東方煩悩漢   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました。
煩悩日和に続いて、こちらの方も更新再開です。……あっちからまた日が空いてますが。

今までと比べると短めです。

いやー今回からトンデモ設定がぶち込まれていきますので反応が怖いですね。


第六十五話

 

 ()()が形作られたとき、既に()()には意識があった。

 己がどういったものか、何者なのか、それらは漠然と理解出来ていた。

 自らの身体――――その上で生きる、数多の生命の息吹を感じながら、()()は永きに渡るまどろみの中を揺蕩い続ける。

 

 己の身体は自由に動かせぬ。それはそうだ。()()にはそういったことが出来るような部位など存在しない。そこで、()()は考えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは己を模して創られた。長い身体をくねらせ、大空を駆ける異形の存在。

 大いなる力を秘めた()()が創り出した、大いなる分御霊。

 雨・風・雷を操り、空から()()の上に住まうあらゆる生命を見守る、大いなる存在。

 

 ――――産み出されたのは()()()()()。その名を、“龍神”といった。

 

 

 

 

 

 

 

第六十五話

『自然の触覚』

 

 

 

 

 

 

 

 その日の紅魔館の中庭には、錚々たる顔ぶれが一堂に会していた。

 

 守矢神社からは真の祭神である洩矢諏訪子と現人神である東風谷早苗。

 命蓮寺からは住職である聖白蓮と門前の妖怪小娘こと幽谷響子。

 神霊廟からは聖人の豊聡耳神子と尸解仙の物部布都。

 永遠亭(紅魔館の居候組)からは月の頭脳こと八意永琳と永遠のお姫様である蓬莱山輝夜。

 そして紅魔館からは引きこもりのパチュリー・ノーレッジとお昼寝大好き紅美鈴、キャラ作りのフランドール・スカーレット。

 あとついでに焼き鳥屋の藤原妹紅。

 

 ――――幻想郷を代表する各派閥のトップ達が、ここに集っているのだ。

 

「って待て!! 何か私の説明だけ雑過ぎるんじゃないか!? あとついでってなんだ、ついでって!!」

「引きこもりとかキャラ作りとか、私達のもひどい……」

 

 突如として虚空にツッコミを入れる妹紅とフラン。皆からは何かおかしなものを見るような目で見られ、ツッコミに参加しなかった美鈴は居心地の悪さを感じている。パチュリーは我関せずといった具合に優雅に紅茶を楽しむだけの余裕を持っているようだ。彼女にとってメタ的なツッコミは今更の話である。

 

 新たにこの中庭に訪れた六人は妖精メイドが運んできてくれた椅子に着き、同じく妖精メイド達が用意してくれたお茶菓子と紅茶をそれぞれ口に運ぶ。

 

「あ、このクッキー美味しいですね」

「本当だね。昔に早苗がデパートで買ってきてくれたクッキーとちょっと似てる感じがする」

 

 どうやら早苗と諏訪子はクッキーが気に入ったようで、サクサクと美味しそうに頬張っていく。その様子を眺めている二号はどこか得意気な表情を浮かべている。

 

「……? どうかしたの、二号?」

 

 どこかそわそわとしている二号の様子に気付いた美鈴はその理由を尋ねる。二号はその言葉に待ってましたと言わんばかりの笑顔を浮かべ、何故か平坦な胸を張って真相を語る。

 

「実はですねー。なんとなんと、そのクッキーを作ったのは横島さんなんですよー!」

「えっ」

「おや、そうなのかい?」

「ふむぐっ!?」

 

 ぴしり、と固まって驚愕の声を漏らす早苗。神子は目を見開き、手に持ったクッキーをためつすがめつ眺める。布都は頬が膨らむほど詰め込んでいたクッキーの製作者が横島と知り、彼が料理も出来ることに驚きと尊敬に目を輝かせ、その直後にその横島が作ったクッキーをちゃんと味わわずに食していたことに後悔と罪悪感に暗む。

 

「横島さんはお菓子作りも得意だったのですか?」

「あー、まあ咲夜から色々と教わってるしね。このクッキーも元々はあいつがみんなに食べてもらおうと大量生産してたやつなのよ。咲夜はまだまだ人に出す領域ではないって言ってたけど。」

「美味しいと思うんだけどなー」

「咲夜さんは厳しいですからね。でもそれも期待している証拠ですよきっと」

 

 白蓮の問いに答えるのはパチュリーだ。咲夜が真剣な顔で横島が作ったクッキーを分析していた時のことを思い出し、少し表情を曇らせる。「お嬢様に食べていただくには砂糖が~」などと言っていたが、まさかグラム単位で指摘するとは思わなかった。美鈴もその完璧メイドっぷりをこれでもかと知っているため、遠い目をしながらやや不満気なフランを諭す。

 

「最近はお料理も頑張ってるみたいだし、将来性はバッチリよねー。もうちょっと和食を作ってくれたら嬉しいんだけど」

「それはしょうがないだろ。いくらレミリアが納豆好きだからって、元々あいつが好むのは西洋料理だし」

「り、料理まで……?」

 

 輝夜と妹紅の会話に早苗がショックを受けたかのような声を出す。早苗の中の横島のイメージと、輝夜達が語る横島の話が全く一致しないのだ。

 

「横島君は普段が普段だからね。貴女の気持ちも理解出来るわ」

 

 そんな早苗に微笑みかけるのは横島の最大の理解者の一人でもある永琳。横島の言動のギャップの激しさは永琳にとっても驚きに値するものである。

 

「でも、横島君だって毎日をただ無為に過ごしているわけではないのよ? 例えばさっきも聞いた通り咲夜に料理を始めとした家事を習い、毎朝早く起きて美鈴と魂魄妖夢から拳法と剣術を学び、私と鈴仙からは医療技術まで教わってるんだから」

「え……?」

 

 それは驚きの言葉であった。早苗の横島に対するイメージははっきりと言って悪い。女性に対してだらしなく、自分や大事な家族にまで邪な視線を向けてくる。人里では横島に対する噂も良く聞き、尾鰭や背鰭が付きまくった良く分からない話も聞く。そのような人物が毎日真面目に仕事と修行をこなしているなど、誰が思おうか。

 あとついでにオンバシラによってぐちゃぐちゃに潰された状態から一瞬で復活したあの光景は時々夢に見る。立派なトラウマとなってしまったらしい。横島に対する苦手感情はそこから来ているものも多いだろう。

 

「あの、横島さんってどんな人なんですか?」

 

 ここでおずおずと質問を投げかけるのは、この中で唯一横島とほとんど何のかかわりもない響子である。彼女は横島やフランに謝罪をするために白蓮に連れて来られたのだが、フランは全く気にしている様子もなく、肝心の横島は食べ過ぎで体調を崩して今だベッドの上であると聞いた。

 迷惑をかけてしまった人がどのような人となりなのか気になるのは仕方のないことだろう。この質問にピクリと反応を返したのは当然横島の恋人達三人と、現在横島のことが凄く気になっている布都だ。

 

「何というか、一言で表すのは難しい奴だからなー」

「確かにそうですよね。優しくて父性に溢れた一面もあれば卑屈で泣き虫な部分もありますし。まあそういうところも可愛いんですが」

「えっとねー、ただお兄様はねー、優しくて強くて温かいの!」

「お、おおう……?」

「ふむふむ……!」

 

 急にイキイキと語りだす三人の勢いに呑まれたのか、響子は目をぱちくりとさせて引いてしまう。反面、真剣な表情で話しに聞き入るのは布都だ。早苗は妹紅達三人と布都の様子を見て、とある可能性に行き着いたのか、その顔に驚愕を貼り付けている。

 

「え……え、ちょ、ちょっと待ってください。もしかして四人とも横島さんのこと……?」

 

 途中で途切れてしまったその問いに、四人はそれぞれ違った顔を――――しかし、それでもある一点だけは同じである表情を浮かべる。

 

「……実は、私と美鈴とフランは横島(あいつ)の恋人なんだよ」

「うむっ! 我は横島殿に対して好意を――――って何だとおおおおおおおっ!!?」

「こっ、恋び……!? ええええぇぇぇっ!!?」

 

 照れ臭そうにしながらも妹紅が代表し、その告白をした。それを受けた布都は自らも横島への想いを明確にしておこうと顔を真っ赤にして好意を示そうと思ったのだが、知らされた驚愕の事実に逆に顔を青ざめるはめになってしまう。可愛らしいドヤ顔からの驚き顔へのシフトは見事だと言わざるを得なかった。早苗にいたっては口を金魚よろしくパクパクとさせ、まるで酸素が尽きたかのような喘ぎを漏らし、小さな声で「ありえない……ありえない……」と呟いている。

 

「……物部とやらはともかく、早苗は失礼すぎやしないかい?」

 

 隣に座っていた諏訪子は早苗のあんまりな態度に呆れ顔だ。確かに早苗の態度は失礼にあたるだろう。しかし、しかしだ。これは仕方がないものと言えるだろう。

 

「だって……だって、三人ですよ!? 恋人が三人ですよ!? そんなのおかしいじゃないですか!?」

「いやでも幻想郷にそういう法律とかってないし、そもそも妖怪はそういうことをそこまで気にしないし」

「妹紅さんは人間じゃないですか!?」

「おう、ナチュラルに横島を妖怪扱いするのはやめろ」

 

 早苗は外の世界からこの幻想郷へと移住してきた人間だ。やはりまだまだ外の世界の常識が抜けていないこともあり、横島が複数の女の子と付き合っていることに憤慨する。早苗としてはお互いに一人だけ、そういった恋愛観を持っている。やはり愛し愛されるのならば一人の男性が良いのだ。それこそ、人が行うべき恋愛であると言える。せっかく上がりかけた横島の評価も据え置きだ。

 

 

 ――――しかし、それも常識が違えば意味のないものとなってしまう。

 

「くうぅっ! まさかこれほどに先を越されていようとは……!! しかしまだ慌てる時間ではない。先ほどの言葉から皆と横島殿はまだ婚姻は結んでいないはず。……であるならば、我こそが横島殿のこなみとなり、他の皆をうわなりとしてしまえば良いのだ!! うむっ!! 我が最初に横島殿のお嫁さんに――――……お嫁さんかぁ……えへへ」

「布都さんっ!!?」

 

 一人で盛り上がり、一人で照れ始める布都に早苗は目を剥いた。何か裏切られたような気分になったらしい。

 余談であるが、布都が生きていた飛鳥時代は貴族間で一夫多妻の習慣があり、正妻を“こなみ”と呼び、後妻を“うわなり”と称した。斯く言う布都も貴族(豪族)のお姫様。当然一夫多妻には理解があった。

 

「私が……!? 私がおかしいんですか……!?」

 

 周りに味方が誰一人いない状況に早苗は頭を抱える。唯一何か言ってくれそうな白蓮も仏教徒ではない彼女達に仏教の戒律を説くことはせず、困ったように微笑むばかりである。彼女の知り合いの妖怪の中に、多くの女性、あるいは男性を囲っている者がいたこともその要因の一つだろう。

 

「東風谷早苗」

「……何ですか、輝夜さん」

 

 事態を静かに見守っていた輝夜が、早苗に対して声を掛ける。輝夜はどこから取り出したのか扇子を持っており、それをパッと開くと、早苗に対してこう言った。

 

「この幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」

「何で貴女がその言葉を知ってるんですかーーーーーー!!」

 

 思い切り楽しげな笑顔を浮かべ、同じく何やらデフォルメされた何者かのドヤ顔が描かれた扇子を見せ付けてくる輝夜に、早苗は「うわーん!!」と泣き出してしまう。泣き付かれた諏訪子は早苗の頭をよしよしと撫でて慰めているが、早苗の意見に同調しているかと言えばそれははっきりとNOである。

 

「しかし、そうか……。横島君は凄く頑張ってるんだねぇ」

「……? 諏訪子様……?」

 

 感慨深げに呟いた諏訪子の声に、早苗は少々違和感を覚えた。それは普段の諏訪子の声ではなく、どちらかといえば()()()の、本性が顕れた声に聞こえたからだ。

 

「んん~、やっぱり良いねえ、横島君。うちにほしいよ」

「ええっ!?」

 

 それは本心からの言葉だったのだろう。早苗が驚いて顔を上げる。そして視界に入った諏訪子の顔は、()()()()()()()()()()

 

「霊力がとても強く、文武両道で家事も出来ておまけに精力絶倫。――――良いねえ、横島君。()()()()()()()()()()()()

 

 その笑みはまるで亀裂のようで。口端から覗く諏訪子の舌は細く長く、まるで爬虫類のようでさえあった。久方ぶりに見せる諏訪子の神としての一面を見た早苗は、その背筋に走る悪寒に身を震わせる。

 

「早苗や神奈子にあげるのはもったいない。私がじっくりたっぷりねっとりと搾り尽くしていただいちゃわなきゃ!!」

「諏訪子様ぁっ!?」

 

 しかしその目は何だか残念な輝きを放っており、その口から漏れたのは何というかとても邪なものであった。諏訪子の言っている「食べる」という言葉の意味が理解出来た早苗はその顔を真っ赤に染める。

 

「な、何を言ってるんですか諏訪子様!? た、食べるってそういうことはもっとこう親交というか交際を深めてからですね……!!」

「ははは、神話の存在に今更そんなことを言われてもね。私が統括するミシャグジ様は子孫繁栄の神でもあるんだよ?」

 

 ついでに言えばミシャグジ様の人身御供に選ばれるのは未成年の少年である。()()()()()()()()()。その点も加味すると、横島はまさに諏訪子にとってドストライクな存在なのだ。……欲を言えば、もう少し幼い外見の方が良かったらしいが。

 

「ふふふ。では、貴女にとって有益な情報を与えましょう」

「お、なんだい?」

「ちょ、もうそういう話は――――」

 

 ぐふふ、とイヤらしい笑みを浮かべる諏訪子に、永琳は何故か柔らかな笑顔を浮かべながら話しかける。諏訪子は永琳から齎される情報にワクワクとした様子だが、早苗は逆に嫌な予感がビンビンだ。これ以上話をややこしくしないでもらいたいと遮ろうとするのだが、それも一歩届かなかった。

 

「横島君の最大戦闘力は恐らく……()()()()()()()()()……!!」

「ちょっとマジで本当に是非ともうちに来てほしいっっっ!!」

「にじゅ……っ!!?」

 

 永琳から明かされた情報は……非常にアレだった。本当に必死な感じで横島を欲しがる諏訪子もアレだ。話に参加していなかった布都は両手の親指と人差し指で大体の長さを計測し、頬を赤く染め、目をぐるぐるさせて「ひゃー……わ、我に収まるのかな……」などとちょっと危険な呟きを漏らしている。

 周囲の皆は突如始まった下ネタトークに参加することはせず、とりあえず嵐が過ぎ去るのを待った。全く意味を理解出来ていなかった妹紅とフランを除き、皆頬を赤く染めてはいたが。

 

「……何だか、話が妙な方向に進んでしまいましたね」

「ああ、まったく。横島君が欲しいのは私達もそうだが、まさか洩矢諏訪子はそちらの意味で横島君を欲しがるとは」

 

 そう、今回彼女達がこの紅魔館に集まったのは横島の勧誘のためだったのだ。と言ってもそれはついでの話。それぞれがそれぞれに別の理由が存在した。

 白蓮の場合は響子の大声によって迷惑を掛けてしまったことに対して改めて謝罪をするため。そのために響子を連れて来ていたのだ。

 神子は布都と横島の仲を深めるため。以前命蓮寺で布都が横島に好意を抱いた様子だったので、神子はお節介を焼くことにしたのだ。布都が自分のために横島とのお見合いをセッティングしたと勘違いしていることにはまだ気付いていない。

 諏訪子は横島を苦手としている早苗の意識を変えるため。悪い部分だけを見ず、良い所も見つけさせるという視野を広げるための措置でもある。ちなみに神奈子ではなく諏訪子が引率役なのは神奈子が辞退したからだ。「私が行くと……ほら、また横島君にオンバシラしちゃいそうだから」と語ったという。それが完全に裏目に出てしまった。

 皆横島の事は来てくれればいいな、くらいの気持ちだったのだが、まさかこんな理由で本気になる人物がいるとは思わなかったろう。このままの流れでずっとそちら方面の話を展開されるのも困りもの。神子は手をパンパンと叩き、皆の注目を集めると何とか話を別の方向へと持っていく。

 

「はいはい、そういった話はまた今度にしよう。折角こうして我々が集ったんだ。今後の幻想郷、ひいてはそこに生きる若者達をどのようにして導いていくかの話を――――」

「そういうのは今回なしにしようよ」

「――――じゃあ横島君の恋人達から色々と話を聞こうか」

 

 折角の提案を速攻で却下された神子は投げやり気味に恋バナへと繋げることにした。布都のサポートにも繋がるので間違った選択ではない。ただ、独り身の状態で他人の惚気話を聞かなければならないのが問題と言えば問題か。

 妹紅達に集まる視線。何だかんだ言っても皆はまだまだ女の子。そういった話は大好物だ。熱を伴った視線に撃ち抜かれる三人は少したじろいでしまうが、横島の話ならば望むところ。三人は我先にと横島との日々について語り始める。

 

 ――――それが、夕刻近くまで続いた。皆こういう話に飢えていたらしく、終始盛り上がったままだったという。その際にパチュリーから「夕食でもいかがかな?」とお誘いがあり、皆も少しだけ期待していたのかすぐさま了承を返した。白蓮と響子は精進料理となるだろうが、そこはそれ。咲夜ならばどんな料理でも完璧に仕上げてくれる。

 

 皆は笑い合いながら妖精メイドを先頭にゲストルームへと移動する。布都や諏訪子が横島の見舞いに行きたがったが、そこは皆で止めた。特に諏訪子は全力で。

 

 

 

 

 

 やがて陽も落ち、月が空に顔を覗かせる頃。紫は自宅でスキマの中に潜り、横島の世界への“糸”を辿っていた。初めの頃はか細く、今にも千切れてしまいそうだったその糸も、根気良く辿り続けることでその太さはいや増し、終点が見えてきていた。

 

「……」

 

 紫の小さな唇が弧を描く。“あの日”からふた月程。ようやく横島の世界へと辿り着こうとしていた。糸を辿り、切りの良い場所でスキマを固定し、次回からの出発点とする。そんな作業を幾度と無くこなしてきた。このスキマの空間を支配出来るはずの彼女がこれ程までに長い時間を取られてしまうほどに遠い遠い、横島の世界。彼の世界が近付くにつれて、紫は糸から発せられる超常の力が更に強まってくるのを感じる。

 

「……次元が違う、というのはこういうのを言うのでしょうね」

 

 それは、大妖怪であり賢者でもある自分よりも、遥かに強い“力”。神や悪魔、妖怪といった超自然的な存在がその信仰(ちから)を失っていない世界。――――その存在力に大きな隔たりがあるのは当然と言えた。

 

「横島君の世界で私達が信仰を得ることが出来れば、力が増したりするのかしら……?」

 

 それは流石の妖怪の賢者も分からぬこと。何せ前例が無いのだから仕方がない。これで横島の世界へと渡りを着け、横島を元の世界に還すことが出来るのであれば……その時に色々と試してみようか。

 紫は糸の力に圧倒されながらも横島の世界に思いを馳せる。洩矢諏訪子や八坂神奈子、それに豊聡耳神子などは向こうの世界でも広く信仰されているだろうし、劇的なパワーアップを遂げるのかも? と、可愛らしく小首を傾げながら夢想する。そんな風に気分良く、楽観的とも言える思考を巡らせるのは、糸から発せられる力に感覚が麻痺し、ある種酔っていたからだろう。

 

 

 

 

 

 ――――だから、気付くのが遅くなった。

 

 

 

 

 

「――――ッ!!?」

 

 紫は鬼気迫る勢いで振り返る。自らが住む世界、幻想郷にて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のを感じ取った。

 

「これは……まさか、そんな……っ!!」

 

 紫は固定されたスキマを通り、大急ぎで幻想郷へと帰還する。目指すは霧の湖に程近い、魔法の森。最後のスキマを通り、その身を外界に晒した紫が目にしたもの。それは――――。

 

「……っ! 何てこと……っ!!」

 

 それは宙に浮かぶ、その姿を変貌させた氷の妖精“チルノ”。彼女の背後には全身を凍らされ、また氷の檻に囚われた横島の姿がある。そして、それだけではない。チルノの視線の先には、多くの人影が存在した。

 地に倒れ伏す、幾人かの人影。それは神子、布都、白蓮、早苗、美鈴、咲夜、パチュリー。辛うじて立つことが出来ているのが諏訪子、妹紅、輝夜、鈴仙、レミリア。苦々しく顔を歪めながらもチルノを見つめ、しっかりと両の足で立っているのは永琳とフランの二人だけだ。

 

「チルノ……! どうしてただお兄様やみんなに酷いことするの……!?」

 

 それは何度目かの問いかけ。フランは月を背景に自分達を冷たく見下ろすチルノにきつく問いただす。今までチルノはそれに答えなかった。だが、今回は違うようだ。

 

「……(アタイ)は……ずっと、寂しかった」

 

 チルノの手が、背後に浮かぶ横島を撫でる。

 

「お兄さんは、それを(アタイ)()()()()()

 

 チルノは、愛おしそうに横島を見つめる。

 

「――――だから、幻想郷(アタイ)はお兄さんに傍にいてほしいの」

 

 小首を傾げ、にっこりと笑うチルノの姿に、フランの背筋に言いようのない悪寒が走る。知らず一歩後ずさったフランはしかし、何かにぶつかりそれ以上下がることはなかった。

 

「あ……、ゆかり?」

「……」

 

 フランの背後に居たのは紫であった。紫は痛ましげな、あるいは悲しそうな複雑な表情でチルノを見つめる。

 

「……そう。理由は分からないけれど、()()()()()()()()()()()()()()

「ゆかり……?」

 

 小さく疑問の声を上げるフランに答えぬまま、紫はフランと永琳の前へとゆっくりと歩を進める。

 

「何だ……随分と遅い到着だな、八雲紫」

「ごめんなさいね、レミリア。少し立て込んでいたの」

「そんなことより、今のチルノはどうなってるのさ? ……まあ、大体のことは何となく理解出来てるけど」

 

 身体の大部分を凍らされているレミリアと諏訪子の氷をスキマを使って剥がし、紫は皆に聞こえるようによく通る声で()()()()()()()()

 

「みんな……今のチルノは、チルノであってチルノじゃないわ」

 

 皆の視線が紫に集まる。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――大空を舞う龍神は、ある時数人の妖怪からとある提案を受ける。それは、妖怪を守るために力を貸してほしいというもの。龍神はそれを快く受け入れた。

 確かに大空を舞うのは素晴らしいことだ。自らの本体に住まう多くの生命を見守るのも有意義なことだ。だが、龍神はずっと独りであったのだ。

 孤独――――漠然と心の中に住み着いていたもの。これを払拭するためにも、龍神はこの妖怪達と共に妖怪の理想郷を造り、皆と共に生きていこうと決めたのだ。

 しかし、龍神はあくまでもその土地の最高神。色々と役割を持たなければならない。そこで考えたのが、更なる分身を生み出すことだ。龍神の代わりに多くの者と係わり合い、計算よりも直感的に物事を判断し、より生の感情を表現する存在。

 

 それが龍神の――――大自然(かみ)の触覚たる存在――――“妖精”。

 

 

 

 

 

 

 

「今のチルノは――――()()()()

 

 

 

 

 

第六十五話

『自然の触覚』

~了~

 

 

 




早苗「伝わってるのかこの言葉!?」
輝夜「有名です。スゴく……」



というわけで煩悩漢におけるチルノの設定はこんな感じです。

煩悩漢でのチルノが強かったり聡かったりしたのはそれが理由です。詳しい設定はまた次回でしょうか……。
上手く纏められるかな……?(毎回言ってる気がする)

どうにかして布都を目立たせたい。

それではまた次回。

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