東方煩悩漢   作:タナボルタ

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お待たせいたしました。

好きなスペカが不夜城レッドのタナボルタです。

今回は全体的に大人しい感じになっています。

大人しい横島なんて横島じゃないような気もしますね!

今回は皆さんが忘れ去っているであろうキャラが登場します。
楽しみですね。うふふ

それではまたあとがきで~。


第七話『横島君のお仕事――見習い執事編――』

一通り紅魔館内を案内された横島達は、またゲストルームに戻ってきていた。輝夜達は普段馴染みのない洋館に目を輝かせ、横島はこれからについて考え、若干不安になった。どういう訳か、広すぎるのだ。これはもう、誰かが空間を操っているとしか考えられないと結論付けた横島だが、それは正しい。

 

「さて、これが我が紅魔館だ。横島、お前はどんな感想を抱いた?」

 

「そうですね……。とにかく、べらぼうに広いっすね」

 

 ニヤリとした笑みを浮かべていたレミリアだが、横島のその感想を聞き、ますます笑みが深くなる。

 

「ふふふ、そうだろうな。この館はただでさえ広いというのに、咲夜が能力で空間を歪め、更に拡大しているからな。生半可な広さじゃないぞ」

 

「能力……っすか?」

 

 レミリアの言葉に横島は咲夜を見る。咲夜は目を閉じ、取り澄ました表情を浮かべている。

 

「咲夜の能力は『時間を操る程度の能力』という物で、時間と密接な関係にある空間すら操れる便利な代物なのさ」

 

「……なるほど、それで」

 

 そういえば、と彼の頭に浮かぶのは元の世界の師匠達。即ち、『竜神』小竜姫と『猿神』孫悟空だ。

 

 小竜姫の切り札である『超加速』は、自分以外の全ての時間を遅らせるという韋駄天の奥義だ。それは言い換えるならば、自分と世界とで空間を異にする技なのではないだろうか。他にも、孫悟空が修行に使用する『加速空間』という物がある。それは通常とは流れる時間の速さが違う世界であり、そこで霊力の源である魂に多大な負荷を掛け、潜在能力を引き出させる……というもの。

 

 かなり強引だが、どちらも時間と空間を操っていると言えるだろう。

 

(つまり、時間をある程度操れる奴は空間も操れる……ってことで良いのかな? しっかしとんでもない能力だな。咲夜さん、本当に人間なのかな)

 

 横島にだけは言われたくはないだろう。しかし咲夜の能力を以てしても心は読めない。彼が抱いた疑問は誰にも気付かれずに闇に葬られた。

 

「ふむ……。もうそろそろ昼時か」

 

 驚く様子を見せず、逆に納得を示す横島にレミリアは多少拍子抜けするが、何せ彼は横島忠夫。もしかしたら似たような能力を持つ知り合いでもいるのかもしれない。そう考えたレミリアは、特に気にすることなく話題を変える。

 

「よし、咲夜は昼食の準備。横島は咲夜について行って仕事ぶりを見学しなさい。貴方には料理も覚えてもらうわよ」

 

「ぅえっ!? はい、了解です。……ほとんど経験無いけど大丈夫かな?」

 

 普段インスタント食品に頼っている横島は、当然料理などは作れない。作れるとしても、それは目玉焼きかゆで卵くらいだろう。

 

 母や小竜姫、同僚のおキヌや高校の後輩でアパートの隣に住んでいる小鳩が料理をするところは何度も見ているが、経験が乏しいことには変わりない。

 

「フラン、何か食べたい物はある?」

 

「んーとね……。あ、オムライスが食べたい!」

 

 レミリアの問いに両手を大きく広げて答えるフランは、満面の笑みを浮かべている。周りの皆も思わず頬が緩んでいる。その度合いが一番顕著なのは咲夜である。

 

「それじゃよろしくね。私達はグレート・ホールで待ってるから」

 

「畏まりました。では、少々お待ちください」

 

「あ、では失礼しまっす!」

 

 

 横島は恭しく一礼をした咲夜に倣い、軽く礼をしたあと咲夜に付いて厨房に向かった。

 

「……ところでお姉様」

 

「ん? なに、フラン」

 

「執事のお兄さんのお名前は『横島』でいいの?」

 

「そうだけど……あれ? 自己紹介させてなかったっけ?」

 

「まだだよ? お姉様が話をズンズン進めるし、案内中もお姉様喋りっぱなしだったし……。お兄さん、後ろでしょんぼりしてたよ?」

 

「あらら……」

 

 フランの言葉にレミリアは掌で目を覆い、「やっちゃった」とばかりに息を吐いた。

 

 所変わって厨房。咲夜は横島に調味料、肉類や魚、野菜に果物等の場所を教え、オムライスに必要な材料を次々と取り出していった。ちなみに二人共『PIYO PIYO』という文字とひよこが描かれたお揃いのエプロンを着用している。横島はジャケットを脱いだシャツの上に、咲夜はメイド服の上に着ているのだが、エプロンの上に更にエプロンを付ける咲夜を、横島は微妙な目線で見ている。。

 

「咲夜さん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」

 

「あら、何かしら?」

 

 自分が着用しているエプロンを見つつ質問をしてくる横島に、咲夜は何かエプロンについて質問があるのだろうかと考える。もっとも、横島は気にはなっているが別にそれを聞きたいわけではない。

 

「さっきお嬢様がグレート・ホールで待ってるって言ってましたけど、それは何かなーって」

 

「ああ……なるほどね」

 

 横島の質問に納得する。確かに、現代人なら興味を持って調べない限り知ることはないであろうことだ。彼が知らないのも無理はない。

 

「そうね……。簡単に言えばダイニングルームかしら……。まあ食堂っていう認識で良いはずよ。……お嬢様は『その方が格好いいから』という理由でグレート・ホールって呼んでるけれど……」

 

「はあ……そうだったんすね」

 

 咲夜は横島の言葉に苦笑を浮かべるが、いつまでもそうしてはいられない。咲夜は横島に提案する。

 

「さて、せっかくだし、貴方にも手伝ってもらおうかしら」

 

「うぇー、まじっすか……。それで、何をすれば……?」

 

 文句を言いつつもやる気を見せる横島に咲夜は苦笑を浮かべる。とりあえず料理初心者の鬼門であるタマネギのみじん切りをやらせてみようと彼女は決めた。中々にスパルタだが、ちゃんと手順は説明するのでそれを聞いていれば大丈夫なはずだ。

 

「では、まずタマネギの皮を剥く。剥き終わったら二分~三分程冷水にさらしましょうか」

 

「えーっと、これでタマネギの辛味が抜けるんでしたっけ?」

 

「ええ、そうよ」

 

 横島はタマネギの皮をバリバリと剥き、氷水を張ったボウルに次々と入れていく。

 

「みじん切りの仕方は分かる?」

 

「えー……っと、半分に切って、根元を残して縦と横に切れ込みを入れていく……んでしたっけ?」

 

「あら、思ったより詳しいのね……?」

 

 咲夜は横島が料理初心者であることから、「あれっすよ、とにかく細かく切ればいいんですよね?」という様な回答が返ってくると思っていたので、想像よりも遥かにしっかりとした答えに驚いた。それに横島は苦笑混じりに話す。

 

「まあ、人が料理してるところは結構見てますからね。……それに、料理番組をおかずに白飯食ったりとか……」

 

 最後の方は若干涙声になっていた。それを聞いた咲夜は思ったよりも苦労していそうな横島に憐憫の情を催す。

 

「……さ、そろそろタマネギを切りましょうか」

 

「……そうっすね。まあ、初めてっすけど」

 

 何か微妙な雰囲気になった二人は、タマネギをボウルから取り出し、みじん切りを開始する。

 

「まずは手本を見せるわね。……こんな風に切れ込みを入れて、後は端から刻んでいけばいいの」

 

 咲夜は包丁を水で軽く濡らしたあと、全く淀みの無い包丁さばきでタマネギを細かくしていく。そのスピードはまさに目にも留まらぬ速さであり、玄人跣とはこのことかと思える。

 

 横島もその技術に痛く感心していたが、よしと気合いを入れると、たどたどしいながらも、みじん切りに挑戦していった。

 

「……あら?」

 

 と、ここで咲夜はあることに気付く。確かに横島は手付きはたどたどしいが、包丁を操る手に迷いはない。むしろ器用に扱っていると言えるだろう。その様は包丁に……、否、刃物に対する『慣れ』を感じさせる。少し気になった咲夜は、横島に聞いてみることにした。

 

「随分と刃物の扱いに慣れているのね? それに、かなり器用みたいだし」

 

 大きな好奇心と僅かな警戒を滲ませた言葉に横島は全く気付かず、タマネギをみじん切りにしながら言葉を返す。

 

「いやー、まだまだ小さい頃に親父におもちゃを強請ったんですけどね、何故か小さなナイフを渡されて、『それで作れ!』って満面の笑みで言われて……。後で親父はお袋にボコられてましたけど」

 

「それはまた……」

 

 何とも予想外なことである。小さな子供にナイフを渡すのは、流石に怒られて当然ではあるが。

 

「それから、まあせっかく貰ったんだしってことで、親父と一緒に色々と作りましたよ。竹で作った水鉄砲、竹トンボ、竹ひご飛行機、鉛筆の端っこに飾り彫り……。夏休みの自由研究の宿題に、切り株で宇宙戦艦ヤ○トを作ったりもしましたね」

 

「へえ……。……え? いや、えっと、え? 最後だけレベルがおかしくないかしら?」

 

「そうっすかね? 親父は消しゴムで精巧な千手観音像を作ったり、お袋は……ワイヤークラフトって言うんですかね? めちゃくちゃ細い針金で十五cmくらいの大阪城を作ってたりしましたし……」

 

「貴方達一家はどうなってるのよ……」

 

 どうやら手先が器用なのは両親からの遺伝らしい。横島一家の非常識さを垣間見た咲夜は、感心よりも驚愕や呆れといった感情の方が強い。だが、咲夜は同時にこうも思った。

 

(ほとんど料理の経験が無いわりには、それなりの速さでみじん切りが出来てるわね……。手先もかなり器用みたいだし、教えればすぐに戦力になりそうね)

 

 まだみじん切りしか見ていないが、どうやら横島は咲夜のお眼鏡に叶ったらしい。彼はもう慣れてきたのか、次々とテンポ良くタマネギのみじん切りを量産し、その様子に咲夜はうんうんと頷いている。

 

 そもそも、この紅魔館に優秀なメイドというのは咲夜と極々一握りの妖精メイドしかいない。紅魔館に数多く存在する妖精メイド達はとにかく要領が悪く、自分達の食事の用意や洗濯だけで一日が過ぎてしまう。更には自らの能力で紅魔館を広くしたせいで、時間を止めないと咲夜であっても掃除は終わらない。

 

 そこに現れた横島という男。手先は器用で、教えればすぐに覚えてくれる。中々に優秀な人材だ。妖精メイドに優秀な者がいないというわけではないのだが、それでも今の横島にすら劣る程度の技量しかない。――ちなみに優秀な妖精メイドには、横島を風呂に連行してなんやかんやした三人も含まれている。

 

「……ふう、これでみじん切りは終了っすね」

 

「お疲れ様。多少大きいけど、初めてにしてはかなりの物よ」

 

 どうやら及第点に達していたらしく、にこやかに誉める咲夜に対して横島は照れ笑いを浮かべる。

 

「ここからは流石に任せられないから、私が調理するところを見ていなさい」

 

「了解っす」

 

 咲夜は料理の手順を説明しながらも手を動かし、横島はポケットから取り出したメモ帳にペンで書き込んでいく。

 

「……メモ帳なんか持ってたの?」

 

「いえ、何かこの執事服のポケットに入ってまして。……妖精の贈り物ってやつですかね」

 

「随分と夢の無い贈り物ね」

 

 お互いに微笑みながらの談笑だが、当然二人共忙しなく手を動かしている。咲夜は横島がメモを取るスピードに合わせて調理をしているため、いつもより若干遅いのだが、非常にスムーズな動きのためそれを感じさせない。

 

「うーん、やっぱ卵の焼ける匂いは良いっすね……」

 

「そうよね、私も好きよ。……さて、後はこう手首をぽんぽんと叩いて……、はい出来上がり」

 

「おお! いやー、旨そうだ!」

 

 咲夜が掲げるフライパンには、湯気が立ち、ケチャップ特有の酸味を含んだ匂いと、一切の焦げ目もなく綺麗に焼けた玉子の香ばしくも優しい匂いを漂わせた、いかにも美味しそうなオムライスがあった。咲夜はそれを皿に移し、ケチャップをかけて最後の仕上げを施す。

 

「ま、今回は貴方に手順を覚えてもらうために簡単なのにしたんだけどね。……もっと本格的なのは仕込みに時間が掛かるし、まだ覚えられないだろうし」

 

「いやー、ははは……。精進します」

 

 この横島という少年、自分がピンチに陥らねば行動をしないという悪癖がある。

 

 自分が食べるなら多少不味かったり見た目が悪くても問題はないが、こと他人が絡むとその傾向が薄まるのだ。それは自分を良く見て貰いたいという感情も多分に含まれているが、実際のところ、彼は自分より年下や女性に甘いのだ。

 

 紅魔館の執事という立場で食事の用意をすることになれば、それは雇い主のレミリアやその妹のフラン達、そして居候が決まった輝夜達も横島が作った料理を食べることになる。自分より年下(に見える)の女の子達に手料理を食べさせるのだ。美しく、健康的に育った少女達をモノにするという邪な将来の展望のために、美味しい料理を覚え、今の内に少女達の胃袋を掴むのも悪くはない。

 

 ついでに言えば、そうしないと給料を貰えないしクビになって放逐されるかもしれない。

 

 脳内でいかにも横島的な邪な思惑が駈け巡るが、珍しく顔には一切出さずにそれらしく話題を変える。ちょうど気になっていたこともあるのだ。

 

「よし、後は他の皆の分を……っていうか、このままじゃ冷めちゃうんじゃ……?」

 

「大丈夫よ。全員分あるから」

 

「え? ……ふおぉっ!?」

 

 横島は先程完成したオムライスの隣のスペースに、いつの間にかズラッと並んでいるオムライス達に驚いた。どうやら咲夜が時間を止めて作ったようだ。

 

「ああ、そういや咲夜さんは時間を操れるんでしたっけ……」

 

「そうよ。このオムライス達の時間も止めてあるから、能力を解除するまで冷めることは絶対にないわ」

 

 咲夜は少し誇らしげに胸を張り、横島の視線は少々慎ましやかながらも、しっかりと曲線を描く彼女のそこに吸い込まれるように集中するが、そこであることに思い至った。

 

「そういや、咲夜さんの能力が時間を操る能力なら、他の皆にも何か特別な能力があるんですかね?」

 

「ああ、それは――」

 

 と、咲夜は途中で言葉を止める。多少考える仕草を見せた後、横島に向き直り、答える。

 

「本人達に聞いてみなさい。私が言うよりその方が良いでしょうし」

 

 そう言った。横島は「そんなもんすかね?」と首を捻っている。

 

 咲夜はオムライス達にクロッシュという釣り鐘型の銀の蓋を被せ、いつの間にか傍らに存在していた大きなキッチンワゴン二台に乗せていく。

 

 それを見た横島もオムライスをワゴンに乗せていくが、そこで横島は今更ながらあることに気付いた。

 

「……あれ? 何か、随分とオムライスの数が多くないっすか? 十個以上ありますけど、確か食堂には十人も向かってないはずですけど……執事やメイドは主人と一緒に食べちゃダメなんすよね?」

 

 横島は疑問を呈する。

 

「ああ、いいのよ。美鈴も来るし、小悪魔……パチュリー様の使い魔も来るだろうし。何より、今回は特別だろうしね」

 

「……?」

 

 横島の疑問に咲夜は答えるが、横島はよく分かっていない。咲夜は苦笑を浮かべると、横島に声をかけ、共に食堂へと向かっていった。

 

 進むこと数分。食堂まで着いた二人は扉を開け、中に入る。そこには大きな長方形のダイニングテーブルがあり、上座には華美な装飾を施された椅子にレミリアが座っていた。

 

 側面には比較的シンプルながらも、下品にならない程度の装飾がなされた椅子があり、そこにフラン達や輝夜達と、昼食をとりに来た未だに絆創膏を付けている美鈴、赤い髪に本来耳があるべき場所にコウモリの羽のような物が生えた、魔族と思しき少女が座っていた。彼女が小悪魔(本名不詳)である。

 

(あの子がパチュリー様の使い魔、なのかな? ……うん、笑顔が可愛い)

 

 咲夜はレミリア達に、横島は咲夜に倣い輝夜達に配膳をし、チラリと小悪魔を盗み見る。

 

 魔力や格は大して高くはないが、咲夜ににこやかに笑いかける姿は非常に可愛らしい。何とも朗らかに笑う少女だ。

 

 小悪魔を観察し終え、ワゴンに目を向ける横島はまた思う。

 

 やはりオムライスの数が多いのだ。他にも誰か来るのかと咲夜に確認を取りに向かうが、そこでレミリアが横島に声をかける。

 

「それじゃ横島と咲夜も座りなさい。今回は一緒に食べましょう」

 

「え、でも使用人は主と一緒に食べちゃいけないんじゃ……?」

 

「あー? いいのよ、そんな細かいことは。皆お腹空いてるんだからさっさとしなさい」

 

「は、はい……」

 

 レミリアの言葉に横島は咲夜と自分のオムライスをテーブルに置き、席に着く。咲夜はフランの隣、横島は紫の隣だ。すると、レミリアが手をパンパンと叩いた。

 

「はい、注目。あそこの男は、今日から執事として働くことになった横島忠夫よ。皆、こき使ってあげなさい。……ついでに言うと、そこに居る赤い髪のがパチェの使い魔である小悪魔よ。大好物は他人の色恋沙汰かしら」

 

「ふおぉっ!?」

 

「えっ!?」

 

「わーっ、お姉様いまさらー」

 

「うるさい」

 

 レミリアは横島を極々簡単に紹介し、横島と小悪魔はその内容に驚き、フランは姉の段取りの悪さに無邪気に辛辣な言葉を吐き、レミリアは「細かいことはいいんだよ」とばかりにフランを黙らせる。

 

 横島も最初は驚いていたが、皆から注目されているので、すっと立ち上がり自己紹介を始める。

 

「えーっと、今日から執事として働くことになった横島忠夫です。こういった仕事は初めてなので拙いところはありますが、精一杯勤めさせていただきます。今更ですが、よろしくお願いいたします。……小悪魔ちゃんも、よろしく」

 

「あ、は、はいっ! こちらこそよろしくお願いします!」

 

 そう言ってお互いに頭を下げる。小悪魔は慌てて立ち上がったほどだ。周りからはパチパチと拍手の音が聞こえる。どうやら拍手をしているのはフラン、美鈴、輝夜の三人らしい。レミリアは「小中学生か、あんたらは」と呆れ顔だ。

 

「はい、それじゃ横島も小悪魔も座って……。そろそろいただきましょうか」

 

「わーい!」

 

 レミリアの言葉にフランが歓声を挙げる。自分がリクエストした料理だからだろうか、その様はかなり嬉しそうだ。横島は彼女が吸血鬼ということを知っているが、レミリアは見かけ以上に精神が成熟しているのに対し、フランが見た目相応かそれ以上に幼く感じられる精神年齢に疑問を持つ。

 

(……ま、機会があれば聞いてみるか。――しかし、美味い。おキヌちゃんのとはまた違った、何というかこう……うん、アレだ。偉い人が凄いシェフに作らせたかのような美味さだ)

 

 横島はレミリアの号令できちんと『いただきます』の挨拶をしつつ考える。流石にこの和やかな雰囲気でそういったことを聞くつもりは無いらしい。そして彼にグルメリポートは出来ない。

 

「ん~~~っ! すっごく美味しいよ、咲夜!」

 

「ありがとうございます、妹様。ですが私だけで作ったのではなく、彼にも手伝っていただきましたから」

 

「ぅえっ?」

 

 考えごとをしつつ、オムライスの上品な美味さに酔いしれていた横島は突然話題に上ったので驚いた。

 

「すごーい! なにをやったの? 玉子でくるくるって包んだの?」

 

「なんでそこなのよ」

 

「いえ、タマネギのみじん切りだけですけど……」

 

「みじん切り出来るの!? 私なんか咲夜とめーりんに教わっても全然出来なかったのにーっ」

 

 フランは目を輝かせて横島とお喋りを交わす。天真爛漫で無邪気な彼女は姉のツッコミを華麗にスルーする。口の端にケチャップがついているのがポイントだ。咲夜はそれをナプキンでそっと拭う。

 

「フラン、食べながら喋るのは止めなさい。喋るのはちゃんと飲み込んでからよ」

 

「はーい。……むぐむぐ」

 

 レミリアからの注意でフランは一旦横島との会話を止める。

 

 レミリアも食事中の会話は咎めない辺り、マナーにうるさいという訳でもないのだろう。

 

 フランはチラチラと横島を見ては何かを話そうとする。しかし話題が浮かばないのか、どうにも言葉にすることが出来ない。

 

 そんな彼女の様子に横島は自然と微笑みを浮かべる。それは彼がシロやタマモ、パピリオを見るときに時折浮かべる物と同じ物だ。

 

 それは微笑ましい光景を見るような、時に彼よりももっと年齢を重ねたような大人が見せるような笑顔。即ち、父性を含んだ笑顔である。

 

 その笑顔を見たフランは何故だか分からないが、訳もなく笑顔を浮かべ、お互いにニコニコと微笑み合っている。それは何とも和やかな光景だが、横島の笑顔を見たのは何もフランだけではない。

 

(ちょっとちょっと、妹紅! 横島さんってもっと年齢重ねたら素敵なおじ様になりそうじゃない? 贅沢言うならもっと渋味というか苦味というか……)

 

(お前オジサン好きだったのか!? だったら何で私の父を……いや、それはこの際どうでもいいや。気持ちも分からないでもないし。しかし、まあ……ああいうのは良いよな、大人って感じで)

 

(あんな表情出来たんですねぇ……。普段がアレだったからギャップが凄まじいですけど……)

 

 輝夜達はいかにも少女らしい会話に花を咲かせている。その中で娘に『この際どうでもいい』と言われた彼女の父は、遠いお空の片隅で泣いているかもしれない。

 

(ほわー……)

 

(ふわー、大人っぽい……)

 

 こちらは互いに赤い髪を持つ美鈴と小悪魔。美鈴は今朝見た彼の自分を本気で心配してくれた表情と今回の笑顔しか知らず、彼の悪い面を運良く(?)見ていないので、純粋に見惚れている。彼女は男性の容姿をそれほど気にしないというのもあるだろう。小悪魔は自分の方が遥かに年上だという事実を忘れているようだ。

 

(うーん、子供好きの男性って良いわよね……)

 

(何か、どれが彼の本性なのか分からないけどね……)

 

(アレかしら。ギャップ萌え?)

 

 永琳と紫は率直な意見を述べる。妹紅をからかう姿や自分に飛びかかる姿、美鈴を『大きな乳』と呼んでいた姿とはギャップがありすぎる。それを提示した紫に永琳は『萌え要素』だと解釈した。月の頭脳は世俗に染まっている。

 

(何かフランがあっさり懐いてるわね……。私なんか陰で『あいつ』呼ばわりされてたのに……)

 

(お、お嬢様……。お労しい……)

 

(無様ね)

 

 かつての出来事を思い出し、少ししょぼくれるレミリアと、驚異的な勘で主が落ち込んだ理由を察した咲夜。そしてそんなレミリアを見たパチュリー。

 

 一部以外和やかな雰囲気の昼食は平和に過ぎていった。

 

「……ふう、ご馳走様。さて横島。片付けに入る前に、この館について質問はあるかしら? 案内の時に色々説明はしたけど、完全じゃないしね」

 

 落ち込んだせいか、食べ終わるのが一番遅かったレミリアが、他の皆の皿を集めていた横島に言う。問われた横島は少し考えたあと、恐る恐るといった様子で口を開く。

 

「えーっと、俺や輝夜様達は紅魔館のどの部屋で寝泊まりすればいいんでしょう?」

 

「あ、そういえば」

 

「……私も忘れてたわね」

 

 横島だけでなく鈴仙や輝夜も忘れていたことが、各人がどの部屋で寝泊まりするかである。レミリアは咲夜に目配せすると、紅魔館の館内図を持ってこさせた。

 

「とりあえず、ここからここまでの部屋は誰も使ってなかったはずだから、そこを使うといい。それからここの大きめの部屋は永琳が使う方がいいだろう。色々と機材を持ち込まないといけないだろうしね」

 

「あら、ありがとうねレミリア」

 

「気にするようなことじゃないわよ、元は私が言い出したことだしね」

 

 レミリアは館内図を指差し、輝夜達に使える部屋を教える。その際、永琳の使用する部屋は諸々の事情で大きな物を選ぶ。にこやかな二人は、何だか仲が良いように見え、輝夜や鈴仙に疑問を抱かせた。

 

「横島は……こっちの部屋で良いか? こっちの方は妖精メイド達が集中してるから、それに合わせた方がこっちとしては楽だし」

 

「はい、大丈夫です。いやー、ありがとうございます。こんな大きな部屋を用意していただいちゃって!」

 

「……大、きい……?」

 

 レミリアはピンと来ないようだが、横島に指し示した部屋は大体二十畳程となっている。元居た世界で住んでいたアパートの四倍以上の広さであり、彼からすればとんでもないことだ。

 

 横島の様子を見た永琳は「うーん」と伸びをしたあと、レミリアに一旦永遠亭に戻ることを告げる。

 

「まあ無事な機材はあまり無いでしょうけど、探さないと分からないしね。……横島君の服とか貴重品とか、持ってくるの忘れてたし」

 

「持って来てたんじゃないんすか!?」

 

 月の頭脳はうっかりしている。鈴仙が最近うっかりが増えてきた永琳に不安げな視線を送る。

 

(疲れが溜まってるのかな……。それとも年齢による健忘症とか……)

 

「鈴仙は後でお仕置きね」

 

「―――っ!!」

 

 鈴仙は悲しみに打ちひしがれた。

 

「機材運ぶなら手伝おうか? あんた一人じゃ大変だろうし」

 

 極力鈴仙は見ないようにして妹紅が提案する。何だかんだ永琳には世話になっているので、彼女の手伝いをするのに隔意は無い。

 

「……なら、お願いしようかしら。多分そこまで大変じゃないだろうし」

 

「なら俺も……」

 

「横島は執事の仕事を覚えなさい」

 

 女二人では大変だろうと横島も声を掛けるが、それはレミリアによって遮られた。主の命に逆らう訳にもいかず、横島は申し訳なさそうにしている。ちなみに紫も自分が原因だからと手伝う様に言ったが、「貴方は病み上がりなんだから」と断られ、こちらも申し訳なさそうに俯いている。最近活躍の無い自分に落ち込んでいるようだ。

 

「あ、師匠、私も一緒に……」

 

「ああ、貴方は輝夜と部屋割りを決めていなさい。二部屋程余分に」

 

「え? それはどういう……」

 

「うふふ」

 

 

 

「え、ちょっと師匠ーっ!?」

 

 永琳は婉然と微笑みを浮かべ、妹紅を引き摺ってドアに向かう。鈴仙の呼ぶ声は完全に無視し、妹紅の抗議も右から左だ。そこにレミリアから声が掛かる。

 

「今晩八雲紫の異変解決祝いの宴会するから、誰か誘って来なさい。昨日の今日でフラフラの奴もいるだろうけど、来る奴は来るだろうし」

 

 その言葉に食堂内の全員がレミリアに注目するが、そんな視線はどこ吹く風。レミリアは優雅にいつの間にか咲夜が用意していた紅茶を飲んでいる。

 

(……どうでもいいけど、咲夜さんの行動って心臓に悪いな)

 

 消えたり現れたり、まるでコマ送りのように行動する咲夜に横島は何となく胸を押さえてしまう。紅魔館の住人はもう慣れたものだが、横島のように今日知り合ったばかりでは仕方がないだろう。

 

「了解。それじゃ、行ってくるわ」

 

「ああ、行ってらっしゃい。……美鈴、永琳達を見送りなさい」

 

「あ、はい。では失礼します」

 

 美鈴は横島と話をしようと機会を窺っていたのだが、それが叶う前に仕事を言いつけられてしまった。なら仕方ないとばかりに美鈴は永琳達を先導する。食堂から出る際に、横島に対しにっこりと笑みを浮かべ、軽く頭を下げるのも忘れない。それを見た横島もニカっと笑い返し、美鈴に軽く手を振った。どうやら横島は美鈴にウケが良いようだ。

 

 それに気付いたのは主の親友に『大好物は他人の色恋沙汰』と紹介された小悪魔、そして楽しいことが大好きな輝夜姫であった。

 

(むふふ……。これは色々と楽しめそうね♪)

 

(ですよねですよね、輝夜さん!)

 

 二人は無邪気に邪な笑顔を浮かべていた。

 

「それじゃ、横島は咲夜と一緒に昼食の片付け。それが終わったら人里に宴会の買い物でもしてきてもらおうかしら……。メニューは咲夜に任せるわ。さっき言った通り、横島をこき使ってやんなさい」

 

「かしこまりました。では、失礼いたします」

 

「失礼しまーっす」

 

 咲夜はレミリアのティーセットを回収して恭しく一礼し、横島を伴って食堂を出る。

 

 後に残ったのはガールズトークに花を咲かせる輝夜と小悪魔、フランと鈴仙に慰められ癒されている紫、静かに本を読み始めたパチュリー、そして頬杖をつき、それを眺めているレミリア。

 

(さて、急な宴会に何人来るかしらね……)

 

 流石に現在の紅魔館メンバーだけという有り様は嫌だなあと、レミリアは内心ごちる。

 

 門まで来た永琳達は美鈴に手を振って空を飛んでいき、美鈴は門番の仕事に戻る。

 

 それなりのスピードで空を行く二人は、永遠亭についてあれこれと話し合っていた。

 

 

 

 

 そして、その頃件の永遠亭では―――

 

 

 

「コヒュー……コヒュー……」

 

「しっかりしてくださいてゐ様ぁーーー!?」

 

「誰かーーーっ! 早く鈴仙さんを……! 永琳様をぉぉぉーーーっ!!」

 

「ああああああ!? こ、呼吸がっ!? 脈があああーーーっ!!?」

 

 

 

 押し入れからてゐが救出されていた―――!!

 

 

 

 

 

第七話

『横島君のお仕事――見習い執事編――』

~了




虐げられているてゐは可愛い(挨拶)

まあ、実際は全然日にちは経ってないんですけどね……

次回は宴会回、略して会回です。

果たしてどのようなことが起きるのか……!
そして予定は未定です。

また次回お会いしましょう。

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