何というか、何事にもやる気を見出だせず、ただずるずると時間を浪費するばかりの日々でございました。
いわゆる五月病でしょうか……?
そして、そんな日々の中で東方煩悩漢のUAが40万を突破致しました。
これも皆様のおかげです。
投稿ペースが落ちていくばかりの私ですが、これからも応援のほどをよろしくお願いいたします。
夜の帳が降りた魔法の森に、戦いの音が響く。
唸りを上げて吹き荒れる風。ざわめき、へし折られる木々。地を揺らす轟音━━━━それらから少し離れた場所に、三人の少女がいた。
二人は一人の少女に自分の腕を差し出し、一人は二人の腕に噛みつき、必死にその血を嚥下する。
そう、血を飲んでいる少女はレミリア。そして彼女に自らの血を捧げているのはてゐと小悪魔の二人である。
ゆっくりと、しかし大量の血液を吸われている二人の顔色はやや青白くなっているが、二人は人間ではないので行動に然したる問題はない。
「……っぷはー! いやー、生き返ったわー。フランに限界まで血を吸われて色々とヤバかったのよ」
「貧血が吸血で回復する……吸血鬼って変な種族だね」
レミリア━━━━吸血鬼は体内に取り込んだ血液を自らの血液に変換することが出来る。それだけでなく、大抵の傷は血を吸えば治るという強力な治癒能力を有している。最強種族の名は伊達ではない。
「充分な回復は出来ましたか?」
「んー……いや、傷は治せたけど回復には程遠いな。けど、私の力はフランに託してある。私はここでリタイアだ」
身体の傷は癒せても、愛する妹に譲渡した魔力は完全回復にはいたらなかった。以前の調子を取り戻すには数日ほど掛かってしまうだろう。
それでもレミリアに後悔はない。心配ではあるが……それでも、後のことはフランに任せたのだ。フランが横島とチルノを取り戻すのを信じて、待っているしかない。
「……で、二人はこれからどうするんだ? 大まかな事情は理解しているみたいだが、まさかとは思うが……戦うつもりじゃないだろうな?」
「……」
レミリアの問いに二人は答えない。その沈黙は、『肯定』と同義なのだ。
小悪魔の目に迷いはない。てゐも同様であり、二人とも対龍神戦に参加する気満々である。
レミリアはそのあまりにも無謀な決意を固めている様子に溜め息が出る。
「……まあ、チルノが龍神を抑えてくれてるからこっちも死人は出ていないが、いつその均衡が崩れるかは分からんぞ? お前達が向かった時にはもう龍神に呑み込まれているかもしれない」
「はい。……それでも、それでも私は横島さんを助けに行きたいんです」
「……」
言葉少なに自らの決意を語る小悪魔は、レミリアの言葉を聞いても言うことを聞かないだろう。
「大丈夫。何も直接ぶん殴るだけが戦いじゃないよ。私達は自分に出来ることをやりに行くだけだからね」
「……分かった。行ってこい」
結局、レミリアは折れた。無理無茶無謀は理解している。それでも、ああまで強い瞳を見せられたら送り出したくなってくる。
「これが結果的に良い方向に向かってくれたらいいんだけど……」
呟いたところでどうにかなるものではないことも承知しているが、それでも口に出したいものもある。
とにかく、レミリアも覚悟を決めた。小悪魔の肩に手を置き、なけなしの魔力を注ぐ。
「お、お嬢様……?」
「フランに託した分に比べたら雀の涙程だけど、それでもまだマシでしょ。この私が魔力を分けてやったんだ。……必ず、戻ってくるように」
「……!! はい!! 絶対に横島さんと戻ってきますね!!」
レミリアの両手を握り、決意を新たにする。レミリアはそれを受けて頷き、てゐに目を向ける。てゐもその視線を受け、ゆっくりと頷いた。『小悪魔は任せろ』、そう目で語っている。
そうして二人は走り出す。全ては愛する男の子を助けるために。神様に囚われた女の子を助けるために。
第六十八話
『奇跡の具現』
時は少々遡り、夕刻の大図書館の司書室。そこでは二人の少女━━━━てゐと小悪魔が対面していた。
どこかそわそわと所在なさげにしている小悪魔と、それを見て苦笑を浮かべているてゐ。どうやら、これから展開されるであろう話の内容に、小悪魔は察しがついているらしい。
「んー、そんなにビクビクしないでほしいんだけどな。何か苛めてるみたいで申し訳なくなっちゃうね」
「す、すいません……」
選んだ言葉が不味かったのか、より恐縮してしまう小悪魔に、てゐは天井を仰ぐ。他人を騙すことに関してはいくらでも舌が動いてくれるというのに、こういった場合にはまるで思い通りに動いてくれない。
こうなってしまってはいたしかたなしと、てゐは直球で勝負に出る。
「うん、もうストレートに聞いちゃうけど……どうして、最近執事さんを避けてるんだい?」
「……」
てゐの真っ直ぐな視線と言葉。それに対し、小悪魔が取った行動は沈黙。そして目を逸らすこと。
どうやら小悪魔は横島に対して何らかの後ろめたさを感じているらしいことが分かった。
しかし……どうやら小悪魔はおずおずとだが、ゆっくりとてゐと視線を合わせる。躊躇いながらも話すことを選択したようだ。
小悪魔も自らの感情の行く先が見えず、誰かに相談する機会を待っていたのかもしれない。
「切っ掛けはやっぱり……執事さんが蓬莱人になったこと?」
「……そう、ですね。それも一つです」
この時てゐの脳裏を掠めたのは、『自分が横島に永い時を生きるように望んだから』という考えを小悪魔が持っているのではないか、ということ。
横島が『男』との戦いを経て蓬莱人になった時、小悪魔は特にショックを受けたようだった。
もし本当にそう考えているのならば、それは思い違いに他ならないのだが……小悪魔の真実は別にある。
「私は━━━━喜んでしまったんです」
「━━━━それは、どういう……?」
小悪魔は苦々しげに顔を歪める。
横島が『男』に腸を食われ、妹紅によって蓬莱人の生き肝を食わされてその身体を蓬莱人と変えた日。
あの日、あの時、あの瞬間。小悪魔は確かに巨大な悲しみと罪悪感に襲われた。
それは思い違いも甚だしい感情であり、自身もまたそれを自覚していたが、小悪魔はそのあまりにも苦い想いを抱え込んだ。
小悪魔はそれが思い違いと理解している。それでも、彼女は大いに悲しみ、苦しんだ。
━━━━問題は、その後だ。
横島が復活し、妹紅と結ばれ、その妹紅が一夫多妻に理解があると知って━━━━小悪魔は、喜んだ。
横島が復活し、妹紅と結ばれ、その妹紅が一夫多妻に理解があると知って━━━━そこで、はたと気が付いた。
━━━━「なぜ、自分は喜んでいるのだろう?」……と。
横島が復活したのは正直に嬉しい。何せ自分が恋する少年なのだ。
妹紅と結ばれたのも歓迎すべきことだ。彼女の外見年齢は自分と同程度。自分も選ばれる可能性が上がるのだから。
……そうして、小悪魔は思い至った。自らの考え方が、自己中心的な物でしかないのだということに。
それから小悪魔は変わってしまった。必要以上に横島とは接触せず、ただ黙々と仕事に打ち込む毎日。
パチュリーやメイド妖精にどうしたのか理由を聞かれても、やんわりと話を逸らし、煙に巻く。
小悪魔は、自分が許せなかったのだ。自らの想いが、これ程に汚れたものだったことが。
それは、とても純粋で潔癖な想い。自らの種族の多淫的倫理観と、他人ではなく自己へと向けられた潔癖な恋愛観による板挟みによって生じた、歪な感情。
━━━━小悪魔は、自分には横島に愛し愛される資格はないのだと思い込むようになってしまった。
「な……?」
てゐは呆然と口を開き、二の句が継げなかった。
小悪魔が横島を避ける理由は理解出来た。……正直あまり理解出来ていないが、それでもまあ、何となく理解はした。
しかし、どうしてその結論に辿り着くのかは分からなかった。
小悪魔は自分の想いを汚れていると言った。しかし、てゐはそうは思わない。むしろ、小悪魔が抱いた感情は当たり前のものだとすら思っている。
てゐが見付けた小悪魔の思い違い、ちょっとした勘違いを正そうと、改めて口を開いたその時━━━━。
「……ん?」
てゐのふわふわの耳がぴくりと反応する。何か、大きな破壊音が聞こえた。
「……どうかしたんですか、てゐさ━━━━!?」
「小悪魔っ!?」
どこか壁の方を見ながら耳をぴくぴくと動かすてゐの様子に何かあったのかと問い掛けた小悪魔の頭に、鋭い痛みが走る。
それはパチュリーからの念話であったのたが、出力の調整を誤ってしまったようである。━━━━つまりは、それほどの緊急事態という訳だ。
「う……っ、パチュリー様……? 妖精メイド……安否の確認……?」
「妖精メイドの、安否……?」
てゐの中で情報が組合わさっていく。先程の破壊音、切羽詰まった様子が窺われるパチュリーからの念話、妖精メイド達の安否の確認……。
「……何かあったんだね。とにかく、現場に行ってみよう」
「はい」
そうして、二人はその場所へと辿り着く。混乱している様子の妖精メイド数人が佇む、大きな穴が空き、周囲が凍り付いた、惨憺たる有り様の廊下に。
「これは……!?」
「何これ……パチュリーが魔法ミスったのかな……?」
「いえ、流石にそれは……」
てゐの笑えないジョークに苦笑すらも返せず、小悪魔はこめかみに浮かんだ冷や汗を拭う。
この状況がパチュリーのせいかどうかは今は置いておこう。優先すべきはパチュリーからの念話にもあった、妖精メイド達の安否だ。
小悪魔は廊下の先で目を回していた妖精メイドや、破壊音を聞いて駆け付けた妖精メイド、野次馬の妖精メイド達を集め、話を聞いていく。
「何があったのか、知ってる妖精はいないか」
「知ってる可能性のある妖精メイドはまだ失神してますからね……」
小悪魔は他の妖精メイドに膝枕されている失神中の妖精メイドを心配そうに見やる。
てゐの診察で深刻な状態でもなく、外傷もないことからすぐに目覚めるだろうと予想がされたが、それでもあまり無理はさせたくないものなのだが……。
そう考えていた小悪魔に応えたのか、失神していた妖精メイドが小さな呻きと共に、ゆっくりと目を開く。
「……ん、んうぅー……?」
「あ、おきた」
ふらふらと揺れる頭を抑えながら、妖精メイドは上体を起こす。キョロキョロと辺りを見回し、自分がどこにいるのかを理解すると……素早い動作で立ち上がり、視界に映った小悪魔に思い切り抱き付いてきた。
「こ、こここ小悪魔さんっ!! 大変なんです大変なんです大変なんです!!!」
「おおお落ち着いてくださーいっ!?」
がっくんがっくんと意外とパワフルに身体を揺らしてくる妖精メイドに、小悪魔が悲鳴をあげる。
見ている分には非常に面白い光景ではあるのだが、生憎と今はそんな事をしている暇はないのである。
━━━━嫌な予感がする。てゐはいつものお気楽思考を一旦放り投げ、小悪魔を揺らす妖精メイドに話を聞く。
「ほらほら落ち着いて。一体何があったんだい? 何が大変なのさ?」
てゐに宥められた妖精メイドはようやく落ち着きを取り戻し、息を切らせつつも小悪魔に謝罪した。
そしてその口から語られたのは━━━━まさに、衝撃の一言であった。
「えっと……そう、チルノちゃんと横島さんがろうかにいたんですけど……チルノちゃんの様子がおかしくて」
「チルノが……?」
「かみの毛が長くなってて……日焼け? してて……」
「……どういうことなんでしょう」
てゐも小悪魔も、チルノの変容に驚きを隠せない。
そして、次の言葉。それが、二人に齎したものは━━━━。
「それで……チルノちゃんが、横島さんを凍らせて連れ去って……」
「……━━━━━━━━」
━━━━目の前の景色が流れていく。
空に浮かぶは尾を引く星の輝き。地にあるのは星の光を反射する暗い湖。眼前に浮かぶのは、先を見通すことが出来ない分厚い霧だ。
━━━━何故、いきなり景色が変わってしまったのだろう。
確かに、自分はあの廊下に立っていたはずだった。しかし、今の自分は両足で立つことをしていない。それどころか宙に浮き、自分が出せる限界のスピードで空を駆けている。
━━━━何故、自分は空を飛んでいるのだろうか。
そんなことは判りきっている。━━━━横島を助ける為だ。
それに気付いた小悪魔は、自嘲の笑みを浮かべる。
愛される資格はない? では何故今自分は必死に空を駆けているのか。
愛される資格はないと嘯いておきながら、それでも愛されたいと思っているからだ。
「……っ」
小悪魔は自らの身勝手な感情に吐き気を催す。あまりに身勝手で、あまりに自分勝手で、あまりに独善的だ。
いつからこんな風になってしまったのか。
当初抱いた想いはどこまでも透き通り、キラキラと輝いていたはずなのに。
今の自分が抱く想いはこんなにも薄汚れている。
それがどうしようもなく腹立たしく、そして悲しい。
小悪魔の視界が歪み、滲む。涙が溢れてきたのだ。
自らに対する怒りか、悲しみか。あるいはその両方からくる感情の昂りは奔流となって小悪魔の心を掻き乱す。
自分の想いは、間違っていたのか。
何故、何で、どうして━━━━答えの出ない迷路に迷いこんだ小悪魔に、その言葉が掛けられる。
「━━━━間違いなんかじゃないよ」
「……え」
それは小悪魔を追い掛けてきたてゐからの言葉。
自分の気持ちは、想いは間違いではないと。
「確かにね。誰かに恋をするのはキラキラして綺麗なものだよ。でもね、人の感情の絡むもの……取り分けこういった恋愛ごとは綺麗なだけじゃ済まされないのさ」
「てゐさん……?」
小悪魔は徐々に空を飛ぶスピードを落とし、やがて空中に静止する。てゐの言葉に集中するためだ。
「小悪魔は種族的に分かりにくいだろうけど……嫉妬心だとか独占欲だとか、普通はそういったドロドロとした物を抱くものなんだ」
小悪魔が属する低級魔族は種としての弱さを繁殖で補う生態を持つ。それから来る小悪魔の倫理観は独特のものであり、小悪魔も横島が複数の女性と関係を持つのは特に問題としてはいない。
しかし、小悪魔は些か特殊な精神性を有していた。それは“他”ではなく“己”に向けられる潔癖な価値観である。
横島は永遠の命を欲してはいなかった。しかし自分はそれを望み、またそれは叶えられてしまった。
妹紅は横島が複数の女性を囲うことを是としており、それを知って喜んだ。横島の意思は関係なく、そうあるべきだと考えた。
「小悪魔は自分の想いが汚れてるって言ったね。でも、それは汚れてるんじゃないんだよ。透き通って綺麗なものっていうのは、言い換えれば特徴のないもの……まだまだ子供だったってことさ」
━━━━それでも、自ら汚れていると断じたこの想いを。
「ドロドロっとした感情が顕れたのは、成長の証なんだ。
━━━━彼女は、肯定してくれた。
「どうして、小悪魔は飛び出したんだい?」
「え?」
不意に、てゐは小悪魔へと問い掛ける。
どうしてここにいるのか。何故、あの場から飛び出してきたのか。
「……横島さんを、助ける為、です」
「うん」
横島が連れ去られたと聞き、小悪魔は頭の中が真っ白になった。気付けば空を駆け、横島の救出に飛び出していた。
「小悪魔もさ、色々と考えて執事さんを避けてたんだろうけど……やっぱりさ、これが答えなんだよ」
「……?」
「━━━━好きなんでしょ? 執事さんのこと」
「━━━━」
それは、乱れた心にすっと入り込んできた。
「だからあれこれ考えてたことを全部放り投げて、一心に執事さんを助ける為に飛び出したんだ」
「……」
「好きな人の為だもん。好きな人を助けたいって思うのは当然のことだよ」
胸の澱みが洗われるような、そんな感覚を小悪魔は味わっていた。自分の想いは間違いではないと、誰かが肯定してくれる。それだけで、力が湧いてくるようだ。
「妖精メイドから聞いたところによると、どうやらチルノも正気じゃないらしいね。果たして何かに取り付かれたのか……ま、これは現場で確かめるしかないか」
「そう……ですね。横島さんだけじゃなく、チルノちゃんも助けましょう」
「そうだね……じゃあ、急ごう」
「はいっ」
二人は並んで空を駆ける。
全ての蟠りが解けたわけではない。それでも、小悪魔の心は晴れ渡っていた。
愛される資格などと、それこそおかしな話だったのだ。
誰かを愛し、愛される。そこに必要なのは資格なのではない。むしろそのままの物━━━━愛し、愛されたいと思う気持ちなのだ。
「そうそう、ドロっとした気持ちなんだけどね。これもこれで必要なものだよ。それがあるからより綺麗になろうと思ったり、振り向かせてやろうと思ったり━━━━つまり向上心に繋がるのさ」
「向上心……」
「と言っても、それも行きすぎるとろくなことにならないけどね。折り合いはどこかで付けなきゃいけないんだ。……でもまあ、小悪魔は大丈夫かな?」
「……どうしてです? さっきまでのことを考えると……」
「種族的なこともあるけど……小悪魔は内罰的だからね。ストレスの発散にさえ気を付ければ自分を律するのは得意だろうし」
「……なる、ほど?」
少し懐疑的だが、それでもある程度は納得出来る考察だった。確かに自分は内に溜め込むタイプであるし、ストレスさえどうにか出来れば━━━━。
「まあストレスは執事さんと
小悪魔、魔法の森に墜落!!
「こ、小悪魔ーーー!?」
「いっくぞぉーっ!!」
ルーミアの能力、『闇を操る程度の能力』だ。
闇が球形となって広がり続け、今やその大きさは半径数十メートルにもなろうとしている。
ルーミアの操る闇は魔法の闇であり、その中で松明などの明かりを灯しても周囲が照らされることはない。……だがそれだけだ。
対処法としては魔法の光を操るか、闇の範囲から抜け出せばよいのだ。
闇の広がるスピードは速くはない。龍神ならばすぐにでも抜けられるだろう。
龍神はその場から斜め上方へと向かって移動を開始する。その速度は闇が広がるよりも速く、最早抜け出るまでに十秒と掛からないだろう。
「……闇から抜け━━━━ッ!?」
闇の先、光が見える。月明かりだ。闇から抜けることが出来たのである。だが━━━━
「これは……っ!!」
こんなことが出来るのは、ただ一人。
「━━━━っ!!」
「━━━━っ!!」
龍神の左右、誰かが思い切り息を吸い込んでいるような音が聞こえる。
夜目を利かなくする━━━━
それが出来るのは、この場に二人━━━━!!
「声符『木菟咆哮』━━━━!!!」
「山彦『アンプリファイエコー』━━━━!!!」
「━━━━━━━━っっっ!!!???」
それは、左右から発せられる可聴域をとうに通り越した超・爆音。
龍神は咄嗟に耳を塞ぐのが間に合ったが、最早それになんの意味もなく。
視覚に続き、龍神は一時的とはいえ聴覚も封じられることとなった。
「ぅあ゛……あ゛……っ!?」
これには流石の龍神も堪り兼ね、苦悶の表情を浮かべ、その身体を丸める。━━━━大きな隙だ。
「横島さあああぁぁぁんっ!!」
その隙を狙い、リグルが上空から猛スピードで降下し、龍神の背後に浮かぶ横島が捕らわれている氷牢に蹴りを叩き込む。
これは横島に対し含む物があるわけではなく、リグル・キックの勢いで横島を龍神から離そうとしたのだ。幽香を含む、仲間内で一番の突貫力を持つリグルだからこその役目である。
これこそが大妖精が即興で考えた横島救出の為の作戦。それぞれの特性を活かした策である。
「……なっ!?」
しかし、だ。
「うわっ、氷が……っ!?」
横島を封じた氷牢は微動だにせず、逆にリグルまでも凍結せんとその脚にも氷が侵食していく。
「く……っ、お兄さんに触れるなぁっ!!」
「きゃあぁっ!?」
リグルの脚が本格的に凍る前に、龍神はリグルを吹き飛ばす。未だ視覚も聴覚も回復していないが、氷牢を覆う多重結界にセンサーの役割を持つ物が存在しているのだ。
視覚はともかく、聴覚すら役に立たないのは龍神としても辛いものがある。結界から得られる情報にも限度があるのだ。
出来ることならばどこかで回復に専念したいところだが、龍神に休む暇は与えられなかった。
「龍神から横島さんを離すのは難しいようね。……なら、こうするしかない」
「目を覚まして!!」
「くうぅ……っ!!」
地から迫る青き極光。天から迫る紅き炎剣。幽香の極大砲撃とフランのレーヴァテインである。龍神も妖力感知は阻害されておらず、こちらは何とか防ぎきれた。
横島を救出するのが難しい場合、狙いは龍神へと移す。これは幽香の案である。
本来ならば慎重に事を運びたい所なのだが、事態は急を要する段階へと至っている。
言うことを聞かないのであれば、力ずくというわけだ。
フランも大妖精も、出来ればチルノを傷付けたくはない。だが、二人とも━━━━否、龍神と相対するチルノの友人達は皆悲愴とも言える覚悟を決めている。
助ける為に━━━━チルノを、傷付けることを。
回復のためにルーミア達の立ち回りを静観していた妹紅は、彼女達の善戦ぶりに驚きを隠せない。
「幻想郷最強クラスの連中が悉くやられたのに……あいつら、凄いな」
白蓮、神子、レミリア……幻想郷でも最強を誇る実力者達。それを容易く打ち破ったのがあの龍神だ。それを相手に互角に……いや、むしろ押している。幽香とフランがいるとはいえ、これ程までに龍神を追い詰めるとは思いもしなかった。
「……いや、そうか。
「ん……? どうかした、諏訪子?」
妹紅の隣で一言も発さずに龍神の様子を観察していた諏訪子が、ようやく得心がいったとばかりに呟く。
「龍神だよ。……どうやら、幽香達は私達のように結界による行動の阻害を受けていないみたいだ」
「え……そうなのか?」
諏訪子の言葉に妹紅は改めて幽香達に視線を移す。自分達は時間が経つごとに徐々に力を封じられていったが、確かに幽香達はその傾向が見られない。
「いや、でもフランは? フランは永琳と一緒で最初からガチガチに封じられてたけど……」
「うん。それについても分かってる。色々と法則は見つけられたよ」
諏訪子は、龍神の謎を一つ解き明かしたようだ。
まず、龍神に倒された者達。白蓮、神子、布都、早苗、レミリア、咲夜、パチュリー、美鈴。この内、龍神が
咲夜、パチュリー、美鈴は事故の様なものだった。パチュリーが喘息によって行動不能になり、パチュリーを庇って咲夜と美鈴の二人が被弾。
レミリアは水蒸気爆発によって生じた水煙の中で繰り出された攻撃がレミリアに命中した。
……龍神は、横島と仲の良い紅魔館のメンバーを
「横島君の恋人であり、自身の親友であるフランは過剰なまでの結界で閉じ込められて、冷気からも弾幕からも守られてた。紫や永琳についてはまだ分からないけど、紅魔館組が狙われていなかったのも、幽香達の力が封じられてないのも、チルノの意識がそうさせてるんだと思う」
龍神に飲み込まれたと思われたチルノの意識。それは、未だ抵抗を続けている。
親友である大妖精やルーミア達、幽香には結界を使用させず、初めは結界で守っていたフランも今は結界に封じていない。
「チルノは必死に抗ってるんだ。友達を傷付けないように、自分を止めてもらうために……」
妹紅は諏訪子の言葉を聞き、龍神という幻想郷の最高神を宿しながらも歯を食い縛って耐えるチルノに、尊敬の念を抱いた。
「チルノ……」
チルノは友達を守るため、友達に止めてもらうために頑張っている。ならば、自分も頑張らねばなるまい。
美鈴は倒れてしまったが、横島の恋人の一人たるフランだって頑張っているのだ。自分もただ膝をついて待っているだけではいけない。
「……あれ?」
と、ここで妹紅は疑問を抱く。
「諏訪子ってチルノと結構仲が良かったよな? それなのにフランみたいに結界で守られることなく弱らされて、躊躇なく攻撃されてるけど……」
「妹紅だって紅魔館組と違って普通に攻撃されてるし、そもそも横島君の恋人なのに他の二人と違って特に気にもされてないし……」
「……」
「……」
「この話題はやめよう」
「そうだね」
妹紅と諏訪子は大人しくフラン達の奮戦を見守ることにした。今自分達が割り込んでいっても邪魔になるだけであるし、決して心に傷を負ったからというわけでは断じてない。
龍神との戦いは膠着状態へと陥った。
チルノの抵抗によって力を発揮できない龍神と、龍神の防御を抜くことが出来ず、横島を奪い返せない幽香達。
この状況を変えるには、一手が足りない。
「━━━━思った通り、面倒なことになってるわねぇ」
「━━━━っ!?」
それは、唐突に
スキマから現れたのは赤と白を基調とした和装に身を包んだ少女。
「宝具『陰陽鬼神玉』━━━━!!」
「っ!? うああああぁぁぁぁぁ!!?」
博麗の巫女、博麗霊夢である━━━━!!
「れ、れーむ!?」
霊夢のスキマ移動にフランはギョッと目をむいた。
霊夢はとある異変でオカルト・都市伝説の力を手に入れた。
彼女が関連したオカルトは“隙間女”。その力を行使すれば、この程度のことは造作もない。
霊夢はスキマから出現すると同時に超巨大霊気弾を龍神に叩き込み、初めて防御を抜いてダメージを負わせることに成功した。
「取り敢えず何かチルノが悪堕ちしてるっぽいからぶっ飛ばしたんだけど……どういう状況なの?」
「とりあえずでぶっ飛ばさないでよ!?」
異変の原因は問答無用でぶっ飛ばす。近頃は萃香と特訓に明け暮れていたためか、思考が鬼より(脳みそ筋肉)な感じになっているようだ。
素敵な思考回路となってしまった霊夢にフランが文句を言うが、それもどれだけ通じているのか。
霊夢の一撃を受けた龍神は横島の氷牢ごと十数メートル程吹き飛ばされる。
その思考は様々な所に飛散するが、それはやがて一つへと収束していく。
夜目が利かずともその姿を見た。耳が聞こえずともその声を聞いた。
━━━━冷気を好む動植物は居ないわ。
「……………………」
龍神とチルノの意識が更に同調していく。燃えるような激情と、凍えるような怒りが混ざり合う。
━━━━
そして━━━━チルノの意識は、今度こそ完全に途切れた。
「……? 動きが止まった?」
「ならチャンスってことね。横島さんのこととか、言い訳は後で聞いてあげるわ!!」
霊夢から強大な霊波が放たれる。それは霊夢が
「ちょっと待っ━━━━」
「神霊『夢想封印』━━━━!!」
妖怪を封じ込める、複数の強大な霊気の光弾が龍神へと殺到する。
それに対し、龍神は何もしない。迫り来る光弾に視線を合わせることもなく、ただただ無防備にそれを身体に受けた。
爆光と爆音が響き、爆煙が龍神の身体を覆い隠す。
幽香はその威力を肌で感じ、これならば龍神も大きなダメージを負っただろうと考えた。
「霊夢!! あそこにはお兄様もいたのに……!! チルノだって!!」
「別に問題はないでしょ? 横島さんはあの氷と多重の結界で空間から隔離されてたみたいだし、チルノだって力が随分と上がってたみたいだから傷を負っても致命傷にはなってないはずよ」
「だからって……!!」
霊夢の言葉に、幽香は複雑な思いを抱きながらも合理的だと判断した。
霊夢も幻想郷全土にわたる異変を解決するために、私情を殺して解決へ導こうとしているのだ。
横島もチルノも、今や霊夢にとっては恩人である。その恩を仇で返すことになったのは心苦しい。
しかし、だからといってこの異変を放置するのではそれこそ本末転倒だ。
だからこそ、霊夢は本気で異変を解決しようとしているのである。
「フラン、そこまでに━━━━っ!?」
険悪となる霊夢とフランの間の空気。二人を仲裁しようと幽香が声を掛けたその時━━━━幽香の背筋に、怖気が走った。
幽香だけではない。その場にいた全ての者がそれを感じ、それの発生源へと目を向ける。
爆煙の先。今までよりも遥かに強い神気が迸る。
真っ先に目についたのは━━━━角。
煙が晴れた先にいた
爪が伸び、鱗と思しきものが生えた両腕。
両のこめかみの辺りから生える、木の幹のような角。
━━━━閉じられていた両目がゆっくりと開かれる。黄金に輝き、まるで蛇のように縦に長い瞳孔を持った瞳が覗く。
それは、最早妖精ではなく龍人と呼んだ方が自然な姿である。
龍神とチルノの融合は━━━━第二段階へと進行してしまった。
「━━━━凍らせてあげる」
龍神が口を開く。それだけでとてつもない重圧が霊夢や幽香達に圧し掛かる。
龍神が開いた掌。そこに、莫大な神気が収束していく。
━━━━龍神の手には、宝玉が握られている。
それは龍神の能力、“八卦を創造する程度の能力”の象徴。
━━━━龍玉、如意宝珠……。
やがて神気は物質化し、球状の殻を創りあげ、その中に無色の神気が注がれる。
━━━━
それに刻まれた文字は“凍”。たとえ対象がどのような状態であっても
「く……っ」
「霊夢!?」
龍神の狙いは自分である。それを察した霊夢は全速でフラン達の側から離れる。
距離が遠い内に何とか迎撃をしたいところだが……それは叶わない。
龍神は、ただただ早かった。レミリアや文の最高速……それに匹敵するほどの速度で霊夢に肉薄する。
龍神の拳が霊夢に迫る。霊夢は咄嗟に霊力を全開にして防御結界を張るが、それは容易く蹴散らされた。
冷たい瞳が霊夢を射抜く。既に間合いは詰まり、霊夢は次の手を打つことも出来ない。
龍神の拳に触れれば、そこで霊夢の命は尽きるだろう。それほどまでに、龍神の
しかし━━━━。
「━━━━え?」
霊夢の目の前に、金の髪が踊る。自分の代わりに、その少女は龍神の一撃を受け止めた。
凍っていく。少女の半身が、瞬く間に凍り付いていく。
「━━━━紫っ!?」
「く━━━━っ、ぅあああぁぁぁ!!?」
紫は霊夢を庇い、文珠の力をその身に受けた。その奇跡の具現に抗えるはずもない。
それは紫も過去に一度しか見たことがない。それほどまでに希少で━━━━強大すぎる力なのだ。
半身が凍る激痛に紫は苦悶の叫びを上げるが、それでも霊夢の前から動かず、龍神に立ち塞がる。
龍神はそれを意に介さない。強大な力を宿した拳を振りかぶり、躊躇なく紫へと繰り出した。
「チル、ノ……!!」
紫はチルノの名を呼ぶ。しかし、チルノの意識は既に暗い闇に取り込まれてしまった。
「やめろおおおぉぉぉーーーーーーっ!!」
結末を幻視した妹紅の叫びが響く。だが、それで龍神が拳を止めるはずもなく。凍りついた半身に拳が突き刺さり、そして━━━━。
その半身は、砕かれた。
「━━━━紫いいいいぃぃぃっ!!!」
霊夢の叫びが幻想郷に木霊する。
第六十八話
『奇跡の具現』
~了~
ピシリ、ピシリと小さく乾いた音がする。
それは氷から。龍神の背後の氷牢から。
ピクリ、ピクリと指が動く。
━━━━また、失ってしまうのか?
お疲れ様でした。
小悪魔は“恋に恋する女の子”がテーマでしたので色々とそれらしい描写を入れていたのですが……何か最終的によく分からないことに……( ´・ω・`)
小悪魔の蟠りは今回で解けた……ということにしてください……。
本当はもうちょっとルーミア達を活躍させたかったのですが、話を進めるためにカット……。
霊夢さんが登場しましたが、損な役割を押し付けてしまいました。
うーむ、もっと上手く出来ないものか……。
龍神は文珠使い。紫さんが過去に一度だけ見た文珠というのは龍神の文珠であり、幻想郷を創る時に龍神が使用した……というのが煩悩漢での設定です。
あと少しでチルノ編は終了です。その後ちょっとした日常回を挟むか挟まないかして、最終章である地底編に入ります。
もう少し、お付き合いください。
それではまた次回。