東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

最近モチベーションが下がり気味だったのですが、久しぶりにパチュリーの出番と言うことで張り切っていたら、字数が前回の倍以上になりました。

あまりにも分かりやすいヒイキ具合……!!!

ちなみに今回はメタが多めですので、苦手な方はご注意ください。

 



第五十八話

 

 チルノ先導の幻想郷案内から一夜明けて、翌日の午後。

 横島は新たに紅魔館のメイドとなった赤蛮奇と影狼と共に、おしゃべりをしながらお菓子作りに勤しんでいた。

 影狼は長袖ロングスカートのヴィクトリアンメイド型。影狼は極端に肌の露出を嫌うので、シンプルなロングドレスタイプのものが選ばれた。影狼の雰囲気ともマッチしており、横島も「綺麗だ」と言ってご満悦である。

 変わって赤蛮奇は長袖ではあるが、かなり短いミニスカートのフレンチメイド型。全体的にフリルが多く、更には普段着用しているマントの色違いのものも着けており、いつもと変わらず口元を隠している。

 それは横島からすればおかしな組み合わせと言えたのだが、しかし、それ以上に何とも不思議な可愛らしさを表現している。「可愛い」と褒める横島の顔は美少女二人の前に歪んでいた。

 

 さて、本来ならばまだいくつか存在する幻想郷の有名どころを案内していないのだし、本日も未知の場所へと繰り出す予定だったのだが、命蓮寺での一件があったため、念のために一日休みを挟むこととなった。

 いくら外見が幼いとはいえ、彼女達は妖精。体調は既にバッチリ快復しているのだが、永琳から「めっ」されてしまったので大人しく言うことを聞いている。その様子を間近で見てしまった鈴仙はとても遠い目をしていた。何やらトラウマを刺激されたようである。

 もっとも、チルノも永琳に相談したいことがあったようなので好都合といえば好都合であったのだが。

 

「……昨日は随分と大変な目に遭ったんですねー」

「ああ。俺やチルノ達はともかく、フランちゃんやはたてちゃんにまでダメージを与えられるとは思わなかった」

「流石は山彦の妖怪といったところか……」

 

 単なる大声とはいえ、弱小妖怪が大妖怪相手にダメージを負わせたと聞いて、赤蛮奇は感心しきりだ。惜しむらくは自らがそれを再現出来ないところだが、赤蛮奇とて長くを生きる妖怪だ。大きな力を持っていなくても、平穏に生きることが出来ればそれが最上だと理解している。

 ここ最近は異変が立て続けに起こったせいで忘れかけていたが、そも異変なぞそうそう連続して起こるものではない。そう、たとえ一年の間に二十回以上も異変が起こっていたとしても、それは連続して起こっているわけではないのだ。

 

「それはそうと……凄いですね、横島さん」

「んー? 何が?」

「いや、何がって……」

 

 尊敬の目で横島を見る影狼に疑問符を浮かべる横島。彼は何も特別なことはしていない。紅魔館では……いや、他の者には異常なことでも、それが横島や咲夜にとっては当たり前のことだったからだ。

 それに気付いていない横島に、赤蛮奇は苦笑とも呆れともつかない息を漏らしながらもそれを指摘する。

 

「横島さんは、一体何人前のクッキーを作る気なのさ?」

「あー?」

 

 思わず、といった風に横島の手が止まる。

 そう、彼等が作っていたのはオーソドックスなクッキー。現在の横島でも作れる数少ない菓子の一つであり、最も数を作れる菓子だ。

 ちなみに他に作れるものはプリンにホットケーキ、クレープといったもの。とりあえずの目標は美味しいホールケーキを作ることである。

 二人は横島に教えてもらいながら作っているのだが、目の前の光景に手が中々進まない。変わりに口が動いてしまうのであった。

 

「俺が休んでる分、妖精メイド達の負担が増えてるからな。そのみんなの分と、お嬢様達と永琳先生達の分。紫さんの分に文ちゃん達、チルノ達の分に、当然妹紅の分も。もちろん影狼ちゃん達の分もあるぜー?」

「あ、ありがとうございます……!」

「……一体何人分なんだろう。それはそうと、ありがとう」

 

 横島は誰にあげるのかを確認しながらも動きを止めず、驚異的なスピードで生地を作っていく。流石に一人分の量は少なめだが、それでもとんでもない量であることに変わりはない。

 赤蛮奇は横島の力量に舌を巻く。味は横島曰く「そこそこ」とのことだが、ここまで出来ればそれはもう充分に立派であろう。しかも、更に彼の上には咲夜というパーフェクトメイドが存在するというのだ。

 横島よりも遥かに早く、横島よりも遥かに多く、横島よりも遥かに美味いクッキーを作る。それはまさに神業である。赤蛮奇は溜め息とともに「とんでもないメイドもいたもんだ」と呟いた。

 

「……あ、妖精メイドで思い出しましたけど、お昼ご飯の時は驚きましたよー。横島さんの膝の上に妖精メイドが座って、“あーん”でご飯を食べさせてもらってるんですから」

「ああ、何か咲夜さんの言いつけでなー」

「それだけ妖精メイド達に好かれてるってことなんだろうけど……」

 

 純粋に微笑ましいものを見た風に語る影狼と、若干冷ややかな目で横島を見る赤蛮奇。横島としては成り行きでそうなっただけに、やましいことなど何一つないのだと声を大にして主張したい。

 

「ぶっちゃけ面倒じゃないの?」

「面倒ってことはないけど……やっぱり、もうちょっとこう発育がだな……」

 

 横島は両手で空中に理想の女性の身体のラインを描く。冷ややかだった赤蛮奇の視線が更に冷たくなっていくが、それでも横島は譲れない。妖精メイド達は可愛くはあるが、それでもやはり“可愛いだけ”なのだ。彼の煩悩を刺激するには色々と足りない。

 

「妖精メイド達のスタイルが良かったら、それはそれで苦しむんじゃあ……?」

「……」

 

 横島は突っ込んできた影狼と視線を合わせようとしない。ただ冷や汗を流して虚空を見つめるのみだ。その様子から図星であることが容易に見て取れる。

 横島は二人の生温かい視線から逃れる為に更に気合を入れてクッキー作りに専念するが、そこで、彼に突如として異変が訪れる。

 

「――――なっ!?」

 

 何の前触れもなく横島の足元に浮かび上がる魔法陣。それは出現と同時に輝きを増していき、ついには目を開けていられないほどの輝度となる。しかし、その輝きも一瞬のこと。あまりの眩しさに目が眩んでいた影狼達が視力を取り戻した時には、そこに横島の姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

第五十八話

『魔女のお茶会』

 

 

 

 

 

 

 

「さて、改めて今日は来てくれてありがとう、二人とも。それで、本題に入る前に聞きたいことがあるの」

 

 紅魔館に存在する大図書館の中心部。そこには三人の少女達の姿があった。

 まずは図書館の主ことパチュリー。彼女に呼び出された都会派魔法使いのアリス、そして同じく呼び出された普通の魔法使いの魔理沙だ。

 三人はテーブルに着き、小悪魔が用意してくれた紅茶を楽しんでいる。一息ついたパチュリーは本題を切り出す前に、まず気になっていたことを聞いてみることにする。

 

「アリス……あなた、何でそんなにやつれてるの?」

「え……?」

 

 パチュリーの指摘に、アリスは焦点の定まっていない目を向けながら、首を傾げる。その際に首から「ゴキィッ」という音がしたりしたが、アリス自身は気にしていないようだ。

 ふらふら、ゆらゆらと揺れる頭は落ち着くことはなく、髪はボサボサ、肌も荒れ、目の下には濃い隈が出来ている。魔理沙とパチュリーが憧れた“可憐な”アリスの姿はどこにもない。

 

「聞いてくれよパチュリー。アリス(こいつ)、もう何週間もまともに寝ないで研究を続けてんだぜ?」

「何週間も!?」

 

 アリスの状態から寝ていないのだろうとは思っていた。だが、まさかそれが何週間も続いているとは想像していなかった。魔理沙が自分も知らなかったここ最近のアリスの近況を知っていたことに少々思うところがないではないが、今はそれを口に出している時ではない。

 そう。今はアリスに何があったのか、何故そんなことになっているのか、それを解き明かす時だ。

 

「……で、一体何でこんなことに?」

 

 パチュリーはごくりと唾を飲み込んで魔理沙の言葉を待つ。深刻な雰囲気を醸し出しているが、こういった場合真実は大したことではないのが世の常である。そして、それはやはり今回も当てはまった。

 

「いや、以前アリスが横島の毛髪と血液を手に入れたらしくてな? 自分の人形の研究の気分転換に色々と調べてみたらしいんだよ。そしたら、あいつの血液がかなり優秀な魔法の触媒として使えるらしいことが分かって、そこから色々と研究しているうちに止まらなくなったみたいでさ……」

「ああ……」

 

 納得、とばかりにパチュリーは頷く。

 そもそも横島は優秀な霊能力者であり、その身に多くの神魔族を宿し、その力を取り込んできたのだ。そんな彼の血液だ。なるほど、優秀な触媒となるのも頷ける。

 それほどの触媒があるのだ。その研究とやらはさぞかし楽しかったのだろう。でなければここまで熱中するはずがない。

 

「何か、最近ではその血を培養して人形に組み込もうとしてるとか何とか……」

「ちょっとアリスッ!! それは嫌な予感がするから止しなさい!! 絶対ろくな事にならないわよっ!!」

 

 魔理沙が教えてくれた情報に、パチュリーは顔を青くさせてアリスの肩を掴み、必死に揺らす。彼女の脳裏を過ぎるのは横島の煩悩を持った自立人形の群れ。想像するだに恐ろしい。

 そんな未来は許さないとばかりに、有らん限りの力でアリスを揺さぶるパチュリー。がっくんがっくんと盛大に揺れるアリスの頭は残像が出来そうな勢いだ。

 

「ちょっ……やめっ……出ちゃっ、出ちゃうからっ……!?」

 

 ただでさえ悪かったアリスの顔色が、更に悪くなる。わずかばかりに入っている胃の中のものが外へと飛び出してしまいそうだ。

 パチュリーはアリスの訴えにようやく正気を取り戻し、息を大きく乱しながらも謝罪をした。急な激しい運動はパチュリーの少ない体力を削り取っていく。

 今ではパチュリーもアリスも虫の息となってしまっていた。

 

「お前ら、もう少し体力つけようぜ……?」

「わ、私は……研究のしすぎなだけだから……っ」

「私は、喘息、持ちだから……っ」

「ああ、うん……」

 

 とても生温かい視線を送る魔理沙に、二人はそっと視線を逸らした。

 

 

 

「で、結局パチュリーは何で私らを呼んだんだ?」

 

 先程の騒ぎから一息つき、魔理沙がそう切り出した。

 今回魔理沙達がこの図書館へとやって来たのは、パチュリーが呼び出したからだ。何でも、とある重大な真実に気が付いたとのことなのだが……何故だろう、絶対にそんな大層なものではないと二人の勘が告げている。

 

「そうね……これは、とても重要なことなの。それこそ、私の今後を左右するような……」

「……それは、一体?」

 

 緊迫感を煽るパチュリーの言葉に、二人は先程の勘を横へと放る。

 そうだ。親友であるパチュリーが何かに悩んでいるのだ。それの手助けくらいはしてやろう。魔理沙は軽く結論を出す。

 魔理沙の腹が据わったのを察知したのかは定かではないが、パチュリーは重い口を開き、ついに二人を呼び出した理由を告げる。

 

 

 そして、それは――――。

 

 

 

 

「私――――最近、出番が少ないのよ」

 

 

 

 

 本当に、どうでもいいことだった――――。

 

「………………」

「………………」

 

 沈黙。二人はそれを聞いても何も話さない。当然だ。むしろ何を話せと言うのか。

 

「私――――最近、出番が少ないのよ」

「一回聞けば分かるわよ」

「つーか、それを私らに言うのか?」

 

 いかにも私困ってますという風に同じ言葉を繰り返すパチュリーに、流石のアリスも苛立ちが募る。

 二人の感想は共通している。魔理沙とアリスに比べたら、パチュリーはむしろ出番は多いほうだ。

 

「……分かっていないわね。あなた達は何も分かっていないわ」

「あー?」

 

 やれやれとばかりに首を振るパチュリー。それは魔理沙達だけでなく、見る者全てに苛立ちを与えてくれそうな仕草だ。

 

「いい? あなた達は横島と同居してないけど、私は同居しているの。しかも割かしフラグっぽいものが立ったりしていたのよ? それなのに出番が減るってどういうことなの!?」

「あー、いや。それは……」

「横島の前で生チチ放り出してみたり、お姫様抱っこされてみたりと、王道的TO() LOVE(らぶ)るだって発生したのに!!」

「な、生チ……っ!!?」

「あ、あなた何やってるの……!!?」

 

 パチュリーのまさかのカミングアウトに魔理沙達の頬が真っ赤に染まる。まさか、そこまでのラッキースケベが発生していたとは思ってもみなかった。

 しかし、言われてみればパチュリーは年頃の男性と同居しているのだ。そういったハプニングが起こってもおかしくはない。

 

「しかも“私も横島が好きになるかも~?”みたいな発言だってあったのに、それからまるで進展なし!! 別に何かあってどうこうってわけじゃないけど、作者はそこらへんテキトー過ぎるのよ!! もっとちゃんと話を練ってから投稿を――――!!」

「あ、おい馬鹿!?」

 

 魔理沙が慌ててパチュリーの口を塞ぐも、時すでに遅し。

 パチュリーの頭上には久々登場の天罰の雷雲がスタンバイしていた。ゴロゴロと重音を発し、瞳を灼く稲光が今にも迸らんとしている。

 

「……ふんっ」

 

 しかし、パチュリーはそんな雷雲などまるで恐れず、手を掲げ、瞬時に宙に魔法陣を描いた。

 途端、走る雷光。その稲妻はパチュリーの魔法陣に接触――――する前に、魔法陣から現れた何者かに殺到することとなる。

 それは……横島だ。

 

「――――え?」

「――――え?」

「――――え?」

「――――横島、お願い」

 

 天罰の雷、横島を直撃――――!!

 

「アバーーーーーーッッッ!!?」

「よ、横島ーーーーーー!?」

 

 雷に打たれ、黒こげとなった横島が図書館の床に転がる。あまりにもあんまりな仕打ちに魔理沙とアリスはドン引きだ。

 

「何するんすかパチュリー様!? 人としてそーゆー避け方が許されると思ってんすか!?」

「うわっ、もう復活した!?」

 

 横島を不憫に思ったのも束の間、当の本人が一瞬にして復活し、パチュリーへと抗議を始める。相変わらずの復活速度だ。

 

「むう……悪かったってば」

「そんなんで許してもらえるとお思いですかー!? 許して欲しいならもっとこう俺が嬉しくなるようなサービスを――――っ!!」

 

 顔を背け、唇を尖らせて謝罪を口にするパチュリーだが、どう見ても悪びれた様子はない。当然横島は憤慨し、次いでとばかりに最低なことを要求しだすのだが、不意に彼の言葉は途中で途切れてしまう。

 

「……っ!?」

 

 パチュリーが、しなだれかかるように横島に身体を預け、まるで何かを求めるかのように彼の首に自らの腕を回したのだ。

 

「ほ、ほああああああ……!?」

「……許して。ね、横島……」

「え……!!? え、ええ……っ!!?」

「う、うわあ……うわあああ……っ!!?」

 

 回された腕に導かれるように、横島の顔がパチュリーへと引き寄せられていく。今やパチュリーの唇は横島の耳に触れそうなまでに接近しており、彼女が口を開くたびに耳朶に彼女の吐息がかかり、甘い声が耳を、甘い匂いが鼻孔を擽る。

 それほどの至近距離だ。当然彼女の豊満な胸が横島の胸板に押し付けられて面白いように形を変え、その柔らかな感触を余す所なく伝えている。

 突然目の前で繰り広げられるアダルティな空間に、そういったことに慣れていない少女二人は驚きの声を上げるしか出来ない。魔理沙などは両手で目を塞いでいるのだが、バッチリと指の隙間から覗いている。

 

「あああ……!! ああああああ……っ!?」

 

 横島はもういっぱいいっぱいといった様子だ。あとほんの少しの刺激で煩悩が暴走してしまうだろう。横島はそれを想像し――――何故か、()()()()()()()()()()()()

 どうしたのか、と疑問に思う暇もない。パチュリーは未だに密着中だ。再び“むくむく”と煩悩が膨れ上がってくる。それはもう“むくむく”と。しかし、それと同時に煩悩が“しおしお”と減衰する。

 結局、横島は数分間煩悩の“むくむく”と“しおしお”を繰り返し、パチュリーの甘い拘束から開放されるまでの間、心をガリガリと削られるのであった。

 

「……」

「ど、どうしたんだ、あいつ……?」

 

 現在、横島は真っ白になってイスへと座っている。白目を向き、何やら口から魂が抜けているかのようだ。美少女に密着されて消耗するなど、横島からは考えられない姿に魔理沙は困惑している。

 

「まあ、横島的には私達はロリの範疇だし、それなのに煩悩が反応したから心にダメージを負ったんじゃないの?」

「そうなのかしら……?」

 

 アリスはパチュリーの仮説に首を傾げている。パチュリー自身も本気でそう思っているわけではないようで、怪訝な目を横島へと向けていた。

 

「……まあ、横島さんのことは今は置いておきましょう。それで、私達を呼び出した本当の理由は何なの? 流石に本当にさっきのが理由ってわけじゃないんでしょ?」

「む……あれもちゃんと理由の一つなのだけど……」

「マジかよお前……」

 

 空気を変えるためか、アリスがパチュリーに自分達を呼び出した本当の理由を問いただす。パチュリーは「理由の一つ」だと言っているが、それならば他にも理由があるはずだ。恐らく、そちらの方が本当の理由なのだろうとアリスは考える。

 

「……えー、っと。あなた達を呼んだのは……」

 

 魔理沙達の静かな視線がパチュリーを貫く。パチュリーは視線を彷徨わせ、両手の指を絡ませて小さく唸る。それは、まるで照れているような挙動だ。

 

「……最近、会ってなかったし、久しぶりにお茶会でも……って思って」

 

 パチュリーの頬が真っ赤に染まっている。

 観念したかのように告げた内容は、少女らしい可愛らしいものだった。

 

「……何よその顔は」

「いやぁ? 何でもないぜぇ?」

「ぐぬぬ」

 

 にたにたとイヤラシイ笑みを浮かべる魔理沙。こいつでも寂しがったりするんだなあ、とは口が裂けても言えない。その代わり、微笑ましく見つめてやるくらいはいいだろう、と。魔理沙は笑みを絶やさないのだった。

 

「まあまあ、そこまでにしておきなさいよ。私もパチュリーには会いたかったから、こうしてお茶会が出来るのは嬉しいわよ」

「……なら、いいけど」

 

 くすくすと笑いながらのアリスの言葉に、パチュリーは拗ねたようにそっぽを向く。ああいった理由は自分には似合わないと思っているので、ばつが悪いようだ。

 

「悪かったって。けっこう意外だったからさー。……意外と言えば、さっきのパチュリーも意外だったな。横島にあんなくっつくとは」

「ああ、確かに。意外と大胆だったのね……」

 

 魔理沙もパチュリーの様子を見て、強引に話題を変える。気になっていたことではあるし、それはアリスも同様なのだが、どうやら魔理沙はまだまだパチュリーをからかうつもりのようだ。

 魔理沙もアリスも思春期(?)の少女。色恋沙汰は興味がないように見えて好物だったりする。それが親友の話ならば尚更だ。

 

「んで? どうなんだよ、横島とは。あんなことしたんだし、何か特別な感情でも持ってんじゃないのかー?」

「それは……私も気になるわね!」

 

 二人の目が好奇に輝いている。その視線に晒されているパチュリーは勘弁してくれとばかりに顔を歪めるが、こういった風に横島との仲を疑われるのは想定内だ。からかわれるのは面白くないが、それもまた一興と考えることとする。

 

「……気を失っているとはいえ、隣に本人がいるのに話すようなことじゃないとは思うけど……まあ、横島のことは嫌いじゃないわよ。見てて飽きないし、一緒にいて楽しい人ではあるわね」

「へぇー!」

 

 アリスからの好奇の視線がまた強まる。しばらく寝ていないのも相まって、ハイになっているようだ。

 

「嫌いじゃないとか言ってるけどさあ、本当のとこはどうなんだよー、んんー? ほらほら、恥ずかしがらずに言ってみなってー」

「うっとおしい……!!」

 

 相変わらずイヤラシイ笑みを浮かべて肘で脇腹をつついてくる魔理沙に、パチュリーは思わず毒づいてしまう。確かに今の魔理沙は相当にうっとおしいと言えるだろう。霊夢も助走をつけて殴りかかるレベルだ。

 

「いや、それ日常茶飯事じゃないか?」

「何がよ?」

「ああ、すまん。こっちの話だ。んなことより、横島が気になってんならツバつけとけよ! でないと他の奴に掻っ攫われるかもしれねーぜ?」

 

 それはある意味アドバイスだったのだろうが、あまり意味のないものだった。将来的にどうなるかはまだ分からないが、現在のパチュリーは横島に惚れているわけではないし、キープしておけ、という意味だったとしても同様だ。

 

「……二人とも知らなかったっけ? 横島、もう恋人がいるのよ?」

「嘘ぉっ!!?」

「え、本当に!?」

 

 随分と失礼な反応をする二人である。確かに普段の言動が言動なので仕方のないことではあるのだが……パチュリーは横島に同情心を抱いた。

 

「ええ。しかも三人」

「三人……三に、三人っ!?」

「妹様に美鈴に妹紅の三人」

「えええぇぇっ!!?」

 

 もはや二人の目に好奇の光はない。そこに浮かんでいるのは驚愕と疑心と否定だ。そうそう信じることは出来ないようである。

 一先ずパチュリーは開いた口が塞がらない二人に今までの経緯を伝える。フランの抱える悩みや不安、妹紅の死生観、美鈴との修行、とある『男』との戦いなど、横島と恋人達に起こった様々な出来事を語っていく。

 パチュリーが話し終えると、二人は難しい顔をしていた。やはり横島が蓬莱人になったことが理由だろう。特に魔理沙の場合は、自分と霊夢が『男』を仕留めそこなったせいで現状に繋がっているのだ。横島を見る瞳に罪悪感が宿る。

 

「……まあ、横島本人はそこまで気にしてないみたいだけどね。一人で突っ走った結果でもあるし、魔理沙が気に病むことでもないわよ」

「……ああ、うん。そうか……そう、かな」

 

 すぐに納得は出来ないようだが、きっとその内飲み込むだろう。そうなってしまったのは偶然なのだ。魔理沙に責任があるわけではない。

 

 ――――だから、あなたもさっさと横島に気持ちを伝えればいいのに……。

 

 パチュリーは視線を本棚の奥へと向ける。そこにはせっせと自分の仕事に励む小悪魔の姿があった。

 

「……でも、三人の恋人かぁ……。横島さんはロリコンじゃないって言ってたみたいだけど、どうしてフランを受け入れたのかしら? 単純に守備範囲が拡大したとか?」

 

 アリスは重くなった空気を変えるため、横島がフランを受け入れた理由を推察する。何とも気を遣わねばならないお茶会になってしまい、パチュリーは申し訳無さそうにアリスに目礼を送る。

 

「以前レミィや紫、永琳と一緒にお酒の肴として色々と話し合ってみたんだけど……まあ、それっぽい予想はついたわね」

「そうなのか?」

「どんな理由なの?」

「えっと……」

 

 パチュリーは横島を横目で見やり、意識を取り戻していないかを確認する。どうやら大丈夫なようだ。

 

「人が誰かを好きになるには充分な理由だけど……正直、ロマンチストの魔理沙はお気に召さないんじゃないかしら?」

「誰がロマンチストだ」

 

 がるる、と魔理沙が唸る。以前「恋符」だとか「地獄極楽メルトダウン」についての感想でからかったことを覚えていたのだろう。もっとも、そういった仕草がパチュリーとアリスが魔理沙を可愛いと思う部分なのだが。

 

「それでそれで? どんな理由なの?」

「はいはい。……まあ、簡単に言えば三人とも可愛いし、自分を必要としてくれるし、傍にいてくれるし――――自分を好きになってくれたし……といったところかしら」

 

 唇に指をあて、空いた方の手で理由を指折り数えながら口にする。

 思っていたよりも普通であり、拍子抜けといった表情で魔理沙はパチュリーを見る。なるほど、確かにどれも誰かを好きになるには充分な理由ではあるが、聞く側にとっては何とも物足りない理由である。

 

「本人にとっては凄く重要なことなんでしょうけどね。横島って、かなり優秀なのに劣等感の塊なのよ。誰かに認めてもらいたい、誰かに必要とされたいって承認欲求が異常に強いの。言わば、横島の煩悩は承認欲求の顕れであると言えるわね」

「そう、なのか」

 

 意外、といえば意外だった。

 横島は未だ修行中とはいえ、それでも優秀な人材といえるだろう。咲夜が様々な仕事を任せているし、何よりも一緒に住んでいるパチュリーが優秀と言うのだ。間違いはないだろう。

 

「んー……レミリアはともかく、お前や紫、永琳がそう言うんならそうなんだろうな。……しかし、恋人が三人か……。下世話な話になるけど、その、何だ。やっぱり、夜とか、凄かったりする……のか?」

「ちょっ、魔理沙っ」

 

 急に声を潜めたかと思えば、魔理沙はそんなことを聞いてくる。アリスも咄嗟に止めようとしたのだが、彼女も彼女で興味があったのか、静止の声は弱い。

 パチュリーは魔理沙の質問に対し、何を言っているのだろうと首を傾げる。

 

「凄い……って、何が? 夜がどうしたのよ?」

「ハァッ!? い、いや、だから……! その、声とか、音とかがだな……」

「声に、音? 夜なんでしょ? 夜にそんな騒がしくなるようなことをするの? 横島達が何をするのよ?」

「いや……だから、それは……その、セ……」

「どうしたの? もっと大きく、はっきりとした声で言ってくれないかしら?」

「セ……セック……あううぅぅ……!」

「――――……っっっ!!!」

 

 先程の仕返しだろう。パチュリーは魔理沙に恥ずかしいことを言わせようと画策する。

 魔理沙はパチュリーの思惑通りに動き、とある単語を口にするかで葛藤し、頬を赤く染め、涙目となる。

 魔理沙はその口調から誤解されがちだが、その心根は乙女なのだ。

 恥ずかしがる魔理沙を眺めるパチュリーの背筋に、言いようのない快感が走る。それは、横島を泣かせた時に得られる快感と同じものだ。

 もっと魔理沙を恥ずかしがらせたい。もっと魔理沙の涙目が見たい。パチュリーの歪んだ欲求は膨れ上がるが……。

 

「妙な性癖に目覚めるんじゃないの」

「あいたっ」

 

 それは、アリスに止められた。彼女の人形の一体、上海人形に頭をぽかりと叩かれる。痛みはほとんどなかったが、おかげで先程まで考えていた内容は綺麗さっぱりと頭の中から消え去った。ちょっとだけもったいないと思ったのは秘密である。

 

 

 

「横島さーーーーーーん!!」

「横島さん、どこだーーー!?」

「……あら、この声は……?」

 

 今はまだ遠くの方から横島を呼ぶ声が聞こえる。声の主は影狼と赤蛮奇だ。横島が消えた原因である魔法陣から、ここに居ると当たりを付けたのだろう。

 声はまだまだ遠い。ここに辿り着くには時間が掛かる。その間にパチュリーは横島を起こすべく、肩を揺する。

 

「横島、起きなさい。迎えが来てるわよ」

「う……うーん……」

 

 横島の眉間がぴくぴくと反応する。覚醒は近そうだ。それを良いことにパチュリーは揺する力を強める。だが、その力が強過ぎたせいか、横島の身体がパチュリーへと倒れ、彼の顔がその大きな胸にすっぽりと収まった。

 

「むにゃむにゃ、パチュリー様……」

「あっ、ちょ、ちょっとこら……っ!?」

 

 心地よい感触に横島がもぞもぞと動き、顔をより胸へと押し付け、埋没させていく。パチュリーは慌てて横島を引き剥がそうとするが、意識が無いというのに力が強く、否、意識が無いからこそ力が強いのか、中々上手くいかないでいる。

 周囲から横島の顔は見えないが、今の彼は安らぎに満ちた顔をしている。

 とても柔らかく、良い匂いがする枕に顔を埋めているのだ。まさに夢心地と言えるだろう。

 しかし、それもここまで。突如、幸せ一杯だった横島の脳天に、重い一撃が突き刺さる。それはパチュリーの本の角による一撃だ。

 

()~~~~~~っっっ!!?」

「……目は覚めたかしら?」

「ぅえ……? あ、おはようございます……?」

 

 横島はやけに痛む頭を押さえ、隣にいたパチュリーに挨拶をする。まだ覚醒しきっていないのか、気を失うまでのことを思い出せていない。更に言えば、目の前でパチュリーが頬を真っ赤に染めているのにも気付いていないのだ。

 痛みによって溢れた涙を拭う。すりすりと痛む場所を撫で、何とか痛みを和らげようとするがあまり効果はない。そもそも何故こんなに頭が痛むのか、横島には皆目見当が付かない。

 

「……って、あれ? 魔理沙にアリスちゃん? 来てたんだ?」

「お、おう。久しぶり」

「こうして会うのはどれくらいぶりかしらね?」

 

 久しぶりの再会に挨拶を交わすが、二人の頬もまた、赤く染まっている。無論先程の横島とパチュリーが原因だが、気絶中だった横島にそれを知る術はない。また、この三人も教えたりはしないだろう。ただ、意識が無かったとはいえ感触は身体が覚えていたようで、しきりに頬をさすっている。「何か……すげえ良い夢を見てたような……?」と首を傾げる横島に、パチュリーの頬の赤みは更に増した。

 

「横し――――あ、横島さんっ!!」

「ここにいたのか……」

「あれ、二人とも何でここに……というか、俺も何だってこんなとこに……?」

「あん? お前らは……?」

 

 ここで、ようやく影狼達が到着する。

 魔理沙はやって来た二人の姿に驚きの声を上げる。影狼と赤蛮奇。この二人が紅魔館でメイドをやっているのだから、魔理沙の驚きも当然と言える。

 一説によると人狼は吸血鬼の下僕らしく、種族だけを見るならば影狼が紅魔館にいてもそれほど違和感はない。しかし、赤蛮奇はどうだろう。

 魔理沙は赤蛮奇のメイド姿を見て、「赤いからレミリアに勧誘されたのかな?」と推察する。間違ってはいない。

 

「お前らメイドになったのか?」

「ああ。横島さんに迷惑を掛けてしまったし、その償いにな。決して時給の高さとか三食おやつ付きとか待遇に釣られたわけではないのでそこは誤解しないでほしい」

「お、おう」

「ちなみに私は成り行きで……」

 

 赤蛮奇としては本当に誤解が生まれないように注釈しただけなのだが、その説明の仕方により「待遇の良さに釣られたんだな」と魔理沙に誤解を与えることに成功していた。魔理沙の視線が白い。

 

「んで、二人は何でここに?」

「そうそう、そうでした! 急に消えちゃうから心配したんですよ?」

「消える……?」

「何だ、覚えてないのか? 厨房でクッキーを作っていたら、急に地面が光って……」

 

 影狼達の話を聞き、横島の頭にイメージが浮かんでくる。薄ぼんやりとしたそれは、やがて確かな映像として横島の脳裏に甦る。

 

「思い……出した! パチュリー様っ!! あれはやっぱり酷いと思うんすけど!?」

「……むう、折角誤魔化せたのに……」

 

 全てを思い出した横島がパチュリーに猛然と抗議をする。

 普段よりもしつこいのは、こうしてごねれば先程のように美味しい思いが出来ると考えたからだ。

 

「……はあ。仕方ない」

 

 ――――あの子も見ていることだし、さっさと奮起させるためにも……。

 

 パチュリーは横目でとある一角をチラリと見やり、横島に身体を密着させ、その頬に軽く口付けをした。

 

「まったくもう……。これで満足かしら?」

「チュって……!! 俺のほっぺにチュって……!!」

 

 周囲から悲鳴のような、歓声のような声が響く中、横島は感涙に咽んでいる。いい加減そのくらいのことには慣れてもよい頃のはずだが、それでもまだまだ新鮮な感動を味わえているようだ。

 

「これで明日も生きていける……!!」

「安過ぎでしょ……。それで、明日も出掛けるの?」

「ええ。チルノも案内する気満々っすから」

「案内って、どこか遊びにでも行くの?」

 

 パチュリーとの会話の内容に疑問を持ったアリスが問う。横島はそれに頷き、チルノに幻想郷を案内してもらっていることを説明した。

 

「お? それなら私も明日同行していいか? いい所に案内してやるぜ?」

「いい所? ……まさか、綺麗なねーちゃんがエッチなサービスをしてくれるような……」

「そーいうとこじゃねーからっ!! 道具屋だよ道具屋!!」

「えぇ~? つまんねーの」

「こんの野郎……!!」

 

 魔理沙のこめかみに井桁が生まれる。アリスに「まーまー」と宥められ、深呼吸をして何とか気分を落ち着かせる。確かに横島からすれば退屈そうな店ではあるが、ある意味、()()()より面白い道具屋も存在しないだろう。

 

「それで、どんな店なんだ?」

「ああ、そこはこの幻想郷の道具だけでなく、外の世界、冥界、妖怪、そして魔法の道具の全てを扱う店だ」

「それは……凄いな。で、その店の名前は?」

「ああ、その店は――――」

 

 

 

 

 

「――――“香霖堂”っていうんだ」

 

 

 

 

 

 

第五十八話

『魔女のお茶会』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

横島「ところでパチュリー様」

パチェ「何よ?」

横島「以前、ノーブラ派だから胸が接触する様な事はしないみたいなこと言ってませんでしたっけ?」

パチェ「……」

魔理沙「……」

アリス「……」

影狼「……」

赤蛮奇「……」

横島「パ」

パチェ「アグニシャイン」

横島「何でぇっ!!?」

 

魔理沙「ニヤニヤ」

アリス「ニヤニヤ」

パチェ「ぐぬぬ」

 

 

 

 

小悪魔「いいなぁ……」

 

 

 




お疲れ様でした。

次回はやっとこーりんと横島が絡みます。
頑張ってイケメンこーりんにしなきゃ(使命感)


ちなみにですが、横島が三人を好きになった理由にあと一つ追加するとしたら、それは「自分より長生きするから」です。
ですが、それも今となっては――――。




※裏話※
今だから言えること


ゴキブリ異変の際、早苗さんは格好良く登場する予定でした。

はぐれてしまう霊夢。一人果敢にゴキブリの群れに立ち向かうも、圧倒的な物量に追い詰められていく。
ゴキブリは集い、まるで津波のように霊夢に殺到する。
逃げられない。切り札を切ろうとした霊夢の背後から、凛とした声が響く。

「開海『モーゼの奇跡』――!!」

黒い津波が二つに割れ、霊夢の左右を通り過ぎていく。そして、今度は力強い声が轟いたのだ。

「恋心『ダブルスパーク』――!!」

霊夢の背後より来る二条の光線。それが、二つの津波を飲み込み、消滅させた。



みたいな感じで。
でもキャラ多いし話が長くなるしでボツになりました。ごめんね早苗さん。



魅魔様も声の出演となる予定でして、流れは以下のような感じです。

魔理沙「このままじゃ埒が開かないぜ……!!」
パチェ「あの黒い月を落とさないと……!!」
アリス「でも、どうやって……!?」

???「――ファイナルマスタースパークよ……ファイナルマスタースパークを撃つの」

パチェ「これは……!?」
アリス「一体、誰なの……!?」

???「三つの心を一つにして……」

魔理沙「この……この、声は――!!!」

???「八卦炉の……八卦炉の力を信じるのよ!!」

魔理沙「うおおおおおおおお!!」
パチェ「行きなさい、魔理沙!!」
アリス「一発でしとめて!!」
魔理沙「私の……私達の思いが、八卦炉の力を引き出す!!」

魔理沙「ファイナル――マスタアアァーーーーーースパアアアァァァーーーーーーク!!!」

黒い月「何だ……何だ、この光は!!?」

ド ワ オ ! ! !


みたいな。
ゴキブリが進化進化言ってたのは、つまりそういうことなんです。
 
 

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