東方煩悩漢   作:タナボルタ

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何か妙な電波を受信したせいでとあるキャラが途中からユカイな感じになってます。

しかも何か急に長くなった。

……笑ってもらえたらいいなぁ。





第五十六話

 

「それでは私は失礼いたしますね」

 

 白蓮は丁寧な仕草で暇乞いをし、ゆっくりと立ち上がる。その所作は正座が出来ないフラン達からは非常に美しく映ったようで、やけにキラキラと輝く瞳で白蓮を見つめている。

 白蓮はそんなフラン達を微笑ましく思い、薄く微笑んでいたのだが、その微笑みは野外から入り込んできた大声によってかき消されてしまう。

 

 

 

「白蓮さーん! お客様ですよー!」

「ぬおわぁっ!!?」

「ひゃあぁっ!!?」

 

 突然の爆音。横島の耳がキーンと耳鳴りをしている。身体をよろめかせつつもその爆音の発生源に目をやれば、そこには慌てた様子の少女が立っていた。

 

「いけない、屋内では音が反響するから大きな声を出しちゃいけないんだったっ」

 

 その慌てている少女は自分が未だ大きな声を出していることには気付いていない様子。彼女の様子から背後を気にしているようであり、あるいは背後にある何か、または背後にいる何者かが彼女の失敗の理由なのかもしれない。

 

「ははは。幽谷響子、もう少し声のボリュームを抑えた方がいいな。慣れているはずの聖白蓮でさえ耳を押さえているぞ」

「ええっ!? ああっ! す、すみません白蓮さんっ!!」

「いやだから声のボリュームを抑えろと」

 

 未だに耳鳴りが酷い横島だが、辛うじて拾えた声は複数人のものだった。横島は突然の爆音に目を回してまいっているチルノと大妖精を庇いつつ、何とか無事だったフランとはたてを横に、白蓮に爆音……声の主の確認を取る。

 

()っつつ……何なんすか、あの声……? 白蓮さんのお弟子さんっすか?」

「……はい。申し訳ありません横島さん。彼女は“山彦”の幽谷(かそだに)響子(きょうこ)と言いまして……。普段はここまで大声ではないのですが」

 

 白蓮が耳の具合を確かめるように、耳の前で軽く指を擦り合わせながら説明をする。フランは耳珠という部分を何度も押さえて耳鳴りを何とかしようとしているが、その手をやんわりとはたてに抑えられる。二人は白蓮の説明を聞くよりも耳鳴りの方を何とかしたいようだ。

 横島が件の響子の方を見やると、彼女は背後にいるだろう人物と何事か話したあと、脱兎の如き勢いで逃げ出した。響子がいなくなったことで、背後にいた人物の姿がよく見えるようになる。――――と、思ったのだが。

 

「ん、んん……? 何か、妙な逆光が……?」

 

 その人物の背後……というよりは、()()()()()()()()()()()()()()、遠目にはどんな容姿をしているのかが分かり辛い。シルエットになるほど輝いてる、というわけではないが、それでもその人物は輝いていた。

 

「いや、相変わらずあの子はとても元気だね、聖白蓮」

「……ええ。元気なのは良いことなのですが、どうやら貴女にまで迷惑を掛けてしまったようで……」

「ははは。それはこちらに非があるのだが……それを説明する前に、少しいいかな?」

 

 輝く人と白蓮の会話から、その人は女性であることが窺える。声の調子と体格から、白蓮と同年代くらいの少女だろう。口調は少々中性的なのが特徴のようだが、不思議と似合っている。

 その少女は「失礼するよ」と一声掛けてから本堂へと入り、ゆっくりと歩み寄ってくる。そこで気付いたのだが、彼女は何かを背負っているようだ。

 

「……どうかしましたか? ――――って、その子はどうしたんです、神子(みこ)さん?」

「……先程の大声にやられてしまって」

「……本当に私の不肖の弟子がご迷惑を……」

 

 ようやくまともに視認出来る距離まで来た輝く人――――名は神子というらしい。彼女は一人の少女を背負っている。烏帽子を被った、銀髪の女の子だ。その少女は目をぐるぐると回しており、「きゅう~」などと弱々しい奇声を発している。不謹慎ではあるが、横島の目にはその姿が可愛く映った。

 

「とりあえず場所を移しましょう。チルノちゃん達や布都(ふと)さんを休ませなくてはなりませんし」

「そうだな。よろしく頼むよ」

「横島さん、そういうわけですのでここから移動しますね。申し訳ありませんが、ついて来て下さい」

「了解っす」

 

 横島は神子に目礼し、チルノを抱き上げて先導する白蓮の後に続く。はたては大妖精を抱えており、フランは浮かびつつ二人の顔を心配そうに覗き込んでいる。

 

「すみませんね、皆さん。あの子には私が後できっちりと()()()をしておきますから」

 

 白蓮は皆に振り返り、拳を握り締めてそう言った。その際に彼女の拳から「メキャァ」という外見に似つかわしくないあまりにも力強過ぎる音が聞こえてきたが、それはきっと気のせいに違いない。横島の霊感が爆音の主――――響子の危機を告げているが、彼も被害者側なのでお説教に否やはない。

 ただ願うのは、あまりやりすぎないであげてほしいということだけだ――――。

 

 

 

 

 

 

 

第五十六話

『賑やかな命蓮寺』

 

 

 

 

 

 

 

「はたてちゃん、みんなの首元、胸元を広げて呼吸をしやすくしておいて。それからスカートも緩めに」

「は、はーい」

「白蓮さん、この布団を借りてもいいっすか?」

「ええ、どうぞ」

 

 現在位置は命蓮寺内にある庫裡という僧侶達が居住する建物の一室。横島はそこではたてに指示を出し、三人への応急処置を進めていた。永琳や鈴仙に色々と教わっていたのは伊達ではないらしく、テキパキとした動きで三人の脈や呼吸を計り、適切な処置を行っていく。

 

「よし、脈も呼吸も正常……あ、はたてちゃん、掛け布団は丸めて足の下に置いてくれ。足を高くすると脳に血が回るから意識も回復しやすいんだ」

「りょうかーい」

 

 横島は三人の処置を終えて一息吐く。本当ははたてに手伝ってもらわずとも大丈夫だったのだが、流石にチルノ達や初対面の少女――――布都の胸元やらスカートやらに触れるのは止めておいた。白蓮もいることだし、この場で煩悩を滾らせるのは危険である。

 尤も、チルノと大妖精は現在の横島の守備範囲でも引っかからず、布都の場合はギリギリアウトだったので運が良かっただけなのだが。もしこれが神子や白蓮くらいの外見年齢だったならば確実に白蓮に南無三されていただろう。

 

「いや、中々大したものだね、彼は。流石は永遠亭の薬師の弟子だ」

「ええ、本当に。はたてさんに出す指示も的確ですし、あの若さでこれは素晴らしいですね」

 

 美少女二人の話に聞き耳を立てていた横島の鼻がにょきにょきと伸びる。今日初めて会った二人だが、だからこそその評価を信じることが出来るのだ。横島のコンプレックスは深い。

 

「それで、どういうことなんです? 響子さんのお様子がおかしかったのはそちらに非があるとのことですが」

「うん、実は……」

 

 白蓮に問われた神子が理由を話す。それによると、布都が響子と声の大小で言い争いになり、頭に血が上った布都が「さっさと案内せぬと寺に火を放つぞ!!」と脅したらしい。その割には大声は本堂での時以外は聞こえてこなかったのだが、それは神子が仙術で何とかしていたようだ。その後怯えながらも案内されたので術を解いたのだが、その結果あんなことになってしまったようだ。

 

「見かけによらず、結構過激な子なんだな」

 

 神子達の話を聞いた横島が眠る布都を見てそう漏らす。身体がもぞもぞと動いているので、もう少ししたら意識を取り戻すだろう。

 

「えっと、神子さん、でしたっけ? チルノ達も、布都ちゃん? も何とか大丈夫そうです」

「ああ、ありがとう。横島君、だったね。すまないね、こんなことに付き合わせてしまって」

「いやいや、そんな」

 

 神子から礼を言われた横島は手を振って問題ない事を告げる。確かに厄介なことではあるが、神子は悪くないのだ。むしろこうして神子と布都という美少女に出会えたので横島的には損はなかったと言ってもいいだろう。

 ちなみにフランはまだ調子が良くないので横島の膝枕で休んでいる。思っていたよりも心地よかったのか、すやすやと寝息を立てている。はたてはそんなフランを羨ましく思いながらもカメラのシャッターを切るのを忘れない。

 

「それにしても、今日はせっかくの()()()だったのについてないな」

「まあまあ。布都さんもチルノさん達も無事だったんですし、いいじゃありませんか」

 

 あの日、の部分で横島の耳がピクリと反応する。別段横島にそういう趣味があるというわけではないのだが、“あの日”という言葉には女の子のあれやこれやな秘密が隠されていそうなので無意識に反応してしまったのだ。

 

「今日って何か特別な日なんすか? 何かこう、特別な修行の日とか」

「いえ、そういうわけではないのですが……」

 

 横島は何となく気になったので、さりげない感じを装って探りを入れてみる。白蓮はそれに何か思うところもないようだが、言っていいものかどうか判断しかねているようだ。困ったように眉毛を“八の字”にしているのが可愛い。

 

「あー、別に隠すようなものでもないし……君にならいいだろう。そこの天狗も、口外しないのなら教えてやってもいいが?」

「はーい。こう見えて私は口が堅いからね。大丈夫よー」

「何かよく分かりませんが大丈夫っす」

 

 神子は二人の答えを聞いて頷くと、懐から一冊のアルバムを取り出してみせた。はたてが「どこから!?」とツッコミを入れるが、彼女の周りには同じようなことが出来る者が大勢存在する。例えば隣に座っている煩悩少年とか。

 

「私と聖白蓮は月に何度か集まり、こうして写真を見せ合っているんだ」

「写真……っすか?」

 

 神子が開いたアルバム。そこに収められていたのは、とある一人の少女の写真。そう、一冊丸々()()()()()()()()()が満載だった。

 

「OH……」

「これは……」

「まあ……♪」

 

 二人が驚きから声を出す。横島は「どんだけ撮ってんだよ!?」という驚き、はたては「仲間を見つけた!!」という驚きの声だ。白蓮は先程までの落ち着いた様子からは想像出来ないほどに声が弾んでいる。

 

「この子は“(はたの)こころ”と言ってなー、私が作った面から生まれた面霊気……つまりは付喪神なんだが、これがもう可愛くて可愛くて」

「ええ、本当に。実はこころちゃんはうちで修行をしているのですが、とても真面目で、一生懸命に頑張っているんですよ。時々博麗神社で能を披露したりもしているのですが――――」

 

 そこからの白蓮と神子の話は長かった。いかにこころは可愛いか、いかに頑張っているか、言葉を変えてはずっとそれらについてマシンガンのように話している。横島は二人に元の世界での上司である美神令子の母である美神美智恵、そして美神令子の友人である六道冥子の母親の姿を幻視する。

 

 ――――いや、ちょっと違うか?

 

 横島がそう思った理由は定かではない。強いて言えば、二人の雰囲気がそう思わせてしまったのだろう。彼女達――――特に白蓮から漂う雰囲気は、若い女性のそれではない。横島は白蓮に、どこか年老いた雰囲気を見出していた。

 

「白蓮さんも長生きしてんのかな」

「……? 呼びましたか、横島さん?」

「ああ、いえ。何でも」

 

 ぽつりと呟いた横島の声に白蓮が反応する。内容が聞こえていたわけではないようだが、もし聞かれていたらと思うと。乾いた笑いが出てきてしまう。流石にそこまで失礼な真似を白蓮に働きたくはなかった。

 横島は気分を変えるため、そして話の種にと改めてアルバムの写真を見させてもらう。すると、そこに映っている無表情の少女、こころの姿には見覚えがあった。

 

「……あ、この子って人里でたまに見かける子だ」

「おや、こころを知っているのかい?」

「ええ。……と言っても、話したこともないし、特徴的な格好をしているから覚えてたってだけで。……あと美少女だし」

 

 なるほど、確かにこころの格好は特徴的だ。紫がかって見えるピンク色の髪、斜めにつけたお面、人の顔のようにも見える穴が空いたバルーンスカート、そしてとびきりの無表情だ。ついでとばかりに最後にぽそりと余計な一言をくっつける横島だが、今回はそれが良い方に働いた。

 

「分かるかい? いやー、横島君、君は見る目があるようだね。こころが美少女とはよく分かってるよ。うん。よく分かってる」

「ふふふ、流石は紅魔館の執事ですね。あ、お煎餅食べます? 濡れ煎餅もありますよ? 瓦煎餅はどうでしょう?」

「それ関係ありますかね……? あと、お気持ちだけで」

 

 何だか面倒臭い感じの絡まれ方をしている横島。美少女に囲まれているのに、あまり嬉しくないと感じてしまうのはどうしてだろう。フランも騒がしいのが煩わしくなったのか、半分眠ったままの状態でのっそりと起き上がり、チルノ達の様子を見ているはたてのフトモモへとダイブした。寝起きは機嫌が悪いのか、はたまた横島の影響で図太くなったのか、我を出せるようになってきたのは喜ぶところではあるだろう。……多分。

 

「むー……ん、んん……?」

「おっ、と……大丈夫か? 俺の声が聞こえるか?」

 

 隣で騒がしくしていたのが災いしたのか幸いだったのか、響子の大声で気絶していた少女の一人、布都が目を覚ます。しかし完全な覚醒には至っていないのか、状態を確認する横島の顔を見やり、そのまま一切目を離さずにゆっくりと起き上がってくる。ある種ホラーな光景だ。

 布都はしばらく横島の顔を見ていたが、やはり体調は思わしくなく、頭がぐらぐらと揺れ始める。

 

「むむむ……何だか少し頭がくらくらするな……」

「さっきまで気絶してたから仕方ねーって。それよりどうだ? 気持ち悪いとかはないか? 頭痛は?」

「う、うむ? いや、ちょっと身体がだるいだけでそういった症状は無いのじゃが……ところで、お主は一体……? あとここどこ?」

 

 布都は心配そうに顔を覗きこんでくる少年に少々顔を赤らめつつ、体の調子を確かめる。何故このような場所にいるのか記憶を辿るも、響子に本堂に案内させたところからプッツリと途切れている。恐らく、その時に何者かの手によって不意打ちを食らったのではなかろうか。布都はそう考えた。

 何か情報はないかと眼前の少年に声を掛けつつ視線を巡らせてみれば、自らの主である神子がいた。

 

「太子様!! ……と聖白蓮!!」

「目が覚めたばかりで興奮するんじゃない。また倒れたらどうするんだ?」

「そうですよ。いくら仙人とはいえ今まで気絶していたんです。ゆっくり休まないと回復しませんよ?」

「え、あ、ごめんなさい」

 

 神子を見て嬉しそうに、白蓮を見て威嚇するように表情をコロコロと変える布都は、その二人からの叱責に素直に謝った。二人とも自分の体調を慮ってくれているのが理解出来たからで、今は何だかんだ嬉しそうにしている。

 

「……で、我は何故気絶していたのです? あとそこの彼は……?」

 

 布都は目を大きく見開いて神子に問いを投げる。そのきょとんとした顔は中々に可愛らしく、横島も煩悩が揺さぶられたほどだ。

 神子は布都の問いに簡単に答えていく。響子に案内された後、彼女の大声を至近距離で聞いて気絶してしまったこと。気絶した布都を休ませるためにこの部屋まで移動したこと。そして先程から所在なさげにしている少年――――横島が適切な治療を施してくれたことなど。

 事情を聞き終えた布都は横島に深々と頭を下げ、感謝を口にする。

 

「そうだったのですか……。横島殿、感謝いたします。我は尸解仙(しかいせん)物部布都(もののべのふと)という。必ず、このご恩はお返しいたしますので……」

「ああ、いいよいいよそんな気にせずに。恩を返すー、とかじゃなくて、もっとこうラッキーだったなーくらいの感じで、普通にしてくれればいいよ」

「む、そうか? ではそう思うことにしよう! 中々の謙遜っぷり! 我としては好ましいぞ!!」

 

 下げた頭がもう反り返った。むふーと若干鼻息が荒い布都だが、どうやら既に体調は回復しつつあるらしい。彼女が現在浮かべている笑顔も段々と自信が深まって……というよりは傲岸不遜な面が滲み出てきており、やがて立派なドヤ顔になった。横島としてはその表情は可愛いし似合っていると思っているのだが、何故この状況でドヤ顔を浮かべるのかは理解出来なかった。

 

「布都……もう少し真面目に感謝というものをだなぁ……」

「何というか、相変わらず残念な匂いがしますねえ……」

 

 この布都の様子に神子と白蓮も呆れ気味だ。横島はあまり気にしていない様子だが、このままというわけにもいかないだろう。神子が布都に何事かを言おうと口を開くのだが、声を発する前に、横島が疑問を口にする。色々と気になっていたことがあったようで、視線は布都だけでなく神子にも向けられていた。

 

「ところで、神子さんってさっき布都ちゃんに“太子様”って呼ばれてましたけど、もしかして何か偉いさんだったりするんですか?」

「ん? ああ、そういえばまだ言ってなかったね」

 

 その質問が来るのは分かっていた……むしろ待っていたと言わんばかりに神子は立ち上がり、室内に入ってもずっと羽織っていたマントを翻し、キラキラと輝きながら名乗りを上げる。

 

「私は豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)!! 人から尸解仙となった聖人であり、かつては聖徳太子と呼ばれていた者だ!!」

「――――な、なんだってええぇーーーーーーっっっ!!!?」

 

 聖徳太子。

 飛鳥時代に存在した皇族であり、天皇を中心とした中央集権国家体制を確立させ、仏教を日本に広めた人物でもある。

 

 横島が驚愕の叫びを上げる。それもそうだろう。歴史上に存在していた聖徳太子は男だったのだ。それが実は女の子、しかも美少女でしたなどと、簡単に信じられるものではない。

 

「……あ、でも日本って男尊女卑の傾向が強いし、もしかしたら記録を残す際に時の権力者とかが性別を変更させたのかな……?」

 

 頭の中は驚愕に染まっているが、それでも思考は止めないらしい。神子の言葉には否定出来ないような説得力が感じられる。しかも彼女は美少女だ。美少女の言うことは正しいのかもしれない……。そんな思考が先程の回答に辿り着かせたらしい。

 

「ふふ。さあ、そこは私自身も関知していないから何とも。でも、私は確かに聖徳王。それは変わらないよ」

 

 再び座り、微笑む神子の姿が輝いて見える。いや、実際に輝いているのだがそれは置いておいて。横島は神子の言葉を信じることにした。自分の元いた世界ではどうだったかは知らないが、この世界では聖徳太子は美少女だったのだ。その方が歴史の勉強をするときに楽しいし、何よりも嬉しい。もしかしたら他の歴史上の人物達も性別が違うのかもしれないのだ。

 

「聖徳太子がこんなに美少女だったなんて……これはきっと源頼光とか源義経、織田信長に宮本武蔵、沖田総司とかも美少女だったに違いない」

「やけに具体的ですね……?」

「はっはっは、もっと褒め称えてくれてもいいのだよ?」

 

 どこか別の世界の電波を受信したのかもしれない。

 

「どうしよう……サインとか貰っても大丈夫なのかな……?」

「うむっ! 問題は無い!! こうしてああして……ほら、我のサインだ!!」

「うん……うん……? ……あ、ありがとう、布都ちゃん……」

「気にするな! 治療の礼だからな!!」

 

 聖徳太子のサインを欲しがった横島に、お礼とはいえ何故か自分のサインをプレゼントする布都。とっても微妙そうな顔をしている横島には一切気付く様子はない。むしろ横島に(一応)お礼を言われたことでドヤ顔に更に磨きが掛かっている。どうでもいいことだが、今までの布都のドヤ顔ははたてが漏れなく撮影済みだったりする。河童印のカメラの隠し機能、『無音シャッター』の力と、必死に空気になっているはたて自身の力だ。

 横島は布都から貰ったサインを、一応劣化しないようにUVカットのフィルムに包んだりなどして念入りに包装した後、リュックに収める。昔からサインなどは大事にする性質の横島なのだが、それが布都の虚栄心を大いに満足させることに繋がっている。ある意味相性の良いコンビなのかもしれない。

 さて、と横島は一息入れ、もう一つ気になっていたことを尋ねる。聖徳太子だったという驚愕の事実が発覚したことにより忘れていたが、元々はこのもう一つの質問の方がより知りたかった事柄だったのだ。

 

「それで、“しかいせん”っていうのは何なんです?」

「うん。良い質問だ。簡単に言うとだね、尸解仙というのは一度死んで依代に肉体を託し不老不死となった者。つまりは仙人だ」

「仙人……!! なるほど、それで俺の師匠に気配が似てたのか」

 

 神子からの答えに横島は疑問が解けたのか、何度も頷く。その際に横島は小さな声で自らの師匠について呟いたのだが、それは神子にきっちりと聞こえていた。

 

「ほう? もしや、横島君の師匠は仙人だったのかな? そうならそうと言ってくれればいいのに」

「んー、まあ師匠っつっても向こうがそう言ってるだけって感じもあるんすけどね。有名なんだから弟子選びは慎重にしたらいいのに」

 

 横島は嫌そうな顔で溜め息を吐く。本当は横島の方から修行を受けに行ったのであるが、それとこれとは話が別らしい。()が美女だったならば喜んで師匠になってもらったのだろうが、男、それも人間ですらないケダモノなのだから横島としては敬う理由が無さ過ぎる。あまりにも不敬極まりない。

 

「有名な仙人……? それは私でも知っているようなお方なのだろうか?」

「え? ええ、知ってると思いますよ。多分()()()()()()()()()()()()()

「……? して、横島殿の師匠という御仁は何という名前なのだ?」

 

 横島の妙な言い回しに首を傾げる神子と布都の二人だが、それよりも好奇心が勝った。一体どのような人物が横島の師匠なのか、興味が尽きぬというものだ。

 

「確か、本人は“天仙”だか“神仙”だかって言ってたような。それはともかく、名前は“孫悟空”って言いまして、如意棒とかキン斗雲とかで有名な――――っ!!?」

 

 ――――瞬間、空気が変わった。

 神子と白蓮がいつの間にか立ち上がっており、異様な迫力が込められた目で横島を見つめている。横島は二人の様子に戸惑い圧倒され、おろおろと二人に行ったり来たりと視線を彷徨わせることしか出来ない。

 

「神子さん……?」

「ああ……」

 

 二人は視線を交わし、小さな声で言葉を交わす。白蓮の問いに対する神子の答えは首肯。嘘ではない、という意味だ。二人はぐわんっ、とおよそ人間とは思えないような動きで横島の懐に入ってくる。「うひぃっ!?」という情けない叫び声が横島の口から漏れたが、それも仕方がない。今の二人は横島のミスで大損こいた美神並の怖さがある。常人に耐えられるものではない。

 

「君が……っ!! 君があの“孫悟空”の弟子だったとは……!! やはり、やはり君は素晴らしいよ横島君!!」

「ああ……っ!! あの“闘戦勝仏”のお弟子だなんて……!! ありがたやありがたや……」

「白蓮さんが急にお婆ちゃんっぽくなったっ!?」

 

 神子は横島の肩を掴み、やたらと熱っぽい目を向けたかと思えば、白蓮は手を合わせて横島を拝みだす。その仕草が妙にお婆ちゃんっぽいのが気になるところだ。ちなみに白蓮が信仰しているのは毘沙門天だが、実は神子もかつては毘沙門天を信仰していたことがある。

 横島は二人の急激な変化についていけず、慌てるばかりなのだが、とりあえず孫悟空という名の猿爺がやっぱりとんでもない存在なのだということは再認識出来た。明らかに神魔に匹敵する二人がこれほどまでに崇めるのだ。彼の()というものがどれほどのものか、非常に分かりやすい。

 

「横島君……」

「は、はい……っ?」

 

 柔らかに両手を包み、至近距離で目を覗き込んでくる神子に、横島はドキリとする。必死に空気に溶け込んでいるはたてがシャッターチャンス到来とばかりにカメラを構える。

 神子は興奮を抑えられないとばかりに頬を紅潮させ、横島へと機関銃のように捲し立てる。

 

「素晴らしいな君は!! 本当に素晴らしい!! 君なら幻想郷の若者を導けるッ!!」

「いや……あの……え……?」

「どうかな横島君。――――組まないか私と!!」

「太子様っ!?」

 

 これには横島だけでなく布都も驚いた。神子自ら、しかもこれほど熱烈に勧誘することなど、今までになかったのだろう。

 

「必要なんだ、君のような人材が。紅魔館の執事だって辞めなくていい。幻想郷にいる私の弟子二万四千人……共に育ててみないか?」

「二万四千人!?」

 

 そんなバカなとツッコミを入れたいところだが、神子の雰囲気があまりにも本気過ぎた。何となく瞳がぐるぐると回っているような気がしなくもないが、その気の入りようは恐ろしいレベルである。

 

「そうだ! もし私と共に来てくれるのなら、布都を技術指導員として二十四時間体制で君に付けよう!!」

「太子様っ!!?」

 

 突然の飛び火に布都は狼狽する。火を放つのは得意だが、火を放たれるのは得意ではない。

 布都は流石にそれは待ってくれと文句を言おうとしたのだが――――そこで、電流のように布都の頭を衝撃が走る。それは、天啓のような閃き。

 

 ――――待て……待つのだ我よ……!! 我は、どうして()()()()()のだ……!?

 

 思えば不思議だった。いつもは屠自古の奴も一緒だったというのに、今日に限って我一人だけ。しかも計ったかのように命蓮寺に見慣れない客人がいる。――――これらは全て偶然なのか?

 

 答えは全て偶然なのだが、布都はそうは思わなかったらしい。神子や白蓮は初対面であるはずの横島と随分仲が良さそうにしている。まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――まさかっ!!?

 

 ここで再び衝撃が走る。彼女は()()に思い至った。そう、神子と白蓮と親しい男性。そして何故自分一人だけが連れてこられたのか、その理由に。

 

 ――――そう、これはつまり、太子様と聖白蓮がセッティングをした、我と横島殿との――――お見合いっっっ!!!

 

 布都は真実(笑)へと辿り着いた。そう考えれば全ての辻褄が合うっ!! などと考えている布都の頬は、どんどんと紅潮していっている。

 

 ――――横島殿が我の婿殿!!? い、いやいや待つのだ物部布都よ。一旦落ち着くのだ。例えこれがお見合いの席だとしても、必ず結ばれなければならないということはないはずだ。気に入らなければ断ってしまえば良いのだ。

 よし、ならばまずは一つ一つ考えていこう。まずは横島殿の容姿だ。……平凡だな。うん、平凡だ。しかし、笑顔を浮かべている時は何とも言えぬ愛嬌がある。何と言うか、傍で見ていたくなるような、そんな暖かな笑顔。……お、おや?

 では次に彼の肉体について。我としてはあまり筋肉が多いのは遠慮したいところじゃが……うん、いい感じだの。程好い筋肉の付き方である。足も長いし、これがいわゆる“もでる体型”ってやつなのかなー?

 それと……うん。これは何となく我にも分かる。横島殿は恐らく――――精・力・絶・倫!!! これは……あれかの? 道教には房中術があるから、それを期待してのことなのかなー? こ、心の準備が……!!?

 後は収入とかについてだけど……確か紅魔館の執事をやってるのだったか。ならば収入は高い方……のはず。

 

「……」

「布都、どうかした?」

 

 急に顔を赤くして俯いた布都に、神子が声を掛ける。布都はその声に反応したのか、キッと横島を見据え、口を開く。

 

「あの……横島殿は、食べ物で好き嫌いや、趣味等はおありか……?」

「え……? あーっと、イモリが嫌いかな? 前まではタマネギも食えなかったけど、今は何とか食えるようになったし。好きな食べ物はハンバーグとか……まあ、いっぱいかな」

「ほうほう……なるほど」

「趣味は……こっちでは特に無いんだけど、強いて言えば仕事が半ば趣味になってきてるかな? あとは美鈴や妖夢ちゃんに習ってる中国拳法……特に太極拳や剣術が趣味とも言えるのか……」

「ふむふむ……!!」

 

 横島の答えに布都の鼻息が荒くなる。神子は布都の質問の意図が理解でき、愕然とした表情を浮かべている。

 布都の鼻息が荒い――――彼女が喜んでいるのには理由がある。まず、道教では食事においても何かを禁止する律はなく、色々な食物を食べることで均衡が取れ、長生きが出来るとされている。

 更に拳法を通じて気を整え精神の安定を図り、瞑想で無為を為すことも道教でいう“道”に達することに有効であるらしい。しかも太極拳は道教に由来する武術なのだ。

 ――――張三豊。中国の伝説にも現れる仙人と同名であり、この彼こそが道教の陰陽五行思想や吐納法と呼ばれる呼吸法を取り入れて太極拳を編み出したのだ。

 

 ――――こ、これは……これは、我にとって――――理想のお婿さんなのではなかろうかっ!!?

 

「おーい、布都ちゃーん?」

 

 横島が布都の目の前で手を振っても反応を返さない。布都は顔を真っ赤に染めながら、俯いて何事かを考えているようだ。

 神子は布都の様子を見て、これは何が何でも横島を自陣に入れたいと考える。ちらりとライバルの白蓮を見てみれば、彼女も布都の様子から大体のことを察し、「あらあら」と呟きながら満面の笑みを浮かべている。とりあえず、今のところは見守るようだ。

 

「どうだろう横島君。そこの妖精達もまだ目を覚まさないことだし、もう少し君について色々と話を聞きたいのだが……」

「いや、まあ、構わないっすけど……」

 

 横島は神子にぐいぐいと押される形で答えてしまうが、それでも念のために視線ではたてに問う。はたては既にぐっすりと眠ってしまっているフランの頭を撫でながら、一つ頷きを返す。了承のサインだ。

 

「じゃあ、面白くないかもしんないっすけど。俺の話で良ければ」

「そうか! いやーすまないね横島君。ほら、布都。いつまでもぼーっとしてないで、横島君に何か質問はないのか?」

「えっ!? えぇーっと、あのーっ……!!」

 

 咄嗟のことに布都は対応が出来ない。あわあわと慌てて質問を考える姿は、とても可愛らしかった。

 

 こうして、命蓮寺は寺院にあるまじき賑やかさを見せる。そこにあるのは笑顔。偶には、こんな日があってもいいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

第五十六話

『賑やかな命蓮寺』

~了~

 

 




お疲れ様でした。

神霊廟では布都ちゃんが一番好きです。

しかし太子様の口調ってこんなんだっけ……?。こんな感じで良かったのでしょうか……?

口調と言えば布都ちゃんも難しいです。でも太子様よりは自然かな……?


最後のアレですが、布都ちゃんならあれくらいの勘違いはするはず。きっと。多分。恐らく。するよ。するする。

ロリ組は布都ちゃんを目立たせる為に(強制的に)大人しくしてもらいました。(無慈悲)

それではまた次回。

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