東方煩悩漢   作:タナボルタ

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職場の冷房がぶっ壊れ、毎日熱中症になりそうになりながら仕事をしてました……。
こうして体験してみると、工事現場とかで働いてる人達って凄いんだなーって思います。直射日光バリバリのところで毎日働くとか、私には出来そうもありませんわぁ……。


第五十三話

 

 メディスンと一緒に無名の丘から太陽の畑に帰って来た横島達一行は、横島の提案で記念写真を撮ることにした。メディスンは「ひまわりは嫌いなんだけどなー」と渋る様子を見せていたが、幽香に抱き上げられるとそんな事実は無かったかのように振舞いだす。

 どうやら元が人形だったせいか、誰かに抱えられるのが好きなようだ。抱き上げたのが人間だったならば話は別だろうが、幽香は妖怪。その条件はクリアしている。

 

「はたてちゃんのカメラってセルフタイマーはついてたっけ?」

「え、えーっと、どうだったかなー?」

 

 はたてはすぐ隣にいる横島を意識し過ぎており、自分のカメラの機能をちゃんと思い出せないでいる。ちなみにだが、はたてはセルフタイマーがどういった機能なのか理解していない。河童印のカメラなので一応搭載されてはいるのだが、彼女はそれを1度も起動させたことがないのである。

 

「仕方ないわね。私に任せなさいな」

 

 幽香ははたての様子に苦笑を浮かべると、指をパチンと弾き、能力を行使する。幽香の能力は『花を操る程度の能力』である。地面から突如として何らかの植物の茎が伸び、はたてからカメラを拝借した。

 

「撮影はその子に任せるといいわ。私達は一箇所に集まりましょう」

「……何かすげえシュールな絵面だな」

 

 はたてはいきなりカメラを奪われた驚きや植物がカメラを構えている姿に大口を開けて呆けており、その隣では横島がこちらに向かって手(?)を振る茎のシュールな姿に頬を引きつらせている。

 横島とはたてはチルノやメディスンに急かされて急いで皆の所へと向かう。横島をセンターに隣にはフランとはたて、背にはチルノ、端に幽香と彼女に抱えられたメディスン、反対側に大妖精だ。

 

「しかし、写真を撮るタイミングはどうするんです?」

「そうね……こうしましょうか」

 

 横島の問いに幽香は少々考えた後、茎を操作して空中に『3、2、1』と数字を書くことで解決した。……それは良かったのだが、やはりシュールな絵に変わりはなく、幽香とチルノ以外の皆の顔は引きつってしまい、何度も撮り直すことになった。他にも『1+1=?』や『はい、チーズ』などと書かれもしたのだが、最終的には横島が声を出すことで決着したのだった。

 

「健気に動く茎が可愛かったのに……」

 

 これは幽香の感想である。残念ながら賛同してくれる者は1人もいなかった。

 

 

 

 

「――さて、ここが太陽の畑で、ここが無名の丘、っと」

 

 記念撮影の後、横島は“妖精のメモ帳”に何事かを書き始める。気になったチルノやフランが覗いてみれば、そこには横島が描く幻想郷の地図があった。記されているのは紅魔館に霧の湖、人里、迷いの竹林、そして太陽の畑と無名の丘だ。しかし地図と言ってもメモ帳のサイズがサイズなだけにごく簡単なものであったのだが、それでも2人には自分で地図を描ける横島が凄い技術を持っているという感想を抱いたようで、2人して凄い凄いと口々に横島を誉めそやす。

 

「あ、ここから北の方に行けば博麗神社があるよー」

「博麗神社……霊夢ちゃんのとこだな」

 

 横島との会話にもようやく慣れてきたのか、はたては横から情報を提供する。はたてはフラン達よりは身長が高いとはいえ、それでもまだ背は低いほうだ。横島はそんな彼女にも地図を見やすいように腰を屈めている。こういう何気ない横島の優しさをはたては好ましく思う。

 

「そういえば、最近博麗神社が騒がしいって聞いたわね」

「そうなんすか?」

 

 幽香がメディスンを抱えたまま話の輪に入る。どうやら人里で聞いた話のようだが、ここしばらくの間、博麗神社から爆音が響いたり、閃光が走ったりしているらしい。その様子から日々弾幕ごっこが行われているようなのだが、それを確かめに行った者は誰もいないそうだ。

 ただでさえ博麗神社は妖怪の溜まり場と言われている。そんな場所に好き好んで赴く者はいないというわけだ。斯く言う幽香も「面倒」の一言で興味すら湧かなかったのだが。

 

「ふーん……行ってみるのもありかな? 霊夢ちゃんが何してるのか気になるし」

「そうだねー。またお腹空かせてなければいいけど……」

「私達は遠慮するけどね」

 

 どうやらフランの中では霊夢=空腹という図式が成り立っているらしい。博霊神社は色々な噂が蔓延っているせいで貧乏しているからあながち間違いなわけではないのだが、フランにまでもそう思われているとは何とも哀れなことである。

 今回の移動に幽香とメディスンは参加せず、2人でのんびりと過ごすようだ。花畑の中で戯れる少女と人形。何とも絵になりそうな組み合わせだ。

 

「うっし、次の目的地は決まったな!」

 

 横島は地図に博麗神社を描き加え、北の空を見据える。チルノや他のメンバーにも異存は無く、各々が久しぶりに霊夢に会うことを楽しみにしている。

 

「んじゃ行くか――――人里へ!!」

「えええぇぇーーーーーー!!?」

 

 横島はフェイントを披露した。一応ちゃんとした目的があるので問題は無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

第五十三話

『博麗神社で昼食を』

 

 

 

 

 

 

 

「――――ふっ!!」

 

 眼前に広がる幾重もの弾幕。それらを紙一重で回避し、霊夢は萃香へと肉薄する。弾幕による射撃戦とは思えないその距離、それは萃香の距離だ。

 萃香は霊夢の行動に獰猛な笑みを浮かべ、右拳を固く握り、音を置き去りにするかのような速度で繰り出した。真っ直ぐに突き出された拳から衝撃波が発生し、境内の木々を酷く揺らめかせる。しかし、それだけの一撃を放っていながら萃香の拳には何の手応えも無い。

 

「――――亜空穴!!」

「おおっとぉっ!!」

 

 萃香の直上から突如霊夢が急降下してくる。霊夢の必殺技の1つと言える、テレポートからの急降下キックだ。萃香はこの攻撃を読んでいたのか、余裕を持って受けきり、防御に使った腕を振るって霊夢を弾き飛ばし、距離を取る。

 

「ふう……最近は防がれてばかりね」

「そりゃあねぇ。毎日毎日こうして弾幕ごっこしてたら癖は覚えるよ。……近接戦はまだまだだしね」

 

 酒を呑みながらの萃香の言葉に、霊夢も否やはない。目の前の“鬼”は格闘のエキスパートと言える。力に頼った戦い方をしているように見えて、その実彼女は“技”に重きを置いているのだ。

 

「……それはそうと、今日はこれまでだね~」

「あー? 何でよ。私はまだまだ大丈夫だけど?」

 

 本格的に酒を呑み始める萃香に霊夢は鼻息荒く抗議する。そろそろエンジンが温まってきたのだ。ここでお開きにされては堪ったものではない。

 身体中から覇気を漲らせている霊夢だが、それも萃香が指差す方を見てしぼんでいってしまう。

 

「どうやら、お客さんみたいだしね」

 

 萃香が指差す先の空、そこには大きな荷物を背負った少年と、幾人かの少女の姿があったからだ。

 

「あれ? ……横島さんとフランと……チルノに大妖精に……あと誰だっけ?」

「文の同僚のはたてだよ……」

 

 接点が少ないとはいえ、完全に忘れ去られているとは可哀想なことだ。

 霊夢と萃香がそのようなやり取りをしている間に横島達は博麗神社にまで辿り着き、その重そうな荷物とは対照的に軽やかに挨拶をする。

 

「おーっす、久しぶりー」

「おっすー」

 

 右手を上げる横島に霊夢も右手を上げて返す。あまり会う機会がない2人であるが、こういう部分は似ているらしい。

 それはともかく、霊夢は挨拶もそこそこに横島が背負っている荷物に眼が釘付けになる。以前横島達が博麗神社へとやって来た時は、それはもう大量の食料を持ってきてくれたものだ。萃香とも挨拶を交わしている横島をそわそわと身体を揺らしながら期待の眼差しで見つめてしまうのも致し方がない。

 

「霊夢が野獣の眼光をしてる……」

「何それかっこいい」

 

 フランが霊夢をそう例えれば、チルノは霊夢をキラキラとした眼で見つめる。何とも平和な2人なのだが、そんな霊夢に見つめられるのは横島としても勘弁願いたいものだ。「大好き! 愛してる!!」というような視線ならばドンと来いと言えるが、「食い(もん)だ! 食い(もん)を寄越せ!!」という視線(ニラミ)では嬉しくも何ともない。

 

「アンタも大変だねえ」

 

 呵呵と笑う萃香に文句を言いたくもなってくるが、何せ相手は酔っ払い。きっと箸が転んでもおかしいと笑うだろう。まともな返事など期待出来そうもない。

 

「なんだいなんだい。ちょっと見た目が幼いからって馬鹿にしてー。私の方がずっと年上のお姉さんなんだよー?」

「いや、そりゃそうなんだろーけどさー……」

「そんなことよりその大荷物は何なのかしら?」

 

 互いに笑みを浮かべながらの軽口だったのだが、霊夢はいつまでも待っていられんと2人にずずいと迫りながらも横島に問う。その様子はさながら餌を前にお預けをされた犬が飼い主に迫る様に似ている。もし霊夢にしっぽが生えていれば、それはもうぶんぶんと振られていたことだろう。

 

「分かった分かった。……霊夢ちゃんの期待通り、食料だよ」

「横島さん大好き! 愛してる!!」

「なら食料が入ったリュックじゃなくて俺に抱きつくべきなんじゃないのか?」

 

 霊夢は眼をキラキラと輝かせながら横島に愛を叫び、食料が入ったリュックに抱きつく。彼女の視界に入っているのはただただリュックのみ。横島など視界の隅にすら入っていない。アウトオブ眼中ここに極まれり。

 

「ん~、良いのかい? 聞いた所以前もいっぱい食料を持ってきてくれたみたいだけど、これだけの量だとお金もそれなりに使ってるんじゃ……?」

 

 萃香はリュックに頬擦りしている霊夢をよそに、横島の裾を引きながら問い掛ける。萃香自身は困ったことはないのだが、人間には生活するに当たってどうしてもお金が必要である。巨大なリュックがいっぱいになるほどの食料を買い込めば、当然それなりの代金を支払わなければならない。

 

「ああ、いーのいーの。何かお店の人達が安くしてくれるんだよ。いつも人里で結構な量を買ってるからだと思うけどな」

 

 紅魔館はいつも大量に物を買い、きちんと即金で払う。店側からしたら紅魔館はお得意様であり、かなりの上客だ。そんなこともあってか人里に存在する数々の商店は紅魔館関係者に感謝の念を抱いており、おまけとして色々と都合してくれたり、代金を安くしてくれたりするのだ。

 

「いや、そういうことじゃないんだけど……まあ、本人が良いって言ってるなら良いか……」

 

 しかし結局の所結構な額を支払っていることには変わりなく、そのお金に関する話を振った萃香としては苦笑いが浮かんでくる。最後には横島の言葉で一先ず納得しておく事にし、次の話題へと移す。

 

「それで、急にこんなとこまで何の用なの? 食料まで買い込んできて、何か霊夢に緊急の用事があったとか?」

 

 萃香は瓢箪を傾けながら質問をする。行儀はよろしくないが、彼女はわりといつもこんな感じだ。横島も以前のパーティで彼女のキャラクターは把握しているし、今更その程度のことでどうこう言うほど規律に正しくもない。

 

「うんにゃ。今チルノに幻想郷を案内してもらっててさ。そのついでに立ち寄っただけだよ。食料を買い込んだのは……この神社って貧乏してるしさ、買っといた方が良いだろうと思って。あともうそろそろ昼も良い時間だし、こっちで昼食でも作らせてくれないかなーと思ってさ」

「誰が貧乏よ!! ……それはそうとお昼ごはんを作るなら私の分もよろしく!!」

 

 貧乏呼ばわりを怒ったり昼食を要求したりと忙しいことだ。横島はそんな霊夢に苦笑を浮かべ、分かってると頷いた。横島は元よりそのつもりであり、頭の中では霊夢が好みそうな料理をいくつかピックアップしている。

 

「んじゃ、台所をお借りしますよっと……。ところで、霊夢ちゃんはさっぱりとこってり、どっちが好き?」

「こってり!!」

「んじゃ量は多め? 少なめ?」

「大盛りで!!」

「あいよー」

 

 霊夢の脳内ではご馳走がいくつも舞っているのだろう。口端からよだれを垂らし、横島の質問に即答していく姿は中々に可愛い。意地汚いとも言えるが、食べたい盛りの貧乏少女にそれを言うのは酷だろう。

 

 ――――霊夢ちゃんはがっつり派。運動の後というのも加わって、食欲は普段以上だろう。見た目にも実際にも満腹になるものと言えば、やはり肉。俺の好みもあるけど、昼食は牛丼……それも焼肉牛丼で決まりだな。……俺は肉食わないけど!!!

 

 横島は霊夢に台所まで案内された後すぐに調理を開始する。リュックから取り出したのは咲夜から貰った愛用の調理道具。そして巨大なブロック肉だ。これは決して高い肉ではない。だが、その威容を始めて見た霊夢には、その肉がとても高級な肉に見えた。

 

「………………!!!」

 

 それほどの肉を惜しげもなく使う横島の姿に、霊夢の中の横島の評価が急上昇していく。何とも現金な話だが、食べたい盛りの貧乏少女故仕方がないのである。

 

「ところで、人数分の丼ってある?」

「え? え、ええ。そこの棚に入ってるわ。いつも宴会とかするから、お皿とかはいっぱいあるのよ」

 

 どうやら皆が持ってきてそのまま置いていっているらしい。別に困りはしないが、正直な所持って帰るのが面倒なだけというのが本音であろう。中にはかなり高級そうな陶磁器もあり、もし売り払えば6桁は容易いだろう。霊夢がそれに気付かなくて幸いであった。

 

「どこで食べる? やっぱ社務所の住居スペースとかそういうとこ?」

「あー、そうね。いっそのこと御座を敷いて外で食べるのもありだけど……」

「おお、それもいいな」

 

 横島は手際良く肉を切り分けながら霊夢に問う。当の霊夢は肉に夢中であり、少々適当な返事をしてしまうのだが、横島はそれを気にすることはなく、好意的に受け取っている。

 ちなみにだが博麗神社は拝殿、本殿、社務所が一体化した珍しい造りをしており、居住スペースも一緒になっている。敷地自体はかなり広いので、通常の神社建築のように分けて造った方が良いのだろうが、もしかしたら何か特別な理由でもあるのかもしれない。

 

「んじゃ外でみんなで食おうか? とりあえずもう少し時間が掛かるから、みんなとお話しておいで」

「んん、何か手伝わなくてもいいの? そりゃ楽が出来るし私としては助かるけど……」

「おお、大丈夫大丈夫。むしろこうやって料理してると異様に気分が高揚してきた。今の俺を止められる者は誰もいない……!!」

 

 何故か異様に気合が入っている横島に霊夢は少々引いてしまう。これは何を言っても無駄だと悟り、料理が出来たら呼ぶようにだけ伝えて早々に皆の所へと戻る。この時の横島の様子をフランに問えば、「お兄様、何か“わーかーほりっく”っていうのになったんだって」という答えが帰って来た。

 

「……何か意外だね。横島さんがワーカーホリックって」

「そうなの? お兄さんっていっつも忙しそうにお仕事してたような気がするけど……」

「あれ、そういえばそうだね……? 何だろう。それでもイメージに合わないよ」

 

 意外な話であるが、横島はワーカーホリックである。元々横島は痛い事も辛い事も嫌いな性質なので、楽して儲けたいと考えていたのだが。彼は紅魔館の生活によって変わってしまったのだ。

 掃除を頑張る。美少女達に褒められる。洗濯を頑張る。美少女達に褒められる。料理を頑張る。美少女達に褒められる。そんな毎日を過ごす内、彼は褒められることへの快感に酔いしれることになった。

 自分が頑張れば頑張るほど、仕事をすれば仕事をするほど美少女達に褒められる。横島はその快感の虜になったのだ。今では炊事洗濯掃除何でもござれと自信を持って言える。

 何とも健全なようで色々な意味で不健全な状態なのだが、雇い主は適度に休みをくれる。上司は自分以上のワーカーホリックであるし、お互いの努力によって休憩時間は増え、同僚達も不器用ながらもきちんと仕事をこなしている。

 

 ある意味、横島にとって天国とも言える職場だ。やはり彼にはこういった職が最も適していたのかもしれない。

 

 横島の意外な一面に驚きもしたが、昼食が出来るまでの時間をその話だけに費やすというのも癪だ。そういうわけで次の話題を提供したのははたてだ。次の話題は、何故霊夢は連日弾幕ごっこをしていたのか、である。

 

「ん……」

 

 その話題が出ると、途端に渋い顔をする霊夢。何か言いにくい理由でもあるのかとはたては考えたが、霊夢はあっさりとその理由を白状する。

 

「……変な奴に負けちゃってね。それで、次に会った時にはそいつをとっちめてやろうと特訓してたのよ」

「霊夢が、負けた……!?」

 

 思わず大きな声を出してしまうフラン。それほどまでに驚いたということだが、それは何もフランだけではない。言葉には出さないが、皆が同じ気持ちだ。“博麗の巫女”が負ける、というのはそれだけのインパクトがある。

 

「それでそいつが……その」

 

 霊夢はまだ言いたいことがあるようだが、それも煮えきらず、もごもごと口を動かすだけに留まっている。皆は無言で霊夢の続きを待つ。その言い知れぬ雰囲気に圧されたのか、霊夢は大きな溜め息を吐いた後、小さな声でこう言った。

 

「……そいつ、横島さんによく似てたのよ」

「――――っ!!」

 

 その言葉に、フランの脳内に()()()()()()がフラッシュバックする。知らず、拳を強く握り締める。

 

「つまり、お兄さんは霊夢よりも強かった!!?」

「あくまでもそっくりさんの話だからね、チルノちゃん!?」

 

 チルノは話をよく聞いていなかったらしい。さっきの緊迫した表情はなんだったのか。「やべえ、あたい、何も聞いてなかった」ということなのだろうか。

 大妖精に説明を受けるチルノ。だが、彼女の眼は大妖精ではなく、フランを捉えていた。何やら様子がおかしい。苦しげに眼を伏せ、唇を噛むその姿を見たチルノの胸に、何か重い物が宿る。

 

「……フラン、どうかしたの? お腹痛いの?」

 

 チルノは心配そうにフランへと近付く。フランは自分の状態を察して心配してくれたチルノに心が温かくなるが、その温もりもフランが抱く罪悪感の前には焼け石に水と言える。

 

「その、ただお兄様に似てた『男の人』なんだけど……」

 

 フランは自ら事情を説明しようとする。『男』のこと、横島のこと、その顛末を。しかし、そんなフランの肩を誰かの手が優しく触れて、それをやんわりと押しとどめた。

 

「私が説明するわ。多分、フランよりも詳しい話を聞いてるからさ」

「はたて……?」

 

 視線をやれば、そこにいたのは優しく微笑んでいるはたてがいた。彼女の手から優しさが伝わってくる。気を遣ってくれているのだ。確かに客観的事実を話すのならば自分よりも優れているだろう。フランはその厚意に甘えることにした。俯きながらもはたてとチルノの手をきゅっと握る。チルノは不思議そうにしていたが、それでも嫌がる様な事もせずにそのままでいてくれる。はたても微笑みを深め、フランの為に日傘を差してやる。

 2人の温かさと優しさに、フランの胸が少しだけ痛んだ。

 

「私も文から聞いたんだけどねー。実は――――」

 

 そうして『男』を巡る紅魔館、永遠亭の因縁を語りだす。当然、その中には妹紅と横島のことも含まれており、全てを話し終えた後には誰もが言葉を発さず、沈痛な面持ちで佇んでいる。

 

「……そっか。そういうことだったんだ」

 

 萃香は腕を組み、難しそうに唸りながら空を仰ぐ。自分が傷を癒している間にそんなことになっているとは思いもしなかった。既に異変が解決していたことは喜ばしいことではあるが、その内容は手放しでは喜べない。

 未だ親交の浅い間柄ではあるが、それでも横島は友人である霊夢がいつも世話になっている人物だ。そんな彼を襲った出来事には胸が痛む。

 

「横島さんは……大丈夫なんですか? えっと、その……色々と」

 

 大妖精がおずおずとはたてに問う。今日今まで見た限りではいつも通りの姿に思えた。しかし、もしかしたら自分が気付いていないだけで何か問題があるかもしれない。その問いにはたては首を横に振る。

 

「私も話を聞いた後レミリアとか永琳に色々問いただしてみたんだけど、特に変わりはないみたいなのよ。横島さん本人も肉が食えなくなったーって、そんな風なことしか言ってないし……まあ、多分()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは記者としての勘か、はたては何かを確信しているようだった。蓬莱人になったことで顕在化した、横島の内面。彼女達がそれを知る時は、もしかしたら近いのかも知れない。

 はたては大きく息を吐いた後、萃香と同様に空を見上げる。皆もそれに倣って晴れ渡る空を仰いだ。今の心境とは裏腹に晴れている空に、理不尽な怒りが湧いて来るようだ。これで曇っていたり雨が降ってきても気になっただろうが、それでも晴れよりはマシだったかも知れない。

 

「……お兄さ――」

「おーーーーーーい!! 霊夢ちゃーーーーーーん!! 肉だ!! 肉の丼が出来たぞーーーーーー!!」

 

 チルノが何かを言おうとした瞬間、それを遮るように横島の声が響き渡った。彼の声は何の暗さもなく、能天気な、そして明るさと生気が漲ったものだった。

 皆は眼をパチクリとさせて声の発信源を見た後、苦笑を浮かべつつも溜め息を吐いた。気が抜けたのか、先程までの暗い雰囲気は鳴りを潜め、変わりに気だるげな雰囲気が漂い始めた。

 

「何と言うか、心配するだけ無駄なのかしら?」

「横島さんは切り替えが早いとは美鈴さんに聞いてますけど……」

「私としては評価出来るけどねぇ。仮にあれが空元気でも、それが出来るのは大したもんだよ」

 

 口々に感想を述べる少女達。概ね好意的なものが多いようだ。しかし、フランは先程までよりは持ち直したが、それでもまだ表情は暗い。すると、突然チルノに肩を抱き寄せられ、バランスを崩したフランはチルノに抱きつく形となった。

 

「……チルノ?」

 

 いきなりのチルノの行動にフランは彼女の顔を見上げると、チルノは何故かふんすふんすと鼻息荒く空を見上げていた。このシチュエーションには覚えがある。太陽の畑での一幕だ。恐らく、これは横島の真似なのだろう。落ち込みゆくフランを元気付けるために、横島がフランにした行動を模倣しているのだ。

 

「……えへへ」

 

 ふと、フランが笑う。何かがおかしかったわけではない。ただ、嬉しく思ったのだ。落ち込んだ時、横島は自分を引き上げてくれる。それと同じように、チルノも自分を引き上げてくれた。それに気付き、思わず笑みが零れたのだ。知らず、チルノに抱きつく力が強くなる。

 はたてはそんな2人を早速写真に収める。シャッターチャンスは逃さない。これは後でレミリアと咲夜にも焼き増ししなければなるまい。

 

「霊夢ちゃーん、まだー? このままだとせっかくの肉丼が冷めるぞー?」

「今すぐ行くわー!!」

 

 霊夢は残像を残すほどのスピードで横島の元へと走る。気付けば皆の足元には既に御座が敷かれており、一体いつの間に用意していたのかと驚愕を誘う。

 やがて戻ってきた2人の手にはお盆に乗せられた人数分の丼が載っていた。肉と野菜がバランス良く彩られた牛丼。1つだけ肉の無い丼があるが、それは気にしない。皆はほかほかと湯気を上げ、美味しそうな匂いを漂わせる牛丼に眼が釘付けだ。

 皆は御座に座り、それぞれの前に丼と箸、お茶が置かれ、配膳を終えた横島も腰を下ろす。そしてぐるりと皆を見渡して、“パンッ”と小気味のいい音を鳴らして手を合わせる。皆もそれに倣って手を合わせ、タイミングを合わせて――――。

 

「それでは、いただきます!」

「いただきまーすっ!!」

 

 横島の手作り料理による、昼食会が始まった。

 皆が浮かべる笑顔には、もう先程までの暗さは無い。空気を変えたのはチルノなのか横島なのか、とにかく、この日食べた牛丼は、とても美味しかったということを皆は記憶に刻んだ。

 

 

 

 

 

第五十三話

『博麗神社で昼食を』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

おまけ~紅魔館の面接風景~

 

 

レミリア「もう知っていると思うが、私が紅魔館の主、レミリア・スカーレットだ」

 

咲夜「私はメイド長の十六夜咲夜よ」

 

赤蛮奇「よ、よろしくお願いします。赤蛮奇です」

 

影狼「付き添いの今泉影狼です……」

 

レミリア「お前がウチのメイドになりたい理由は聞かせてもらった。正直横島が気にしていないのだからそこまで思いつめる必要は無いと思うが……まあ、お前がそうしたいと言うのならそれも良いだろう」

 

咲夜「では赤蛮奇さん。あなたの特技を教えていただけますか?」

 

赤蛮奇「は、はいっ! 私の特技はこうして首を飛ばせることで……!!」ふわーっ

 

レミリア「ほほう」

 

赤蛮奇「最大で9つまで分身出来て、更に視覚や聴覚を初めとした五感を共有でき、数キロ先の情報を得ることも出来ますっ」

 

咲夜「それは素晴らしいわねっ!!」ガタタッ

 

レミリア「落ち着きなさい。……それでは次に、お前は家事で得意なものはあるか?」

 

赤蛮奇「う……いえ、一応1人暮らしですのでそれなりにはこなせますが、どれも得意と言う程では……」

 

レミリア「ふんふんなるほど。一号達の下で色々と学ばせた方が良いな」

 

赤蛮奇「……」

 

影狼「……」

 

レミリア「とりあえず担当はこっちが決めるから、契約内容を確認しておこうか。辞めるのは別にいつでも構わない。仕事に飽きたり横島への負債を返し終えたと思ったらそのまま辞めても大丈夫だ。逆に辞めた後も、また働きたくなったらいつでも来るといい。その時はまた雇ってやる」

 

影狼「……随分とおおらかと言うか、あんまり規約の意味がないような……」

 

レミリア「ウチは昔からそうだったからなぁ……。ま、それはともかく。給料についても話しておこうか。基本妖精メイド達は現金ではなく、自由と紅茶とケーキが与えられている。それからちょっとしたお小遣いだな。あいつらはお金はいいからご飯が欲しいとか言うような奴等なんだよなー……。ああ、勿論お前にはちゃんと現金を支給するから心配するな。ただし、それなりに安月給にさせてもらうがな」

 

赤蛮奇「は、はいっ」

 

レミリア「とりあえず研修期間は……1ヶ月でいいか。とりあえずその間は時給……1500円かな」

 

赤蛮奇「ファッ!?」

 

影狼「ファッ!?」

 

レミリア「勤務時間はフレックスタイム制で8時間。休憩は1時間で良いな? 週休は2日。研修期間を過ぎれば時給は……考えるのが面倒だから倍の3000円で。技能が上がれば昇給もしてやる。それから、働き続ければ当然有給も発生する。ボーナスも夏と冬の2回だな。頑張りに応じて弾んでやろう。そうそう、まだまだ部屋も余ってるし、何ならここに住んでも良いぞ?」

 

赤蛮奇「誠心誠意尽くさせていただきますレミリアお嬢様ーっ!!!」

 

レミリア「うむ、苦しゅうない」

 

影狼「こ、紅魔館なのにホワイト……!? 悪魔の館とは一体……!?」

 

レミリア「そうそう。影狼、お前も働きたくなったらいつでも言えよ? 紅魔館はいつでも歓迎しよう」

 

影狼「ぅえ!? え、あ、は、はいっ!!」

 

レミリア「では一号二号三号、彼女達をお連れしろ。丁重にな」

 

一号「はーい!!」

 

二号「待ってましたー!!」

 

三号「……新たな新入りが入ってきた。……頭痛が痛い」

 

赤蛮奇「うわあああああ!? 妖精なのに力が強いいいいいい!?」

 

影狼「何で私までーーーーーー!?」

 

レミリア「ふふふふふ……。念願の赤蛮奇を手に入れたぞ……“赤”蛮奇を手に入れたぞ……!!」

 

咲夜「とても良い買い物でしたね……。さて、他に誰か赤いのいたかしら……?」

 

 

 

 

おまけ~了~




もしかしたら次辺りに白蓮が出るかもしれないし、出ないかもしれない。
どうでもいいけど白蓮の服って何かエロい。何故かは分からないがエロい。もしかしたら白蓮がエロいから服もエロく感じるのだろうか。なるほど。つまりエロいのは服ではなく白蓮自身。白蓮がエロいから白蓮はエロいのだ。

それではまた次回。

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