬成され、新たな物質へと姿を変える。それは新たな法則。五行の法則――五行相生・土生金――を元に、彼女が創り出した和洋折衷の魔法(ハイブリッド)

 

「ぎっ、ぎぃぃぁああああああぁぁぁッッッ!!?」

 

 それは翡翠色の柱。『男』に刺さっていたナイフがそれに変化し、『男』の体を抉り、突き破り、引き千切り、蹂躙する。『男』はまるで杭に貫かれ、その死体を晒されているようだ。

 『男』の体を蹂躙し尽くした柱が、魔法陣と共に消滅する。片腕と両足がぼとぼとと落ちる。そして体が地面へと沈もうとする刹那、新たな影が『男』の首を片手で掴み、万力の様に締め付けながら軽々と持ち上げる。

 

「妹紅……横島……そしてフラン。――随分と()()()()が世話になったようだな……?」

 

 それは吸血鬼。それはツェペシュの幼き末裔。紅魔館の主――。

 

 横島は眼前の人物の名を呼ぶ。

 

「咲夜さん……」

 

 咲夜は両手に四本ずつナイフを持ち、『男』を睨んでいる。

 

「パチュリー様……」

 

 パチュリーは魔導書を片手に『男』を睨んでいる。

 

「お嬢様……!!」

 

 レミリアは『男』の首を締め上げ、声を……いや、音すらも出させない。雨に濡れて弱体化しているはずだが、まるでそれを感じさせないほどに圧倒的な魔力を全身に漲らせている。

 

 『男』の首がメキメキと鈍い音を発しながら絞られていく。呻く事も出来ない『男』は残った腕でレミリアの手を外そうとするのだが、その時、『男』の口端から血が流れ、レミリアの手に零れ落ちた。レミリアはそれをちらりと見やり、極低温の声で宣言した。

 

「紅魔『スカーレットデビル』!!!」

 

 レミリアの体から極大の光が爆ぜる。それは巨大な紅い十字架となり、空を衝き抜け、完全に雨雲を消し去った。それにより太陽の光がレミリアを差し、その体を焦がし、気化させていく。だがレミリアはそれを全く意に介さない。優秀なメイドが日傘を差してくれるからだ。

 レミリアは最早()()()()()になってしまった『男』を地面に叩きつけ、殺意を漲らせた瞳で吐き捨てる様に言う。

 

「貴様の汚らしい血で私の体を汚すなよ」

 

 レミリアの圧倒的な力に、横島は何も言えない。自分よりずっと強いだろうとは思っていたが、まさかここまでとは思っていなかった。間違いなく、自分が元居た世界の上級神魔族に匹敵する力である。

 横島が呆然とレミリアの背中を眺めていると、不意に自分の視界に影が差した。いつの間に来ていたのか、傍らに日傘を差した鈴仙と小悪魔がいた。

 

「思ってたよりめちゃくちゃなことになったわね……」

「妹様は大丈夫ですか、横島さん……?」

「イナバちゃん、小悪魔ちゃん」

 

 鈴仙は日傘を数本地面に固定し、小悪魔と共に横島からフランを抱き上げ、地面に敷いたレジャーシートの上に寝かせる。そうして二人がかりで治療を開始。横島はその姿にほっと息を吐いた。その顔はまだまだ険しさを残しているが、それでも柔和な印象を受ける笑みが浮かんでいる。

 鈴仙はフランの治療をしつつ横島の顔を見やり、聞くべきかどうか少々悩んだが、気になっていた事を口に出した。

 

「……他の人にやらせたくないって言ってたけど、良かったの? 横島さん、どうやったかは知らないけど()()()()()()()()()()()()()()とんでもないスピードでここまで来たのに。……皆、思いっきり手出してるけど」

 

 それは小悪魔も気になっていた。ちらりと横島の顔を見れば、彼は何やら神妙な面持ちとなっている。

 

「……いや、いいんだよ。何つーか、驚きで頭が冷えたっつーか」

 

 横島は頭をぽりぽりと掻く。今度は何か恥じ入った様な表情へと変わっている。

 

「あのままやりあってたら同じ轍を踏んでたかも知んねーし、何よりフランちゃんがいるってのにな……。何か、らしくなく攻撃的になってたわ」

 

 横島はフランを見る。鈴仙達によって治療が施され始めたといっても、その姿はまだまだ痛々しい。ぎしり、と横島の奥歯が鳴る。鈴仙は横島が冷静な思考を取っていることに少し驚いた。

 

「……そうだよな。俺一人じゃなくて、皆を頼ればよかったんだよ」

 

 そうして横島は穏やかな表情でレミリア達を見る。その姿は横島の目にとても頼もしく映る。

 

「……そうだ。俺一人じゃ無理でも、俺より強い皆に囲んでもらってフクロにして、ズタズタのボコボコにしちまえばよかったんだよな。これが俺達の……仲間の力。結束の力か……!!」

 

 横島はレミリア達を眩しそうに、尊い物を拝むかのように目を細めて見ている。それはとってもイイ表情なのだが、言っている内容が微妙すぎた。元軍人である鈴仙は納得する部分ではあるのだが、もう少し言い方に気を付けてほしいと漏らす。何だかとっても釈然としない。

 後日、二人は少年漫画のバトルシーンを読むたびに何だか微妙な気分に陥ってしまうのだが、それはまだ誰も知らないことである……。

 

「それからもう一つ」

「え、何?」

 

 横島は鈴仙の問い掛けに横島は首を傾げる。

 

「その右手、どうしたの……?」

「右手……?」

 

 鈴仙の言葉に横島は訝しみつつも右手を眼前に掲げる。そこには翡翠色の霊力の篭手で包まれ、碧緑の霊波を揺らめかせる、一回り大きくなった右手があった。

 

「何じゃこりゃーーーーーー!!?」

「ええぇーーーーーー!!?」

「気付いてなかったの!!?」

 

 横島のボケた言動に鈴仙と小悪魔は『ガビーン』とばかりに驚く。まさか今の今まで気付いていないとは思わなかった。

 

「な、何だろうこれっ!? 変な病気!? 違うよねっ!!?」

「す、少なくとも病気ではないと思いますけどー!?」

「ええい、あんたは本当にいい加減にしなさいよもー!!」

 

 他の皆がシリアスに決めている中、頭が冷えて心に余裕が出来た横島は、息抜きとばかりに大真面目にボケをかましてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ……、ッ……!?」

 

 『男』は自らに刻まれた、ありえない程の傷に呻く。()()()()()()()()()!! 逃げるためにも、まずは全員の動きを止めなければならない!!

 『男』は()()()()を振り絞り、両翼を再生。同時に全ての関節から邪視を発動、金縛りを掛ける。だが――。

 

「……ぇ」

 

 瞬間、『男』を囲んだのは無数の眼差し。暗く、光の無い空間に幾多の視線の光が彼を貫く。それは、奇しくも『男』が行おうとしていたことに似ていた。

 

「幻巣『飛光虫ネスト』――!!」

 

 その言葉は厳かな響きを湛え、『男』の聴覚を刺激した。空間に満ちる全ての眼から、光の線が『男』に殺到する。対する『男』は何も出来ない。ただ、無数の線に体を焼かれるのみ。

 

 横島達の目の前で『男』が黒い穴へと飲み込まれた。それは紫の能力。恐らくあのスキマの中で、『男』は何らかの攻撃を受けているのだろう。

 その様子を呆然と眺める横島の背後に、複数の気配が生じる。振り返ってみれば、そこにはスキマから出る紫、永琳、輝夜、てゐの姿があった。

 

「遅れてしまってごめんなさいね」

 

 言葉は軽く、しかし真剣な表情で謝罪する紫。他の皆もそれぞれに謝意を表すが、彼女らはすぐ別の物に気を取られた。どちゃりとどこか湿った音を立て、『男』がスキマから地面に排出されたのだ。

 

「うそ……」

「執事さん、そっくり……!?」

 

 輝夜とてゐの驚きの声が聞こえる。紫も声に出してはいないが、眼を大きく見開いていることからその驚愕の程は知れる。だが、横島が最も気になったのは永琳だ。

 彼女の顔から、()()()()()()()()()()()。まるで人形の様な、能面の様な様相を呈する彼女に、横島の霊感が何か得体の知れないモノを感知する。

 

 それが何かは分からない。今は既にその感覚は消失し、自分以外は誰も気付いてはいなさそうだ。気のせいか。どこか遠い意識が導き出した答えに縋りたくなる。だが、彼の霊感はまたも何かを訴えかけてくる。それが、何かは分からない。分からないまま……横島は、永琳と輝夜に向き直った。

 

「永琳先生、輝夜様。少し、伝えないといけないことがあります」

 

 横島の言葉に輝夜と、そして永琳が真っ直ぐに見つめ返す。横島の額に冷や汗が流れる。横島は一度深く深呼吸をし、先程自分が推察した事について話し始めた。

 

「――という訳っす。多分、そう間違ってはいないと思うんすけど……」

 

 横島がそう話しを締め括る。そこで、横島はようやく体が無意識に震えているのを自覚した。何故震えているのか、その原因ははっきりとしている。目の前の存在が怖いのだ。

 

「……」

 

 永琳、そして輝夜。二人の体から迸る何か。それが横島には恐ろしかった。しかも、それは()()()()()()()()()()()()らしい。他の者は何ともなさそうなのに、自分だけが小刻みに震えている。横島は無性に泣き出したくなった。

 

「……そう、そうだったのね」

 

 表情の無い永琳が呟く。その視線は『男』の元へ。そこで、永琳の片眉がぴくりと跳ねた。それに目敏く気付いた横島が永琳と同じく視線を『男』へと向ける。そこにあったのは予想を超えた光景だった。

 

「あ、あああああっ、あああああああああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

 

 『男』の姿が変わっていく。腕が生え、足が生え。それだけならまだ理解出来る。だが、今度はそれで収まることはなかった。腕が変質し、足が変質し、胴が変質し、翼が変質し、そして頭部が変質した。

 その姿はまるで大きな熊の様だった。だがその背には鳥の様な翼が生え、尾は蛇の様で、呻く様に鳴いている声は野犬の様である。よく見て見れば、その体のいたる所に様々な動物の要素が見える。

 その『獣』は、およそ千二百年前に永琳と高島の前に現れた『獣』と同じ姿だった。

 

「何だ、ありゃ……!?」

 

 横島の声に反応したのか、『獣』が咆哮を上げる。それは空気を震わせ、体に振動を伝えてくるほどの大音量。その大声に、一番の隙を曝したのはパチュリーだった。

 

「っ!?」

 

 パチュリーが気付いた時には既に『獣』は間合いの中。その太く強靭な腕を振りかぶっている。

 

「パチェ!?」

 

 レミリアがパチュリーの元へと急ぐが、その腕はもう振り下ろされている。『獣』の一撃がパチュリーを押し潰す……そうなる前に、活歩で一瞬の間に割り込んだ美鈴が攻撃を逸らし、カウンターの肘を叩き込んでいた。

 

「ぐ、ううぅ……!?」

 

 だが、堅い。そのカウンターは美鈴の全力を以って打ち込まれたものだ。彼女の全力は分厚い鉄の板すらも容易く貫通する。だというのに、その渾身の肘は『獣』を押し戻すことは出来たが、さしたるダメージを与える事は出来ていなかった。

 『獣』は美鈴を睨む。邪魔をするならば、諸共にその命を散らそうと再び踏み込む。

 

「二人から離れろ、ケダモノがぁッ!!!」

 

 しかし、今度はレミリアの爪が『獣』の顔面に入り、体を弾き飛ばす。この攻撃は通ったのか、『獣』は数メートル押し戻され、その頬には深い切り傷が出来、血がダラダラと流れる。

 レミリアは舌打ちをする。手が痺れているからだ。全力の一撃。通常ならば今の一撃で相手の頭部がどこかへ吹き飛んでいるのだが、これはつまり相手が尋常の存在ではないという何よりの証拠だろう。傷ももう塞がってしまった。

 レミリアは再び舌打ちをする。今の攻撃で打撃よりも斬撃の方が効果があると分かったのに、自分達の中でそれを行えるのが自分の爪しかなかったからだ。

 咲夜のナイフでは明らかに力不足。パチュリーの魔法に純粋な斬撃はない。何より先程の攻防で彼女の呼吸はかなり乱れている。それだけ致命的に追い詰められたのだろう。美鈴には感謝しかない。

 

 どうするか。レミリアはそれを考えながら『獣』の周囲を超高速で動き回りながら攻撃を仕掛ける。やはり打撃はあまり効果が無く、魔力による弾幕も同様。爪による斬撃は有効。分かったことを咲夜に伝える。

 咲夜はレミリアの意図を察し、時を止めて移動。横島達の所へと一瞬でたどり着く。

 

「咲夜さん!」

「話は後よ。あのケダモノについてお嬢様が調べてくれたから、何か対策を考えないといけないの」

 

 咲夜は手短に『獣』に効きそうな攻撃手段を伝える。それを聞いた皆は一様に難しい顔をした。あの『獣』を斬る事が出来る者。それは魂魄妖夢を措いて他に居ない。ならば紫のスキマで妖夢を連れて来ればいいと意見が出たのだが、それを紫は難しいと言う。

 

「妖夢が今どこにいるのかが分からなければ、すぐに連れて来る事は出来ないわ。あの子だって四六時中同じ場所に居るわけじゃないもの。ある程度の目星はつくけれど、探し回っている時間は……」

 

 紫が焦ったように早口で話す。そうしながらも視線は自ら生み出したいくつものスキマを覗いている。妖夢が居そうな場所をスキマで見ているのであろう。だが、彼女の様子から分かるようにそれらの場所に妖夢は居ない様だ。

 ならばどうする。先程の様に多人数で強力な術で以って一斉攻撃をしかけるか、だが『獣』のスピードは図体に反比例して驚異的なものだ。そう簡単には当たらない。そして、攻撃が外れれば隙を曝すのは自分達だ。

 いっその事紫が『獣』をスキマの中に閉じ込めてしまおうか、などという意見を出す。最悪の場合はそれも覚悟しなければならない。『獣』はそれだけの相手だ。あのレミリアですら徐々に追い詰められていく。

 

 焦りだけが空間を満たす。そんな中、横島が声を上げた。

 

「俺がやります」

 

 

 

 

「この……!!」

 

 レミリアは渾身の力で『獣』を殴りつける。爪は余りに酷使しすぎたせいか、ボロボロに砕けてしまった。爪の間からは血が流れ、殴る間に皮膚も破れていき、その拳を赤く染め上げている。レミリアと同じく美鈴も浸透勁を中心に攻撃を加えているが、内臓器官まで変質しているのか、効果は薄い。

 グングニルを放とうにもそんな隙はない。美鈴が時間を稼ごうにも一人では相手を出来ない。どうすればいい……!! レミリア達が心中で毒づく。

 

 二人が繰り出す打撃。それが三桁にも達しようとしたその時、突如背後から感じる恐ろしいまでに研ぎ澄まされた霊波。

 二人はそれに何かを感じたのか、瞬時に『獣』から距離を取る。次の瞬間、右腕に物質化した霊波の篭手を纏った横島が『獣』へと突っ込んだ。

 

「なっ――!?」

「横島さん!?」

 

 レミリア達は驚愕する。何故横島が来たのか。予想していなかったこととはいえ、何故()()()()()()()()()()()()()()。横島を止めようにももう遅い。横島は既に『獣』の間合いの中であるし、自分達は既に『獣』の間合いから離れてしまったのだから。

 

「横島ぁっ!?」

「横島さぁんっ!?」

 

 二人が声を張り上げる。逃げろと、死ぬなと。確かに今の横島は蓬莱人と化している。だが、それが何だというのか。大切な者が蹂躙される光景など、誰が好き好んで見たいものか。だと言うのに、目の前の現実は止まらない。自分達はこのまま横島がまたも殺される光景を見なければならないのか――。

 

 ――だが、目の前の光景は誰もが予想していなかった物へと姿を変えた。

 

 横島が右腕を高く掲げる。手首から先の篭手の形状が変化。それは翡翠の輝きを放つ霊波の刀身へと切り替わる。

 

 横島の意識は深く深く己の底へ。初めての弟子だと、彼女が少々はしゃぎながら自分に技を見せてくれたあの時を思い返す。

 その時の彼女の動き、その全てを。魂魄妖夢の斬撃を、ここに再現する――――!!

 

「断命剣……!!」

 

 右腕――霊波刀を大上段に構えた横島は、裂帛の気合と共にその名を宣言する!!

 

「――『瞑想斬』!!!」

 

 瞬間、閃きが走る。横島の霊波刀は誰もが気付かぬ内に振り下ろされ、数瞬の余韻が静寂に残る。

 

「グ……ォ」

 

 『獣』が呻く。踏鞴を踏み、数歩後ろへと下がる。そして――。

 

「グゥゥォアアアアァァァ!!?」

 

 『獣』の胴が、正中線上に裂けた。噴き上がる血液に、ようやく皆が横島が『獣』の肉を割いたのだと理解した。だが、()()()

 

 爆発呼吸と共に震脚。重々しい音が響き、地の力が一切のロス無く集約されてゆく。

 霊波刀は既に拳へと戻り、装甲の亀裂から溢れる霊波は全て拳ただ一点に集中。繰り出すはかつてその身に受けた美鈴の必殺の一撃。目指すは一点、裂けた胴から覗く()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

「撃符!!」

 

 横島の拳が優曇華の木に突き刺さる。渾身の発勁。翡翠の霊波が爆発するかの様にその威力を遺憾なく発揮する。

 

「――『大鵬拳』ッ!!!」

 

 その宣言と共に、衝撃が『獣』の体を突き抜ける。それは『獣』の体を吹き飛ばし、優曇華の木を完全に打ち砕いた。

 『獣』はそのまま勢いのままに地を転がり、やがてうつ伏せの体勢で動きを止めた。『獣』はピクリとも動かない。

 

「……終わった、のか?」

 

 横島の隣まで来たレミリアがぽつりと呟く。その姿は中々に痛々しく、衣服はぼろぼろになっている。横島はレミリアの問いには答えない。否、答えられない。彼の霊感はまだ警鐘を鳴らしていたからだ。

 

「……今度は何だ?」

 

 最早死んだと思われた『獣』だが、またもその姿が変容していく。不愉快な、生理的嫌悪感を催す音を立て、『獣』だったモノは姿を変えた。

 

 その姿は――――。

 

 

 

 

 

 

第三十四話

『剣と拳』

~了~

 




お疲れ様でした。

今回登場したハンズオブグローリー・プラスの詳細やらレミリアより速い横島の移動術の詳細はまた後の話で出てきます。それまでお待ちください。


ちなみに横島が叫んだ『天丼』とはお笑い用語の一つで、同じネタを繰り返すという意味があります。食べ物の方の天丼には海老天が二本乗っているのが語源だとか何とか。


それから『咲夜の世界』ですが、これは原作ゲームではそのまま咲夜の世界という名称です。
でも儚月抄で咲夜が『私の世界』って言ってたしなーと思い、どうせだから混ぜちゃえ! となってああなりました。


次回、無駄にしぶとい『男』が何かこう、キモいというか生理的に受け付けないというか、あの……冒涜的? って言うの? 何か外の宇宙とかそんな……とにかくなんかそんな感じの何かアレな姿を見せる!!(ドンッ!!)

それではまた次回。

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