東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

……一応ちょっとだけ早く更新できました。このまま以前のペースに戻していきたいですね。

今回は龍神との戦闘準備回みたいな感じでしょうか。
活躍の少なかったキャラが登場しますー。

それではまたあとがきで。


第六十七話

 

「はっ、はっ、はっ、はっ……!!」

 

 暗い闇に覆われた魔法の森を大妖精はひた走る。

 今、大妖精の胸中に渦巻くのは焦燥だ。それがどこから来るのかは自身にも分からない。だが、確信にも似た予感のままに、大妖精は走る。

 

「誰か……誰か……!!」

 

 “チルノが大変な目に遭っている”。大妖精はそれを感じていた。なぜそれが分かるのか、彼女にも不明である。妖精の上位種である大妖精だからそれが分かるのか、それともチルノの親友だからそれを感じ取ったのか。大妖精には分からない。

 しかし、分かることもある。誰か、助けが必要なのだ。

 大妖精は弱い。妖精の中ではそれこそトップクラスであると言えるが、それもあくまで妖精の中でしかない。チルノのように規格外と言えるほどの力も有していない。

 だから助けが必要なのだ。今現在幻想郷各地を覆う結界の力の主は、自分と同じく魔法の森の中にいる。その力はとてもではないが自分の及ぶ所ではないだろう。感覚が麻痺してしまうほどに力の差がありすぎる。

 

「……っ」

 

 何とも情けない話だ。自分一人では親友の助けになることも出来ない。――――だから大妖精は走るのだ。

 空を行けば“何者か”に見つかってしまうかもしれない。そうなれば全ては終わってしまうかもしれない。単なる可能性の話だが、大妖精はそうなってしまうだろうと思い込んでしまう。恐怖から来る思考の単純化が原因だ。

 身体が震える。呼吸が乱れる。それが切っ掛けとなったのか、脳裏には様々な考えが浮かんでは消えて行き、単純さは一転して複雑に置き換わった。

 纏まらない思考、乱れる呼吸に身体の震え。それらは大妖精を侵し、その脚をもつれさせた。

 

「あ……っ!?」

 

 走る勢いのまま、思い切り転んでしまう。幸い足首を捻ることはなかったが、膝や腕、顔を少々擦りむいてしまう。そして、転んだ衝撃で手に握っていたチルノの髪留めを放してしまう。

 

「チルノちゃんの髪留め……っ!」

 

 割れた髪留めをすぐに拾う。幸いさらに壊れてしまうといったこともなく、罅割れていることを除けば綺麗だと言える。

 大妖精は髪留めを手にし、なぜチルノが横島から贈られた髪留めを身につけていないのかを考える。誰かに襲われたのか……自分から捨てたのか。

 後者はありえないと大妖精は断じる。では、誰かに襲われたのか。この胸を侵す焦燥、予感。それが真実なのかと考える。

 では、この圧倒的な力の主がそうなのか? 大妖精には分からない。もっと分からないのは、この幻想郷に充満する力には覚えがある。それはいつも隣にいた者の力の波動。規模も、強さも、性質さえも違うその力。それでも大妖精は似ていると思うのだ。

 

「……チルノちゃん、なの……?」

 

 この力の主がチルノであるのならば、チルノはどのようにしてこれほどの力を得たのか。また、幻想郷で何をしているのか。なぜ髪留めを放してしまったのか。色々な疑問が湧いてくる。

 

「ううん。今は考えるよりも行動しなきゃ」

 

 大妖精は深く沈み込みそうになる思考を無理矢理放り出し、助けを募るべく立ち上がる。遠くから地響きと共に聞こえてくる弾幕の炸裂音。少なくとも、自分ではどうしようもない。現場に向かうのならば、相応に強い人物の力が必要となるだろう。

 

「……と言っても、そんな都合良く誰か強い人が通りがかってくれるわけが――――ヒィッ!?」

 

 キョロキョロと辺りを見回しながら独り言を呟いていると、近くの藪がガサガサと大きな音を立てた。思わず身を跳ねさせてしまう大妖精であるが、次の瞬間には珍妙ではあるが格闘のためと思しき構えを取る。目に涙を浮かべてはいるが、同時に決意もその瞳に宿っている。

 

「ち、チルノちゃんを助けるまでは一人でも頑張らなきゃ……!! わ、私だってやる時はやるんだから……!!」

 

 身体は絶えず震える。それは恐怖から来るものか、それとも()()()()()()()()()()()()()。ともかく、今の大妖精にそれを確かめることは出来ない。

 やがて大きくなる音。それは何者かが大妖精の元に近付いてきていることを意味している。震えも緊張も恐怖も、どれもが最高潮。ごくりと唾を飲み込んだ音がやけに耳に付く。それが切っ掛けとなったわけではないだろうが、一際大きな音と共に、何者かが藪を抜けて大妖精の前へと躍り出た。

 

「あなたは――――!!」

 

 大妖精の前へと現れた少女は、大妖精の無事を確認してほっと溜め息を吐く。それは少女にとっても僥倖だったのだが、大妖精にとってはそれ以上だ。

 とても頼もしい人物が、()()()()()()()()()()()来てくれたのだから。

 

 ――――何とかなるかもしれない。

 

 大妖精の胸の内に、希望が芽生えた。

 

 

 

 

 

 

 

第六十七話

『友達の為に』

 

 

 

 

 

 

 

「……やはりこちらの呼びかけに応えない」

 

 戦闘を諏訪子、レミリア、妹紅に任せ、結界による重圧の強くなった紫は自らの式である藍とコンタクトを取ろうと試みる。二人は主従の関係であり、特別なパスが形成されている。それはどんな状況でも通じるはずの連絡手段でもあったのだが、現在は龍神(チルノ)の結界の影響か、妨害されているようである。

 きっと今頃は突然紫と連絡がつかなくなり、更にはスキマによる移動も出来なくなってしまったのでまたぞろ盛大に取り乱しているのだろうと紫は溜め息を吐く。

 藍の過保護は橙だけでなく、時として紫にも発動する。それが紫としては少々迷惑な所でもあるのだが、今の状況ではその過保護っぷりを酷く待ち遠しく感じてしまう。

 

 何度も上空で響く爆音。身体に叩きつけられる不可視の衝撃波。見上げれば、降りしきる雨を覆うような規模の煙――――水蒸気が立ち込めている。

 妹紅の炎と龍神の水と氷がぶつかり合った結果だ。弱体化していても、妹紅の炎は神が生成した氷を容易く蒸発させるほどの威力がある。……それが災いした。

 

「だーっ、くそ!! 失敗した!!」

 

 もうもうと立ち込める水蒸気によって完全に視界を塞がれてしまう。妹紅もレミリアも諏訪子も永きを生きた存在であり、その永い生を戦いで彩ってきた。当然視界を潰される様な事だって何度もあり、その対処法も用意してある。

 しかし、この地を龍神の気が満たす場ではそれも難しい。

 結界によって弱体化した能力、感覚。その上更に視界まで潰されてはどうしようもない。人間は情報の八割を視覚から得るという。レミリアも諏訪子も人間ではないが、それでも視覚情報は重要だ。

 

「……ぐおぅっ!?」

 

 水蒸気を抜けた拳がレミリアの腹に叩き込まれ、地面まで吹き飛ばされる。蓄積された傷と雨による継続的な痛み、それらも合わさり、遂には立ち上がることも難しくなるほどのダメージを受けてしまったのだ。

 

「お姉様ぁっ!!」

 

 敬愛する姉の惨状にフランは悲鳴を上げる。結界によって動けない身が恨めしい。キッと龍神を睨みつけるフラン……だが、目に映った龍神の表情に、フランも疑問を抱く。

 龍神は、苦しげな表情を浮かべていた。まるで、傷付けてしまったことを後悔しているような、苦々しげな色を湛えている。

 

「くっそ……!!」

 

 妹紅はすぐにレミリアの元へ着地し、巨大な炎を作り出して気圧に大きな差を発生させ、水蒸気を吹き飛ばす。その間に諏訪子が自らの能力でレミリアを雨から守る土の壁と屋根を形成。簡易的ではあるが、堅さは中々だ。

 

「悪いレミリア。私のせいで……」

「ぐ……っ、いや、気にするな。どの道、私が真っ先に倒れていただろうからな。……お前達の足を引っ張るような形じゃないだけ、上出来と言える」

「その中から出ないほうがいいよ。チルノ……龍神は戦闘不能になった奴に攻撃はしてこないみたいだけど、雨はどうしようもないからね」

「……ああ、そうさせてもらう」

 

 反発せず、意地も張らずに諏訪子の言葉に従うレミリア。冷静に自らの状態を完全に把握し、二人の邪魔をしないための判断だ。自らのプライドよりも優先すべきことは、龍神を倒し、横島とチルノを取り戻すこと。

 レミリアは唇を噛み切りながらも後を二人に託す。

 

「横島……!! チルノ……!!」

「まったく……。相性的には私の方が有利なはずなんだけど。神奈子に負けた私へのあてつけかな?」

 

 龍神とは水神。司る力もそのままずばり“水”である。

 五行で例えるならば水は火を消し、土は水を吸収する。つまり相性で言えば妹紅は龍神に弱く、諏訪子は龍神に強いということになる。

 もちろん単純な相性等覆すことも出来るには出来る。先程の妹紅が引き起こした水蒸気爆発……つまりは蒸発、気化によって火が水を消すことも可能だ。

 

 ()()()()()の能力。それを同じ神たる諏訪子と神奈子に倣って名付けるならば、『(かん)を創造する程度の能力』といったところか。

 坎は五行での性質は水であり、やはり諏訪子とは相性が悪い。しかし、龍神が操るのは水だけではないのだ。

 

 ――――天候操作。雨だけではなく、風、雷をも操る。龍神としてチルノを介して顕現した現在の状態だからこそ水の性質が色濃く出ているのだ。

 もし大元の龍神本体が力を揮えば、それは今の能力の規模を大きく超える、『()()()()()()()()()()()()』となるだろう。

 とはいえ、龍神が水神という側面を持つことに変わりはなく、龍神が大地であるという事実も変わらない。最も強い力を発揮出来るのは水の力と――――地の力だ。

 故に、龍神は相性の不利を跳ね除け、諏訪子を圧倒することが出来るのだ。

 

「あーうー。いやんなっちゃうね、ほんと。遠距離では分が悪いし……やっぱ、直接身体に叩き込まないとダメなのかなー?」

 

 諏訪子はぼやきながらもミシカルリングを拳に装着し、「ケロちゃんパンチッ、ケロちゃんパンチッ」と軽く拳を振るう。風を切る音は鋭く、龍神もチルノと記憶を共有しているのか、それともチルノの意識が強まったのか、さりげなくお腹のガードを固める。大妖精曰くぷにぷにの腹筋では諏訪子の神の拳は防げないだろう。

 

「そーなると私はサポートに回った方がいいか。炎が有効打にならないのなら、陰陽術くらいしかダメージが通らなさそうだし」

 

 妹紅はもんぺのポケットから何枚もの符を取り出し、その全てに霊気を込める。それは横島もよく知る破魔札だ。そのどれもが妹紅お手製の物であり、威力もそこらの量産品とは比べ物にならない。

 

「……最近放置しっぱなしだったし、雨で湿気てるからまともに使えるかは分かんないけど……」

「そーいう不安を煽るようなことは言わないでよー!?」

「いやでも、得意気な顔で札をぶつけたら不発でした、みたいなことになったら恥ずかしいし……そもそもここ百年くらい陰陽術使ってないから色々と忘れてるかも……」

「だからそれをやめろってーーーーーー!!?」

 

 戦う覚悟を決めた瞬間に始まるコント。今まで静かに諏訪子達の動向を窺っていた龍神も、これには肩の力が抜けてしまう。……諏訪子と妹紅の目が光る。

 

「隙ありーーーーーーっ!!」

「卑怯とは言うまいねぇぇぇえええっ!!」

 

 そして投げられる破魔札と鉄の輪。それは龍神にヒットし、猛烈な爆発を巻き起こした。龍神の背後の横島を封じた氷も完全に巻き込まれているが、なに。そんな程度で横島がどうにかなるわけがないので問題はないのだ。

 

「やったか!?」

「あれほどの威力の爆発……!! たとえ神でもひとたまりもないよ!!」

 

 格下が格上相手に勝つにはどうすればいいか。単純で分かりやすく、効果が高いのは不意打ちをすることだ。妹紅は正々堂々とした勝負にこだわりを持つ武人ではないし、諏訪子も潔い決着を望むが、その過程はあまり重視しないタイプである。

 負けてはいけない戦いと、勝たなければいけない戦い。それに勝つためならば、手段を選んでいる場合ではないのだ。

 ――――尤も、それは。

 

「……ありゃりゃ」

「マジかぁ……」

 

 ――――相手に通じなければ意味がないのだが。

 

「……チルノ(アタイ)は知ってるよ。諏訪子がそーいうことする奴だってこと」

 

 不意打ちが成功したかに見えたが、その実体は龍神の前面に展開された氷の盾によって防がれていた。氷盾に皹が入り、龍神の身体からも煙が上がっていることから、まったくの無傷ということはなかったのが救いか。

 いや、龍神のこめかみがひくひくと動いている。もしかしなくても、相当お冠かもしれない。

 

「……悪いカエルには、お仕置きだ」

 

 不思議と龍神だけでなく、チルノの怒りも込められてそうな声音で龍神は宣言する。

 

「――――『()()

「……なにっ!?」

 

 龍神を中心に形成、展開されていく氷の槍。それは、誰もが見慣れた少女の代名詞。

 

「――――『()()()()()()()()()』……!!」

 

 解き放たれる氷槍。撃ち出される無数の弾幕。それは不揃いのようで、確かに均整の取れた軌道を描き、空気を裂いて進みゆく。

 貫くために。抉るために。氷の悪意は諏訪子と妹紅に牙を剥く。

 

「うおぉっ!? これは……!!」

「チルノのアイシクルフォール!! これは余計なことしちゃったかなぁ!?」

 

 今までただ単純に弾幕をばらまいていただけの龍神が、チルノのスペルカードを使用した。これは先程の不意打ちによって龍神どころかチルノの怒りさえも買ってしまい、二者の意識をよりシンクロさせてしまったのが原因だ。

 チルノは正々堂々、真正面からの勝負を好み、不正行為は一切しない。その真っ直ぐな所が今回は裏目と出てしまった。

 

「何か私らさっきから余計なことばっかしてないか!?」

「紫に永琳にレミリアっていうブレイン役がことごとく戦闘不能だからね!! あーもう、私の神様としての威厳がぁー!?」

 

 威力、弾速共にオリジナル(チルノ)のアイシクルフォールを超えているのだが、軽口を叩いて避けられるぐらいには二人とも余裕がある。これは二人が何度もチルノと弾幕勝負をし、そのパターンを覚えているからだ。

 

「っていうか月のお姫様はどこ行ったのさ!? いつの間にかいなくなってるんだけど!!」

「あいつなら永琳に知恵を借りに行ったよ! 結界の圧も強まってきたから戦闘では役に立たないかもとか言ってたしな!」

「それってむこうで動けなくなってたら意味なくない!?」

「………………」

「目を逸らすな。こっちを見ろ」

「………………」

「コッチヲ見ロッ! コッチヲ見ロォッ!!」

「スイませェん――――なんてやってる場合か!! なんかキツくなってきたんだけど!?」

 

 随分と余裕のある二人に龍神は苛立ちが募るばかりだ。その怒り故か、弾幕はより速く、より鋭く、より強くなっていく。

 だんだんと苛烈さを増していく弾幕に二人が龍神を振り返れば、龍神の周囲には黄色い球体がいくつも浮かんでいた。

 

「――――『雹符』……」

「げぇっ!? あれはあの時の――――!?」

 

 諏訪子の悲鳴にも似た叫びが響く。その弾幕はあの時と同じもの。ミシカルリングを装着した諏訪子の拳をも容易く傷付けた、驚異の弾幕。

 

「――――『ヘイルストーム』!!!」

 

 それはまさしく雹の嵐。迫り来る弾幕はあらゆる物を削り、砕き、撃ち抜きながら諏訪子達へと切迫する。巻き込まれた木が、岩が、容易く粉微塵と化すほどの威力。跳びぬけた実力の持ち主である諏訪子と妹紅であろうと、雹の嵐に飲み込まれればひとたまりもないだろう。

 

「くっそ、速……っ!?」

「ちょ、これは無理――――っ!!」

 

 あまりにも濃密な弾幕の渦。炎の壁も地の壁も、霊符すらも全てを打ち崩す氷の弾は、ついに諏訪子達を捉える。

 迫り来る弾幕になす術もなく、自らを貫くだろう氷弾をただ見ることしか出来ない。

 

 

 

 ――――しかし。

 

 

 

 妹紅の視界の隅に光が走る。やがてそれは轟音を立てながら諏訪子達の眼前の空間を焼き焦がしながら横断し、二人に迫っていた氷弾の全てを()()()()()

 ――――それは青き極光。暗い夜の闇を切り裂く、一筋の閃光である。

 

「今の極太レーザーは……!?」

「魔理沙の『マスタースパーク』……!?」

 

 閃光の出所。諏訪子と妹紅、そして龍神もそこを注視する。動くは人影。響くは静かに土を踏みしめ歩く足音。

 

「……ちょっと見ない間に、随分と印象が変わったわね、チルノ」

 

 一歩一歩、ゆっくりとだが確実に近付くその人影は、すらりとしたシルエットを描き、そこから紡がれる声は柔らかさの中に、しっかりとした強さが込められている。――――()()()()()()()

 

 その手に持つは石突きから煙を発する日傘。その身に纏うはチェックのベストにロングスカート。やや癖のあるショートヘアが雨に濡れたことによって、ストレートになっている緑の髪。

 

「お前は……!!」

「お久しぶり。……危ないところだったわね。何とか間に合って良かったわ、藤原妹紅」

 

 Orientai demon。宵闇小町。四季のフラワーマスター。()()()()()()()()

 

「――――風見、幽香……!?」

 

 幽香は妹紅と諏訪子に一つ微笑むと、すっと視線を動かし、チルノ――――龍神を見つめる。龍神はそれに過剰に反応し、じわりと後ずさった。

 

「チルノ……ではないみたいね。それよりもずっと強い()()()。……でも、どこか知っているような……?」

「龍神だよ。今のチルノは龍神なんだ」

「洩矢諏訪子……? 龍神……。よく分からないけれど、それがチルノを操っている……或いは乗っ取った、のかしら?」

「流石だね。概ねその通りだよ」

 

 諏訪子は幽香の察しの良さに苦笑を浮かべる。以前、諏訪子はチルノから幽香の話を何度も聞いていた。怖いところもあるが、強くて優しいお姉さん、なのだという。

 ケンカ友達である諏訪子とはまた違った、姉妹のような絆を結んだ友人である。

 

「幽……香……? っ、……!」

 

 幽香の名前を呟く龍神。その頭に鋭い痛みが走る。思考が鈍り、能力の行使が上手くいかない。

 

「ちなみにだけど……ここに来たのは、私だけじゃないわよ?」

「え……」

 

 龍神に微笑みかける幽香。その優しげな笑みに一瞬呆けた表情を見せる龍神だが、上空から鋭い敵意を感じ取り、弾幕を放とうと両手に神気を込めるが……それは攻撃ではなく、防御へと使われる。

 

「リグル・キイィーーーーーーック!!!」

「ぐぅっ!?」

 

 上空からの奇襲攻撃。それを仕掛けたのは技名からも分かる通り、蛍の妖怪であるリグル・ナイトバグ。蹴りの威力は中々のものであったらしく、龍神がガードの上から衝撃を受けきれず、呻き声を出す。――――龍神に触れている靴が凍り始めるが、龍神は両手を思い切り払うことでリグルを引き離した。

 

「リグルまで……!?」

「えへへ、どうも。……まあ、私だけでもないんですけどね」

「え……」

 

 そう。この場に駆けつけたのはこれで全員ではない。

 

「なんだー? チルノ、なんか黒くなってるのかー?」

 

 宵闇の妖怪、ルーミア。

 

「髪も長くなってるし、雰囲気も全然違う……本当にチルノなの……?」

 

 夜雀の妖怪、ミスティア。

 

「う、うぅ……っ! よく分かんないけど……よく分かんないし怖いけどミスティアが戦うなら私も……!!」

 

 山彦の妖怪、響子。

 

「――――チルノちゃん……!!」

「――――っ!!」

 

 チルノの親友――――大妖精。

 大妖精の見つめる先……驚きと、喜びと、恐怖と、悲しみと、様々な感情が渦巻く表情(かお)に、涙を載せた龍神(チルノ)がいる。

 大妖精の中の何かが訴えかけてくる。あれはチルノであってチルノではない。()()()()()()()()()()()()()()。――――しかし、そんなことは大妖精には関係がない。

 

「チルノちゃんを……」

「……っ」

 

 強まる視線と敵意。大妖精に睨まれると、怒気を孕んだ声を向けられると、龍神はどうしようもなく胸が痛んだ。

 

「チルノちゃんを、横島さんを返して……!!」

「――――っ!!」

 

 

 

 

 

 

「みんな……」

 

 フランが今立っている場所は、幽香達が現れた所より随分と遠くにある。妹紅達が自分達を龍神の弾幕から遠ざけようと、骨を折ってくれたおかげだ。それでも、吸血鬼であるフランには幽香達のことがよく見えている。

 ――――皆、チルノという大切な友達の為に戦う覚悟を決めている。

 

 初めて会った時は、皆自分よりもずっと弱かった。

 レミリアに脅かされ、随分と怯えていたのをよく覚えている。

 ……だから、自分が彼女達を守るのだと決めた。自分は強いからだ。

 

「……っ」

 

 自分が強い? 思い上がりも甚だしい。

 今の自分の姿は何だ? ただ立っているだけではないか。()()()()()()()()()()、ただ皆が倒れるのを見ていただけではないか。

 身体が動かない? 否、動かさないだけだ。その気になれば、こんな結界など、とうに壊している。何もしなかったのは、ただ自分が傷付くのが恐ろしいだけ――――。

 

「私だって……」

 

 フランの眼が金色の光を帯びる。彼女の眼には、彼女の身を守る結界の“目”が見えている。過剰なまでの量だ。どうやら本当に、結界の主はフランの身を守るためにこうした構築をしたらしい。

 

「私だって……!!」

 

 切っ掛けはおかしなものだった。いきなり胸を揉まれたのだから、おかしなもの以外のなにものでもない。チルノにとっては深い意味は無かったのかもしれない。それでも、その後に掛けられた言葉は、心の底から嬉しかったのだ。

 

 

 

 ――――アタイ達は親友だよ、フラン!

 

 

 

「私だって……チルノの親友なんだからああぁーーーっ!!!」

 

 フランは両手に“目”を集め、それらを一気に握りつぶした。バリン、とガラスが割れるような大きな音が響く。

 

「うあぁ……っ!? いったぁ……っ!!」

 

 フランはその身を守るための……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その反動か、全身に引き裂かれるかのような痛みが走る。だが、こんなことで倒れ伏すわけにはいかない。チルノが、そして横島が待っているのだ。

 フランは痛む身体を……未だ降り続ける雨に身を焼かれながらも、懸命に前を見つめ、幽香達と合流しようとする。しかし、それに待ったをかける声があった。

 

「……少し待ちなさい、フラン」

「……お姉様?」

 

 声のした方を向けば、そこにはまだ鈍痛が止まないのだろう、片手で腹を押さえたレミリアの姿があった。土の壁から出てきたせいか、フランと同様に雨にその身を焼かれている。

 フランはレミリアの痛々しい姿に駆け寄ろうとしたが、レミリアの強い力を宿す瞳に縫いとめられ、動くことが出来なかった。

 レミリアは億劫そうに、しかし力強い動きで腕を持ち上げ、フランに差し出す。

 

「私の血を吸っていきなさい」

「え……?」

 

 レミリアの申し出に、フランは困惑する。

 

「その状態じゃろくに動くことも出来ないでしょう? だから、私の血をあげる。同じ吸血鬼の、しかも血を分けた姉妹の血だもの。一気に体力回復と魔力の強化がなされるわ」

「え、で、でも……」

 

 肉親に牙を突きたてるのに抵抗があるのか、フランは決心が突かず、ただまごつくばかり。レミリアはそんなフランの優しさを嬉しく思うが、今は一刻も早く戦えるようにならねばならない。

 

「……二人を助けたいんでしょう?」

「……っ!」

「悔しい話だが、今の私じゃどうしようもない。でも、あなたなら可能性がある。……私じゃ、あの二人を助けられない」

「お姉様……」

 

 レミリアの瞳に、初めて弱さが映る。それは、フランが今まで見たことがないものだ。だからこそ、その強さをフランに託す。

 ……これは儀式だ。レミリアの強さを受け継ぐ儀式。血を吸うとは、そういうことだ。

 

「言って聞かないなら殴るしかない。……何とも野蛮な話だが、真理でもある。――――私の分も、あの大馬鹿爬虫類を殴ってきなさい」

「……お姉様って、けっこう脳筋だよね」

「失礼な」

 

 始めに苦笑を浮かべたのは、どちらだったか。

 

「……うん。私、お姉様の分も頑張るね」

「ええ。頑張ってきなさい、フラン」

 

 フランはレミリアの手を取り、噛み付いて血を吸う――――ようなことはせず、手を引いて自らへと抱き寄せた。

 

「え」

 

 フランはレミリアの衣服の襟元を破り、首から肩までを露出させる。

 

「ゑ」

 

 フランは白く、華奢なレミリアの首元に少々躊躇したが、やがて思い切り牙を突きたて、ちゅーちゅーと血を吸い始めた。

 

「いっっったぁっ!!? ちょっ!? 腕!! 腕を差し出してたでしょうが!! 何でわざわざ首に噛み付いてってアンタちょっと吸い過ぎ強過ぎ待って待って待ってちょっと待って死ぬ死ぬ死んじゃう死んじゃうってこれちょっとこれマジで失血死するからぁっ!!?」

 

 これは儀式なのだ。レミリアの強さを分けてもらう、神聖な儀式。悪魔である二人の儀式に神聖さもクソもないと思うがそれはそれ、神聖だと思えば何でも神聖に映るのだ。

 

「――――それじゃあ行ってくるね、お姉様!!」

「……がん、ば……なさ……い……」

 

 フランは漲る力をそのまま推進力へと変えて、猛烈なスピードで空を翔る。ちなみにレミリアはフランの手によってちゃんと土の壁の所にまで戻されている。……何だか埋葬のように見えたのは気のせいだろう。

 

「ふ、ふふ……吸血鬼が失血死だなんて、笑えないわね……」

 

 冗談ではない。

 貧血に霞む目の前に、二つの腕が差し出される。

 

「……ん? あれ、アンタら――――」

 

 そこにいたのは、二人の少女。

 

 

 

 

 

 幽香達――――リグル、ルーミア、ミスティア、響子、そして大妖精が龍神に立ち向かっているのを見たのは、フランだけではない。

 

「……あの子達……」

 

 彼女達は、自分よりもずっと弱い。間違いなく、そう断言出来る。

 そう、自分は強いのだ。彼女達よりも、ずっと強い。――――本当に?

 こうして、ただ震えているだけの自分が?

 そう、本当は自分なんかより、彼女達の方がずっと強い。肉体ではなく、それに宿る心が強いのだ。

 怖いはずだ。逃げたいはずだ。戦いたくないはずだ。弱いはずだ。それでも、彼女達は戦うのだ。

 

 それはただ、友達の為に。

 

 身体は震えている。心は萎縮している。

 ――――それでも。それでも彼女達を見つめる瞳には、強さが宿っている。

 

 

 

 ――――私は、貴方みたいに、なれるかしら……。

 

 

 

 かつて抱いた想いが脳裏を過ぎる。弱いはずなのに懸命に友の為に戦う少女達を、赤い瞳が見つめている――――。

 

 

 

 

第六十七話

『友達の為に』

~了~

 

 





お疲れ様でした。

そんなわけで強い人達……永琳、紫、レミリア、白蓮、神子などなどには一旦退場してもらい、龍神には大妖精達+幽香と響子の組み合わせで戦います。
最後に出てきた子は戦うのかな……?


本作における元々の龍神の能力は『八卦を創造する程度の能力』
物凄く大雑把に言えば森羅万象ありとあらゆる物を自在に操ることが出来るって感じですね。
創るも壊すも思いのままです。

香霖堂での描写からのイメージですが、龍神って月の人達より強いのかな……?

諏訪子様も活躍させたい……。布都ちゃんは活躍させたかった。(既に過去形)

それではまた次回。

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