とりあえず、物語が大きく動き出すのは次回からですね。
下準備……下準備? ……下準備に時間を掛け過ぎましたが、仕込みは出来ました。
……出来てると思います。
今回はR-15タグが仕事をしています。
その餌食になるのは誰なのでしょうか……?
それではまたあとがきで。
「みんなも食いたいもんはじゃんじゃん注文しろよ~? とりあえず、みんなで食えるようにこれとこれとこれ、それから俺はこれとこれ、最後にビール」
「はい、かしこまりました」
ミスティアが経営する屋台。横島は皆で食べられるようにテーブルを用意してもらい、大皿料理を何品か、個人的に食べたいものを何品か注文する。
現在の横島は肉類を食べることが出来ない。それは牛・豚・鳥だけでなく、魚も含まれる。しかし横島が注文をしたのは肉類を主としたものばかり。これにフランは戸惑いを覚える。
「あの、ただお兄様。お肉頼んでるけど大丈夫なの? お兄様って今お肉は……」
心配そうに尋ねるフランに、横島は彼女の頭を撫でて答える。
「まあ確かにまだキツイかもだけどさ、俺も育ち盛りだからさ……何つーのかな? こう、食欲は湧かないんだけど、無性に肉を食べたいという欲求がだな」
「……ふーん? お兄様が良いならいいんだけど……無理しちゃ駄目だよ?」
「おう、ありがと」
上目遣いで覗き込んでくるフランに少々照れつつ、横島はそれを誤魔化すためにフランの頭を撫でる強さをやや強めた。多少とはいえ頭を振られるフランは「ぅあー」といった声を上げつつも抵抗は見せず、髪が乱れるのも気にせずに身を委ねる。
二人の見事なイチャつきっぷりに幽香も苦笑いを浮かべる。微笑ましくはあるが、やはりと言うべきかどこか犯罪の匂いがする光景である。
ここで席の並びを見てみよう。テーブルは円卓であり、横島の右隣がフラン。そこからはたて・幽香&メディスン・リグル・ルーミア・大妖精・チルノの順だ。チルノは横島の左隣であり、正面にはリグルが座っている。
テーブルはあまり大きな物ではなく、それぞれ隣の者との間はそう離れていない。肩が触れ合うほど……というわけではないが、それでもやや狭苦しいことに変わりはなかった。なので、フランは横島にべったりとくっつくような形を取っている。安心しきったように弛緩した笑みを向けてくるフランに横島は苦笑を浮かべるが、それを見せ付けられる周囲は堪ったものではない。
特に真正面から見せ付けられている形のリグルなどは顔を真っ赤にしている。しかしその二人からは視線を外さず、もし自分も恋人が出来たらこのようなことをするのだろうかと、妄想の翼を広げ始める始末だ。
親友のルーミアはそんなリグルの頭の中が予想出来たのか呆れたような表情を浮かべており、リグルを肴に注文済みの日本酒をくぴりと呑んだ。
「はーい、失礼しますねー」
「お、きたきた」
空気を読んだのかそれとも偶然か、ここでミスティアが両手に全員分のビールを持ってくる。幽香達は既に乾杯を済ませて好きなように酒を呑んでいたのだが、折角横島達と合流をしたのだから、と用意してもらったのだ。
「んじゃ、ミスティアも一緒に」
「えへへ、本当はダメなんですけどね」
横島に誘われるままにミスティアは己の分のビールを用意する。本当はダメとは言っているが、彼女はとても嬉しそうにビールを持っている。実は、意外とこうした機会に恵まれていないのかもしれない。
「それじゃ、幻想郷の案内お疲れ様でしたと、幽香さん達の仲直りを祝して――――乾杯!!」
「かんぱーいっ!!」
横島の音頭に合わせ、皆はグラスをぶつけ合った。
……実年齢的に横島はアウトであり、外見年齢で言えば全員がアウトという、それはそれは危険な光景であったという――――。
第六十三話
『小さな親切、大きなお世話』
「はい、串焼きの盛り合わせと串カツの盛り合わせですよー」
「うん、肉だ。肉以外の何物でもないというくらい、完全な肉だ」
「お兄様、無茶は……」
料理から上る強烈な肉の香りに横島の顔から若干血の気が引く。やはり未だトラウマは根強いらしい。……だからこそトラウマというのだが。
幽香は理由こそ分からないがそれでも横島が現在肉類を食べることが出来ず、それでもそれを克服しようとしていることは理解出来た。なので、ちょっとした荒療治を敢行する。
「何だか分からないけど、横島さんは苦手を克服しようとしているのね。そんな時はお酒の勢いを借りるのも一つの手よ?」
「酒かー……何か、オススメってあります?」
「ええ、もちろん。というわけで、ミスティアー? ごにょごにょ……」
「ふんふん……はい、かしこまりました」
幽香はミスティアを呼び寄せ、何故か内緒話をするように彼女の耳元で注文を囁く。ミスティアは幽香の言葉に何度か頷き、了承を返して一度屋台へと酒を用意しに戻る。数分が経ち、再び顔を見せた時には彼女はその手に赤いワインが入ったグラスを持っていた。
「これはここの名物の一つなの。さ、グイーッといっちゃいなさい」
「うーん、あんまり度数は高くなさそうだけど……ま、いいや」
グラスを受け取り、横島は幽香の言う通り、グラスを一気に呷る。その際、何か柔らかいものが口内に入り込んだ。くにゅくにゅとした食感。ワインの味が濃くて正体は分からなかったが、どこか果物のような印象を受ける。
「んー……何か入ってましたけど、これって何だったんです?」
「ふふ、それはね。
「んぐ……っ!?」
「お、お兄様!?」
予想だにしなかった答えに、横島は息を詰まらせる。肝入りのワイン。横島が肉類を食べられなくなった原因が原因だけに、彼を襲う衝撃は尋常ではない。先程飲んだ酒が逆流してきそうになるが、横島はそれを気合で耐える。胃酸が混じった独特の酸味が横島の口内に広がっていく。涙が溢れそうだ。フランが背中をさすってくれている。……力が強過ぎて背骨がぽっきりといってしまいそうなのが気になるところである。
「……その様子からすると、肉類が食べられないのは肉体的な理由ではなくて、精神的なものみたいね」
「……まあ、そうっすね」
「でも、あなたはさっきのお酒を呑んでも、何が使われていたかを知るまでは平気だったわよね? それならそこのお肉だって食べられるんじゃないかしら?」
幽香が指差すのは皿に盛られた肉の串焼き。幽香の言葉は暴論ではあるが、ある意味で正当でもある。ちゃんと食べることが出来たのだ。ならば、あとは少しの勇気を振り絞れば……。
「……よしっ」
横島は静かに気合を入れて串を取る。芳しい香りを漂わせる串を前に数回深呼吸をし、気が変わらないうちに一気に肉へとかぶりついた。隣でフランの息を飲む声が聞こえてくる。だが、横島はそれに構うことは出来ず、ひたすらに自分の事に集中する。
何度も何度も咀嚼し、やがて肉の原型がなくなるまで繰り返し噛み締める。フランや幽香、はたてが見守る中、横島はついに肉を飲み込み、深く息を吐いた。
「……」
「……ただお兄様、大丈夫なの……?」
恐る恐るフランは横島に尋ねる。横島は十数秒間反応を返さなかったが、大きく息を吸うとフランの肩に手を置き、少々疲れたような笑顔を見せる。
「ふぅー……ん、思ったより大丈夫だな。久しぶりに食ったけど、やっぱ肉って美味いな」
「……良かったぁ……」
横島の言葉にフランの身体から力が抜け、横島にぺたりと身体を預けてしまう。彼のトラウマを知っている身からすれば、やはり心配の方が先に立つわけで。それでも横島が肉を食べられるようになったのは素直に喜ばしいことだ。これで、彼女も少しは心の荷が下りたことだろう。。
「……妹紅のためなんでしょうけど、中々無茶してるね。これが愛ってやつなのかなー? 羨ましいなぁ……」
どうやらはたては横島の心情を正確に見抜いているようだ。今回横島が外で食事を取ろうとしたのはミスティアの屋台に行くという約束を守るためだけではなく、トラウマの克服を狙ってのものでもあった。
横島が気にしていないとはいえ、妹紅は横島を蓬莱人にしたという負い目がある。さらにはそのせいで横島が肉類を食べることが出来なくなった。それは妹紅の心に深く、そして濃い影を落としている。
妹紅とラインが繋がっている横島はそれを何となく察知していた。その割りに自分から思い切り地雷を踏み抜いたこともあったが、それでも彼女は横島にとって何物にも変えがたき大事な恋人である。横島は、妹紅のためにも早くトラウマを克服しなければいけないと常々考えていたのだ。
「……ごめんなさいね。横島さんの顔色から結構なトラウマだと思っていたんだけど、解決させるなら早い方が良いと思って……」
「いえ、逆に助かりましたよ。あのままだったら多分、結局食わないまま終わりそうな感じでしたし。結果オーライってことで」
「……そう言ってもらえると助かるわ」
横島の言葉に幽香は救われたような気分になる。横島も当初は顔色が悪かったが、一度意を決して食べてみれば、あっさりと以前までのようにガツガツと肉を食べ始める。好物だったのもあるだろうが、横島の切り替えの早さ、適応の早さが関係しているのだろう。
先程までの様子からは想像も出来ないほどの食べっぷりに、幽香は苦笑を浮かべる。まさか、これほどまでに容易く解決するとは思ってもみなかった。
肉を噛み締めて幸せそうな顔をしている横島を見て、幽香はどこか力が抜けてしまう。しかし、そんな横島の顔を眺めていたら、一つ悪戯を思いつく。
――――はたてから聞いたけど、横島さんってフランちゃんを含めて恋人が三人いるのよね。……フランちゃんはともかく、他の二人もお年頃の女の子(数百歳~一二〇〇歳)だし、これは必要なことよね?
頭の中でちゃんと正当な理由を用意するのも忘れない。それが正当かは甚だ疑問ではあるが、自己の正当化はばっちりだ。幽香はにんまりとした顔でまたもミスティアを呼び寄せる。
「注文なんだけど……ごにょごにょ……」
「ふんふん……えぇっ!?」
幽香の注文の内容に驚いたミスティアが大きな声を上げて驚く。周囲の注目を集めたことにも気付かず、顔を真っ赤にしてあわあわと慌てるばかりだ。
「そ、そうですよね……三人もいるんですもんね……」
小さな声でミスティアはよく分からないことを呟く。その後、ミスティアは屋台へと引っ込み、気合を入れて何品もの料理を作り始める。やがて作られた料理は全て横島の前へと集められた。
「さあ、折角またお肉が食べられるようになったんですから、いっぱい食べてくださいね!!」
「おおっ!! こらうまそーだ!!」
横島の前には種々様々な肉料理と魚料理の数々。見た目も匂いも、その全てが横島の空腹を刺激する。料理に目を輝かせていた横島はミスティアの言葉を受け、流し込むかのように料理を口に運ぶ。
「こらうまい!! こらうまい!!」
「おおー……お兄さん、すごい……」
横島の食べっぷりにはチルノも唖然としている。その勢いはまさにバキュームカーといったところか。はたても写真を撮るのを思わず忘れてしまうような光景だが、本人としてはその自覚は無い。何せ彼は元の世界でも高級な食事の際には同じように「こらうまい」と叫びながら料理を掻き込んでいたのである。貧乏ゆえ仕方がないことといえば仕方がないと言えるのかもしれないが、傍から見れば卑しくも恥ずかしい光景と言えるだろう。
一人の料理人であるミスティアからすれば、横島の食べ方は嬉しくもあり悲しくもあり……といったところ。美味いと言ってくれるのは嬉しいが、やはりもっとちゃんと味わって欲しいというのが本音だろう。
「うんうん、良い食べっぷりね」
さて、横島の食事風景に皆が驚愕と呆れの視線を送る中、幽香は横島を見て一人頷いていた。
実は幽香がミスティアに注文した料理には
現在の横島の状況は男として大変羨ましい状況であるのと同時に、大変辛い状況であるとも言える。
――――そして、この料理が文字通り横島に致命的なものになると、誰が予想出来ただろうか。
「ふい~、食った食った」
「物凄い勢いでしたね……見てるこっちが胸焼けしましたよ」
「私でもそんなに食べられない……のかー?」
「いや、私に聞かれても困るんだけど?」
満足そうに膨れた腹をさする横島に、リグルが水を飲みながら苦笑交じりに感想を述べる。ルーミアも自分と横島を比べ、なお横島が勝つであろうことをメディスンに尋ね、そのメディスンはルーミアの問いに戸惑いを返す。
横島が食べ終えて数分、皆が茶や酒を呑んで余韻に浸る。まったりとした空気の中、ついに最後の一人が酒を呑み終えた。
「……それじゃ、そろそろお開きにしましょうか」
「そうっすね。夜も大分更けてきましたし……女の子が夜遅くに歩き回るのは止したほうがいいっすからね」
「私達の方がずっと年上なんですけどね」
リグルが横島の言葉にそう返すが、横島からすれば皆は外見と同様に精神も比例して幼く見えている。正直な話、説得力はない。
「今日は私が支払いを持つわ。横島さんにはみんなと仲直りする切っ掛けをもらったしね」
「それを言うなら俺もトラウマ払拭の切っ掛けをもらいましたけど……」
「いいからいいから。ここはお姉さんに任せなさいな」
幽香は手に持っていた小さなバッグから小さな花をあしらった財布を取り出すと、全員分の会計を済ませる。それを見た横島も慌てて財布を出すが、幽香の優しい笑顔と言葉に、結局は甘えることにした。固辞しては幽香に恥を掻かせてしまう。
「……うっす。ごちになります。このお返しはまた今度させてくださいね」
「ええ。それじゃあ、その時を楽しみにしているわ」
またいつかの約束を取り付ける二人。煩悩に走らず、互いににこやかに笑みを浮かべる姿は非常に珍しいものがある。
幽香の元に皆が食事のお礼を言いに集まる。チルノがきちんと頭を下げていたのが妙に気になる横島であったが、よく考えてみれば、チルノは意外と礼儀正しかったことに気が付いた。普段の言動から抱いていたイメージのせいか、もう少しやんちゃな子だと思い込んでいたのである。……まあ、やんちゃであることに違いはないのだが。
「んじゃ、みんな気を付けてなー!」
「ばいばーい!!」
「ちゃんと歯を磨いて寝るのよー?」
それぞれがそれぞれに別れを告げて、空へと飛び上がり帰路に着く。皆が皆一様に家路の空で先程までの小さな宴を思う。
ケンカをしてから疎遠になり、互いに謝りたいと思っていても一歩を踏み出せなかった。それを、偶然とはいえ解決への切っ掛けを齎してくれた者がいた。
自分を助ける為に、文字通りその身を犠牲にして助けてくれた。しかし、それがトラウマとなって満足な食事が出来なくなっていたのだが、それを克服するための切っ掛けをくれた者がいた。
それぞれの胸に充足感、満足感といったものが押し寄せる。もし今目を閉じて夢の世界へと旅立てば、きっと世界中のテーマパークを合わせても勝てないような、そんな素敵な夢が見れるだろう。それほどまでに見も心も満ち足りていた。
笑顔で宴について話し合い、楽しくもどこか名残惜しそうに空間が形成されている中、ただ一人だけ、その空気の中に入り込めない者が存在した。
「……う、ん」
横島である。彼はその顔を僅かに歪ませ、身体を侵しつつある原因不明の熱と戦っていた。
「ただお兄様、どうしたの? 具合悪いの?」
「ん……何だろうな。もしかしたら食いすぎか飲みすぎかもしれん」
「そりゃまあ、あれだけ食べればねえ……」
横島の様子に気が付いたフランが心配そうに顔を覗き込んでくる。余計な心配を掛けまいと横島は無難な嘘を吐き、周囲にもそれを納得させる。元々食べ過ぎていただけに、説得力は抜群だ。
皆に気を遣われながらも空を飛び続け、ようやく紅魔館の正門前へと帰ってくる。その時には既に横島の頭には強い痺れのような感覚と強い欲望とが襲い掛かってきており、ともすれば失ってしまいそうになる理性を必死に繋ぎとめていた。
「皆さーん、お帰りなさーい!」
「ただいま、めーりん!」
夜遅くもちゃんと門番をしていた美鈴が皆を出迎える。フランを始めとした皆は元気よく美鈴へと声を掛ける。酒が入っているせいか、少々皆のテンションが高い。
「美鈴美鈴、ただお兄様が食べ過ぎで具合が悪くなっちゃったみたいなの」
「え、横島さんがっ?」
フランの報告に美鈴は驚き、横島へと駆け寄る。横島は立ってはいるものの呼吸は浅く早いものとなっている。体温も普段より上がっており、脈もそれに応じて速くなっているのだが、横島はそれを皆に悟らせまいとする。
「大丈夫ですか横島さんっ!? 私が分かりますか!?」
「大げさに過ぎる。あんまり揺らすのとか大きな声とかは止めてくれ。頭に響く……」
「あ、ご、ごめんなさい……」
本当に調子の悪そうな横島に、美鈴は萎縮してしまう。蓬莱人である横島がここまで体調に変化をきたすのもおかしいと思ったのだが、何せ横島はもちろん妹紅や輝夜も時々調子が悪そうにしていることがある。ならば、こういったこともあるだろうか……?
美鈴は疑問を抱えつつも横島の腰を支え、少しでも歩きやすいように補助をする。その際、耳元で横島に「ありがとう」と囁かれたのだが、彼女はそれだけで腰が砕けそうになった。
横島の言葉が、やたらと熱っぽかったのだ。熱を帯びて濡れた言葉。それは壊れてしまいそうな危うさを秘めながらも、溺れてしまいそうになるほどの色気が含まれていた。そんなものを恋人に、耳元で囁かれたら……。この晩、美鈴は少し悶々として眠るのが遅くなった。
「はぁ……はぁ……」
紅魔館へと帰ってきて、横島はレミリアに帰還の報告もしないまま部屋へと戻り、ベッドの上で臥せっていた。体調を崩していることから、フランや美鈴を始めとする皆が気を遣ってくれたのだ。横島もいい加減限界が近かったため、それに甘えることにする。今自らの中に渦巻く欲を、彼女達にぶつけるわけにはいかない。
横島の中に恐怖が宿る。もし、この胸中に存在するものを彼女達にぶつけてしまったら。
――――怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
――――恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。恐ろしい。
恐怖で身体が震える。もしこの身を焦がす欲を皆にぶつけてしまったら。この身を急かす欲が皆に知れたら。それを考えるだけで、怖くて堪らない。しかし、それでも己の中の欲望は未だ消えず。ほんの少しの刺激でどうにかなってしまいそうだ。
――――ノックの音が響く。
「入るわよ」
止める間もなく、一人の少女が部屋へと入ってくる。その少女の名はレミリア。今現在、横島が最も会いたくない人物の一人だ。突然の来訪に半身を起こし、何故ここに来たのかを問う。
「お、お嬢様、どうして……!?」
「あー、フラン達からアンタが調子悪いって聞いてね。どうやらまたお肉を食べられるようになったらしいけど、それで調子に乗って食べ過ぎたんでしょう? おバカなことをやってる我が執事の様子を見にね」
「う……」
レミリアの言葉に横島は呻く。レミリアの性格を考えれば、こうなることは簡単に予想がついた。レミリアとはそういう人物だ。
うろたえる横島の姿を見て、レミリアは小さく溜め息を吐く。
こうして直に顔を合わせてみれば、やはりそれが嘘だったのがよく分かる。横島は何かに怯えている。それが何かは分からないが、このままでは
「どうした? 何があったんだ?」
一歩一歩、ゆっくりと横島に近付いていくレミリアに、横島は何も言えない。心から敬愛する主を前に、横島は必死に耐える。
彼女の美しくも可愛らしい顔を。未成熟でありながら女性としての魅力を持った、その肢体を。その身から立ち上る、どこか甘さを含んだ匂いを。――――
だが、そんな横島の魂を削るかのような戦いも空しく、気付いた時には既にレミリアが目の前に佇んでいた。
「本当に大丈夫か? 熱があるんじゃないのか?」
「――――……!!」
額に触れるレミリアの少し冷たい掌。それは、この火照った身体を冷ますには丁度良い。手を伸ばして引き寄せてみれば、心地よい冷たさと温かさ、柔らかな肌に、そこから薫る匂いに包まれる。
「お、おい、横島……?」
突然の事態にレミリアは困惑を浮かべる。すっぽりと自分を抱きすくめる横島の顔を見上げれば、彼は自分のことを見ておらず、虚ろな眼で虚空を眺めている。どう見ても正気とは言い難い雰囲気だ。横島は今自分が何をしているかも理解出来ていないだろう。
「横島、一体どうし――――っ!?」
尋常ではない横島の様子に当惑していたが、更にそれを助長させるような出来事が起こる。
尾てい骨から背筋を断続的に走る、電流のように強く、そして甘い感覚。レミリアはその小ぶりな尻を、ドロワーズ越しに両の手で鷲掴みにされ、緩急をつけるように時に優しく、時に強く揉みしだかれていた。
「なっ、ちょ、よこし――――!?」
驚きに慌て、横島に声を掛けるも届かない。戸惑いと快感の狭間で身体を捩るが、横島の左手は太腿を優しくさすり、右手にいたってはドロワーズの中に進入を果たし、尻の谷間にまで指を這わせている。
レミリアは身体に走る甘い電流を上手く処理出来ず、されるがままになっていた。ぴくぴくと快感に小さく跳ねる身体を何とか抑え、乱れる息を整えようと唇を引き結びながらも鼻で大きく息を吸う。そして、ようやく気付くことが出来た。横島の衣服や身体に染み付いた料理の匂い、そして彼の汗の匂いから、現在横島がどういった状態なのかを正しく把握することが出来たのである。
――――風見幽香め!! 善意でのことだろうが
幽香が注文し、横島が食べた料理は全て精がつくものだったのだ。そんなもので、と馬鹿にしてはいけない。ここは幻想郷。外の世界では失われた冗談のような効能の精力剤が普通に存在している様なところなのだ。ましてや妖怪に妖精、果てには神までもが存在する世界。
真相に気付いたレミリアは先程までのように快感に流されることなく、横島の両手を掴み、それ以上の狼藉を許さない。一刻も早く、横島の正気を取り戻さねばならないのだ。
――――このままでは精神の均衡が崩れ、
レミリアは横島を強引にベッドに押し倒し、彼の両手を片手でまとめて押さえつける。その衝撃のせいか、横島は小さく呻き、その瞳に小さくも理性の火を灯した。
「諸々の問題が解決していたのなら、あのままお前に抱かれるのも吝かではなかったが……残念だが、それはまだお預けだ」
「あ……れ……? お嬢、様……?」
呻く様に名前を呼ぶ横島の頬に遊ばせていた方の手で触れる。そのまま優しく撫でるように指を唇に這わせ、そこから顎、喉元と移動させる。
レミリアは爪を横島のシャツの首元に引っ掛けると、そのまま力を込め、一直線に引き裂いた。露出した横島の胸に身を預けるようにしなだれかかり、首を甘噛みする。
「う……っ……?」
「苦しいか、横島? もう少しだけ我慢しろ。強く吸ってやるからな……すぐに楽になる」
横島の耳元で囁いたレミリアは数度首筋を舐めると、そこに自らの牙を突きたてる。牙が肉を破り、鮮血が溢れる。レミリアはそれをいつものようにゆっくりと吸い上げるのではなく、強く、音を立てながら啜っていく。
「じゅるるる……、ずじゅっ、じゅずずず……っ」
「ぅあっ……、は、あぁ、あ……っ!?」
血を吸われる度に、喘ぎにも近い声が漏れてしまう。強く、下品に血を吸う光景。それは横島には信じられない光景であった。レミリアが横島の血を吸う時、彼女はこんな風に音を立てたりはしなかった。優雅で気品溢れる少女――――それが横島がレミリアに抱くイメージの一つである。そんなレミリアが、下品にも音を立て、口元を汚しながらも自分の血を吸っている。何故そんなことになっているのか、横島には分からなかった。
未だ朦朧とした意識の中とはいえ、横島は確かに正気を取り戻している。横島が聞いた、レミリアの言葉。それが頭の中で何度もリフレインする。――――レミリアが、自分の為にしてくれているのだと。
レミリアが喉を鳴らして血を飲む度に、横島を苛んでいた身体の熱が失せていく。あれほどまでに自らを追い込んでいた欲望も、今ではその片鱗もない。
「……ぅ……っ………………」
「ちゅるるる……ぷあっ――――眠ったか……?」
横島はレミリアに血を吸われながら、緩やかに意識を失っていく。そこに恐怖は一片も見えず、どこか安堵したような表情であった。
レミリアは首から口を離す。銀が混じった赤色の橋がぷつりと千切れ、それが最後に横島の身体を汚す。軽い寝息を立てる横島の顔を覗き込み、完全に睡眠へと入ったことを確認する。もしかしたら貧血による気絶かもしれないが、レミリアには判断のしようもないので気にしないことにした。顔色が白くなっているので、可能性としては後者の方が高いかもしれないが。
「ふう……何とかなった、か……」
レミリアは覆いかぶさっていた横島の身体から身を起こし、口をハンカチで拭う。小食のレミリアとしては些か辛い吸血であったが、これも全ては横島の為だ。彼女に否やはない。もしかしたら飲みすぎで体調を崩すかもしれないが、その時はその時だ。
ちらりと横島の顔をもう一度見やれば、彼の口端から少々涎が流れ出ている。恐らく、先程の吸血の時に出てしまったのだろう。レミリアは最後にそれをぺろりと舐め取ると、横島の頭を優しく撫で、部屋を後にした。横島の部屋に響くのは彼の寝息のみ。窓の外からは虫のさざめきが響く。
それは、まるで何もなかったかのように、静かな夜だった――――。
第六十三話
『小さな親切、大きなお世話』
~了~
「それじゃあ、話を聞かせてくれるかな。……小悪魔」
「はい……てゐさん」
そこは、大図書館に程近い、小悪魔の私室。ソファーに座り、対面しているのは小悪魔とてゐの二人。横島達が幻想郷の探検から帰ってきた、翌日のことである。
「私は――――」
言い辛そうに、それでも言わねばならないと、小悪魔は決意を胸に口を開く。それは、
一方その頃紅魔館の正門前では――――!!
「な……ッ!!」
「なんという…………ッッ!!」
「偶然!!!」
その場に居たのは幻想郷の各派閥のトップとそのお付きの者達。
命蓮寺からは聖白蓮と幽谷響子。神霊廟からは豊聡耳神子と物部布都。守矢神社からは洩矢諏訪子と東風谷早苗。
「なるほど……こういう偶然もあるわけだ。我等三人がここに集った……理由は違えど、目的は一緒だろう?」
不敵に微笑む神子に、白蓮と諏訪子が頷きを返す。それを見た神子はより笑みを深め、こう切り出した。
「共に行かないか」
「私らは一向にかまわんッッ!!」
諏訪子が威勢よく答え、白蓮も静かに笑みを浮かべ、了承の意を返す。
多くの偶然が重なったこの日――――それが、運命の日となるのだ。
横島君はテクニシャン(挨拶)
どうやら、俺は大きな思い違いをしていたようだ……。
東方煩悩漢のお色気要員は美鈴とパチュリーだけじゃない!
レミリアお嬢様も含まれていたんだよ!!
そしてもう一つ……
横島君はなぁ、受けなんだよぉ!!(三話ぶり、二回目)
それではまた次回。