ちょっとだけ早く投稿できたかな……?(遅い)
今回は最終章『地底編』のプロローグ的な話です。
なのでまださとりさんは出ませんし、それどころか移動すらしません。
そもそも……本当に地底に行くのか……?(まさかの展開)
それではまたあとがきで。
暗い暗い、水底のような世界。それは横島の中枢たる深層心理の世界である。
たった一筋だけ差す光に向かい、横島が歩いていく。それは幾度も繰り返された光景。
――――……、……。
「……、……。…………!!」
また、こうして会話を重ねている。横島を送り出すために、
もう現実では逢えない
――――いってらっしゃい、ヨコシマ。
「――――ああ、いってくる。……ルシオラ」
また、こうして別れを告げる。現実ではもう二度と逢えぬ
だからこそ二人は笑顔を浮かべる。二人の思い出が悲しいものにならぬように、精一杯の笑みを。
――――こうして、束の間の夢のような逢瀬が終了し、横島は光を駆ける。その眼が見据える先には救うべき者がいる。そのために前へと進み続けるのだ。
そうして横島が光へと消え、意識を取り戻した瞬間、この“場所”には何も存在しなくなる。
ここは暗い暗い、水底のような世界。深淵の闇が支配する、横島の深層心理。
――――この場所に、
第七十三話
『頼むから休め』
「……ただいまより、第十三回紅魔館家族会議を始めます――――って、どうした妹紅に鈴仙。椅子から転げ落ちたりして……?」
「いや、だってめちゃくちゃ深刻そうな顔してたからどんな問題が発生したのかと思ったら……」
椅子を支えに立ち上がる妹紅に鈴仙。二人の顔に浮かぶ表情は呆れであった。まさか二つの派閥の中枢を集めて行われるのが家族会議だなどと、誰が思えようか。
しかし、妹紅の言葉に対してレミリアは未だ深刻な表情を崩していない。
「あー、うん。気持ちは分かるんだが……仕方がないんだ。何せ今回の議題が議題だからな」
「……で、何だよその今回の議題って? というか本当に何で私まで……?」
椅子に座りなおした妹紅は浮かんできた疑問に首を傾げる。紅魔館に永遠亭、そのどちらにも属していない妹紅は何故自分が呼ばれたのかについてとんと見当が付かない。しかし、共に椅子から転げ落ちた仲の鈴仙は妹紅より察しが良かったのか、今回の議題について思い当たるものがあった。
「ああ、今回の議題は――――横島についてだ」
「……くわしく」
第十三回紅魔館家族会議。その議題に選ばれたのは何と横島。妹紅もようやく事情を呑み込めたのか、やや前のめりになって続きを催促する。自分の恋人に関する家族会議とは、一体どんな話し合いが行われるのか不安が過ぎる。
「うむ。横島……あいつ、私や永琳が休めと言っても全然休もうとしないんだ。内臓ほぼ全損したり全身氷漬けになったり……いくら蓬莱人だからといっても無茶が過ぎる。メンタルケアも兼ねてゆっくりと過ごしてほしいものなのだが――――咲夜」
「はい。横島さんはお嬢様の言いつけで表向き仕事を休んではいますが、私達の見ていないところで妖精メイド達の仕事を手伝っているようです。簡単なものでは洗濯物の回収、部屋の掃除、ゴミ出し。……中にはパチュリー様の要請で
レミリアの言葉を引き継いだ咲夜が明かす、横島の調査報告。そこでぽろっと出てきたパチュリーの失態に、皆が非難の眼を集中させる。パチュリー自体はさっと首ごと視線を逸らして知らぬふりをしているが、周囲からの圧力が予想以上に強いのか、冷汗をかいている。隣の席の小悪魔が少々恐ろしい目つきをしているぞ。
「……そして現在、横島さんは遊びにやって来た妖夢と剣術の修行に勤しんでいます。彼女のことなので無茶はさせないでしょうが……一度その気になるとどこまでも突っ走る子ですから……」
深い溜め息を吐きながらの咲夜の言葉に、皆は納得を示す。魂魄妖夢、彼女は真面目と言えば聞こえは良いが、それはつまり頭が固く、猪突猛進な性格の持ち主であるということでもあるのだ。そんな彼女がもし修行に熱が入ってしまえば、中々に身体に負担を掛けるようなことをしでかすかもしれない。
修行とはそういうものでもあるのだが、だからと言って今の横島にそれをさせるのは流石に憚られた。既に完治しているとはいえ横島は瀕死の重傷を負った身。それはきっと、心にも大きな傷を負っているはずなのである。せめてその傷を放置することのないようにしたいというのがレミリアや永琳の考えだ。
「なので、横島にどうやって休んでもらうかを考えたいのだが……私では良いアイディアが浮かばん。そこで、こうやって皆に集まってもらったんだ」
「ああ、それで家族会議……」
レミリアの疲れたような言葉に、幾人かの生暖かい視線が集中する。何でもない風にしているが、こうして会議を開くということはそれだけ横島を心配している証である。横島はフランの恋人。交際が順調に進めばいずれは義弟になるかもしれない、そんな存在だ。レミリア自身も横島を気に入っていることもあり、少々過保護な部分が見えている。
加えて永琳も横島には甘い部分が目立つ。自らの失態のせいで横島がこの世界にやって来たり、かつての想い人と瓜二つなのもあってどうにも甘やかしてしまうのだ。……とはいえ、医師としても現在の横島には休んでいてもらいたいのであるが。
「――――というわけで、何か意見はないか?」
しん、と静まり返る図書館。皆が一様に一人の男の為に真剣に考えを巡らせているのだ。外からかすかに響く妖精メイド達の清掃の雄叫び。もうすっかりと慣習化してしまった、横島が考案した掃除の作法。初めの頃はただ騒がしかったが、今となっては紅魔館の日常に欠かせないものとなっている。……まあ、うるさいのはうるさいのであるが。
「はい」
「はい、輝夜」
「睡眠薬を使って強制的に休ませる」
「却下だ馬鹿者」
輝夜の素敵な意見は即座に却下されました。当然ではあるがもう少しノッてほしいというのが輝夜の偽らざる本音であった。だがそもそもの話、横島は蓬莱人となっているのでそういった薬の効果はあまり期待が出来ない。色々と異端の蓬莱人である横島であるが、基本的な部分は輝夜達とそう変わらないのである。
「はい」
「はい、てゐ」
「私が執事さんをホテルに連れ込んで――――」
「それ以上口を開けば末端からじわじわと削っていくことになるぞ?」
「……ごめんなさい」
てゐのシモな意見はレミリアの
「あ、でも……」
「ん? パチェ、何か良い案でも浮かんだ?」
「良い案かは分からないけれど――――ホテルに連れ込むっていうのは悪くないんじゃない?」
「あー? どういうことよ」
何かを思いついたかのようなパチュリーにレミリアは意見を求め、そしてその口から飛び出した言葉にじろりとした眼を向ける。先ほどのてゐの意見と何が違うのか、レミリアはやや不機嫌になりながらもパチュリーに続きを促した。
「つまり、気分転換も兼ねて旅行にでも行ってもらえば、ってことよ。……まあ、幻想郷内限定だから旅行って程でもないけど」
「――――なるほど、その手があったか」
このパチュリーの意見にはレミリアも素直に感心を示した。目から鱗が落ちるとはこういうことを言うのか。なまじ幻想郷を知っている分、慰安に使おうなどという発想はまるでなかったのだ。幻想郷は狭いようで広い。幻想郷内に散る各派閥の者の中にも横島を気に入っている者は意外と多い。守矢神社の諏訪子などが良い例だ。(反面、早苗は横島を苦手としているが)
他にも横島の師匠関連で命蓮寺の白蓮や神霊廟の神子も横島に対して関心を持っている。こうして考えると横島は各派閥に多大な影響力を持っていると言える。もし仮に横島を二日~三日預かってくれないかと頼めば二つ返事で了承してくれるどころか、直接迎えに来るかもしれない。
「――――でも、少し不味いわね」
各派閥の横島への入れ込みを確認したところ、このままではちょっとした紛争が起きるかもしれないことが懸念された。永琳は横島の周囲からの評価を色々と聞いている。もし、例えば守矢神社に横島を預かってくれと要請を出せば、即座に命蓮寺と神霊廟が異議を申し立てるだろう。以前のお茶会の様子から、特に神霊廟は熱烈に横島を勧誘してくるはずだ。何せ幹部の一人が横島に惹かれているのだ。こういった機会に仲を取り持とうとするのは目に見えている。
「うーん、横島さんのことだから嫌がるってことはないだろうけどねー……?」
腕を組み、うんうんと首をひねりながらも鈴仙は消極的ながらも否定的であるようだ。美少女、それも自分に好意を持ってくれている者と過ごせるのだから横島に不満はないだろう。だが、鈴仙はそれを
「となると、それ以外の派閥……? いや、それ以前に慰安旅行をするにしても何をメインに据えるか……」
どうやら皆の中では横島を慰安旅行させるのは決定事項らしい。本人を抜きに話がぽんぽんと進んでいるが、皆はそれを一切気にしている様子はない。横島のことだから遠慮して断るのが目に見えているからである。それでもここまで強引なのは、横島に
「ん~……ベタなのは、やっぱり温泉旅行ですかね?」
「おー、いいなぁ温泉」
「そうだねー、執事さん氷漬けだったわけだしいいかもね」
「あ、でも温泉なんて幻想郷だと博麗神社くらいしかないんじゃないか?」
そう、実は博麗神社の敷地内には温泉が湧いているのである。これは過去に起きた異変が関わっており、突如地底から間欠泉が噴き出して出来たものだ。ただし、この温泉には問題もある。というのも、噴き出ているのはお湯だけではなく怨霊もなのだ。
――――旧地獄。それが幻想郷の地下に広がる巨大空間である。元々旧地獄は本当の地獄だったのであるが、閻魔による地獄のスリム化によってこの場所は地獄から切り離され、“地獄”は別の場所に移転した。やがて廃墟となったこの土地を“旧地獄”と呼ぶようになったのである。
さて、問題はこの旧地獄には未だに地獄に堕とされた浮かばれない怨霊達が残されていることなのだ。地底から地上へと噴き出す間欠泉、それに怨霊が便乗して地上へと流出するという異変があった。既にその異変は解決されているが、博麗神社の温泉には怨霊が残ってしまい、人にも妖怪にも危険な場所と化してしまっている。まあ横島程の実力があれば怨霊達など祓うのは容易いことであるし、それすらも煩わしいというのならば文珠で結界を張っても良いだろう。しかし、ここでも問題は立ちふさがる。
横島と霊夢はそれなりに親交があるし、食料の件もあって霊夢自体も横島に好意的だ。だが、博麗神社は妖怪達が集まりやすい場所である。横島が博麗神社に逗留することが知られれば、多くの者が神社に集うだろう。そして現在の横島はとある理由によりワーカーホリックとなっており、自らの身体を休めるという目的も頭から抹消して皆の世話を焼くことになる。そんな未来が見えるようだ。
「そう、だからおいそれと人が集まらないようなところで、且つ身体を休める温泉、ないしはそれに準ずる物ががあるところ……となると」
レミリアの言葉に、皆は三つの候補地を思い浮かべた。
「ふっ……ふっ……」
紅魔館の中庭、その片隅に重りを付けた木刀を振る横島と、それを監督する妖夢の姿があった。黙々と木刀を振り続ける横島の姿に頷きつつ、妖夢は横島の身体について考えを巡らせる。当然いやらしい意味などではなく、正しくは“蓬莱人の身体”についてだ。
蓬莱人とは魂を主に肉体を従とした存在。一切の変化を拒絶し、不老不死を体現した存在。より純粋なる人間であるらしい。妖夢が最も疑問に思ったのは、“一切の変化を拒絶する”、という部分。本当に一切の変化を拒絶するというのなら、何故横島はこうして剣術や武術を修めることが出来るのだろう。一切の変化を拒絶するのであれば、何かを身に着けることなど出来るはずもなく、何よりも
何かを覚える、何かを記憶する、何かを忘れる――――それら全ては変化であり、蓬莱人が真に変化を拒絶するというのなら、蓬莱人になった瞬間から記憶は増えず、何かを覚えることも忘れることも出来ない状態でなければおかしいのである。しかし実際には横島は日々新たに物事を記憶していくし、どうでもよいことならば忘却の彼方に追いやっているだろう。それは永琳も輝夜も、そして妹紅も同じことだ。
なので妖夢は蓬莱人は変化を拒絶するのではないと考えている。では一体何なのかと問われれば、妖夢は答えに窮して何も告げることは出来なくなるだろう。現実に蓬莱人である彼等彼女等は不自然ではない程度に外見が変化したり、体重が増減などしている。
妖夢は難しいことを考えるのは苦手だ。「斬れば分かる」なんてことを大真面目に口にしたこともある。なので、妖夢は都合の良い部分にのみ考えを集中することにする。
「ふっ……ふっ……」
もうそろそろ既定の回数に到達する横島の振り棒。剣を振るうための身体作りや、姿勢の矯正を行うための鍛錬法である。妖夢は横島の振り棒を見て、己の考えが正しいのではないかと期待を露にする。
横島の身体、特に筋肉は蓬莱人になってからそれほど増えてはいない。むしろ蓬莱人になってから少しだけ増えてはいるのだが、妹紅達のことを鑑みれば今この状態が外見の変化の限界と見ても良いだろう。幻想郷に来た当初より少し逞しくなった彼の身体はしかし、その実とんでもない進歩を遂げている。
魂を――――煩悩を削るほどの鍛錬の先、横島の筋力は飛躍的に上昇している。その一見細い身体からは到底想像出来ないほどのパワーが宿っているのだ。
蓬莱人の特性はここにある、と妖夢は見ている。神魔や妖怪達のように人の信仰や畏れを糧にして霊的に強くなるのではなく、ひたすらに鍛錬を重ねて肉体的に強くなること。人は老いることで力を弱め、経験から技術が発達する。――――では、蓬莱人ならば?
若いまま筋力も衰えず、技術も磨かれ続け、鍛え続け、鍛え続け鍛え続け鍛え続け………その先に待つのは進化なのではないだろうか。肉と、骨の。
「……っ」
己の妄想染みた考えに、妖夢は背中が震えた。決してあり得ないとは言い切れない、ただそれだけの極小の可能性でしかない故にそれを否定しきれず、期待してしまう。
魂魄妖夢。彼女は真面目と言えば聞こえは良いが、それはつまり頭が固く、猪突猛進な性格の持ち主であるということでもあるのだ。加えて周りに流されやすく、天然で思い込みが激しい。彼女の中で、未来の横島は一体どのような存在と化しているのか興味が尽きないところである。
「おーい、しっつじさーん!」
「ん?」
「おや、彼女は……?」
振り棒を終えて一息つき、何故かニヤニヤと笑みを浮かべて空想に耽っている妖夢を訝しんでいた横島は、遠くから自分に声を掛ける一人の少女の声に意識を割いた。つい先日想いを受け入れた少女、てゐがやって来たのだ。
「執事さんも妖夢もお疲れ様ー。ちょっと今お師匠様とレミリアが呼んでるから大図書館に来てほしいんだけどいいかな?」
「先生とお嬢様が?」
「なんでしょうね?」
二人して首を傾げるが、ここでこうしていても答えは出ない。てゐも疑問に答える気はないのか、口を開こうとはしなかった。とりあえず横島は汗を拭い、水に浸したタオルで身体を拭いてから言われた通りに大図書館に向かう。本当ならシャワーでも浴びたいところであるが、流石にそこまで時間を掛けたくはない。念のため最近使用出来るようになった文珠で『消』『臭』をすることにより、汗のにおいを消しておく。それをするなら『清』『潔』とでも使えばいいのに、変な所で抜けている横島であった。
ちなみに妖夢も横島とてゐの後に続いているのだが、二人の醸し出す雰囲気や、当たり前のように手を繋いだこと、距離の近さなどから、二人の関係の進展を察知した。
――――よ、四人目……!? す、すごいなあ横島さん。恋人が四人も……。美鈴さんに妹紅さん、フランにてゐさん……。横島さんの女性の好みって一体……?
顔を赤くして、妖夢は横島とその恋人達について考える。実際は小悪魔を含めて恋人は五人なのであるが、現状では気付きようもないので誤解は仕方がない。彼の女性の好みについては複雑な事情が絡んでくるので、美女美少女、というのが一番的確であろう。
自分もいつか恋人が出来たらこのように手を繋いだりするのか、などと想像の羽を広げつつ、その想像が過激な所に行って首をぶんぶんと振って正気を取り戻すこと三回、ようやく一行は大図書館に到着した。不審な動きをしていた妖夢を横島達がしきりに気にしていたが、そのことに妖夢が気付くことはなかったのであった。
大図書館に入り、てゐの先導の元歩き進めて数分、一行はお目当ての場所に到着した。
「すんません、お待たせしちゃったみたいで」
「いや、気にするな。呼び出したのはこちらだからな」
自分達の姿を認め、すぐさま頭を下げる横島にレミリアは苦笑と共にそう返した。フランや小悪魔が小さく手を振って来るのに手を振り返し、快活な笑みを浮かべる。立っているのもなんだから、とレミリアは三人に席を勧め、早速とばかりに本題を切り出した。
「ちょっとお前に聞きたいことがあってな」
「はあ、聞きたいこと……っすか」
咲夜が淹れてくれた紅茶を一口含み、横島は少々不安げに返す。主に呼び出され、聞きたいことがあると言われる。このシチュエーションから横島が連想するのはもはや説教だけであった。「やっぱり仕事を休みすぎなのか……」などともう救えない領域に入っているのではないかと思われても仕方のないことを考えている辺り、彼の仕事中毒っぷりは本物だ。
「お前は旅行とか好きか?」
「……旅行、っすか。まあ人並みには好きだと思いますけど……?」
レミリアの質問の意図が読めず、横島は首を傾げることしか出来ない。普段のどうでもよい時や、誰かが本当に困っている時に発揮される察しの良さを自分のため発揮されないのはどうしてだろうか。
ちらり、と永琳や咲夜と視線を合わせ、レミリアはおもむろに横島へと提案する。
「お前は休めと言っても全然休もうとしないのでな。いっそのこと慰安旅行にでも行ってもらおうと思ったんだよ」
「え」
その言葉は横島にとってあまりにも意外な言葉であった。本人的には充分休んでいたつもりだったのであるが、それでもまだ働きすぎだったこと。そして慰安旅行に連れて行ってもらえるということだ。
「申し訳ないが行先はこっちでいくつかに絞らせてもらったがな。後はお前の希望に任せようというわけだ」
「え、でも、いいんすか? 旅行なんてそんな……」
横島の胸中に戸惑いと疑問が渦を巻く。彼はこうして紅魔館に置いてもらっているだけでもありがたいと思っているのに、周りの者達はそれ以上のことを横島に与えてくれる。そういった環境に横島は一切の免疫を持っておらず、そのままありがたく頂戴するということが出来なかった。
「変なところで遠慮をするな。私も、他の皆も、お前には助けられているからな。お前はここ数週間で瀕死の重傷を何度も負っているんだ。身体の傷は完治していようが、心に負った傷はまだ疼いているだろう? せめて、それが癒えるように……とな」
「お、お嬢様……!!」
思わず胸が熱くなる。レミリアの言葉に嘘はなく、真っ直ぐに横島の心に沁み込んでいく。他の皆も横島のことを想っていることが分かるような、そんな温かい目で彼を見つめている。皆の気持ちに、横島の双眸からは熱い雫が零れ落ちる。今まで味わったことのない、幸せに過ぎる充足感が彼の全身を満たしていく。
「ふふ……それで候補地なんだが」
「っ……はい」
皆の微笑ましいものを見るような目に恥ずかしさが出てきたのか、横島は涙を拭い返事をする。レミリアは横島が落ち着くのを待って、候補地を明らかにした。
「天界と冥界と旧地獄……どこに行きたい?」
「はい、天界と冥界と、旧地獄――――」
その地名を口に出し、それが意味する場所を思い浮かべ、それを理解出来た瞬間――――。
「ふぎゃあっ!!?」
「!?」
妹紅が胸を押さえて苦痛の叫びを上げて椅子から転げ落ち。
「ァアーーーーーーッ!? 眼がぁっ!? 眼があああぁぁぁーーーーーー!!?」
「!?」
鈴仙が両目を押さえて床に倒れ、もがき苦しみ。
「うおおおぅ……っ!!?」
「う、ぐううぅぅ……っ!!?」
「!?」
美鈴と妖夢がまるでいきなり高重力に曝されたかのように床に打ち付けられ。
「ひぎぃっ!!?」
「!?」
てゐがまるで落雷に撃たれたかのように身体をびくりと跳ねさせ、そのまま倒れ伏し。
「ぐえー!!」
「ぐ、ぐえー!!」
「急にわざとらしすぎる!?」
フランと小悪魔は瞬時にアイコンタクトを交わし、空気を読んで仲良く床にダイブした。
「何なの……!? いきなり何なのこの状況……!!?」
さしもの輝夜と言えど、この急激な混沌具合には思考も理解も追いつかず、おろおろと狼狽えるばかりであった。唯一全ての事情を察した永琳は両目を押さえて天井を仰ぎ、「言い方を考えなさいな……」と呟くのであった。
「えーと、つまり私の言葉を誤解した横島の精神的なショックが皆に伝播したってことでいいのか?」
「ええ、その通り」
こういうことである。横島はレミリアの「天界と冥界と旧地獄……どこに行きたい?」という言葉が死刑宣告に聞こえてしまったのである。まあ地名が地名だけにこの誤解は仕方がないと言える。そして「死ね」と言われたと勘違いした横島はあまりにも大きな精神的なショックを受けた。
そのあおりでパスが繋がっている妹紅は心臓が止まりかけ、鈴仙は急激に輝きと激しさが増した横島の波長をもろに見てしまったことによって眼を焼かれ、美鈴は『気を遣う程度の能力』、妖夢は半霊の存在がそれぞれ横島から放たれた圧倒的な陰の気に影響されて圧し潰されそうになり、てゐは『人間を幸運にする程度の能力』が横島の不幸指数が一瞬で限界以上に振り切れてしまったのをもろに感知してしまい意識を刈り取られ、フランと小悪魔は仲間外れが嫌だったのでとりあえず倒れたのだ。
「横島の中でレミィはどんな存在になってるのかしら……」
「以前諏訪子に聞いたところによると、横島君が幻想郷内で一番信仰を捧げてる存在らしいわよ」
「流石はお嬢様ですね。私も信仰しております」
「ああ、うん。そう……」
横島が信仰を捧げている存在は全部で五人。諏訪子、神奈子、早苗、龍神、そしてレミリアである。割合が多い順だとレミリア、諏訪子、神奈子、早苗、龍神といった順になる。ある意味親しい順でもあるので、特に早苗と龍神の信仰具合が逆転する可能性もあったりする。ちなみに横島は仙人に信仰が必要だと理解していないので神子達のことは仲の良いお友達感覚である。
「本当に死ぬかと思った」
「ごめん、妹紅」
未だに息が荒い妹紅を、横島は優しく抱きしめながら背中をさする。他にも鈴仙の眼にヒーリングを施したり、美鈴と妖夢には霊気を送り、てゐは抱えてあやす。フランと小悪魔はただの演技だったので何もなしだ。不満そうに口を突き出してブーイングする様は二人ともが遠慮というものを良い意味でなくしてきていることの証拠と言えよう。
「……それで、その三つの候補地はどんなとこなんです?」
混沌も一通りおさまりが付いたので、横島は話を進めるためにそう聞いた。レミリアは渡りに船と頷き、まず一つの注意を促す。
「うん、そのことなんだが。多分概要を聞いたら実質一択になる」
「ええ……?」
レミリアは永琳と共にそれぞれの候補地の特徴を挙げていく。
まずは天界。そこは天人の住む異界の理想郷である。天人とは修行の果てに悟りを開いた者であったり、功績が認められて神霊化した者が成る存在であり、そういった者達が住まう場所なのだ。一切の危険がなく、歌って踊って遊んで暮らす。それだけの場所。なので現代っ子である横島ではあまりに刺激が少なく、退屈に感じてしまうだろう事は想像に容易い。本当にただ静養するだけならこれ以上の場所はないのだが、横島はあまり乗り気になならなかった様子。
続いて冥界。ここは罪のない死者が転生するか成仏するまでの間を幽霊として過ごす世界である。静かだが四季が存在し、春は桜、秋は紅葉が美しく、現在では行き来が容易になっているのもあって花見の名所となっているらしい。そして冥界には妖夢が庭師兼警護として仕えている主、西行寺幽々子が住む“白玉楼”が存在する。こちらの方も自然くらいしか見る物がなく、そういったものにあまり関心を寄せない横島では退屈だろう。白玉楼でお世話になるという手もあるが、やはりここでも何だかんだ妖夢を言い包めて仕事を手伝ったり幽々子のお世話をしたりと、働き詰めになりそうである。
では最後に旧地獄。これは前述の通りに幻想郷の地下に広がる大空間だ。そこには数多くの妖怪達が住まい、独自の生活を送っている。一部の区画では地上の人里の域を超え、外の世界にも劣らないほどのビルが何棟も建設されてビル街を構築し、その中にはなんと温泉街すら存在するのだ。更には旧地獄の中心には横島とも知り合いである古明地さとりの住む“地霊殿”がある。もし地霊殿に横島がやっかいになれば、世話したがりで甘やかしたがりのさとりのことだ、横島に何もさせず存分にお世話するに違いない。
「なるほど、だから実質一択ってわけっすか」
「そういうことだ。お前もただ何もせずぼーっとしてるよりは少しくらい遊びたいだろう? 旧地獄なら歓楽街もあったはずだから、他の二つよりは楽しめるだろう」
「むむむ、言い返したくはありますが事実だけに何も言い返せませんね……」
妖夢は自分の住む冥界や幽々子に軽く批判を食らったわけだが、それも間違いであるとは到底言えず歯噛みする。精々が冥界にも幽々子にも良いところはちゃんとあるのだ、と主張するくらいだが、それだけならば何も言わないでいたほうがマシなので何も言えない。
「それに地霊殿にはペットがたくさんいたはずだ。犬猫に牛、馬、ライオン……」
「ライオン!?」
「あと、何だったかな……? くちばしの大きい……そうそう、ハシビロコウとか」
「え……ハシビロコウさんが……!?」
「さん?」
もはや誘導と言っても差し支えないほどの旧地獄のアピール。ちょっとしたオマケ程度の考えで口に出した動物の要素に、横島が食いつく。元の世界で見たテレビ番組の中にハシビロコウの特集があり、いつか実際に見に行ってみようと思えるくらいには興味を惹かれていたらしい。
「犬もいるんだよな……シロタマの二人は元気かな……」
動物に食いついたのはもう一つ理由があったようだ。人里や妖怪の山に行けば犬も珍しくはないだろう。何なら紅魔館にも一人働いている。しかし普段は意識せずとも、不意に元の世界を思い出した時に否応なく連想され、郷愁に駆られることがある。もちろん遠くの方から聞こえてくる「犬じゃないもん!」「何で私まで犬呼ばわりなの!?」「あのー、狼なんですけど……」「私は白狼天狗! 確かに元は狼ですが今は天狗です!」という叫びは完全に無視だ。
「それでどうする? 地霊殿には後で八雲藍にスキマを通して話をつけてもらえるし、私としては旧地獄がおすすめなんだけど」
それはもはや完全な事後承諾でありながら決定事項であり、他の選択肢はないようであった。お互いにある程度の我が儘ならすんなり通るくらいの友好関係をさとりとは結んでいる。しかし実際に決めるのは横島であり、レミリアは横島がどこを選ぼうとも藍を通して先方に要請するつもりである。現在紫は休養中……主の名代として、藍は今も頑張っているのだ。
「そう……っすね。俺は――――」
悩むのもほんの数秒。横島が選んだ旅行先は――――。
第七十三話
『頼むから休め』
~了~
治療中の鈴仙
横島「ちょっと顔に触れるぞ」右手で鈴仙の両目に触れてヒーリング
鈴仙「ああああ゛あ゛~~~~~~、じんわりとしみるぅ~~~~~~」
治療後の鈴仙
横島「鈴仙ってめっちゃ小顔だな……」自分の右手を見ながら
鈴仙「気にならない気にならない気にならない気にならない横島さんの手の感触とか手の匂いとか手の硬さとか優しい感じの霊力とか気にならない気にならない気にならない気にな――――るに決まってんでしょうがもおおおおおお……!!」じたばた
お疲れ様でした。
さて、次回から本格的に地底編が始まるわけなんですけれども、横島君は一体どこを旅行先に選ぶのでしょうね……?
妖夢と幽々子様の出番がほとんど無かったので……冥界かな?
それにしても地底ちょっと発展しすぎじゃないですかね。
最近横島×紫苑とかいけるんじゃない? とか思ってます。
横島は貧乏に慣れてるしてゐが干からびるくらい能力を使ってもらえば二人で生活するくらいは何とかなるでしょう。(楽観視)
お風呂はお湯がもったいないので二人一緒に。布団も二つ買えないので一緒に。こりゃ多分18禁になるな。
それではまた次回。