東方煩悩漢   作:タナボルタ

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Q,東方煩悩漢にヤンデレは存在するんですか?


……答えはあとがきで!!


……初のヤンデレキャラって誰だろう。


第四十九話

 

 夕方の赤い陽光が差し込むゲストルームにて、紫はその意識を自らのスキマの中へと移していた。

 椅子の足の下にカーブ状の板が付いているタイプの安楽椅子に深く腰掛け、ゆらゆらと揺られながらお昼寝をするのが最近の紫のお気に入りだ。

 その姿を見たレミリアからは「ババくさい」と言われて心に深い悲しみを背負ったものだが、横島には「紫さんの見た目と相まって、何かお人形さんみたいで可愛いっすよ!」と褒められ、機嫌はすぐさま回復した。その時の紫の様子は、外見年齢通りの可憐な少女のようであったという。

 

「……」

 

 紫がスキマに意識を移してからどれだけの時間が経ったのだろうか。彼女が現在行っているのは、今朝に掴んだ横島の世界に繋がる糸を辿っていく作業である。

 何分遠い遠い世界のことだ。距離も然る事ながら、横島の元々いた世界はこの世界よりも上位に位置する世界である。神魔の支配が強い世界というのはつまり、外界からの接触にも強い世界ということでもある。だからこそ紫は慎重に、ゆっくりと糸を辿っていく。

 

 一定の距離を辿ってはそこに印を付け、それをずっと繰り返し。やがて陽も完全に落ちるだろう頃、傍らに佇む存在に気が付き、紫はその意識を身体へと戻した。

 

「……どうしたのかしら、永琳。じっと私の顔を見ていないで、声を掛けてくれれば良かったのに」

「いえ、邪魔するのもどうかと思ってね。一区切りが付くまで待ってようと思ってたの」

 

 紫の恥ずかしそうな台詞に永琳は苦笑を浮かべ、一応の言い訳を述べる。紫からすれば寝顔(のようなもの)を見られていたようなものなのだが、ここでそれを言うのも何だか恥ずかしい。結局、紫は小さく溜め息を吐くに終わり、永琳に用件を尋ねる。

 

「それで、一体どうしたの? 私に何か用なのかしら?」

 

 紫の疑問に永琳は答えない。いや、答えないというよりは口にするのを躊躇っているようにも見える。やがて永琳は心が決まったのか、ようやく口を開く。

 

「……今更でもあるし、言い方は悪いんだけど……随分と熱心に彼の世界を探しているな、と思ってね」

 

 その永琳の言葉に、紫は彼女が何を言わんとしているのかを理解した。確かに紫を知っている者からすれば、今の彼女は余程おかしく見えていることだろう。しかし、それは永琳も承知している。紫が横島に親身に接する理由。そして、その理由は永琳も()()()()()()()()

 

「……当然です。彼がこちらに墜落してしまったのは私のせいでもある。ならば、彼を元の世界に還すのは私の役目。幸い彼の世界への糸も掴んだことだし、少しでも早く彼の世界に辿り着こうとするのはおかしなことではないと思うのだけれど……」

 

 永琳の疑問に対し、紫も彼女に違和感を抱えながらもそう返した。紫のその言葉に永琳は神妙に頷いている。その姿に紫は疑問が浮かぶ。先程の考えは勘違いだったのか、と。

 

「……横島君」

「……?」

 

 不意に、永琳がぽつりと呟く。

 

「……横島君は、心に相当の闇を抱えている。けれど、彼はそれに負けることなく、逆に明るい姿を私達に見せている。……でも、だからこそ彼の中でその闇はどんどんと強くなっていっているのかも知れない」

「……急にどうしたの?」

 

 突然話題を変える永琳に、紫は彼女を訝しく思う。意図は不明だが、それでも永琳の言葉の意味は分かる。()()()()()()()()()()()()は、確かに永琳の言う彼が抱える闇の大きさを物語っていた。だからこそ、紫は横島の闇を少しでも払おうとしている。

 

 紫も永琳も、横島の幸せを願っている。

 紫にとって横島とは、歴代の博麗の巫女や古くからの友人である幽々子以外で彼女が関心を持った例外とも言える人間だ。色々と困った部分もある人物だが、それでも彼は紫の好意に値する少年でもある。

 永琳にとってもそれは同様だ。紫と同じく横島が幻想郷に墜落した原因でもあるし、何よりあの『男』との一件で永琳の中で“横島忠夫”という少年への執心は一気に強まった。

 

 紫は横島の幸せを願い、行動している。

 永琳も紫と同じく横島の幸せを願い、彼のケアを行っている。

 紫も永琳も、共に願う横島の幸せ。――――しかし。

 

 紫が考える横島の幸せと、永琳の考える横島の幸せ。2人が考える彼の幸せには、()()()()()()()()()()()――――。

 

 

 

 

 

 

 

第四十九話

『笑顔』

 

 

 

 

 

 

 

 慧音の家でまったりとした午後を過ごした横島達一行。一部険悪な時間も存在したが、今では蟠りも解け、皆で談笑している。

 現在盛り上がっているのは“赤蛮奇に何をやらせるか”という議題だ。……本当に蟠りが解けて談笑していたのだろうか。疑問は尽きないが、一応内容は可愛いものだった。

 

「紅魔館でしばらくメイド生活というのはどうでしょうか?」

「寺子屋で赤蛮奇せんせーになるのはどうかな?」

「永琳の薬の臨床実験に協力するとかはどうだ?」

「勘弁してください……」

 

 妹紅達の提案に赤蛮奇はげんなりとした様子で返答する。どれもこれも赤蛮奇には辛い提案だ。

 赤蛮奇は頭が悪いわけではないが、それでも人に何かを教えられるだけの学は持っていないと自覚しているし、八意永琳という噂のマッドサイエンティストの実験台などもってのほかだ。故に挙げられた案の中で一番マシなのは紅魔館でのメイド生活だが、聞けば自分が傷つけた相手はその紅魔館の執事だという。……正直色々と漏らしてしまいそうなほどに恐ろしい。

 

「……いや、待てよ?」

 

 しかし、ここで赤蛮奇が自分で自分に待ったをかける。彼女は思い出したのだ。横島や妹紅達、そして影狼に対して謝罪をした時の気持ちを。

 私は紅魔館の執事に怪我を負わせた。既に怪我は治っており、本人にもその恋人達にも許してもらえた(?)。……しかし、横島の雇い主であるレミリアに何の誠意も見せないのは問題がある。――ならば、メイドになるべきではないのか?

 

「――――私はメイドになり、紅魔館の主、レミリアに誠意を示さなければならないのではないか……?」

「何か変な方向に考え過ぎてないかな?」

 

 どこか遠くを見ながら決心を固めようとする赤蛮奇に、影狼のツッコミが入る。……その効果はあまり無かったが。

 

「んー……もうそろそろいい時間だし、赤蛮奇ちゃんがその気なら一緒に紅魔館に行くか?」

 

 横島は時計を見ながら赤蛮奇に問い掛ける。時刻はそろそろ午後6時になろうかといったところ。今から帰れば夕飯の時間までには帰れるだろう。横島は「それともどこかで夕飯を食べてからがいいかな?」と追加で問うが、赤蛮奇としては悩むところだ。

 出来るなら早めに紅魔館へと赴き、そしてレミリアにメイドになる旨を伝えたほうが良いのだろうが、この中途半端な時間がそれを躊躇わせる。紅魔館には数多くの者が住んでいる。今の時間帯から押しかけるのは色々と迷惑なのではないだろうか? 特に夕飯が近いとなればなおさらだ。

 

「そんな気にしなくてもいいと思うけどなー」

 

 横島は呑気なことを言うが、赤蛮奇の認識ではそうもいかない。何せ相手はかつて幻想郷全域に異変を起こし、更にはその異変が外の世界にまで及びそうになった程の存在である。つまりは、それだけレミリアが一般の妖怪達に恐れられているということだ。

 唸りながら悩みに悩む赤蛮奇をよそに、横島達は彼女のこれからの行動を勝手に決めることにする。

 

「どうする? もう赤蛮奇ちゃん連れて帰っちゃうか?」

「あまり長居するのも悪いですしね。そうしましょうか」

「そういうのは気にしなくてもいいんだがなぁ」

 

 独り身の慧音としては今のように賑やかな状態が恋しくなることもある。なので騒がしいのは嫌いでないし、他人に迷惑を掛けないのであれば大歓迎であるのだが、流石に何の連絡も無しに押しかけてそのまま長居し続けるのは横島達の良心が痛む。横島達は慧音の言葉を嬉しく思うが、それでも今回は遠慮することにした。

 

「……あ、何なら慧音の方が紅魔館に来たらいいんじゃないか? ……阿求もどうだ?」

「ん、それは……」

「私もですか?」

 

 妹紅からの提案に慧音達は悩む。赤蛮奇ではないが、今の時間に紅魔館に向かうのは中々に悩む所だ。

 慧音はちらりと隣の阿求へと目線をやる。彼女も中途半端な時間に悩んでいるようだが、そわそわと身体を忙しなく動かしていることから行ってみたくはあるようだ。

 阿求のそんな姿を見た慧音は軽く息を吐き、妹紅に了承の意を返す。またもアポ無しでの訪問となるが、レミリアは細かいことは気にしないタイプであるし、問題は無いだろう。レミリアの厚意に甘えるばかりになるのは問題だが。

 

「今の時間帯なら、泊りがけの方がいいんじゃないかな?」

「え、お、お泊りですか? どうしましょう、家への言い訳は『友達の家に泊まる』で大丈夫でしょうか? あながち間違ってるわけではありませんし……」

「……何か恋人との初エッチの言い訳みたいっすね」

「コラ」

 

 阿求の言葉に何故か煩悩が湧いた横島は慧音に思いついた下ネタを慧音に小声で話す。当然慧音に頭突きをされたわけだが、横島の顔は安堵に緩んでいた。……煩悩の発散も兼ねていたのだろうか。

 

 それから数十分後、家へと外泊の許可を取ってきた阿求を連れ、横島達は紅魔館への空を飛ぶ。その内訳は横島と恋人達で4人、そこに慧音・阿求・影狼・赤蛮奇が加わり、倍の8人に。ちなみに阿求は空を飛ぶことが出来ないので慧音が抱えている。慧音に抱えられているとはいえ、空を飛ぶという滅多に出来ない体験に阿求は眼をキラキラと輝かせ、しっかりとメモを取る。

 

「何か職業病みたいだな」

 

 とは横島の談。

 

 

 

 

 

 

 さて、時間は少々遡り、陽もそろそろ傾きだす紅魔館の中でチルノは暇を持て余していた。

 大妖精にルーミア、リグルにミスティアもチルノの誘いに乗って紅魔館に遊びに来たのだが、相変わらずレミリアを前にすると彼女達が大変に萎縮してしまうので遊ぶに遊べないのだ。

 他の者より多少仲が良いと言える文もはたてと一緒に妖精メイド達への取材に掛かりっきりであるし、レミリアも大妖精達の様子を見て愉悦の表情を浮かべているので話しかけ辛い。何とも大人げの無い姿だが、いつまでもレミリアに怯えて彼女を喜ばせる大妖精達が悪いのだ。(暴論)

 

「レミリアー、いつまでも大ちゃん達で遊ばないでよー」

「ふふふ、すまんな。私に怯える姿が余りに可愛らしくてなぁ……」

 

 このままでは面白くないと、不貞腐れたように唇を突き出しながらのチルノの言葉に、レミリアはとっても邪悪な笑みで答える。悪魔の本領発揮と言ったところだが、やっていることは余りにも小さい。

 

「大ちゃん達も、レミリアを怖がり過ぎだよ。あたいみたいにもっとどっしりと構えなくちゃ!」

「無茶言わないでよぉ……」

「というかどうしてチルノは対等に話せてるのさ……」

 

 チルノの指摘に大妖精は涙目になり、リグルは疲れたように溜め息と共に言葉を吐き出す。それに対してチルノはきょとんとした表情を浮かべている。

 

「どうしてって、何が?」

「……レミリアさんが怖くないの?」

「レミリアの魔力が凄くて、私はヒザをついてやり過ごす以外になかろうなのかー……」

 

 ミスティアは純粋にレミリアが怖く、ルーミアはレミリアの魔力に当てられてあまり動き回ることが出来ないようだ。その事実に困惑してか、ルーミアの台詞がよく分からないことになっている。

 

「つまり……みんなはレミリアが怖いの?」

 

 チルノは大妖精達の様子からそれを読み取り、本人の前でストレートに問い掛けた。これには皆大慌てだが、まあ元々レミリア本人が彼女達を率先して怖がらせているし、ミスティアも本人がいる前でチルノに「怖くないの?」と聞いているので今更ではあるのだが。

 

「ふむ……しかし私も気になるな。チルノは私が怖くないのか?」

「え? 全然」

 

 レミリアの問いにチルノはあっけらかんと返す。その答えに大妖精達は背筋が凍りつかんばかりの思いだが、レミリアは特に気にせず、胸中に浮かぶ疑問を解消するために更にチルノに問い掛ける。

 

「んー……何故怖くないんだ?」

 

 チルノの答えには純粋に興味がある。果たしてこのお馬鹿な妖精はどんな答えを返してくれるのか。

 レミリアの期待も知らず、チルノはただ当たり前のようにその言葉を口にする。それは、チルノ以外のその場の誰もが想像もしていなかった答えだ。

 

「だってあたいとレミリアって友達でしょ? 友達を怖がるやつはいないよ」

「……ほう、なるほどな」

 

 チルノの言葉に、レミリアは眼をまん丸と開いて頷いた。チルノに自分を友達と呼ばれたのが意外だったのだろうが、レミリアよりも、大妖精達の方が受けた衝撃は大きかった。

 確かにレミリアに対するチルノの振る舞いは友人のそれと言えるだろう。互いを名前で呼び、対等に言葉を交わし、不満を漏らす。なるほど、確かに友達と言えるだろう。チルノの豪胆さに、大妖精は気が遠くなりそうだ。

 

「名前を呼び合ったら友達だって漫画に描いてあった!!」

「何でもかんでも漫画を鵜呑みにするんじゃない。……まあ、私は構わんがな」

 

 何とも頭の悪いことを仰るチルノの頭を、レミリアは苦笑しながらもわしわしと撫でる。その姿は友人というよりは姉貴分と呼んだ方が自然に思えてくる。しかし、どうやらレミリアもチルノも互いに満更でもない様子。そんなレミリアの姿に大妖精達はその表情に戸惑いを浮かべる。

 

「ふふ、お友達のチルノに遊べと言われれば遊んでやらんとな。どうする? 夕食までまだ時間もあるし、トランプでもするか?」

「するー!!」

 

 周りの困惑も知らず、2人は仲睦まじげにじゃれ合っている。いや、じゃれ合うと言うよりはチルノが一方的にじゃれついているようなものなのだが、それはともかく。この場にはそんなシーンを見せ付けられては黙っていられない者が存在する。

 

「……わ、私も混ぜてくださーい!!」

 

 大妖精だ。仲の良い2人の姿を見ていると、何故か胸がざわつき、苦しくなってくる。これは嫉妬心から来るものだということに気付いているが、彼女にはこの気持ちをどうやっても抑えることは出来ない。チルノの1番の友人――親友は自分なのだ。

 大妖精は負けてなるものかと、チルノとの仲を見せ付けるかのようにチルノの腕に抱きつき、トランプへの参加を表明する。

 

「いいだろう……。ふふふ、この私に勝てるかな……?」

「ま、負けませんからね……!! 絶対に負けませんからね……!!」

「その意気や良し!! さあ大ちゃん、トランプタワーで勝負!!」

「うん、チルノちゃ――トランプタワー!?」

 

 チルノが指定したまさかの勝負内容に驚きを隠せない大妖精。細かいことを気にしないレミリアはそれを快く了承し、ついでとばかりにリグル達残りの3人も誘う。先程のショックが抜け切っていなかった3人であるが、チルノや大妖精の勢いに負け、戸惑いながらも参加した。

 それは、非常に楽しい時間だったと言えるだろう。始めの頃は競い合っていたのだが、途中から大妖精がチルノのトランプタワー建設を手伝ったのを皮切りに、何故か皆で協力して大きなトランプタワーを作ることになった。

 協力、失敗、挫折、叱咤、激励、再起、皆の心を1つにし、そしてやがて完成の時を迎える。

 155枚のトランプを使ったタワー。それは10段のタワーでしかないのだが、彼女達は満足していた。何度も失敗し、時には泣きそうになりながらもやり遂げた作品だ。普段恐れていた相手と協力し、対等に語り合いながら作り上げたのだ。感慨も一入だろう。

 気付けば作り始めてからかなりの時間が経っており、いつの間にか文にはたて、椛といった天狗の3人も妖精メイド達と共に集まってきていた。文とはたての2人は自前のカメラで写真を撮りまくっている。バシャバシャという音とフラッシュが少々鬱陶しい。

 

「いやー、中々立派なトランプタワーですねー!! 私はこういう細かい作業って苦手なので尊敬しちゃいますよー!!」

「ああ、ありがとう。だからあまりこっちに近付くな羽根を動かすな風を起こすな殺すぞ貴様ァッ!!」

 

 大妖精達にとって「ぎゃおー!!」と文に威嚇するレミリアの姿は、今までならば恐怖の対象になっただろう。しかし、今は可愛らしいものに見える。タワーを崩さないように魔力も放出していないし、何とも単純なことだが、これもトランプタワーによって親交が深まったおかげだろう。

 

「ふう、まったく……それで、どうかしたのか? 私達に何か用でもあるのか?」

「ああ、そうでした。横島さん達がお帰りですよ。何やらお客さん達もいるようです」

「客……?」

 

 文の言う客にレミリアは首を傾げる。横島が向かったのは人里の慧音の家だ。ならばその客とは慧音のことだろうが、お客さん“達”とはどういうことだろうか。人里で誰か拾ってきたのだろうか。

 そうやってレミリアが考えていると、複数人の足音が近付いてくるのが聞こえた。これが横島達だとすれば、明らかに数が多い。倍の人数はいるだろう。パーティでもないのに紅魔館に来たがるような人物が多く存在するとは思えないが……。

 やがて足音は部屋の前で止まり、ドアがノックされる。優しくも少々強いノックが4回。これは横島のノックだ。

 

「入りなさい」

「失礼しまーす。お嬢様、ただいま帰りましたー」

 

 ドアを開けながらの挨拶に執事らしさは皆無。だがレミリアは横島のこの奔放さを気に入っているので咎めることはない。代わりについてきた妖精メイドに「駄目なんですよー」と怒られているのだが。

 

「お兄さんだー!」

 

 部屋に入ってきた横島に、いの一番にチルノが駆け寄っていく。チルノは横島によく懐いており、横島が帰ってきたときにはこうなることは皆も予想がついていた。しかし、彼が帰ってくるタイミングと、チルノの位置は予想しようもなかった。

 チルノがいた位置はトランプタワーのすぐ隣。チルノが駆け出したことによって発生した振動が、トランプタワーを揺らす。他の皆が気付いた時にはもう遅い。哀れ、トランプタワーはバサバサと崩れていってしまったのだ。

 

「あああぁーーーーーー!!?」

「た、タワーが!!?」

 

 絶望の叫びを上げる大妖精とリグル。その惨状を知り、ルーミアとミスティアも、そしてレミリアまでもが頭を抱えて叫びを上げる。

 

「ウェ!? 何!? 何がどうしたの!!?」

「え、あ、あーーーっ!? 皆で作ったタワーが!!?」

 

 突然の事態に横島は当然ついていけず、皆の様子から何か尋常でない何かが起こったのだとしか判断することが出来ない。よく見れば、部屋の中央付近に大量のトランプが散らばっているのが見える。どうやらこれが関係しているようだ。

 

「チルノちゃん!! せっかくみんなで作ったのに、どうして崩しちゃうのー!!?」

「ご、ごめんなさーい!!」

 

 大妖精がチルノに詰め寄り、涙目でポカポカとチルノを叩く。チルノにとって大妖精にそんなことをされても痛みはほとんどないのだが、それよりも心が痛かった。皆で頑張って、協力して作り上げたタワーを自分が崩してしまったのだ。チルノの胸が痛みを上げる。チルノはしょんぼりとした様子でリグル達の元へ行き、精一杯頭を下げる。そんなチルノに声を掛けるのはレミリアだ。

 

「……いや、これは仕方ないさ」

 

 見れば、レミリアは天井を見上げ、照明の眩い光を一心に見つめている。それに何の意味があるのかは不明だが、何となく口を出しにくい雰囲気だ。

 

「形有る物はいずれ壊れる……。こんな部屋の真ん中にトランプタワーを立てたのも原因の1つだし、そもそも後で崩さなければならなかったんだ。ただ、それが早まっただけのことなんだよ……」

 

 何だかとても深刻な雰囲気を撒き散らしているが、崩れたのはトランプタワーだ。確かに皆で作り上げたものが崩れたのだからレミリア達が真剣に話すのは分かるのだが、それを傍観している横島からすれば「何でこんなに真剣な雰囲気なんだろう」と戸惑ってしまう。

 横島は散らばっているトランプに眼をやり、よしと呟いた。

 

「レミリアさん……!!」

「レミリア……!!」

「お前達……!!」

 

 いい感じに盛り上がっているレミリアとチルノ達。今は皆がレミリアに抱きつき、まるで青春ドラマのワンシーンを髣髴とさせる場面を繰り広げている。文もはたても新たなネタとシャッターを切り、その美しくも熱い一瞬を切り取っている。

 そこに掛けられるのは、横島の声。

 

「お嬢様ー、チルノちゃーん?」

「ん、どうした横し――――ッ!?」

 

 横島の声に導かれ、視線を彼へと向ければあら不思議。彼の傍らには、先程崩れ去ったはずのトランプタワーの姿が!! しかも、レミリア達が作ったものよりも数段綺麗になって!!

 

「いやー、何かよく分かんないすけど、トランプタワーが崩れたのがケンカの原因なんすよね? とりあえず作り直してみたんすけど……」

 

 横島の言葉にレミリア達は一言も発さない。それどころか膝を着き、打ちひしがれるように床に手を着く。

 

「私達の……数時間の結晶を……」

「ほんの数分で……」

「ありえない器用さなのかー……」

「ど、どうしたの!? 何で落ち込んでんの!?」

 

 良かれと思って行動した結果、横島はみんなを落ち込ませてしまうことになったのでした。これにははたても苦笑いをし、椛は大きく溜め息を吐いて首を振る。文だけは変わらずにシャッターを切りまくり、この混沌とした空間を写真に収めまくるのだった。

 

「……もう入ってもいいのかな?」

「多分大丈夫だと思うけど……」

 

 ちなみに、部屋の外では展開にまるでついていけていない妹紅達がずっと待機していた。1度入室するタイミングを失ってしまったせいか、未だに入る決心がつかない。今入っても、何だか面倒なことに巻き込まれてしまいそうだからだ。

 夕飯まであと少し。それまでに皆が元気を取り戻すことを願う。

 

 

 

 

 楽しかった夕飯も終わり、チルノ達は阿求やフランも誘い、揃って風呂へと突撃していった。その際にチルノが「お兄さんも一緒に入ろう!!」と言ったことでちょっとした騒ぎになったのだが、それは置いておく。

 赤蛮奇はやたらと気合を入れて影狼と共にレミリアの元へと赴き、メイドとして働く旨を伝えに行っている。その際何としても生きるようにと「死ぬには良い日だ」と呟いていたのが印象的だ。死ぬには良い日など、死ぬまでない。これは必ず生き残るという気概を表した言葉なのだ。……だが傍から見ればそれはもうそのままの意味にしか聞こえない言葉であり、彼女が放つ悲壮感や気負いといったものが死を前に覚悟を決めた戦士のように見え、妖精メイド達は敬礼で赤蛮奇達を見送った。もしかしたら今頃夜空と流れ星を背景に、いい笑顔を浮かべているのかもしれない。

 

 そんな賑やかな紅魔館の中で不意に1人になってしまった慧音は、丁度良いとばかりに紫と永琳がよくお茶をしているゲストルームを訪れた。彼女が妹紅の誘いに乗ったのも紫達と話すことが目的であり、その内容は横島についてだ。

 あの時、元の世界に関する話が出た時の彼の様子はどことなくおかしかった。それについての報告をする為に、慧音は紅魔館へと訪れたのだ。

 ゲストルームの前に立った慧音は、ゆっくりとノックをする。ややあって中から返事があり、慧音は静かに部屋の中へと入る。

 

「失礼する……ん、紫だけか。永琳はいないのか?」

「別に彼女といつも一緒にいるわけではないのだけどね。……永琳に用なの? 呼んできましょうか?」

「いや、それには及ばないさ。確かに永琳にも聞いてほしいことではあるが、一先ずは大丈夫だと思う」

 

 慧音の言葉に納得すると、紫は慧音にソファを勧め、スキマから紅茶のポットを取り出し、2人分のカップへと注ぐ。慧音は差し出されたカップを受け取り、一口飲んで気分を落ち着けてから本題へと入った。

 

「……本当に、横島君がそんなことを?」

「ああ。私も驚いたよ。以前は帰りたそうにしていたのに、あんなことを言い出したからな」

 

 慧音は横島が言ったことをそのまま紫へと語った。“向こうにはもう戻れない”“こっちで幸せになれるように”……。

 紫はそれを聞き、深く考え込む。横島は元の世界に帰りたがっていた。確かにこちらの世界に来てかなりの時間が経過しているし、妹紅やフランという恋人達が出来た。それは確かに心変わりの理由になりえるだろうが、いくら何でも急過ぎる。何より、横島は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは絶対に帰りたいというわけではなかった。帰ることに積極的でなかったことは確かだ。それでも、帰るという意思はずっと持っていたのだ。では、一体何故急に彼が心変わりを起こしたのか。

 

「……」

 

 横島が心変わりをする理由を挙げては消し挙げては消し、何度もそれを繰り返し。いつしか彼女の脳裏には()()()()()()の顔が浮かんでいた。

 はたして、あれが今回の理由に繋がるのだろうか? 確かにあの時の表情にはそれだけの暗さが伴っていたのは確かだ。しかし、何かもっと別の事柄が係わっているようにも思える。

 

「横島君……」

 

 紫は小さな唇を震わせ、幸せを願っている少年の名を呟いた。あの時の彼のことを、思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 ――――蓬莱人は、子供を作れますか……?

 

 

 その問いの答えは否だ。蓬莱人は子供を作ることは出来ない。その答えを聞いた横島の脇腹(トラウマ)の傷からは鮮血が溢れ、双眸からは涙が零れ落ちる。

 静かに嗚咽する横島の姿に、紫も永琳も悲しげに顔を歪める。だが、それもほんの一瞬の間だけ。次の瞬間には、2人の顔は驚愕に染まった。

 

 横島は泣いている。どうしようもない悲しみの中に沈み、止め処なく涙を流し続ける。

 

 ――――自分では、ルシオラをどうやっても幸せにすることは出来ない。子供として愛してやることも出来ない。

 

 その事実に、彼の心は軋みを上げる。それこそ、()()()()()()()ルシオラを幸せにしてやることが出来ないのだ。

 

 横島はどこまでも悲しくて悲しくて、涙を流す。どこまでも悲しそうに、苦しそうに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――しかし、どこまでも嬉しそうに。

 横島は心の底から悲しくて、嬉しくて、狂笑(わら)っていたのだ。

 

 ()()()()()()()()()、ルシオラは横島の中で()()()()()()()

 それは、永遠を生きる蓬莱人にとっては――――。

 

 

 

 

 

第四十九話

『笑顔』

~了~

 




A,東方煩悩漢にヤンデレが存在するとしたら、それは横島君になります。

はい、煩悩漢での横島君は実はそういうキャラでした。
ですがこれはヤンデレというか……もっと別の何かのような気がしますが、多分ヤンデレで合ってます……よね?

女の子のヤンデレは……ヤンデレというほど病みそうにないのでヤンデレとは言えないですねぇ……。
それっぽい子はいますけど……。

それではまた次回。

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