何と言うかこう、モチベーションが完全に死んでました。
特に切っ掛けとかもなかったのですが……一体、どうしたというのだ……?
今後はもっとちゃんと更新出来たらいいですね……何か前にも同じようなこと言ってたなぁ……
深い深い水底の様に、一切の光も差し込まない世界。それは深淵の闇。横島の意識は、その闇の中を漂っていた。
――――お前なら大丈夫よ、ヨコシマ。
声が聞こえる。
それは横島がかつて愛した、今もなお愛し続けている女性の声。
死にゆく横島の為に、自らの存在を保てなくなるほどに霊基構造を分け与えた……壮絶なまでの愛に生きた彼女の声だ。
――――お前なら、あの子達を救うことが出来るわ。
そんな彼女が、今も己に励ましの声を掛けてくれることに、横島は喜びを覚える。
「ああ、大丈夫。やってやる。今の俺は無敵だぜ!!」
高揚した気分の中、気付けばそんなことを口走っていた。くすくすと、彼女の笑い声が聞こえてくる。
少し気恥しくなった横島であるが、その万能感はあながち間違いでもない。何故なら彼の手の中には、不可能を可能にするための力が握られているのだ。
――――いってらっしゃい、ヨコシマ。
「――――ああ、いってくる。……ルシオラ」
闇の世界に差す、一筋の光。
横島は迷いなくその光を目指し、闇の中を進んでいく。光に近づくほど、意識は覚醒していく。
さあ、その眼を開け。前を見据えろ。その瞳の先に、救うべき者達が待っている――――。
第七十話
『子供の我が儘』
「イナバちゃん……」
横島は腕の中の鈴仙に声を掛ける。鈴仙は両目と鼻から夥しい程の血を流しており、今も耐え難い苦痛に身を捩じらせている。しかし、それでも鈴仙は横島の声が聞こえたことによって微笑んだのだ。
何も映していない眼を丸くし、そして心から安堵したように目を閉じて。
横島は鈴仙を抱く腕に力を込める。痛みを与えずに、安らぎを与えるように。
「ただお兄様!!」
「横島君!!」
横島の復活に、瞳を涙で濡らしたフランと諏訪子が真っ先に空を駆け寄って来るが、横島はそれに付き合うことはなかった。
「ごめん二人とも!! 今はまず一時撤退だ!!」
復活を喜び合う前に、今は鈴仙をどうにかしなければならない。度重なる薬の服用に能力の使用過多。もしかすれば、脳に損傷がないとも限らない。現に鈴仙は既に気を失っていた。
故に横島は急いで空を掛けるのだ。目指す場所は多くの霊気が集まる場所。怪我人が集まっているところだ。
フラン達は横島の様子から鈴仙の容体がそれほど深刻なものであると察し、何も言わずに後をついていく。彼女の怪我は自分達が不甲斐ないせいで負ったようなもの。幾許かの責任感が、彼女達の胸を突き刺している。
「……悪いわね、幽香。運んでもらっちゃって」
「そんなこと一々気にしないの。あなたはかなり疲弊してるんだから」
フラン達の更に後方、霊夢は幽香に抱きかかえられた状態にあった。夢想天生の過剰使用による反動で、今の霊夢はただ宙に浮くことすらままならないほどにまで体力を消耗してしまったのだ。
霊夢は現状を歯がゆく思う。霊夢が現れた途端、龍神はその力を更に増大させ、皆に防戦を強いてしまった。特訓で鍛えた戦闘力も役に立ったとは言えず、結局はこうして足手纏いと化している。
博麗の巫女たる己の敗北は、巨大な意味を持っている。以前の『男』といい今回の龍神といい、相手が悪かったと言えばそれまでだが、霊夢はここにきて胸の内の何かを揺さぶられた。
「……また、鍛えてもらわないと」
それは声には出さぬ霊夢の声。また以前の様に、紫に鍛えてもらおうと決心したのだ。
しかし、それもこの一件が片付いてから。この戦いの先に望む未来があり、それを何としてもつかみ取らねばその未来は永遠に失われるのだから。
「横島さん!!」
鈴仙に負担を掛けまいと優しく着地する横島の元に、大妖精達が集まってくる。やや離れたところにはてゐと小悪魔が倒れた者達の治療をしており、遅れながらも向かって来ているのが見える。
横島は腕の中の鈴仙をそっと地面に寝かせる。彼女の尋常ではないその状態に、皆は息を呑んだ。
「良かった、執事さ――――鈴仙ッ!!?」
「そんな、鈴仙さん……っ!!」
目に涙を浮かべ、喜びを露に駆けつけた二人であったが、血にまみれた鈴仙を見て、その表情は絶望に染まる。
「う、嘘だこんな……鈴仙っ、鈴せ――――」
半狂乱のように狼狽えるてゐを小悪魔が抱きとめる。自分が鈴仙を向かわせたせいで……てゐの心が自責の念に圧し潰されそうになった時、横島がてゐに語り掛けた。
「大丈夫だてゐちゃん。
「――――え……?」
横島の言葉にてゐは呆けた表情を浮かべる。横島は鈴仙の名を呼びながら、その身体を優しく揺する。
「イナバちゃん、イナバちゃん」
「……ん、……うぅ、ん――――……?」
薄っすらと開かれる鈴仙の眼。自分を覗き込んでいる男の顔に焦点を合わせ、それが自分が助け出せた人物だと理解し、鈴仙は心から安堵したように微笑む。
「良かった……夢じゃなかった」
寝惚けたようなことを言う鈴仙に横島は苦笑を浮かべる。その何とも言い難い表情を眺めていた鈴仙は何やら急に思考が覚醒したのか、がばりと身体を起こし、全身の具合を確かめるかのように手を当てていく。
最後に顔――――両目が見えていることをようやく理解できた鈴仙が今度は呆然と横島に視線を送る。
「私、何で……眼も見えるし、頭痛も……」
「ああ、それは――――」
先ほどまで満身創痍であった己が、いつの間にか完全健康体となっていることに困惑を隠せない鈴仙。横島はその疑問に答えようとするのだが……。
「良゛か゛っ゛た゛よ゛ー゛ー゛ー゛!! 鈴゛仙゛ー゛ー゛ー゛!!!」
「キャアアアァァァッ!!?」
横合いから、最高のタイミングでてゐが突っ込んできたのであった。
「鈴仙ーーーーーー!! 死ん、死んじゃったかと思ったよーーーーーー!!」
「や、やめ……っ!? 離し……!! し、死ぬ……っ!!?」
死に瀕しながらも横島の能力によって存えた鈴仙は、今まさに首元に強烈に抱き着いているてゐの手によって、その命を散らそうとしていた。
瀕死から生還、そしてまた瀕死に。何とも忙しないことである。まるで横島のようだ。
「横島さん、一体どうやって……?」
追いついた諏訪子や幽香が戸惑いを含んだ疑問を呈する。彼女達は横島が
「……」
多くの者が集まっているこの場。神子、白蓮、早苗、美鈴、パチュリー、咲夜。皆が傷つき、意識を失っている。
諏訪子や幽香、霊夢にフランもそうだ。少し離れた木の根本には紫と、その看病をしている妹紅もいる。
「……っ」
ぎしりと奥歯が鳴る。身体から漏れ出る霊波が渦を巻き、周囲に風を吹かせる。
時が凍り付いたかのように固まってしまっている永琳、その足元で倒れ伏した輝夜と、その上に重なるように気絶している布都。霊気を探れば、少し離れた所に随分と消耗しているレミリアの存在も感じることが出来た。
諏訪子も幽香も、その場の誰もが一気に冷静さを取り戻す。それは、その場の誰よりも激しい憤怒を感じたため。
「龍神……っ!!」
叫んだわけでもないその声が、やけに皆の耳に響いた。本気の怒りからくる、本気の敵意の籠った言霊にも近い“声”。耳の良い者達にはそれはかなりの恐怖を以って伝わってしまったことだろう。
しかし、怒りによって我を忘れようとしている横島を引き留めたのは、一人の少女の声であった。
「……横島、くん」
かすかに聞こえた、そのか細い声。横島が聞き間違えるはずがない。その声の主は一番の重傷を負った少女。怪我は既に癒えているが、それでもその身に受けたダメージは計り知れない。しかし、それでもなお紫は横島を止める。
――――そしてその声は、横島の頭を冷やすことに成功した。
「横島」
「妹紅……紫さん」
横島は妹紅と紫の元へと駆け寄り、自らを呼んだ紫の前に膝を着く。半身が砕かれた紫……それを直接見たわけではないが、その服の状態からどのような目に遭ったのかが理解できる。
「紫さん……何て……何てエロい格好してるんすか……!!」
「それには触れないでくださらない?」
そう、紫は半身を砕かれた。その半身とはつまり下半身のことであり、ちょうどお腹から下の衣服は下着を含めて全て粉々になってしまっている。
現在の紫は下半身を簡素なタオルを掛けて隠しているだけであり、雨に濡れたタオルが腰からフトモモのラインに沿って張り付き、艶めかしい姿を晒している。
更にはタオルとフトモモによって形作られた三角形の影の奥には何があるのかと、妄想を掻きたてずにはいられない状態だ。
横島はそんな半裸状態になってしまっている紫にちょっと危険な視線を送っている。
どうやら冷静さを取り戻した弊害で煩悩も湧き上がってきたようだ。どうにも度し難い思考形態であるが、これこそが横島が横島たる所以である。妹紅からの真面目にやれという視線が痛い。
「横島君……
「あー……はい、承知してます」
それはどうしてもしておかなければならない確認だった。横島が真に冷静であるか。この戦いを
横島は紫の言葉に頷き、その手にある物を握らせる。横島の力の結晶、神の奇跡の具現である。
「文字はもう入れてあります。どう使うかは……分かりますよね?」
「ええ、大丈夫。……お願いね、横島君」
一連のやり取りに一切の澱みはなく、二人は互いにやるべき事を理解していた。その様子を傍で見ていた妹紅は二人の会話にまるでついて行けず、ただ首を傾げるばかりだ。
「妹紅」
「ん? あ、ああ、はい。何だ?」
突然横島に呼ばれた妹紅はどもりつつも返事をする。横島は妹紅に申し訳なさそうな視線を向けると、とある方角を指さした。
「向こうの方にレミリアお嬢様がいるみたいだ。けっこう消耗しているみたいだし、悪いけど保護しに行ってくれないか?」
「ああ、そういうことね。了解、任されました」
横島の頼みとはレミリアの保護であった。この雨の中、消耗した状態ではいくらレミリアと言えども移動することすら困難だろう。流水――――雨は吸血鬼の弱点の一つ。魔力溢れるフランならば無効化も出来ようが、妹に力を託したレミリアでは自殺行為である。
「頼んだぞ」
そう言って、横島は森の奥……龍神が吹き飛んだ方角を睨む。身体に満ちる濃密な霊気――――戦闘態勢だ。
「手伝うよ、横島君」
「……」
気付けば横島の両隣りには諏訪子と幽香の姿があった。
諏訪子は横島の腰をポンと叩き、微笑みを湛えて横島を見上げ。幽香は無言ながらも絶対に曲げることのない意志を瞳に乗せて、真っ直ぐに横島を見やる。
そんな二人に対し、横島は数秒ずつ視線を合わせると、ゆっくりと、確かに頷いた。
「お兄様、私も一緒に……!!」
横島の手を取り、フランは自分もついていくのだと主張した。
先程の横島の怒りの波動を受けて委縮していたのか、行動は二人よりも遅かった。それでもフランの気持ちはこの場の誰にも劣るものではない。
チルノはフランにとって、初めての親友である。そんな彼女を助けるのに、この場でぐずぐずしてはいられない。
「フランちゃん……」
フランの決意、覚悟は本物である。それを受けた横島の返答は――――。
「……フランちゃんは、ここに残ってくれ」
――――“否”であった。
「……!!」
その言葉を受けたフランの心境は、如何ばかりか。到底納得できるものではない。
驚愕は失意に、失意は絶望に、そして絶望は怒りに変わる。いくら横島と言えども、その言葉にフランが是を返すはずがないのだ。
「お兄さ――――!!」
初めてフランの怒りが横島へと向かいそうになった瞬間、横島がフランに手を向けた。話を聞いてほしい、というジェスチャーである。
気勢を制されたフランは言葉に詰まると、ありありと不満を読み取れる表情で横島を睨む。眉が吊り上がり、唇がへの字に曲がっているのが愛らしくもある。
「フランちゃん……それから大妖精、ルーミア、リグル、ミスティア」
チルノの親友達の名を呼び、横島は手の中の宝珠を一つ取り出して見せる。
「みんなには……やってもらいたいことがある――――これは、
フラン、そして大妖精達は互いに顔を見合わせ……やがて強く頷きあうと、決意の籠った眼差しで横島を見る。
「何をすれば、チルノちゃんを助けることが出来ますか?」
「あ……う、うぅ……」
横島に吹き飛ばされ、森の中を強かに転がり込んだ龍神は身体を震わせ、小さく喘ぐ。
震えの止まらぬ小さな身体を抱き、呼吸を整えようとするも何故だか上手くはいかない。
身体を激痛が襲っている? 否。怒りに身体を震わせている? 当然否だ。
「はぁ……!! はぁ……!!」
それは初めての感情。横島へと抱いていた想いが強いからこそ、今味わっている感情も比例して強くなっているのだ。
龍神の心を支配している感情――――それは恐怖である。
龍神には格上と呼べる者が存在しなかった。当然対等な者も存在しない。
あまりにも規格外な神性。巨大すぎる存在。強すぎる力。比類なきその存在――――それが龍神である。
しかし、その龍神も今はただ恐怖に怯え、身体を震わせるか弱い少女に過ぎない。
龍神が変わってしまった原因。それはチルノとの同期にある。如何に端末の中でも規格外の力を誇るチルノとはいえ、
確かに龍神と同期したチルノは今までにない程の力を見せつけているが……それでも、龍神本来の力とはかけ離れてしまっている。
龍神はチルノと同期することで様々な情報を得た。誰かと競うこと、誰かを超えること、誰かを想うこと。確かにそれは龍神という存在に新たな力を授けたが――――同時に、枠にはめられたことによって、龍神という存在は矮小化してしまったのだ。
そして、何よりも――――。
「……ひっ!!?」
遠くより迫りくる青き極光。木々を呑み込み進んでくるそれは、幽香の放った砲撃である。
今までの龍神ならば避けるまでもない攻撃に過ぎない。しかし、今の龍神にはその砲撃が恐ろしかった。
きっと、この砲撃の先には
砲撃を空へと逃れて躱し、視線を砲撃が迫ってきた方へと向ければ。
「……!!」
そこにはやはりと言うべきか、幽香と諏訪子と、横島がいる。横島を視界に入れた瞬間、
今の龍神は、横島が怖いのだ。龍神が抱く恐怖。それは、まるで
チルノは横島に惹かれている。横島の手は暖かく、優しく、時には力強く自分を包んでくれる。それは、まるで父や兄に抱く安心感にも似ていた。
父――――親、兄弟……チルノはそれを知らない。ただ、もし自分にそれらがいるとしたら、それは横島のような人がいい。
父母、兄弟姉妹に向ける信頼と親愛――――そして淡い恋慕の情。それがチルノが横島へと向ける想いだ。
では、そんなチルノと同期した龍神が横島へと向ける想いとは何なのか。チルノを通して横島を感じていた龍神もチルノと想いを同じくしている。しかし、決定的に違うところがあるとすれば、龍神には
チルノはバカである。しかし、チルノは友人に恵まれた。
自らと同じ妖精であるのに明晰な頭脳を持っている大妖精が親友となってくれた。
寒さに弱い虫の妖怪であるのに嫌な顔を見せず、傍にいてくれるリグルが親友となってくれた。
自分の近くにいれば獲物が寄ってこなくなるというのに、一緒にバカをやってくれるルーミアが親友となってくれた。
辛いことがあった時、寂しくなった時、優しい歌を歌ってくれるミスティアが親友になってくれた。
一歩引いたところから自分達を見てくれて、氷の妖精である自分にも草花を愛でさせてくれる幽香が姉代わりになってくれた。
バカをやれば叱ってくれて、時には一緒に
――――永い間孤独を味わった。誰も触れることはなかった。そして、自分で自分を偽り、閉じ込めた。同じような傷を持つフランと親友になった。
そして――――。
「チルノーーーーーー!!」
名前を呼んでくれる。触れてくれる。温かいなにかで――――心と、身体を包んでくれる。そんな男の人を好きになった。
「サイキック・ソーサ―・プラス!!」
力強い叫びと共に翡翠の円盤が飛来する。龍神はそれを回避するが、ソーサ―は遠隔操作が可能な霊能である。すぐさま軌道が修正され、背後より迫りくる。
逃げ切れない……逸る思考の中でそう判断した龍神は弾幕を放ち、撃墜を試みる。当てずっぽうで乱れに乱れた弾幕であったが、いくつかの弾がソーサーに命中し、爆発する。
「――――ッ!!?」
瞬間、激しい光が龍神の眼を灼く。横島の更なる霊能、サイキック猫だましだ。名前は間抜けだがその効果は強力であり、視覚だけではなく聴覚、そして霊感にも影響を及ぼすのだ。
強烈な光を浴びた龍神は身体を竦ませ、動揺から思考を千々に乱れさせる。瞬間、龍神の身体を何かが絡め取る。それは植物の蔦であった。
「……やっぱり相性は悪いわね。触れた先から凍り付いていく……」
龍神を蔦が絡め取り、次の瞬間には凍り付き、ひび割れて霧散していく。龍神の動きを封じる為に、それを何度も何度も繰り返す。幽香としては見ていたくない光景だ。しかし、これは植物たちの意志でもある。
植物たちは理解している。
だからこうして戦っている。幽香の力を借り、幽香の力となるために。
「……」
幽香はちらりと背後に浮かぶ横島を見やる。彼の顔色はすこぶる悪い。当然だ、何せ今の今まで龍神に氷漬けにされていたのだから。むしろ今こうやって生きていることこそが奇跡と言っても良いぐらいなのである。
いくら回復力が高い蓬莱人とはいえ、ほんの数分では回復など出来るわけもなかった。彼の切り札も自分の回復ではなく、他のことに使用しなければならない。――――もって数分だ。
龍神との最後の戦い。その数分で、けりを付けなければならない。
――――勝算は、文字通り横島が握っている。それを確実なものにするためにも、渾身の力を右手に込めて、“カエルの神様”が突貫する。
「てえぇりゃあああああぁぁぁっ!!!」
その手に漲るのは手加減なしの本気の神気。今この時に洩矢諏訪子が出せる全力の一撃だ。
「必殺『真・ケロちゃんパンチ』!!!」
「がっっっ!!?」
諏訪子の拳は、深々と龍神の腹に突き刺さった。
勢いよく吹き飛んでいく龍神に、諏訪子は複雑な表情を見せる。弾幕ではなく拳。それを選んだのは弾幕よりも拳の方がより想いを伝えやすいからだ。
諏訪子とチルノはよく弾幕ファイトと称しては拳をぶつけあっている。その時その時の想いを込めて、互いに譲れぬモノを拳に握りしめながらぶつけ合ってきたのだ。
一体どこの格闘家達なのかと懐疑的な視線を送ってしまうが、本当なのだから仕方がない。とにかく、諏訪子はチルノに対し、本気で想いをぶつけたのだ。
「チルノーーーーーー!!」
諏訪子の叫びが空に響く。表面が凍ってしまった腕を押さえ、それでも諏訪子は諦めない。戻ってこいと、帰って来いと、溢れる想いを伝える。
「……っ!!」
吹き飛び行く龍神が苦し気に胸を押さえる。どくん、どくんと高鳴る鼓動が抑えられない。……それは肉体的なものではなく、精神的なもの。幽香の、諏訪子の想いにチルノの抑え込まれたはずの心が感応しだしたのだ。
「う、うううぅぅぅ……!!
――――まどろみの中で見る夢の登場人物達が羨ましかった。
みんなが笑っている。みんなが楽しそうに“私”と話している。みんなが楽しそうに“私”と遊んでいる。
時にはケンカをすることもあった。時には辛い別れをしたこともあった。それでもみんな、“私”を見てくれていた。
――――でもそれは本当の“わたし”じゃない。
本当の“わたし”はそこにはいない。本当の“わたし”を誰も見てはいない。
「わたしは……“わたし”は……!!」
いつしか、夢の中の“わたし”はとある一人の妖精に固定されるようになった。多くの友達がいるのに、どうしてか孤独感を味わっている妖精。
妖精とは自分の端末だ。独立した自我と個性を持っているとはいえ、それらは全て同一のはずの存在だ。なのに、その妖精の考えを
みんなが見てくれている。みんなが話しかけてきてくれている。みんなが触れてきてくれる。みんなが一緒に遊んでくれる。みんなが傍にいてくれる。
みんなが、みんなが、みんなが、みんなが、みんなが、みんなが、みんなが、みんなが――――。
――――本当に、本当に、羨ましかった。
「“わたし”は――――『
自分の中の鼓動を無理やり抑えつける。同期したこの身は既に我が身。脳裏に過ぎる、大きな手の温もりと、優しい笑顔――――。
「
それはどこまでも自分勝手な感情の爆発だった。
誰も自分を見ようとしない。誰も自分に気付こうとしない。
そうして誰それは恵まれているのにそれに気付かない。ならば、
龍神の物言いに諏訪子と幽香の怒りが限界を迎える。しかし、二人よりも早く、強く、横島の怒りが沸騰していた。
「勝手なことぬかしてんじゃ……ねえええぇぇーーーーーー!!」
「――――――ッ!!?」
龍神の頭頂部に走る、稲妻に打たれたかのような痛みと衝撃。それの正体は横島が龍神の頭上から思い切り叩き込んだ拳であった。
「誰かが誰かを乗っ取って、成り代わる……!? そんなことが……そんなことが許されるわけねぇだろうがぁ!!」
横島は胸の奥より湧き上がる感情のままに吼え立てた。横島自身にもその感情が何なのかは理解できていない。しかし、龍神の言葉は彼の中の
「龍神!! オメーがチルノになることは出来ないってこと、この一発で分からせてやるっ!!」
瞬間、横島の右手に膨大な霊気が集中する。神魔に匹敵するそれは一点に集束し、やがて神の奇跡を創り出す。
「それは……っ!!」
龍神は横島が創り出した
――――龍神が横島に惹かれた理由に、あるいはこの文珠が関わっているのかもしれない。自らと同じ万能の使い手。その同類としての匂いを感じ取っていたのではないか。しかし、今となってはそれはどうでもよいことである。既にこの二人は、敵対してしまったのだ――――。
その文珠に刻まれた文字は『伝』。およそ攻撃には使えそうにない文字だ。だが龍神は識っている。文珠とは何も単一でしか使用できないものというわけではない。複数の文字を繋げることにより、その威力を増幅させていくのだ。
「く――――っ!?」
文珠が発動してしまえばどのような事態が引き起こされるか分かったものではない。当然龍神は横島の元から離れようとするが、刹那、植物の蔦と金属の輪がその身体を拘束する。諏訪子と、幽香だ。
「横島さん!!」
「ガツンとやっちゃいな!!」
二人からの援護に横島は頭が下がる思いだ。実際に拘束できる時間は数秒とないだろう。だが、それで充分。横島は二人に対して「あいよぉ!!」と叫ぶと、右手の文珠を龍神に思い切り叩きつけた。
「……う、ああ、あ……!? ああああぁぁぁ――――!!?」
発動される『伝』の文珠。それと同時に、大妖精達に託した文珠もその効果を発揮していた。
大妖精、リグル、ルーミア、ミスティア、そしてフラン――――。彼女達に託された文珠に刻まれた文字は『心』。
今、龍神には大妖精達のチルノを想う『心』が直に『伝』わっているのである。
――――チルノ……!! 負けないで!!
――――私たちのところに帰ってきてよ……!!
――――まだまだチルノとは遊び足りないんだから!!
――――私の料理、もっともっとチルノに食べてもらいたい!!
「あああ、ああああぁぁぁ……!! うううぅぁぁぁああああああ――――!!?」
フランの、リグルの、ルーミアの、ミスティアの心が龍神の心を千々に乱れさせる。自分ではなく、チルノを想う皆の心の強さが龍神を苛んでいるのだ。
――――チルノちゃんと、もっと、ずっと一緒に……!! 離れたくない!! 傍にいてほしい!!
伝わってくる心の声の一つ一つに打ちのめされる。自分には、こうまで想ってくれる相手はいないだろう。大妖精の心が伝わってきた時、今の龍神を構成している要素に亀裂が走った。チルノとの同期状態に歪みが発生したのだ。
「……それでも――――それでもぉ!!」
龍神はぎちぎちと歯を食いしばる。諦めたくない。その一心が龍神をチルノの中に留めていた。
自分が間違っていると理解した。自分の行いが悪しきことであるとも思い知った。それでも、なお諦めたくはなかった。
間違っていても、悪いことでも、それでも自分の意見を通したい。それはまさに、子供の我が儘であると言える。
「こいつ……!!」
さしもの横島も龍神の意固地ぶりには驚きを隠せない。決して止まろうとしないその様はさながら暴走する機関車のようである。
このままでは最後の詰めとして残しておいた文珠を使わざるを得なくなってくる。そうすると心身共に限界が近い横島が潰れかねない。
だがこのまま抵抗されるよりは、と横島が新たに文珠を精製しようとしたその時、思わぬ援軍がやって来たのだ。
「――――チルノちゃーーーーーーんっ!!」
龍神と相対する横島を追い越し、龍神に組み付いた小さな人影。大妖精だ。
「だ、大妖精!? 何でここに――――」
横島が驚くのもつかの間、更に一人、また一人と龍神に組み付いていく者達。
言わずもがな、リグル、ルーミア、ミスティア、フランの四人だ。皆が皆、必死になって龍神の身体に組み付いて……否、抱き着いている。
「何やってんだお前ら!? 中身が違っててもその身体はチルノなんだぞ!! そんなことしたら……!!」
横島の忠告は少々遅かった。皆の身体は龍神に触れた瞬間から少しずつ凍り始めている。それは圧倒的な力を持つはずの吸血鬼であるフランや、自然の触覚――龍神の端末――である大妖精も例外ではない。
「言わんこっちゃない!! 今すぐ離れろ!! でないと――――」
「絶対に嫌ですっ!!」
「……っ!?」
皆を引きはがそうとする横島の言葉を、大妖精は即座に却下した。そしてその意志は大妖精だけでなく、チルノの親友達全員が持っているものだった。
「チルノは……やっとできた、私の友達なんだもん!!」
「横島さんや幽香さんだけに任せるなんて、出来ません……!!」
「さっさと起きろぉー、チルノーーー!!」
「チルノは……絶対に……!!」
びしり、びしり、と乾いた音を立てて身体が凍っていく。それでも五人は決して離れようとしない。むしろ強く強く、互いの隙間を埋めるようにきつく力を込めていく。
「バカ……お前ら、やめろ!! そのままじゃお前らが……!!」
「いや、です……!! 絶対に、いやです……!!」
大妖精が叫ぶ。眦から流れ落ちる涙すら瞬時に凍るような冷気を直に受けて、それでもチルノの傍にいたいのだ。
きっと間違ったことをしているのだろう。きっと事態が悪化するのだろう。それでも、五人は自らの心の命じるままに動いた。
これはそう、他人を、そして自分をも顧みない勝手なふるまい。――――子供の、我が儘である。
「――――……みん、な」
龍神は愕然とした。大妖精達の行動が予想の埒外であったからだ。
友達の為に、他人の為に、自らの命をも投げ捨てるかのような行いをしてのける彼女達の姿に、心にどうしようもないほどの痛みを覚えた。
――――叶わない。きっと、自分の思いは叶うことはない。心の底からそう痛感した。
龍神の心を諦観が支配する。瞬間、ついに龍神とチルノの同期が解除された。
「――――チルノ!!」
「――――チルノちゃん!!」
横島と、諏訪子と、幽香の声が重なる。大妖精、リグル、ルーミア、ミスティア、フランの声も同時に。皆に共通するのは、チルノを本当に大切に想っていること。皆は、チルノのことが――――大好きなのだ、ということ。
そうして――――チルノの身体から光が爆発し、超大な力が離れていった。光はやがて線となり、天を衝いて雨雲を吹き飛ばす。幻想郷の空にその姿を現出させる巨大な存在。本体ではないが……龍神が現れたのだ。
「こいつが……と、その前に」
横島はチルノから分離した龍神に鋭い視線を放るが、ふいと視線を外し、精製した『癒』の文珠をチルノ達に発動した。
「……あれ?」
呆けたような声を上げたのは誰だったか。チルノを含めた六人は凍り付いていた身体がすっかりと癒されており、むしろ活力に満ちた己に戸惑いを隠せずにいる。
チルノに意識はなく、大妖精とフランに身を預けるように気を失っており、それに気が付いた大妖精が涙を流して強く強く抱きしめていた。
「お前らはほんっとにもう……」
「あ、た、ただお兄様……」
溜め息を吐きつつの横島の言葉にフランを始め、リグル達が身を縮こまらせる。何せ横島の声を無視して
横島は完全に委縮してしまっている四人――大妖精はチルノに夢中だ――に苦笑を浮かべると、一人ひとりの頭を軽く撫でる。
「俺から言うことはたった一つだ。……まあ、本来ならダメなんだろーけど」
「……?」
皆は撫でられた頭を押さえ、きょとんとした眼を横島に向けている。それを見て、横島はこう言って、皆の労をねぎらった。
「チルノの為によく頑張ってくれた。――――かっこよかったぜ、みんな」
「……!!」
横島から掛けられた予想外の言葉に皆はしばし固まった後、嬉しそうに顔をほころばせた。中には涙を浮かべている者もいるが、場は朗らかな雰囲気に包まれている。
「お説教なんかはここにいる二人の怖いお姉さんが担当するからな」
「あなたたち」
「後で覚えてなさい」
「ヒェッ」
まあ、そんな雰囲気など一瞬で吹き飛んでしまうのだが。
幽香も諏訪子もにっこりとした笑顔を浮かべている。しかし、笑顔であるからこそ恐ろしいわけで。せっかく龍神の冷気が無くなったというのにまた身も心も凍えそうになる。
「……さて」
横島は怯えるフラン達から視線を外し、龍神へと戻す。龍神は変わらずその場に佇んでおり、逃げるそぶりも見せようとしない。何をされるのかは分からないが、それでも何かしらの罰を受けようと決めているようだ。
「……本当なら、さっきの文珠はこっちに使いたかったんだけどな」
深く深く息を吐き、横島はまた文珠を精製する。ただし、今度は先程までの様に一瞬でとはいかない。横島はここに来て既に限界を迎えようとしているのだ。それから更に霊力を絞り出して文珠を精製するなど、無茶もいいところである。
しかし、それでもやらなければならない。
「……っ!! ――――ふうぅ……」
横島の視界が一瞬白く染まる。だが、何とか持ちこたえて文珠の精製は完了した。既に、文字は刻まれている。
「これが、俺の最後の文珠だ。大人しく食らってくれ」
『――――――』
龍神は横島の言葉に何も応えず、ただ眼を閉じて待っている。横島は眼を閉じ、軽く文珠を放り投げた。
発動される文珠。輝きに包まれる龍神。そして、龍神は――――。
第七十話
『子供の我が儘』
~了~
お疲れさまでした。
そんなわけで龍神戦は今回で終了です。そして次回でチルノ編の終了ですかね。
正直やりたいことに文章力が完全に追いついてないのでしっちゃかめっちゃかになってますなぁ……。
とりあえず龍神のテーマは『我が儘な子供』です。
フランや大妖精達もいったんは戦線離脱してもらいましたが、結局は最後まで頑張ってもらいました。
我が儘な子供には我が儘な子供たちをぶつけるんだよ!
あとどうでもいいことですが、諏訪子様の真・ケロちゃんパンチにちょっとしたネタを挟もうと思ってたんですよ。
「我こそはミシャグジ様の統括官なり。その呪わしき祟り受け入れし者にのみ賜うべきは、蛇神の牙に秘められし高き天と深き地獄の力なり。されば愚かなる者共に、オンバシラを打ち下ろせ。荒ぶるミシャグジ様の怒りを以って――――!!」
「――――必殺『真・
という無駄に長いネタを。思いとどまって良かったと思ってます。
次こそは早く更新出来たらいいな。
それではまた次回。